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知ったかぶり

しったかぶり

「たまごやき?なんだぁそれ?」
それがことのはじまりであった。誰からともなくその問いは投げかけられた。
いつもは喧噪で溢れている広場であったが、その問いが投げかけられた時だけは異様なまでに静まり返った。
「たまごやき?」
「タマゴヤキ?」
「多魔御夜鬼?」
「TAMAGOYAKI?」

 広場に集まる人々にそれは一気に伝わった。しかし、皆一様に首をかしげるばかり。だからと言って、誰も素直にそれが何かとは聞こうとしなかった。
円形の広場がクエスチョンマークで飽和状態になった。
そのとき、一人が口を開いた。
「ええ。それはタマゴヤ=キのことを言ってるのでしょう」
言い終わるやいなや、メガネをくいっと直したその青年。いかにもインテリといった風だ。口元は自信ありげに、にやにやとしている。
人々は一斉に彼へ視線を向かわせた。
「失礼。それは何でしたっけね?」
上品なスーツに身を包んだ初老の男性が広場の人々の意見を代弁した。
人々は紳士の言葉にうんうんと頷く。
「そうですねぇ」と、青年は顎をさすりながら勿体ぶる。
にやにやとした口元はそのままである。
「そこまで大変なものなのですか?」
紳士は声色を低くして青年に再度問いかける。
「いやいや。何ていいましょうかね。これを知らないと、我がN国民としての常識がないというか。いやはや、もはや他の国のスパイとも言えてしまうと思うんです。ですから、もう皆さんご存知かと思ってね」
「つまりは、どういうことです?」
「タマゴヤ=キを知ってることは当たり前のこと、ということです」
広場は二度目の静寂を迎えた。
青年の口元はにやにやと、紳士の顔は引きつっている。
人々の口は真一文字に引き結ばれている。


とんだはったりであったのだ。
メガネを直しながら青年は、つい一時間前のことを思い出していた。
――まんまと騙されたのだ、あの女に。しかも、騙し方が最悪だった。よりによってあんな嘘をつかれるとは思わなかった。
ちくしょうめ。にっちもさっちも行ったもんじゃない。

一時間経ってなお、青年はまだ納得しきれていなかった。そんな煮えたぎるような感情を抱えて、偶然にも足を踏み入れたのがこの広場であった。
でまかせは口からすらすらと出てきた。
どうせばれても、誰も不幸になることはない楽しい嘘のはずであった。


「それは、あの伝説のタマゴヤ=キのことじゃなくて?」
二度目の静寂をやぶったのは、中年の女性の声だった。
「ええ。その通りです」
青年は自信に充ち溢れて言葉を放った。
――お、よくいるよな。こうやってホラ話を本気にするやつ。まったくいい気なもんさ。
中年の女性は我が意を得たりと言わんばかりの顔で、言葉を続ける。
「やっぱりそうだったのね。幼いころから祖母に何度も何度も聞かされてきたもの。忘れるはずないわ。やっぱりあれのことね」

「あのう、“伝説の”ってことは伝承の類ですかね」
盛り上がる二人の間に、恐る恐ると紳士は割って入った。
人々は固唾を飲んでその様子を見守った。
「あら、まだ分かりませんこと?あなた見かけのわりにものを知らないのね」
さんざんな言われようである。紳士は口をつぐみ、数十秒間目を閉じた。
そして、再度、目を開いたとき、はまるで埋蔵金を掘り出したような表情であった。
「ああ!そうでしたそうでした。思い出しましたよ。最近年のせいか、忘れっぽくてね。あのタマゴヤ=キですね」
「あらやっとお分かりになったの。年をとるって恐ろしいわね」
「何もそこまで言うことないじゃありませんか。誰もが好きでものを忘れるわけではないんですから」
と言って青年はまたもメガネをくいっとあげた。
――ふん、分かるはずないのに。このじじい、知ったかぶりしてやがる。その証拠にこいつらは、誰も具体的に何かを言ってやしない。
内心ではひどく毒突きながらも、青年の口元は変わらずだった。
「いやはや、まったくその通りですよ。区長と名乗るのが恥ずかしくなってきました」
はははと、背広を正しつつ紳士は笑った。
困ったのは広場の人々だ。互いが互いをうかがって、ばちばちと視線がぶつかる。盛り上がる三人との温度差は大きい。それは至極当然と言えば当然のことであった。

「わしもそれ知っておるよ」
白髪で頭が真っ白になった老人が声を上げた。しわしわになった顔をもごもごと動かして、言葉を紡ぐ。
「間違いない。ひいじいさんからの言い伝えじゃからな」
「そうでしょう。あなたのような方が知っているなら間違いないでしょう」
――しめしめ、ここまでくると愉快になってきたぞ。人間なんてチョロいもんだな。俺はこいつらに合わせるだけでいいんだ。
ここまで青年の思惑は、彼が考えた以上に上手くいっていた。
しかし、ここで予想外のことが起こった。
「そう、タマゴヤ=キが活躍したのは今から××年も前のことだったかな。偉大なるタマゴヤ=キは――」
老人はそれについて蕩々と語りはじめたのだ。ひどく具体的であった。
――待て待て。知ったかぶりじゃなかったのか?おかしなことになってきたぞ。

老人の周りには一人、二人と話を聞くものが出てきて、終いには広場の全員が話を聞いていた。
「ああ!この話聞いたことあったなあ」
「なつかしいわね」
「俺も――」
「あたしも知ってた!」
話が終わる頃には、皆がそれを知っていた。
――何だって言うんだ。こいつら、さっきまでは何も分かってなかったじゃないか。全部俺の嘘っぱちのはずだったんじゃなかったのか?

青年の混乱をよそに、意気揚々と人々はそれについて話し始めた。それを知らない人はもういなくなって、広場には喧噪が戻ってきていた。
――もうこうなったら知ったかぶりを決め込むだけだ。そうだ、そうすれば、時間が解決してくれる。俺は悪いことなんかしちゃいない。あいつらが勝手に勘違いしたんだ。
青年は自分に言い聞かせて何とか落ち着こうとした。実際、広場ではこの話はもう済んだことになるはずだった。

しかし、広場には三度目の沈黙が訪れた。
「たまごやきって卵焼きのことですよね?にわとりの卵に砂糖とかだし汁を加えて、焼くっていう料理のことですよね」
特にこれといって記述することもない、平凡と形容するのが相応しい黒髪の青年が口を開いた。
その青年は、ちょっと前に広場に入ってきたばかりだった。
 人々の視線は一斉に彼へ向けられた。
――ああ、なんて間が悪い男なんだ。そろそろ俺の嘘がばれるのも時間の問題か?ええい、こいつさえ来なければ。
だが、ことの成り行きはおかしな方向へ進んだ。

「おにいちゃんなにいってるの?うそついちゃだめだよ!」
十歳かそこらの少女の声が、広場に響いた。
指摘された黒髪の青年はぽかんと口を開けている。まさか嘘つき呼ばわりされるとは思わなかったらしい。
それがきっかけになった
「うそつきだ」
「嘘つき」
「きっとあいつは知ったかぶりしてるに違いない」
人々の視線はひどく冷たいものになっていた。
――それはお前らだろう!一体何だって言うんだ。これだからバカはいやなんだ!
じりじりと人々は黒髪の青年に詰め寄る。
――おいおい。やつら何をしようってんだ。あ、やつらの中には石を握っているのもいやがる。まずいことになったぞ。俺のはったりはいつから本当になった?
「まあまあ。さすがにそこまで邪険にすることはないじゃないですか」
――流血沙汰なんてまっぴらごめんだ。
「あら、あなたが言ったんじゃないのよ。知らなければスパイも同然って」
中年の女性が反論した。
――ちくしょう。何でたってあんなこと口走ったんだ。それを真に受ける方もどうかしてやがる。はったりだったんだ。嘘なんだ。うそうそうそうそ。
ずり落ちるメガネを直しながら、青年は悲嘆にくれる。
ある考えを思いついた。
「タマゴヤ=キなんて僕のはったりだったんです!」
大声でメガネの青年は喚いた。

「そうやってあの人をかばうことなんてないんだよ、若いの。あんな無知なやつは痛い目にあったぐらいがちょうどいいんだ」
老人がたしなめた。メガネの青年の叫びは誰の耳にも入っていない。

――ああ、誰もおれの話なんてききやしない。おれは今、真実を言ったんだ。それなのに、それなのに!こいつらときたら!
――だが、待てよ。おれのはったりは真実じゃないと、どうして言えるんだ?嘘だってどうやって証明すればいいんだ?どこから嘘になった?どこから本当になった?
――そうだとしたら、おれが今まで嘘と思っていたことは?今まで本当と思っていたことは?知ったかぶりをしていたのは、おれの方なんじゃないか?だとしたら、だとしたら、あいつは――。


メガネの青年が広場から走り去るのと、広場で石が飛び交うのは同時くらいであった。
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第三十回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2015.08.16(Sun) 15:12
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