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近未来の下町ラーメン屋の経営戦略


 効き過ぎた冷房の吐く冷気が室温との差によって目に見えるほど白く、窓には、店の内外の気温差によって生まれた結露がびっしりと張り付いていた。店内は、店自慢の鰹出汁の匂いで満たされていて、はねた油が床に飛び散り、踏みしめる靴を捕まえていた。油に捕まえられる靴は二人分だけで、店長とバイトの他に、客の姿はなかった。
 店長は、電子書籍化の流れによって数年前に廃刊した新聞をどこからか取り出してそこにあるクロスワードパズルを解いていて、バイトは、使われていないテーブルをもう何度も拭き直していた。
 店内には、客がいないためか重い沈黙が漂っていて、聞こえるのは、冷房の音か大釜のお湯が沸騰する音くらいだった。
「店長、ヤバイですよ」
 先に沈黙を破ったのはバイトだった。それは、長い沈黙に耐えかねた言葉ではなく、真剣にこの店の先を思っての言葉だった。
「……おまえもそう思うか」
 店長は、読んでいた新聞を半分に折りたたみ、インクの切れかけたペンを大事そうにペン立てに立てながら、顎の筋肉をほぐすように大きく口を使って言った。
「ええ、だって、もう昼の12時を過ぎてるのに、誰も来ないじゃないですか」
 バイトの言葉は本当で、時計の針は12時半を指しているのに、店内には客の姿はなかった。これは、今日に限ったことではなく、ここ最近ずっとのことだった。
「……時代だろうなぁ」
 店長は、ここ最近使い続けている言葉を口にした。それは、決して的外れな言葉ではなく、ロボットを人の代わりに雇用する世の中の風潮を考えれば、バイトとして人を雇うこの店のやり方は、時代遅れと揶揄されても仕方の無いことと言えた。
 しかし、今回は、バイトは食い下がった。
「昨日も同じこと言ってはぐらかしたじゃないですか。もうそろそろ、真剣に考えましょうよ!」
 バイトの言葉に、ついに観念したように店長はバイトに向き直った。
「……そうだな。何かアイデアはあるか?」
 試すような店長の言葉に、ずるいと内心思いながらも、言い出したのは自分だからなと思い直して、バイトは客を呼び込むためのアイデアを考え始めた。
「……やっぱり、ネットで宣伝するのが一番ですかね」
 少し考える時間を空けてから、バイトは集客術の基本とも言えるようなアイデアを口にした。世の中の全ての人々が常時ネットワークにつないでいるよな時代なのだから、ネットでの宣伝は店の存在を知ってもらうために最も効果的な方法と言えた。しかし、このような時代では、ネットの重要度は想像を絶するほど高く、それ故ネットに場所取りをするには眼が飛び出るほどの金額が必要だった。当然、業績の悪い下町のラーメン屋には払えるわけもなく、店長の答えは決まっていた。
「……金がないから無理だろうなぁ………。何か他に金のかからないような方法はないのか?」
完全にバイト頼りな店長の発言に、不満を感じながらも、バイトは次のアイデアを考え始めた。
(お金をかけないということだから、変えられるのは接客くらいで、接客に人を使っているのはウチ位のものだから……)
「他店にできない接客をすればいいんじゃないですかね!」
 バイトは、長考の末、ひらめいたように手を打って店長に告げた。
「ほら、他の店って皆安い給料でロボットに接客をさせているでしょ? だから、ウチは人が接客をするからこそできることで勝負するんです!」
 自慢げに説明するバイトとは対照的に、理解の追いつかない店長は「例えばどういった接客なんだ?」と先を続けさせた。
「そうですね、例えば……、客の注文を断っていくとか!」
 未だ渋い顔をしている店長に、バイトは順を追って説明していく。
「いいですか、ロボットは基本的に人の命令には服従しかしません。なんてったって、人に仕えるために作られたんですから。だから、他店の接客ロボットも絶対にお客さんの命令に従います。そこで、その逆をしていくんです! 例えば、味噌ラーメンを頼まれれば、醤油ラーメンを提供するみたいな。きっと斬新だって思ってくれる人がいますよ!」
「そんなものか?」
「そうですよ! どうせ失敗したって、もともと人は来ないんだし」
 興奮のあまり失言にも気づかないバイトの熱意に押され、店長も「……やってみるか」とその気になりつつあった。
「しかしなぁ、下町人情一筋でここまでやってきた俺にお客さんの注文を断ることができるかなぁ?」
 そう苦悶する店長に、またしてもバイトが手を打った。
「じゃあ、俺は客の注文をリジェクトする冷たい接客するんで、店長は客と俺をフォローするような暖かい接客をしてください。確か、店長ってそういうのが流行ってた時代の全盛期の人じゃなかったですか?」
「ああ、あれか、ツンデレだろ?流行ってたよ。…………あんたなんか別に好きじゃないんだからね!」
「古いっすねー! でもそんな感じです!」
「このラーメン、あんたのために作ってる訳じゃないんだからね!」
「事実ですねー! でもいいっす! 行けますよ!」
 そんなこんなで盛り上がった二人はその日の内に店の名前を「ツンデレラーメン」に改名して、翌日からツンデレ接客を始めた。
 

 
 改名してから2日後、二人は、相変わらず客のいない店内で盛大にため息をつくこととなった。
 何があったかと言えば、店の名前の珍しさに来訪した客を、まずバイトが「何しに来たの?」と出迎えた。面食らった客が引き返そうとすると、店長が「あんなこと言ってるけど、実はあんたが来てくれてうれしいんだよ」とウィンクをして引き留めた。何とか持ちこたえた客が注文をお願いすると、やってきたバイトが「なんか用?」と客を突き放し、終いには、「自分で頼めば?」と言って去って行った。それでも何とか注文した客に、店長が「あんなやつだけどね、根はいいやつなんですよ。これ、チャーシューおまけね」と言ってウィンクした。食べ終わって客が会計をしようと思うと、レジに座っていたバイトは3度呼ばれてやっと振り返った。そして、客がお札を出して、おつりをもらおうとしようものなら、「チッ」っとこれ見よがしに舌打ちをして、お金を受け取った。それから、おつりを渡すために数分の押し問答があり、ついに折れた客が会計を後にし、店を出て行こうとすると、店長が駆けてきて、「またのご来店を、お待ちしてるんだから!」と盛大に見送った。
 店のレビューは、瞬く間に真っ黒に染まり、「バイトの接客が最悪」「御年50の店長がデレてくる」などの悪評で埋め尽くされることとなった。
 もう何度目か分からないため息の後、沈黙に耐えかねたバイトが口を開いた。
「店長……申し訳ありませんでした……。甘んじて、くびちょんぱ受け入れます……」
 力ないバイトの言葉に、店長も力なく答えた。
「……いや、最終的に決めたのは俺だし、クビにはしないよ……、……まあ、クビにはしないけど、店の方が潰れるから、結局同じことかな……」
 店長のこの言葉に、バイトは、消えるくらいに小さくなった背中をより一層小さくした。
 店長は、真っ黒に染まったレビューを見ながら、一人しか来ていないのにどうしてこんなにレビューが多いのだろうなどと考えてはため息を吐き続けた。
 ネットが浸透したこの世の中では、レビューは絶対で、全ての人がそれを基準に店を選んでいると言っても過言ではない。そんなレビューが真っ黒に染まってしまったなら、誰もこんな店を好んで選ぶことは無いと言えた。
 店長が「人のバイトを雇う分、ラーメン一杯が高い」「ロボットに接客させた方がまだまし」などの悪評ばかりのレビューをスライドさせながら無感情に眺めていると、その中に興味深いレビューを見つけた。
──「人の行くところではない」。
言葉としては、店の運命を断つようなその言葉だったが、何か違和感を覚えた店長は、しばらくの間熟考し、次の瞬間、大きく手をたたいて、思わずそのアイデアを口に出した。
「人がだめなら、人以外を顧客にすればいいじゃないか!」
 

 
 その日から、「ツンデレラーメン」は「ロボットラーメン」と店名を改めて、油10倍!の売り文句の元、ロボット向けのラーメン屋としてリニューアルオープンした。
 売れ行きは上々で、今まで食べ物を味わったことがなかったロボットが、続々と集まってくるようになり、店長とバイトはロボットのラーメンを作ることで、忙しくさせてもらえることとなった。いつしか業績も持ち直し、バイトの数も増え、店はロボット専門ラーメン店として、広いシェアを獲得するまでになった。
 「ロボットラーメン」は、初めてロボット向けという新しいサービスを生み出した店として、たくさんのロボットたちに利用され、仕われることとなった。
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第三十七回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2019.08.14(Wed) 04:34
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