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海の方へ

 目を覚ますと、一人でベッドに横たわっていた。

 まだ覚醒しきっていない頭を起こし、白い室内を見渡す。

「瑠璃?」

 隣にいたはずの人の名を呼ぶが、返事はない。どこかにいってしまったのだろうか。

 どれくらい眠っていたのだろう。昨日は移動だけで疲れて、二人とも宿に着くとルームサービスで食事と少量のアルコールを摂って、着の身着のままでベッドに横になったところまで覚えている。

 時計を見ると、正午前だった。だいぶ眠ってしまったようだ。

 ベッドから起き上がったところで、シャワーでも浴びているのかもしれないと思い、浴室の方へ目をやった。

 二人での旅行とは言えど、二人でいつも暮らす部屋がそれほど広くないこともあって旅先の部屋にはあまり金をかけなかった。そのためぐるりと見渡せばどこに何があるかくらいはわかる作りだ。昨晩食事をとった窓際のテーブルには、スコーンとサラダが載っていた。大方彼女が二人分の朝食を頼んだのだろう。

「瑠璃?」

 もう一度呼びかけながら、ベッドを降りる。浴室の方に耳をすますが、誰か入っているような水音はしない。玄関を見ると、前日に用意していた彼女の着替えがなかった。それから、出かけるときに決まってかぶる黒い麻で編み込んだ、幅の広い帽子も。

 苦笑いとため息が同時に出る。

 困ったな、こんなところで。いや、寝坊した僕にも非はあるか。

 僕はとにかく、シャワーを浴びてからそのあとのことを考えようと決めた。



   *****


「あの、すみません」

「はい、何でしょう?」

「白いワンピースを着た女性が、ここを通りませんでしたか?」

「白い、ワンピースの、女性?」

 相手は不審そうな顔をした。しまった、と思ってすぐに情報を付け加える。

「一緒に旅行に来た人なんです。僕が寝坊したので、怒ってどこかに出かけてしまったようで」

 僕は参ったような顔でそう言った。寝坊したというのは本当で、彼女が怒ったというのはおそらく嘘なのだが。

「そうだ、多分黒い帽子をかぶっていたと思います。心当たりはありませんか?」

 相手は一瞬気の毒そうな顔をして、記憶を当たっていたようだった。

「あ、あー思い出した。その人ならみたよ。うちの土産物のガラスの笛を買ってったんだ」

「本当ですか! その人がどっちに行ったか、わかりますか?」

「海の方に行ったよ」

 親切に教えてくれた彼は、あんまり恋人を怒らせるなよ、と僕の肩を叩いた。



 瑠璃の放浪癖は、別段今に始まったことではなかった。しかし、最近、特に二人で暮らすようになってからはほとんど起こしていなかった。それまでは、ある日突然学校に来なくなって、数週間するとまたなんともない顔で現れ、どうしていたのかと聞くと北に行ってただとか南に行ってたといった具合に大体の方角と数枚の写真を見せてくれるのだった。

 僕はそれらの写真を見て、大抵綺麗だと感心してこれはなんという場所なんだと問う。

 彼女はそういう時、決まって笑いながら「知らない」と答えるのだった。



   *****


「すみません、お尋ねしてもいいですか」

「なーに、お兄ちゃん」

 君じゃなくて君のお母さんに聞いたんだが、と思いつつ、

「この道を通った女性を探しているんです。一緒に旅行に来た人で、白いワンピースに黒い帽子を被ってます」

と女の子に答えた。おじさん、と呼ばれなかっただけ良かったと思うべきなのかもしれない。

「もしかして、笛を吹いてたおねーちゃん?」

「あ、そうかもしれない」

 先ほどの土産物屋のおじさんが言っていたガラス笛のことだろう。

「その人なら見ましたよ?」

 母親が答えると、女の子もウンウンと頷いた。

「笛で妹をあやしてくれたの!」

「それから、ジュースを買っていかれましたよ。この子も絞るのを手伝ってくれてるんです」

「美味しかったって!」

 この島特有の地域性というやつなのだろうか、瑠璃の動向が事細かに知らされる。

「そうなんですね、その人、どこに行ったかわかります?」

 僕が問うと、笑顔のよく似た親子は同じ方を指差した。

「海の方に」


 僕たちが来たのは本当に小さな島で、僕らの住む大陸から船で一時間弱で着く場所にある。

 観光地としてはあまり有名ではないが、いくつかのコテージが島の中央にあり、その多くは島の全景と大海原を見渡せるように作られている。

 陸から来た僕らにとってはこの島はどちらを向いても海なのだが、彼らにとって海の方とは大陸に背を向けた大海原を正面にした方を指しているらしい、ということを僕は前日に瑠璃から聞いていた。アルコールを入れた彼女は面白いよね、と頬を赤くして笑った。今になって思えば、この「面白い」が彼女の放浪癖を再びくすぐったのかもしれない。

 幸いコテージから海に向かう道はほとんど遮蔽物のない一本道で、土産物屋のいう通りに大海原の方に歩いていたのだが、あんまり一本道が続くと不安になってくるもので、水分を摂りがてらジュース屋親子に声をかけたのだった。二人はパイナップルのジュースを勧めてくれた。



   *****


「すみません、今いいですか?」

「あー、はい。なんでしょう?」

 もしかして昼寝するところを邪魔してしまったか、と思いながら、尋ねる。

「この辺りを、僕と同じくらいの歳の女性が通りませんでしたか? 白いワンピースに、黒い帽子を被っているのですが」

「見たよ」

 即答だった。

「この島であんなに旅人らしい人はなかなか見ないからね、よく覚えてる。探してるのかい、君」

「そうです、一緒に旅行に来たのに、起きたらいなくて」

「それは気の毒に」

「それで、彼女は、どこに行きましたか?」

 海辺のコテージ、そのテラスに腰掛け本を持った男性はヒゲを触りながら海の方を見ていた。

「海の方、多分、灯台の立っているあの岬だね」

「丁寧に、ありがとうございます」

「少し、待ってくれるかい、青年」

 呼び止められるとは思わずにいたので驚きながら答える。

「はい、なんでしょう」

「その人は、見つけて欲しがっていたかい?」

「と、いうのは?」

「いや、ただの年寄りの勘違いならいいんだ。君が探すのなら、それで」

「……そうですね。僕は探します。近づけなくても見えるだけでいいので」

 僕はもう一度丁重に礼を言って、海辺のコテージを後にした。


 灯台に着く頃には夕日は沈もうとしていた。

 灯台は小さな島にしては立派で、足元についたドアから中に入ることができた。

 中は電灯が一つぶら下がっている他にソファベッド、小さなテーブル、その他生活に最低限のものがそれぞれ一つずつ揃えられていた。誰かが住んでいるのであれば、あまり覗いているのは申し訳ないと思い扉を閉めようとした時、ドア横にかけられた黒い何かが目に入り、もう一度開け直した。

 それは間違いなく、彼女の帽子だった。


 悪いと思いつつ、もう一度灯台の中を見渡す。テーブルの上に置かれた一冊の本、その隣に置かれたガラスの笛。

 ここにいれば瑠璃は戻ってくるだろうか?

 灯台の主には申し訳ないが、少しここで待っていることにした。



   *****


 待っている間、僕はテーブルに置いてあった本を読んでいた。

 その本はどこか遠い異国の神話のようで、壮大な物語が繰り広げられた挙句、現代の人のあり方を示していた。物語の最後にはこのように綴られていた。

《全ての物語は、続きから始まり、続きのまま終わってゆく。語られなかったものについては、何者も知り得ない。》

 その神話は神話にしてはおそらく珍しく、万物の始まりというものも終わりというものも描かれていなかった。面白い信仰もあるものだな、と思いながらも疲れた目を休めるために目を瞑る──



 波の音で目が覚めた。夢でも彼女を探していた気がする。

 ドア横の帽子はまだかけられたままで、彼女はまだ戻っていないことがわかった。いや、もしかしたらコテージに戻ったのだろうか。

 灯台のドアを開けて外に出る。そのとたん、強い風が海から吹き付けた。

 目の前には真っ黒な海がひろがっている。僕を陸へと押し戻すように轟々と風が吹いていた。

 彼女はどこに行ったのだろう。外を歩くときはきっとあの帽子を被っていたのに、それを置いて帰ってしまうだろうか。

 ふと、暗い海を照らす一筋の光があることに気づいた。

 頭上を見上げると、灯台は一定の方向を照らし続けている。


 海の方を。


 もしかして、と思う。

 一方では、やっぱり、と思う。


 形容しがたい感情が僕の胸を満たして、一つの方向へ突き動かす。靴のまま、岬の先に置かれた朽ちたテトラポットを踏みしめた。


 瑠璃のいる方、海の方へと。



 風が強い割に、夏の夜の海は穏やかで、灯台の光は海の中を照らし出す。




 白いワンピースが、水の揺らめきの向こうで踊った。


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第三十五回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2018.08.21(Tue) 08:00
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