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総武線は週二で停まる

僕は、背にかかる重みにあえぎながら、林の中を進んでいた。かつて田圃だったと思われるその林の地面はぬかるんで、度々足を取られそうになる。
耳元では背に負った友が、苦しそうに呼吸する音がしている。
「蝶野、あと少しだ。頑張れ」
半ば自分を励ますように、僕はそう彼に話しかけた。しかし返事はない僕は恐怖した。もしも彼の呼吸が止まったら、いや、その前に、僕は友をすぐさま放り出し、処理しなければならない。
「くそ、なんでこんなことに」
後悔に苛まれながら、僕は僕の村と、この国の中枢を担う都市とを結ぶ線路に急いでいた。
その名は、総武線と言う。


「肝試し、ですか?」
小さな村の、小さな派出所の中で、僕は相談に訪れた三人の母親たちの話を聞いていた。時刻は七時を回ろうとしており、日暮れの早いこの季節はもう外は真っ暗だ。
「そうなんですよ、駐在さん。うちの息子が昨日、明日は綿野さんの家に泊まるって急に言い出して。今日は休日だから沢山遊ぶんだって朝早くから出かけて行ったんです。心配になって聞きに行ったら、息子はあなたの家に泊まりに行ったって」
三人のうち一人、佐藤さんがいった。彼女の息子は太一君と言って、なかなかの悪ガキだ。多分、発案者は彼だろう。
「おかしいなってふたりで話していたら、阿部さんが通りかかって。阿部さんの家の霞ちゃんも、友達の家に泊まるっていうんです」
そうしてその友達に連絡してみると、そんな話は聞いていない、と。つまり、男子二人は互いの家に、女の子の霞ちゃんは女友達の家にと、口裏を合わせていたのだ。
「それで、肝試しっていうのはどこから分かったんです?」
今の話だけだと、ただ三人の子供が行方をくらました、ということしか分からないが。
「それは、良子が三人の話を聞いていたそうなんです」
綿野さんがそう答えた。肝試しに行ったのが浩一君で、良子ちゃんはその妹だ。
「お兄ちゃん達がどこに行ったのか、聞いてないかい?」
僕はかがんで、先程から母親の身体に隠れるように足にしがみついている、小さな女の子に尋ねた。
「兄ちゃんが、大人には言うなって」
良子ちゃんは小さな声で言った。やはり大人に囲まれて緊張しているようだ。
「大丈夫、君が怒られないように、秘密にしておくから」
「ほんと?」
 良子ちゃんが訝し気に僕の顔を窺っている。
「ほんとだもの」
 微笑んでそう答えると、良子ちゃんは思い切ったように話し始めた。
「あのね、みんなで村のはずれのハイキョに行くんだって。お前は小さいから来ちゃダメだ、て」
 母親たちがざわめく。村のはずれの廃墟、というのは、かなり昔に建てられたもので、大人たちは子供が近づかないよういつも言い含めていた。もう大分老朽化して、倒壊の恐れがあるからだ。
「すぐに迎えに行かないと」
 佐藤さんがそう叫んだ。他の母親も騒ぎ始める。
「落ち着いてください、皆さん。もう日も暮れているし、危険なので廃墟へは私たちが迎えに行きますよ。それに彼らも初等といっても赤ん坊じゃない。家で待っていてください。すぐに連れていきますから」
 そう言うと、渋々と言った様子で母親たちは引き下がった。廃墟は森の中で、大勢で向かうのは大変だというのもあったのだろう。
「では、皆さんは自宅にお戻りください。すぐに、すぐに向かいますから」
 母親たちは何度も頼みますよ、と念を押して帰っていった。
それを見送って、僕は上司と同僚に連絡をとる。
「やれやれ、面倒なことになったなあ」
 自然と、ため息がこぼれた。


「お二人さん、こんな夜更けに、ご苦労様だねえ」
「いえ、仕事ですから。こちらこそ車を出していただいてありがとうございます」
 村で車を所持している家は少ない。上司がお願いしてくれたおかげで、その数少ない所持者である村長さんが廃墟の近くまで送ってくれることになった。
……その上司は今頃、派出所でのんびりしているのだけれど。
「あの子たちにも困ったもんだ。全く、元気なのはいいんだがなあ」
 村長さんはのんきにそう言いつつ、余り状態がいいとはいえない道を危なげなく運転していく。もう六〇に近い老人で、毛髪にはところどころ白いものが混じり、年相応に皺も走っているが、その動きはきびきびと澱みない。
「たく、 ガキどもも手間取らせやがって。大体、あいつら来年はもう中学だろう。ほっといてもいいんじゃねえのか?」
 隣から、いかにも不機嫌そうな低い声が上がった。
「蝶野、村長さんに失礼だろ。それに、彼らだってまだ子供なんだから」
 僕はあきれ顔で、後部座席に一緒に座っている同僚を見た。目つきも人相も、ついでに口も悪い、僕の相棒だ。呼び出しを食らった直後からこんな調子である。
「構わんよ。こいつの態度は言っても直らん。だが、子どもたちを放っておけと言うのはいかんな。万一と言うことがある」
 村長さんは気にした様子もない。もう慣れっこなのだろう。
「万一って言ってもな。あの廃墟、俺がガキの頃から崩れる崩れるって言われて、結局ちゃんと建ったままじゃねえか」
 蝶野はいまだにぶつぶつ文句を言っている。
「じゃあ、捜索は明日にする?」
 だが僕が冗談めかしにそう尋ねると、途端にそっぽを向いて。
「そうは言ってねえよ」
 と返答するのだった。これで、子どもには妙に懐かれるのだ、こいつは。そして、それを本人も悪くは思っていないというのが、どうにもおかしく思えるのだった。
「やれやれ、思ってもいない文句を言うから……。それにな、倒壊だけが危険ではない。野犬でも潜んでいたらことだし、何より、奴らがおるかもしれん」
 村長は、最後の言葉だけはすこし声を潜めていた。『奴ら』、それは、人類を一世紀近く苦しめてきたものだ。
「おいおい、それこそ有り得ねえだろ。最後に奴らが現れたのは、確かじいさんが子供の頃だろ?」
 蝶野が呆れたように言った。
「何を言う、奴らはいつ紛れ込むか分からん。だからこそ恐怖なのだ」
 それから、村長さんは奴らについてとうとうと述べ始めた。これまでの人生で、幾度となく聞かされた話で正直退屈だったが。
 曰く。奴らは不死身で、人を襲い、そして仲間を増やす。これまでにあちこちで発生し、おびただしい人間を死に追いやった災禍であると。
 奴らのせいで人類の発展は遅れ、人口は減り、都市は分断された。人類はその克服に多大な時間と労力を費やし、抗体が発見された今なお、特に国外ではその脅威が続いている、と。
 ついでに、いつまでたっても総武線が週五で運休なのもそのせいなのだ、と。
……ちなみに、村長さんは運休と言っているが、最初から運行の予定はない。いつか毎日運行するようになる、という村民の願望を込めて言っているだけだったりする。
「む、すこし熱くなってしまったか。すまない。そろそろ到着だ」
 目的地を通りすぎるんじゃないかとひやひやした、とは言えなかった。


「さて、着いたな」
 鬱蒼とした森を抜け、整地された跡のある土地の中の、薄汚れた白い壁に覆われた建物にたどり着いた。
「おーい、ガキども、迎えに来たぞ。さっさと出てきておとなしく怒られろ」
 蝶野があまりやる気のない声で入り口に呼びかけるが、反応はない。
「そんなこと言って出てくるわけないだろ……。みんなー、一緒に謝ってあげるから出てきてくれー」
 それなりに声を張ったつもりだが、やはり反応はない。
「まいったなあ。ここにいないとなると厄介だぞ」
 今夜は月が明るく地上を照らしていたが、それでも日のない時間にてあたりしだい捜索するのは勘弁したい。
「どうせ中で隠れてるんだろ」
 蝶野はそう言うと、中に入ろうとぼろぼろの扉に手をかけた。
 その瞬間
うわああああああぁぁぁ!
「っつ、 太一!」
逼迫した叫び声が建物の中から聞こえ、蝶野がすぐさま駆け込んでいった。
「おい、待てよ!」
 僕は一瞬反応が遅れ、蝶野の後ろを慌てて追う。建物の中に入ると、視界のほとんどはべったりとした暗闇に塗りつぶされ、鉄格子のある窓から微かに差し込む光と、僕と蝶野がもつ懐中電灯の明かりだけがそれを切り取っていた。
 その蝶野の持つ懐中電灯の明かりは激しく動きまわり、自分の懐中電灯を向けるとなにか小さなものを必死に押さえつけているようだ。
「おい、太一を連れて外に出ろ!」
 蝶野に駆け寄ろうとしていた足が、その声で急停止する。直後に、子どもが自
分に飛びついてくるのが分かった。
 僕はその子の手を取り、つい先程くぐった扉を引き返す。
 月光の中に出て下を見ると、髪を短く刈られた頭が震えているのが見えた。
「太一君、いったいなにが起こったんだい?」
 すぐにでも蝶野に加勢したい、その気持ちを抑え、少年の泣きはらした真っ赤な目を見つめながら尋ねた。
「ち、地下に行く扉を見つけて、か、霞と浩一が、『あいつ』に……っ」
「あいつ……? まさか!?」
 車の中での、村長の言葉が脳裏によぎった。
(奴らはいつ紛れ込むか分からん。だからこそ恐怖なのだ)
 同時に、気付きたくないことに気付いてしまう。
「じゃあ、さっき蝶野がもみ合ってたのは……」
 途端に、太一君の顔がこれ以上ないくらいにゆがむ。
「ふ、二人とも噛まれちゃった。浩一は、俺と霞が地下の部屋から出るまで『あいつ』を押さえつけて……。そしたら、霞もおかしくなって……。どうしよ、俺のせいだ、俺がこんなとこ行こうって言ったから!」
 相当ショックだったのだろう。当たり前だ。友達が二人、目の前で死んだのだから。
「落ち着いて、太一君。まず確認だけど、注射は打ったかい?」
太一君はふるふる、と首を振った。
 僕の国では、『奴ら』になることを防ぐ効果を一時的に獲得できる薬の入った注射器が、国民全員に各々一つずつ配布されている。非常時には即刻に注射することが義務付けられているのだ。
「よし、じゃあ一緒に打とう。やり方は分かるね?」
 今度はこくり、と頷いた。
注射器の使い方は学校で必ず習うが、僕も実物を使用するのは初めてだ。
 常に持ち歩いている容器から注射器を取り出し、訓練通りに注入する。太一君が正しく注射を行えていることも確認した。
「ほら、これで安心だ。まっすぐ森を抜けたところで、村長さんが車に乗って待ってる。村に下りて、みんなに伝えるんだ」
「でも……」
「いいから行くんだ、ほら、振り返らずに!」
 僕の、今まで見せたことのないような形相に気圧されたのか、太一君は言った通りに真っ直ぐ走り去っていった。
「蝶野、無事でいてくれよ……!」
 訓練と整備以外ではろくに抜いたこともない拳銃を握りしめ、僕は再び建物内に侵入した。


部屋の中を懐中電灯で照らすと、先程二人がもみ合っていた場所にうずくまっている蝶野を発見した。取り敢えずこちらを襲ってくる様子はない。
「おい、大丈夫か」
 声を潜めてよびかける。
 ゆっくりとこちらを振り向いた蝶野の表情を見て、僕は息をのみそうになった。
 彼の顔は懐中電灯の薄暗い明かりでもわかるほど青白く、一切の生気が感じられない。それでいて、そのなかに様々な感情が渦巻いているのが感じられた。
「おまえ、か。太一は、どうした」
 普段の荒々しい雰囲気はなりをひそめ、声に力はない。
「いま、村長さんの車に向かってる。薬も打たせた。それより、お前は大丈夫なのか?」
 そういって、一歩、足を踏み出す。すると
ピチャッ
「な……ひっ」
 粘着質な音が響き、思わず床に懐中電灯を当てると、そこには頭をひどく損壊した小さな死体が横たわっていた。その割れ目から流れた血や体液が、殴打されところどころ黒ずんだ顔の上を流れ落ち、床に血だまりを作っていた。
「霞……ちゃん」
 だれがやったのかは明らかだった。行為者が、それを望んでいなかったことも。
「ち、蝶野……?」
「……よかった。それで、浩一は?」
 僕の呼び掛けには反応せず、最後の一人の安否を気遣う。
「浩一君は、地下で大本の感染者と……」
 その悲痛な問いかけに最悪の答えを返すのが、とても辛い。申し訳ない。
「そうか……なら、行かなきゃな」
 蝶野はべちゃべちゃと音を立てながらゆっくりと立ち上がり、腰の拳銃を引き抜いた。
「応援を待った方が……」
「俺が、やらなきゃだめだ。他の連中には任せない。お前も帰りたいなら帰れ。その方がいい」
 僕が無意識伸ばした手を無感情に眺めながら、蝶野は言った。
「馬鹿言え、置いてけるか」
 僕はがたがたと震えながらも、何とかそう答えることに成功した。
「ふん、馬鹿はお前だ…………」
 恥ずかしそうに、というのは僕の主観だが、顔を伏せた蝶野を見て、相変わらずだな、と僕は思った。


 そのあと、建物を出るまでのことは、もう思い出したくない。ただ一つ言えるのは、蝶野は誰も殺さなかったということだ。そう、僕がそうさせなかった。
 その時の僕にとって、それだけが重要だった。


 異変に気付いたのは、建物を出た時だった。
「蝶野、おまえ息が上がってるぞ。大丈夫か」
「ああ、ひっかかれたからな」
 蝶野は、なんとでもない事のようにそう答えた。暗い中では気が付かなかったが、その手の甲には確かにみみず腫れが出来ていた。
「注射は打ったんだろうな」
 僕は驚いて詰め寄った。
「いや、打ってない。こないだ売り払っちまったからな。ああほんと、止めときゃ良かった」
 先程までが嘘のように、変に軽い態度を装っている。
「なにしてんだ!? 僕もそこまで馬鹿だとは思わなかった! 派出所に予備があるはずだ。行くぞ!」
 薬はかなり貴重なもので、原則として一人が一本持つだけだが、例外として各村の治安維持に関わる部署は予備として数本、所持することを許されている。
「無駄だ。俺に販売ルートを教えたのは上司、派出所の人間だ。流石に個々人のものには手を付けてないが、それ以外は全部売っちまって、あの中身は全部ただの生理食塩水かなにかだとさ」
 衝撃だった。まさか、そんな。命にかかわることだろ……
「ああ、一応弁護しておくと、売ったのは上司本人じゃない。前任の所長が、退職金代わりに持ってったとか言ってたな」
「他人の名誉なんて気にしてる場合じゃないだろ! なにか、なにか方法はないのか!?」
 あまりにひょうひょうとした態度に怒りを覚えた。この男は、自分の命がかかっているときに、そうしてそんな言いぐさが出来るのか。どうして、そんな、諦めたような態度をとるのか。
「今更、村に戻っても派出所の連中が薬の密売を隠そうとするだろうしな。で、まあ心苦しい限りだが、お前に頼みがある」
 俺を、殺してくれよ?
――――――――っ
 頭が沸騰するかと思った。ここまで怒りが湧いてくるのは初めてだ。同時に、僕は頭の中で必死にこのあたりの地図を思い描いていた。
そして、進むべき方向は決まった。
「蝶野、立て。引き摺ってでも連れてくぞ」


 今僕はこうして林の中を歩いている。
 総武本線を走る汽車には、未だ奴らとの接触の多い辺境の地のために、多くの薬が積まれている。そして、今この時間は週に二度しかない、汽車が村の近くの線路を通過するタイミングだ。
「本当に、呆れるほどの悪運だよ、おまえ」
 ようやく、長い夜が明けようかと言うとき。僕と蝶野は線路わきに到達した。
 やがて、汽車がレールの上を走る振動が伝わってきた。疲れ果て、倒れ伏した僕は蝶野の呼吸音を確かめて、安堵の息を吐く。
 機関士が僕たちに気付いたのか、ブレーキが踏まれる音が聞こえる。誰かに体を持ち上げられる感覚がした時には、僕の意識は半ば途絶えていた。





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第三十二回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.01.05(Thu) 00:00
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