FC2ブログ
« 2018 . 10 »    1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | CM(-) | TB(-) --.--.--(--) --:--

    池

 ぽちゃん、と澄んだ音を立てて、水面から赤い顔が現れる。と、じっくり見る間もなく、顔は餌を咥えて水中に潜る。
 それを皮切りに、あちらこちらでぽちゃん、ぽちゃんと軽い音。一瞬赤白入り混じった影が外に出て、すぐに透いた水の中に戻る。
 ――全く、暢気なものだ。
 小さな池の中を優雅に踊る錦鯉たち。彼らに罪はないのは百も承知だが、その呆けた面を見ると、どうしても羨み疎んでしまう。
 三匹の錦鯉が音を奏でるのをやめると、私は再び、水面にすうっと餌を浮かべた。再度、大合唱が始まる。
 ぽちゃん。ぽちゃん。ぽちゃん。
 静寂に鳴る水音をぼんやり聴きながら、一面青で塗られた天を仰ぐ。点々とある雲が流れるのを見ていると、何だか宙に浮いたような、気持ちの良い心地になってくる。
 これもまた、一種の幸福なんだろう。しかしこんな生活も、もう腹いっぱいだ。錦鯉に餌をやるのが生きがいになっているだなんて、我ながら虚しくなってくる。
 鯉を飼い始めてもう十年にもなるが、彼らの立ち居振る舞いは相変わらずだ。水面に浮かんだ餌をつついて、満ち足りたような顔で狭い池の中を泳ぎ回るだけ。きっと彼らは今の環境に何ら不満などないのだろう。不満のない暮らしに飽きる生き物なんて、人間くらいなものなのだろうか。
「あなた」
 家の方から、女房の呼ぶ声がした。振り返ると、案の定、縁側に春子が立っていた。
「お昼の用意、できましたよ」
 春子は微笑んで言った。そうか、もうそんな時間か。
 もうひとつの、生きがいの時間だ。
 私はゆっくりと腰をあげ、奔放に泳ぎ回る錦鯉たちを一瞥すると、さっと踵を返した。

 居間に向かうと、ちゃぶ台の上には料理の載った皿がごちゃっと並べられていた。ざるに載った素麺、トマト、パプリカ、レタスで彩られたサラダ、そして少し焦げ目のついた卵焼き。何とも食欲をそそる色合いである。
 もうひとつの生きがい。それは、春子の作ってくれた飯を食うことだ。もう彼女とは三十年の付き合いになるが、彼女の料理は、未だに私を楽しませてくれる。
 特に、彼女の卵焼きは格別だ。初めてそれを口にしたときには、そのあまりの美味さに身が震えたほどである。柔さ、舌触り、鹹味と甘味のバランス、どれをとっても完璧であった。それは、恐らく好みの問題もあるだろう。しかし、少なくとも私にとっては、これ以上ない、至高の味だ。
 再び、食卓の上を見回す。そこには、一際輝いて見える卵焼きが、堂々と居座っている。もう待ちきれないと内心そわそわするが、平静を装って、春子が来るのを待った。
 暫くすると、春子はとととっ、と小走りでやって来た。
「ごめんなさい、お待たせして」
 理由を言わないところを見ると、お手洗いにでも行っていたのだろうか。まあこの際、そんな詮索はどうでもいい。一刻も早く、卵焼きにありつきたい。
 春子が腰を下ろすと、私と彼女は両手を胸の前で合わせた。
「いただきます」
 特に目配せをしたわけでも音頭をとったわけでもないが、自然と私たちの声は揃った。少し嬉しさを覚えつつも、私は卵焼きの載った皿に箸を伸ばした。
 まだ少し湯気を発しているそれを慎重に掴み、口の中に放り込む。
 熱、食感、風味が、一度に襲いかかってくる。
 ――美味。この一言に尽きた。
「どうですか、お味の方は」
 春子が、私の表情、心情を探るように訊いてきた。
 ――そんなもの、最高に決まっているだろう。
 心の内では、間髪置かずにそう答えていた。
 が、どうも私は、あまり素直ではないらしい。
「……ふん。相変わらず、だな」
 ぶっきらぼうに、そう答えた。
「――そう、ですか」
 少し笑って、春子は言った。
 彼女は一体何を思って、微笑んでいるのだろう。私の冷淡な態度に内心傷ついているのだろうか。それとも、私が春子の卵焼きの出来に心酔しているのを知っていて、それを素直に言わないのを微笑ましく思っているのだろうか。さっぱりわからない。長年連れ添っている女房の心も解さないなんて、情けない話だ。
 ――いや、情けないのは、「美味」の一言も言えないこの性格か。
 彼女の卵焼きを食べる度に私は、可もなく不可もなく、といった感じに答えてお茶を濁している。毎度毎度、ただ一言「美味い」と言えば済む話なのだが、どうもそういうのが苦手な性分のようだ。
 何だかもやもやとした気分のまま食を進め、一通り食べ終えると、両手を合わせて「ごちそうさま」と言った。
「お粗末さまでした」
 春子もお決まりの挨拶をして、食卓の上を片付け始めた。
 彼女の「お粗末さまでした」を聞くと、それが謙遜した文句だとはわかっていても、「何が粗末なものか」と思ってしまう。
 例に漏れず、今日もそんなことを考えながら、居間を後にした。

 午後の日差しが、縁側に容赦なく突き刺さる。耐え難いほどに蒸し暑いが、凛とした風鈴の音が、それを多少なりとも和らげてくれている。
 私は軒先の陰に入ると、どっかとあぐらをかいた。
 腹が満たされたはいいが、やはり退屈さは拭えなかった。一日中、鯉に餌をあげているわけにもいかない。
 ――さて、どうしたものか。
 チリン、チリンという涼しげな音を浴びながら、一人考え込んでいると、ふと庭の隅にある物置が目にとまった。古臭い木造で、ちょっと押しただけでも潰れてしまいそうである。
 そういえば、と、私は思った。ここ数年、物置の整理をするのをずっと怠っていたのだった。最近は、要らなくなったものを詰め込むためのゴミステイションと化してしまっている。
 そろそろ、片付けてもよい頃合かもしれない。何より、いい暇つぶしになる。
 ――そうと決まれば、早々に取り掛かるか。
 私はゆっくりと立ち上がって伸びをし、足早に物置へと向かった。

 物置は、間近で見ると一層廃れていた。蔦の巻いた屋根、割れた窓、錆びたドアノブ、穴の空いた壁、無数に張られた蜘蛛の巣。こんな薄汚い小屋に入りたがる輩など、一部の特殊な人間を除けば、まずいないだろう。
 しかし、いつまでも扉の前で立ち往生しているわけにもいかない。意を決して、私は赤くごつごつとしたドアノブを捻った。
 思いの外、すんなりと回った。それをそのまま、手前に引く。
 ぐぎぎいいぃ、と妙な音がして、扉が開いた。同時に、渋いような、酸っぱいような臭いがまっと広がる。
 口元を手で覆いつつ、私は物置の中を見やった。薄暗いものかと思っていたが、外から射す陽の光が中を照らしていて、視界は割と良好であった。
 この場から見る限りでも、朽ちた箪笥、珍妙な壺、折れた釣竿、巨大な樽といった大量のガラクタが、所狭しと並んでいる。これらを全て整理するのかと考えると、取り掛かる前から気が滅入ってしまう。何でもかんでも物置に詰め込んできたツケが回ってきたのだろう。
 私は一度、大きく深呼吸をすると、目の前にあった巨大樽に手をかけた。とりあえず外に運び出そうと思い、力強く引っ張る。ほんの少し、樽は手前に動いた。もう一度、思いっ切りぐいと引っ張る。また、微かに引きずられた。これはまた、骨の折れる作業だ。自分でも何のために買ってきたかわからないモノに、これほど苦戦を強いられるなんて、全く馬鹿馬鹿しくなってくる。
 私は、真夏の日中に作業を始めたことを心底悔やみながら、再び樽を引きずった。

 日もすっかり暮れ、遠くで蝉の声が聞こえる。昼間に聞くと暑苦しさを助長するだけのように思える鳴き声だが、夕暮れ時にはまた違った、涼しげな印象を与える。
 とりあえず、必要なものは物置の中、要らないものは外、という風に分別することはできた。外の粗大ゴミはまた後日、処分することにしよう。
 ふう、と深く息を吐いて、星の照っている空を見上げる。流石に、すっかり疲弊してしまった。昔はよく重荷運搬の役目を任されていたので、こういった作業に慣れていないわけではなかったが、齢六十近い老体には堪えたようだ。
 そろそろ夕餉の時間だろうかとぼんやり思いつつ、私は池の方に近寄った。何とも情けなく聞こえるかもしれないが、錦鯉たちに少し癒してもらおうという算段であった。
 ぼおっとした頭で池を覗き込む。暫く何も考えずにゆらゆらと揺れる水面を見つめていたが、ふと、池の様子が昼間とは違っていることに気がついた。それも、ふたつ。
 一つは、池の真ん中で大きな満月が揺れていること。
 そしてもう一つは、池の中で悠々と遊んでいたはずの錦鯉が、一匹残らず姿を消してしまっているということだ。
 一瞬、目を疑った。池の縁にでも隠れているのかと思い目を凝らしたが、やはり見つからない。そもそも、これほど窮屈な池の中で、あれほど派手な錦鯉三匹、見失うわけがない。
 ――一体、どういうことなのだ。
 私はその場にしゃがみこんで、池の中をじっくりと観察した。すると、もう一つ気づくことがあった。
 水面に映る月に気を取られてわからなかったが、この池、底が見えなくなっている。本来ならば透き通った水の奥に浅い地と小石が見えるはずだが、今は暗く深い闇が延々と広がっているだけ。正に底なしといった感じだ。
 ――何だというのだ、一体。
 もう既に混乱の極みであったが、それに畳み掛けるようにして、またしても奇妙なことが起こった。闇の底から、ゆらりゆらりと浮いてくるものがあったのだ。
 それらは踊るように、ゆっくりと私の触れられるところまで上がってきた。どうやら、薄い紙切れのようだ。それが三枚。
 私は腕を目いっぱい伸ばして、それらをかき集めた。改めて、その長方形の紙片を見る。
 驚いたことに、その紙切れには見覚えがあった。いや、見覚えがあるという次元ではない。日常よく使っているもの。
 紙幣だ。それも、最も価値の高いもの、三枚。
 大昔にいたという偉い人が三人、こちらを見つめている。
 私は恐ろしくなって、その濡れた紙幣を地面に投げ捨てた。
 何だ。何が起こっているんだ。
 目眩がして、世界が歪む。吐き気がする。
 私は立っているのも難しくなり、汚れるのも構わず仰向けに倒れ込んだ。
 地面は、ひんやりと冷えていた。視界いっぱいに満天の星空が見える。風が草木を揺らす音が聞こえる。
 ――気持ちがいい。
 暫くそうしていると、段々と冷静になってきた。これが自然の包容力というものなのか、えも言われぬ安心感に襲われる。
 すっかり落ち着いたところで、再度思考を働かせた。私は、先のことで思うところがあった。
 消えた三匹の錦鯉。そして、浮かび上がってきた三枚の紙幣。これはつまり、錦鯉一匹が紙幣一枚に換金されてしまったということではないだろうか。
 我ながら、馬鹿なことを言ってるのはわかる。どういう道理があって、池の中の鯉が唐突に金に変わってしまったのか。さっぱりわからない。しかしそう考えなければ、私の頭は一層おかしくなりそうだった。不明確、不安定、不明瞭な要素を、一刻も早く取り除きたかったのだ。
 私はおもむろに立ち上がると、野ざらしにしてあるガラクタの方へ歩を進めた。そうして、不気味な文様の描かれた壺を手に取った。
 池の縁へ戻ると、私はそれを躊躇なく、水面に揺れる満月に向かって放り投げた。
 どぼん、と飛沫が上がって、壺は池の底へ吸い込まれていった。
 壺が完全に見えなくなって数十秒後、闇の中に小さく煌くものが見えた。初めは数箇所にしか見えなかった点は、次第に数を増やし、群れを成して私の方へやってきた。
 一つ、水中から顔を出す。続いて、あちこちでぽつ、ぽつと浮かび上がる白く丸いもの。いつの間にかそれは、池の半分以上を埋め尽くしていた。
 その中から一つ、手に取る。
 それは、思ったとおり、貨幣であった。
 池を一面埋め尽くしているのは、全てアルミ玉。通りでここまで数が多くなるわけである。壺の価値だけ、貨幣が吐き出されたのだ。流石に、これらを全て数えるという気にはなれないが、ざっと見ても数千枚はあるだろう。
 私は何をするでもなく、ただその奇怪な光景を眺めて、呆然と立ち尽くしていた。
「あなた、お夕食の準備、整いましたよ」
 背後から声がした。春子だ。
「……あら、あなた、どうかなさいましたか?」
 池の前で突っ立っている私を不思議に思ったのだろう。彼女は首をかしげて尋ねてきた。
「春子。ちょっとこっちに来てくれや」
 説明するよりも見せたほうが早いだろうと、私は春子を手招きして呼んだ。春子は怪訝そうな顔をして、恐る恐るこちらへ近づいてくる。
 彼女は池の中を見た途端、きゃ、と女々しい悲鳴をあげて、私を見た。
「ど、どうなさったんですか、これ……」
「……さあな。私にもわからん」
 暫く怯えた様子で私の後ろに隠れていた春子だったが、好奇心が勝ったのか、ふっとしゃがみこんで、無数のアルミ玉が浮いた奇妙な池をまじまじと見つめ始めた。
 アルミ玉を一枚つまみ上げ、顔の前にかざしている。
 月明かりに照らされた彼女の姿に、私は神秘的な美しさを覚えた。同時に、すうっと消え入ってしまいそうな儚さを感じる。
 そっと、彼女の背に触れる。生暖かく、柔らかな感触が掌に伝わる。なぜ私はこんなことをしているのか。誰かに操られているようだ。
 彼女は私を見上げ、私も彼女を見据えた。
 見つめ合う。
 周りの一切の音が聞こえなくなった、気がした。
 ――春子は今、何を考えているのだろうか。わからない。
 ――私は今、何を考えているのだろうか。わからない。
 私は少し微笑んで、春子の小さな背中を押した。
 春子の身体がぐらりと傾く。ゆっくりと、ゆっくりと、前へ倒れていく。
 彼女は一瞬驚いたような、悔いたような、悦んだような顔をして、私を見た。
 ――私は今、どんな顔をしているのだろうか。
 ――わからない。
 ――わからない。
 ――わからない……。
 ばしゃん、という派手な音で、我に帰った。
 私の隣に、春子はいなかった。当たり前だ。たった今、私が池に突き落としたのだから。
 池には大きな波紋が広がっていた。けれども、アルミ玉が邪魔で、水面下が見えない。
 ――春子は今、どの程度沈んだ?
 ――もう、助けられないのか?
 いくら考えても、答えは出てこなかった。
 いくら待っても、その池から、春子の対価が吐き出されることも、なかった。

 居間に戻ると、ちゃぶ台の上に、卵焼きの盛られた皿が一つ、置かれていた。他に拵えてあるものは、何もない。
 私はまだ湯気立つ卵焼きを皿ごと持ち上げて、縁側へと向かった。
 ちりんちりんと、風鈴が小気味良く鳴っている。私は、静かに縁側に腰掛けた。
 池に浮いていたアルミ玉は全て引き上げたので、今はただ満月が映るのみだ。こうして見ると、なんと風情があるものか。
 天の月と、水の月。見比べながら、卵焼きを貪った。
 贅沢だ。風流な景色を眺めながら、最高に美味い卵焼きを食す。これを幸福と言わずして、なんと言おう。
 卵焼きを口に入れ、噛み千切り、擦り潰し、舌上で転がし、飲み込む。
 そんなことをぼんやりと繰り返していると、いつの間にか、皿の上の卵焼きはたった一つになっていた。
 私はそれを池の前まで持っていくと、満月に向かって投げ入れた。
 卵焼きは深く、深く沈んでいく。
 それが見えなくなって暫くして、光るものが浮かんできた。
 ぷかぷかと、次々に水面へと出る。
 案の定、アルミ玉だ。アルミ玉、五枚。
 モノの価値のわからん池だと、私は思った。

        ◆

 その日、私は夢を見た。いや、もしかしたら現実の出来事なのかもしれない。
 私は、池に落ちた。何か見えない力に引っ張られて、けれども強いられたわけでもなく。とにかく、池に落ちた。
 やはり池に底はなく、そこには果てしない闇があって、私はどこまでもどこまでも落ちていった。しかし、不思議と苦しくはなかった。呼吸ができるというわけではない。呼吸という概念が失われているのだ。
 落ちていく途中、錦鯉たちと出会った。いつの間にやら消えていた、あいつらだ。
「お前、まだ打ってるな、脈」
「本当だ、五月蝿いな、脈」
「でも、時間の問題だよ、脈」
 侮るように、嘲るように彼らは言った。何を言っているのか、よくわからなかった。
 彼らを通り過ぎても、全く止まる様子はない。どこまでもどこまでも落ちていく。
 落ちていく中、春子はこんなに暗くて寂しいところを沈んでいったのだろうかと、可哀想に思った。
 どこまで沈めば気が済むのだろう。いや、ひょっとすると、それほど沈んでいないのかもしれない。沈み始めてからどれくらい経ったのかもよくわからないのだから。
 それから暫くすると、下方に微かな光が見えた。目を凝らす。扉だ。扉から、光が漏れているのだ。
 私はすかさずドアノブに掴まり、扉を開けた。
 ごう、と光が溢れ出す。
 突然の眩しさに目を細めたが、すぐに慣れた。ぐっと目を見開いて、中を見る。
 そこは、居間であった。我が家の居間だ。部屋の広さから家具の配置まで、完全に一致している。
 部屋の真ん中にあるちゃぶ台の隣には、春子が姿勢よく座っていた。屈託のない笑顔でこちらを見ている。
「あら、あなた、いらっしゃい。こちらに座って」
 そう言って、春子は私を手招きした。誘われるがまま、私は春子の向かいに座った。
 食卓の上には、小さな皿が一枚。その上には、卵焼きが一つ。湯気を発しているところを見ると、出来立てだろうか。
「どうぞ、召し上がってくださいな」
 春子は卵焼きの載った皿を私の方に押し出した。
「……いただきます」
 私はそれを手で掴み、丸々一つ、口の中に入れた。
 熱くて、柔くて、素朴な味。
 そして、その中に、春子の温かみを感じた。
「どうですか、お味の方は」
 春子が、私の表情、心情を探るように訊いてきた。
 前にも、こんなことがあったような気がする。
 ――そんなもの、決まっているだろう。
「……ふん。相変わらずだ……」
 目の奥に何かこみ上げてくるものがあった。
 それは、せき止められずに溢れ出してきた。
「相変わらず……。相変わらずっ――」
 嗚咽混じりだったが、私は漸く、その言葉を春子に伝えることができた。
「……美味いっ……!」
「ありがとう」春子はそう言って、静かに笑った。
スポンサーサイト
第三十回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2015.08.16(Sun) 15:07
copyright © 千葉大文藝部活動情報 all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。