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夏の栞


「こんなところにチョコチップが落ちてる」
 そう言ってヨハンが拾い上げたテーブル上の小さな塊は、よく見てみると別の物だった。
「先輩、それスイカの種ですよ」
「本当だ。なんだ、スイカの種かよ」
 ちぇ、と小さく舌打ちをしてそれを近くのゴミ箱に捨てると、その様子を見ていたソンが再び「先輩」と声をかけた。
「チョコチップだったら食べてたんですか?」
 …………
 
「こんな原稿、どこに出すの」
 八月中旬。窓を閉めていても外からはセミの鳴き声が耳に入ってくる。
 溢れるほどの時間を持て余していた僕は、なんとなく兄の部屋に入って、彼の机の上に無造作に置かれている紙になんとなく目を落としていた。
 兄はベッドの上で転がっていたけれど、瞼はしっかり開けて僕の行動を見ているようだった。そして僕の問いかけに少し考えているようだった。
「……どこにも出さない。閃いたと思ったけど、くだらなすぎたから」
「ふうん」
「ていうか、勝手に見るな」
 だるそうに近付いてきては僕の手にあった原稿用紙を取り上げ、兄はまたベッドに転がってしまう。
「せっかく何の用事もないんだから、どこか出かければ」
「何の用事もない日くらい家にいさせてくれよ」
 それから兄は、僕が声をかけても何の返事も返してくれなくなった。
 確かに僕の兄――佑樹という名前だ――は八月に入ってから昨日まで毎日何かしらの事情で帰りが遅かった。恐らくアルバイトか何かだろう。
 そんな兄の趣味と言えば、散らかった机に向かって自分の創作小説を原稿用紙に書きなぐることで、形にまとまったものはどこかの文学賞に応募したりもしているようだった。背中を丸めてペンを走らせる兄は僕から見てとても生き生きしていたけれど、そんな趣味に打ち込む元気すらも残っていないらしい。
 いつも兄の方からちょっかいをかけてくるくらいなのに、こんなにぐったりしているということは相当疲れているようなので、僕は素直に部屋を出ようとした。
 けれども、たまたま目に入った物が気になった。それは机上のペン入れの中で、他の鉛筆たちに隠れるように控えめに立っていた。
 
 ピンク色の、可愛らしい動物のキャラクターが描かれたボールペン。年季が入っていて、ところどころ黒ずんでいる。
 興味本位でそれを手に取り、近くにあった原稿用紙に何か書こうとしたけれど、紙が小さく凹んだだけで色は出なかった。
「あれ、このペン。もうインクが出ないみたいだけど?」
「あぁ、それは今使ってないから。元の場所に戻せ」
 僕を無視していた兄が、こちらを見た瞬間慌てた様子でそう言った。
「こんな女物のボールペン、持ってたんだ。どこで貰ったの?」
 しかし僕がそんな疑問を投げかけると、彼は神妙な面持ちでいきなり長々と話を始めた。
 別に僕がしつこく問い詰めたわけでも、兄がうっかり墓穴を掘ったわけでもない。兄は突然自らの過去を露わにしたのだ。
 
 要約すると、これは中学時代に隣の席だった女の子が、ボールペンを忘れた兄に貸してくれた物らしい。その子が実は兄の片思い相手で、借りたままずっと持っていた、ということだった。そしてこのボールペンのインクが無くなった時に告白しよう、なんて思っていたけれど、それが実現したときには既にその女の子には彼氏がいたという内容だった。
 僕は少しずつ弱弱しい声色になっていく兄の様子とその口から聞かされる内容に何度も吹き出しそうになったが、どうにか無表情でその話を聞いていた。
 
「なるほど。このボールペンのインクとともに兄さんの恋も消え去ってしまったってわけね」
 いつもは僕の言葉ひとつひとつに何かと文句を返してくる兄が一言も言い返してこない。
 どうやら当時のことを思い出してセンチメンタルな気分の波にのまれてしまっているみたいだ。
「……どうしてこの話を僕にしてくれたの」
「知らない。暑さと疲れで頭がおかしくなってるんだと思う」
「そうだよねえ。まさか兄さんの口からこんな甘酸っぱい話が聞けるとはねえ」
 また兄は黙ってしまったので、なんとか僕は励まそうと口を開いた。
「それ、小説にすればいいじゃん」
「馬鹿。しないよ。もういいから、どっか行って」
 
 結局は強引に部屋を追い出され、廊下に出た瞬間夏の暑さに引き戻される。
 そこで僕は母親からお使いを頼まれていたことを思い出した。呑気に兄の部屋で地味な恋バナなど聞いている場合ではなかったのだ。
 急いで出かける準備を整え、少し小さくなってしまったサンダルになんとか足を入れる。
 
 替え芯でも買いに行ってあげようか、なんて思いながら、僕は少し笑ってしまった。
 
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第三十七回さらし文学賞 | CM(1) | TB(0) 2019.08.14(Wed) 04:36

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2019.08.27(Tue) 10:50 | URL | つねさん #-[ 編集]

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