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黒い檻

「失恋した、慰めてくれ」
 私は向かいの席でジョッキを傾ける坂口に、開口一番そう切り出した。坂口は「またですか」とでも言いたげな顔をしてこちらを見たが、渋々ジョッキを置いて、やはり「またですか」と言った。
「それで今度はどんな美人に一目ぼれしたんです? この前はイオンのカード販売の店員で、その前は保険の勧誘に来たセールスでしたよね。今度は宗教の勧誘にでも引っかかりましたか、畑山さん」
「今回はちゃんと、何も売り込んでこない女性だ。俺だって成長してる。」
 「本当ですかね」と苦笑するこの坂口は、私の大学時代の後輩であり、現役の小説家でもある。学生時代は大変お世話したり、あるいはされたりした間柄だ。割合としては3:7、……いや2:8くらいだったかもしれないが、今でも関係が続く旧知の友と言えるだろう。口が悪いのが難点ではあったが、急に呼び出しても付き合ってくれる暇人はコイツくらいしかいない。という訳で今日も、俺は失恋の愚痴を聞いてもらうため。そして何より”ある相談“をするために、公務員にとっては全然プレミアムじゃない金曜の夜を消費していた。
「それで、今度は何と言って振られたんです」
「今回は振られたわけじゃない、というか告白すらしていない。―気持ちを伝える前に、彼女は亡くなったんだ」
 俺がそう言うと、坂口は一瞬目を見開いた後、「それはそれは」と体を前へと―つまりこちら側へと傾ける。こちらの話に興味を持ってくれたらしい。優男風の顔立ちの中で唯一、妙な迫力を持った目が急にらんらんと輝きだした。
「人死の話を私にするということは、今回はただ愚痴を言いに来た訳ではないようですね」
「ああ」
 俺はそう首肯して、今回俺が遭遇した奇妙な事件について、始めから語りだした。

×××

 勘の良い人はお気づきかもしれないが、俺こと畑山義夫の職業は警察官、英語で言うならポリスメンである。フェミニストに配慮すればポリスウーメン&メンになるのかもしれないが、俺は身も心も男性なのでその辺はご容赦いただきたい。
 金曜の夜がプレミアムじゃないのは、警察官である俺にプレミアムフライデーが存在しないからであり、坂口が人死にことさら反応したのもまた、警察官である俺が言いだしたからに他ならない。そして今回俺が扱うことになった事件は、実に奇妙なものだったのだ。
「亡くなったのは、一年前から大通りでカフェを営む若い女性だ。名前は森谷仁美(もりや・ひとみ)。年齢は27歳、色白でおしとやかな綺麗な子だった……うう、なんでこんなことに……」
「感傷にひたるのは後で結構ですから、さっさと概要を話してください」
 枝豆を黄金色の液体で流し込みながらせかす坂口に、内心「こっちは傷心なんだぞ」とムカつきながら続ける。
「死因はガスを出しっぱなしにしたことによる中毒死だ。死亡推定時刻は閉店から一時間以内。彼女の店―ノワールと言う―は夜バーとして営業もしてるんだが、昨日の朝店に来た客が店に入ると、ひどいガス臭の中倒れ伏している彼女を見つけた、という訳だ」
「客が店に入った、と言うことは、入り口は既に空いていたのですね?」
「ああ、彼女の店は通りに面した一階にあるんだが、入口の自動ドアは電源が入ったまま、鍵もかかってなかった。最初の客は普通に入店している。森谷さんに目立った外傷もないし、店内に争った形跡もない。体内からはそれなりのアルコールが検出されたが、客の話じゃ付き合いで何時間もお酒を飲んでいたらしい彼女が、酔いつぶれるほどの量じゃない。他に薬物の反応もない。すると彼女はいつでも店から出ていけたことになるから、この件は普通に考えれば自殺ということになるんだが。遺書も発見されていないし、どうも違和感がなぁ……」
「なにか他殺を疑わせる証拠でもあったのですか? 彼女が自殺するはずがない、というのはやめてくださいね。それは根拠としては弱い」
 そう尋ねた坂口は次の瞬間、通りかかった店員に「おねぇさん、刺身盛り合わせ追加で」と注文する。どうやら興味を失いつつあるらしい。俺は慌てて、この事件の妙な部分を説明した。
「実は彼女の店には裏口があるんだが、そっちは荷物で塞がってて、女性一人じゃすぐには開けられないようになってるんだ。なのに現場には、その開かない裏口の方を開けようとした形跡がある。しかもそうとう必死にな」
 俺がそこまで言うと、坂口はようやく俺の言わんとするところを了解したらしい。刺身のツマをつついていた箸を止めて、口の端を歪めながらこう言った。
「つまり彼女は、ガスが充満した部屋の中で空いているはずの自動ドアには見向きもせずに、開けられない裏口から必死に出ようとしていた、という訳ですね」

×××

「なるほどなるほど、それは中々面白い事件です。いや、今のとこ単なる自殺扱いなんでしたっけ?」
「ああ、だがにはそうとは思えない。何か思いついたことは無いか」
「容疑者はいるんですか? そもそも他殺だとして、彼女の目を盗んでガスを開けっ放しにできるような人間がいたんですか」
「それについては問題ない。閉店二時間前ほどに森谷さんは体調不良を訴えて、しばらくソファーで寝込んでいたらしい。そのとき店には三人の客がいたが、トイレや電話の外出でそれぞれ一人になる時間があったそうだ。寝ている森谷さんの目を盗んで厨房に忍び込むくらいの時間はあっただろうな。閉店時間間際に彼女が起きて来たから、三人で同時に店を出たと証言してる」
「その三人の情報について教えてください」
 コイツ、あっさり捜査情報を要求しやがって。しかし他に縋るあてもない俺は、手元のスマートホンを起動し写真を表示する。……警官としては問題行動だが許してほしい。この中ににっくき殺人犯がいるかもしれないのだ。坂口はまず画面に表示された、好々爺然とした老人を見て、「この方は?」と説明を促す。
「この人は事件の直前まで店にいて、なおかつ第一発見者でもある。名前は大引健次郎(おおびき・けんじろう)、年齢は75歳、元トラック運転手だ。彼は散歩が趣味で、朝晩に店によって森谷さんと世間話をするのが日課だった。当日の朝もそのつもりで店に来て、変わり果てた彼女を発見したということらしい。真夜中にこっそり家を出たって可能性もあるが、この歳の老人が夜中歩いてるのは不自然だし聞き込みをすればすぐに分かる。気の良いおじいさんだし、彼女のことを孫娘みたいに可愛がってたから、まぁ容疑者から除外してもいいだろう。」
「そうとは限りませんが、まあいいでしょう」
 一言釘は刺したものの、坂口も大引氏に引っかかる点は無かったらしい。続けて画面をフリックすると、黒いタートルネックをおしゃれに着こなしたナイスミドルが表れる。
「こいつは黒田吉春(くろだ・よしはる)38歳。新進気鋭のベンチャー会社社長だ。昼間っから夜まで店にたむろしてる暇人だが、森谷さんと会話してるとこは俺の知る限り見たことが無い。事件当日は会社に泊まり込んだと言ってるが証明する人はいない。こいつが犯人に違いない、絶対」
「えらく突っかかりますけど、何か因縁が?」
「別に。金持ちで顔の良いやつは嫌いなだけだ」
 やれやれと首を振る坂口を無視して、最後の写真を画面に表示する。そこに映っていたのは、なんてことない平凡な男だ。
「彼は仙草彰(せんそう・あきら)30歳。近くの機械産業系の会社で働く、ごく平凡なサラリーマンだな。週に三、四回、昼休憩に店に来ていたようだ。森谷さんとは雑談するくらいの仲だが、事件前日は珍しく夜に店に来ていたらしい。常連といえばこんなものだな」
 そこまで聞くと、坂口は箸でグラスをチーン、チーンと叩きながらしばらく考えた後、「大引さんの証言に疑問があります」と切り出した。
「大引さんは店に入店したあと、店員の女性を発見したとおっしゃっていましたが、透明な自動ドア越しに店の中は見られたのではないですか??」
「ああ、店の様子について全然説明してなかったな。ノワールの自動ドアは透明なやつじゃなくて、黒くて結構分厚いやつなんだよ。もっと言えば店自体『黒』をテーマにしてるらしくて、『ノワール』の名前の通り内装も一面黒。森谷さんも黒い服を良く着てたし、体調が悪かったからって御遺体は黒いマスクまでしてた。よっぽど黒い色が好きだったんだろうなぁ」
「え? 通りに面してるのに中が見えないんですか、その店」
「森谷さんは「たくさんの視線に耐えられないから」と言ってたな。実際、店主が美人でコーヒーも料理もおいしいから、隠れた名店としてそこそこ人気はあったはずだぞ。口さがない連中は『邪神召喚の黒魔術でもやってんじゃないか』なんて言ってたけどな」
 そこまで言ってふと坂口を見ると、その目が明後日の方を向いているのに気づく。どうやら店の入り口の方を熱心に見ているらしい。なにか面白いことでもあるのかと思ったが、サラリーマンの一団が入口で立ち往生しているだけだ。酔っているせいか中々店から出て行こうとしない中年オヤジを、レジに立った女の子が面倒そうに見つめていた。客が帰るまではレジを発てないが、忙しい時間帯だけに待ちぼうけも困る、と言ったところだろうか。
「まったく弱いなら飲むなっての。なあ坂口」
「畑山さん、三つ質問してもいいですか?」
 すると唐突に、真剣な顔をした坂口がこちらを向く。思わず「ああ」とうなずいた俺に、坂口は奇妙な質問をしたのだった。
「まず一つ。森谷さんは良く客に付き合って酒を飲んでいたと言いますが、その種類は分かりますか?」
 彼女の好みの酒が事件とどう関係するのか、俺にはまるで見当がつかなかったが、何とか記憶を呼び起こす。
「……種類って言っても、ほとんどビールだったと思うぞ。ノワールはあくまでカフェだし、酒は有名なやつが十数種類くらいしか置いてないからな。そういえば綺麗なカクテルとかは飲んでるの見たこと無いな」
「ビールの銘柄は分かりませんか? 缶から入れていたならその色は?」
「色って言われても……そういえば、緑色のラベルだった気がするな。てっきりビールもサッポロ”黒”を飲んでるのかと思ったから、良く覚えてる」
「では二つ目です。ノワールのドアの前にあるマットは、やはり黒い色をしているんですか?」
「うん? そりゃそうだ。真っ黒の中に赤とか緑のマットがあったら変だろ」
 そこまで言うと坂口は、ニヤリとその口を歪めて、自信満々にこういったのだ。
「分かりましたよ畑山さん、この事件の真相が」

×××

「分かった⁉ 分かったってどういうことだ!」
「まあまあ落ち着いて。しゃべり通しで疲れたでしょう、ビールでも飲んだらどうです?」
 しゃべりすぎて喉が痛くなっていたのは事実なので、ジョッキ半分ほどのそれを一気に飲み干す。向かいの坂口もグラスを飲み干すと、「店員さん、同じもの、缶のままいただけます?」と妙な注文をした。
「缶のまま頼む必要あるのか?」
「まあ後になったら分かりますよ。それより今は僕の推理を聞いてください、多分正解ですから」
 そう自信満々に告げる坂口を前に、俺も自然と居住まいをただす。実際、持ち込んだ事件を解決してくれたことも一度や二度ではない。今回もきっと謎を解き明かしてくれるだろうと、俺は期待して彼を見つめる。それを受けて坂口は、酔いの回ったような口調で滔々と語りだした。
「まず今回の事件は自殺ではない、ということを前提にします。すると疑問が一つ。何故森谷さんは、近づけば勝手に開くはずの自動ドアから出ずに、荷物で塞がれた裏口から出ようとしたのか、という点です。もし彼女が自殺するつもりだったのなら分かりますが、寸前で思いとどまったとしてもやはり自動ドアを通って出ればいい。そもそも最初から死ぬつもりの人間が、いくら店を閉めた後とはいえ、自動ドアをいつでも開く状態にしておく理由がない。通りがかった人に自動ドアが反応して店内が換気されたり、そのまま助け出されてたりしてしまう可能性もありますからね」
 確かに、と俺は納得する。ガス自殺なんていう時間のかかる手段に訴えたにしては、彼女の作り上げた閉鎖空間はあまりに中途半端だ。
「であるならばこれは、何者かが故意に彼女を店に閉じ込めたということになりませんか?」
「閉じ込めるったって、彼女は何時でも店を出られたはずだろ? 深夜でも人通りが絶えるってことは無いし、ドアを完全に固定するような細工がしてあれば誰か不自然に思うんじゃないか?」
 少なくとも近隣の住民が彼女の死亡推定時刻周辺で、店に不自然なことは無かったと証言している。坂口の言ってることは、現実的にありえそうもない。
「別に人を閉じ込めるのに、つっかえ棒や鎖は必要ありません。犯人はおそらくですが、色を利用したんでしょう」
「色?」
 いきなり出て来たワードに疑問符を浮かべる俺をよそに、坂口は勝手に話を進めていく。
「坂口さんは自動ドアの仕組みをご存知ですか?」
「なんかセンサー的なもので、あの、こう上手いことやってるんだろ」
 そんなもの知るわけがない。こちとら物理学を高校で諦めた人間だ。でなきゃ安月給の公務員なんてやっていない。
「センサーと言っても色々ありますが、今の自動ドアについてるのは大抵、光に反応するセンサーです。その仕組みは単純で、センサーの感知圏内の光の反射の変化によって、人や物が通るのを検知しています。例えば白い床とセンサーの間に赤いものが入ってくると、センサーに帰ってくる光の波長は白から赤のもへと変わります。センサーはこれに反応してドアを開けるんです」
「へえぇ」
 最近の技術がすごいのは良くわかったが、それが今回の件とどう関係するのだろうか。そんな俺の疑問を見て取ったのか、「例えばですね」と指をたてる。
「畑山さんも経験がありませんか? なぜか自分には反応しない自動ドア。前の人について行ったらいつも挟まれるポイントとか。さっきのサラリーマンも中々反応せずに、入口で立ち往生してましたよね? なぜこんなことが起きるかと言えば、センサーが普段観測している色と進入してきた物の色が近い場合、色の変化を読み取れないからなんです。ここで森谷さんについて考えてみましょう。自動ドアのセンサーの真下には黒いマットがしいてあり、店の内装も全て黒色。そして彼女は黒づくめ、顔には黒いマスクまでつけていた」
「……え? ……おい、もしかしてお前……」
 ここまで来て俺はようやく、坂口が何を言いたいのかをうっすらと理解した。しかしそれが真相だとしたら、それはあまりにも……。
 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、坂口はその結論を、はっきりと口に出した。
「森谷さんは、自動ドアが反応しなかったから死んだのではないか。僕はそう思うんですが、いかがでしょう?」

×××

 俺はその結論を聞き、一瞬考えこんで―次の瞬間盛大に噴き出した。
「ぶふっ、おま、お前それは、さすがにないだろ。ひっひひ、ひい、お腹痛い」
 急に笑い出した俺を不気味そうに見ながら、店員がさっき注文したビールの缶を持ってくる。笑われた坂口はすました顔でそれを受け取ると、未だ笑い続ける俺に静かに問いかけた。
「何かおかしいところでも?」
「そりゃそうだ! 仮に自動ドアが反応し辛かったとしても、彼女はあの店を一年もやってるんだぞ。そんなの最初っから承知してたはずだ。それでパニックになったりはしないだろ」
「それはそうかもしれません。でも逆に彼女が店のオーナーだからこそ、そのことを意識できなかった可能性もある」
「どういうことだ?」
 その疑問にすぐに答えず、坂口は「畑山さん、飲食店でアルバイトした経験ありますか?」と尋ねてくる。俺は学生時代、もっぱら力作業のガテン系ばかりしていたので、接客業の経験はほとんどない。精々が大学の出店くらいだろうか。そのことを言うと、坂口は例のニヤリとした笑みを浮かべてこう説明した。
「では店のオープン作業を想像してください。森谷さんのカフェの場合、裏口は普段から塞がってるので表から入ることになります。この時自動ドアの電源は切れていますから、外鍵を解除した後手動で開き、その後店の内側にあるセンサーのスイッチを付けます。スイッチが内側にあるのは当然ですよね。この時点で彼女はセンサーによる開け閉めを経験していません。さらに一人で営業してますから、多少休憩のために奥に引っ込むことはあっても、店の表から出ていくことは滅多に無いんじゃないかと思います」
「言われてみれば確かに……。でもそれなら閉店するときはどうだ? まず店内のセンサーのスイッチを切るわけだから、そこでドアが反応しにくいことに気付けたんじゃないか」
「そうとも限らないですよ。だって想像してみてください。そう大柄でもない女性が、高い位置にあるスイッチを押そうとしたらどうします。こんな風に、額の当たりをぐっとセンサーに近づけることになりませんか。そうすれば肌色の顔の部分がセンサーに肉薄しますから、ドアは問題なく開くはずです」
 そう言って坂口は、上に翳した手に向かって自分のおでこをぐぐっと近づける。確かに、スイッチがセンサーのすぐ横についている関係上、操作しようとすれば顔に反応するだろう。
 それでもやはり、かなり無理のある推論だと言わざるをえない。一年もの間、彼女が普通にドアを通ろうとして、うまく反応しなかったことも当然何度もあっただろう。自分の服装と店の内装の相乗効果について理解していたかはともかく、「私には反応しづらいな」くらいは感じていたはずだ。ただ自動ドアが開かなかったからと言って、錯乱して裏口をこじ開けようとするとは考えにくい。
「坂口、お前の推理は面白いし見るべき点があると思うが、あまりにも荒唐無稽すぎる」
「そうですね。彼女がまともな状態なら、冷静にセンサーの反応を試したり、力づくでドアをこじ開けることもできたかもしれません。まともな状態なら、ね」
 そう思わせぶりに言うと、坂口は先ほど運ばれて来た缶のプルタブを引く。プシュッと気持ちのいい音が鳴って、黄金色の液体がグラスの中に注ぎ込まれて行く。しかし俺の目線はグラスではなく、その缶の方に釘付けになっていた。缶の表面には、緑色のラベルが……。
 そこで俺はようやく理解した。坂口がなぜあれほど、森谷さんの飲んでいた酒を聞きたがったのか。
「まさか、彼女は……」
「ええ、おそらく間違いないでしょう。もう少しで店を閉めるという時間に、客に付き合ってわざわざノンアルコールビールを飲んでいたとしたら、彼女は相当酒に弱い。なのに体内からはアルコールが出たとしたら、事件当夜の彼女は一体、どんな状態だったでんしょうか?」

×××

「つまり事件当夜、彼女は酔っ払っていたというのか!」
「ええ、しかも泥酔に近かったはずです。僕らみたいな酒に弱い人は、少量でも分解できず影響をモロに受けますから」
 そこまで喋ると坂口は、グラスに継いだキリンフリーを旨そうに呷る。それから口元をお絞りで拭って、推理の続きを語りだした。
「事件当夜の犯人の行動はこうです。犯人は森谷さんを酒に付き合わせ、酔わせて眠らせようとした。しかし彼女はいつものように、アルコールフリー飲料を飲みだした。困った犯人は彼女の目を盗み、飲み物の中に相当濃いアルコールを混入した。それを飲んだ森谷さんはアルコール中毒で体調を崩し寝込んだ。おそらく犯人はもっと飲ませて眠らせるつもりだったでしょうが、体調不良で勝手に寝てくれたのはラッキーでしたね。その後一人になったタイミングで厨房に侵入、ガスを開けた後何食わぬ顔で店を後にした。森谷さんは閉店間際に一旦持ち直したものの、ガスの充満に気付いた時には泥酔状態になってしまっていた。何とか脱出しようとした彼女は、反応しない自動ドアを前に冷静さを失いそのまま……」
 そこまで語り終えると、坂口はふぅと息をつく。そんな彼を前に俺は、坂口の推理力に改めて舌を巻く。荒唐無稽に見えて筋は通っている。しかしだとすると…。
「その犯人とはいったい誰だ? どいつなんだ!」
「そうですね。ここからは消去法になりますが、まず大引さんは無いでしょう。お歳がお歳だし、職業も機械工学とは縁遠い。あの店の自動ドアの仕組みに詳しいとは思えない」
「それはそうだろうな」
「残りの二人ですが、ここで問題になるのは森谷さんの酒の強さを知っていたかです。例えば彼女が酒に弱いことは、夜も来ていた常連なら知っていた可能性が高い。だとしたら、閉店から二時間も前にあれだけの量を飲ませてしまうのはまずいと分かるはずです。彼女が体調を崩して「今日はもう帰って下さい」と言われてしまえば、計画を実行するタイミングがふいになりますから」
 なるほど。ガスを出すのが閉店間際でないと、後から来た客も巻き込んでしまう。普通の客は自動ドアをくぐれるから、そうなれば計画は失敗だ。だとすれば犯人は……。
「ええ。黒田は昼から夜まで入り浸っていたと言いますし、森谷さんがお酒を飲めないことを知らないはずがない。だとすれば―犯人は、普段は昼にしか来ない仙草の方です。彼は機械メーカーの会社員ですから、自動ドアの仕組みについても詳しかったでしょう」
 そこまで語り終えて、坂口はソファー席の背もたれにゆっくりと背を預ける。それから店員に「お愛想で」と告げると、グラスの残りを一気に飲み干した。俺もまた彼の推理を咀嚼しながら、おそらくそれが真相だろうと確信していた。しかしまだ一つ、分かっていないことがある。
「お前の推理は筋が通っていると思う。しかしその場合動機は一体なんだ? 仙草に森谷さんを殺すほどの動機があるのか?」
「ここからは完全な想像になりますが、おそらく殺害する意図は無かったはずです」
「なに?」
 殺害の意図はない。意外な言葉に驚く俺に坂口は続ける。
「なにせこの計画は穴が多い。森谷さんの酔いが十分でなかったり、センサーが運よく反応すれば終わりです。外の人が気づいてくれる可能性もあったし、泥酔していなければ彼女は助かっていた。本気で殺そうとするなら、確実な方法は他にいくらでもあります。仙草も最初から、ちょっと脅かしてやろうくらいの気持ちだったはずです」
「だからその動機は? 結局森谷さんに悪意があったのだろう」
「行き過ぎた嫉妬心からの警告、ではないでしょうか」
「嫉妬心? 警告? 何んのことだ?」
「……畑山さん、まだ分からないんですか。というより、畑山さんなら理解できると思ったんですが」
 心底呆れた顔をする坂口だが、そう言われても何が何やら分からない。「本当に気づいてなかったのか」と小さく呟いて、坂口は衝撃的な一言を口にした。
「つまりですね。―黒田と愛人関係にあった森谷さんに、『これ以上黒田と親しくするな』と、そう言いたかったんですよ」

×××

「そもそもあんなに若い女性がカフェを経営してる時点で、パトロンがいたのは明白です。それが黒田氏だとすれば辻妻が合う。あの黒一色の店も案外、「黒田の黒」にあやかっただけかもしれません。森谷さんは若くて美人なので、店に来ていた男連中の多くは彼女にあこがれていた。そんな一人だった仙草は、おそらく二人の関係を確信する現場を目の当たりにしたのでしょう。それがきっかけとなったのか、元から思いつめやすい性質だったのかは分かりませんが、仙草の恋心は暴走した。彼は黒田に夢中の森谷さんにお灸をすえるべく、彼女をガスの中へと閉じ込めた。もちろん先ほど言った通り、少し怖い思いをさせるだけのつもりだったのでしょうが……どうかしましたか?」
「まさか森谷さんが黒田とデキてたなんて、そんな……」
 正直そんな情報知りたくなかった。何も知らなきゃ美しい恋で終われたのに、既に誰かのものだったなんて。一人打ちひしがれる俺を尻目に、椅子から立ち上がる坂口。何とかショックから立ち直った俺はふと、最後に浮かんだ疑問をぶつけた。
「おい坂口。動機もたぶんお前の言った通りなんだろうが、結局怖がらせるだけなら他に方法があるだろ? なぜ仙草はこんな、色を使ったトリックを考えたんだろう」
「……そりゃわかり切ったことでしょう」
 自動ドアへと足を進めながら、坂口は振り向きつつ、
「黒い色のせいで死にかければ、”黒”田も嫌いになるかもしれませんから。作家的にまとめるなら、「嫉妬の黒い檻に囚われていたのは、犯人の方だったのかもしれない」ってとこですかね」
 そんなキザな台詞を残して、坂口は去っていく。それを聞いて俺は、色んな意味で下らなすぎるこの事件の真相に、深々とため息をついたのだった。
 飲み代を貰ってないことに気がついたのは、それからしばらくたった後だったのだが〈終〉

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第三十三回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.08.08(Tue) 00:00
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