FC2ブログ
« 2018 . 12 »    1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | CM(-) | TB(-) --.--.--(--) --:--

トム・ティット・トット

   トム・ティット・トット


 序章


%rlogin cranium
%login
security privileges required
USER:GAZA
password:********

 %cd
/home/gaza/





%cat biochip.txt
1981年 J.H.McAlearらは、生体分子から構成されるバイオコンピュータの素子としてバイオチップの提案を行った。
人間の脳や神経系の機能を模倣した非ノイマン型のコンピュータ構築のために生体分子を活用すれば、三次元上の自己組み立てや自己組織化ができ、これらの素子では熱発生も無く、並列処理ができる複数の回路網が組み立てられるという概念である。
この概念により描かれた生体素子(バイオチップ:biochip)の例として
1.タンパク質の単分子膜上にポルフィリン分子を配列させたスイッチ素子
2.抗原タンパク質の単分子膜上にその抗原結合する抗体を配列させ、酵素を介して情報の入出力を行わせる素子
 などが発表されたが、実際の素子の構築構造や作動原理については不明瞭で疑問な点が多く、学会では机上の空論として扱われるに過ぎなかった。





%cat Asterios.txt
 アステリオス、そう呼ばれる存在がある。かつてインターネットと呼ばれていた物を前身とした大型電子空間であり、人間社会における多くの「流れ」がその内を通っている。
 アステリオスの時代とインターネットの時代、そんな区分を明瞭にする最大の相違点はCPUの性能である。
 アステリオスの時代のCPUは、そのプログラムやアルゴリズム、ソフトウェアだけでなく、ハードウェア物質的な材質すら人間の脳に似せて造られている。
 肥大化した人間の脳、その集合体とも言えるアステリオスは、もはやニューラルネットワークの体現などと卑下される事無く、人類の進化した姿と呼ばれるまでになっていた。




%cat tinker.txt
 「修繕屋」それはアステリオスの時代に生まれた奇っ怪な職業。
 アステリオスの電脳空間は本来「カオス」と形容されるフレキシブルな機構によって構築された超大型記憶領域を根幹とし、さらに「マホラ」と呼ばれるカオスより分離された表層の一部にアプリケーションを設置するという、所謂アフォーダンス思想に基いた構造になっている。
 修繕屋とは、制御の難しいハードウェア領域である「カオス」、制御の容易なソフトウェア領域である「マホラ」、この二つを分離する為に作られた領域「セクター2D」、通称「基礎」の管理人である。
 基礎には「柱」と呼ばれる巨大な建造物が数百本存在し、柱は下層領域「カオス」に突き刺さり、上層領域「マホラ」の支えとなっている。
 彼ら修繕屋はそんな「柱」の、文字通り修繕が主な業務。
 マホラとカオスでは流れが大きく異なり、その双方の領域に跨っているこの柱は暫し大きく捩れ、ひび割れ、へし折れてしまう事が多々ある。
 この現象は「クエイク」と呼ばれている。
 クエイクは暫しカオスに多大な影響を与えその構造を激変させてしまう、その為にカオスで作業中の「拾い屋」「廃棄屋」が多数死亡してしまうケースが少なくない。
 修繕屋は定期的に柱の状態を調査することでクエイクの予測やアフターケアを行い、クエイクによる死傷者を一人でも少なくすることが彼らの一番大きな役目である。




%cat base.txt
「基礎」は非情に障害が多く、危険な領域である。
 カオスとマホラ、空間構成要素の大きく異なる二つの領域の橋がけである基礎は、その構造に根本的かつ致命的な問題を幾つも抱えている。
 その為に情報の独立性が非情に曖昧であり、容易に崩壊が始まってしまう。
 通常の人間が何の防具系のアプリケーションを搭載せずにこの基礎に接続した場合、五分と持たずに脳が焼かれる。
 それ程に不安定で負荷の多い領域なのだ。
 従って、この領域で作業を行う修繕屋は、かなりの重装備パッチを自身に施す。
 自身の体積より遥かに大きい鎧を着込んだり、さらには完全に球体のシールド内に入ったり、各人多種多様な防壁を展開している。






%cat TomTitTot.crb
**PROTECTED**
***LEVEL7 EYES ONLY***
Received:1 January 2153
Protected:21 May 2153
**SUMMARY:Internal reference to the Richtofen Project
***START***

 date:2 4 2029

 覚書宛先 K
 送信者 主任分析官リヒートフェン

 件名:"Little Lady"(NO.18)
 生誕地:ロシア、レニングラード(現ヴィクトル領)
 国籍:アメリカ\白人
 生年月日:二0一五年十一月七日
 年齢:十二
 身長:百二十センチ
 体格:華奢
 体重:四十三キログラム
 眼の色:ブラウン
 髪の色:ブラウン

 
 K、添付した動画を見てるか?
 お前の呆けた顔が眼に浮かぶよ
 全て私の言った通りだったろ?
 やはりあのプロジェクトは停止すべきではなかったのだ
 今更後悔したって遅い、もう貴様らの出る幕は無い
 分かるか? これはお前に対する報復だ
 俺はお前の偽善を見下し、お前の情熱を冷笑し、お前の努力を無益にし、お前の全てを奪い取る

 じゃあな、哀れな操り人形さん




%cat Richetfen Project.dir
**PROTECTED**
***LEVEL12 EYES ONLY***
Received:NO Data
Protected:NO Data
**SUMMARY:Suspended
***START***






一章


《ロンドンの西のある農家に、リーズと言う陽気でほがらかな娘が住んでいました。
 すこーし考え無しの所がありましたが、本人は何事も良いように考える方でしたから、いたって幸せでした。

 ある時、お母さんがパイを五枚かまどで焼きましたが、でき上がったパイは焼けすぎていて、固くて食べられませんでした。
「リーズ、このパイを棚を上に乗っけて冷ましておおき。そうすりゃ、またもどるから。」
 お母さんは、しばらくすると、固い皮がもどって、やわらかくなると言ったのですが、リーズは良いように考えました。
「パイを食べても、またもと通りにかえって来るなら、何枚食べてもへらないわよね」
 そうです、リーズはこのパイは食べても戻ってきて一枚も減らないと思ったのです。
 リーズはお茶を入れるとパイを一枚、また一枚と五枚全部食べてしまいました。

 夕方、お母さんが帰ってきて、「リーズ、パイは戻ったかい?」と聞きました。
 リーズはお昼からずっとパイが戻ってくるのを待っていたのですが、まだ一枚も戻ってきていません。

「ううん、お母さん。 まだ一枚も戻ってこないわ。」
「一つもか?」
「ええ、一つもよ。」
 お母さんは困ったように言いました。
「仕方ないわね、やわらかく戻ってなくても、晩ご飯にパイを一つ食べようね。」
 リーズはびっくりしました。
「お母さんが戻ってくるって言うから、全部食べちゃったわ!」
 お母さんは棚の所にいってパイが一つも無い事にびっくりしました。
「パイは食べても戻ってこないの?」
 リーズの言葉にお母さんはあきれてしました。

 お母さんは再びパイを焼くと、その間に糸車を外に出し、歌を唄いながら糸をつむぎました。
 「うちの娘はパイ食べた
  一日五枚パイ食べた
  パクパクパクパク、パイ食べた
  五枚一度にパイ食べた」
 そんな時、ちょうど馬に乗った若い王様が通りかかり、歌を聴きました。
「面白そうな歌だな、もう一度聞かせてくれないか?」
 お母さんは娘の事を正直に歌う事が出来ず、慌てて違う歌を歌いました。
 「うちの娘は糸つむぐ
  一日五かせ、糸つむぐ
  クルクルクルクル、糸つむぐ
  五かせ一度に糸つむぐ」
 王様は歌を聞くなり、「お前の娘はたいしたものだ。一度あわせてもらえないか?」と言いました。
 すると、ちょうどそこにリーズが「お母さんパイが焼けたわ」と出てきました。
 王様は目を奪われました。
 何事も良く考えるリーズの屈託の無い笑顔は王様の心を奪ったのです。
 王様はすぐさまリーズにプロポーズしました。
「私は妻をめとらねばならず、よい女性を探していた所だ
  そなたは美しく、また一日に五かせも糸をつむぐ事の出来る素晴らしい娘だ
 父も母も臣達も気に入ってくれるだろう
 一年のうち、十一ヶ月は王妃として好きなだけ食べ、好きなように着飾るが良い
 残り一ヶ月は国の手本として、毎日五かせの糸をつむぐのだ
 もし、出来なければ私はお前を殺さねばならぬが、そなたならできような?」
 何事も良く考えるリーズはすぐさま「はい」と答えました。
 母はリーズの顔を見ましたが、いまさら取り消す事も出来ませんでした。
でも……その時になれば、いくらでも言い逃れ出来るし、そのうち王様も五かせの糸をつむぐ事なんて忘れてしまうかも知れない。
 リーズは王様に、にっこり笑顔で会釈しました。》








 所々腐食によって黒く変色した、木製の大きな橋。
 今にも破れ解けそうな皮紐と、湿り気と虫食いによって弱り果てた木々によって作られたその橋の下には、底なしの闇が広がっている。
 欄干の闇の奥を覗くと、遥か遠くに小さな赤い焔が微かに舞っているのが見えた。
 まるで現実の様な雰囲気と質感を持つ空間であるが、ここは決して現実世界ではない。
 ここは広大な電脳空間「アステリオス」の中にある領域の一つに過ぎなかった。
 ここは「基礎」と呼ばれる領域。
 不安定な虚無の大渦が生み出した世界。

 木々の軋む音が響く。
 今、一人の男が橋を渡っている。
 奇妙な格好をした男だ。真鍮製の重厚な鎧を身に纏い、身の丈程もありそうな大きなリュックを背負っている。
 男はやがて橋を渡り終え、赤く多肉質な地衣類に覆われた大地に辿りついた。
 闇の中にぽつんと浮かぶその地の中央には、一本の金属質な柱が突き刺さっていた。
 その柱は大きな亀裂が中央に大きく斜めに走り、そこから黄土色の気体が噴出している。
「時刻にーまるなななな、ガザ、第百○七号側土台を目視」
 男はブツブツと独り言を呟きながら、ゆっくりと柱に近づいていく。
「目標の損壊は予定よりも深刻、中央部に大きな断裂、ラムダの漏洩も視認可能なレベル、今週は持ちそうだが来週末以降は怪しい」
 男は背中のリュックから大型のリベットガンを取り出すと、それを構え、柱に向けて二本の弾丸型のネジを撃ち込んだ。
「オシロの打ち込み完了、値の記録を開始する」
 男はそう呟くと銃を降ろし、その場にリュックを下ろす。
 そしてポケットの中から一掴みの黒水晶の欠片を取り出し、それを辺りに適当にばら撒いた。
「少し休むか」
 彼は最後にそう言うとリュックの上に腰掛けて、そっと眼を瞑った。




 ――あぁ、またこの夢か
 棺を囲む人々
 手には白い花を持ち、棺の中を覗きこんでいる
 泣きたければ泣きなさい
 何時かは来る日だと分かってはいました、でも
 母の嗚咽
 彼女はこの三年後、あの家に僕を捨てた
 ――父は廃棄屋だった、そしてクエイクに巻き込まれて死んだ
 廃棄屋は仕方ないんだ
 拾い屋みたいに高価な防具やオペレーターは付けれない
 可愛そうに、まだ八歳だぞあの子は
 だから所帯なんて持つなと
 僕も白い花を手に取り、黒い列に並んだ
 列は短く、並ぶ人々はそっけなく、僕の順番は直ぐに来た
 ――父の死は純粋に悲しかった、だから僕は修繕屋になった
 四人、廃棄屋の月平均での死者だ
 修繕屋になるといい、そして減らしてやるんだ
 こういう悲しみは無くさないといけないよ
 棺の前に立つ
 僕はその淵にそっと手を掛け、中を覗き込もうと……


 男の夢はそこで途切れる。
 何かが蠢く気配を感じて、そっと瞼を持ち上げた。
「あなたはだあれ?」
 幼児特有のまんまるで大きな瞳が二つ、そしてあどけない声。
 彼の眼の前には、いつの間にか一人の少女が立っていた。
 男は状況をその状況を全く飲み込めていないようで、何度も眼を瞬かせる。
「なんだ……お前……誰だ? いや、なんで子供がこんな所に……」
 彼の呟きを聞くと少女は少し恥ずかしそうに笑いながら、そっと右手を差し出した。
 そこには先ほど彼がばら撒いた黒水晶が、大量に握り締められていた。
「落し物ですよ、こんなに綺麗な物、落としちゃ駄目ですよ」
 彼女はにっこりと微笑む。
 男は困惑しながらも腕を伸ばし、水晶を受け取る。
「おい……お前、子供がどうやってここに……」
「え?」
 突然男は手を伸ばし、少女の腕を掴んだ。
「いや、痛いッ」
 少女が悲鳴をあげる、だが男は手を離さずに力づくで少女を引き寄せる。
「答えろ、子供がどうやってこんな所に……いやお前どうしてそんな軽装備でここに――」
「お願い離してッ」
 叫びながら暴れる少女を、男は押さえつける様に抱えあげ、リュックから識別機器を取り出しそれを少女に突き刺そうとする。
「じっとしろガキ、大して痛くねぇから」
「離して、離さないと貴方つぶれちゃうよ」
「は? 潰れる?」
 その時、酷く不快な金属音が周囲に鳴り響いた。
「柱が、倒れるからッ」
 男は弾かれた様に顔を上げる。
 柱が、ついさっき彼がオシロを打ち込んだばかりの巨大な柱が、中央の断裂からゆっくりと斜めに傾いて――
「おい……嘘だろ」
 男が言葉を失う。
 少女が隙を突いて男の拘束から逃れる。
 そして今度は逆に彼女が男の腕を掴むと、力任せに引っ張った。
「危ないッ!」








「へぇ、元気そうじゃんガザ」
 クエイクに巻き込まれたんじゃなかったのかよ――ホロレリと呼ばれている男はそう言うと、ベッドに横たわる僕を興味深そうにジッと眺めた。
「運が良かったのさ」
 僕はそう言うと半身を起こして、楊枝が刺さったリンゴを取って口に運ぶ。
「ふーん、まぁそういう事もあるのか」
 そう言う彼にあまり納得した様は見えなかったが、一応怪我人の僕を気遣ってくれた様で、あっさりと引き下がってくれた。
 ここは現実世界、修繕屋専用の共同住宅の一室、僕の部屋。
 目の前でへらへらと笑っているこのホロレリという男は、僕の上司筋にあたる人間だ。
 一昨日、クエイクに直下で巻き込まれながらもほぼ無傷で生還する、という稀有な体験をした僕は、とりあえずの自宅療養を命じられていた。
 多少のブラストが端末を逆流し、海馬の一部が軽く焼け付いた程度の傷で得たこの一週間の休暇は、些か大げさで僕は随分と暇を持て余していた。
「――で、今回のクエイクで死者は?」
 僕がそう問うと、ホロレリは酷く面倒気な視線を返してきた。
「何時も思うんだが、お前それを聞いてどうするんだよ」
「どうするも何も、覚えておくだけだ」
「バーカやめとけ、そんな物まで気に負うんじゃないよ」
「別に、そんなんじゃないよ」
 僕はそう言うと気楽そうな微笑を彼に見せた。
 だが僕の思惑とは逆に、彼は益々不満げな表情に顔を歪めてしまった。
「なぁガザ、お前もう少し気楽に仕事しろよ」
 見てるこっちが辛いときがあるよ――彼は半ば懇願するようにそう言ったが、僕は首を縦に振ることはできなかった。
「ごめん、無理だよ」そう言うとリンゴをもう一つ取って齧る「――僕は父親をクエイクで亡くしたから」
 諦め半分忌々しさ半分、そんなため息をホロレリは漏らすと、俺に一枚のデータスティックを投げた。
「ありがとう」
 俺はそう言ってそれを頚椎プラグに差し込み、中のデータを読み込んでいく。
 中身はパーソナルデータ、三人の拾い屋の物。
 それはつまり、あのクエイクで三人の死者が出たという事だった。
 僕はできる限り丹念にその情報を読み込み、彼らの存在を脳裏に焼き付けていく。
 僕にとってこれはとても大切な儀式であった。
 弔い、僕なりの弔い――
 データスティックを引き抜く。
「ありがとう」
 僕はもう一度礼を言った。
「どういたしまして、お役に立てて光栄です」
 ホロレリは嫌味をたっぷりにそう言うと、指でデータスティックをへし折った。
「こんな死者の事ばかり見てどうする、バカみたいじゃないか」
 独り言を呟きながら彼は何度もスティックを折り、入念に不正ダウンロードしたデータを破壊する。
 ――あぁ今だ、今なら聞いても怪しまれない。
「なぁ、幽霊っていると思うか?」
 僕はもう一つリンゴを頬張り、何気ない感じを演出したが、案の定ホロレリは「はぁ?」と困惑の声を上げると、僕を疑り深い目で凝視した。
「幽霊だよ、死んだ人の魂がアステリオスの中を歩く。そういう事ってあると思うか?」
「あるわけねぇだろバーカ」
 ホレロリは強い口調でそう言いきると、データスティックの残骸をゴミ箱に投げ捨てた。
「そうだよね、あるわけないか」
「下らない事ばかり考えてないで、さっさとその焼け付いた脳味噌を治せ」
 ホロレリは投げやりにそう言い捨てると腰を上げた。
 そのまま帰るのだろうと僕は思った、だが彼は何かを考え込む様に暫くその場に棒立ちしていた。
「どうしたホロレリ」
「……そういえば、前にそんな話を聞いたな」
「え?」
 俺は少し戸惑った声をだす。
 言ったホロレリ本人も、何故か不思議そうな顔をしてる。
「なぁガザ、リルナッハの所に女の修繕屋がいるだろ」
 お前面識あるか――そんな目線が向けられた。
「女? 女の修繕屋なんているのか?」
「まだ驚くには早いぞ、その女は元拾い屋だ」
 僕は一瞬言葉を失う。
「……なんだその素性は」
「若干十五歳の天才拾い屋つーことで持て囃されてたらしい。まぁちょっとした不祥事で記録には残ってないけど」
「なんだよその不祥事って」
「知らないよ――」彼はそう言って肩を竦めてみせる「――何れにせよ超一流技師集団の中でも輝いていたその十五歳の才媛は、今や場末の瓦礫の補修工だ。嗤えるだろう?」
 ホロレリはそう言って笑ったが、僕は真顔だった。
「で、その天才少女がどうしたのか?」
「噂だとそのお嬢ちゃん『幽霊』を見たらしいぞ、それが拾い屋を辞めた理由に関係あるとか」
 それと、もう少女じゃない。二十四のお姉さんだ――と彼はどうでもいい事を付け加えた。
「幽霊……」
「今度会ってみたらどうだ? 死人にご執心な者どうし気が合うんじゃないかな」
 幽霊
 彼女も「あの子」に会ったのか
 それとも――
「おい、どうしたガザ」
「あぁいや、なんでもない」
 僕はそう言ってひくつく瞼をそっと閉じた。
 記憶の殻が貝の様に口を開き、昨日のあの出来事を想起させる。
 ――あなたはだあれ?
 



 次の日の昼、ガザは「基礎」に居た。
「みんなのねーがーい、からだにうーけーてー」
 彼はデタラメな歌を唱えながら、赤い植物に覆われた大地を進んでいる。
 そこは二日前、彼があの少女と出合った区画だった。
 着込んだ真鍮の鎧が男の歩みに合わせるように、大げさにガシャシャと金属音を鳴り響かせていた。
「さーあよーみーがーえーれー、ライディーン、ライディーン」
 ガザの右手からは歩調に合わせて、一定の間隔で美しい紫水晶を地に零れ落ちている。
 それはまるで道しるべの様に、彼の行動の軌跡を地面に残す。
「フェードイーン、フェードイーン、たちまち溢れ……っとこんなもんで良いかな?」
 そう言うと彼は歩みを止め、残った紫水晶を周囲に適当にばら撒いた。
「こんな罠に掛かるとは思えないが……まぁいい」
 最後にそんな独り言を零すと、ガザはその場にリュックをどかりと降ろし、その上に座り込んだ。
 そしてあの時と同じように眼を瞑り、適当な物思いに耽る事にする。
「ウサギ……か」
 彼がぼそり呟いたその名は、昨日ホロレリの話していた「女の修繕屋」の名前だ。
 やはりというかなんというか、女の修繕屋なんてほぼ存在せず、見つけ出すのは非情に容易だった。
「元拾い屋、ねぇ」
 一応、オープンなパーソナルデータをある程度読み込んではみたが、ホロレリの言ったように「拾い屋をやっていた」という記述は何処にも見あたらなかった。
 だが彼女の取得している資格、免許、そして脊椎に埋め込まれたやたら高額な端末を見る限り……
「今度一度リアルコンタクトを取ってみようか」
 あまり気乗りしなかった。
 恐い――ガザは彼女に対してそんな印象を抱いているのだ。
 データベースで彼女の画像を見た時――死んだ魚の様な瞳をしたその女性を一目見た時、彼は思わず眼を逸らした。
 明らかに、普通の人間の「それ」ではなかった。
 壊れた人間
「まぁ、その辺はおいおい考えて行こう」
 そんな言葉を発したとき、微かに人の気配を感じた。
 彼は軽く息を整え、うっすらと眼を開ける。
 遠くに人影が見えた。
 酷く小さく、華奢な少女の影。
 その子は体をくの字に折り曲げて地面を凝視し、時折屈み込みこんではじわじわと男の下へ近づいてくる。
 彼女は男が落とした水晶を拾っていた。
 ただ一心に、とても楽しそうに。
 男の直ぐ目の前まで来ても、その少女は地に散らばった宝石ばかり追いかけ、一向にガザの存在に気づかない。
「おい」
 痺れを切らした彼がそう呼びかけると、彼女は弾かれた様に顔を上げ、そして眼を丸く見開いた。
「あッ」
 少女小さく声を上げると、一歩後ずさる。
 二つの大きな瞳が、不安げに揺れ動く。
「待てよ、もう無理矢理腕を掴んだりはしないから」
 あれはすまなかった――そうガザは謝るが、彼女はさらに一歩後ずさってしまう。
「おいおい、そんなに警戒しないでくれ。お前は僕の命の恩人なんだ、僕はお前に礼がしたいだけだ」
「恩人?」
 彼女の声には、まだ若干の怯えが含まれている。
「柱が倒れた時、お前は僕の腕を引いてくれたじゃないか。お前が助けてくれなかったら僕は今頃――」
 彼女の表情に僅かだが安堵の色が覗いた気がした。
 ――もう一押しだ、もう一押し何か
「その石をくれてやるから、ちょっと話をしよう」
 ガザはそう言って、少女が大事そうに握っている黒水晶を指差す。
 途端に彼女は瞳を輝かせ、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「いいの? 本当に?」
「いいよ持って行け」
 そんな安い設置型リーコンなんざ、幾らでも支給してもらえる。
 すっかり警戒心の解けた彼女は男の側に歩みよると、そっと男の顔を覗き込んだ。
「あなたはだあれ?」
 あなたの事を、いろいろ教えて








二章


《こうしてリーズは王様に嫁ぎました。
 王様はリーズを立派な馬車に乗せお城に連れていき、盛大な結婚式を行いました。
 リーズは王妃として、大勢のお付きの者に世話をさせ、好きなだけ好きなものを食べ、好きなだけ綺麗な物を身に付けました。
 王様はそんなリーズを微笑んで見ていました。
 そして何処へ行くにもリーズを連れて行き、二人は幸せな十一ヶ月を過ごしたのです。

 十一月目の最後の日、王様はリーズを東の高い塔の中にある小部屋に連れて行きました。
 その部屋には糸車と腰掛け、そしてベッドが一つあるだけでした。
 「王妃よ、明日から一ヶ月の間城の者はもちろん国中の者に、糸を一日に五かせ紡いで見せるのだ。
 それで、我が国には素晴らしい王妃がいると隣国にも知らせる事が出来る
 もし出来なければ、私はお前の首をはねなければならん
 頼んだぞ」
 王はそう言うとリーズを残して出て行き、戸に鍵をかけて行きました。

 リーズは驚きました。
 糸つむぎの事などすっかり忘れていたのです。
 そして、糸つむぎなんてやった事も無かったのです。
 試しに糸車を廻して見ましたが、糸車がカラカラ音をたてるだけで、糸などつむげるはずもありませんでした。
「こんなとこからは逃げだしちゃおう」
 しかし、窓を開けるとそこは目もくらむような高さでした。
 風がビュゥウと吹きました。
 リーズは慌てて窓を閉めました。

 もう、どうにもなりませんでした。
 リーズは生まれて初めて泣き出しました。
 何も良い方に考える事が無かったのです。
 そんな事は生まれて初めてでした。

 リーズが泣いていると、窓をトントン叩く音が聞こえて来ました。
 振り向くとそこには小さな黒いものが見えました。
 リーズが窓を開けると、その黒いものはタッと部屋の中に走り込み椅子の上に座りました。
 そいつは長いしっぽを持ち、全身は茶色の毛に覆われた小人でした。
「どうして泣いてるんだ?」
 その不思議な小人はリーズに聞きました。
 リーズはその小人が何なのか良く考えもせずに、事のあらましを全部話してしまいました。
「なら、俺がかわりに糸をつむいでやろう。」
「ほんと?」
 リーズは小人の言葉に顔をほころばせて聞き返しました。
「ほんとさ、朝一番にこの窓の所に来て麻をもらって、夜には五かせ、持ってきてやる。」
「まぁ、うれしい!」
 リーズは大喜びしました。
「一ヶ月、」
 小人は娘をちらっと見て、言いました。
「俺はお前の代わりに糸をつむいでやる。
 お前は毎晩三回、俺の名前を当てて見ろ。」
「名前を当てるの?」
 リーズは聞き返しました。
「そうだ、でも一ヶ月たってもお前が俺の名前を答えられなかったら……」
「答えられなかったら?」
「お前をもらっていく。」
 小人は歯をむき出しにして、ヒヒヒヒヒと笑いました。
 その小さな口には牙がチラチラ見えました。
 リーズはこの黒い小さなものがなんなのか、良く考えもせず、一ヶ月もあれば、名前なんか言い当てられるわ。
「ええ、いいわよ。」と、答えてしまいました。
 しっぽのある小人は「じゃあ、約束だ。」と言うと、またタッと外に飛び出していきました。》








「なあ、そろそろ僕も質問していいか?」
 ガザはそう言って少女の言葉を遮った。
「え?」
 少女はちょっと困った様な表情を作る。
 彼女は僕の命の恩人だ、求められた物はすべて与えよう――そう男は考えていたが。名前、年齢、職業、家族構成、趣味はまだしも女性関係まで根掘り葉掘り聞かれそうな段になっては、流石に話題を逸らす他なかった。
「お前、名前は何ていうんだ?」
「私? 私は……」
 彼女はそう言って暫く考え込む。
「どうした?」
「……エルエルだったかな? みんなからはそう呼ばれてた気がする」
 気がする?
「なぁエルエル、お前ってその――」
 男は言葉が続かなかった、彼女に関して分からない事ばかりで何をどう質問すれば良いかさえ、上手く整理できていなかった。
 どうして子供がこんな領域に? どうしてそんな軽装備で大丈夫なのか? どうして自分の名前さえもあやふやなのか?
「――普通の人間ではないよな?」
 できる限り柔らかい言葉を捜したが、結局そんな棘のある問い方しかできなかった。
 少女はそっと微笑んだが、目には悲しみの色があった。
「私わからないんだ、『普通の人間』がどんなのか。ずーっと私一人ぼっちだったから」
 うん確かに、普通の人間じゃないのかも――彼女は弱弱しくそう付け加えた。
「『ずーっと』ってどれくらいだ?」
 ガザはそう尋ねたが、少女はそっと首を横に振るだけだった。
「そうか、まぁなんとなく分かったよ」
 男は最初にこの子と出合ったとき、「幽霊」という印象を受けた。
 きっとそれはあながち間違ってはいないのだろう――彼はそう心の中で呟く。
 ――この少女は、常世の理から外れた存在なのだ。
 男はそういう超自然的な認識を持つことに、あまり抵抗を感じなかった。
 その名の通り混沌の坩堝である「カオス」を長いこと見続けてきた彼には、この程度の不思議が実在する事はむしろ自然の摂理に思えた。
「ねぇガザさん、質問してもいい?」
「なんだ?」
 彼女の表情には、もう悲しみは名残さえも残っていない。
 男はそれに多少の安堵を感じながら、やはりこの子はその幼い外見には似つかわしくない賢さを持っているのだと知る。
「ガザさんて、今お付き合いしてる女性はいるんですか?」
「いや、だからそういうのは聞くなって」



「そうだエルエル、最後にもう一つ質問してもいいか?」
「なぁに?」
「お前この前、柱が丁度僕目がけて倒れた時。実際に倒壊の始まる直前に言ったよな『潰れる』って」
「……うん」
「どうやってそれを察知したんだ?」
「それは、その……」
「お前、予め柱が倒れるって知ってたのか?」
「……」
「ひょっとして予知できるのか? 倒壊の瞬間を」
「……ガザさんのお仕事って、柱の点検なんだよね」
「あぁそうだ、クエイクの予防が仕事だ」
「私がもし予知ができるなら、それは貴方の役に立つ事なの?」
「当然だろ、それで何人もの命が救える」
「もし予知できるなら、また会いに来てくれますか?」
「それどころか、足しげく通う事になるだろうな」
 僕はそう言って少しおどけてみせた。
 でも彼女はただ静かに俯いていた。
 やがて静かに顔を上げ、僕の眼をじっと見つめる。
 その時一瞬、本当に一瞬だったが、彼女の瞳が暗く沈みこんだ様な気がした。
 幼子らしいきらきらとした輝きが消え、気の遠くなるような年月を経た人間だけが持つ深い闇、それを宿したような気がした。
 エルエルはそれを彼から隠すように顔を背けると、虚空の遥か彼方を見つめた。
「このままずっとあっちに行って二つ目の柱、それが多分明後日……」


 二日後、その柱は正しく彼女の言ったとおりに倒壊した。








「ほら、アレが『ウサギ』だよ」
 ホロレリはそう言って、食堂の隅に一人座っている女性を指差した。
 僕はじっと彼女を観察する。
 長く美しい黒髪、雪のように真っ白な肌、全体的に細く簡単に折れてしまいそうな華奢な体格。
 一見すると美人なのだが……
「気味悪いよな、まるで日本人形だ」
 ホロレリの言ったその感想は、彼女の雰囲気をよく言い表していた。
 眼が異常なのだ、獣の様に瞳孔が大きく見開かれ、それでいて生気が一切感じられない。
 死んだ魚みたいな眼だ。
「知らなかったよ、ガザ君はあんなのが趣味なのか」
 彼はそう言って僕の肩を慣れ慣れしく叩く。
「そんなじゃないよ」
 僕は素っ気無く言うと、席を立つ。
「がんばれよガザ君、上手くデートに連れ出せるといいな」
 そんな冷やかしを背中に受けながら、彼女に近づく。
 枯れ木のような人間だ。
 近くで見てそう思った。余計な肉の殆ど無い彼女の体は動物と言うよりも、植物のそれを連想させる。
「どうも、始めましてウサギさん」
 できる限り気さくに声を掛けてみる。
 だが彼女は僕の方をちらりとも見ず、ただただ手元のスープを匙で突いている。
「自分はガザと言うものです、ホロレリの所で修繕屋をやっています」
 言いながら彼女の直ぐ正面に、向かい合うように腰掛けた。
 だがそれでもウサギは何の反応も示さない。
 まるで自分が空気になったような錯覚を感じる。
「ウサギさん?」
 ――少々強引に行こう、仕方ない。
 僕は心の中で深く溜息をつくと、覚悟を決める。
「僕も幽霊に会いました」
 ガチャッ、と鈍い音が鳴った。
 彼女が匙で皿の底を強く叩いたのだ。
 数瞬の沈黙。
「消えなさい、私は他人が好きじゃないの」
 一切僕の方を見ることなく、彼女は冷たい言葉を落とした。
 僕は顔を顰めながらも、一枚のデータスティックを彼女に差し出す。
「これは僕の視覚記録の一部です、一度眼を通してはもらえませんか?」
 彼女は言葉を返さず、視線はじっと下に伏せたままだ。
 それでも僕には「彼女は興味を持っている」という確信があった。
「教えてください、ここに記録されている幽霊は、貴女が九年前に遭遇した物と同じですか?」
 彼女は一つ舌打ちを発すると、乱雑にデータスティックを取って自分の頚椎プラグに差し込んだ。
 ウサギの目が大きく見開かれる。
 スティック内の視覚データが、彼女の現在の網膜に映し出されているのだ。
 穴の様に真っ黒なウサギの瞳は今、子供らしい無垢な輝きに満ちた少女の姿を追っているはず。
「なるほどね」
 彼女はスティックを引き抜く。
 その視線は冷ややかだった。
「幽霊、確かにその表現があってる」
 そう言うとウサギは顔を俺に向け、データスティックを差し出した。
 初めて彼女と眼が合った。
 僕は何故か萎縮してしまう。
「ガザって言ったかしら。教えてガザ、この幽霊は今何処にいるの?」
「どこって、だから基礎に――」
「基礎の何処? 詳しい座標を聞いているんだけど」
「えっと、東区の……」
 僕はそこまで口にして言葉に詰まった。
 決して座標を失念したわけではない、嫌な想像が脳裏に走ったのだ。
 ――この女、どうして真っ先にそんな事を?
 僕は彼女の瞳を覗き込む。
 彼女もこちらの意図に感づいたのか、僕から視線を外した。
 再び沈黙。
 互いを推し量るような、長い間が空いた。
「……ウサギさん、貴女はどんな幽霊に会ったんですか?」
 僕がそう問うと、彼女は僅かに首を左右に振った。
「幽霊じゃないよ」
 スープを匙で軽く掬い、それを舐める。
「私が逢ったのは過去の人の影」
 彼女はもう僕の方は見ようとしなかった。
「私はその影に触れて、とても大切な事を学んだのよ」
 半端な無視。
 それは「貴方は相手をする価値も無い」そんな冷酷な意思表示に映った。
「『この世の道理に背いた存在、それは災いでしかない』ってね」
 ――この女、まさか……
 悪い予感の翼がバッと開いた。


「幽霊の場所を教えなさいガザ、私がそれを殺してあげる」







「エルエルッ!」
 ガザは大声でその名を呼びながら、彼女の元へ駆け寄った。
 少女は男の取り乱した様子に、不安と戸惑いの混じった表情を向ける。
「どうしたんですかガザさん」
 男は少女の側まで来るとリベットガンを構え、かなり警戒した様子で周囲を見渡した。
「エルエル、誰か来なかったか?」
「え?」
「女の修繕屋が来なかったか? 日本人形みたいなヤツだ」
 少女は状況がまるで良く分からなかった。
 ガザの腕をそっと掴み、怯えた声を発する。
「誰も来てないよ、ガザさん以外は誰もここには」
「そうか、なら……いいんだ」
 ガザは深く息を吐き出すと銃をしまい、首を垂れた。
 少し冷静になってみれば、それは当たり前のことだった。
 ウサギがここに辿り着けるはずが無い。
 彼女に見せたのは僕の視覚の、それもほんの数十秒間に過ぎない。
 たったそれだけの情報からこの広大な基礎の内の、この座標をドンピシャで見つけ出すことは干草の中から針を探すような物だ。
 男は自分にそう言い聞かせ、心を落ち着けると、そっと顔を上げエルエルと向き合った。
「ガザさん――どうしたの?」
「いや何でもないんだ。驚かせたな、もう大丈夫だ」
 男はそう言うと、一目で作り物と分かる下手な笑みを浮べた。
「大丈夫ですか?」
 少女は心配そうに僕を見つめる。
「ひょっとして、私の予知が――」
「いや違う違う。そんなんじゃないよ、エルエルの予知は外れてない。それどころかまた、正にその通りに柱が倒れたよ」
「そっか……それなら良かった」
 彼女は沈んだ声でそう言うと、ガザに抱きついた。
 男はどう反応すれば良いのか分からず、なんとなく彼女の頭に置いてあげた。
 ――少女は泣いていた
 ガザにしがみつき、さめざめと涙を流していた。
 彼にはその涙の理由も意味も分からず、ぎこちない仕草で少女の頭を撫でてやる事しかできなかった。








 三章



《次の日、王はリーズのもとへ、食べ物と五かせの糸がつむげるだけの麻を持ってきました。
 王が出て行くと、窓にはあのしっぽのある小人が待っていました。
 リーズは小人に麻を渡すと、小人はその麻を持ってどこかに消えてしまいました。
 そして夕方、つむいだ五かせの糸を持ってやって来きました。
「俺の名前はわかったかい?」
「ルーク?」
「いいや」小人は首を振りました。
「ハーン?」
「い〜や」小人は黒い尻尾を振りました。
 リーズは少し考えて聞きました。
「じゃぁ、ネッドかしら?」
「ちがった〜〜〜!!」
 小人はクルクル体を回して答えました。
「あと二十九日だぞ!」
 小人はそう言うと、窓から飛ぶように消えました。
 リーズは小人の名前が言い当てられませんでしたが、「あと、二十九日あるなら大丈夫ね」と、嬉しそうに糸を手に取りました。
 すると入れ替わるように王様が部屋に入って来ました。
 リーズは小人のつくった糸を王様に渡しました。
 王様は「今日はお前の首をはねなくてすんだ。 明日も頑張っておくれ」と食べ物を置いて出て行きました。

 こうして次の日も次の日も、朝、王様は麻の束と食べ物をリーズに渡し、しっぽのある小人はその麻を受け取りにやって来ました。
 リーズは小人に麻を渡すと、一日中小人の名前を考えました。
 そして夕方小人がつむいだ五かせの糸を持ってくると、リーズは小人の名前を言いました。
 しかし小人の名前はいつまでたっても当たらず、ただ、夜、やって来た王様に、五かせの糸を渡すだけでした。

 もう今日と明日しか小人の名前を当てる機会がありませんでした。
 夕方になって、また尻尾のある小人がつむいだ糸を持ってやって来ました。
「どうだ? 俺の名前がわかったかい?」
 小人は尻尾をグルグルグルグル回して、聞きました。
「ビル?」
「違うよ」
「サムソン?」
「違うよ〜」小人は嬉しそうに尻尾を回しました。
 リーズは今日最後の名前を聞きました。
「だったら、ネッド?」
「違ったぁ〜〜〜!」
 小人は尻尾を思いっきり回すと、リーズの顔をのぞき込みました。
「明日、名前が当てられなかったら、お前は俺のもんだからな」
 小人はそう言うと、タッと外に飛んで消えました。
 何事も良い方に考えるリーズも不安になって来ました。
 明日、あの小人の名前がわからなかったら、私はどうなってしまうの?そう考えると怖くて怖くて仕方ありませんでした。
 そこへ、王様がやってきました。後には侍女がテーブルと椅子を持っていました。
 王様はつむいである糸を見ると、部屋の中に侍女にテーブルと椅子を運び込ませ、食事を運び込みました。そして、リーズと食事をはじめました。
「もう後一日で糸つむぎも終わる。私もお前の首をはねなくてすんで、本当に安心しているよ」
 王様はリーズを見て、安心したように言いました。
 リーズは王様に悪い事をしたと思いました。
 自分は自分の事ばかり考えて、王様の事はちっとも考えていませんでした。
 こんな王様とあともう少ししか一緒にいられないと思うと、リーズは悲しくなりました。
「そうだ、今日、面白いもの見たよ。」
「なんですか? 王様。」
 リーズは明るく聞き返しました。
 後一日、王様と一緒にいられる時は楽しくすごそうと、良く考えたのです。
「今日、狩りに出かけたら、何処からか歌が聞こえてきたんだ。
 歌の聞こえる方に行って見ると、石が積み上がった所があって、その奥に何かが住んでいるようだったんだ。
 私はその穴をそ〜っとのぞき込んで見ると、尻尾をもった小さなものが歌を唄いながら、凄い早さで糸車を回していた」
 王様はどうやらあの小人を見たようでした。
 リーズは「それで?」と身を乗り出して聞きました。
「そいつの歌は変わっていてな。」
 『おいらの名前をいってみな。
  トム・ティット・トット!
  おいらの名前を当ててみな。
  トム・ティット・トット!』
 そう自分の名前を歌いながら、小さな糸車をびゅんびゅん回していたんだ」
 王様は笑いながら話しました。
 リーズは飛び上がるほど嬉しくなりました。
 これでもうあの小人を恐れる事はない、また王様と暮らせる。そう思うと自然に笑顔がこぼれました。》






「管理官の連中がお前に会いたがっている」
「僕に? 理由は?」
「――惚けるなよッ」
 そういうとホロレリは僕の肩にガバッと抱きついてきた。
「この三ヶ月で五連続でクエイクを予見した偉大なるガザ様を、直々に表彰したいんだとさ!」
 ホロレリは興奮した様子で一息にそう言うと僕の髪を乱暴に撫で回した。
「やめろ、やめてくれホロレリ」
「はッ、やめねー絶対やめねー。来月にはお前はユニットリーダーに昇進だ、俺よりも上の地位に着きやがって許せねー」
 彼は楽しそうに喚きながら、サルのように僕に纏わりついて小突き廻す。
「ホロレリ、その話本当なのか?」
「本当だよ本当、既にお前の部下の選定もされた」
 僕は内心安堵の息を吐く。
 小さな間が空いた。
「長かった」
 無意識の内に、そんな言葉を僕は発していた。
「長かった? どこがだよ、お前が怪しげな予見を始めてからまだ三ヶ月じゃないか」
「三ヶ月も掛かった、その間に僕の予見した五回のクエイクで、八人が死んだ」
 上の連中はなかなか僕の言葉を真に受けてくれなかった。
 八人もの死者を出して、ようやく僕の言葉を信じてくれたのだ。
「気に負うなガザ」
「別にそんなつもりじゃないよ」
 ――八人、救えた筈の命。
 それは僕の心の奥底に、棘の様に突き刺さっている。
「そんな暗い顔すんなって、来週末はお前の昇進祝いで飲みに行くぞ。他の班の同期も呼んどいたからな」
「あぁ、ありがとう」
 僕は複雑な内心を隠し、嬉しそうな笑みを顔に貼り付けてそう返した。
 彼はそんな僕の様子に満足したように何度も頷くと、「それにアイツも呼んどいた」と嬉々として付け加えた。
「アイツ?」
 嫌な予感がした。
「ウサギだよ、あのお化け女も来させるようリルナッハに厳命しといてやったぞ」
 ウサギ、その名前を聞いた途端、全身を冷たい物と熱い物が駆け巡った。
 ――私がそれを殺してあげる
 闇の様に色のない瞳。
 感情を欠片さえも見せずに、彼女は言い切った。
 僕の鼓動は秒針の様如く時を刻んでいた。
「どうしたガザ、余計なお世話だったか?」
 彼の声で現実に引き戻される。
「あ、いや――」
 彼女は結局あの後、何もしてこなかった。
 この三ヶ月、エルエルにはもちろん、俺にさえ一切のコンタクトを取って来なかった。
「――別に、大丈夫だ」
「あはぁ、フられたか?」
 ホロレリはそう言うと、今日一番楽しそう僕を小突いた。







「ガザさーん!」
 エルエルは嬉しそうに駆け寄ってくると、僕の体に抱きついた。
「遅いよー待たせないでよー」
 彼女はころころと楽しそうに笑っている。

 三ヶ月
 ――僕がエルエルと出会い、彼女の予知を利用するようになってから、もう三ヶ月もの時が流れた。
 全てが順調に進んでいる。
 

「ガザさん、なんで今日は遅れたの?」
「ちょっと報告会が長引いてね」
「報告会ってなに?」
「え?」
「教えてくださいガザさん、報告会ってなんですか?」


 ――彼女は発生するクエイク全体の内三割程を予知する事ができ、その精度は恐ろしい程に高かった。
 僕はその予知のお陰で多くの人命を救うことが出来た。


「……っとまぁそれが報告会の内訳」
「そっかー、じゃあ毎月やってたんだ」
「こんな話が面白いのか? エルエルは」
「うん」
 少女はその輝きに満ちた瞳で僕を覗き込む。
「だって私は、あなたの事をもっともっと知りたいから」


 ――父が死んだあの日、僕は心に決めた。
 こういう悲しみは無くさないといけない
 僕はそう自分に言い聞かせ、それだけを生きがいにして来た。
 でも僕は今までずっと無力だった。
 修繕屋になってもやる事はクエイクの後始末ばかりで、人の命を救うことができなかった。
 命の弱さ、運命の残酷さ、世界の非情さ、そんな乾いた物ばかりをかみ締める日々だった。


「ガザさん」
「なんだ?」
「次はいつ来てくれます?」
「そうだな……まぁ来週にもう一回来るよ」


 ――無力、それはもう昔の話だ。
 今の俺は自分の無力さに嘆くことは無い。
 僕は、エルエルに出会えたから。
 僕は、彼女のお陰でやっと成りたかった自分に成ることができたから。
 僕は、父が死んだ時の様な悲しみを減らしてるのだから。
 夢が適ったんだ。
 悲しみを減らす、そんな仕事を僕はしているのだ。


「ばいばいガザさん」
「あぁ、じゃあまた来週」
「うん」
 彼女が僕を見送る
 千切れそうな程に右腕を振って
 いつまでもいつまでも
 
 彼女はとても幸せそうで
 僕も幸せだった






「……ガザ」
 唐突に呼びかけられ、僕は反射的に振り返る。
 幽鬼の様な女性が僕の後ろに立っていた。
「ウサギ――本当に来ていたのか」
 月明かりを受けて浮かび上がる彼女の青白い顔からは、相変わらず表情らしき物は一切汲み取れなかった。
 時刻は午後十一時を廻り、僕の送別会は佳境に入っていた。
 さほど広くない座敷にはホロレリ班とリルナッハ班の修繕屋が渾然とひしめき、文字通り足の踏み場も無い。
 大して酒も飲めず、そもそも人付き合いがあまり得意じゃない僕は、主役だというのにこっそりと抜け出し、外でタバコを吸っていた。
 ウサギはそんな僕の真横に立つと、頚椎の端末からプラグを一つ伸ばし、僕に差し出した。
 ――有線で話そう、そういう意味だ。
「いいよ、口頭で話したい」
 なだめるようにそう言って、僕は彼女の方を向いた。
 ウサギがプラグから手を離す。
 しゅるしゅると繊維の摺れる様な音を立て、それは彼女の脊椎に戻って行った。
「それで……何の用だウサギ」
「聞きたい事があるんだけど」
「何?」
「リヒートフェン計画について知ってるかしら?」
「は?」
 まったく聞き覚えの無い言葉だ。
「今から百年ほど前、アステリオスを開発したコンソーシアム社は、根源領域であるカオスを観測する為に、極秘裏に非人道的な実験を繰り返していた。後にそれは『K計画』と呼ばれ、最終的には公安の連中に切裂かれて中止に追い込まれる」
 いきなり説明が始まった。
 僕は虚をつかれる形で呆然とする。
 ――百年前? コイツなに言ってるんだ?
 彼女の言っている言葉の意味は半分も理解できない。
「K計画の中止から十年後、当計画の中心人物の一人、主任分析官『リヒートフェン』が東アの小国で『K計画と良く似た実験』を開始する」
 彼女はそんな僕の様子に構うことなく、一人言葉を流し続ける。
「彼の行った一連の実験、通称『リヒートフェン計画』は概ねK計画のコピーだったが。ある一点、カオスの観測に関して『軍事的利用価値』を追い求めた、という点はリヒートフェン独自の物であった」
 お前は何を言ってるんだ――僕はそんな抗議にも似た質問をぶつけるが、彼女はそれに何の反応も示さずに説明を続ける。
「その九年後、リヒートフェン計画は小国が内戦に突入した事により凍結されたとされている。ただ試作段階の兵器は幾つか完成していた」
 ――リトルシリーズ、それらはそう呼ばれていたらしい。
 そう言うと彼女は軽く息を吐き出し、ようやく僕の方を見た。
 僕はたじろぐ。
「で、それが何なんだよ?」
「何でもないわ、今のはただの私の勘。正直どうでもいい話だから」
「は?」
 彼女は答えない。
 代わりに僕をじっと凝視した。
「意味わかんないよウサギ、何が言いたいんだお前」
 彼女は何も言葉を発さず、僕を見つめ続ける。
 底なしの闇が、まったく理解できない薄気味悪い穴が、僕の眼の前に浮かんでいる。

 ……どれ程の時間が経っただろうか。
「火、貸してくれない」
 彼女は唐突に沈黙を破った。
「はい?」
 ウサギはコートからしわくちゃになったタバコのパックを取り出すと、針金の様な指で一本引き抜き、口に加えた。
 憮然としながらも、安物のライターを彼女に差し出す。
「点けて、火」
 僕はため息を漏らしながら彼女に近づき、そっと火を点したライターを近づけた。
 その時彼女の右腕が動いた。
 それは有り得ない程に素早く、僕は殆ど認識できず――
 車が突っ込んで来た様な衝撃。
 ――次の瞬間、僕の体は後ろに吹き飛んだ。
 二秒ほどの滞空時間の後、全身が冷えたアスファルトに叩きつけられる。
 息ができない、首に鈍く巨大な痛みが遅れてやってくる。
「――ッ? ――ッ」
 言葉を発することもできず、僕は死にかけの金魚の様に口をパクパクとさせる。
 掌底打ちを、喉に叩き込まれた?
 僕は今になってようやく理解する。
 自分の喉を掻き毟り、必死に呼吸をしようとするが、気味の悪い音が鳴り響くだけだ。
 肺が崩れたスポンジの様に萎縮し始める。
 ――助けて、誰か、助けて
「お前達は罪を犯した」
 刃の様な彼女の言葉が降ってくる。
 顔を上げると、僕を見下ろすウサギの姿があった。
「――ッ?」
「罪は償わなければならない」
 意味がわからないッ――彼女は何を――
 ウサギは僕の髪を掴むと、乱暴に顔を床に叩きつける。
 視界に火花が散り、口に血の味が広がった。
 死ぬ? 僕は死ぬのか?
 恐怖で視界が狭くなる。
 脳が悲鳴をあげる。
「違うか? 違わないね」
 彼女は僕の脊椎端末のカバーを強引にはがし、ポートを露出させる。
 そして一枚のメモリースティックを強引に差し込んだ。
「償え」
 僕の視界に別の映像が割り込んで来た。
 今、この現実の映像じゃない、古い、三日前の……
 視覚データを無理矢理挿入されてる?
 彼女の視界だ、彼女の三日前の。
 何かの書類を見ている、書類には大量の数字が並んでいる。
 これは――クエイクの調査報告書?
 僕は必死に体を動かし、現実でのウサギの束縛から逃れようとする。
「黙って見てなさい」
 彼女の力は驚くほどに強く、僕の抵抗は何の意味も成さない。
 そうして必死にもがいてる間に、どんどん視界の時は進んでいく。
 データ、データ、データ
 幾つもの資料が視界に現われては、次々と消えていく。
 意味が分からない、意味が……
 僕のパニックが頂点に達したその時、視界一杯にある資料が表示された。

 ――え?

 それは恐ろしくシンプルなデータだった。
 本年度の月別のクエイク発生件数の一覧表。
 管理官に問い合わせれば誰でも、何時でも閲覧することのできる資料。


 でもそこに記されていた情報は、それまでの僕の動揺を一瞬にして鎮めた。









   四章



《次の日になりました。
 リーズは少しだけ考えました。
 あの小人に出し抜かれたら、元もこもなかったのです。
 朝、あの小人がやって来た時には、困ったような沈んだ顔で麻を渡しました。
 小人はそんなリーズの顔を見ると嬉しいのか、いつもより元気に飛び跳ね帰って行きました。
 リーズはじっと夕方になるのを待ちました。
 そして夕日が西の空を染める頃あの尻尾をもった小人が、つむいだ糸を持ってきました。
 リーズが窓を開けると、その小人は大きく口を開けて、
「さぁ、おいらの名前を言ってみな」と言いながら入ってきました。
 リーズは糸を受け取ると困ったように、
「ニコラスかしら?」と言いました。
 小人は大きく開けた口をもっと大きく開けて、キキキキキと笑いました。
「違うよ。 さあ、あと残り二回だ」
 小人は燃えるような真っ赤な目でリーズを見ました。
「だったら、メルビル?」
 リーズはおびえたように答えました。
 小人は大きな声でカカカカカと大笑いすると、指から鋭い爪を出し、尻尾からも尖ったヤリのようなものを出して、リーズに言いました。
「違うな、さぁ、これで最後だぞ」
 小人は勝ち誇ったように、ケケケケケケケを笑い続けました。
リーズはそっと息を吸い、そして静かに答えました。
「お前の名前は、」
「名前はぁ?」
 小人は口から牙を出して問い返しました。》




――あぁ、またこの夢か
 棺を囲む人々
 手には白い花を持ち、棺の中を覗きこんでいる
 泣きたければ泣きなさい
 何時かは来る日だと分かってはいました、でも
 母の嗚咽
 彼女はこの三年後、あの家に僕を捨てた
 ――父は廃棄屋だった、そしてクエイクに巻き込まれて死んだ
 廃棄屋は仕方ないんだ
 拾い屋みたいに高価な防具やオペレーターは付けられない
 可愛そうに、まだ八歳だぞあの子は
 だから所帯なんて持つなと
 僕も白い花を手に取り、黒い列に並んだ
 列は短く、並ぶ人々はそっけなく、僕の番は直ぐに来た
 ――父の死は純粋に悲しかった、だから僕は修繕屋になった
 四人、廃棄屋の月平均での死者だ
 修繕屋になるといい、そして減らしてやるんだ
 こういう悲しみは無くさないといけないよ
 棺の前に立つ
 僕はその淵にそっと手を掛け、中を覗き込もうと……



 棺の中に父の死体は無く、代わりに八人の見知らぬ男の死体が入っていた。


全ての屍は、真っ黒な瞳で僕を見ている。
 僕は思わず棺から離れる。
 棺が傾く。
 中の死体が式場に散らばる。
 潰れた死体だ。
 クエイクで潰された、八人の男。
 列に並ぶ人々が僕に群がる。
 僕の手足を掴み自由を奪う。
 死体がゆっくりと起き上がる。
 彼らに瞳はない、代わりに黒い穴が、底の見えない闇が二つ。
 死体はゆっくりと僕に近づく。

 ……お前達は罪を犯した……




「ガザさん? 起きてガザさん」
 男の夢はそこで途切れた。
 そっと眼を見開くと、目の前には一人の少女が立っていた。
「起きてガザさん。ごめんね、今日は私が遅れちゃった」
 彼女は悪戯っぽく言うと、小さな舌を少し出しておどけてみせる。
 少女はそこからいつもの様な楽しい会話を始めたかった。
 始まると思っていた。
 でもそうはならなかった。
 男は静かに立ち上がると、絡みつく彼女をそっと突き放した。
「エルエル、聞きたい事がある、正直に答えてくれ」
 それは今まで彼女が聞いたことも無いような、冷え切った声だった。
「え……何? どうしたのガザさん」
 ガザはゆっくりとリベットガンを構え、その銃口をエルエルに向けた。
「お前、本当に予知してたのか?」
 少女が眼を見開いた。目元に浮かんだ狼狽の色が瞬時に顔全体に広がった。
 ガザは続ける。
「本当に『崩れる』場所を『言った』のか?」
「そう……だよ? どうしたの、ガザさん……」
 そう言う彼女の顔から、みるみる血の気が引いていった。
「嘘だろ」
「やめてよガザさん、そんな事言わないでよ……」
 エルエルは男の腕にすがり付こうしたが、彼はそれを無造作に振り払う。

「お前、『言った』場所を『崩した』な」



 昨日ウサギが僕に見せたデータ
 それは月別の「クエイク」の発生平均値と、ここ三ヶ月のクエイクのデータだった。
 明らかに増えていたのだ。
 この三ヶ月、あきらかにクエイクの発生件数が多かった。
 そしてそれは、丁度エルエルが予知した分の数だけ、平均値より多かった。



 ――ごめんなさい
 ぽつりと少女は言った。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ガザさん」
 そこからは、まるで堰を切ったかの様に言葉と涙が溢れた。
 ごめんさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい
 彼女は泣いていた、涙をぼたぼたと流しながら、彼に言葉を届けようとしていた。
「ごめんなさい。私は、寂しかったから……ずっと一人ぼっちで寂しかったから……あなたの側にずっと居たかったから……」
 エルエルはそう言って、縋る様にガザを見た。
 同情して欲しかった。
 理解して欲しかった。
 許して欲しかった。
 抱きしめて欲しかった。
 愛して欲しかった。
 ――だが彼の瞳には、彼女が望んだような感情は何一つ無かった。
 死体の様に無感情な眼球が、少女を冷たく見下ろしているだけだった。
「お前、僕に人殺しをさせたな」
 銃の照準が、彼女の胸を指す。
「ガザ……さん」
 彼はなんの躊躇いも無く、引き金を引いた。








  終章


《 「トム・ティット・トット」
 リーズは悪魔の名前を言いました。
 その名前を聞くと小さな悪魔は、顔をくしゃくしゃにゆがませ、「ギャァァァ!!!」と悲鳴を上げ、窓の外の闇に消えていきました。

 悪魔は消え去りました。
 リーズは糸を五かせ持ち部屋から出ると、王様のもとへと走って行きました。》








 虚しい
 僕はただ、ただただ虚しかった。

 父が死んだあの日から、僕はただ誰かを助けたかった。
 誰かの命を救いたかった。
 純粋にそれだけを思って、それだけを願って、それだけを糧にして生きてきた。
 たったそれだけの、簡単で、純粋で、当たり前の欲求だった。

 ――僕はリベットガンから、空になった弾薬のカートリッジを外し、新しい物に替える。

 僕は人を殺してしまった。
 八人もの無実の人間を殺めてしまった。
 父を救うつもりで、父と似た人々を、大勢殺めてしまった。

 ――ボルトストックを引き、薬室に弾丸を装填する。
 
 僕は、僕は何故
 僕は何の為に生きてきたのだろう

 ――右腕でバレルを握り、銃口を自分に向けた。

 涙が頬つたう。
 全てが、自分の全てが虚しく
 全てが悲しかった

 ――左手で、引き金を引く。

 躊躇は無かった
スポンサーサイト
第二十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2015.01.03(Sat) 20:28
copyright © 千葉大文藝部活動情報 all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。