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玉子焼き

幸か不幸か

「……玉子焼き食べたい」
 夏になろうとして外では不快な程に気温が上がる中、クーラーのよく効いた自室でベッドに寝転がり、視線は携帯用ゲーム機から逸らすことなく私は言った。同じ部屋で、ベッドに寄りかかりながら男性向けファッション誌を読んでいた彼はへ?と言ってから黙り、少し考えているのか暫く反応を示さなかったが、ステージクリアの効果音が鳴る中私が彼へと目を向けると、彼もまた目線をこちらに向けた。
「……晩御飯に玉子焼き?」
「あー、それは考えてなかった」
「ただの思い付きってことか」
彼の言葉に短くうん、とだけ返すと彼は何も言わず右手を口元に当て俯いた。それから三秒静止した後、ふーっと長く息を吐き出して雑誌を閉じた。それから体を右にひねり雑誌を傍らに置き、こちらに視線を戻す。
「じゃあ何か考えるよ」
 言うなり彼は立ち上がり私に背を向ける。そして二歩半歩いて部屋の扉を開けると、クーラーの効かない廊下の生暖かい空気が部屋に漏れ出た。彼は待ってて、と言いながら扉を閉める。生暖かさは部屋の空気とまじりあって消え、部屋にはクーラーの作動音だけが響いていた。多分夕飯を作りに台所へ向かったのだろう。
 部屋に取り残された私はゲームを続ける気にもなれずゲーム機の電源を切った。ベッドから起き上がり彼の読んでいた雑誌を拾い上げてパラパラと捲る。
━━きっと今までの彼女たちはこんなものにも踊らされてきたのだろうな。
そう考えて優越を感じた。その辺の可愛い女の子ではできないそれは、用事さえなければ部屋でずっとゲームをしているような私には容易いことなのだから。本当に愚かでかわいそうな女たちだった。彼の、過去の女たち。
特に見たいものがあるでもない雑誌を閉じ、元の位置に戻す。腕はそう動いていたが私の思考は彼女たちを蔑んだままだった。私はそのまま彼女たちの愚行について、彼から聞いた時の事を思い出していた。

「……また、振られた」
「そう」
「……なんでいつもこうなっちゃうのかな」
「さあ、ね」
 私は半ば答えの分かっている問いに曖昧な返事を返して、グーっとビールを煽った。そのさびれた居酒屋はいつ来ても空いていて、うるさい客もいなかった。だから酒の力のいる、でも誰かに話したくて仕方ない話があるときにはここに連れてくるというのが二人の間の決まりで、その日は珍しく人が多かったからかカウンター席に通されていた。その時は春の盛り、入学や進級の騒がしさが少し落ち着いたころで、別れの季節というには少し遅い時期だったように思う。
「で、今回は何したのさ」
「悪いことしてないはずなんだけどなあ……」
「それでも、振られたのは和弘でしょ」
 そう言いながら空になったジョッキをテーブルに置いて隣に座る和弘の方を見た。彼は驚いたように目を見開いて、すぐさま機嫌悪そうに目を逸らした。目線をそのままにビールに手を伸ばしながら言う。
「でも、彼女のことちゃんと好きだったし、ちゃんと言ってたのに」
 ━━だからでしょ。
 そう直接言うのも躊躇われ、かといってうまい言い方もわからない。結局私は数秒黙した後、溜息を吐きたくなったのもなんとか抑えて、うん、とだけ答えることにした。沈黙を意外に思ったのかこちらを見ていた和弘は、その曖昧な返事を聞いて目線を外し、ぽつぽつと語りだした。
「えーと、彼女……いや元彼女、菜月って言うんだけど、すっごい可愛い子でさ、笑うときはふわふわしてて目元が優しくて、それですっごい品がよかったんだよね。でも普通に仲良くしてくれるし、なんかこう、一緒にいたいなーって思ったんだ」
「それ、前にも何回か聞いた気がするんだけど?」
「えー……好きだったら一緒にいたいって思うじゃん?」
「あー、うん。そうねえ。あっ、おつまみ追加とビールおかわり頼んでいいかな」
「……あの、さ。俺の話聞いてるよね?」
「聞いてる聞いてる。ここから先の話のお供にするために頼むんじゃん」
「あ、うん……」
 少々不満げな和弘を横目に店員を呼び、注文を済ませる。ビールと枝豆とチーズ。枝豆が私用でチーズが和弘用だ。店員が離れていったのを確認してから和弘に話の続きを促した。
「それで?」
「あー、うん。それで、会ったのが後期始まってからだから会って……二か月ぐらいかな?友達に誘われて書道サークル入った話したじゃん?で、それで入ってから会って、で、そこから二か月ぐらいで、俺が告白したんだ。もっと一緒にいたいから、付き合ってくださいって。そしたら菜月もすっごい嬉しそうにさ、私でよければ喜んで、って言ってくれて。それで付き合い始めたわけ」
「まあ、そこまでもいつも通りよね」
「いつも通り言うなし……」
「でもいっつもそこまでは順調じゃん」
「まあ、うん、そうだけどさ」
「逆にへましてないイケメンがここまで順調にいけなかったらこの世の希望が消えるわ」
「だよね? 俺優良物件だよね!?」
「何故か付き合ってからは半年以上長続きしないし振られる事故物件だけどねー」
「それを言うなよ」
 もうやだー、と拗ねているのか嘆いているのかよくわからない声色で和弘は言う。こういうところが本当に中学時代から変わらない。何か言葉をかけようか思案していたところで、店員が来た。明るい声で、にこやかな表情でビールの並々入ったジョッキと適当な皿に入れられた枝豆を置いてから、注意深く洒落た皿を置いた。もちろん洒落た皿の中にあるのはチーズである。
「ほらチーズ来たよ」
「……食べる」
 こちらを向いたときには不満げかつ恨めしげな表情をしていたが、チーズを口に含んでからは多少拗ねている程度に落ち着いた。
「で、菜月ちゃんだっけ? その子と付き合ってからどうしたの?」
 私がそう言うと和弘はまた不満げな顔に戻った。
「……いつも通り」
「なるほどねえ」
 私の気のない返事を聞くと和弘はチーズの皿を睨みながら言葉を吐いた。
「最初の一ヶ月はそりゃもう幸せだったさ。そりゃあもう。でも一か月過ぎると……私なんかいらないんでしょーとか私じゃなくてもいいんだーとか大事にしてないみたいに言われてさ、あんなに大事にしてたのも好きだったのも全部無かったみたいに言われてさ、それでもう何回目だーって腹立ってたから別れる! って言われたときそのまま別れちゃった」
 和弘は眉をひそめて不快そうな顔をしていたが、その瞳は潤んでいた。決して手放したくはなかったし、大事だったし、好きだった、けれど勝手に離れたのを追えるほどの熱意と執着はなかった、そういうことなのだろう。だから簡単には割り切れないし悔しくて仕方ない。幾度も繰り返しているこれは、そういうことなのだと、胸の内にぼんやりとあった憶測や記憶の中の和弘の表情が、一つに結ばれるような感覚がした。つまり、私はこの時はじめて、和弘が彼女と別れた時の心情を完全に理解できたのだった。
「……はあ、なるほどねえ」
「あんなに大事にしてたのに、好きだって言ってたしすごい好きだったのに、なんでわかんないのかな」
 瞳は潤んだままで、涙が零れ落ちることはなく、ただ眉間のしわがさっきよりも深くなっていた。
「……彼女の為に料理を振る舞って、色んな場所に行って、彼女から何かしてもらったらその分彼女をもてなして?」
「うん」
「……あっそう」
 ━━和弘は、こういう馬鹿だ。
 私が思うに、和弘は自分の価値を分かっていないのだ。但しイケメンに限る、なんて言葉があるように、イケメンはその存在だけで価値がある、そんな人種だ。和弘もこれに該当する顔立ちの良さを持っていると思う。少なからず和弘が受けてきた扱いはイケメンのそれだったし和弘もそれらしく振る舞っていたはずだ。ところが色恋沙汰になると、和弘は自信のない平凡顔の奴と同じ行動をとる。相手に尽くして、相手から良くしてもらえばその分また相手に尽くすのだ。それは多分多くの女が自覚的なイケメンに求めているものではない。自覚的なイケメンに求められるのは上手にもてあそんで上手に手放して上手に遊ばせてくれることだ。他は知らないが、少なからず和弘に求められてきたのは、これだ。和弘はこれを知らない。そして和弘がずっとこんな恋愛ばかりしていたのはおそらく、和弘が彼女たちに求めていたものが可愛いことに自覚的な女性たちと噛み合わなかったからだろう。彼女たちの女としてのプライドの高さではきっと、それは為しえないしそもそも気づかない。和弘が自分の彼女に求めるものはきっとそういったものだ。
 ただ、それだけのすれ違いを何度も繰り返している。だから和弘は、馬鹿だ。
「本当に、和弘は馬鹿だね」
「うるせえ、拗ねるぞ」
「はいはい」
 そう言うと本当に拗ねているのか和弘は私から完全に顔を背けた。私に見えるのは、ワックスで毛束をいくつか跳ねさせた彼の後頭部だけだ。こういうことをするから私をつけあがらせるのだと言いたくなって、言葉を飲み込んだ。が、そこから意識を逸らそうと発した言葉がよくなかった。
「だあれも、和弘のお姫様にはなってくれないねえ」
「……まったくだ」
 ━━しまった、気づかせた。
 とっさに逃げ道を探すも見当たらない。そうだ。和弘が彼女たちに求めていたのは彼のお姫様であること、彼を彼女の王子様に仕立てることだ。その辺の少女漫画よりずっと純情で純粋で、それでいて男臭い欲望だと私は思っている。要は彼女の中で絶対的な男でありたいということなのだから、ひどく支配的と言っていいのではなかろうか。方法はずいぶんと優しいけれど。だからずっとすれ違ってきた。女としての役割も全部奪われて和弘を絶対的に好きでいる事は、多分彼女たちでは難しかっただろうから。だから今まですれ違ってきたというのに、気づいてしまったら。
 私は頭をもたげた危機感に耐えられず、和弘を繋ぎとめる言葉を言わなければと思った。それしかなかった。
「私が、なってあげよっか」
 ━━言ってしまった。もう戻れない。言ってしまったのだ。
「ほら、一緒にいたいなんて思わなくても今までずっと一緒だったし、上手くいくかもよ?」
 こうなったら自棄だ。ぶつけられるだけの言葉をぶつけてやる。それしかない。ああ、女がビールジョッキでなんて飲むものではなかったかもしれない。頭がもううまく回らない。
「いや、お前さ」
 和弘の落ち着いた声が聞こえた。相変わらず和弘は後頭部しか私に見せていない。さっきまで和弘の方が必死だったのに、一体何故だ。私がとちったのか。なら仕方ないな。で、
「何さ」
「お前さ、その、俺と付き合おうって? そう言ってる?」
「まあ、うん。そうだね」
「あのさあ」
 だから一体何だ!やっぱり後頭部しか見えないし!
「俺のこと好きなの?」
「好きだよ」
 自棄だ。完璧に自棄である。言葉を放てば今まで後頭部しか見えてなかった和弘がちょっとだけこっち向いた、と思ったらしっかりこちらを向いた。そのままじーっと目を覗かれる。いったい何なのだと思いながらも和弘の目を覗き返す。私は、負けず嫌いである。和弘の目は潤んで、薄暗い居酒屋を背景にして私を映していた。顔色も表情もよくわからないが、その姿は普段大学以外では引きこもっているにしては意外と女らしさがあった。
 ゆうに十秒はそうしていたのではないかというほどの時間が経って、和弘が口を開いた。
「いいよ」
「ほ?」
「付き合っても、いいよ」
 和弘の表情は今まで見た中で一番苦く、それでいて優しいものだった。ああ、これはすぐ別れると思われているな、と思ったけれど、それでもよかった。私がいかに彼を分かっているか、思い知らせてやればいいだけだろうから。

「瑞樹」
 気が付くと、遠くから彼の声がした。あれから一年ちょっと、未だに和弘とは別れていない。彼女たちは本当に馬鹿だったなあ、と優越感に浸りつつベッドに背中から飛び込むともう一度彼の声がした。
「瑞樹―? 晩御飯できたんだけど」
 確かに声が台所の方からすることに気づいて、彼に夕食を任せていたことも私が夕食に玉子焼きなんて言う無茶ぶりをしたことも思い出した。
「はいはーい! 今行くー」
 そう返事して、クーラーのリモコンを持ちながらベッドから起き上がりクーラーの電源を落としてから振り返ってリモコンをベッドに投げた。それから三歩、部屋のドアを開けると電気を消し廊下へ滑り出て、ドアを閉める。こういう動作が淀みなくできるようになったのは彼と付き合ってからのように思えて、口角が上がるのを感じた。
 台所では彼が皿の近くに箸を置いているところだった。肝心の皿は一人二枚、卵焼きの乗った長方形の皿と、冷やし中華の乗った丸い大皿だった。
「これは」
「ああ、瑞樹暑いとき麺類ぐらいしかちゃんと食べないでしょ?それで、っていうのと、冷やし中華なら錦糸卵なくす代わりに玉子焼きっていうのも言い訳としてありかなあ、って思って」
「なるほど」
 確かに冷やし中華の麺の上に載っているのは細切りのきゅうりとハム、それからもやしにトマトにカニカマで、錦糸卵はなかった。そして何だかんだこちらの体調まで把握して麺類を選ぶあたりが彼らしい。
「嬉しい、ありがとう」
そう言いながら着席すると彼も満足げに笑って私の向かいの席に座る。
「どういたしまして」
 そう笑う彼の顔に陰りも苦さもない。ただただ甘く優しく幼い、王子様みたいな表情だ。ああ、私は自分に向けられるこの表情が一等好きだ。思わず見つめていると普通の大学生らしい表情で卵焼き冷めるぞ、と言われた。その落差を少し微笑ましく思いながら、手を合わせていただきます、としっかり発声した。どうぞ召し上がれ、と彼がさっきの表情に戻って言った。
 お互いが曇りなく相手の好意を享受できることは、こんなにも幸せで、満たされるものなのかと、出汁たっぷりの卵焼きを頬張りながら感じた。
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第三十回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2015.08.16(Sun) 15:10
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