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何ということもない時間

 家に帰ってまず俺の目に入ったのは、リビングのテーブルに散らばっている青色。中心には黒色がある。整頓されたテーブルの上に広げられているそれらは、例のごとく俺の席の前にある。

「あぁ、また……」

 犯人は決まっている。こんなことをするのは我が家に一人しかいない。姉ちゃんだ。散らばっているのは、ジグソーパズルのピース。青色と違って黒色はまとまっているけれど、黒い……なんだろう? 部活帰りの重いバッグを部屋の隅に放って覗き込む。

「なんで、そういう……」

 やりかけのジグソーパズルは真っ黒なカラスだけが完成している。そしてついでに空色の枠も。わざわざカラスじゃなくても文鳥なり燕なりいるだろうに、なんでこんなマニアックな絵をやっているんだ。ジグソーパズルを買ってきては、いつも簡単にできるところしかやらずに放置して、残りの難しいところは俺がやることになる。この間は、確か一か月くらい前に、砂の上を歩くカメを作ってたはずだ。もちろん砂のところは俺がやった。まったく、飽きもせずまた新しいのに手を付けたのか。四年生だというのに、大学生は暇なのだろうか。鼻だけで小さくため息をついていると、階段を下りてくる音が聞こえた。

「あ、トモ帰ってきたんだ、おかえりー」

 テーブルの上の惨状を忘れたかのようにあっけらかんとした声と共に、姉ちゃんは顔を出した。眉はいつも通り薄いけど、部屋着じゃなくてまともな格好をしている。大学かどこかに出かけてたんだろう。大学に行くときはちゃんと化粧しているし、近所に出かける時も眉だけは書いているくせに、家に帰ると速攻で落としているから、眉のある顔はなかなか見れない。見慣れたすっぴんは眉が薄いわりに目はぱっちりしているからなんだかひょうきんだ。そして今日も相変わらず、肩甲骨を隠すほどの長い髪の毛は頭のてっぺんで団子状にまとめられている。まるでムーミンに出てくるキャラクターのようだ。名前、なんていったっけ。あの背が低くて目つきの悪い……、うーんと、いいや、思い出せない。長い髪なんて見てるだけでも暑そうだし、まとめるくらい邪魔なら切ればいいのに、と思うのだが口に出すといつも、それとこれとは別なの!って怒られる。さらにそこに母親が居たりすると非難の声は何乗にもなる。これだからトモは、って話がどんどん進展していくのは間違いない。あぁ、想像しただけで恐ろしい。

 腰に手を当てて仁王立ちのポーズで姉ちゃんを待ち受ける。非難の眼差しはしっかりと忘れずに。

「姉ちゃん、まーたジグソーやりっぱなしじゃんか」

「あはは、ごめーん。空のとこ全部青色だから嫌になっちゃって。トモ頼んだ! お願いします!」

 俺の表情、声色なんかものともせずに、姉ちゃんは手を顔の前で合わせてポーズをとる。

「マジでこれ何回目だよ。ったくもう」

「ごめんって。今度ミスド買ってくるから」

「はぁ……」

 嫌だと言うのもめんどくさい。どうせここで断ったって、いつまでも食い下がってくるのは経験則からいっても目に見えている。早々に諦めて散らばったピースの前にのろのろと座った俺を見て姉ちゃんはにんまりする。

「オールドファッションがいい? それともポンデリング? 期間限定もあるし、希望がないなら美味しそうなの見繕ってくるね!」

 それ、姉ちゃんが食べたいだけだろ。全身で、呆れてます、とアピールしている俺の肩をぽんぽんと軽くたたいて、姉ちゃんは機嫌よく台所に向かう。冷蔵庫を開ける音がするから、飲み物でも出しているのだろう。さて、俺はこの散らばったジグソーパズルの何から手を付けようか。大きく長く息をつく。

「お茶飲むー?」

「あ、うんー……」

 肺に残っていた空気を使って返事をする。使いきると今度は肺を膨らませる。よし、始めよう。ばらばらの場所で勝手な方向を向いているピースをとりあえず見やすいように並べ始める。やれやれ、どっちが上で下なのやら。

 なんだかんだ言いつつも、こういう作業は嫌いじゃない。サクサク進むところが残ってないのはとても残念だけど、一ピースずつ地道にわずかな形の違いを見つけて合わせていく作業が終わったときの達成感はいいものだ。めんどくさいという気持ちの裏には、ほんの少し楽しさがある。

 それにしても、抜けるように青い空は雲一つなく晴れ渡っていて、ピースにプリントされている絵からは何のヒントも得られない。さながら一面真っ白のミルクパズル、青バージョンだ。まったくどうして姉ちゃんはこんな厄介な絵を選んできたのか。またしても大きくため息をついた。

 その音は台所から出てきた姉ちゃんにちょうど聞こえたようで「わ、大きいため息」とかわざとらしく言っている。誰のせいだよ、と思うのだけど腹を立てるほどじゃないので、追加でもう一つため息をつく。ごめんって、と言いながら二人分のコップを手に戻ってきた姉ちゃんはひょい、と散らばった空の欠片を覗き込んだ。そして俺の前に一つ、向かいの席の前に一つ置いて座る。

「なんでできないくせにこういうの買ってくんのかなー。せめてもっとやりやす

いのにしろよ」

「だってこのカラスが可愛いかったんだから仕方ないじゃん」

「あのなぁ、残りをやらされる身にもなってみろよ」

「非常に感謝しております!」

 俺の文句なんかものともせずに笑顔で小さく敬礼をしてから、散らばってるピースの一つをつまみ上げた。そういう話じゃあないんだけど。顔だけで返事をして、言葉は心の中だけにとどめておく。

「よくこれで繋げられるよねー」

 姉ちゃんはしみじみと無地の青色を眺めている。ひっくり返したり、照明にかざしてみたりしているけど、きっと大した意味はない。一方俺はというとただ黙々とピースを並べて形を把握し続けている。突起がある位置が片寄っていたり、突起がつぶれたようなものがいくつかある。そういうものから地道につなげていくと、だんだん塊ができてくる。

「形があるだろ」

「うーん。そうなんだろうけどさ、上手くいかないんだよ。今日も最初は頑張ったんだけど結局枠しかできなかったし」

 口を真一文字に結んでほとんど無いような眉尻を下げると、我が姉ながらなんとも情けない表情が出来上がる。

「あーもう。残すんだったらせめて枠のところもやらずにいてくれればいいのに」

「ごめんって。今から枠だけ崩そうか?」

「いや、マジでそれはやめて」

 真剣に眉を顰める僕の顔を見て、あはは、と口を大きく開けて笑う。豪快な笑い方は母親そっくりだ。母親の眉毛はちゃんとあるし、顔もそこまで似ているわけではないけど、しぐさはまるで母親だ。家族って似るんだなぁ、としみじみ思う。

 それ、これとつながりそうじゃない?とか言いながら俺の作業を見ているのは最初のうちだけで、姉ちゃんは結局手元のスマホを取り出していじり始めた。でも、席を離れようとはしない。責任を感じているんだか、単に仕上がったところをすぐに見たいんだかは知らないけど、こうやって途中で俺に押しつけたときはいつも、最後のピースがはまるまで部屋にも戻らずに待っている。こちらとしては嬉しいような、どうでもいいような。居ても何も思わないけど、きっと居なくなったら腹立たしいだろうな、とは思う。俺に押しつけたくせに、と。

 ふぅ、と息をつきながら、まだどれともつながっていないものを手に取る。いくつかは、三ピースずつくらいだけど塊にはなってきている。俺自身がジグソーパズル好きなわけではないのに、この姉のせいですっかり上手くなってしまった。一時間かけてつながったのはワンペア、みたいな頃と比べると段違いの速さでつながっていく。とはいえ今日のは雲一つない気持ちのよさそうな空だからそう簡単なわけではない。グラデーションもない空はカラスの姿勢から見ても、地平線近くではなくて高いところなのだろう。出来上がっていくほどに、すがすがしいほどの青はきれいに整っていく。この調子だ。

 

 

「あっ、めっちゃ出来てるじゃん! すごい!」

 大きめの塊もでき始めて、単体のままのピースは残り数ピースという状況に姉ちゃんが気づいた。ちょくちょく進捗を確認して、そのたびに何かしらのコメントをよこしては自分の作業にもどっていたが、さすがに姿勢を正して観戦に入る。

と思ったんだけど、頭がすぐに下がって両方の手のひらの上に落ち着いて、頬杖をつく体勢で眺め始めた。視線は感じるけど、だからどうということもない。どちらかといえばたまに伸びてくる手が、ピースをつまみあげることの方が厄介だ。なんだか気が散る。子供じゃないんだから大人しく待っていてほしいんだけど、きっと姉ちゃんには無理だろう。

 小さい塊同士もだいぶつながってきて、そろそろここでやる必要はなくなってきた。むしろ枠の中に入れた方がやりやすい段階だ。

「ねぇ、なんか紙かなんかない? ピース移動したいんだけど」

 枠の外で大きな塊になっている空を移動させるにはさすがに手じゃ無理だ。何かしらに乗せないと今までの頑張りが再び離散してしまう。

「オッケー、ちょっと待ってて」

 姉ちゃんは颯爽と手のひらから頬を引きはがし、ジグソーパズルだらけの俺の視界から外れた。感心するほど動きが素早い。音からするに、新聞のチラシを抜き取ってくるようだ。

「はい、お待ちどおさま」

「ん、ありがと」

 すっと差し出されたチラシには真新しい白いマンションが整えられた木々の中にそびえたっていた。公園が近いとかの売り文句が上やら下やらにおしゃれに配置されている。スーパーや家電量販店の薄っぺらいのではなくてちゃんと良い紙を使ってるチラシを探してきてくれたらしい。

 受け取ってそのまま一番大きい塊の端からそっと差し込み、乗せる。壊れないように気を付けながら見当を付けておいたところに移動させる。ジグソーパズルはメインのカラス周りが埋まると一気に出来上がったように思える。

「おおー」

 姉ちゃんが音のしない拍手をしながら感嘆の声を上げている。残っている細かい塊も移動して、ばらばらの数ピースを一つずつ入れていく。ほぼ完成している絵の中のぽつりとした空白を埋めていく作業は、難易度が低いうえに達成感が大きくて好きだ。

 最後の一ピースをはめる。

「はい、終わり!」

 椅子の背に体を預けて伸びをする。

「ありがとー!」

 姉ちゃんは、わあーとテンションを上げている。自分が終わらせたわけでもないのに嬉しそうだ。どうしてこの人はこんなに子供なのだろう、まったく。気付かれない程度にため息をついた。姉ちゃんは意気揚々と立ち上がり、階段に向かう。きっと部屋から額縁をとってくるのだろう。ドアを開ける音がして、数秒経って、すぐにまた閉める音が聞こえる。案の定ジグソーパズルにちょうどよさそうな大きさの箱を抱えて降りてきた。

「さぁ、ここからは私の出番」

 姉ちゃんは箱を開けながら自慢げに宣言する。やれやれ。今度は俺が頬杖ついて作業を眺める。着々と用意を進んでいく。さっき邪魔をしていた人とは思えないほど手際がいい。揃ったところでさっきピースの塊を移動するのに使っていたチラシを手に取った。今度は完成したジグソーパズルをそれに乗せ、額の台紙に移動させる。ピース同士の隙間が埋まるようにそっと整える姿は真剣そのものだ。ジグソーパズルに付属しているノリを出して、丁寧なへら捌きでジグソーパズルに広げていく。ただでさえ大きい目を開いているからなんだかすごい迫力だ。父親の二重を姉ちゃんは持ってってるけど、俺はというと母親の一重だから、姉弟の目元だけ見ると全然似ていない。性格も姉ちゃんのほうがバイタリティがあるというか、ともかく元気だし強い。俺たちの似ているところと言えば、爪の形とか、鼻の形とか細かいところだけだ。

 姉ちゃんが顔を上げて目をぎゅっと閉じ、ふうーと大きく息をついた。真剣に塗り広げる作業は終わったようだ。あとは乾燥させるだけだ。

「なぁ、ねえちゃん。いつ家出てくの?」

 ふと、疑問が浮かんだ。

「なに、いきなり」

 目を開いた姉ちゃんはなんて間の抜けた顔をするんだろう。キョトン、という表記がぴったりだ。俺自身でさえ唐突だと思うから姉ちゃんは余計に感じるんだろうけど、おもしろくて吹き出してしまう。

「いや、どうすんのかなって思って。だって、就職してもここから通うんでしょ?」

「うん。一人暮らししてみたいとは思うんだけどねー、どうしよっかなぁ。家事やってもらえるしなぁ」

 んーと伸びをしながら呑気な口調で怠惰極まりないセリフを言う。いや、俺も人のことは言えないけど。

「じゃあずっと家にいるつもり?」

「かもねー。結婚とかしたらさすがに出てくけど」

「あ、そ」

「うわ、反応冷たっ」

 姉ちゃんはケタケタと笑う。本当によく表情が変わる人だ。

「そう、それにほら、家を出ちゃったらジグソーを完成させてくれる人がいなくなっちゃうじゃん」

 素晴らしい理由を見つけたぞ、とでも言いたげな得意げな表情が憎たらしい。上手いことは何一つ言ってないし、俺にしてみればただの便利屋ポジションだと言われているだけじゃないか。

「なんだよ、それ」

 まったく。渋い顔をしている俺の顔を見て、あははっとまた笑う。開くとでかい口だなぁ、ほんとに。

「口、でかいよね」

「はあ?」

 笑ったままの開けっぱなしの口から気の抜けた声が漏れた。が、姉ちゃんはすぐに口を閉じて鼻で笑う。

「いいの、別に、困らないから。口でかかったらいっぱいご飯食べれるでしょ」

 つんと澄ましながらそう言い終るや否や、さっきまでのおすまし顔はどこにやってしまったのか、ぐわぁーという効果音を自分で言いながら大きく口を開いた。急な行動にちょっとビビる。ガチャンと玄関の音がした。母親だろう。姉ちゃんがテーブルの上のものを片付け始める。散らかしていると怒られるのだろう。しかも、ジグソーパズルだし。

「あ、お母さん帰ってきた。うーん、まだ乾いてないと思うんだけどなぁ。とりあえず部屋に持ってくかー。うーん。トモ手伝ってー」

 ぶつぶつと言い始めたので独り言かと聞き流していたら唐突に呼ばれた。

「は? 手伝うって何を」

「手、ふさがっちゃうからドア開けてほしい。あと、できれば箱とかも持ってきてもらえると、嬉しいなー。嬉しいなー」

 わざとらしく重ねてくるのは言葉だけではなくて表情もだ。わざわざ覗き込むように話かけてくる。俺はなんて手のかかる姉がいるんだろう。

「あぁ、もう、わかったよ。運びますよ」

 俺は投げっぱなしだったバッグを遠心力を使って肩に掛け、その勢いのまま空箱を持ち階段に向かう。台紙を持った姉ちゃんは後ろからついてくる。

「あ、お母さんおかえりー」

 どうやら俺が階段を半分くらいまで登ったところで母親がリビングに入ってきたらしい。姉ちゃんは何やら会話を始めているけど、俺はかまわず登り切る。別に巻き込まれたいわけじゃないし。とりあえず姉ちゃんの部屋のそばに箱を置いて、ドアノブをひねって少しだけ開けておいた。あとは足かなんかで押せば全開になる。ドアの隙間から見える壁にはやらされた覚えのあるジグソーパズルが並んでいた。バッグを置こうと自分の部屋のドアノブに手をかけたとき、やっと姉ちゃんが上ってきた。半開きのドアとそばにある箱に目をやる。

「ありがとー」

 軽く頷いて返事をする。姉ちゃんは台紙を大切そうに抱えているけど、そういうときこそポカをしないか少し心配だ。無事に運び込めるまではとりあえず見守っておこう。見ていないときに急に叫ばれたりしたら心臓に悪い。姉ちゃんは順調に部屋の扉を足で開けている。そして、そのままくるっとこちらを向いた。取り落とさないかハラハラする。俺の気持ちを知ってか知らずか、姉ちゃんはニコッと笑った。そして言った。

「あと、トモ。いつもジグソーほんとにありがとね!」

「んー。それ落とすなよー」

 姉ちゃんはにっと口角をあげて力強く頷く。その顔、ほんと信用できないんだよなぁ。ふっと笑みがこぼれる。

 さて、これでまた一つ姉ちゃんのジグソーコレクションが増えてしまった。本当にいくつ作れば気が済むんだろうか。飾る場所がなくなってきてるらしくて、いくつかはリビングやら母親の部屋やらに飾られているけど、さすがにもういらないと言われている。そのうち俺の部屋にまで浸食してきそうだ。俺の部屋に姉ちゃんが可愛いと思う絵が飾られる。なんとしても避けなければいけない。早くジグソーブームが過ぎることを祈るばかりだ。一度ブームが来ると長いから、本当に祈るしかない。確かその前のブームはイラストロジックだったけど、冊子になっているからいくらやっても姉ちゃんの部屋にしまいきれた。そういえば、その時も難しい問題は俺に渡してきたっけ。おかげで無駄に上達してしまった。イラストロジックの前は、なんだったっけ。何かをやらされた記憶があるんだけど思い出せない。次は……、できれば姉ちゃん一人で完結するものにハマってほしい。

できれば。

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第三十五回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2018.08.21(Tue) 08:00
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