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ナナ

 ぽく、ぽく、ぽく、ぽく。
 一定の調子で打ち出される空虚な響きが、微かに聞こえる蝉の声と溶け合って消える。
 ぽく、ぽく、ぽく、ぽく。
 そんな現象が延々と続く空間に、喪服を身にまとった人々が行儀よく腰掛けている。
 菜々は、右隣に座る父親を横目に見ながら、そわそわする身体を必死に抑えていた。この行事に参加するのは一度や二度ではないが、菜々はその退屈さに未だ慣れることができなかった。
固い椅子に座って何もせずじいっとしていろというのは、まだ小学生の彼女にとっては酷な話なのかもしれない。
 ぽく、ぽく、ぽく、ぽく。
 欠伸が出そうになって、下唇をぎゅっと噛む。
「こういうところで大きな欠伸をすると、閻魔様に魂とられちゃうんだよ」
 毎回、この集まりがある度に父親が言う台詞を思い出す。そのせいで、手持ち無沙汰な時間であるというのに、一切気が抜けなくなってしまった。
 ぽく、ぽく、ぽく、ぽく。
 しかしそれでも、睡魔というものは遠慮なく襲いかかってくる。一度襲われたら、退治するのはなかなか困難だ。
とうとう菜々は、次第に重くなる瞼に耐え切れずに、前へ後ろへ船を漕ぎ始めた。
 ぽく、ぽく、ぽく、ぽく。
 ぽく、ぽく、ぽくぽく、ぽくぽくぽく、ぽく。
 遠くなる意識の中で、菜々は鳴り続く音の調子が狂っていくのを聞いた。
 ぽく、ぽくぽく、ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく――
 ――なんだろう。
 そう思った、次の瞬間だった。

 ――ばきん。

 と、何かが砕けたような鋭い音が響き渡った。
 菜々はびくんと身体を震わせ、急いで音のした方を見た。
 そこには、先ほどまで木魚を打ち鳴らしていた僧侶が、背中を向けて立っていた。手には大きく折れ曲がったばちを持っている。
 どうやら先刻の耳障りな音は、そのばちが砕けた音のようだった。
 僧侶は菜々たちの方へゆっくり振り返った。焦点の合っていない目玉を、ぎょろぎょろ動かしている。
 暫くすると、僧侶はのたり、と歩き始めた。
 のたり、のたり。
 彼は菜々と父親の間を縫って通り抜け、何も言わずに本堂から出て行ってしまった。
菜々がぽかんと口を開けて呆気にとられていると、今度は隣にいた父親が突然立ち上がった。
いや、父親だけではなかった。菜々を除くその場にいた者全員が、まっすぐ起立していた。
 皆虚ろな顔でぞろぞろと列を成し、ひとり、ひとりとこの場を去っていく。
 床の軋む音だけが、やけに煩く響く。
 菜々はそんな様子を、ただぼんやりと眺めていた。
夢の中にいるような、浮ついた気分。目の前で起こっている現象が当然のことであるかのような、そんな心地がしていた。
ふわふわとした感覚にとりつかれている内に、とうとう、誰の姿も見えなくなってしまった。
ひとり取り残された菜々は、奇妙な音を発して軋むボロ椅子に腰掛けて、じっと前方を見つめた。
壇上には、様々な仏具が左右対称に並べられている。その中央に、本尊が入っているであろう大きな厨子が、堂々と鎮座していた。どれもこれも、派手な金色の装飾が施されている。
 菜々は、見とれていた。その神々しさ、そして、その不気味さに。
 幼い心ながらに、畏怖の念のようなものを感じた。それでも、恍惚として見とれていた。
 ――ふと、厨子の扉が、僅かに開いた。
 その隙間を、ぼーっと見つめる。
 闇に紛れてはいるが、うっすらと白いモノが見えた。
 ――なんだろう。
 それを確認しようと、菜々はゆっくりと腰を浮かせた。
――瞬間。
扉の中から、無数の白い手がぬるりと飛び出した。
それらが菜々の腕に、脚に、頭に、凄まじい速さで巻きついて、そうしてそのまま――
「菜々」
 はっとして、声のした方を見る。
「――おかあさん」
 いつのまにか隣に座っていたのは、菜々の母親――五子だった。
 気が付くと、身体中に絡みついていた白い手は、すっかり消え失せていた。
「久しぶり、菜々。元気にしてた?」
「うん。げんき。でもおとうさんは、ずーっとげんきないんだよ」
「――ふふ。信二くんらしいわね」
 五子は苦笑して言った。
 暫くぶりに見た五子は、真っ白だった。純白の袴を着ていて、肌も透き通るように白かった。
 それでも菜々は、五子に母親の温もりを感じ取っていた。
「あ、そうだ」
 ふと思い出して、菜々は椅子の下に置いていたバッグの中を漁り始めた。
 暫くううん、ううんと唸っていたが、漸く目当てのものを見つけて、それを五子の前に差し出した。
「あら。なあに、これ?」
 取り出されたのは、小さなプラスチックの容器だった。中には、保冷剤と、丸みを帯びた何かが入っている。
「ゆでたまご。おかあさん、すきだったから」
 菜々が得意げに言うと、五子は一瞬目を丸くして、ふふっと微笑んだ。
「ありがとう。嬉しいな」
 ゆったりとした動作でそれを受け取ると、お腹の辺りで大事そうに抱えた。
「おとうさんがね。きょうはおかあさんがどっちにいくかきまる日だから、っていってたの。だからね――」
「じゃあ、お守りなのね。このゆでたまごは。……ふふ。なんだか、安心するわ」
 心底ほっとした様子で、五子は言った。
 それを見て、菜々はさらに得意げになって言った。
「きょう、タンザクにもかいたんだよ。おかあさんがしあわせになれますように、って」
「そっか……本当にありがとうね、菜々」
 くしゃ、と、菜々の柔らかい髪の隙間に指を入れ、引っ掻くように頭を撫でる。
「ちょっと見ない間に、背伸びた?」
「そうかなあ」
「うん、大きくなったよ」
「えへへ、やったあ」
 お互い顔を見合わせて、笑い合う。頭に乗せられた五子の手の感触が、菜々にはこれ以上ないほどに嬉しかった。
 五子の手の甲に、菜々は自らの手を重ねた。金属のようにひんやりとしている。それでも、その奥底に母親の柔らかさと温もりが感じられた。
「それにしても、菜々が三年生になるのを見届けられて、本当に良かったわ。大丈夫? 友達は、たくさんできた? 勉強は、難しい?」
「ぜんぜんへーきだよ。ともだちいっぱいいるし、べんきょーはおとうさんが教えてくれるから」
 えへん、という風に胸を張ってから、菜々はあっ、と手を打った。
「そういえばこのまえ、『がっしょーさい』があったんだよ。そこで……えっと、『ゆめの』……じゃなくて、『つばさを』……? ってうたをうたったの」
 曖昧にしか思い出せない曲名を、適当に誤魔化す菜々。そんな様子に、五子はついつい笑みをこぼした。
「えー。聴きたかったなあ、菜々のお歌」
「じゃあ、きかせてあげる!」
 菜々は目を輝かせてそう言うと、ぱたぱたと壇上に上った。
 五子の方に向き直り、菜々は大きく一礼した。
それに応えて、五子は微笑み返す。
 菜々の独唱が、始まった。


 ――ふふ、すごいわ、菜々ったら、あんなに大きな口を開けて。

 ――あんなに、お腹から声を出して。

 ――あんなに、一生懸命な顔で。

 ――こんなに、心が伝わってくる。

 ――なんで、こんなに。

 ――胸が苦しいんだろう。

 ――考えないように、していたのに。

 ――なんで、あんなに。

 ――あの子は強いんだろう。

 ――どうして。

 ――どうして……。


 菜々の独唱が、終わった。
 堂内に、微かな余韻が延々と響く。
 菜々は五子に向かって、深く深く礼をした。
 五子は立ち上がり、菜々に向かって惜しみない拍手を贈った。
 菜々が再び、ぱたぱたと五子の元へ駆け寄る。
 ぽん、と。五子は菜々の頭に手を置いた。
「菜々。あなたは、強いわ。とっても。誰にも負けないくらい。だから、ね。何も心配しなくていいのよ。私がいなくたって――」
 五子が諭すように言うと、菜々は俯き、呟いた。
「……ない」
「――え?」
「あたし、つよくなんてない……。だって、さ。おかあさんがいないと、さびしいし、かなしいし、むねが、すごくいたいんだよ……? ぜんぜん、つよくなんかない。なんで、おかあさんはきゅうにいなくなっちゃったの……? どうして、あたしをおいていっちゃったの……? ねえ、どうして……?」
 俯いた小さな顔から、滴がぽた、ぽたと落ちた。
「また、あいたいよ。また、おはなししたいよ。また、あそびたいよ。また、しかられたいよ。また、おかあさんのりょうり、たべたいよ……!」
 耐え切れず、五子はぎゅっと、菜々を抱き寄せた。
強く、強く。それでも、包み込むように、菜々を抱きしめた。
「ごめん……ごめんね、菜々ちゃん……。ごめんね……」
 菜々はぐしゃぐしゃになった顔を五子の胸に埋めて、震えた。
 真っ白になった頭の中で、次第に意識が遠のいていくのを、感じた――。



「菜々……。おーい、菜々ー」
 目を覚ますと、目の前には父親――信二の顔があった。
 菜々はきょろきょろと回りを見廻した。場所は、未だに本堂である。しかし、菜々と信二以外に人はいなかった。
「おはよう。もう、終わっちゃったぞー。……ん? なんだ、泣いてるのか?」
 頬を触ってみると、確かに、濡れているようだった。
 菜々はそこで、今まで母親と会って話していたことを思い出した。
ついさっき体験したことを信二に話すと、彼は驚いて目を丸くした。
「へえ、そんなことがあったのか……」
 信二は腕を組んで、首を捻りながら話を聞いていた。
「いや、それにしても、うらやましいなあ菜々は。なんたって、お母さんとまた会えたんだろ? いいなあ、俺ももう一度、お母さんに会いたいよ」
「おとうさんも、ゆでたまごをもっていけばきっとあえるよ」
 菜々の台詞を聞くと、信二は少し嬉しそうに笑った。
「本当かい? じゃあ、次はそうしようかな」
 つぎ? と、菜々は首を傾げた。
「つぎって、いつあるの?」
「うーん、と。そうだなあ。五十一日後、かな? 八月の終わりくらい」
 信二は、手帳をぱらぱらと捲りながら答えた。
「へえー。じゃあ、またあえるんだ!」
 そう言うと、菜々はぴょんぴょんと飛び跳ねて、外に出て行ってしまった。
「おい、菜々。ちょっと待てって!」
 急いで菜々の後を追いかけながら、信二は思った。

 ――きっともう、そんなことは起こらないんだろう。
 ――五子が前に言っていた。

 ――「『ナナ』は、幸運を呼び寄せるんだ」って。

 ――菜々にとって今日は、最高の吉日だったんだ。


「おかあさん、ちゃんとしあわせになれるかな」

「大丈夫だよ。あいつには、菜々がついてるから」



使用テーマ
・ゆでたまご
・歌
・もう一度会いたい
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第三十一回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2016.08.13(Sat) 12:00
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