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その涙さえ、嗤うなら

   一、二十四歳・女

 季節は冬。
 いつものように、街の喧騒が耳に届く。その喧騒は、どこか寂しくて、冷たくて、全体的に灰色じみていて。だから、好きで聞きたいわけではないんだけど、毎日私の耳に届くから、最早腐れ縁の一種のような心地もする、そんな感じのものだった。といっても、毎日の駅に行って電車に乗るまでの、ほんの小さな縁ではあるけれど。
 だけど今日のこの街は、いつもの感じとは少し様子が違った。ひらりはらりと、空から降ってくる白いもの。吹雪などにはなっていないものの、昨晩から降り続けた雪は少し積もっていて、足元は決して良い状態とは言えなかった。
「うわ、やばい、朝練に遅れる!」
 一人の男の子が目の前を駆けていった。服装から察するに、年の頃は高校生くらいか。今日は月曜日だし、そもそも季節が冬だし、きっと布団に包まっていたらいつの間にか時間が、って感じなのかもしれない。
 でも、今日の街を駆けていくのは危ないから、止めたほうが――。
「うおっ、とと……危ない危ない」
 件の男の子が、転びかけた。ほら、言わんこっちゃない。いや、実際には何も言ってないわけだけど。
 そんなことを考えながら歩いていると、私の足もつるりと滑りかけた。慌てて体重をかけ、体制を持ち直すと、何とか転ぶのは避けられ……なかった。大きな音こそなかったが、小さくしりもちをついてしまった。小さな雪の窪みができた。
「あの、大丈夫ですか?」
 声を、かけられた。その声の主は、綺麗な女性だった。黒髪が胸の辺りまで伸ばされているのが印象的な、だけどどこか幼さも垣間見えるような……上手く言い表せているか分からないけど、女子大生といわれても違和感がない。ただ、身に着けているのは、トップスは白いニットのセーターにグレーのコート、ボトムスはベースの色が黒のスカート。どこかの企業のオフィスレディーと言われてもおかしくない感じだった。荷物がバックパックなどではなく小さめの黒のハンドバッグに纏められているのが、オフィスレディーの印象を強めているのかもしれない。
「あの、えっと……大丈夫ですか?」
 ちょっとそわそわしながら、その女性がもう一回尋ねてきた。
「あ、いえ……大丈夫です」
 ハンカチで濡れた部分を拭きながら答える。その様子を見て、女性はほっと一息を吐く。やはりこの天気だと、息が白くなる。
「雪……すごいですね」
 何とはなしに、女性が話しかけてきた。確かに、南関東で雪がこのくらい降るのは少し珍しい出来事かもしれない。
「ええ……綺麗ですね」
「……まあ、私みたいな会社勤めの人間にしてみれば、迷惑な話なんですけど」
「全くですね。学生だったら、こんな状況も楽しめたのかもしれませんけど」
「本当に……そうですね」
 何とはなしに会話をしながら駅までの道を歩く。足元からは、常にザッザッという音が聞こえる。心なしか、下半身全体に力が入る。同じ人の前で二度も転ぶのは、何か気が引けた。
「あ……着きましたよ」
 いつの間に、という気がしないではなかったが、転ばないことに注意しすぎて、どこを歩いているのかを全く気にかけていなかったのだから、当然かもしれない。
「電車……動いているといいですね」
「あはは……まあ、その時は会社に電話するしかないですね」
 この程度の雪なら動いていると信じたいが、何せ混雑で遅延するのが日常茶飯事な路線なので、あまり期待は出来ない。
 期待はしないが、まあ動いているといいなあ、と思いながら駅のコンコースに入る。
「本日、降雪と急病人救護の影響で、千葉方面行きと三鷹方面行き、一時的に上下線ともに運転を見合わせています……繰り返します……本日、降雪と――」
 はい、期待できないのはいつも通りですね。というわけで、私は会社に連絡を入れないと……。
「全く、これだから総武線は……」
「もうここまでくると流石って感じだろ。いつだったか、訳分かんねえ理由で止まってたりしたじゃん……」
「まあ、それが総武線、という感じもするけどな」
 周りの人も口々に呆れている。まあ、皆ある程度覚悟して駅に来た、という感じだろうか。実際、私も動いてないことを半分覚悟してたし。
「何か、予想通りって感じでしたね」
 さっき一緒に歩いてきた女性が、そう口にした。
「ふふっ、そうですね」
 何て答えていいのか分からず、取り敢えず相槌を打つ。
 やはり乾燥しているのか、女性の目が少し潤んでいるのが印象的だった。

   二、十六歳・男

 グラウンドに、コーチの笛の音が轟いた。
「はい、今日の朝練はここまで!」
 生徒全員、ありがとうございましたと揃えて声を張り上げた後は、更衣室へ向かう。今日は割と時間に余裕があるっぽいので、そこまで急がなくてもいい。時々、ホームルームギリギリまで朝練をやるのは本当に止めて欲しいと思う。
「工藤、俺のタオル取って」
「やだよ。清水さあ、自分のことは自分でやるっていい加減に実践しろよ。今年の目標、それじゃなかったか?」
「い、いいんだよ、明日から本気出すから」
「うわ、コレ絶対やらないパターンじゃん……」
「うっせ、俺はやるぜ?」
「はいはい、分かった分かった」
 清水のやつはいつもこうだ。俺からすれば、凄いのらりくらりと、行き当たりばったりに生きているようにしか見えないやつだ。しかし、それで今まで生きてこれてるのだから不思議だ。
「清水って、よくもまあそんなにノープランで生きてられるよな」
 おっとしまった、つい本音が漏れ出た。
「え? 何で? 工藤もそんな感じじゃね?」
 違うわ。声を大にして言いたいが、そして自分で言うのも何だが、俺って結構将来とか、いろんなものについて考えてるんだぜ?
「いや、俺は……色々考えることはあるよ」
「ふうん。俺からすれば、考えてようがなかろうが、結局なるようにしかならないと思うんだけどなあ」
 うわあ、こいつがシリアスめな雰囲気出すと、超絶似合わねえな。
「申し訳ありません、すぐにオフィスに向かいます」
 突如、どこからか女の人の声が聞こえてきた。グラウンドの隅の方……いや、グラウンドのネットの向こう側、歩道の所だった。グレーのアウターを着て、黒のハンドバッグを持っているようだ。
「いえいえ、課長のお手間は取らせません」
 携帯電話を耳に当てながら、ペコペコお辞儀をしている。
「はい、気をつけます……はい、はい、失礼します」
 通話が終わったのか、携帯をハンドバッグにしまうと、ふうと長めの溜息を吐いた。その息が、いやに白かった。
「どうした工藤、早く行くぞ」
「お、おう」
 その白さだけが、網膜にこびり付いたまま、俺は更衣室に向かって歩き始めた。
「そういえば工藤、これ見た?」
「うん?」
「今日も総武線、止まってんだってよ」
 マジか。ここ最近、止まり過ぎじゃないかな、総武線。
「その理由がまた笑えてさあ……」
「というと?」
「まあ、実際に自分の目で見た方が早いかな。ホレ」
 そういうと、清水がスマホの画面をこっちに見せてきた。どうやら、動画サイトにアップされたあるニュース番組の映像のようだ。その映像の中心には……胸を両腕で叩くゴリラ。
「は?」
 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。耳に入ってきたのは、アナウンサーがニュースを読む声だった。
「本日午前六時頃、小岩駅付近の線路上にどこからともなく現れたゴリラにより、総武線は各駅停車、快速ともに上下線で運転を見合わせています。また、このゴリラによく似たゴリラが京成線の江戸川駅付近にも現れ、京成本線は全線で運転を見合わせています」
 何だこの状況。ゴリラって何だ。線路上に現れたって何だ。というか、ニュースで「どこからともなく現れた」なんてフレーズ、初めて聞いたぞ。
「いやはや、総武線と京成線にぽっと出のゴリラで千葉県民大混乱、ってな」
 冗談じゃない、笑えないぞ、それ。
 ――さっきの女の人のオフィスって、電車を使わずに行ける所にあるのだろうか?

   三、三十一歳・男

「ただいま戻りました……」
 小さめの声の挨拶もそこそこに、オフィスへ入る。
「おう、ご苦労さん。結構時間かかったな、大変だったか?」
 だが、課長が見逃さずに声をかけてきた。さすがというか何というか、自分のテリトリー内の変化は僅かであっても見逃さない人だ。
「いえ、業務自体は滞りなく。ただ、お客様とその後話し込んでしまった、といいますか……」
 少し言葉を濁す。この課長は、あまりそういう、仕事と関係のない、合理的でないことを好まない。
「……まあ、ほどほどにしておけよ」
「……申し訳ないです」
「分かってればいいさ」
 あれ、どうしたんだ今日の課長。普段に比べて随分と優しいな。そのせいで、ちょっと動揺してしまったじゃないか。
 デスクに戻り、何か残っている業務はないかチェックする。最近は、労働基準法がどうの、残業がどうのと五月蝿くなったおかげで、おちおち残業もできやしない。何せ、午後十時にオフィスが一斉消灯するようになってしまったので、それまでには家路につかなければならない。だが、業務量に変更はないので、持ち帰れる分は持ち帰ってこなさないと、首が回らなくなるのだ。全く、法令遵守を謳うなら、業務の効率化を図るのが先な気がするが……まあ、いちいち俺が気にすることでもないし、愚痴を言っていたって始まらない。俺は、俺に与えられた分の仕事をこなす、それだけである。
 ふと辺りを見回すと、オフィス内の空気が暗くなっているような気がした。
「お、お疲れ様……」
 随分と控えめなボリュームの労いの言葉が聞こえた。だが、労いの言葉だけでは収まらなかった。さっきよりもボリュームは控えめで、「ひそひそ話」のレベルだったが、不思議と良く耳に届く声だった。
「部長呼び出しだってよ……」
「何かやらかしたのかな……」
「ついこの間も、ここ一ヶ月たるんでるとか、課長に公開説教されてたけど……」
「かわいそうね……」
「部長、即刻やり直して、先方に謝罪しろって言ってたらしいよ……」
「あんた、そんな情報どこで……」
「まあ、いろいろとね……」
「にしてもあの子、それじゃサビ残確定じゃないかな……」
「辞めなきゃいいけど……」
「そうね……ただでさえ人手は足りないし……」
 くだらない。どいつもこいつも、他人のことに気を回し過ぎなんだよ。そんなんじゃ、自分のことでさえ疎かになって、最終的に何もかも効率が悪くなる。そんな非合理的なことをするくらいなら、さっさと目の前の書類を片付けた方が良いだろうに。
 そんなことを考えていると、俺の斜向かいのデスクに一人の女性が座った。何やら大きなファイルを抱えていた。その目には、ほんの少しの涙が溜まっているようにも見える。だがそんなものは気にもせず、その女性はファイルをパラパラと捲り、その中から何枚か紙を取り出した。そして、パソコンの電源ボタンに触れようとした正にその時。
「おーい!」
 オフィスの奥の方から声が響いた。課長だった。その言葉が合図だったかのように、席を立っていた者は自分のデスクへ戻り、既に座っていた者は動きを止める。一斉消灯が導入されてから、うちの課の定時に見られるようになった光景の一つだ。
「まもなく定時だ! 皆、お疲れ! あ、残業する者は申し出ろ! 下らん理由で残業なんてしやがったら許さんぞ! 解散!」
 これも、俺たち平社員にとっては頭痛の種だ。一斉消灯が導入されてから、うちの課長は「うちの課は残業ゼロを目指す」とかおおよそ不可能なことを言い始め、残業はよほどのことがない限りオフィスではできなくなった。オフィスでできなければ自然と持ち帰らなければならない。正直、オフィスで済むことは全部オフィスで済ませてしまいたいというのが、俺の願いだ。
「よ、お前もお疲れさん。変な理由で遅くまで残ったり、するなよ。まあ、お前は優秀な奴だから、そんなことはしないって分かってるけど、念のためな、念のため」
「はい、分かってます……課長のお手間は取らせません」
「おう、分かってくれてるならいいんだけどな」
 そうやって、課長の脅しともとれる言葉に対応しながら、俺の斜向かいのデスクに座る女性は、さっき取り出していた書類を小さめの黒のハンドバッグにしまっていく。このオフィスの中は暖かいはずだが、彼女が吐く息は時々いやに白かった。
「お疲れ様でした……」
 最後に、グレーのコートを手に取ってオフィスを出ていった。その背には、うちのオフィスの社員のひそひそ話が突き刺さっていくようにも見えた。
「おっと、いけない……俺も帰る用意をしないと……」
 といっても、俺は残業すべきことなんてないので、さっさと家に帰るだけだ。
「お疲れ様でした」
 そう言ってオフィスを出る。新宿駅まで徒歩圏内の立地なので、出勤と退勤がかなり楽なのがうちのオフィスの一番の長所、といっていいと俺は思っている。今日に関しては、足元に残る雪が少し鬱陶しいなあ、と感じる程度だった。
 雪のせいで多少歩きづらくても、やはりすぐに駅に着く。そうして、構内に掲げられた大量の電光掲示板を見る。もうすぐ電車が来るようだった。
「本日、津田沼駅での信号装置故障の影響で、中央・総武線各駅停車は上下線で運転を見合わせています……」
 まあ、俺は快速で八王子に行く人だから、関係ないけど。

   四、六十二歳・男

「ふぅー……寒い」
 思わず声に出してしまった。まあ、電車の時間まで余裕があるんだから、まだホームに上らずに、コンコースにいればよかったんだが、もう上がってしまったものは仕方がない。もう一度コンコースに行くのも面倒だし、ここで待てばいい。
「お、自販機か……」
 色々飲み物が売っている。折角だし、ホットコーヒーでも買って、少し体を温めるとしよう。財布を取り出し、百数十円を取りし、投入する。取り出し口からスチール缶を取り出して、飲む。いやはや、染み渡るなあ。全く、昔に比べて自販機の飲み物も高くなったなあ、としみじみ思っていると。
「……うん?」
 一人、視界に気になる女が映った。黒の手提げ鞄を持った女だった。その女の、異性としての魅力がどうのとか、そういう意味ではなく、纏っているオーラが……何か暗い気がする。ねずみ色の外套まで着込んでいる割に、吐く息は真っ白である。その女が、どんどんこちらに近付いて……俺の後ろに並んだ。
「……」
 無言だ。そりゃそうだ、駅で、しかもお昼過ぎに、初対面の老人を前にして会話をしようとする人なんて、いない。ただ、この女が纏っている雰囲気で、背後に無言で立っていられると……何か怖いな。
「お客様に申し上げます……」
 急に、駅の案内放送が流れた。
「先ほど、総武線下総中山駅におきまして、人身事故が発生いたしました……その影響で、中央総武線は上下線で運転を見合わせております……十三番線の十三時二十二分発の津田沼行きですが、お隣の大久保駅にて運転を見合わせております……運転再開まで、しばらくお待ちください……」
 何と。総武線が運転見合わせか。仕方がない、多少大回りだが、山手線でぐるりと上野を目指して、そこで京成に乗り換えるとするか。まあ、その頃には総武線も動いてる気がするけど、ずっと動かないでいるのは性に合わないし。
 足を動かそうとした時、おかしな会話が聞こえてきた。思わず聞き入ってしまい、それに伴って体の動きも止まる。
「知ってたか、JRの用語の意味」
「はあ?」
「線路内に人立入とか、お客さま転落とか、人身事故とか」
「ああっと、お客さま転落は飛び込みがあったけど無事って意味で、人身事故は飛び込みで無事じゃなかった、とかいの話なら聞いたぞ」
「何だ、それは聞いたことあるのか。実は、他にもな……」
 おそらくは高校生くらいの男だろうか、そんな会話をしながら歩き去っていった。そんな会話を聞いていて、思わずふふっと鼻が鳴ってしまった。
「くだらないな。そんな区別を知ってどうする。だいたい、電車への飛び込みって……皆、自分が持ってる悩みだ何だが随分ちっぽけだって知らないんだな」
 おっと、思わず声に出てしまったか。全く、昼過ぎの駅で何てことを口にしてるんだ、俺は。反省しないと。
 振り返って歩き出す。そこにいた女の目には涙が溜まっていた。
 ――ああ、やっぱり冬は空気が乾く。

   五、三十六歳・女

 最近、総武線がよく止まる。
 で、こんな時期に総武線の、しかも三鷹から津田沼までのなかなか長い距離の運転業務にあたるとは……なかなかツイてないかも。
 上司とかからも気をつけろよ、なんて言われてるし……しかも、冬で空気が乾いているから、指が滑りやすい。まあ、普段から手袋してるし、そんなに滑りやすさは変わらないかもしれないけど、気分の問題だ。何か、マスコンから掌が簡単に離れてしまいそうで怖い。
 さて、本八幡を出発する。次の駅は、昨日もお客さまの飛び降りがあった駅だ。
慎重に行かないと。というかそもそも、この辺りって駅に二分おきに到着する感じだけど、それは流石に短すぎるんじゃないかと思ったり思わなかったりするんだよなあ。
 ホラ、そんなこんなでもう駅が見えてきた。やっぱり近いよね、と感じる。
 刹那、目の前に、グレーの布に覆われた女の人の顔が現れる。
 ああ、またか。
 ――泣きたいのはコッチだよ、全く。


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第三十二回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.01.05(Thu) 00:00
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