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冷房稼働中につき

がたん。がたたん。
あまりの寒さに左肩の存在にすり寄るけれど、それはかたくてつめたくて、かえって熱を奪われるだけだった。徐々に覚醒してきた意識の中で、またタクシーをつかまえないといけないのか、とぼんやり思う。せっかく昨日定期を更新したのに。おそらく降りるべき駅はとっくに通り過ぎた。終電の先頭車両に乗ったせいか他に客はいない。窓に映る空っぽの車内の向こうでマンションの明かり達がさらさらと流れていく。いるのは自分と、ブラインドの奥の車掌だけだ。
 一人きりですみに座っているのがあほらしくなって席の中央へとずりずりと移動する。それでも無意識に背もたれの模様にきっちり合わせている自分が滑稽だったけれど、もう疲れ切っていた。


 再び目を開けた時、さっきよりも走る速度は落とされていた。
今過ぎたマンションの最上階は蔦柄のカーテンで、やつれたサラリーマンは青い扉にもたれて項垂れている。ああ、今あのあたりか。割増タクシーはいま赤信号を無視して、ふと気が付けば明かりのない白い家がゆっくりと後ろに遠ざかっていった。
新車両は窓が幾分大きくなった。解放感こそあるものの、仕切りのない窓はひらかない。

「まもなく、稲毛、稲毛。」
「前の電車との間隔調整のため、しばらく停車いたします。」

 見慣れた薄暗いホームへ入っていく。照明の落とされた駅前の看板たちを背景に、黄色いエレベーター。黄色い柱。黄ばんだ蛍光灯。灰色がかった点字ブロック。

そして、黄色いベンチに真っ白な、

突然のことでぼーっとしていたけれど、はっとして立ち上がる。スーツのジャケットとともに膝からバッグが滑り落ちたけれどどうでもよかった。バキッと何か折れる音がした。よろけながらも急いで後ろの車両へ走る。手がかじかんでドアがうまく開けられない。急がないと。はやく。はやく。誰もいない直線をひたすらに駆け抜けた。
ガタン、と大きく揺れて停車して、咄嗟に掴んだつり革の向こうに見えたのは確かに彼女だった。こんなに全力で走ったのはいつぶりかで、大した距離でもないのに心臓がつぶれそうに痛かった。喉がひゅーひゅーと鳴っている。それでも。彼女がもうすぐそこにいることが嬉しくて、苦しいのに頬は緩んでいた。
ガラス窓の向こうで彼女は薄桃のバッグを抱えて眠っていた。最後に彼女を見たのはもう三年も前になるが、ちっとも変わっていない。ふわりとした淡い色の服を着て、ツンとした鼻筋もいつも上がった口角も、少し下手なメイクもそのままだ。お酒でも飲んだのか今日は少しほっぺたが赤い。まだこの街にいたのか。それとも。
ドアはまだ開かない。はやく。はやく。

おかしい。どうしてだ。どうして開かないんだ。各駅停車だろうこれは。引っ張っても叩いても一向に銀色のドアは開かなかった。爪がはがれ始めたころ、ホームの電光掲示板が目に留まる。

『現在J〇東日本では節電キャンペーンを行っております。冷房稼働中のため、主要乗り換え駅以外ではドアを締め切らせて頂いております。皆様のご理解とご協力をお願いいたします。』

 ふざけるな。ご理解も何もない。なんでそんな訳のわからないことをするんだ。そんなことをする前に凍えそうなこの温度設定をどうにかすればいいものを。いやそうじゃない。とにかく自分は彼女に会わないといけないんだ。こうなったらせめてこちらの存在に気が付いてもらわなければ。そうしたらどうにか連絡先の交換くらいはできるはずだ。もう彼女の消息すら分からない日々は嫌だ。ああ、でもそれすらもどうでもいい。ただもう一度、あなたにおもいだしてもらえたら。
 
 ――ちゃん。――ちゃん、おきて。
 何度も何度も叫びながら、冷え切った手でガラスを叩き続けた。眠り続ける彼女に向かって叫び続けた。海風の混ざるぬるい空気の中で、白いその子はただ眠っていた。
少し痩せたようにも思う。前も十分女の子らしくて可愛かったけれど、なんだか大人っぽくなったかな。金属アレルギーだと言っていたけれど、今つけているそのペンダントはちゃんとした金属なの。大丈夫なの。そしてその左手の。

「各駅停車千葉行き、まもなく発車いたします。ご注意ください。」

ガラスの向こうで音楽が鳴る。これ以上閉まるドアもないのに。
――ちゃん。
声が出ない。彼女はうつむいたままだ。
電車がまたゆっくりと動き出す。少しずつ、少しずつ、遠ざかっていく。

 膝から力が抜ける。もうこれが最後なんだと思った。
 枯れた喉に冷たい空気が染みていく。
 かかとの折れたパンプスにしずくが落ちた。


使用テーマ
・蛍光灯
・締切
・もう一度会いたい
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第三十一回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2016.08.13(Sat) 12:00
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