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ラノベっぽいの!

   ラノベっぽいの!


今は昔、換言して昔が今だった頃、ある所に木こりがいた。ある所といっても、花の都や水の都ではなく、鬱蒼とした森が広がる――とは言っても、山岳地域というほどでもなく丘陵地帯の――ある所だ。
 また今だった昔は、薪炭材が人間の生活に不可欠なものであった時代であると定義するが、結局のところ、やはり昔の話であることには変わりがない。
 木こりはそんな丘陵地帯の森の中腹に一人で住んでいた。彼の住処から半日歩けば、人里に出る。こうして隠棲するように暮らしているのは決して彼が変人というわけではなくて、木こりというのは大概そうして暮らしているのだ。彼の家は代々木こりをしており、薪炭材の質と、それを里に降ろす労力を考案して、彼の祖先がそこに住処を築いたのだった。
 さて、先ほど彼は変人ではないといったが、実際は少々癖のある人間だった。思ったことを口に隠すことができず、すぐに言ってしまう。また自覚はないが感性や価値観が多少、他人とは違っていた。ここで各個人はみな差異があるとか、時代と文化での差異だとかを論じるつもりはない。
 大事なのは、この木こりが少々の変わり者ということだ。尤も、彼はとても善良な性格であるため、特に他人と問題を起こすことはなかったのだが。



その日、木こりはいつもより森の奥まったところで木を伐採していた。朝から素晴らしい天気に恵まれて、ついつい遠くまで足を運んだのだ。そして、綺麗な泉のほとりまで来た。その泉の存在を知ってはいたけれど、実際に目の当たりにしたのは初めてだった。水面は非常に透き通っているが、あまりにも底が深いのか、仄暗い青色が満ちている。
泉の側に生えていた大木の幹に寄りかかって少し休憩した後、木こりは正午まで仕事をした。木を何本か切り出してから、泉のへりに斧を置いて屈み、泉の水を掬って口に入れた。その清浄な水は火照った体を冷まし、彼を清涼な心地にした。

「こんなに美味い水を飲んだのは初めてだな」

 口元を拭いながらそう感想を洩らし、「もう一仕事だ」と立ち上がる。すると、彼は立ち眩みがして、ふらついた。
あっ、と彼は声を上げた。ふらついた際に斧を泉へと蹴り落としてしまったのだ。
「しまった!」と彼は身を乗り出して水中を見るが、斧は静かに仄暗い青の中に消えていき、姿が見えなくなった。彼は煩悶する。あの斧は大事な仕事道具だ。それだけでなく、あの斧は彼の祖父、そして彼の父親から引き継いだもので、非常に大切な形見だった。
彼は途方に暮れて泉の底を見つめていた。そうすることに何の意味もないことを理解しつつも。
すると、泉の底から眩い光が射し込んだ。太陽の日差しにも、ランプの灯りにも似つかない異質な光だ。やがて神々しいともいえる銀色の光が、泉全体に満ちた。思わず目を閉じた木こりが再び瞼を開くと、そこには何かが立っていた。それは人の姿をしていた。

「……誰だ?」

 木こりは惚けた顔で目の前の人物を見る。
 眼前の水面に女性が立っていた。彼女を中心に波紋が起きているが、身に付けている衣服は濡れそぼっていない。
 彼女は人間離れした美しい顔立ちをしていた。翠の瞳はどんな宝石よりも魅力的な光を宿していたし、非常に細い白銀の髪は、月の光の下で、毎夜梳き続けたかのような清らかさと、どんな純度の高い上質の銀よりも美しい輝きを帯びていたし、彼女の白い肌は最高級の大理石でも比較にならない気品にあふれ、彼女の身体が描き出す曲線の一つ一つは、どんな名匠も創り出すことのできない理想の美を形作っていた。
そして、彼女の微笑は、どのような絶世の美人の華やかな笑顔よりも価値が――いや、もはや価値をつけることなど不可能なほど。

「私は泉の女神です」

 その透き通った声は、あまりの美しさにすぐに言葉として機能せず、絶佳の音楽として木こりの耳と意識を恍惚とさせた。
 女神はその嫋やかな両指の間に斧を持っていた。それは木こりの落とした斧にとても似ていたが、その刃は純金になっており、柄には金箔が貼られ、色とりどりの宝石で豪奢な装飾がなされていた。
しかし、木こりの視線は金の斧には向かっていなかった。

「あなたが落としたのは――」

「――美しい」

「……はい?」

「こんなに美しい女性に出会ったのは初めてだ。一目惚れしてしまった」

「え、あの……」

「俺の嫁になってくれ!」

「ええっ、こ、困ります……」

「必ず幸せにする! あなたの望むことならばどんなことだってするし、どんなものもあなたに捧げる!」

「あの……」

「確かに今の暮らしは貧しいが、あなたが富を望むならば、日夜を問わず身を粉にして働く! あなたに不自由を思わせることは一切しない!  一生をかけてあなたを愛し続けると誓う。だから俺の嫁になってくれ!」

「えーと……」

「絶対に幸せにする! だから頼む!」

 木こりはそう言って女神の瞳を一心に見つめる。その目には何物も恐れない愚直な情熱が燃えたぎっていた。

「その……ご、ごめんなさいっ!」

 女神は赤面して、泉の中へと姿を隠してしまった。

「ああ、待ってくれ!」

 彼は思わず手を伸ばしたが、空を掴むに終わった。
 日が沈むまで彼はその場にいたが、女神が再び姿を見せることはなかった。
 結局、彼は斧を取り戻すことができなかった。



 その翌日も木こりは泉まで来た。すると、泉が昨日と同じように光り、女神が姿を現した。間髪を入れずに彼は叫ぶ。

「結婚してくれ!」

「む、無理です」

「俺は諦めんぞ!」

「……あの、取り敢えずお話を聞いてもらえませんか?」

「ああ、聞く! 聞くとも! 女神さまの話ならばいくらでも聞こう! むしろ永遠に聞かせていただきたい! これからは女神さま以外の話は聞きたくない! どうせなら我が家に来て存分に話してくれ! そして嫁になってくれ!」

 女神はやはり困惑し、赤面したが、一つ咳をして、本題を切り出す。そして昨日と同じ斧を彼に差し出した。

「あなたが落としたのはこの金の斧ですか?」

「いや、違う」

 木こりは否定し、

「落としてしまったのは、俺自身だ! 俺はとてつもなく深い恋に落ちてしまった! 女神さま、あなたという深い泉に、俺の恋心は沈んでしまったんだ!」

「あの、えと、ちょ、ちょっと待ってくださいね」

 女神は再び水中へと消え、今度は銀色の斧を持ってきた。

「あなたが落としたのはこの銀の斧ですか?」

「違う。俺が落としたのはそんなものではない。 俺が落としたのは女神様への――」

 女神は木こりの言葉を最後まで聞かずに水中に消える。そして、昨日木こりが落とした斧を携えて、水面に現れる。

「それではあなたが落としたのは、この普通の斧ですか?」

「確かにそれは俺の斧だ。誤って昨日落としてしまった。それは俺にとってとても大切な斧で、自分の過ちを悔いた。しかし、それをきっかけにこうしてあなたと出会えた! こんなに幸せなことはない! 結婚してくれ!」

「無理です――あなたはとても正直な人間ですね。その正直さに報いて、この三本の斧をあなたに差し上げましょう」

「俺の斧を返してくれるのは非常に嬉しい。だが、斧は三本もいらない。むしろ俺が欲しいのは女神さま、あなたなんだ。あなた以外はもう何もいらない。その斧も、俺の全てを失ってでもあなたが欲しい」

「で、ですから、その願いは聞き入れることはできません」

「俺は引き下がれない。今ならばオルペウスの気持ちが分かる。他人のために冥界に行くなどという考えは馬鹿らしいと思っていた。しかし、身を焼くような恋に落ちた今、その気持ちが痛切に分かる」

「大人しく引き下がってください……」

 女神はもはや木こりを説得することが無理だと悟った。
 しかし、プロポーズを受け入れるわけにもいかないため、斧を三本残して泉に隠れてしまった。

「女神さま! 女神さまああああああ!」

 木こりの声は森の広域に響き渡ったが、固く耳を塞いだ女神に届かなかった。



それから毎日、木こりは女神のもとに通うようになった。
木を伐っては、泉のほとりに座って水底を眺め、帰りには、泉に挨拶をして帰る。もちろん求婚の言葉も忘れなかった。
女神はもう彼に姿を見せるつもりはなかったが、雨の日も風の日も、雪の降る日も夏の炎天下の日でも訪れる彼に、流石に根負けした。求婚をしないことを約束に、女神は木こりと会うことを承諾した。木こりは彼の貧弱な語彙を総動員をして、女神の美しさを称え、自分の愛情を語った。ただでさえ質素な生活を切り詰め、僅かな稼ぎのほとんど全てをはたいて女神に贈り物をした。
 女神は謙虚な性格であるため、彼の愛の言葉や贈り物に萎縮したが、それでもやはり嫌な気持ちにはならなかった。

「木こりさん、あなたの斧はとてもよく手入れがされているのですね」

ある日、女神は木こりがいつも使っている斧を見てそう言った。

「大事な商売道具だし、祖父と父親の形見でもあるからな。……とは言っても、刃も柄も留め具も、一度は完全に壊れて取り替えているから、もはや形見とは言い難いんだが」

「いいえ、その斧には個人を越えた深い想いがこもっていますよ。家族の絆が、確かに繋がっているのが伝わる素晴らしい斧です」

「それは嬉しい言葉だ。俺のあなたへの想いも分かってもらえたら更に嬉しいがね」

「そ、それは無理だと再三言っています」

「俺が人間で、あなたが神だから?」

「その通りです」

「そんなことで諦められるほど分別のある人間ではないな」

「もうっ、罰当たりですね」

 女神はそう言うものの、表情も口調も怒っていない。

「罰は恐ろしいが、あなたを諦めることはもっと恐ろしい」

「もうっ、すぐにそんなことを言うんですから」

 女神はどれだけ口説かれても、それに慣れなかった。木こりの言葉の一つ一つが軽口ではなく本心であることが解っていて、だから、彼女も誠実に対応しようと思うからだ。泉の水と同じくらいに、女神の心も清いのであった。

「木こりさん、そろそろ帰らないと道中で暗くなってしまいますよ」

 女神は空を見上げて言った。木こりもつられて仰ぐ。日はだいぶ傾いていた。

「そうだな。そろそろお暇する。また明日」

「はい。怪我などしないようにくれぐれもお気をつけて。急いで道を踏み外したり、慣れてる道だからと油断すると迷ったりしますから、注意してくださいね。また獣たちにも充分に警戒してください。あと、物の怪の類いも……」

 木こりは苦笑する。

「心配性だな。そういうところも愛おしいのだが」

「……もうっ」



また別の日も、木こりは仕事の後、泉の女神に会いに来た。
木こりが泉を訪れる前は、泉の周囲は鬱蒼としていたが、最近はもう木々が疎らになり、小鳥たちの憩いの場となっていた。それだけ木こりは住処から遠い泉に足繁く通ったのだ。
 木々が適度に疎らになったためか、女神には小鳥の友だちが多くできた。森の動物たちですらこの清浄な素晴らしい泉の存在を知らずにいたのだ。女神は長年の間、独りでいたため、新たな友人たちは彼女に多大な幸福をもたらした。木こりはたくさんの贈り物を彼女に捧げたけれど、彼女にとって一番の贈り物はそれだった。

「木こりさん、今日もお仕事お疲れ様です」

「うん、ありがとう。泉の水を少しいただきたい」

「ええ、ご自由にどうぞ」

木こりは水を飲んで内側から体を冷やし、それから手拭いを濡らして汗ばんだ肌を拭く。

「あなたは腕に古傷があるのですね。どうやら切創のようですけれど」

「ああ、父親の仕事を引き継いで間もない頃、誤って斧で斬りつけてしまったんだ。斧で傷を負ったのは後にも先にもこの時だけだ」

「そうなのですか。すると、あなたはいい木こりなのですね」

彼女の言葉に彼は首を傾げた。

「いい木こりというのは、一つだけ傷があると聞きます。二つ以上でもなく、無傷でもなく、一つだけ傷があるのがいい木こりの証拠だと」

「……ああ、そういえば幼い頃に祖父がそんな話をしてくれた気がする。曖昧な記憶だが」

木こりは過去を顧みるように目を瞑ったが、やがて目を開き、女神へと微笑みかける。

「とにかく、これ以上傷を増やさないようにしないとな。女神さまにいい木こりであると思われるためにも」

「あなたがいい木こりであることは十二分に承知していますよ。森の動物たちもあなたがいい木こりだと語っています。きっと木々でさえもそう考えているでしょう」

「もしもそうなら嬉しいがね。仕事を認められるというのは、嬉しいものだ。もちろん一番嬉しいのは、あなたが――」

「もう少し水を飲まれてはいかがですか?」

「――ああ、うん。有り難くいただこう」

最近では木こりの扱いがすっかり上手くなった女神であった。

「水分はこまめにとるようにしないと熱中症になって倒れてしまいますよ。それに、ちゃんとご飯は食べていますか? 栄養も考えてきちんとした食事をとらないと体を壊してしまいます。それに睡眠もしっかりとらなきゃダメですよ?」

「想い人がこんなに心配してくれるなんて俺は幸せだな」

「本当にそう思うのなら、私への贈り物よりも、もっといいご飯を食べてくださいね。その方が私も嬉しいですから」

「ああ、うん。あまり気に入ってもらえてはいないのかな?」

「そんなことはありませんよ。あなたに貰った櫛は大切に使わせていただいていますし、遊具も楽しく使わせていただいています。ただ、あなたに無理をして欲しくないのですよ」

女神は少し憂いのある笑みを浮かべる。木こりはこのような時に、彼女を好きになってよかったと再認識するのだった。



ある晴れた日、女神は水面に出て、雲一つない青空を眺めていた。
すると一羽の小鳥が泉の近くに生えた木の枝に止まった。女神と一番仲の良い小鳥だった。


「あら小鳥さん。こんにちは」

「こんにちは、女神さま。今日は旦那の方はまだ来てないのね」

小鳥のからかいの言葉に女神はあからさまに狼狽する。

「だ、旦那って、木こりさんとは別にそういう関係じゃ……!」

「そうは言っても、森のみんなはもうあなたたちのことを夫婦と思っているわよ。いつも面白いやりとりを見せてくれる面白い夫婦ってね」

「それは誤解です!」

「そう? 当たらずも遠からずだと思うけれど?」

「そんなことありません!」

 女神はむきになって首を強く横に降る。

「そもそも、私は女神で、木こりさんは人間ですよ!」

「それがどうしたっていうの?」

「私たちが夫婦になれるわけがないじゃないですか」

「恋って、そう割り切れるものじゃないでしょう?」

「木こりさんと同じようなことを仰るのですね」

「焦がれるような恋をすれば、皆そう思うわ。もしかして、女神さまは身を焦がすような恋をしたことがないのかしら?」

小鳥の言葉に女神は体を強張らせる。その挙動は小鳥に女神が初心であることを知らしめるに足りた。

「わ、私は、泉の女神として与えられた使命があるのです。れ、恋愛や結婚など、私の本懐ではないないのです」

「あなたの使命って?」

「物事の清廉さを保つことです。ですから泉は常に清浄にしていなければなりませんし、人間の感情が清廉でいられるようにしなければいけない時もあります。正直な人間には褒美、不誠実な人間には罰を与える義務もあるのです」

 女神はそう説明して、その言葉に力付けられたのか、少し自信ありげな口調で続けた。

「そもそも恋というのは、清廉ではありません。結局は、欲望や自己満足の押し付けではありませんか。生物同士の欲望や自己満足が噛み合うのならば何の問題もありませんが、神である私にとっては恋というものは成立しません」

 女神の言葉を聞いた小鳥は呆れたような仕草をした。

「物事に理屈を付けるのは結構よ。理屈を付けることで自分の中で消化することは大事だもの。けれどね、それだけでは解決できないもの、逆に価値を下げてしまうものもあるわ。あなたがするべきことは理屈を付けることではなく、決断よ」

「決断?」

「木こりさんの――人間の一生は、私たちほどではないけれど短いわ。神さまとは比べ物にならないくらい」

 女神は小鳥のその言葉に動揺する。小鳥が言っていることは当たり前のことだ。それでも女神はそれを自覚していなかった。それに気付く余裕がないほどに彼女は孤独な日々を過ごしていた。

「女神さま、あなたの泉は本当に清いわ。私たちはその清さを美しいと思うし、その水の美味しさにとても感謝しているわ」

「……」

「けれど、あなたの泉に魚は住めないわ。あまりに清すぎるから。木こりさんも同じ。彼はあなたの清さに惹かれたのだろうけれど、人間はあまりの清浄の中では生きていけない」

「私にもっと不浄になれ、と?」

 いつもの温和な女神からは考えられないような表情と口調で女神は言った。

「そこまでは言わないけれど、でも事実はそうかもしれないわね。もしも、それができないというのならば、すっぱりと別れを告げてあげるべきだわ。あなたが誠実でいたいなら」

 女神は俯いて、沈黙した。小鳥の言葉は率直であったけれど、正しかった。そして、木こり、そして彼女を慮っていることも分かった。本当に大切な友人だからそう言っていることも分かった。

「差し出がましいことを言ってごめんなさい」

「いいえ。ありがとうございます、小鳥さん」

「いいのよ、私たちは友だちだもの。最後にもう一つだけ言わせて。誰かを愛おしく想うことはけっして不純なことではないわ。とても尊いことよ」

小鳥が立ち去った後、女神は小鳥の言葉を繰り返し反芻していた。
そして一つの決断を下した。

木こりは午後になってから女神のもとを訪れた。昨日のうちに伝えていたが、今日は里に行って木材と薪炭材を売却してきたのだ。手には女神への贈り物として、可愛らしい髪留めを携えてきた。あまり高級なものではなかったが、彼にとっては決して安い買い物ではなかった。

「こんにちは、女神さま」

「こんにちは」

木こりはすぐに女神の態度がおかしいことに気付いた。

「……どうかしたのか?何だか少し顔色が悪いようだが」

「あなたには関係ありません」

女神の冷たい口調を木こりはますます不審に思うが、取り敢えず贈り物を渡そうとした。

「里に行商人が来ていてな。あまり見ない髪留めがあって、あなたに似合うかと思って買ってきたんだ」

「お気持ちは嬉しいですが、いりません」

「まあまあ。俺が持っていても仕様がないんだ。人助けだと思って貰ってくれ」

 女神が贈り物を拒否するのは割といつものことであるため、木こりは強引に受け取らせようとするが、女神は頑として受け取ろうとしない。これはいよいよおかしいぞ、と木こりは不安になった。
そしてその不安は的中した。

「木こりさん。私は二度とあなたと会いません。あなたはいい木こりです。良い人間の娘と幸せに結ばれてください」

「俺にはあなた以外に考えられない。それに恋わずらいが顔に出ているようで、物の怪に憑かれたのではないかと、里で噂されるくらいだ。人間の嫁などもう貰えまい」

「それはあなたの行為が招いたことでしょう。私のせいにしないでください」

「いや、決してそんなつもりでは……」

「私はもうあなたの顔も見たくありません。さっさと帰ってください」

「ちょ、ちょっと――」

「さようなら、もう会わないでしょう」

 そう言い捨てて女神は水中に消えてしまった。
 木こりは呆然として、彼女を呼ぶ。最初は冗談を笑うように、やがて真剣に、最後には張り裂けるような悲痛な声で。
 それでも女神は姿を現さなかった。
 明くる日、木こりは女神の機嫌が直っていることを信じて泉に向かおうとするが、どういうわけか泉にたどり着くことができない。数えられないくらいに行き来してもはや道ができていたはずなのに、その道が途切れてしまっていて、まったく見当違いの場所に出てしまうのだ。どうやら女神の仕業だと彼は見当付けたが、実際それは正しかった。そしてようやく彼は、女神が本気で彼を拒絶したことを実感した。
 木こりはあらん限りの声で彼女を呼びながら森を彷徨ったが、彼女のもとにたどり着くことはできなかった。



 女神と会えなくなってから木こりはすっかりやつれた。
 彼は毎日泉を探して森を歩き回っていた。仕事もせず、食事もろくに取らず、女神を呼びながら森を当て所なく彷徨する日々を続けていた。頬はすっかりこけ、無精髭はとても見苦しくなり、眼は虚ろだった。夜になれば、女神から貰った金の斧と銀の斧を抱きしめて泣いた。
 女神を忘れることはできなかった。いっそ忘れてしまえたら良かったが、そのようなことができるはずもなく、生命を絶ってしまおうか悩んだことが幾度もあった。いつ気が違ってもおかしくないくらいであった。
 その日は冷たい雨の降る日だった。木こりはずぶ濡れになりながら森を彷徨っていた。足取りはいつ倒れてもおかしくないほど覚束なく、その目は像を正確に結んでいなかった。
 そして彼は眼前に、見慣れた泉が広がっているのを見つけた。

「……女神さま!」

 彼は小走りで泉へと駆け寄る。
 そして、斜面を転げ落ちた。何度も転がり、地面から突き出たいくつかの岩石が彼の体を削り、跳ねては叩きつけられる衝撃で血と胃液を吐き出す。
 やがて、谷の底まで落ち切った時、彼の視界は赤く染まっていた。朦朧とする頭で自分が幻覚を視ていたことを悟り、自嘲しようとするが、体に力が入らず笑みなど作れなかった。
 死ぬのだな、と悟った。
 最期まで思い浮かんだのは何よりも愛しい女神だった。こんなに誰かを想うことができて俺は幸せだったなあ、と彼は思った。



目を覚ました時、木こりは布団の中にいた。そこは見慣れた場所――彼の住処だった。

「……生きてる」

「起きましたか。だから、道を踏み外さないように気をつけるように言ったではありませんか」

 透き通った声が彼に語りかけた。聞きたくて、聞きたくて仕様がなかった声だ。
 信じられない心地で、声の方を慌てて見れば、何よりも愛おしい彼女がいた。

「……女神さま」

 まだ幻覚を視ているのではないかと彼は疑った。此処は彼の家で、泉ではない。女神さまがこの場所にいることはありえないからだ。

「もう女神ではありません。今や神でも人でもない、定義不明の女です」

 そう言って、彼女は肩を竦めて微笑んだ。

「どうして……?」

 木こりは何から質問すればいいのか分からなかった。

「あなたを好きになってしまったから、で答えは足りますか?」

彼女は様々な感情が絡み合った複雑な微笑みを浮かべる。
 木こりはその答えにやはり惚けたが、やがて感涙と満面の笑みがその顔に浮かんだ。

「ああ、足りる。足りるとも!」

そう言って、彼は上体を起こそうとするが、激痛が走り、悶える。

「安静にしていなければいけませんよ。死んでもおかしくない怪我だったのですから」

女神は彼の額にそっと手を置き、それから頭を撫でた。

「すまない……」

「いいのですよ。今はお眠りなさい」

彼女の手はまるで魔法のように、木こりの心と体を落ち着かせ、痛みを癒した。彼女の優しさを感じながら、木こりはもう一度眠りに落ちた。
再び目を覚ました時、先ほどの出来事は夢ではなかったかと不安になった。まだ自分は谷の底にいるのではないかと。
 しかし、木こりは彼の家のベッドにいたし、彼のそばには彼の愛する女性がいた。

「おはようございます。もう朝ですね」

「おはよう。……ずっと起きていたのか?」

「いえ、今さっきです」

 体がだいぶ軽くなった彼は、まじまじと彼女を見つめた。朝の日差しが彼女の横顔に注いで、何物よりも貴い存在に見えた。
 彼の視線に気付いて彼女はふんわりと微笑んだ。

「どうかしましたか?」

「いや、まだ夢を見ているようで。こうして女神さまと再会できたのが信じられなくて」

 そう言う木こりの手に、彼女はそっと自分の手を重ねた。
 その感触が、その熱が、彼女の存在の確かさを彼に示していた。

「泉を離れるために、私は変わってしまいました。もうあなたの愛した女神ではなくなってしまったのです。それでもいいのですか?」

おそるおそる、と言った口調で彼女はそう問うた。

「あなたが変わったとしても、俺はあなたを愛します。初めて会ったあの日から、あなたをずっと愛し続けることを誓ったんだ」

 二人は見つめ合う。時間はあまりにもゆっくりと流れて、二人以外の存在は消え失せてしまったようだった。

「それならば私を――」

 口を開いた彼女を木こりは制止する。
 その言葉は彼から言わなければいけないし、言いたいと思ったからだ。

「一目見たときから、あなたが好きだった。今ではあなたの全てが好きだ。俺はあなたを生涯、幸せにすることを約束する」

 木こりは重ねられた手を今度は固く握り締めた。

「だから俺の側で、俺と共に生きてくれ」

「――不束者ですが、よろしくお願いします」

 こうして二人は結ばれ、幸せに暮らした、とさ。



「こんなお話を私たちの子どもにしようと思うのですが、どう思いますか?」

 そう言って女は男ににっこりと笑いかける。
 長い間、彼女は男に向かって、自分の創作話を語っていた。男は律儀な性格で、時折は顔を曇らせながらも最後まで辛抱強く彼女の物語を聞いていた。

「……突っ込みどころが多すぎるな」

「まあ、突っ込みたいだなんて……けれど……私……あなたなら……」

「いやいやいやいやいや、そんな話はしてない」

 一人で盛り上がる彼女に、男は訂正を加える。

「その話は俺たちのことを原案にしてるのか、やっぱり」

「流石は木こりさん。ご明察です」

「だって、木こりと泉の女神とか斧の部分とか同じじゃないか。求婚する立場は逆だが。それにプロポーズに応じていない。」

「そこは未来の話をしたということで。どうせ確定していますし」

「悪いが俺は君と添い遂げるつもりはないよ」

「こうして寝食を共にしているのに、私を捨てるというのですか!?」

「いやいやいやいやいや、君が勝手に押しかけてきたんだろ、一目惚れしたとか言って。それに、帰るところがないとか言われたら、家に置いておくしかないだろう。森の中に放置するわけにもいかないし」

「ああ、木こりさん優しい! 愛しています! 嫁にしてください!」

「愛されるのは嬉しいが、嫁には貰えないな」

「どうしてですか!? 一生懸命に尽くしますし、家事炊事は完璧にこなしますし、子どもだってちゃんと産めますよ! 自分で言うのは憚られますが、見た目だってほとんどの人間の女性よりも美しいと自負しています!」

「そうなのかもしれないけどなあ」

「それでしたら!」

「でもな、一回り下以上に小さいガキを嫁にする性癖はないんだよ。綺麗な顔をしていても、ガキには恋できないね」

そう言って、木こりは彼女の頭の上に手を置く。年の離れた妹をあやす兄のような仕草だ。彼女は幼い笑顔を見せるが、はっとして頬を膨らませた。

「私はあなたよりも二桁以上も年上ですよ! 子ども扱いしないでください!」

「そうは言っても、見た目はガキじゃないか。スタイル抜群な大人のお姉さんに変身したら、喜んで嫁に迎えるんだが」

「うぅー! こうなったらロリコンになる呪いをかけてやります!」

「やめろっ! そもそも女神のくせに呪いなんて使うんじゃねえ!」

 森は今日も騒がしかった。
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第二十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2015.01.03(Sat) 05:24
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