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海の家前にて


「……こんな時間に何」 『あ、もしもし? 俺だよ俺』 「いやそんなオレオレ詐欺みたく言わんでも。スマホに名前出てるから分かるよ」 『そりゃもしかしたらスマホ誰かに盗られてるかもだろ?』 「あー、はいはい。それで? どうしたの」 『そう、最近噂の心霊スポットに来ててさ。これがなんか意外と怖くてちょっと電話かけてみた』 「お前がビビるのか、すごいな。一人? 誰かといるの?」 『ねぇ〜、誰と電話してるの〜?』 「あぁ……また女の子? 今年入って何人目だよ」 『別の子じゃないよね?』 『あ? いやいや違ぇよ友達とだよ友達』 「まぁいいか……」 『お前信じてないな?』 「で、そこどんなとこなの?」 『あぁ、最近廃業したらしい海の家みたいなとこ』 「海の家? なんでそんな曰く付きになるのさ」 『なんかこの海岸で入水自殺した女の霊が出るんだってさ。まだ少しここ生活感残ってるのがマジ怖い』 『お昼に来た時はめっちゃ綺麗だったのにね〜』 「へぇ。すごい定番なネタだけど、まぁシンプルに怖いよな」 『そうなんだよ。しかもさ、なんか潮風がいい感じに寒いのがね』 「……夜って山側から風吹くんじゃなかったっけ?」 『あれ? そんな気もする。まぁでもなんか寒いのはほんと。もう一枚着てくればよかったかな』 「この季節の夜がそんな寒いってことあるかよ」 『だろ? 呑みのノリで来たからそんな遠くじゃないんだけどな』 「車? 飲酒運転じゃないよな?」 『いや、運転してるのはお酒飲まねぇやつだから大丈夫だよ』 「ならいいけど。あ、てかそういや……」 『ねぇ〜、いつまで電話してるの〜?』 『ん? なんだよ』 「……まいっか、そこの海の家ってさ、昨年の夏に何人か連れて行ったとこじゃなかった?」 『そんなことあったっけ?』 「いやほら、なんか派手に女の子振ったって話してた気がして」 『……あぁ〜! そっかそうだなここだわ、すっかり忘れてた。なんで忘れてたんだろ? いやよくお前よく覚えてたな』 「いや、なんか思い出して。確かすごいひどい振り方してたよなぁって割と印象的だったような」 『ねぇ、いつまで電話してるの? 早くこっちおいでよ』 「まぁいいや、彼女さん呼んでるみたいだし電話切って構ってやれよ」 『は? いやいやほんとに友達としか来てねぇって』 「え?」 『いつまで電話してるの? 早く来てよ』 『ほんとだよ、男友達との飲みの帰りだぞ』 「……待って。さっきの、振った女の子って今、どうしてる?」 『……? そういや最近大学で見な、』 『おいでよ』 「……おい? もしもし?」
第三十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2020.09.20(Sun) 00:00

じばくれいのじじょう


「もしもし、どうも」 「ああ、こんにちは」  影と影とは、互いに、消え入りそうな声で会話する。  互いに互いの姿をそれと見ることはできない。宙空に互いの輪郭だけが歪んで浮いているような、そんな姿のまま、影と影とは先を続ける。 「何されてるんですか、こんなところで」 「ええと、待ってたんですよ」 「私をですか」 「いえ……いえ、どうなんでしょう」  待っていた影は思案げに首を捻ると――もっともその仕草は誰にも見て取れない程度のものであった。何せ影らにはかたち がない――周囲に目を向ける。視線の先の景色は、とある一軒家の屋根を映し出している。かと思えば、遮断機に光る警報灯が、寂れた小学校の校舎が、ぬかるんだ畑道が流れ込む。  それは、そこにあるモニタにそれぞれの景色が映し出されているというよりも、影たちの持つ意識が空間全体に流れ出し、また、それと同時に影たちに世界の営みが流れ込んでいるようであった。 「……すみません、少し混乱していて。あれやこれや、思い出せないのです」 「そうですか……まあ、無理もありませんよ。だって、私もあなたも、すでに、死んでいるのですから」  どこか淀んだ川のようにも見え始めた周囲の景色から頭をふりふり目を背けると、その場に三角座りのように体を落ち着けて、待っていた影は顔を膝に埋める。 「あぁ……はい。あー、はい」  後から来た影は、声の元が突然下方に移ったのを見て、慰めるような声色で「こういうこともありますよ」と声をかけた。 「私もまさか、こんなに早く死ぬことになるだなんて、思ってもみませんでしたから」 「…………ん」  億劫そうに一つだけ返事とも呼べないような呻きをあげて、待っていた影はまた一つ、二つ、三つとため息をついた。苦笑するかのように息をついて、後から来た影は「幸いなことに、時間はまだまだあるみたいですよ。心の整理をつけて、ここの凄涼に慣れ親しむほどの時間が」と呟いて、周囲に目を向けた。  影たちの周囲の景色は、未だめまぐるしく変化し続けていた。一瞬前と同じ景色が現れることはなく、また、永劫の昔から一度として同じ光景が描かれることはなかった。  その有り様は、ほんの少しでもこの場に居さえすれば、みなみなに等しく寂寥の念を抱かせるものであった。影たちが居るのは、どこでもあるように見え、その実、決してどこでもない場所であるからだ。目の前の景色がこれ以上ないほどに偽りであると突きつけられる、突きつけられ続けるその空しさで、誰もがその影を焦がすのだ。  後から来た影はほんの数瞬、景色に目を向けて、また、座り込んでいる影に目を向ける。また、今度も数瞬、周囲に目を向けて、視線を戻す。「時間というものは」また周囲に目を向けると、今度は数秒間、幾百幾千の景色を受け止めて、「影響と干渉の上にあって始めて成立するもの、らしいですから」また、視線を動かした。 「私達はもう、時間に縛られることはできないそうですよ」  あれほどしがみついていた時間には。  あれほどまでに疎ましかった時間には。  後から来た影の独白にしばらく耳を傾けていた待っていた影は、死気に満ちた目を上げ、届くかどうかもわからないような声で訪ねた。 「あなたは……色々お詳しいようだ」  訝しむような声色からも、しかし、真剣味を感じ取ることはできない。 「長いんですか、ここは。他に誰か、人がいたりするんでしょうか」 「人ですか……いえ、ここではどんな人にも会っていませんね。それに、誤解ですよ。私もここへは来たばかりなんです。あなたとそう変わらないんじゃないでしょうか」  立っていた影は、嬉しそうに答える。 「ただ、ここに来る前に、二、三、お叱りを受けました。今の話は、その際に聞き知ったことなのですよ」  影は足下を見下ろして、もう一つの影が座っている場所を見繕い、そこから少し離れたところに腰を下ろした。 「お叱り、ですか」 「ええ。『その自殺は駄目だ』と」  自殺した影はこともなげに左隣の影に「あなたはお叱りを受けましたか」と零す。 「ええと、いえ。私は」  気付いたら、ここに。  自殺した影はにこりと笑ったような声を出して、ならばと続ける。 「ならばあなたには、きっと非がないのでしょう。非の打ちどころが、ないのでしょう。……打ちどころが悪かったとも言えますが」  はぐらかすような自殺した影の物言いに、「はあ」と適当な相づちを打ちながらも、影は体をそちらへと向ける。 「私は……」 「あなたは、だとすればどなたかに殺されたのでしょう」  自殺した影は、これもまたこともなげに、殺された影に対して言う。  実際にそれは、その通りであった。殺された影は殺されたからこそ、『お叱り』を受けることはなく、自分で望んでもいない内にこの場所に来てしまったからこそ、その記憶は剥がれ落ち、自分の境遇を受け入れることができないでいたのだから。  そしてまた、新たにそんな事実を――あるいは、影にとってそれは推測の域を出ないものではあったが――告げられて、殺された影はまた一つ。大きなため息を漏らした。 「殺された……」  ふううううう、と。  さらにもう一度、体ならぬ、影の中の空気を全て吐き出してしまうかというほどに長い長い嘆息の後、殺された影はやや自嘲気味に「妙なものですね」と独りごちた。 「死んだ後に……それも、殺された後にこうやって何かを考えることができるだなんて。……なんといいましょうか。ほんの、ほんの少しだけ、救われたような気分です」  これまでに殺されたであろう幾億もの影を思えば、その安心にも似た感情は、この荒涼たる世界の中で、殺された影の心の中で、とても小さく、しかし暖かい灯のように感じられた。 「ずっと、ここにいたいくらいですよ」 「救い。救いですか。悪くないですね。ただ」  殺された影の同意を求めるような湿った声色に反応することなく、自殺した影は思案げに呟く。 「私なんかには、余計に感じられますがね。何せ、覚悟を決めて、錯誤を戒めて、やっとの思いで終わらせたのに。それを、ともすれば後悔するための猶予が与えられるだなんて。このまま、消えさせてくれないだなんて」  拷問のようです、と言葉を区切って、自殺した影もまた自嘲気味に「もっとも、だからこそこれが、自殺した者に対する罰なのかもしれません」と結んだ。  自殺した影の穏やかな調子とは裏腹に、殺された影の腹の内は、その言葉を受けてふつと煮えかえっていた。  余計だと。あなたは、殺されたことがないから当然わからないだろう。突然、自分の関知しえない内に自分というものが世界から失われる恐怖をだ。それもなしに死んで、ここへ来て。どうせもといた世界でも逃げてばかりだったに違いない。問題を先延ばしにして、見送って、サボっていたツケを、払いきれずに償いきれずに死を選んだに決まっている。私は、あなたみたいな人間とは違う。  また同時に、その穏やかな調子の声に隠れて、自殺した影はある種、殺された影をうらやんでいた。  殺されるのは、嫌だろう。怖いだろう。憎い、だろう。……けれどこの影がおかれたそれは、私にとっては、実はなにより恵まれた境遇なのかもしれない。なにせ、この影には自分を責める必要がない。どんな辛い目に遭っても、例えそれが死であったとしても、他所にその責任を求めることができるとしたら、どれほど楽だろう。私には、それが、もうどうしたって手に入れることのできない特別切符のように思えてならなかった。これからを、この場所で苦悩とは無縁に過ごしてゆける半券。私は、こうなりたかったのだろうか。  ……いや、なりたくあろうとなかろうと、どのみちどうしようもないことだ。  だとすれば、今、私にできることは。  今、私にできることを。 「罰、です。罰……。ええ。ここまで来て、またさらに逃避を重ねようとは思いませんよ」  自殺した影の『逃避』という言葉に反応して、殺された影は「は」と一言、乾いた吐息を漏らした。 「自覚は……あるんですね」  慎重に選びとったつもりの言葉は、しかし、目の前の影への敵意を隠しきれず、そのまま虚空へと霧散してゆく。普段ならば、ただことを荒立てるだけのそんな文言が、なぜか今は抑えきれず影の口をついていた。 「…………」 「………………」 「ああ。ええ。……ありますよ。あなたとは、違ってね」  その言葉の内の棘を感じ取ったのであろう、自殺した影も真似たような口調でそう返す。 「……私と、どう、違うと」 「いいですか。あなたは、死んだんだ」  自殺した影は一言一句を言い聞かせるように、そう呟いた。 「死んだんだ」  もう一度。 「この場所は、けして救いのための、私たちのような影が憩うための場所なんかじゃないですよ」  景色は、全てを映し続ける。 「ここは、見切りのための場所なのだと言われました。私たちが自分自身に見切りをつけて、それで、自分たち自身を観切るための場所、ということでしょう」  自殺した影は自分に言い聞かせる。 「私は、きっと、自分の死を後悔しなければならない。そしてあなたも、自身の死を受け入れなければならない。そうやって初めて」  私たちは、見切りをつけることができるのです。 「見切りをつける、ですか」  殺された影は、その一字一句を己が身に染みこませるように幾度か反芻した後に、深くうなだれたままの声で自殺した影に応じる。 「それは、まだ、いいじゃないですか」  まだ。  ずっと。  殺された影は、その内に湧いてきた思考を振り払うように努めて明るい声を出す。 「あなたも、少し違うことを考えてみたらいかがですか。気分転換といいますか。ほら……死んで、混乱しているんですよ。あなたも、きっと。ゆっくりとしていたら、楽しいことを、思いつきますよ」  それがいい。  消え入るような声で、懇願するような声で、殺された影は漏らした。  そうでもしていなければ、私は消えてしまうんじゃないか。このままことが進めば……。それだけは、嫌だ。  それは、今まで生きていた世界を思い、けしてそれに、そして自分自身に見切りを付けることなどできやしない殺された影が、唯一心に抱いていた純粋な気持ちだった。  自殺した影への恨み言も、自分を殺した誰かに対する怨嗟も、その思いの前には鳴りを潜めてしまうほどに、それは奥深く、影の内に巣食っていた。救いの手ならぬ巣食いの根が、殺された影をがんじがらめに縛り付けていた。  そんな影の振る舞いに、自殺した影は見えないその姿を震わせて、声を荒らげたい気持ちをすんでのところで抑えつけた。 「あなたは……いえ、そう。そうですね。そう、しましょうか」  影は、『お叱り』を受けた際にこうも聞いていた。  『このままではいけない。あなたは自ら命を絶った。そしてこれから会うことになる『影』はまた、その命を絶たれた。あなたはそのままでは足りていない。世界に見切りを付けるには』  影にとってそれは、意味を取るにはやや不鮮明で、不明瞭で、不親切な『お叱り』であった。影は、その言葉を自分なりに受け止め、行動するしかなかった。その他にもいくつか自分がするべきことを聞かされたような気もしていたが、いつの間にかそれらは昨日見た夢のようにおぼろげな記憶となってしまっていた。  しかし自殺した影はどこか納得してその言葉を信じることができていた。それが、これまで信じてもいなかった神秘的な何かの声なのか、はたまた、気付きもしない自分自身の声だったのか、それはもう判然としなかったけれど。  それでも。  自分が、目の前の影と何かをしなければいけないということは、さながら本能のように、生まれ出でた目的かのように自殺した影の芯に根付いていたのだ。 「楽しい話でも、身の上話でもしましょうか。あなたからどうぞ」 「えあ、ああ……う、ええと」  まさか自分の意見など通るとも思っていなかったように、殺された影が戸惑ったような声で「なぜ」短く尋ねると、自殺した影ははにかんだような声で、「これから自殺することになるような話を聞いても、楽しくはないでしょう」と笑った。  影の発したのは、そういった類いの「なぜ」ではなかったのだが、相対する影の――自殺した影と殺された影とは、隣り合うかたちから、今は向かい合って座るようにして互いに目の前の宙空に視線を投げかけていた――居催促に折れたようにほんの少しため息をつくと、「そうですね」と切り出す。 「ただ、なにから話したものでしょうか」  頭から言い淀んだ影は、宙空に映し出された天色に目を留めると、朝露のぴたりと滴るような声で「こんな」と、今度こそ切り出した。 「空の色が好きだったんです」  それは、身の上話というにはあまりにも単純で、あるいは誰も好き好んで耳を傾けないような独白であったが、自殺した影は耳をそばだてたまま、沈黙を保つ。 「空がどうして青いのか、なんて穿った……ひねくれた、でしょうか、そんな考えを持つよりも先に、世界の半分を覆う空のその大きさに、私は、惹かれていたんでしょうね」  影たちの背景は、透き通るような天色から徐々に遠ざかり、そこに浮かぶ雲や、木々の緑を映し出す。  それらが映し出されたのはどれも全て一秒にも満たないごくごくわずかな時間であった。しかし、相対している影たちにはその一瞬の光景でさえ、微に入り細を穿つまで眇めたほどに手に取るように、そのすでに失われた網膜に焼き付くまでに矯めたように、自分自身のもののように感じることができた。 「ああ、懐かしいですね。これは……もう見えやしませんが、あれは、たしか小学校の校庭から見た空ですよ。授業が終わってから、ずっと、じっと、空を眺めた日もありましたね。今思えば、無駄な時間を過ごしていたものです。いえ……」  少し言葉に詰まり、また、口を開いた影は、目の前の影との異口同音の「贅沢な時間」に少し笑い、「ですね」と安心したような声で同意した。 「今思えば、贅沢な時間でした。歳を重ねるにつれて、そんな時間も減っていったように思います」 「わかりますよ。私もそうでした」 「仲良くしていた友達と馬鹿やっている内は、それでも楽しいものでしたよ。忙しくて楽しくて、時間が無いことなんか、気にも留めなかった」  殺された影は、それからいくつか、学生時代の思い出を語り始めた。個人名は伏せて語られたそれは、部活動の苦労も、親との衝突も、恋愛の失敗も、どこにでもあるような、それこそ目の前の影がそれを自分に重ねても違和感が全くないほどに平凡なものではあったけれど、殺された影にとっては唯一の、自分の人生だった。 「……それでも、そんなもので時間を誤魔化せていたのは、仕事に就いてから、二十数年、それほどでもないか、二十年弱くらいの間だったように思います。人生の半分を仕事に費やして、いつの間にか疲れてしまったのかもしれません。ふと気付けば、年単位で時間が過ぎるようになっていた。空の青さに目を向けることも、いつしかなくなっていました」 「……飽きはどうしてもくるものですよ」  自殺した影は、まるで自分のことのように感じ入って、慰みの言葉を投げかけた。 「……いえ、わかっていますよ、慰めていただかなくても。私の見方の問題なんですよ。きっと」  見方の問題。  あるいは―― 「恵まれたことに配偶者もおりました。私には勿体ないほどの人で……向こうも、昔は私と同じようなことを思っていたらしいですが」 「その方は、同僚ですか」 「ええ。二つ目の会社で同じ仕事を任された仲でした。気の合う人でした。空を見て美しいと思える感性を、私はその人と居て久しぶりに取り戻せたんです。いい人でした、本当に。……誰が敵になろうともこの人だけは私の味方だと、味方であって欲しいと。恥ずかしながらそんなことを、恥ずかしげもなく公言できるほどに。だからこそ、失いたくはなかった」 「…………その方は、ご病気か何か」 「ああ、いえ、比喩ですよ。何せ私は」  その味方あいてに、殺されたのですから。    あるいは、味方の問題。  ばっ、と。影たちの視界中に、とある光景が映し出される。卓上に広がった黒々としたコーヒーと、それに向けて伸ばしたままぶるぶると震えている指先と、その先に移る人物の姿。顔までは見えない。 「一番最後の記憶です。私の最期」  自殺した影は絶句する。 「唯一救いと言えば……さて、救いでしょうか、これは。事実、とでもしておきましょう。事実と言えば、死んでしまう前に、死に終える前に、殺されたことに気付けたことでしょうかね。びりびりと手足を駆け回る激しい痛みで、毒を盛られたことに気付きました。そんなもの、私はもっていない」  落ち着いている、というよりもどこか諦めたようだった声色から打って変わって、殺された影のそれはふつふつと湧き上がる感情に焚きつけられるように、徐々に勢いを増していく。 「聞けば、きっと疲れたとでもぬかすんでしょう。ああ、いえね、この五年ほど前に大きな事故に遭いまして、足を強か打ち付けましてね、それ以来歩けなかったんですよ。だから日々、諸々の介助をお願いしていました。それまで、二人とも仕事が生きがいのようになっていましたから、その仕事も失って、私自身、死んでしまおうと思ったこともありました。ただ」  殺された影は捲し立てる。 「それが、殺されて良い理由なんかになるものか。なっていいはずがない。私のこれまでの人生を、全てを奪って良い理由になるわけがない。あんなやつを愛した私が…………馬鹿だった」  言うと影は、背景から目を背け、膝に顔を埋めた。  そのまま、どれほどの時間が経っただろう。この場には影たちの他には何も――全てであって何でもないものしかなく――さらにすでに死んでいる影たちにはもう時間の概念など不要になっていたから、流れていた――かどうかさえ、本当は曖昧だったけれど――時間は、ほんの数秒だったのかもしれない。  ともあれ、殺された影はゆっくりと顔を上げると、目の前の空間を、黙りこくったままの影の方をボンヤリと眺めながら「どう、しましたか」と控えめに尋ねた。 「なんか、雰囲気が悪くなってしまいましたね。殺された話も、考えてみれば当然、楽しい話ではなかったということですかね」  無理をして絞り出した乾いた「は、は」という笑いを無視するように、自殺した影は「あなたは」と鋭く研がれた刃のような声色で切り出した。 「その相手を、本当に愛していたんですか」 「なんですか、急に」 「自分が死んでも仕方ないとは、思わなかったんですか」 「な」  自殺した影の言葉に跳ねるように立ち上がると、殺された影は目の前にいるであろう影を見下ろすようにして怒鳴りつけた。 「何を、馬鹿なことを言ってるんだあなたは」  そしてまた、自分を殺した相手へ向けたものとは違った、目の前にいる相手への半ば義憤のような感情がよみがえってきたように「そもそも」 「こっちの事情も知らないで、さっきからあなたはなんなんだ。殺されたこともないくせに。死んで仕方ないだって。……は。あなたは、きっとそうなんでしょうよ。あなたは死んでも仕方なかったんだ。死んで、あっちの世界から逃げ果せてここまで来たんだ。良かったじゃないですか。あなたは死んで、思い通りになったんだ。それなのに、なんです。他人の死を当然のように扱って、何が目的ですか」 「……確かに、自殺は、ただの逃避です」  自殺した影は、静かな、けれども確信を持った声色で続ける。 「私は現実から逃げてここまで来ました。現実から目を背けたくて、自分を殺しました。文字通り」  けれど。 「逃避は、悪いことじゃないですよ」  自殺した影は、諭すような口調で、自分を語る。 「自殺は別に、悪いことじゃないですよ。勝手にすればいいんです。勿論、様々折り合いをつけないことには、悪く言われ続けるでしょうけれど。他人が、自殺なんていけないと悟った風なことを言うのは、なんてことはない、目の前の人に死んで欲しくないからですよ。何の根拠に基づいた真理でもない。個々人の勝手な欲望です。親も恋人も先生も、彼ら彼女らの望みをさも正当なものかのように述べているに過ぎないのです。……そうは思えませんか」 「…………だとして、何が言いたいんですか。あなたが自信を持って、自身を以て自分自身を葬ったというのはわかりましたよ。その分だと、『後悔』することもなさそうですけれど。それで、私に何を言いたいんですか」 「自殺は、悪いことじゃないということですよ」 「はあ」  呆れたような声を上げて、威勢も削がれたのか、また元居た場所に腰を下ろすと影は「私の話、聞いていましたか」とため息をついた。 「それに、私の質問にだって、答えてもらっていない。私の何を知って、そんなことを言うんです。さっき会ったばかりのあなたが」 「あなたの病気は決して治すことなんてできなかったということを、ですよ」 「……なんです」  まるで聞き取れなかったように声を上げて、しかし影は口を噤む。 「あなたが悪くしていたのは、足ではありませんよ。頭です。ふ、人聞きが悪いですかね、脳、でしょうね。あなたが本当に強か打ち付けた頭蓋の中身は、徐々にではありますが着実に、あなたの体を蝕んでいた。足が動かなくなったのはそのごく初期症状に過ぎません。いずれは、あなたは眉一つ動かせなくなっていたことでしょう」 「…………やめろ」 「そうなれば、最早死んだも同然。あなたは常々そう思っていた。生きながらにして、ここに、この場所とそう違わない追憶の荒野に投げ出され、そのまま肉体が朽ちるまで、あちら側へは何一つ干渉することもできない」 「あなた、お前、お前は……」 「死んでしまおうと思ったこともありました、と言いましたか。違う。あなたは、ずっとずっとそれについてだけ考えていた。ふと口を開けばどうしたら楽に死ねるかと譫言を吐き出し、代わり映えのしない毎日の中、どこかに救いを求め続けていた」 「お前は、だから」 「だから、私は」  二つの影は同時に、その先を次ぐ。 「あなたわたしを、殺した」  これまでの話を聞いて、最早自殺した影には、迷いのようなものは残っていなかった。今はもう、自分に与えられた役割を十全に理解し、それをただただ実行しているだけだった。 「ずっと、ここに来てから考えていたんですよ。どうして、死してなお『足りない』などと言われなければならないのか。『見切りをつける』ために、なぜ他者の存在が必要なのか。そしてそれが必要だとすれば、その相手は一体、誰なのか」  けれど、相対する殺された影はそうはいかない。目の前の影に掴みかからんとする勢いで怒鳴り声を上げる。 「私を、殺しておいて、お前は、自殺したっていうのか。それで今さら、私と、なにか、和解でもしようっていうのか。もう遅いんだよ。くそくらえだ。お叱りだかなんだか知らないが、どんなお叱りを受けたのかも知らないが、死ぬ前も死んでからもお前の都合で勝手なことをつらつらと。お前の良いようにだけは、してやらんぞ」  ここに来てから一度として見せたことのない剣幕で、影はそのまま、初めて、目の前の影に掴みかかった。  ただ影は、気圧された風もなく、どころかにこやかに、また初めて、影の肩に手を乗せた。 「あなたは、意外とお優しい方なんですね」 「なんだと」  乗せられた手を即座に振り払うと、影は「どういう意味だ」と詰め寄る。 「死んでなお、長年連れ添ってきた配偶者程度・・・・・・・・・・・・・・とわかり合う必要なんて、あるはずがないじゃないですか。血も繋がっていない、最後にはあなたを殺した殺人犯のことなんて、これっぽっちも気にかける必要はありません」  和解なんてくそくらえだ。 「違いますか」  その瞬間――否、それは一瞬にも満たないほどの短い時間ではあったが、影に表情のようなものが見えた気がして、影はびくりと肩を強ばらせた。その表情は、憎しみに燃える影から見ても些少ならぬ恐怖を覚えさせられるような、底の知れない笑みだった。 「覚えていませんか。あの人殺しよりも、私はずっとあなたの近くにいたんですよ。いまわの際に激しい痛みなんて味わう必要はないですよね。だからあなたは、真っ先に意識を失うように、神経系を確実に阻害して破壊する猛毒をご自分で準備したんじゃありませんか。私が、あるいは、あなたがもったのは・・・・・・・・・、そちらの毒だ」  影は、強ばらせた肩を弛緩させて、一転、「ふ、はは」と笑い声を漏らした。それは、ふと恐怖をかき立てられたその影の表情が、実はこれ以上なく見覚えのあるものだったからであり。 「死への恐怖で、あなたは私を切り離した。あなたは最期まで自分の病に気付くことはなく、私はその間、あなたが日々を過ごしている裏であちらの世界に見切りを付けていた。一瞬で終えられれば、恐怖も最小に抑えられると、思っていたんですが」  結局、失敗しちまったよ。  表情を綻ばせて「やってらんねえよ」と呟くのは、紛れもなく、だった。  ああ、思い出した。  恨みに身を焦がしていたのも、  自分で自分の病を耐えきれずに服毒自殺を図ったのも、  問題を先延ばしにして、見送って、サボっていたツケを、払いきれずに償いきれずに死を選んだのも、  自分が死んでも仕方ないと思っていたのも、  長年連れ添ってきた伴侶に毒を盛られて絶命したのも、  自殺は悪いことじゃないと自分自身に言い聞かせていたのも、  自殺は逃げだと自縄自縛におちいっていたのも、  自殺して後悔しやしないかと最後まで怯えていたのも、  滑稽なことに、今の今まで自分で作り出した自分自身と言い争いをしていたのも、  全部。  私、だった。  見れば、目の前の私は大学生時分の姿になっていた。  また見れば、会社勤めを始めた頃の自分が私を見つめていた。  また見れば、それは車椅子姿の私だった。その顔は、さっき見た。殺された恨みで恐ろしいほどに歪んでいた。  全ての時代の私が入れ違い互い違いに入れ替わって、私の目の前に居た。目の前の私にとっても、それは同じように見えていたことだろう。全ての私と、全ての私が、互いを見つめ合っていた。  最期の最期。私という個が永遠に失われてしまうというときに、もし仮に、ただ一人、わかり合うべき相手が居るとしたら。  ああ、そんなもの決まっている。  自分自身だ。  自殺は別に悪いことじゃないと、私は言った。勝手にすればいいと。自分勝手に、すれば良いと。  そういうことだったのだ。  ただいけないのは、自分で納得していない自殺だ。  自信を持てない自死だ。  それは良くない。  『その自殺は駄目だ』。  『足りない』。  全てを丁度良く終えるためには。  見切りを、つけるためには。  私は思い違いをしていた。この場所は、死んでしまった自分に見切りをつけるための場所だと。  けれど本当は、自分以外の全てに見切りを付けるための場所だったのだ。ここに至って、社会や世界といったどうでもいいもののことを気にかける必要は、もうなくなったのだから。  私は、これからどうなるのだろう。  そんな疑問は抱けど、いつの間にか、世界から自分が失われていくことへの恐怖は感じなくなっていた。  この流れ移ろってゆく『背景』も、私がこれまでに経験してきた、私が私になった背景そのものだった。  だからここには、私しかいなかった。  私がいれば、私は私を感じられる。  私がいなければ、私は私を感じられない。  ただ、それだけだった。  私が消えて、その後、なんてものは私にとって存在しない。  だから、恐怖することもない。 「ここは一体、どこなんだろうな」 「さあ」  始まるは、私と私と私と私、数多の私の自問自答。  不安も恐怖も消え去った、真の意味でのエピローグ。 「死後の世界がこんなだったなんて知らなかったぜ」 「僕も、天国に行けると思ってた」 「アリンコ踏み潰してたお前じゃ天国には行けねえよ」 「案外、まだ息があるのかもしれませんよ」 「これまでの全部、走馬灯ってこと」 「だとしたら随分と猶予があるもんだな、死ぬ前ってのは」 「存分に後悔できそう、ですね」 「毒って、どんな毒を使ったの」 「ああ、覚えてませんね……。どこかにメモでもしておけばよかったですか」 「それにしても、まさか自殺するそのときに毒を入れられるだなんて思ってもみませんでしたね」 「ホントだよ。しかもあんないてえとは」 「まあまあ、最期の話はほどほどにしましょう。これまでにさんざ話してきたじゃないですか」 「それもそうですね」 「じゃあ、何の話する」 「あ、その前に」 「どうしたの」 「『自殺した私』、その、あなたに汚れ仕事、というか、大変な役割を押しつけていて、その」 「なんだ、そんなこと」 「いいよ」 「だって私も、れっきとした私なんだから」 「……ありがとう」 「いえいえ」 「そういえば、死んでもまだ意識があるってことは、俺たちって幽霊ってことになるのか」 「ちょっと、いきなりそんなこと言わないでくださいよ。私が怖がってるじゃないですか」 「自分に怖がるってどういうことだよ……」 「幽霊っていうと、浮遊霊とか」 「足はありますね」 「守護霊なんてどうです」 「別に誰も守りたかねえな。守護霊獣なんてどうだ」 「まだ終わってないの、あれ」 「背後霊っていうの、知ってる」 「誰かにずっと付いていくのは、やや骨が折れそうですね。こことそう境遇は変わらなさそうですし」 「それじゃ地縛霊ですか」 「地縛霊ね」 「く、くく、ふっ、はは」 「どうしました」 「いや、じばく霊はじばく霊でもよ。ほら」

第三十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2020.09.20(Sun) 00:00

しちくな商店街

「あの、ちょっといいですか」  背後から声がかかった時、私は密かに待ってました、と思った。 「ええ、なんでしょう」  振り返ると予想通り三人の女の子が立っていた。 「ななきゅうのうだい? にはどう行けばいいんですか? マップだとこの先真っすぐってなってるんですけど」 「それ、しちくなって読むの。七久納台。地図通り道なりに行けば着くよ。私もそっちに用があるから、よければ一緒に行きません?」 「あ、いいんすか。ありがとうございます」  私は改めて女の子たちを眺めた。三人は高校生、しかも若い時を謳歌しているタイプの女子高生で、揃いの制服にはそれぞれ少しずつ手を加えてあった。  私に話しかけてきた子はウエーブがかった茶髪、その横でスマホの地図を見ている子は爪をロックな感じに塗っていて、一方うしろで所在無げにしている子は鞄にしこたまマスコットをぶら下げていた。  三年前の自分と引き比べてみる。カラーともメイクともネイルとも縁遠かった当時の私とは大違いだ。 「三人は学校じゃないの? 平日の朝十時に何してるの」  今はおしゃれを解禁してそれなりに若者らしくしている。けれども根が無粋なので余計とは自覚しつつも訊いてしまう。 「本当は、っていうか最初は学校行くつもりだったんですけどぉ、電車止まっちゃって」 「一本前のが人身事故起こしたとかで」 「学校着くのいつになるかわかんないし、どうせ夏休み前でテスト返却だけだし、じゃあもういいやって」 「どこか変わったとこないかなって探してたらネットの書き込みが目について」 「心霊スポットとかマジ夏にぴったりじゃん」 「なんかいろんなタイミングに運命感じるよね」 「でも人身ヤバくね? 一人じゃなかったらしいんだけど」 「うっそ、怖」  三人はかわるがわる喋った。よく互いの言葉が被らないものだ。もはや三人で一人と言っていいくらい通じ合っているのだろう。何となし、顔も似ているような気がしてきた。単に似たような化粧をしているだけか。  きれいに顔を塗った彼女らは、じりじりと肌を焼くような日差しの中でもほとんど汗をかく様子がなかった。 「お姉さんは何してるの? 肝試し?」 「うん。まあ、そんなところかな。大学夏休みだし」 「いいな休み。やっぱネット?」 「そう。どんな噂見て来たの?」 「幽霊が出る、っていうだけ。詳しい情報はナシ。もしかしてここって有名? あたしたちが知らなかっただけで」 「そうでもないんじゃない」  アスファルトはぼこぼこで横は草むら、時々畑や家がある程度。これじゃあ道が合っているか不安にもなるだろう。  草むらの少し向こうにフェンスで囲まれたいかつい建物が覗いていた。廃校だった。 「うわー不気味」 「ホラー映画のロケで使えそう」 「学校の怪談とかそういう系の本思い出す」  高校生たちは何でも思ったことを口にしたいらしく、ちらっと見えたおんぼろ校舎ひとつで盛り上がっていた。  辺りに賑わいとか喧騒と結びつくものがないせいか、色さえ焼き尽くすほどの太陽のせいか、彼女たちの声は湯気のように色彩なく漂っているようだった。 「中学校の頃さあ、怖い話読みたくなって図書室の先生におすすめ訊いたらなんか古そうな本渡されてさあ」 「うん」 「嫌な予感したんだけど一応読んだらやっぱりつまんなかった」 「どんな話?」 「短いのいくつも入っててどれも古い。しかもだいたい変なもの見たってだけの話で」 「実体験系ね。まあ死んじゃ何も残せないから」 「せめて追いかけられるくらいしろよと。一番面白かったのが何とか食い。あの世で何か食べたらこの世に戻ってこられなくなるらしい」  たぶん、ヨモツヘグイのことだろう。 「じゃ、何も食べなきゃよみがえり放題じゃん。憶えとこ」  私は心の中で十数えた。次の話は始まらない。私はかぶっていた大きい麦わら帽子のつばを少し上げて振り返った。 「ほら、七久納台に着いた」  私たちはいつしか商店街に行き着いていた。しちくな商店街と赤地に白の丸文字で書かれた看板が掲げられ、色とりどりのひさしが遠くまで続いている。  忽然と表れたアーケードに女子高生たちは一瞬言葉を失ったが、すぐに歓声を上げた。 「やばい。本当にあったんだ」  跳ねて手を叩く茶髪の動きは、重力を感じさせないくらい軽やかだった。 「そこから疑ってたのかよ」 「だってネットって嘘多いし」 「ねえ」  私はちょっと気になって口を挟んだ。 「幽霊を見てどうするの?」 「どうするも何も」 「見れたら満足ですけど」 「ああ、一応塩は買ってきた。除霊っていうのやってみたいし」 「そうそう。なんかそういうの憧れるっつーか、祓えちゃったりしたらかっこいいよね」  大した目的はないらしい。 「そっか」  前を向こうとした私を茶髪が止めた。 「あの、あたしもひとつ気になってることあるんですけど、訊いてもいいですか?」 「どうぞ」 「その帽子、この辺じゃ見ないというか、そういうのあんまりかぶってる人いないですよね」 「ちょっとアヤネ」  派手ネイルが止めたが、私は気にせず帽子に軽く手をやった。つばがやたら大きくて、後ろに日よけの黒い布がついた田舎のおばあちゃんみたいな麦わら帽子だ。物珍しかろう。 私も今日初めて買って、初めて身につけた。駅近くの小洒落た店で見かけたときは、この時代こんな場所にとあっけにとられたものだ。 「確かにちょっと変だよね。でも顔とか首が焼けずに済むし眩しくないし、案外かぶり心地はいいよ」  アヤネと呼ばれた茶髪は、ふうん、とだけ言った。疑問を口にした瞬間が興味のピークだったようだ。  私は軽く息をついた。さっきのは出まかせだった。  私の中ではうつむけた頭から白い洗面台にぽたぽた零れ落ちる赤い液体の映像が、何度も再生されていた。 別に言いたくないこと、というか隠しておきたいことを口にする必要はない。私はもう一度帽子に手を触れた。今度は押さえるようにしっかりと。 屋根や建物の陰でやわらげられた光の中で、商店街は穏やかに微笑んでいた、砂がたまった灰色のタイルはアスファルトより親しみやすく、土より歩きやすい。 十歩ごとに変わる両側の店は万華鏡を思わせた。 店先に色とりどりの野菜を緻密に組み上げた八百屋。 ぬらぬら光る魚を氷の上に大雑把に乗せた魚屋。 もとからなのか汚れなのか、黄土色に濁ったガラスの向こうに埃っぽい空気と茶色みがかった本を閉じ込めた古書店。 揚げ物とかポテトサラダとか暖色系の料理が所狭しと並ぶお総菜屋さん。 真鍮らしき金属の地球儀や美麗な装飾の施されてたオルゴールなんかが格子に区切られた棚に丁寧に置かれた雑貨屋。 どれも緩やかな呼吸の中にあって、全体としてしちくな商店街というひとつのハーモニーを成していた。 夏休みらしい気怠さと和やかさの中にありながら、あまり夏らしくはなかった。暑くないし蝉も鳴いていない。カラスはさっき一羽くすんだ看板を掠めて飛んでいったきり。 女子高生たちは口と心がつながっているみたいに、何か目にするたび一言二言感想とも鳴き声ともつかない声を上げていた。 私は完全に聞き流しモードで彼女らを先導していた。 客の注文に合わせてその場でコッペパンにあんこやマーガリンやジャムを挟んで提供するパン屋。 トレーの中でビニールごしにも生々しい艶めきを放つ肉たちが住まう精肉店。 ショッキングピンクのシャツやぼろっちく加工されたジーンズ、地味なのか派手なのか微妙な花柄ワンピースといったどこかずれたラインナップの衣服が吊り下げられた服屋。 最初は図鑑かテレビの世界みたいで物珍しかった店々にだんだん食傷してきて、私は女子高生たちの会話に意識を映した。途端に高く浮き上がるようだった音が下りてきて、意味を成し始める。 「なんかお腹空かない?」 「わかる」 「でも食べるものないね、ここ」 「あるにはあるけど食べ歩きとかそういう感じじゃない」 「そう」 「肉とか野菜は料理しなきゃだし」 「お弁当は箸要るし」 「さっきのパン屋寄っておけばよかった」 「えー、あの店なんか暗かったじゃん」 「というか、ここ割とどこも暗い」 「あ」  ぱらぱらと乾いたローファーの音が止んだ。私も立ち止まる。私が口を開く前にマスコット鞄が言った。 「駄菓子屋だ。初めて見た」 「あたしも」 「うちも」 「何か買ってこうよ」 「ねえ」 思わず私は口を挟んだ。 「お腹空いてるんだったら、私シリアルバー持ってる。良かったら食べない?」  近距離にそれなりの声量だったので、盗み聞きも何も無いはずだったが、会話をしっかり耳に入れていたと白状するみたいで少し悪い気がした。それを振り払うようにことさら明るく言ってみたが、女子高生たちの反応は冷たかった。 「いいです」 「そこの駄菓子屋で適当に買うんで」 「お気持ちだけ」 「そう」  厚意は押し付けるものじゃないけれど、自分でもムッとしているのがわかる声だった。幸いアヤネたちは駄菓子屋の方に夢中で、こっちの返答など聞いちゃいなかったのだが。  駄菓子屋では狭いコの字型の通路の両脇に小さなお菓子や瓶入りのおつまみ、プラスチックのちゃちなおもちゃが目にうるさいくらいひしめき合っていた。  色とりどりのラムネや懐かしいチューブ入りゼリー、今では珍しいカルメ焼き。無邪気な女の子たちは遊んでいるのか選んでいるのか、あれこれ手に取っては騒ぎ、棚に戻しては笑っていた。  店内では私がしんがりで、なかなか進まない彼女らと商品とを交互に見ながら焦れた。ようやく買う物を決めたアヤネたちがレジに着く頃には、私の方が疲れていた。  レジには誰もいなかった。派手ネイルが凛とした声ですみませーん、と奥へ呼びかけるが店員は出てこない。何かが動く気配すらない。 「あ、これ」  マスコット鞄がカウンターの箱を指さした。箱は段ボール製のポストみたいな形で、正面に招き猫が描かれていた。猫の横には吹き出しがあった。 「しばらく店を空けます。お買い物に来た方は隣の紙に商品名と個数を書いて、この箱にお金を入れてください」  マスコット鞄が舌足らずな声で読み上げた。 「無人販売ってやつ? 不用心じゃね」 「値段見てこなきゃ」  箱に隅を押さえられ、飛ばないようになっている紙には几帳面に線が引かれ、商品名と代金、個数が書き込めるようになっていた。  私は一足先に外へ出た。記入欄を埋めてお金を払い、出てきた三人は手に手にカラフルなパッケージを握り、ほくほくとしていた。  どうしたものかとぼんやりしている私に派手ネイルが近づいてきた。 「何も買わなかったんですね」 「シリアルバーあるから」 「一つ食べませんか」  派手ネイルはその場でプラ容器の蓋をはがし、金平糖をこちらに差し出した。しめた、と私は思った。私は一粒摘もうとするふりをして指を容器に引っ掛け、軽く押し下げた。 「あっ」  派手ネイルの手から小さいゼリーカップみたいな入れ物が落ち、可愛らしい星型の粒が路上に散らばった。 「あらごめんなさい。手が滑っちゃって」  三人は唖然と、私は平然としていた。  興が削がれたと表情で存分に語りながら、三人は菓子を鞄に仕舞った。それだけでは足りなかったようで、アヤネがいろんなところから不満を滲ませながら言った。 「なんかもう疲れたし帰ろうか。幽霊全然出てこないし」  派手ネイルもマスコット鞄も同調する。私は内心焦った。 「せっかく来たんだから、すぐ帰っちゃうなんてもったいないよ。遠路はるばる来たんでしょ。戻っちゃったら、また来たいと思ってもそう気軽には来られないんじゃないの」  幽霊ならもう見てるじゃない、と教えてやらなかったのは親切心か腹いせか、自分でもわからなかった。  私は息継ぎの間も惜しんで続けた。 「もう八割、いや九割がた来たんだから最後まで行こうよ。あとほんの少しで端に着くんだよ。帰るのはそれからでいいじゃない。ぐずぐずしてると日が高くなって暑くなっちゃう」  リードするように歩きだす私の後ろを女子高生たちがゆっくりついてくる。そう。それでいい。  アーケードの果てはすぐそこで、終点を宣言するみたいに立派な祠が鎮座していた。 祠は木製でよく磨かれている。扉は閉まっていて中は見えない。けれども板のわずかな隙間から冷気が這い出しているのがわかる。 ようやく辿り着いた。背後で三人が落胆の声を漏らしている。 「これだけ?」 「つまんなかったね。変わったところもなくて」 「幽霊が出るなんて嘘っぱちじゃん」 「幽霊なら」  私は彼女らに向き直った。スマホを手にしたりローファーのつま先をにじにじしたりしている女子高生たちは気付いていないみたいだ。 「幽霊なら、もう見てるじゃない」 「え」 「いつ?」 「ここに来てからずっと。知らなかった?」 「まさか」  派手ネイルが呟いて後ずさった。他二人も思い当たることがある様子だ。 「除霊してみたい、って言ってたよね」  声を掛けてみるが、彼女らは逃げ出そうとする姿勢のまま、かわいそうなくらい脚を震わせていた。 「塩!」  派手ネイルが叫んだ。 「そっか!」  すぐにアヤネがカバンから塩の袋を出し、力任せにビニールを引きちぎった。そして中身をひっつかむと、思い切り振りかぶり「悪霊退散!」あろうことか、私にそれを投げつけてきた。 「え、待って。なんで」 「悪霊退散!」 「なんで私にぶつけるの!」  一投目に続き二投目もまともに食らった私は、塩をはたき落としながら横へ逃げた。 「悪霊退散! 早く成仏してよ!」 「まさか私のこと、幽霊だと思ってる?」  その時、ビキッと足元が鳴った。全員が動きを止めて地面に目をやった。  タイルにひびが入り、急速に砕けようとしていた。タイルだけじゃない。塩をかぶった店の壁も、鉄球を受けたように崩れ始めている。 「どうなってるの……」  誰からともなく呟いて立ち尽くす彼女らに、私は怒鳴った。 「塩! もっと撒いて!」  私は私で鞄から数珠を出してお経を唱える。崩落はとどまることを知らず、音と振動は高まるばかり。  ずん、とも、どん、ともつかない衝撃があり、私たちは耳をふさいでしゃがみこんだ。直後、手を軽々と貫いて、轟音が耳から全身を貫いた。高校生たちが悲鳴を上げる。 ほどなくあたりは静寂に包まれた。しばらく様子をうかがって、何も起きないのを確認すると私は立ち上がった。女子高生たちはまだうずくまって怯えている。私は一人ずつ手を貸して立たせた。 「もう大丈夫だよ」 「何、さっきの……」  周囲を見回した三人は、一様に言葉を失った。  商店街と呼べるものは、もうどこにもなかった。 地面はタイルがはがされ土がむき出しになり、ところどころ雑草が生えている。建物はあらかた姿を消して空き地となり、かろうじて残っている店は、錆び切ったシャッターで閉ざされている。 「どうして」 「さっきまでの商店街は……?」  混乱する女子高生たちに私は笑って説明してやった。 「つまりね、商店街そのものが幽霊だったの。大切にされたものには魂が宿るって聞くでしょ。ここも地域の人たちに愛されてたんだね。魂を宿してしまうくらいに」  太陽がほぼ真上からぎらぎらと激しく照りつける。熱と光にちりちり痛む肌から、すべて消え去ったのだということが伝わってくる。私は続けた。 「でも高齢化とか少子化とか台風とか、その辺の理由はよく知らないけど、ここは取り壊された。つまり死んじゃった。本当ならそこで終わりのはずだったんだけど、このしちくな商店街は形を失っても昔を忘れられず、お客さんを待ち続けた、ってわけ」 「なんで、そんなに詳しいんですか。あとさっき呪文みたいなの唱えてましたよね。あれは一体」  一番早くショックから抜け出したのは派手ネイルだった。その顔にはなかなかないくらい凛とした強さがあった。私はその切れ長の目を見つめて答えた。 「私ね、実は霊能力者なの」  言い終わるか終わらないかのうちに、私はこらえきれず吹き出した。自分でも胡散臭いセリフだと思う。でも本当なんだから仕方ない。 「霊視とかして見破ったんですか」 「ううん。実は建物のお化けを見たのは今日が初めてなんだ。診える仲間からここの話とか似た例とか聞いたり、場の雰囲気やネットの書き込み見たりして、推測はしてたけど。家からそう遠くないし真相知りたいんで何度か足を運んでみたけど、いつもこんな感じだった。廃店舗と砂と草むらと」 「じゃあ今日も偶然?」  高めの声が挟まる。アヤネもマスコット鞄も復活したみたいだ。 「ううん。あなたたちが見たっていう書き込み、たぶん私のだよ。きっと幽霊商店街と出会うには条件があるんだろうなと思って、他の人についていけば入れるかなって。行ってみる、っていう反応があるたびに先回りして張ってたんだ。毎回待ちぼうけ食らってたけど」 「じゃあ、今日もあたしたちの投稿を見てここへ?」  どこかで蝉が鳴いている。一匹じゃない。じゃあじゃあという濁った音が汗を誘う。 「そう。結構朝早くだったから焦っちゃった。」  喋って火照った体を冷ますように、私は深呼吸した。  視界の端に動きがあった。ずっと大人しかったマスコット鞄がつつつ、と歩きだしたところだった。彼女は駄菓子屋のあったあたりの更地で足を止めた。 「どうしたの急に」  アヤネがついていきながら尋ねる。 「あそこで光ってるの、私たちが払ったお金じゃない?」  雑草で覆われた中、わずかに顔を出す土の上にちょこんと硬貨が置かれていた。三人はそれぞれ自分の払った分を拾った。 「そういえば、お菓子……」  鞄の口を大きく開けたアヤネが小さな悲鳴を上げた。彼女が傾けた鞄から、砂がこぼれた。  女子高生たちは元お菓子の砂を出そうと四苦八苦するのを手持ち無沙汰で眺めていると、派手ネイルが独り言のように言った。 「潰れた商店街なんて日本中にいくつもあるだろうに、何でここだけ?」  私が考えあぐねていると、マスコット鞄が上の空な調子で答えた。 「あの祠のせいじゃない?」 「そっか。そうかもね」  推論が彼女たちの間では事実になったらしく、砂の始末が済んだ三人は祠に向かって歩き出した。 「そういえば、さっきは塩ぶつけちゃってごめんなさい」  アヤネが振り返った。 「あなたのこと、幽霊だと思ってた」  私は手を振って微笑みかけた。 「いいの。わかってると思って説明を怠った私も悪かったし。それにまあ、いろいろ不審だったよね、私。帽子とか」  アヤネも笑ったので私はホッとした。朽ちかけてすっかりボロボロの祠に女子高生たちは柏手を打って、深々と頭を下げた。  私もそれに倣ってお辞儀をする。その時、私の頭から帽子が落ちた。こちらに目をやった三人が息を呑むのがわかった。無理もない。  今朝、メッシュを入れようとして手に持った毛染め液をうっかりこぼしてぶちまけるという、あり得ない失態を犯した私の髪はまだらに紅く染まっていたのだ。
第三十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2020.09.20(Sun) 00:00

海と紅茶

 秋子から電話がかかってくることは珍しい。携帯は持っているが、電話はおろかメッセージを送ることもほとんどない。携帯は秋子にとって僅かな事務連絡を伝えるための機械だった。それも大抵メッセージで送られてくる。砂糖買っておいて、など。  その日、珍しく電話がかかってきた。スマートフォンが震える。誰からだろう。私の仕事関係に違いない、と画面を見てみると「秋子」とあった。珍しいどころの騒ぎではない。まさか事故や事件に遭ったのでは、と私は肝を冷やした。  恐る恐る通話ボタンを押す。 「どうした?」 「主役決まったよ」  秋子の報告は簡潔だった。  秋子は学生時代から劇団に所属している。一流とまでは言えない劇団ではあるが、そこで彼女は主役を目指してきた。しかし、入団以来、任されるのは裏方か脇役ばかりだった。秋子はそれも楽しんでいるようだが、やはり「主役になりたい」とよく零していた。「いつになったら主役できんのかね」と管を巻く秋子を宥めるのは私の役目だった。 「おめでとう」 「ありがとう」  もっと何か言うべきだとは思ったが、出てきた言葉は「おめでとう」だけだった。  役どころや、公演の日程について秋子は話した。今回の舞台は地方公演もあるとのことだった。  電話越しの秋子は落ち着き払っている。淡々とした声だった。しかし、声の中心には仄かな温かさがある。それが彼女なりの喜び方だった。私は落ち着きなく部屋の端から端へとうろうろしていた。 「そうだ、お祝いしなきゃな。お祝い」 「ふふ、大袈裟じゃない?」 「大袈裟じゃないよ。ずっと目指してきた主役になれたんだ。どれだけやっても足りないくらいだ」 「そう? じゃあ、楽しみにしてる」  電話を切ると、しばらく立ち尽くした。秋子が果てない階段を上っていく様子を思い浮かべる。私はいつか置いていかれそうな気がした。まんざらでもなさそうな秋子の声が柔らかい質感を保ったまま耳に残っている。  今日の仕事はやめにして、寿司とケーキを頼むことにした。寿司は秋子の好物である。秋子がよく食べるということを考慮して三人前を頼むことにした。テーブルはすぐに三人前の寿司で埋まってしまった。 「ただいま」  秋子が帰ってきて、祝宴が始まった。秋子の食欲はいつもより旺盛だった。四人前頼んでおいた方がよかったと後悔する。余ったら明日食べようと思っていたが、余計な心配だったようだ。 「秋子はよく食べるな」 「ふふん」  秋子は照れ笑いの後でガリを口に放り込んだ。 「今日は疲れたな。同じオーディション受けた人の手前、どう振る舞えばいいか分からなくて」 「気まずいだろうね」 「そう。電話だって隠れてしたんだから。随分前の話だけど、主役になった人が裏で色々言われたりしたことがあったの。今度はその目が自分に向けられないか、ちょっと心配」 「主役の苦しみか」 「そうかもね。でも、ここでは気兼ねなく喜べる」  緩やかな線を描く肩に緊張は見えない。このマンションの一室だけは敵がいない。何一つとして彼女に牙をむくことはない。その空間を共有しているという実感が胸を温める。その一方で、この生活が明日も続くのだろうか、と考えてしまう。いつか夢から覚めたように何もかも消え去る気配が影のようにつきまとっている。何かの拍子でこの生活が終わるのではないか。例えば、ケーキの苺をフローリングに落とした瞬間に秋子も家具も消えているかもしれない。  ケーキは半分残して、明日の朝食にすることにした。  それから二か月が経ち、秋子の舞台が始まった。  私は仕事の合間に舞台を観に行った。  秋子が舞台に登場した時、私は最初それが秋子だと分からなかった。主役が登場したことは理解していたが、それを秋子だとは思わなかったのだった。しかし、秋子が秋子だと分かっても、秋子に見えない瞬間はあった。その時には恐怖に似た冷たいものが胸を掠めた。スポットライトの眩い光が当たっているから、いつもとは異なる衣装を着ているから、という理由で自分を納得させて、最後まで観劇した。  秋子が脇役だった時はこんなことはなかった。スポットライトの影になることすらある脇役の秋子の舞台も観たことがあるが、別人のように見えることはなかったはずだ。 「舞台の上だと別人みたいだったな」  その日の夕食で私が例の違和感について語ると、「そりゃ女優だもの、ふふふ」と秋子は自慢げに言った。  東京公演が終わり、その一週間後には地方公演が控えていた。大阪と名古屋に行かねばならない。体を休めている暇もないようだ。練習と並行して秋子は荷造りを進めた。遠征は二週間に及ぶ。これだけの間秋子が家を空けるのは初めてだった。  秋子がいないという特異な期間の始まりとは裏腹に彼女の出発はあっけないものだった。  夏の朝六時。涼しい風が吹いていた。大阪は暑いだろうか。そんなことを私は考えていた。京都は盆地だから暑いということは聞いたことがあるが、大阪はどうだろうか。はたまた名古屋は暑いだろうか。ボストンバッグを提げた秋子の細い腕が振り子のように揺れていた。 「それじゃ、いってきます」 「いってらっしゃい」  それだけ言って、玄関で別れた。船の出帆直前のテープ投げのような豪勢さはなかった。  その後の二週間、私は家から出ることなく過ごした。外での打ち合わせの予定もない期間に、秋子の遠征期間がすっぽり入ってしまったのだ。  私はペンギンのイラストを描くことを生業としている。ペンギン以外は描かない。名刺にも「ペンギン専門イラストレーター」と印字してある。ペンギンの絵を描いて欲しいという依頼しか来ないものだから、いっそのこと肩書にしようと思ったのだ。ペンギン以外も描けと言われれば描く。  ペンギンの絵を売って生活している。そう話すと、誰もが牧歌的なイメ―ジを持つらしい。太平楽な気分でペンギンを描き、悠々自適に過ごしていると勘違いされることがよくある。  以前、私の絵を見た人が出版社経由で手紙を送ってきたことがある。私の絵を称賛する内容だったが、最後にこんなことが書かれていた。 「先生がどんな暮らしをしていらっしゃるのか、そんなことを考えたりします。きっとのんびりとした素敵な生活を送っていらっしゃるものと思います」  ペンギンの絵を描いて、それで暮らしている。それだけでここまで想像の翼を広げられると肩身が狭い。私の生活は悠々自適とは程遠い。自分の引く線が全て嫌になってしまうこともしばしばだ。気に入らない線に気に入らない線を重ねていき、それがペンギンになる。ならないこともある。一日取り組んでいた一枚をその日の夕方に破り捨てることもある。  自分が腐臭を放っているのを感じながら、ペンを動かしている。ここ二週間は特に仕事の調子が悪い。何とか打開しようとするうちに部屋から出なくなった。この不調が終われば、青空の下を大手を振って歩くことができる。そんなことを夢想しながら、いたずらにペンを動かしている。  きっかけは消防点検だった。 「消防点検です。火災報知器の点検、それと消火器の交換をさせて頂きます」  玄関を開けると、作業着の二人組が立っていた。彼らの背後には台車があり、そこには消火器が入った段ボールが積まれている。 「タナカ」という中年男性と「マエバヤシ」という若い男の二人だった。よれた作業着につけられた名札は傾いていた。  二週間ぶりに人と相対すると、相手の服装や顔の一つ一つが私の視線を惹きつける。二人の作業着の袖の黒ずみが目にこびりつくようだった。「タナカ」の歯の白さが異様に鮮やかに輝いている。  最初に火災報知器の動作確認から始まった。「タナカ」が部屋に入る。「マエバヤシ」は台車のところで待機するようだ。  私は「タナカ」についていく。最初に私の仕事部屋に入っていった。ペンギンを描き散らした紙が机に散乱している。片付けておくべきだったと後悔したが、「タナカ」は机に一瞥もくれず点検作業に入る。長い棒の先にコップをつけたようなものを彼は持っていた。それを火災報知器に近づけると、報知器がけたたましい音を響かせる。 「点検の時に使うその棒、名前とかあるんですか?」  私は「タナカ」に訊いてみた。普段は作業員に話しかけはしない。さっさと点検を済ませてもらいたいからだ。しかし、今日は違った。彼は白い歯を見せびらかすようにしながら、しゃがれた声で答えた。 「これは試験器っていうんです」 「どうやって使うものなんですか?」 「先端のカップの奥に燃料が入っているんです。そこに火を点けて、報知器に近づけます。その熱に反応するかで報知器が正常か確かめます」  なるほど、と納得しながら「タナカ」の検査を眺めていた。  火災報知器の点検が終わると、「タナカ」と入れ替わりに「マエバヤシ」が入ってきた。彼が玄関にある消火器を手際よく交換している時、彼のポケットから何かが零れ落ちた。  拾い上げると、それは青いペンギンのキーホルダーだった。 「あ、すんません、すんません」 「マエバヤシ」は消火器を設置し終えると、後頭部を掻きながらペンギンを受け取った。 「ペンギンですね」 「ええ。俺のじゃないんですがね。あなたのものではありませんか?」 「いいえ。違いますね」 「そうでしたか。マンションの前で拾ったので、なんとか持ち主を見つけたいんですけどね。マンションで会った人全員に訊いてるんですよ。点検する家の方にも」  見つからないんじゃないか、と「タナカ」が隣で呟く。  見つかりますよ、と「マエバヤシ」はむっとして言い返した。  私は何も言わなかった。落とし物が落とし主に届く確率はどれくらいなのだろうか。そもそも落とし主は自分が落とし主になったことに気づいているのか。以前手帖を落としたことがある。一月に買った手帖だったが、ろくに使わず鞄の底に眠ったままだった。ところが鞄の底にあるはずが、いつの間にかなくしていた。落としたことに気づいたのは四月だった。三月に手帖を開いた覚えはなく、一か月以上もなくしたことに気づかなかった可能性もある。落とし主としてあるまじきことだ。  手帖は戻らなかった。ペンギンのキーホルダーが持ち主の元に戻ることを願ってやまない。願ってはいるが、見つからないんだろう、と頭のどこかでは納得している。 「それでは点検は以上です。ご協力ありがとうございました」  作業員二人は一礼して去っていった。台車を転がす音が遠ざかっていく。「マエバヤシ」はキーホルダーの持ち主を探し続けるだろう。  ドアを閉める間際、シャボン玉が見えた。ここは七階だから随分高く飛んでいる。頼りない薄い膜が熱い微風に揺れていた。そして、シャボン玉は割れないままに八階の高さへと消えていった。子どもの声が階下から聞こえる。  それで外へ出たくなった。  外に出るといっても目的が欲しいので、博士のところへ行くことにした。  博士はペンギンの専門家だ。ある国立大学で教鞭を執っていた人物で、三年前に定年で退官した。職を退いた後もペンギンについての著書を書き続けている。彼の部屋にペンギンの資料と標本が所狭しと並んでいたのを思い出す。  博士と私の親交は、私が博士の著書の表紙を描いて以来続いている。私はよく博士にペンギンについて訊きにいくことがある。ただ、それも最近はご無沙汰だった。奥さんのお葬式以降は一度も会っていない。不意に心配になった。  昼食を済ませてから電話をかけた。 「おお、君か。久しぶりだね。そうかね。部屋番号は覚えているね。うん、その通りだ。今日は一日中家にいるからいつでも来てくれ」  声は変わりなく元気そうだった。  電話は早々に切り上げて出かける。太陽は殴りつけるように照っていた。頭は久々の暑さに当てられてクラクラしている。それこそ殴られた後のようだった。  やっとのことで駅に着き、そこから二駅隣まで行く。ホームはスーツ姿の人が多い。平日か、と気づく。降りた駅からさらに歩いていくと、博士の白いマンションに到着する。  1618号室。チャイムを押すと、博士が出てきた。 「暑かったろう。さあ、入りなさい」  白髪の博士は見た目にも変わりはなかった。口髭の長さも、しっかりと糊が効いたYシャツも記憶のままだった。やつれたりなどしていないかと心配したが無用の心配だったようだ。  博士自身に変わりはないが、部屋はだいぶ変わっていた。 「だいぶ変わりましたね。特にリビングが」 「一人になると生活が狂う。これがその結果だ」  博士の奥さんが今年の初めに亡くなった。そのことを私は葉書で知った。  前に来た時には博士の書斎だけが書物や標本で埋もれていたが、今はリビングまでもがペンギンのあれこれで埋まっていた。テーブルの上は本が占領し、食事をするようなスペースはない。リビングの端のペンギンの標本が外来者の私を睨んでいるようだった。 「君はそこに座って待っていたまえ。今、テーブルを綺麗にする」  椅子に座って、博士の準備を待つ。本をばさばさと次々に床に移していく。慌ただしく博士は動き、ようやくテーブルのものが一掃されると、博士は私の向かいに腰掛けた。  リビングの電灯には電気が点いていない。しかし、午後の光が差し込んでいるおかげで暗くはない。博士の顔に光が当たり、髭がエアコンの風に靡きながら輝いていた。  博士が麦茶を出してくれた。それを互いに一口飲むと、話が始まった。 「それで、今日は何用で来たのかね」 「最近誰にも会っていなかったので、博士に会おうと思ったんです」 「誰にも会わないのかね」 「ええ。二週間、誰とも会いませんでした。外にもろくに出ていません」 「ずっと仕事をしているのか」 「はい。夕方までは。でも、仕事の調子も悪くて」  はあ、と博士は溜め息を吐いた。 「部屋に籠って鬱屈としているのだから当たり前だ。散歩をしたまえ。散歩するだけで頭の働きが違ってくる。ルソーなんかも散歩しながら考えを巡らせたというから本当のはずだ」  ルソーとはまた大仰な話になったな、と思いながら聞いていた。 「博士もよく散歩を?」 「よくするようになった。一日に一回は散歩に出るよ。気分が滅入るといけないからね。特に妻が亡くなってからは意識的に散歩している」  奥さんが亡くなったのは一月の上旬だった。この部屋で倒れ、病院に運ばれた三日後に亡くなった。  奥さんの葬儀には私も参列した。博士が抜け殻のようになっていたのを思い出す。私は一言二言挨拶をしただけで、長くは話さなかった。  寂しさを紛らわせるために散歩しているのだろうか。そう考えたが、何も言わなかった。 「とにかく散歩をするべきだ。そうだ、私のところまで歩いてくればいいじゃないか。二駅分歩けば凝った頭もほぐれるだろう。ぜひ、また来てくれ。私もあまり人と会う機会がないのだ」  博士の冷たい孤独に触れる思いがした。また来ますよ、と返すと博士は静かに頷いた。  壁に掛けられた日めくりは一月四日で止まっていた。日めくりをめくるのは奥さんの役割だった。エアコンが風を送る度、さざ波のような音をたてながら一月四日がめくれて一月五日が見えそうになる。八月二十四日。  何かが足りないと思ったら、紅茶が足りなかった。  毎朝、私も秋子もトーストを焼く。私がトーストと付け合わせのスクランブルエッグやサラダを用意する。その間、秋子はリビングの床で二度寝をしようとしたりする。  それでも紅茶を淹れるのだけは忘れない。彼女のお気に入りの青磁のカップ二つに淹れてくれる。花の香りの紅茶らしい。ただ、私はその香りが苦手だった。いつかこの香りを好きになる時が訪れるのではないか、と思うが今のところその時は訪れていない。  秋子がいない間は紅茶を飲んでいなかった。それが不足感の原因だった。あれを飲まないと朝が来ない。  しかし、飲もうとは思えなかった。苦手な香りのせいではない。むしろその嫌な香気を味わえなければ不足感を解消できない。問題はあの香りを忠実に再現できるかという点にある。  秋子は淹れ方にこだわりがあるようだった。いつも私には分からない手順で器具を操って、紅茶を淹れる。まるで科学者のようだと思いながら私はいつも見ていた。それが自分でできるとは到底思えなかった。  仕方なく紅茶を諦め、トーストを焼いて食べた。テレビを点けると、パンダの話をしていた。生まれたらしい。一体何匹目なんだ、と思いながら動物園周辺の熱狂を伝えるニュースを眺めた。  食事を終えて、仕事部屋に入る。  今はアイスの広告に使う絵を描いている。氷河を背景にペンギンを描いて欲しいという依頼だ。これがなかなか進まない。  ペンは無駄な線を生み出し続けている。  とにかくペンを動かし続けようと試みる。が、へばりつくように紙に向かうも、手が止まる。頭の中で想像していたペンギンは掴もうとすると逃げる。行かないでくれ、と叫んでもペンギンは知らん顔だ。描かなければならないという焦燥感が手を震わせていた。描けなければ、次の仕事は来ない。ただでさえペンギン専門イラストレーターなどと自称して、需要があるかも分からないことをしているのだ。いつ仕事がなくなってもおかしいことはない。  ペンギン専門という肩書を掲げたのは博士がきっかけだ。  駆け出しのイラストレーターだった私に、博士の著書の表紙を描いて欲しいという依頼が来た。その依頼で博士との関係が始まり、ペンギンの依頼が急増した。人物その他の依頼は何故か来ない。だから、自棄気味にペンギン専門イラストレーターという肩書を付したのだ。  だが、そのペンギンも描けないようでは仕方がない。目の前の曲線は一向にペンギンを形作ってはくれない。ペンが機嫌を損ねているようだ。日が高くなっていく。このままでは秋子に顔向けができない。あの紅茶の香りが鼻孔に蘇る。  そのうちにペンが動き出した。初めのうちは鈍いペンの動きが、段々と滑るようになっていった。黒い線が重なり、頭で思い描いた通りのペンギンの形になっていく。頭の中を漂っていたペンギンの首根っこ(彼らの首はどこなのだろうか)に縄をくくりつけて、白い紙に閉じ込める。こら、逃げるな。低い呻きのようなものが聞こえてうるさいと思ったが、自分の呼吸音だった。  できた。昼過ぎになって、ひとまずできた。  今日は運よく描けた。明日は描けるだろうか。ペンギンを思い描き、それを紙に落とし込むという作業を明日もできるのだろうか。それが心配で仕方がない。明日になったら一本の線も引けなくなるかもしれない。綱渡りのような生活だ。いつこの生活が終わるか分からない。  午後二時だった。冷凍ご飯をレンジで解凍し、野菜炒めをその上に載せて昼食とした。テレビのワイドショーを観ながら食べる。またもや赤ちゃんパンダの話題だった。記念のパンダカステラが売れているらしい。  昼食を終え、少し彩色をしてから散歩に出かける。八月の終わりでも日差しは容赦がない。今日、博士は水族館に出張しているそうなので、てきとうに辺りを歩き回る。  ルソーがどうとか博士は言っていたが、とにかく散歩は気分を紛らわせるのに丁度いい。不安の入る隙がなくなる。暑さで考えがまとまらないせいもあるけれど、街のあれこれを見ていると暇がない。  商店街を通り抜けて、神社に入る。この辺りでは一番大きな神社だ。大きな鳥居をくぐると、道は両側に植わった木の陰に入る。自動車の排気音も人の声も遠くに聞こえた。しばらく木陰から木陰へと移動しながら、神社を見て回った。  神社に来たのは秋子と行った初詣以来だった。秋子の目は屋台にばかり向いていた。さっさとお賽銭を済ませて、後は屋台巡りだった。私の何倍も食べるのでいつも驚かされる。  今日もどうせならお賽銭をしていくことにした。財布から五円玉を取り出し、賽銭箱に向かう。  鐘をじゃらんじゃらんと鳴らし、五円玉を放った。放物線を描き、賽銭箱の暗闇へと消えていった。とりあえず健康を願ったが、仕事についての願望にすればよかったと後悔した。引き返してもう一度入れたら、それは叶うのだろうか。「君はさっきも来ただろう」と神様に却下されるに違いない。そもそも願ったくらいで筆が進むなら苦労しない。仕事は自分で何とかするしかない。筆を持つのは私に他ならない。そうは言っても願うくらいのことはしてもよかった気がする。  神社を出て、商店街に戻った。夕飯用に肉屋でコロッケを買った。揚げ物の濃い匂いが立ち昇る袋を提げて帰路に就く。  商店街を横断する踏切の前まで来ると、警報機が甲高い音をたて始めた。遮断機のすぐ側で私は立ち止まる。暑さでぼうっとした頭に警報機の音が響いてうるさい。徐々に電車の轟音が近づいてくる。暑さと音が視界をぼやけさせた。  ぼんやりとした線路の向こうの群衆の中に、妙に白っぽい人影を見つけた。セーラー服だった。視界をはっきりさせようと試みていると、「葉山さん」という名前が頭をよぎる。  そうだ。葉山さんだ。あれは葉山さんに違いない。納得しているうちに電車がセーラー服を消した。  電車が通過し、踏切が開く。よく見ると、彼女は葉山さんではなかった。葉山さんの顔をはっきりと覚えてる訳ではないが、彼女が葉山さんでないということだけは分かった。セーラー服だけが葉山さんとの共通点だった。  あれが葉山さんでないのは当然だ。彼女は私の中学時代の同級生なのだから、今頃セーラー服を着ているという道理はない。  何故葉山さんを思い出したのだろうか。記憶の堆積の底から「葉山さん」という名前だけが飛び出した。他にも葉山さんについて思い出そうと試みる。確か吹奏楽部に入っていたはずだ。彼女の優しそうな垂れ目は思い出せたが、顔全体を思い出すことはできない。  今、葉山さんは何をしているだろうか優しそうだからという安直な理由から、教師が似合いそうだと思った。  マンションの前まで来ると、作業着の男がいた。青いペンギンのキーホルダーの持ち主を探している「マエバヤシ」だった。ライトバンに荷物を積んでいた。  彼の方で私を覚えているかは分からないが、話しかけてみた。 「キーホルダーの持ち主、見つかりました?」 「マエバヤシ」は私を覚えていたようで、「ああ、昨日の」と言ってから「見つかりません」と首を横に振った。  夜まで葉山さんを思い出そうと努めたが、どうにも上手くいかない。朗らかな雰囲気だけは感知できるが、具体的な出来事を思い出そうとすると記憶に霧がかかる。  クローゼットから中学の卒業アルバムを引っ張り出し、ページを繰った。実家を出る時に母に無理矢理持たされたアルバムが役に立つ日が来るとは思ってもいなかった。つるつるとしたページをめくりながら、葉山さんを探す。  見つからない。「葉山」という生徒はどのクラスにもいなかった。クラスごとに生徒の顔写真が収録されているページを何度めくっても見つからないのだ。  不思議だった。中学ではなかっただろうか。高校だったか。いや、そんなはずはない。私の記憶の葉山さんはセーラー服と密接に結びついている。高校の制服はブレザーだった。中学で間違いない。  まさか幻覚ではないだろう。葉山さんは私だけに見えていた存在なんていうことはないはずだ。  実家に電話をかけることにした。すでに夜の九時を回っていたが、気になってしょうがないので受話器を手に取る。 「珍しいね。あんたからかけてくるなんて。」  母が出た。 「久しぶり。あの、訊きたいことがあってさ」 「はあ」 「中学校で同じクラスだった葉山さんっていう女子、覚えてる?」 「ああ。覚えてるよ。亡くなった子ね」 「亡くなった?」 「そうでしょう。中学三年の時に亡くなったでしょう。原因はなんだったかね、事故だったか病気だったか。かわいそうなことだよ。まさかお前忘れてたのかい?」 「いや、そういう訳じゃ……」  てきとうに話を終わらせて、電話を切った。辺りのものが全てよそよそしく見えた。まるで自分の部屋ではないようだった。  神社からの帰路で、葉山さんは教師をやっているのではないかと想像した。実際は中学も卒業していなかった。彼女の時間は私の時間と交わることはなくても、どこかで平行して続いていると思い込んでいたのだ。  予期せぬ窪みにはまったようだった。  卒業アルバムをめくっているうちに葉山さんが亡くなった翌日の朝を思い出せた。何故思い出せなかったのか不思議なくらいに、あの朝の感触が肌を刺した。  三年生になって、葉山さんとはクラスが離れたのでしばらく交友は途絶えていた。そんな時に葉山さんは亡くなった。  秋の朝のホームルームで、担任が葉山さんの死を告げた。泣き出す生徒の声が波のように伝播していく。私は一番前の席に座っていた。背中で嗚咽を聞いた。私は泣くこともなく呆然としていた。不可思議な現象に出くわしたような、そんな気分でいた。  ホームルームが終わっても、廊下は静まり返っていた。いつもならば話し声が響く廊下があの日は静けさに支配されていた。静寂の間を縫うように、むせび泣きと慰めの声が聞こえる。その日は図書室が開放された。気持ちの整理がつかない人のための休憩所としてだった。私のクラスからも数人の生徒が別棟の図書室へ向かう大廊下を渡っていった。大廊下は窓から差し込む光で輝いていた。  上層階の他学年の生徒には伝えられていないのか、くぐもった笑い声が天井から降ってきた。  私は何が起きたのか分からないまま、一時間目の授業を受けた。頭では理解している死を感覚は受け入れない。荒唐無稽な作り話を聞かされたような気がしていた。だから、死んでいるはずがないと思ったのかもしれなかった。  卒業アルバムをめくっていると、一枚だけ葉山さんが映っている写真を発見できた。あの垂れ目が目印だった。卒業していないから、名簿写真に入れることはできないが、せめて一枚は入れたいという心遣いだろうか。  亡くなる数か月前の修学旅行の写真だった。曇天の京都駅前で、葉山さんはもう一人別の女子と一緒に映っている。静かに笑っている葉山さんの垂れ目はやはり柔らかい印象を与えた。一緒に映っている女子は眼鏡をかけている。手を繋いで仲が良さそうだが、私は眼鏡さんのことは知らなかった。  葉山さんの鞄が私の目を惹いた。鞄にぶら下がっているキーホルダーはペンギンだった。その青いペンギンのマスコットは曇天の写真から浮き出そうなほど鮮やかに私の目に映った。  繭玉のように固まった記憶の糸が解かれていく。  あれは私が中二の頃だった。記憶の風景にはストーブの匂いが溶け込んでいるので、冬だったと思う。  中学の美術室に私はいた。美術部に入っていたが、部員が少ないせいで放課後の美術室に一人でいることが多かった。  いつものように美術室で放課後の時間を落書きで潰していると、美術室に葉山さんが入ってきた。私の手元の落書きを彼女は覗き込む。私は何故かペンギンを描いていた。 「可愛いね。私、ペンギン好きなんだ」  そう言って、葉山さんは鞄の青いペンギンを見せた。丸いビーズの目が蛍光灯を反射して光る。 「吹奏楽部の練習、今日はないの?」  練習があることは確かだった。間延びしたトランペットの音が西日の空に漂っていた。 「今日は休憩。ちょっと疲れたから」 「そうか」  要はさぼりということだろう。葉山さんがそういうことをするのが意外だった。  ねえ、と葉山さんは私に訊いた。 「その絵、どうするの?」 「絵っていうか、落書きだけど。まあ、持って帰るかな」 「それで?」 「引き出しにしまう」 「その絵、私がもらっちゃ駄目かな」  その申し出が私には意外だった。藁半紙には消しゴムをかけた跡が醜く残っていた。何しろ落書きだから綺麗とは言い難かった。  結局、私はその落書きを葉山さんに渡した。あの垂れ目が喜んでいた。 「またペンギン描いたら見せてね」  去り際に葉山さんはそう言った。あれは約束のつもりだったのだろうか。だとすれば、私は約束を破ったことになる。ペンギンを描かなかったのか、描いても見せなかったのかは分からない。  もしかしたら私は葉山さんのためにペンギンを描いていたのかもしれない、と変なことを考える。あの約束を破ったことの償いのために描いている。葉山さんが私にまじないをかけてペンギンの依頼しか来ないようにしたのか。  あの日から今日までの十年の空白に橋がかかったようだった。いや、ずっと地続きだったにも関わらず私が気づいていなかっただけだ。  アルバムの葉山さんとキーホルダーのペンギンがこちらを見ている。垂れ目とビーズの目は責めるでもなく、赦しのような目をしていた。それが恐ろしい。  夜中にようやく寝た。そして、夢を見た。  暗い曇天の下に黒い海が広がっている。波が砂浜に打ち寄せているが、私のところまでは到底及びそうにない。  波打ち際にセーラー服が二人いた。一人は葉山さんで、もう一人は京都駅で手を繋いでいた眼鏡の女子だった。  葉山さんは海に向かって歩いていた。それを眼鏡さんが手を引いて止める。よく見ると、葉山さんは眼鏡さんの手を引っ張っている。二人の足が寄せる波で濡れた。  しばらく二人は波打ち際で攻防を続けた。足がもつれて互いに倒れることもあり、それがじゃれているようにも見えた。倒れようとも、葉山さんは海へ向かう。最後には眼鏡さんの手がはらりと離れて、彼女はそこで立ち尽くした。葉山さんは浅瀬から曇天へと歩いていく。  膝まで海水に浸かったところで葉山さんがこちらを振り返った。眼鏡さんではなく、私を見ているようだった。 「描いてね」  それだけ言って、葉山さんは海へ消えていく。私と眼鏡さんがその様子を見届けた。私の足元の砂にはペンギンのキーホルダーが転がっていた。私は一歩、砂を踏みしめて海に近づく。  そこで目が覚めた。陰鬱な空はすっかり消え、窓の外の日はすでに高く昇っていた。何もかもが白々しく思えた。生きて洗面所へ向かっている自分さえもが白々しい。葉山さんは死に、私は生きている。ありえない現象に自分が組み込まれている不思議が胸に影を作る。  葉山さんの死を理解した朝だった。  リビングに出ると、そこはいつもより広く感じた。茫漠とした空白が横たわっていた。秋子が本当に帰ってくるのか、不安に駆られる。夢の海を渡っていく秋子が脳裏に浮かんだ。リビングの空白を秋子が埋めることは永遠にないような気がした。  味のしないトーストを食べる。テレビのニュースは今日もパンダで盛り上がっていた。子パンダがでんぐり返しをしたらしい。  いつものように仕事部屋に入っていく。  描いてね、という葉山さんの言葉に追い立てられるように描いた。すると、頭の中で鳴っていた葉山さんの声が背後から聞こえた。 「描いてね」  声だけでなく、気配も感じる。振り向けばいるのだろう。私は振り向かず描き、彼女の声に答えは返さなかった。それでも葉山さんは構わないようだった。  お盆には少々遅く、今は八月も末だ。随分と遅れてきたものだ。もしくは、遅れたのは私の方かもしれない。  今日は二か月後の個展に出すための絵を描いている。とにかく描き続ける。ペンが好き勝手に奇妙な線を伸ばし始めたら紙を破り捨て、また新しい紙に線を引く。 「わあ、可愛い。目が可愛い」  ペンギンが出来上がってくる。アーモンド型の目は悲しげにも無邪気にも見えた。  いくらか描けば、葉山さんも満足して成仏してくれるものと思っていたが、一向に葉山さんの声はやまない。 「ペンギンは顔が可愛くて、かっこいいよね」 「目はくりくりしていて可愛いけど、嘴と羽は痛いくらい鋭くてかっこいい」 「ペンギンは昔飛んだのかな」 「飛んでいるところを見たいな」 「きっと可愛いから」  彼女はこちらに返事を求めない。たまにペンギンのことをぽつりぽつりと話す。声を背中で受けながら、私は線を引く。  描き続けること数時間経った。すでに正午を回ったが、葉山さんはまだいるようだ。  私はそっと立ち上がった。すると、声は聞こえなくなり、気配も霧散した。    再び博士の元を訪れると、博士は喜んでくれた。テーブルは綺麗に保たれていた。 「君はこのコーヒーが好きだったね。買っておいたよ」  博士は私の好きなコーヒーを覚えていた。それでアイスコーヒーを淹れてくれた。 「初めて南極に行った時の話だ」  コーヒーを淹れ終えると、博士は南極のことを話し始めた。博士が二十代の頃というから、四十年は前の話だ。 「南極のある岬で我々は下船した。雪が厚く積もっていてね、そこを歩いてペンギンの生息地まで向かうのだ。ところがだ。私の足跡が赤い。踏むまでは何もない白なのに、踏むと靴底の模様が雪原に赤く刻印されている。踏んだところから赤くなっていくのだよ」 「変ですね」 「うむ。私も最初は甚だ疑問だった。しかし、その足跡の下を掘ったら原因はすぐに分かった。ペンギンの死体があったのだ。三体だ。雪の上から踏むと彼らの血が滲み出てくる。それで足跡が赤くなる」  また死の話か、と陰鬱な気持ちにならないでもなかった。  ペンギンの死体を、それもいくつも踏みながら歩くのは心地が悪いことだろう。私には耐えられない。 「生臭い死臭がしたから、すぐに雪を被せた。思わず震える手で合掌したよ。手が震えたのは寒さのせいだけではなかったろう。その後も歩けば血がにじむ。歩く先には必ずペンギンの屍がある。おそらく何千年も前からの死体が冷凍保存され、積み重なっているのだ。道は死屍累々」 「何だか嫌な話ですね」 「慰めになるかは分からないが、彼らの死骸の一部は海に流れ出る。それがオキアミの餌になり、そのオキアミをペンギンが食べ、ペンギンはカモメに食べられ、死体は雪の下へ。繋がっているという訳だよ」 「食物連鎖ですか」 「その通り。無駄にはならない」  その後も博士は南極の話を続けた。私はそれを味わうように聞いていた。  雪の下に埋まっているペンギンの多くは成鳥にならずして死んだものらしい。カモメやアザラシによる捕食、餓死が主な死因とのことだった。やはり南極は厳しい天地なのだろう。その荒波に揉まれては成鳥にもなることも叶わない。そして、死んだペンギンは累々重なり、その血を雪上に滲ませる。  自宅のマンションまで来ると、すでに暗くなっていた。  女性とエレベーターに同乗することになった。年齢は私と同じくらいだろうか。女性は扉の側に、私は後方にいた。帰りにコロッケを買ってしまったせいで、匂いが狭い箱の中に充満していくのが申し訳ない。コロッケなんか買いやがって、と思われているだろうか。すみません、と心の中で謝る。なんとなく息を止める。エレベーターが動き始めた。私の七階と、彼女の六階のボタンが白く光っている。  ふと、目に入ったのは彼女が肩にかけている白いトートバッグだった。そのバッグにキーホルダーがぶら下がっている。ペンギンのキーホルダーだった。消防点検の点検者「マエバヤシ」が持っていたものだ。そうか、見つかったのか。  しかし、果たして本当に同じものなのだろうか。これは類似品で、「マエバヤシ」は今も探し続けている。そんなことがないとも限らない。そうは思うのだが、見れば見るほど「マエバヤシ」が持っていたものに見えてくる。  訊いてみようかとも思ったが、コロッケの後ろめたさから訊けなかった。  エレベーターが停まり、女性がペンギンを連れて降りた。しばらくエレベーターの扉を閉めずに、余韻に浸っていた。やはりあれはあのペンギンだったのだろう。そう思うことにした。扉が閉まる。  正午前に目が覚めた。浅い眠りを無駄に引き延ばしたような嫌な眠りだった。夢は見なかった。  遅い朝食はいつものようにトーストにした。食パンの上にハムとチーズを載せ、マヨネーズを格子状にかけて焼く。紅茶はない。トーストを食べながら、昼のニュースを見た。パンダブームは一向に去りそうにない。炎天下の動物園は大行列。熱中症で運ばれた人もいるらしい。パンダの檻の前は押し合いへし合いで大変な混雑だった。そこまでして見たいものか。  仕事部屋に行こうとしたところで、リビングの棚に鍵があるのを見つけた。それはこの部屋の鍵で、秋子のものだった。忘れたのだろうか。まさか帰らないつもりなのではないか、という考えがよぎる。  仕事部屋へ向かう。フローリングを踏む足は重い。きっと今日も出てくるに違いない。黒々とした海へと進む葉山さんの背中が脳裏に焼きついていた。 「描いてね」  作業部屋で椅子に腰かけると、再び葉山さんの声と気配を感じた。もちろん振り返らずにペンを動かし続ける。昨晩の眠りが浅いものだったせいか、頭はぼんやりしていた。曖昧な頭の中をペンギンが飛び交う。掴もうとするが、すり抜けていく。  そんなことを繰り返しているので、戦果は芳しくない。窓から差し込む光の調子が変わっていく。それが私の焦りを煽る。 「もう十年になるんだね」  その声に私は振り返りそうになり、ペンはぴたりと止まった。 「見せに来てよ、ペンギンの絵。こっちも悪くないよ。ペンギンがいるの。それもたくさん」  あの海が私を誘っている。波打ち際に私はいる。  誰もがいなくなるこの場所で、私はまだ生きている。人の死を忘れて十年過ごすような私だ。果たしてここにいる資格があるだろうか。生命線が短いと言われたことがある。今がその時なのかもしれない。  いつ仕事の依頼がふっつり切れるかも分からない。そうなれば、生きてはいけない。ペンギンしか描けない奴。そう思われているようで、ペンギンの依頼しか来ない。私はペンギンを得意としている訳ではない。それは日々の進捗からも明らかだ。むしろ向いていないと思われる。  依頼がなくなるのが先か、私の筆が止まるのが先か、という話だ。 「こっちなら悩みなんてないよ」  私の考えを知ってか知らずか、葉山さんは優しくそう言った。 「そちらには行けない」  言葉は乾いた喉にからまりながらも、辛うじて発声された。 「こっちはひどい有様だ。ペンギンの絵を描いて辛うじて生きている。それもいつまで続くか分からない。明日終わるのか、まだ何年かは続けられるのか。いつか私のペンが動かなくなった時、私はいよいよそちらに行くかもしれない。あの海に足を踏み入れるかもしれない。そういう予感はいつもある。でも、まだだ。まだこちらでやることがある。彼女を待たなければならない。とはいっても、自分を顧みると、本当に帰ってくるのかどうなのか、不安になる。そんな体たらくだけど、とにかく待たなければならない。紅茶。そう、紅茶だ。うちの紅茶はあまり私の舌には合わないんだ。どうにも香りが苦手で。早い話がまずいと思っている訳だ。申し訳ないけれど。でも、それが飲みたい。多分あれが飲みたいから慣れない絵を描いて生きている。悩みがなくて、ペンギンがたくさんいるそちらの世界は素晴らしいと思う。そちらに行きたいとも思った。しかし、まだ行く訳にはいかない。こちらでやることがまだある」  海底のような沈黙が部屋に満ちる。自分でも何を言っているのかよく分からないままにまくし立てたが、今の言葉が理由になっているのだろうか。それすらも分からない。 「分かった。でも、待ってるからね」  葉山さんは変わらず優しい声でそう言った。そして、葉山さんの気配は消えた。そっと後ろを振り返る。そこには誰もいない。気づけば、窓外の景色は暗くなっていた。  インターホンが鳴る。私は走っていき、インターホンの通話ボタンを押した。 「ごめん、鍵忘れていっちゃった」  ただいま、と朗らかに言った秋子の顔を見て安堵した。 「良かった」  思わずそう口にしてしまった。  秋子はきょとんとして、こちらを見ていた。 「何? 良かったって」 「いや、なんというか、ちゃんと帰ってきたんだなって」 「ふふ、何それ。ここが家なんだから当たり前でしょう」  こうして帰ってきたところを見ると、自分の心配が馬鹿らしく思える。変な話だ。 「たこ焼き買ってきたから、明日の朝食べよう」 「たこ焼き? 朝ご飯にたこ焼きか」 「そう。面白そうじゃない? 朝にたこ焼き、食べたことある?」 「ないね」 「でしょ? 私もない。何事もチャレンジだよ。冷蔵庫に入れとくね」  秋子は鼻歌を歌いながらたこ焼きをしまった。  九時に目が覚めた。深い眠りだった。長い間、深い草の根をかき分けて突き進んだ果てに広原に放り出されたような、そんな目覚めだった。直に隣の秋子ももぞもぞと動き出した。おはよう、と言うと、曖昧な滑舌でおはようが返ってきた。  のろのろと起き上がり、身支度を整えてから朝食の準備が始まった。  冷蔵庫からたこ焼きの紙箱を取り出し、電子レンジに入れる。全部で三十個ある。秋子は一体いくつ食べるつもりなのか。朝からこれだけの量のたこ焼きは腹に悪い気がした。秋子は紅茶を淹れるための器具をテーブルに広げていた。  テレビのニュースは天気予報を流していた。今日は行楽日和とのことだった。 「私、一週間お休み貰ったの。どこか行きたいな」 「どこかか。何かいい場所あるかな」  丁度その時、ニュースはパンダ動物園の話題に移った。パンダグッズの紹介が始まった。パンダカステラが相当売れている、とキャスターが大袈裟な口調で伝える。 「動物園?」  そう聞くと、うーん、と秋子は唸った。 「動物園は今すごく混んでるらしいから、ちょっと嫌かも。人混みは疲れるから」 「同感」 「でも、パンダカステラは食べたいかも」 「パンダカステラだけ買いに行くか」 「それいいかも。動物園に行かずにパンダカステラだけ。ふふっ、おかしい、ふふふ」  笑いながら秋子は着々と紅茶の準備を進めた。  たこ焼きが温まった。温めても鰹節はしなっていて、活気がない。たこ焼きをテーブルへ持っていくと、秋子がまた笑った。 「鰹節、しなしなになってるね、ふふ」 「もう少し温めたら復活するかな」 「ううん。これがいい」  やがて、紅茶が入った。液体は赤色かと思えば、角度を変えると橙色に見えたりする。苦手な花の香りがする。朝の香りだった。 「いただきます」 「いただきます」  秋子は真っ先にたこ焼きを口に頬張った。熱いらしく、はふはふ言いながら笑っている。  私は紅茶のカップを持ち上げる。カップ一杯の重さを感じた。傾けると、熱さが先に来て、後で香りが鼻を通った。やっぱり紅茶はまずかった。
第三十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2020.09.20(Sun) 00:00

第三十九回さらし文学賞

第三十九回さらし文学賞

概要
さらし文学賞とは、テーマに沿って書いた作品を、筆者を伏せて作品を公開し、部員の投票により作品の順位を決めるものです。

テーマ
「幽霊」

<書式>
 自由

<制限字数>
 なし

<応募制限>
 なし

<日程について>
執筆期限:2020年9月18日23時59分まで
投票期間:2020年9月20日20時~2020年9月30日14時 (予定)
結果発表:2020年9月30日15時 (予定)

<対象作品>
海と紅茶
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2020.09.20(Sun) 00:00
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