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ここから抜け出す鍵は

「ん……」
 目を覚ますと、切れかけの蛍光灯が目に飛び込んできた。
「……?」
 見慣れない光景に首を捻る。俺の部屋の天井は、こんなだっただろうか。
 寝起きで上手く機能しない頭を必死に回転させ、記憶との照合を試みる。
 ……やっぱり、違う。知らない天井だ。
 そう認識した瞬間、飛び上がるように上体を起こす。そして部屋を見回す。
 そこはコンクリートの壁に囲まれた、十畳ほどの空間だった。部屋には本棚やタンス、勉強机などが置かれ、簡易キッチンや冷蔵庫なんかもある。
 明らかに、俺の部屋ではない。実家暮らしの俺の部屋にキッチンや冷蔵庫なんてないし。昨日は確かに自分の部屋で眠りにつたはずだが、これは一体どういうことだろうか。おかげで目は覚めたが。
 俺が眠っていたのは、部屋の中央に敷かれた布団。これは俺の部屋の布団だ。左手にはこの部屋唯一の出入口と思われる扉が見え、右手には俺の布団の隣にぴったりと敷かれた布団の中で眠る女子の姿が見える。
「……………………ん?」
 ……今、なにかおかしなものが目に映ったような……。まだ寝ぼけてんのかな……。
 目をこすってから、もう一度右手を見る。
「……すぅ……すぅ……」
 隣の布団で、女子が、安らかな寝息を立てていた。
「……え、ええええええ⁉」
 目覚めたはずの頭が、混乱に陥る。え、何この状況⁉ 起きたら俺の部屋じゃないし、隣で女子寝てるし、寝起きの頭では処理しきれないんだが⁉
「……んぅ……うるさいなぁ……」
 俺の叫び声が原因か、気持ちよさそうに寝ていた女子が目を覚ます。動揺した俺は、とりあえず布団から飛び出して部屋の壁際まで距離を取る。素足ではコンクリートの床は冷たい。
「……はれ? ここは……?」
 布団から起き上がった女子が、きょろきょろと周囲を見回す。壁際の俺と目があった。
「…………えぇ⁉ き、きき、北上くん⁉ なな、なんで⁉」
 俺を見た女子が驚きの声を上げる。……なんで俺の事知って……。……あっ!
「…………も、もしかして、久慈さん……?」
「え? あ、うん、そうだけど…………お、覚えてくれてたんだ……」
 言葉の後半はよく聞こえなかったが、やっぱり彼女は高校のとき同じクラスだった久慈唯菜さんだった。高校の卒業式以来だから、約一年ぶりくらいか。髪が少し伸びていて、気付くのに少し時間がかかってしまった。
 ……そして彼女は、当時の俺の片想いの相手でもある。結局告白どころかろくに会話もできないまま卒業を迎えてしまい、せめて何か行動しておけばと、ずっと後悔していた。このままでは終われないので、もう一度会いたいなー、とは思っていたが、こんな状況での再会はノーサンキューだった。
「っていうか、ほんとなんで北上くんがここに⁉ というかそもそも一体ここはどこ⁉」
「お、落ち着いて久慈さん……」
 パニックに陥る久慈さんを見て冷静さを取り戻した俺は、この部屋唯一の出入口だと思われる扉を開けようと試みる。予想はしていたが、案の定開かない。扉に備え付けられたパネルでロックを解除しないと扉の鍵は開きそうにない。現時点では画面が真っ暗でどうしようもないのだが。出入口の向かいにある『TOILET』と書かれた扉も一応開けてみるが、中は表示通りトイレだった。
「……やっぱり、閉じ込められたか……」
 本当は、この部屋をパッと見回した瞬間から薄々勘付いてはいたが、できれば認めたくはなかった。こんなことをされる心当たりなんて全くないし。だが、状況から判断して認めざるを得ない。
 俺は久慈さんと共に、密室に閉じ込められた、と。
「え⁉ と、とじこめ……⁉ な、なんで⁉」
「それがわかれば苦労はしないんだけど……」
 どうやら久慈さんにも心当たりはないらしい。では一体、どこの誰がなんの目的でこんな事をしたのか。……考えたところで、今は結論が出そうにない。
「……はっ! そうか、これは私の夢だね⁉」
「現実逃避しないで、久慈さん……」
 一向に落ち着いてくれない久慈さんをなんとかするため、何か明るい材料を探す。目についたのは、簡易キッチンの横に設置された小型の冷蔵庫。近付いて開けてみると、中には何食分かの食材が入っていた。どうやら俺たちを飢え死にさせる意図はないらしい。キッチンやトイレまで備え付けられていることから考えるに、数日間この部屋で過ごせ、ということだろうか。
「……ん?」
 冷蔵庫に詰められた食材の上に、一枚の紙が置かれているのに気付く。取り出して広げてみると、そこにはこんな言葉が書かれていた。
『北上聡、久慈唯菜。君たちはこの部屋に閉じ込められた。ここから脱出したければ、部屋の中に仕掛けられた謎を全て解き、出入口のロックを解除しろ。冷蔵庫の中には君たちの六食分の食材が入っている。飢える前に脱出できることを祈っているよ。最初のヒントは布団の下だ」
 ……これは、いわゆる「リアル脱出ゲーム」というやつだろうか。アプリではよくやるが、まさかリアルに巻き込まれる側になろうとは……。
「久慈さん、これ……」
 とりあえず現状を把握してもらうために、久慈さんに冷蔵庫から出てきた紙を渡す。久慈さんがそれを読んでいる間に、俺は自分の寝ていた布団をたたむ。すると布団の下から何かの鍵が出てきた。
「……つまり、リアル脱出ゲームに巻き込まれた……ってこと?」
「そうみたい」
 紙を読み終えた久慈さんのまとめに、俺は先程入手した鍵を示しながら同意する。
「……ちょっと楽しそうとか思ってしまった私は罰当たりかな」
「……わからないでもない」
 脱出ゲームはアプリでよくやっていたから、こういう状況には多少憧れがあったりもしたし、閉じ込められたのが自分一人ではないということ、しかもそれが片想いの相手ということもあって、実は閉じ込められた危機感よりも、想い人と一緒に脱出ゲームができるわくわく感の方が強かったりする。
 ……とはいえ、飢え死にする危険性もある以上、楽しんでいるだけというわけにはいかない。冷蔵庫の中の食材が尽きる前に……具体的には二~三日以内に、必ずこの部屋から脱出して、こんなことをした理由を犯人から聞きださなければ。
「じゃあ、さっそくこのリアル脱出ゲームを始めようか。まずはこの鍵に対応する鍵穴なんだけど……」
 部屋の中をぐるりと見回す。ここから見える範囲で、出入口のパネルに一つ、タンスその一に一つ、勉強机に二つ、タンスその二に一つの、計五つの鍵穴がある。いきなり出入口の鍵ということはないはずなので、他の四つのどれかだろう。
「片っ端から差し込んでみようよ」
「だね」
 まずは、一番近くにあったタンスその一の鍵穴にさしこんでみる。ささらない。次いでその隣の勉強机の一つ目の鍵穴にさしこむ。今度はきちんとささった。鍵をまわし、引き出しを開ける。中には小さな箱と、一枚の紙が入っていた。箱には四ケタのダイヤル式ロックがかかっていて、紙には次のように書かれている。
『□□□□+□□□=□□□□ ヒント:MD』
「……えむでぃー、ってなに?」
「いや、俺もわかんない……何かの略語……?」
 ロックは数字四ケタのダイヤル式だし、四角に当てはまるのが数字なのは間違いない。ってことは、ヒントのMDも何かしらの数字に関連してるはず。
「略語……『未知の洞窟』とかかな」
「……ワクワクするけど、違うと思うな……」
「じゃあ、『ミミズ大行進』!」
「きもっ!」
「『マントヒヒ大行進』でどう⁉」
「生き物大行進シリーズやめて⁉」
「! ……『もう、だめだ』……」
「大行進シリーズでどれだけ粘る気だったの⁉」
 そして一応MD守ってるし。一ミリも当たってる気配ないけど。
「……『もも肉、大好き』」
「食べ物大好きシリーズも当然ダメだよ」
 そしてなぜもも肉チョイス。桃とかでもよかっただろ。
「! ……『ミスタード(ぐうううぅぅ)ツ』」
「……もしかして久慈さん、お腹へってる?」
「‼ 『も、もうっ、北上くんデリカシーないよっ』」
「いや、そんなときまでMD守らんでも……ってか、普通に俺もお腹空いたし。空腹状態じゃ解ける謎も解けないし、このへんで朝食にしようよ」
「……まあ、北上くんがそう言うなら」
 しぶしぶといった感じを装いつつ、久慈さんが大喜利をやめて冷蔵庫に向かう。まさか久慈さんがこんなにボケ倒す人だったとは。ちょっと意外だったけど、今まで知らなかった一面を知ることができたのは嬉しい。
 当の久慈さんはというと、冷蔵庫の中身を覗き込んでブツブツと何かを言っている。
「……この感じだと、作れるのはカレーとハンバーグと肉じゃがとシチューとカルボナーラとオムライス、ってところかなー……。っていうか、レンジもないのに冷凍ご飯かよ。……まあ、鍋もあるしなんとかなるとは思うけど……。でもこれ、どれもあんまり朝食向きじゃないなー……」
「……久慈さんって、料理得意?」
 独り言の内容からそんな気配を感じた俺は、そう尋ねてみる。
「んー、得意って程じゃないけど、一人暮らしだしそれなりにはできるよ」
「マジか! それはありがたい!」
 実家暮らしの俺はそういうのまったくできないので。最悪生野菜丸かじりも覚悟していたが、これなら安心だ。
「じゃあ、申し訳ないけど料理は頼めるかな?」
「あ、う、うんっ。頑張っちゃうよ!」
 腕まくりをした久慈さんが、冷蔵庫からいくつか材料を取り出してキッチンに立つ。……なんだか新婚みたいでちょっとドキドキしてきた。こんな状況で不謹慎なのは分かってるが、少しくらいは夢を見させてくれ。
 とうわけで、しばらく久慈さんをボーっと眺め続ける。本人は得意ではないといっていたが、その包丁さばきや動きの無駄の無さは普通に慣れている人のそれである。これでエプロンをつけていたら完璧なのだが、ただでさえこんなにいい思いをしているのにこれ以上の欲は言えない。エプロン姿はこんなたなぼたみたいな形じゃなくて、自力で見ろってことか。ハードルたけえぞおい。
 そのまま更にボーっと久慈さんを見ていたが、さすがに料理を任せっきりにして何もしないというのは気が引けてきたので、俺は俺でできることをする。すなわちMDの解明――ではなく、鍵がかかっていない引き出しのチェックだ。MDに関してはこのまま考えていても埒があかなそうだし、脱出ゲームの基本といえば『調べられるところはすべて調べる』だ。鍵がかかっていないから何も入っていないなんてことはなく、大抵はそういったところにも脱出の手がかりやヒントが隠されている。特にこの部屋の場合は引き出しが多いから、その可能性は大だ。
 というわけで、やはり手近なタンスその一から確認していく。このタンスは四段で、それぞれの段に二つずつの引き出し、計八つの引き出しがある。この構造はタンスその二も同じ。鍵穴がついているのは上から一段目の右側の引き出しで、それ以外には鍵がかかっている様子はない。
 まずは一段目の左側から開ける。ハズレ。二段目、三段目も空っぽっで、残すは一番下の段。右側の引き出しを開けると、何やら分厚い本が出てきた。タイトルは……。
「『平成二一年度 遠野第二小学校卒業アルバム』……?」
「え、私の学校のアルバム⁉」
 俺が本のタイトルを読み上げると、料理中だった久慈さんが勢いよく振り返った。
「え……。じゃ、じゃあ、この遠野第二小学校っていうのは……」
「うん。私が小学生の時に通ってた学校だよ。平成二十一年度ってことは、多分私が卒業したときのだと思うけど……でも、なんでそれがここに……?」
「さあ……? でも、ここにあるってことは、なにかしら脱出のヒントにはなってるんだろうね……」
 そして、一瞬こっちを振り返ったけど料理を焦がさないようにすぐに視線をキッチンに戻すあたり、久慈さんはマジで出来る嫁。
 卒業アルバムは朝ご飯が出来上がってから久慈さんと共に見ることにして、残った一番下の段の左の引き出しを開ける。中身は空。これだけ引き出しがあるのに、このタンスに入っていたのはこの卒業アルバムだけのようだ。
「北上くん、ご飯出来たよー」
 タンスその一が調べ終ったので、その隣の勉強机の引き出しを調べに行こうとしたことろで、久慈さんの料理が完成した。引き出しチェックは中断して、久慈さんの料理を頂くことにする。
「はい、朝食はオムライスだよ。朝からハンバーグとか肉じゃがよりはマシだと思うけど……」
「うむ、ナイスチョイス」
 正直、久慈さんの手料理なら朝からクソ重いのでも別に問題ないが。
「でもこれ、ご飯って確か冷凍されてたよね? レンジ無しでどうやって解凍したの?」
 ちょっと気になったので尋ねてみる。
「レンジ無しで解凍するときは、蒸すようにするのがいいんだよ。鍋に水をちょっと入れて、その鍋にご飯をいれたどんぶりを投入して、蓋して弱火で暖めるの」
「へ~」
 そんな方法があるのか。……実は何言ってるのかあんまりわかんなかったけど。
「って、チエリアンが言ってた」
「あー……便利だよね、知恵袋」
「うん。一人暮らしの見方だよ」
 そんな会話をしつつ、空腹が限界なのでスプーンを手に持つ。
「いただきます」
「ど、どうぞー」
 オムライスの端をすくい、まず一口。
「……ど、どうかな……?」
「……うん、文句なし。すごく美味しいよ」
「ほ、ホントっ?」
「ほんとほんと」
 お世辞とかひいき目抜きで普通に美味い。さっきは謙遜していたが、全然得意って言っていいレベルだと思う。
「じゃあ、私もいただきます」
 俺の感想に安心したのか、嬉しそうな顔で久慈さんもオムライスを食べ始める。スプーンを動かしながら、話題は先程見つけたアルバムに移る。
「うわー、懐かしー!」
 アルバムをパラパラとめくる久慈さんのテンションは高い。もう七年も前になるし、懐かしくてテンションが上がるのもわかる。
「久慈さんはどれ?」
 クラスの集合写真のページを眺める久慈さんに尋ねてみる。
「私は……あ、ここだよ」
 久慈さんが指差した先にいたのは、最前列でピースをする、小学六年生にしてはかなり小さな女の子だった。だが確かに、今の久慈さんの面影が少し見える。
「久慈さん、小さいね」
「うっ。さ、三月生まれだからしょうがないじゃんっ」
 三月生まれって関係あるのか……? まあ、同学年の四月生まれとは一年近に差があると考えれば、関係なくもないのか。
「じゃあ、身長が伸びたのは中学入ってからなんだ」
「うん。中学の間に二〇センチ伸びた」
「すごっ」
 男子でもそんな急激に伸びるやつはそうそういないぞ。
 さらにページをめくっていくと、生徒たちのプロフィールや作文が載っているページに入った。プロフィールのページには血液型や誕生日、好きな食べ物や趣味などが書かれていて、作文のテーマは将来の夢らしい。
 こんな子もいたなぁ、と懐かしみながら久慈さんがページをめくっていき、やがて久慈さんのページに辿り着く。血液型はA、誕生日は三月一四日、好きな食べ物は牛乳で趣味は木登り、将来の夢は「人より高い所に立つこと」だそうだ。
「……そうとう身長気にしてたんだね」
「……恥ずかしぃ……」
 両手で顔を覆う真っ赤な久慈さん可愛いなー、と思いつつ眺めながら、少し記憶を辿る。昨日は確か、三月一二日だった気がする。この部屋には時計もなければ俺たちの携帯もないので確認手段はないが、俺たちが丸一日眠っていたのでなければ今日は一三日のはずで、つまり明日が久慈さんの誕生日ということになる。せっかくだから祝ってあげたいのだが、こんな状況では何も用意できない。久慈さんも誕生日にこんなことに巻き込まれてしまって災難だろう。
 ……しかし、誕生日か。ヒントがMDではなくBDとかだったら、俺たちの誕生日の足し算でよさそうな感じもするんだが……。
 ……待てよ。DをDayだとするなら、MはMonthなんじゃないか? だとすればヒントのMDは月日という意味になって、人に関係する月日の代表といえば誕生日だから、結局これは俺たちの誕生日を足し算しろってことなんじゃないか? 俺は一〇月二四日生まれで、久慈さんが三月一四日生まれだから、四角の数とも合致する。これをそれぞれ四ケタと三ケタの数字として計算したら……一三三八か!
「久慈さん、一つ目解けた!」
「えっ? ほ、ホント⁉ でも、突然どうして⁉」
 箱に付けられたダイヤル回しながら、久慈さんに説明する。
「きっかけはそのアルバムに載ってた久慈さんの誕生日だよ。ヒントがMDじゃなくてBDだったら俺たちの誕生日を足し算すればいいんじゃないか、なんて思ってたんだけど、MDがそれぞれMonthとDayを表しているなら結局は同じことなんじゃないかと思ってね。だから今、それを試してる」
 多分ヒントをBDにしなかったのは、答えが数字でBDだとすぐにバースデイのことだと分かってしまうからだろう。俺もヒントがBDならもっと早く解けた自信がある。
「……っと、当たりみたいだ」
 ダイヤルを一三三八に合わせたら、見事にロックが解除された。
「すごい! すごいよ北上くん! 私なんかちっともそんなこと思いつかなかったよ!」
 後からバシバシと肩を叩きつつストレートに褒め言葉をぶつけてくる久慈さん。心の底からそう思っているのがひしひしと伝わってきてかなり恥ずかしい。
「ね、早く箱開けよっ」
 久慈さんに急かされて、ロックを解除したばかりの箱のふたを開ける。中には鍵が一つ入っているだけだった。まあ、これは予想の範囲内だ。
「じゃあ、今度はこの鍵が入る鍵穴を探そうか」
「だね。……でもその前に、朝ご飯食べ切っちゃおうか」
 ……そういえば朝食の途中だったな……。

 きっちり朝食を食べ終えて、皿洗いまで済ませた後。二つ目の鍵に合う鍵穴探しを開始する。この鍵がささったのはタンスその一の鍵穴。引き出しの中からはまたしても箱と紙が出てきた。違いは箱のロックの方式で、今回はパネル式でアルファベット三つを入力するらしい。紙に書かれた謎はこんな感じ。
『RYG=GIN RWR=PER
 GYR=MLI GWG=???』
 正直、さっぱり意味不明である。今回はヒントもないし。
「久慈さんはなにか分かる?」
 紙を久慈さんに見せると、久慈さんは首を九十度横に捻った。ピンとくるものはないようだ。
「うーん……とりあえず、まだ開けてない引き出しのチェックをするか……」
 先程の卒業アルバムのように、この謎のヒントになるものがどこかに隠れているかもしれない。
 というわけで、久慈さんと手分けをして引き出しを片っ端から開けていく。俺は勉強机を、久慈さんはタンスその二を。
「勉強机からは何も出てこないね……久慈さん、そっちはどう?」
「こっちも全然出てこないよー。出てきたのは一二色鉛筆と画用紙くらい」
「色鉛筆と画用紙……?」
 なんでそんなものが……いや、この部屋にある以上、先程のアルバムのように何かしら謎にかかわっているはずだ。今考えている謎とかかわりがあるかはわからんが。
「……あ、俺が使ってるのと同じやつだ」
 久慈さんに見せてもらった色鉛筆は、俺が普段絵を描くのに使っている色鉛筆とまったく同じモデルのものだった。
「北上くんって、絵描くの?」
「うん。まあ、趣味程度だから、あんまり上手くはないけどね」
 元々は小説を読んでいて頭に浮かんだイメージを形にしたくて描き始めたのがきっかけで、今では完全に趣味の一つになっている。
「いや、それでも絵が描けるなんてすごいよ。私なんか美術の成績ずっと二だったし」
「いや、ほんとに大したことないって」
 趣味で描いてるだけで、人に見せたこともないし。
「じー……」
 久慈さんが期待を込めた目でこちらを見てくる。……それは、あれですか、描けってことですか。……でも、考えてみれば明日は久慈さんの誕生日だし、この状況下で俺がプレゼントできそうなものってこれくらいしかないんじゃないだろうか。……いやまあ、俺の絵がプレゼントになるかどうかはさておいて。
「……せっかくだから、なにか描こうか? 明日は久慈さんの誕生日だし、俺の絵なんかで良ければ……」
「! 是非‼」
 食いつきが尋常じゃない。そんなに期待値を上げられても困るんだが……。
「じゃあ、久慈さんを描こうか」
「え、私⁉」
「うん。だってこの部屋、他に絵のモデルにできそうなものないし」
 誕生日にタンスの絵とかもらっても困るだろ?
「……それもそうだね。えっと、じゃあ、どんなポーズしてたらいいかな?」
「楽な姿勢でいいよ。なんなら、そこの本棚の漫画とか読んでてくれてもいいし」
「そうなの? じゃあそうするね」
 久慈さんは本棚からニ○コイの一巻を取りだし、畳んだ布団に腰掛けて読み始める。それを見ながら、俺は画用紙に色鉛筆を走らせ始める。時間に余裕があるわけではないので手早く、しかし人に贈るものなので丁寧に、ということを心がけて、久慈さんを描いていく。
 久慈さんがニセコ○の八巻を読み終えたあたりで、俺の絵の方も描きあがった。
「……よしっ、完成」
「あ、出来上がったの? 見せて見せてっ」
 八巻をさっさと本棚に戻し、久慈さんがこちらに駆けよってくる。
「え? や、えっと……せ、せっかくだし、見せるのは明日でもいいんじゃない? 明日が久慈さんの誕生日なわけだし」
 人に自分の絵を見せるのが怖くて、好きな人に本人の絵を見せるのが恥ずかしくて、ついそんな言葉が飛び出す。
「えーっ、明日までお預けー?」
 ……そんなに悲しそうな顔をされちゃうとなあ……。
「……ほんとに、大したモノじゃないよ?」
「大丈夫だって。私、北上くんが描いてくれたってだけで十分嬉しいんだから」
「久慈さん……」
 なんていい娘……! お世辞だって分かってても勘違いしそうになる。
「……えっと、こんな感じ……」
 覚悟を決め、久慈さんに絵を手渡す。
「おぉー! すごい上手いじゃん! ……でも、どこから桜? あと、私座ってたよね?」
 俺が描いたのは、桜の木の下で文庫本を読む久慈さんの絵である。木に寄り掛かって立ち読みをしている感じで、髪も今より少し短め。桜をはじめ久慈さんのポーズもモデルとはまったくかすっていない。
「この絵のタイトルは『卒業式の久慈さん』だよ。卒業式が終わった後に見た久慈さんを、思い出して描いたんだ」
「私がモデルしてた意味は⁉」
「……あ、あはは……」
 俺は普段頭の中のイメージを描き起こすやり方しかしてないので、写生はあまりやったことがない。だから今回も、いつもと同じやり方で描いたわけだ。なので、久慈さんがモデルをした意味は、実のところまるでなかった。ただ○セコイを読んでいただけである。
「笑って誤魔(ぐうううぅぅ)ないでよー!」
「…………えっと」
「そろそろお昼にしよう! 異存はないね⁉」
「アッハイ」
 絵を描いている間に結構な時間がたってしまったらしい。そろそろ謎解きも再開しなければ。……しかし、現状まったく手がかりがないからな……。この色鉛筆と画用紙がヒントになっている可能性もあるが、画用紙はホントにただの画用紙だし、色鉛筆だってPinkとかGreenとか、色を表す英語が刻まれてるくらいで……。…………。
「それだ!」
「わっ。きゅ、急に大きな声出してどうしたの?」
 ひらめいた瞬間思わず声を上げてしまい、キッチンで昼食の準備をしていた久慈さんがびっくりする。
「いや、二つ目の謎のヒントがつかめたんだ。もうちょっと考えてみるから、その間に昼食お願い」
「あ、うんっ。私はさっぱりだからそっちはよろしくっ」
 昼食の準備に戻る久慈さんに頷き返し、俺は改めて二つ目の謎が書かれた紙を手に取る。
『RYG=GIN RWR=PER
 GYR=MLI GWG=???』
 恐らく、この等式の左辺は色の頭文字を表している。一つ目のやつを例に取れば、RYGはそれぞれRed、Yellow、Greenの頭文字だろう。問題は、それが右辺とどう結びつくのかだ。この三色の混色とかなら、RYGとGYRは同じ結果にならなきゃいけないからこれは違うし……うーん……。
 ああもう、このGINとかPERって何だよ。ほんとに色と関係あんのか? そもそもどう読むんだ、これ。ギン? ペル? ……。……ペル……ペルー……あ、国旗か⁉
 確か、ペルーの国旗は左から赤白赤だったはず。Red、White、Redだから、左辺のRWRとも一致する。そうか、そういうことか!
 左辺は国旗の色を、右辺は国名コードを表していたんだ。これがフランスならBWR=FRAとなるんだろう。
 この法則に従えば、RYG=GINは……ギニア辺りだろうか。で、RWR=PERはペルー、GYR=MLIは……まあ、多分マリとかだろう。まあ、その辺の真偽はこの際どうでもいい。法則は判明してるんだから。
 重要なのは、GWG……左から緑白緑の国旗を持つ国の国名コードが何かということだ。多分それが、箱のロックの解除キーになっている。
 イメージしやすいように、画用紙にその国旗を描いてみる。……見たことはある気がするんだが、どこだか思い出せない。
「……ん? ナイジェリア?」
 料理を煮込んでいる間暇になったのか、キッチンを離れてこっちにやってきた久慈さんが画用紙の国旗を見てそう呟く。
「え? どういうこと?」
「だからそれ、ナイジェリアの国旗じゃないの?」
「……マジか!」
 これナイジェリアなのか!
「この夏暇すぎてずっと五輪見てたから、多分合ってると思うよ。サッカーで日本と対戦したりしてたし」
 なら、この国旗はナイジェリアで確定だろう。後は、ナイジェリアの国名コードだが……。
「久慈さん、ナイジェリアの国名コードってわかる?」
「国名コード……ってなに?」
「えっと、日本のJPNとかアメリカのUSAみたいに、その国を表す英語三文字のコードなんだけど」
 五輪を見てたなら、国旗とセットで国名コードも見ているはずなんだが。
「あー……なんだったかな……N……NGA、とかだったかな」
「NGAだね」
 箱のパネルにNGAと打ち込んでみる。パネルに『ロック解除』の文字が浮かんだ。
「よしっ、二つ目クリア!」
「え、ほんとっ? 私、役に立てた?」
「もちろん! 久慈さんがいなかったらここで詰んでたよ!」
 俺だけだったらナイジェリアも出てこなかったし、国名コードなんてなおさらわからなかった。久慈さんが五輪を見ててくれなかったらここで飢え死にが確定していただろう。
「え、えへへ~」
 照れながらキッチンに戻っていく久慈さんを見送り、ロックの解除された箱を開ける。中には先程同様鍵が一つ入っていた。
 久慈さんが鍋を見ている間に勉強机とタンスその二の鍵穴に入手した鍵をさしこんでみる。タンスその二の引き出しが解錠され、中から三度箱と紙が出てくる。今度の箱のロックは三ケタの数字のダイヤル式。紙の内容は以下の通り。
『五一七〇五八三四三六九二
 ヒント 一:二‐一‐四   二:三‐一六‐七
     三:五‐一六‐二  四:一‐一四‐一〇
     五:五‐一‐一   六:五‐二一‐五
     七:三‐一‐二   八:一‐一‐六
     九:四‐一一‐六  〇:六‐五‐六』
 ……意味わかんねー……。さっきの以上に意味不明なんだが。ヒントの一とか二とかが、上に書いてある一二ケタの数字に対応しているんだとは思うが、いかんせんヒントの内容がさっぱりわからない。一が二の一の四ってどういう意味だ……?
「お昼は肉じゃがだよー。で、三つ目はどう? 解けそう?」
「いや、さっぱり」
 昼食を持ってやってきた久慈さんに、三つ目の紙を見せる。
「……うぅ、目まいが……」
 そこまでか。
「まあ、これは一旦忘れて昼食にしよう。少し時間を空けたらなにかひらめくかもしれないし」
「……そうだね。じゃあ、召し上がれ~」
「うん。いただきます」
 手を合わせてから、まずはジャガイモを一口。……うん、美味い。俺と同い年のはずなのに、なんでこんなに料理できるんだろう。
「どうかな? お母さん直伝だから、大丈夫だとは思うんだけど」
「最高。いいお嫁さんになれると思います」
「ふぇっ⁉ あ、ああありがとう……」
 ……今、勢い余ってすごいこと言っちゃった気がする。
「「……………………」」
 気まずい空気が部屋の中に流れる。お互いに恥ずかしくて相手の顔が見られない。下を向いたまま、黙々と食事を進めていく。
「……えっと、久慈さんっていつ頃から料理してるの?」
 二人きりでいつまでも会話がないのは本当に気まずいので、なんとか話題を捻出して切り出す。一人暮らしと同時に始めたのでは、恐らくこんな美味しい料理は作れないと思うのだが。
「ふえ? あ、えっと……幼稚園のときくらいから、かな。お母さんの手伝いをしながら、少しずつ覚えていった感じ」
「はやっ」
 そんなに幼い頃から手伝っていたのなら、そりゃこんなにうまいのも納得だ。
「北上くんは料理しないの?」
「……レンチンとカップ麺なら」
「それは料理って言わないよ……」
 二人の間に会話が戻り、気まずい空気は霧散する。そのまま楽しく会話をしつつ昼食を食べ終え、一旦忘れていた三つ目の謎解きに取り掛かる。
「……はあ。見れば見るほど意味わかんないね、これ」
「ヒントがヒントになってないっていうか……ヒントのヒントが欲しい感じだね」
 全面同意。
「前の二つみたいに、ヒントになりそうなものがどっかに隠されてればよかったんだけど……」
 開けられる引き出しは、先程すべて開けきってしまった。あと調べていないのは……あの本棚くらいか。
 改めて本棚をしっかりと確認してみる。全部で六段になっていて、どの段にもびっしり本が入っているわけではなく、かなり空きスペースがある。一番上の段にはラノベが、二~五段目にはマンガが、一番下の段にはその他の辞書やら図鑑やら専門書やらが入っている。一番下の段以外の本は、ほとんど俺の部屋にもあるものばかりである。
「……あの本棚、一番下の段以外は私の部屋の本棚と本の配置までまったく一緒なんだけど。違和感なさ過ぎて今まで気付かなかったよ」
 マジかよ。……でもそうなると、俺たちを閉じ込めた犯人は久慈さんの部屋の本棚を知っている人物ということになる。ってことは、犯人は久慈さんの身近な人物……? ……まあ、犯人捜しは後でいいか。
「久慈さんの部屋の本棚とまったく同じっていうのも、なにか意味があるのかな……?」
「うーん……ありそうな気もするけど、考えてもよくわからないよ……」
 ……それもそうだな。結局三つ目の謎とかかわりがあるのかどうかもよくわからないし。
「……マンガでも読んで休憩するか。もしかしたらマンガの中に何かヒントがあるかもしれないし」
 こういうときは根を詰めても仕方がない。幸いペース的にはタイムリミットまで少し余裕があるし。
「賛成。実はさっき途中まで読んだ○セコイの続きがずっと気になってたんだ」
 言うや否や、久慈さんはニセ○イの九巻を取りだして読み始めた。さて、俺は何を読もう……あ、これ読んだことない。本棚から『政宗くんのリ○ンジ』というマンガを、そこにあった七巻まで一気に取りだして読み始める。
「「……………………」」
 しばらくは、お互いに無言でマンガを読み続ける時間が続く。一応、マンガを読む傍ら頭の片隅で謎について考えてもいたが、まあ解けない。マンガの中にヒントが、なんてことも当然ないし。
 何時間が経過したころだろうか。手元に持ってきたマンガを七巻まで読み終わり、そろそろ謎解きを再開しようか、と思いながらマンガを持って立ち上がる。このマンガ、結構面白かった。七巻も気になるところで終わったし、続きがでたら買いに行こうか。
 そんなことを考えつつ本棚の前まで来たところで、アレ? と首を捻る。この本、どこに入ってたっけ。確か、どこかの段の一番右に入ってた気がするんだが、どの段にも右側に空きスペースがあって判断できない。適当に空いてるところに入れてしまえばいいのかもしれないが、こういうのはきっちり元に戻したい性分だ。
「……ねえ久慈さん、これどこにあったか分かる?」
 そういえばこの本棚の本の配置は久慈さんの部屋のものと同じだったことを思い出し、久慈さんに尋ねる。
「ん? あ、政宗くんは五の二一」
「…………ごめん、どういう意味?」
 突然暗号みたいなの使われても……。
「あ、ごめんごめん、いつもの癖でつい。えっと、本棚の上から五段目の、左から二一冊目って意味だよ。私の部屋、本が多すぎて何がどこに何冊あるかすぐわかんなくなっちゃうから、こうやって番号つけて覚えてるの」
「……へ~」
 その覚え方逆に面倒じゃないかな、と思ったが、久慈さんは実際にそれで覚えられてるっぽいので、特に口出しはしないことにして、教えてもらった場所にマンガを戻す。えっと、上から五段目の左から二一冊目……五の二一……。……。
「…………これ、か……?」
「え? 何が?」
「三つ目の謎のヒント」
「……⁇ どゆこと⁇」
「えっと、つまり……」
 三つ目の謎が書かれた紙の、ヒントの六のところを指さして説明する。
「ここ、ヒントの六のところ、五‐二一‐五って書いてあるでしょ? で、久慈さん曰くこのマンガの収納場所は五の二一。……関係があるって考える方が自然じゃない?」
「……ホントだ! ……あ、でも、そうすると最後の五は?」
「うーん……例えば、タイトルの五文字目って意味で、同じようにして全部の数字を文字に変換したら、一番上の『五一七〇五八三四三六九二』が一つの文になる……とか?」
「北上くんすごい! きっとそれだよ! さっそく他の数字もやってみよう!」
 久慈さんが早く試そうと急かしてくる。まあ、試す価値のありそうな仮説だし、やってみるか。
「じゃあ、まずは一からだね。えっと、二の一の四文字目」
「『ニ○コイ』の四文字目だから、『イ』だよ」
「『イ』だね」
 ……メモ出来るものがねえ……。仕方ない、頭の中だけで頑張るか。
「次は二。三の一六の七文字目」
「『徒然チ○ドレン』の七文字目は『ン』だよ」
「次、三。五の一六の二文字目」
「『ニー○ェ先生』の二文字目は『ー』」
「四。一の一四の一〇文字目」
「『アウトブレ○クカンパニー』の一〇文字目は『レ』かな」
「五。五の一の一文字目」
「『トリ○ティセブン』だから『ト』だよ」
「六……は、さっきやったな」
「『政○くんのリベンジ』の五文字目だから『の』だね」
「じゃあ、次は七。三の一の二文字目だ」
「『ハレルヤオ○バードライブ』の二文字目は『レ』」
「八。一の一の六文字目」
「『さくら荘のペット○彼女』だから『ペ』」
「九。四の一一の六文字目」
「『そ○のおとしもの』だから『し』」
「ラスト。六の五の六文字目」
「『せかいのこっきずかん』の六文字目は『っ』だよ」
 ……ナイジェリアの国旗が分からなくても、この本見ればよかったのか……。いやまあ、それは今はいいや。ともかく、これですべての数字を文字に変換し終えた。あとは、これを『五一七〇五八三四三六九二』に当てはめれば……。
「…………トイレっトペーパーのしン、かな……?」
 全部脳内で処理しているので、正確性は微妙かもしれないが。
「トイレットペーパーの芯、って……」
 二人の視線が、部屋の端っこにあるトイレに向かう。
 トイレの扉を開け、中を確認する。中にあるトイレットペーパーはセットされている一ロールのみ。つまり、そのペーパーの芯に、三つ目の謎の答えが……。
 セットされていたペーパーを外し、芯の内側を確認する。……なにも書いてない。
「……えっと」
「……もしかして」
 二人で顔を見合わせる。まさか、ペーパーを使い切った先に答えが書いてあるというのか。それとも、俺の仮説が間違ってたのか。いやでも、こうしてしっかりした文になった以上、これで合ってるはずだ。ってことはやっぱり……。
「……やるか」
「……うん。実は一回やってみたかったんだ」
 というわけで、トイレットペーパーを再びセットし直し、それを久慈さんが勢いよく叩く。
「とお!」
 高速回転したペーパーは一気に紙を吐き出す。普段はもったいなくてできないが、誰もが一度はやってみたくなるやつである。
「せいっ」
 勢いが落ちてきたところで、今度は俺が叩く。ペーパーは再び高速回転し、かなりの勢いで減っていく。……うん、これは楽しい。
 交互に叩くのを繰り返すこと数度。ようやくすべての紙が吐き出され、芯だけが残る。その芯にはでかでかと「一一四」の三文字が書かれていた。
「これが、三つ目の謎の答えかな」
「多分ね」
 さっそくダイヤルを一一四に合わせる。ロックは解除され、箱の中から鍵が出てきた。
「よし。三つ目クリアだ」
「やったねっ! ……さて。それじゃあ」
「……うん、そうだね」
 鍵を一旦箱の中に戻すと、トイレの床にとっちらかったトイレットペーパーを見つめる。
「「戻すか……」」
 一度出し切ったペーパーを再び芯に巻き付けていく。ペーパーがなくなったら死活問題だからな。
「……このくらいでいいかな」
 数十分かけて、どうにか元の形に戻す。やや不格好だが、使うぶんには問題ないだろう。
「さて。これで四つ目の謎に入れるね」
「だね。今度は勉強机の鍵穴かな」
 現時点でまだ開いてない鍵穴は、勉強机の二つ目の鍵穴と、出入口のパネルの鍵穴。常識的に考えて出入口のパネルは最後の謎だろうから、次は勉強机の鍵穴で間違いないだろう。
 鍵を差し込み、まわす。開いた引き出しから出てきたのは、案の定箱と紙。ずっとこのパターンだったな。他にバリエーションはなかったのか。
 今度の箱のロックはパネル式で、アルファベット二文字を入力するタイプ。紙の内容はこちら。
『□、M、V、E、M、J、S,U、□、P ヒント:AS』
 二つ目、三つ目と比べたらかなりシンプルなものが来た。
「えーえす……一つ目のやつと似たような感じかな?」
「だろうな」
 このヒントを解読しないことには、どういう規則性でアルファベットが並んでいるのかいまいちわからない。
「うーん……『アンサースキル』かな」
「……それは黒猫だね」
 また久慈さんの大喜利コーナーが始まってしまった。
「じゃあ、『アクションスキル』」
「白猫になっただけだね」
 久慈さんは意外とソシャゲ―マーなのだろうか。
「なら、『アシストスキル』で」
「うん、一回スキルから離れようか」
「! 『ああっ、それを封じられるともう……!』」
「スキル系以外のネタないの⁉」
 ……いや、このパターンもネタの一つか。
「『安西先生……バスケが、したいです……』」
「スラ○ダンク……!」
 今度はマンガの名言シリーズだろうか。
「『あっ! これ進研ゼ○でやったところだ!』」
「こ、これは……マンガの、名言……?」
 確かによく見るけどさ……。
「『ああ勇者よ! 死んでしまうとはなさけない』」
「今度はド○クエ⁉ ……って、そのセリフ『ああ』じゃなくて『おお』じゃない?」
「‼ 『ああっ、ズルしたのがバレた……』」
「その『ああっ』っていうの便利だね。……っていうか、そろそろ大喜利やめて真面目に考えようよ」
 だんだん強引になってきてるし。
「ふぅ。今回もやりきった」
 久慈さんは今回もボケ倒せて満足なご様子。
「久慈さんってボケるの好きだよね」
「うん。なんか、ツッコミを入れらるるのが気持ちいいんだ」
「へ~」
 やっぱり、少し意外だ。久慈さんってもう少し大人しめの子だと思ってたから。まあ、だからといって幻滅するなんてことはまったくないんだが。
「さて、ASだよな」
 今度もなんかの英単語の略だろうか。まあ、そうだとしても現時点ではなにも思いつかないんだが。やはり、前の謎のようにヒントのヒントを探さなければ。
 しかし、いよいよ本当に探していない場所がない。引き出しはすべて開けてチェックしたし、本棚も先程の謎解きで使った。いやまあ、もう一度使う可能性もないことはないが、この謎とマンガが関係あるようには見えないし……。……そういえば、置いてあるのはマンガだけじゃなかったな。国旗図鑑みたいなのもあったし、もしかしたらこの謎のヒントもあるかもしれない。
 というわけで、改めて本棚の六段目のラインナップを眺めてみる。さっきの『せかいのこっきずかん』を始め、『独和辞典』や『化学式』、『天文学』など、かなりバラバラなジャンルの本が並んでいる。この中でASと関係ありそうなのは……どれだよ。
「久慈さん、あの中で気になる本ってどれかな」
 本棚の六段目を指さし、久慈さんに尋ねてみる。ここまでなんだかんだで謎を解くきっかけになってきたのは久慈さんだ。卒業アルバムとか、ナイジェリアとか、本の配置とか。だから今回も、久慈さんがきっかけになってくれるかもしれない。
「え? えっと……あ、あの『天文学』って本かな」
「天文学、好きなの?」
「うん。まあ、天文学っていうか、星を見るのが好きなんだけどね」
「そうなんだ」
 また一つ久慈さん情報を入手。……って、そうじゃない。久慈さんが興味を示した『天文学』を手に取り、開いてみる。どうやら小学生や中学生向けの天文学の入門書のようなものらしい。適当に開いたページでは、太陽系の惑星が図と共に紹介されている。……へー、惑星の名前って元はギリシャ神話の神様の名前なのか。例えば水星のマーキュリーなんかは商人や旅人の神メルクリウスからきてるし、金星のヴィーナスは愛や美の女神ヴェヌスが元らしい。……なんか、こういうのを知ると楽しくなってくるな。
 ……って、天文学に興味引かれている場合じゃない。誘惑の激しい天文学の本を一度置き、改めて謎の書かれた紙を見る。
『□、M、V、E、M、J、S,U、□、P ヒント:AS』
 ……いかん、さっきアレを読んだせいかMがメルクリウスに、Vがヴェヌスに思えて仕方がない。いやでも、ヴェヌスの次に紹介されてたのは火星のマルスでMだから、この謎とは関係が…………。
「アースか!」
「うおあっ。き、北上くん? またいきなりどうしたの?」
「元になった神様の名前じゃなくて、普通に惑星の英語名の頭文字だったんだ!」
「……ごめん、説明もう少し詳しく」
「あ、ごめん。謎が解けたと思ったら興奮しちゃって」
「え、解けたの⁉」
「多分」
 紙を見ながら、久慈さんへの説明も兼ねつつこの答えが正しいかどうか確認していく。
「このアルファベットの並びは、太陽系の惑星の英語名の頭文字を表してたんだ。MはMercury(水星)、VはVenus(金星)、EはEarth(地球)、二つ目のMはMars(火星)、JはJupiter(木星)、SはSaturn(土星)、UはUranus(天王星)、Pは太陽系から少し外れるけどPluto(冥王星)って感じでね」
「おお……! あっ。ということは、ヒントのASはAstronmy(天文学)とSolarsystem(太陽系)を表してたのかな?」
「多分、それを意図してたんじゃないかな」
 ヒントまったく無視で解いちゃったけどな。今回のヒントは少しわかりにくかった気がする。
「で、この法則に従えば、四角に入るアルファベットは、太陽と海王星の頭文字だから……」
「SunのSと、NeptuneのNだね」
 箱のパネルにSNと入力すると、パネルにはロック解除の文字が躍った。中からは例のごとく鍵。これが、おそらく出入口のパネルの鍵穴にささる鍵で、残る謎は出入口の一つ。ようやく、出口が見えてきた。
「……いよいよ、最後の謎、かな」
「……多分、ね」
 入手した最後の鍵を、出入口のパネルの鍵穴にさし、まわす。それがスイッチの代わりだったのか、今まで真っ暗だった出入口のパネルに光がともる。さあ来い、最後の謎。
『Q一+Q二+Q三+Q四=□□□□』
 パネルに映し出されたのは、そんな式。これは……。
「……今までの謎の答えの足し算、ってことかな……?」
「……まあ、そう考えるのが妥当だね」
 今までの謎の答えは……一つ目が一三三八で、二つ目はNGA、三つ目が一一四で四つ目がSN。答えは四ケタの数字だから……。
「このままじゃ計算できないね」
「NGAとSNを数字に変換しないと」
 まあ、どうしたらいいのかは見当もつかないが。ヒントもないし。
「うーん……考えてもわかんないし、とりあえず私は夕食を用意するね」
「あ、うん。よろしく」
 早々に諦めた久慈さんがキッチンへと向かう。そういえば、結構お腹が減っている。昼食からもうかなり時間が経過していたらしい。
 久慈さんが料理を進める間に、俺は最後の謎について考える。英語を数字に変換するにはどうしたらいいか。パッと思いついたのはアルファベット順だ。それに従って変換すると、NGAは一四七一、SNは一九一四って感じだろうか。で、これらを足し算したら……四八三七か?
 試しにパネルに四八三七と入力してみる。
『コードが違います』
「……まあ、違うか」
 さすがに最後の謎、そこまで単純ではなかったか。となると、別の変換方法を考えなければいけない。アルファベット順以外で英語を数字に……だめだ、何も思いつかない。ノーヒントで解くのは厳しい。
 ……ここは、久慈さんミラクルに賭けよう。実はさっきも天文学当ててるし。今回もきっと久慈さんが、この謎を解くきっかけを与えてくれるはず。
「ねえ、久慈さ――」
「ああっ、塩化ナトリウム入れ過ぎた!」
「……え、えん……?」
 久慈さんは料理に一体なにを入れようと……って、塩化ナトリウムって普通に塩じゃん。
「……なんでわざわざ化学式で言うの……?」
 無駄に文字数が増えた上にわかり辛くなってるし。
「あー、なんか、うちのお母さんがそう言っててね。気がついた時にはもう塩化ナトリウムで慣れちゃってて、咄嗟のときにはつい塩化ナトリウムが出ちゃうんだ」
「そ、そう……」
 なかなかアレなお母さんなんだね。
「って、それよりごめんね! 少しお塩入れ過ぎちゃった」
「え? あ、いや、そんなの気にしなくていいよ」
 料理してもらってるってだけで全然助かってるし。それなのに味に文句をつけるほどクズではない。
「ほんとにごめんね~。いつもならこんなヘマしないんだけど、少しボーっとしちゃって……」
「ボーっと?」
「うん。ほら、今解いてる謎が最後でしょ? これが解けたらやっとこの密室から脱出できるんだー、って思うのと同時に、これを解いたらこの脱出ゲームも終わっちゃうのかー、って思っちゃって。密室に閉じ込められはしたけど、北上くんといっぱい話したり、一緒に謎解いたりできて、すごく楽しかったから。だから、なんか終わっちゃうのが寂しいなー、って」
「……そっか」
 久慈さんもそう思っててくれてたのは、ちょっと……いや、かなり嬉しいかも。
「……でも、脱出した後だって話したり遊んだりは出来るよ」
「え……」
 俺の言葉に、久慈さんはポカンとした表情で固まった。
「……えっと、嫌、だった……?」
「! ぜ、全然! 全然嫌じゃない! むしろ北上くんからそんなことを言ってくれたのが嬉しすぎて固まってたっていうかっ……」
「そ、そうなんだ。よかった」
 俺と遊ぶのが嫌なんじゃなくて。もしそうだったら俺は立ち直れなかったかもしれない。
「じゃあ、こんな部屋はさっさと脱出して、今度は普通に遊びに行こうか」
「‼ う、うん! 絶対、絶対だよ⁉」
「もちろん」
 ……ちゃんと告白して、ちゃんと振られて諦めようと思っていた片想いだったけど。もしかしたら。そんな希望が、少しだけ見えてきた。……そうだよな。諦めるのは、もう少し足掻いてからでもいいよな。
 ……よしっ。そのためにも、こんな謎はさっさと解いてこの部屋から脱出しよう。
 改めて、最後の謎について考える。そういえば、さっきは久慈さんミラクルを期待して久慈さんに話しかけたんだった。塩化ナトリウムに遮られてしまったが。まさか久慈家では塩が化学式でやり取りされているとは思わなかった。調味料を化学式で言われると食欲が減衰する気がするんだが、久慈家には関係ないんだろうか。
 って、そんなこと気にしてる場合じゃない。その辺はここを脱出してから知っていけばいいんだ。今は謎解きである。
 なにかヒントはないのかと部屋の中を何度も探索する。今までの四つの謎にはすべてヒントがあったんだから、最後の謎にだってヒントがあるはずだ。しかし、何度探索してもヒントらしきものは出てこない。なにか情報があるとすれば本棚の六段目くらいだが、あそこは四つ目の謎のときに使ってしまっている。脱出ゲーム的に同じ場所にいくつもヒントを置くのはナンセンスだし、ヒントがあるなら別の場所だろう。
 ……いや待て。そういえば、久慈さんの記憶力のおかげで使いはしなかったが、あの本棚の六段目には二つ目の謎のヒントもあった。多分、俺も久慈さんもナイジェリアの国旗や国名コードがわからなかったときのために用意してたんだろう。だとしたら、最後の謎のヒントもあの本棚にある可能性はある……。
 再度、本棚の六段目に視線を向ける。……ダメだ、さっきの塩化ナトリウムのせいで『化学式』って本が目に入って仕方がない。自然と手が伸び、気付いたら手に取っていた。……まあ、これがヒントになっている可能性もなくはないし。というわけで『化学式』を開く。一ページ目にはこの手の本ではおなじみ、元素周期表が載っている。懐かしいな……無駄に全部暗記しようとしてる同級生とかいたっけ。……って、懐かしんでる場合じゃないんだって。NGAとSNを数字にする方法を考えないと…………。
「…………いや、まさか」
 本当に、またしても久慈さんミラクルなのか。
 もう一度、周期表を見る。NGAをNとGAにわけて、それぞれ窒素とガリウムだとするなら、NGAは原子番号に変換したら七三一。SNはそのまま錫で、五〇。これを、他の二つの謎の答えと足し算したら……二二三三。
 パネルに、震える指で二二三三と入力する。
『解除コードを承認しました』
「……マジかよ……」
 久慈さん、どんだけミラクル起こすの……。
 ……だがまあ、これでようやく脱出ゲーム終了――では、なかった。出入口のパネルが、次の文を表示する。
『では、続いて解除アクションを実行してください』
「……アク、ション……?」
 ちょっと待て、今のが最後の謎なんじゃなかったのか。
「……北上くん? どうしたの?」
 料理がひと段落したらしい久慈さんが出入口のパネル前にやってくる。
「……解除、あくしょん……? なにそれ?」
「さあ……? 最後の謎を解いたと思ったら、こんなのが表示されたんだ」
「あ、解けたんだ」
「うん。英語を原子番号に変換して足し算したんだ。答えは二二三三で、それは合ってたっぽいんだけど……」
「……計算過程はよくわかんないけど、とにかく謎は解いたんだね。じゃあ、その謎の答え……二二三三? と、この解除アクションも関係あるのかな」
「かもしれないね……」
 だが、二二三三が表すアクションってなんだよ。……あ、でも、三つ目の謎のときに数字を言葉に変換したよな。確かあのとき二は『ン』で、三は『ー』だったから、二二三三は『ンンーー』……これは絶対違うな。
「二二三三……どこかで見たような、聞いたような……」
「ほんと?」
 またしても久慈さんミラクル?
「う、うん。昔、お母さんに教えてもらったような気が…………あっ」
「思い出した?」
「……う、うん。でも、これは…………」
 そう言うと、久慈さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。……え、なに、二二三三って恥ずかしいことなの?
「……えっと、それで、二二三三ってなんなの?」
「……そ、それは…………うぅ、ダメ、言えないっ」
 今度は両手で顔を覆い、キッチンへと逃げていく。恥ずかしがりながらも火にかけたままのフライパンを忘れないその料理人魂は素晴らしいんだが……そこまで言うのに躊躇する行為なのか、二二三三……。

 夕食のハンバーグをつつく間も、久慈さんは頑として二二三三については答えようとしなかった。俺には見当もつかないし、久慈さんだけが頼りなのだが……。あ、余談だけど、別にハンバーグはしょっぱくなかった。
「……ごめんね。私が答えを教えれば、この部屋から脱出できるのはわかってるんだけど……」
 夕食を終えた後。久慈さんがそう謝ってきた。
「いや、まあ……言いにくいことみたいだし、まだ明日もあるから急がなくていいよ」
 尋ねる度に顔を真っ赤にされては、無理に聞き出そうとは思えない。明日の分の食材もあるし、これが多分本当に最後の謎だろうから、久慈さんの決心がついたときに教えてくれればそれでいい。
「……ありがとう。じゃあ、今日はもう寝よっか」
「……そうだね。今日は色々あって疲れたよ」
 朝起きたら知らない部屋だし、隣に片想いしてた子がいるし、その子と一緒に密室に閉じ込められて脱出ゲームすることになるし。そこそこ頭も使ったので、疲労感は大きい。
 畳んでおいた布団を広げる。あ、もちろん布団は離しました。
「じゃあ、電気消すよ?」
「うん。おやすみー」
「おやすみ」
 出入口のすぐ脇にあるスイッチを操作し、電気を消す。出入口のパネルが放つ光を頼りに自分の布団まで戻り、寝る体勢に入る。好きな子の隣で落ち着いて寝てられるかっ、なんて思っていたのだが、慣れない状況と頭脳労働による疲労が意外と大きかったのか、気付いたときには深い眠りに落ちていた。


 北上聡があっさり眠りについた一方で、久慈唯菜は布団を顔までまぶったまま寝られずにいた。
(北上くんが隣にいるから緊張して眠れないのもあるけど……それ以上に二二三三だよ~!)
 布団の中で悶える唯菜。唯菜は二二三三の意味を思い出して以降ずっとこんな調子だった。
(……でも、この部屋から脱出するためには、しないといけないんだよね……)
 こんな部屋はさっさと脱出して、今度は普通に遊びに行こうと約束してくれた聡の言葉を思い出す唯菜。その約束を果たすため、こんな部屋はさっさと脱出したいと思っているのは唯菜も同じだ。だがそのためには、二二三三をしなければならない。
(……北上くんとは遊びに行きたい。もっと仲良くなりたいっ。なんならホントは二二三三だってしたい! ……でも、この部屋から脱出するためなんて、そんな理由でするのは……絶対に、イヤ)
 なら、そうならないため久慈唯菜がするべきことは。取るべき行動は。
 唯菜は、聡からもらった一日早い誕生日プレゼントを眺める。せっかくモデルが目の前にいたのに、卒業式のときに見かけた唯菜を思い出して描いたという、その絵を。
(ここまで鮮明に思い出せるほど私を見てたなんて……そんなの私、勘違いしちゃうよ……?)
 そして、久慈唯菜は決意する。
(……まあ、こうやって勝算を見つけないと勇気も出せない自分が、少し情けなくはあるけど……でも、絶対に失敗したくないことだから)
 明日、高校時代から募らせてきた想いを伝えよう、と。


 翌朝……だと、思う。この部屋には窓もないので、正確な時間がわからないのだが。まあとにかく、一眠りした後。身体を起こして隣を見ると、なぜか久慈さんが布団の上に正座して待機していた。
「……えっと、どうしたの……?」
「……北上くんに、言いたいことがあって。最後の謎の答えの前に、聞いてくれるかな?」
「う、うん……」
 今まで見たことがないくらいに真剣な顔をする久慈さんにやや圧されつつ、なんとか頷く。
「……私、北上くんが好き」
 わずかに残っていた眠気が、一瞬で吹き飛んだ。
「高校のときから、ずっと好きだった。なにがきっかけだったかは、覚えてないけど、気がついたら目で追ってて、いつも北上くんのこと考えてた。でも、結局高校ではあんまりお話しできないまま卒業しちゃって、ずっと後悔してた。だから、今度会ったら絶対に言おうって決めてた。まさかこんな形で突然再会することになるとは思ってもいなかったから、すぐには言えなかったけど……一緒に謎解いて、いっぱい話して、やっぱりこの気持ちは本物だって確信したから。だから、ちゃんと言うよ。北上くんのことが、大好き」
 …………それって、俺とまったく同じ……。
「……できれば、今、返事が欲しいな」
「…………あ、ああ……」
 返事なんて、決まりきっている。
「…………俺も、久慈さんが好きだよ。高校のときからずっと。久慈さんと、なにもかも一緒」
 なんだよ、両想いどころか寸分違わず全部一緒じゃないか。こんなことなら、もっと早くに告白しておけば……なんて、それは結果論か。
「……ほんとに?」
「本当だよ」
「……ほんとにほんと?」
「本当に本当だよ」
 そんなに疑わんでも。
「ちょっとほっぺ引っ張って」
「どこまで疑い深いの、久慈さん……」
 少し呆れつつ、要望通り頬を引っ張る。
「……いひゃい」
「夢じゃないってわかった?」
「……うん」
「………………」
「………………」
 ……思ったよりも、顔が近い。頬に触れたままの手も離すタイミングを逃したし……。これ、どうしたらいいんだ……?
「…………ん」
 久慈さんが、目を閉じた。こ、これは……アレ、だよな……。
「…………」
 よく見ると、久慈さんは小さく震えている。緊張しているのか、怖いのか、あるいはその両方か。……って、そりゃそうだよな。よく考えたら告白にだって相当勇気が必要だっただろうし、今だってかなり勇気を振り絞ってくれているのだろう。その勇気に、きちんと応えなければ。
 同じように目を閉じて、ゆっくりと唇を重ねる。緊張で頭は真っ白だったが、その柔らかさだけはしっかりと感じた。
「「………………」」
 唇を離し、目を開けてから、なんとも言えない空気が流れる。嬉しいやら恥ずかしいやら。
 ――カシャン
 そんな空気を切り裂いたのは、まるでなにかのロックが外れるような音だった。
「……今のは……?」
「多分、アレじゃないかな」
 久慈さんが指差したのは、出入口のパネルだった。そこには、昨日とは違う文が映し出されている。
『解除アクションを承認しました。ロックを解除します』
「……じゃあ、解除アクションって……」
「うん。キス、だよ。北上くんはポケベルって知ってる?」
「ポケ……? いや、聞いたことないけど……」
「昔の携帯みたいなものなんだけどね。ポケベルでの文字入力は今の入力方式とは違ってて、例えば『い』って打ちたいときには、あ行のい段だから『一二』って打ち込んでたんだ」
「……あ、じゃあ、二二三三っていうのは……」
「最初の二二が、か行のい段で『き』、三三はさ行のう段で『す』ってこと。昔お母さんから聞いたことがあって、昨日の時点でわかってたんだけど……脱出のためなんて理由で北上くんとキスするのが嫌だったのと、普通に恥ずかしかったのもあって、言い出せなかったんだ。遅くなってごめんね」
「いや、そんな……」
 むしろそこまで俺のことを真剣に考えてくれてたんだと感動したくらいだ。
「気にしなくていいよ。俺もそんな理由で久慈さんとキスするのは、多分嫌だっただろうから。久慈さんお手柄」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
 えへへ、と笑う久慈さんが可愛い。
「……さて。それじゃあ」
「……うん。脱出しようか」
 久慈さんと手を繋ぎ、出入口のノブに反対の手をかける。昨日とは違い、ノブは抵抗なくまわる。久慈さんと顔を見合わせてから、俺たちはそのドアの向こうへと一歩踏み出した。

 ――パンッ、パパンッ

「「「「脱出おめでとー‼」」」」
 そんな俺たちを出迎えたのは、大音量のクラッカーと四人の男女のそんな言葉。
「「…………はい?」」
 なんだ、この状況は。というか、よく見れば、四人のうち二人には見覚えがある。まぎれもなく俺の両親だ。
「父さんも母さんも、なんでここに……?」
「え、あっちの二人は北上くんの両親なの⁉ こっちの二人は私のお父さんとお母さんなんだけど!」
「マジで⁉」
 ようやく脱出したと思ったら俺たちの両親が出迎えるって、ホントこれどういう状況⁉
「状況のわかってない唯菜ちゃんたちのために、私が説明してあげよう!」
 混乱する俺たちにそう言ったのは、久慈さんのお母さんと思われる人物。あ、あれが例の塩化ナトリウムの人か。
「結論から言うと、これは唯菜ちゃんへの誕生日プレゼントなのです! あ、誕生日おめでとう!」
「あ、ありがとう……?」
 久慈さんのお母さん、テンション高いな……。
「でも、私の誕生日プレゼントってどういうこと?」
「いい質問です! ことは去年の三月、唯菜ちゃんの好きな人を若干強引に聞き出したことから始まるのです」
「……ああ、そういえばしつこく聞いてきたことがあったね」
 この二人の親子関係が気になって仕方ない件。
「それが北上聡くんだという情報を得た私は、そういえば大学の後輩に北上くんという人と結婚した人がいたこと、そしてその息子が聡くんだった気がすることを思い出したのです」
 まさかの繋がり!
「元後輩の現北上ちゃんに連絡を取った私は、北上ちゃんの息子の聡くんが娘の恋する聡くんだということ、そしてその聡くんが唯菜ちゃんに片想いしていることを知りました。そこで私は思ったのです。これは、北上ちゃんと共謀して二人をくっつけるしかない、と。そこから構想と部屋の用意に約一年。それがこの、脱出ゲームなのです!」
 バァン、という文字が背景に躍りそうな感じで言い放つ久慈母。うん、もうこの人のキャラはわかった。
「謎を解く度に二人の仲が深まっていって、最後の謎でゴールイン、という感じを演出してみたつもりだったんだけど、どうだったかな? ……って、言うまでもないか~」
 俺たちを見てニヤニヤする久慈母。……? って、そういえばずっと手繋ぎっぱなしだった!
 同じことに久慈さんも気付いたのか、同時にパッと手を離す。親の前でずっと手を繋ぎっぱなしだったかと思うと、かなり恥ずかしい……。
「まあ、誕生日プレゼントは大成功ってことだね。やったね北上ちゃん!」
「私は……っていうか、他の三人はみんな先輩に流されてただけで、ほとんど先輩が一人で暴走して全部やったみたいなもんだけど……まあ、息子が幸せになれそうでよかったかな」
「母さん……」
 確かに、久慈さんのお母さんの行動はちょっと……いやかなり行き過ぎていたと思うが、でもそのおかげでこうして久慈さんと付き合うことになったわけで。だったらやはり、この人には感謝するべきなのだろう。
「おおっ、さすが北上ちゃんはいいお母さんだね! じゃあ私も……唯菜ちゃん! 孫、早く見たいな!」
「もうお母さん黙ってて~!」
 ……やっぱり、前言撤回。この人多分、感謝した以上の気苦労が返ってくる。
「北上くんも、うちのお母さんのことは無視していいからね!」
「えー、唯菜ちゃんひどーい! 私だって義理の息子と仲良くしたいのにー!」
「お、お母さん!」
「あはは……」
 愉快極まりない久慈親子を眺めつつ、思う。今後もこの親子と付き合っていくのは大変そうだなー、と。母は娘の恋の成就のために娘とその想い人を密室に閉じ込めるような人だし、娘は娘でボケ倒してツッコまれるのが好きと、確実に母親の遺伝子を受け継いでいるし。
「……聡、あの人の相手は大変よ。覚悟しておいて」
「……できるだけ、頑張る」
「だ、大丈夫だよ北上くん! 私も一緒だし、障害は一緒に乗り越えていこうよ!」
「ちょっと唯菜ちゃん⁉ 今お母さんのこと障害って言わなかった⁉」
 ……でも、まあ。退屈はしないで済みそう、かな。
 久しぶりに見た、窓からのぞく青空は。
 これからの俺たちの未来を示すように、どこまでも澄み渡っていた。


使用テーマ
・蛍光灯
・もう一度会いたい
・「あっ! これ進研ゼミでやったところだ!」
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第三十一回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2016.08.13(Sat) 12:00
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