FC2ブログ
« 2018 . 11 »    1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | CM(-) | TB(-) --.--.--(--) --:--

愛飢え追えども 1

 

サッちゃんはね、サチコっていうんだほんとはね。

ええっ、ホントのほんとだよ。きょうのおゆうぎの時間に歌ってたお歌じゃなくって、サッちゃんは本当にサチコちゃんっていうお名前なの。でもサッちゃんはぼくに「おねえちゃん」って呼びなさいっていうんだ。ママやミカせんせーがサッちゃんって呼んでも怒らないのに、ぼくがいうとぜったい「ユキくんはおねえちゃんって呼びなさい」っていうの。サッちゃんはサッちゃんなのにね。

 でもサッちゃんかわいいでしょ。サクラせんせーはあったことないの? ビジンさんなんだよ。それでね、サッちゃんの作ったたまごやきはちょっとしょっぱいけど、でもオムライスはふわふわのジュワジュワでとってもおいしいの。サッちゃんとオムライスとたまごやき、おんなじくらいぜんぶ一番大好きなの。だからね、ぼくね、はやく大きくなってたまごやき名人になって、それからサッちゃんとケッコンするんだ。それでサッちゃんがオムライスの人になって、ぼくがたまごやきの人になるの。ぼくって天才だと思わない? だって、毎日おいしいごはんが食べられて、あとねケッコンしたら大人になっても毎日おててつないで帰れるし、そしたらとってもしあわせだと思うんだけど、ぼくそれがいいと思うんだけど。

 そうだ、明日パパが帰ってくるからきいたらいいね! ぷろぽーず、ってどうしたらいいのって! ぼくのママ、とってもガンコなのにどうやっておねがいしたんだろうな、ってずっと気になってたの。えへへ、決まっちゃった。僕サクラせんせーより先にダンナサンになるんだ。いいでしょ、ね! ステキでしょ! 

 

 

   *

 

 

18時を少しまわった頃、沈みかけの夕日を背に園門から駆け込んできた「サッちゃん」は本当に紗知子だった。

「あっ、おねえちゃん! 」

 さっき言ってたのはサッちゃんにはナイショね、と悪戯っぽく笑ったユキヒロ君はスコップを投げ出し、待ちわびた彼女のもとへ走り寄るとそのままぎゅっと抱きつく。お片付けしなきゃだめでしょ、と言いながらしゃがみこんでスモックの砂を払う、大人になった彼女の頬は緩んでいるように見えた。

「紗知子じゃん、元気してた? 」

「佐倉先輩」

 僕の声で顔を上げた紗知子は驚いたようだった。すっかりあか抜けた美人に成長したのに、びっくりした時に口を少しすぼめる癖は子どもの頃から今も変わっていなくてつい笑ってしまう。口元を指せば紗知子も気が付いたようで、恥ずかしそうに細い指で顔を覆った。

「美香先輩だけじゃなくて佐倉先輩までここの先生だったんですね」

「こないだの4月からだけどね。それより紗知子は、 」

 ユキヒロ君の、と言いかけたところでエプロンの裾が引かれた。

「ねえねえ、おねえちゃんとサクラせんせーもお友だちだったの? 」

 ユキヒロ君が少しむくれて尋ねてきた。どうやらヤキモチを焼いているようだが、サクラ先生は年上の女の人か金髪美女が好きなんだぞ、前も言ったろ。

「お友達、なんですかね」

その横で紗知子は真剣に困った顔をしながらユキヒロ君と一緒になってこちらを見上げてくる。いつかの瘦せっぽちの小さな女の子の面影がよぎった。

「んー、美香先生も、ぼくも、ユキヒロ君ママも、おねえちゃんも、みんな昔っからお友達だねえ」

 紗知子は困った顔のまま、そうですね、と笑った。

 

 お迎え遅くなってすみませんでした、と頭を下げて紗知子は帰っていった。ユキヒロ君はちゃっかり自分から彼女の手を握ってにこにこしていた。紗知子がお迎えノートに判子を捺しに行った間に「サッちゃんはぼくのだからね」と言って指切りげんまんをさせられたけれど、そういう独占欲が強いところとか、大きいわけじゃないのに変な時だけ凄みのでる目だったりとか、母親の花枝譲りだとつくづく思う。

 誰もいない真っ暗な廊下を、エプロンを脱ぎつつ職員室へと向かう。昔はこんな暗いところを一人で歩くなんて出来なかったが、ここは昼間のうるさいくらいに元気な園児たちのイメージが強過ぎて、心労が暗がりへの恐怖を凌駕してしまう。そういえば紗知子は僕達よりも7つも年が下なのにおばけや暗闇を怖がらなかった。花枝が一番の怖がりで、4人で行ったお化け屋敷では終始ぴったりと小さな紗知子の後ろにくっついて「サッちゃん先に行かないでね、ハナエ泣いちゃうからね」なんて言っていた。僕と美香はそれを後ろから笑いつつもやっぱり怖くて、2人で手を繋いでキョロキョロしてたんだっけ。甘酸っぱい青春時代、と形容するに相応しい思い出。その次の週に美香に告白した僕はばっちり振られたわけだけど。そしてあれが、多分4人で遊んだ最後の思い出だ。

 職員室に戻れば明かりがついていて、昔僕を振った張本人は鼻歌を歌いながら保護者面談用のソファに寝転んでサルかに合戦の絵本を読んでいた。

「ミカせんせー、ユキヒロ君が紗知子と一緒に帰りました、よっ」

思い切り投げたエプロンは狙い通り美香の顔面にクリーンヒットした。突然視界が無くなった美香は両の腕をバタバタさせて暴れた挙句、ソファから落ちた。

「サクラせんせー1人じゃ夜番の締め出来ないだろうと思って待っててあげた優しいミカせんせーに対して、あんまりなこの仕打ち」

転げ落ちた美香はそのまま床に伏して何やらぶつぶつ言っていたが、返事をせずにいたらさすがに怒りが伝わったらしく起き上がってソファに座り直した。

 

「なんで紗知子がここに帰ってきてるの教えてくれなかったんだよ」

 

向かいのソファに腰を下ろしながら、できるだけ荒げないようにと抑えて出した声は思いの外に震えて情けない声になった。僕らが高3の夏、紗知子を育ててくれていたおじいちゃんが死んだ。さよならも言えずに、まだ小学校5年生なのに天涯孤独になった紗知子は僕らの元から姿を消した。施設に入ったらしいと花枝のお母さんが教えてくれたけれど、それを知ったのは9月に入ってからだ。一人ぼっちで紗知子はきっと泣いていた。僕らが何も知らずにのんきに勉強しているその間、一人ぼっちでこの街を去った。あの時僕だって美香だって、花枝だって、どうしようもなく打ちひしがれて、それを忘れたわけじゃないだろうに。毎朝ユキヒロ君を連れてくる花枝の笑顔を思い出して、さらに苛立ちが募った。

美香はしばらく僕のエプロンを畳んでは広げ、丸めては広げ、を繰り返しながら何事か考え込んでいたが、突然ふっと笑ってまた畳み始めた。今度は目をそばめて、隅と隅をぴったりと合わせて畳む。

「私もね、去年サッちゃんがお迎えに来て初めて知ったの。今大学生だって。怒るのは私じゃなくて花枝にしてよ。ほんとあの子ひどいんだから、私だって初めは怒ったもん」

綺麗に、丁寧に、美香は布を合わせたその端から左の手で軽く叩き、折り皺を作っている。

「花枝、あのあと大学受験やめて就職して、それで21で結婚したでしょ。あの大きいくまさんみたいな旦那さんと」

「湯本さんね」

思わず訂正してしまったけれど、美香は気にする様子がない。定規みたいな直線で、徐々に僕の黄色いエプロンは畳まれていく。

「そうそう、でも今は花枝だって、サッちゃんだって湯本さんだもの。そう、だからね、ユキヒロ君が生まれた年に、あの子サッちゃんを引き取って養子縁組したのよ」

「へ? 待てよ、じゃあ本当に」

「そうよ」

完全な正方形に折りたたまれたエプロンを手渡すと美香は立ち上がった。

「戸籍上はサッちゃんは花枝の娘、ユキヒロ君のおねえちゃん」

 呆然としている僕を置いて美香は薄青のカーディガンを羽織りながらなおも喋り続ける。

「あの子サッちゃん引き取るためだけに結婚したようなものよ。可哀そうな湯本さん。花枝は念願のお母さん権限で『佐倉くんはサッちゃんに会わせちゃダメ』って園長先生に言って、だから佐倉あんた夜番にしてもらえないのよ。今日はその園長先生がぎっくり腰になっちゃったんだから仕方ないんだけど」

入ってくる衝撃的な情報と湧き上がる複雑な感情に混乱した僕は、3時間前の美香は園長先生が風邪で休みだって言っていたのに、いつの間にぎっくり腰になったんだろう、なんてことしか考えられなかった。

「花枝がね、『初めは入学式の日に廊下でぶつかった私のこと好きだったくせに、そのひと月後には階段から落ちてきた美香ちゃん好きになっちゃって、多分佐倉君は劇的な出会いに弱いタイプの男の子だと思うの』って言ってたわよ、それで『サッちゃん可愛くなってるし、それこそ劇的な再会で佐倉君はサッちゃんのこと好きになっちゃうと思うの。ハナのサッちゃんはハナのこと大好きだから心配ないけど、癪だから会わせないー』だってさ」

 けらけらと笑う美香につられて、色々と失礼なことを言われた気がするのに、つい笑ってしまった。もう何でもよかった。

「花枝には負けたよ、紗知子も、湯本さんも、僕も、花枝以外の気持ちは誰も報われないんだね、1人勝ちだ」

「せいぜいユキヒロ君くらいよ」

「あの子は半分花枝みたいなものだから」

「あんたもやっぱりそう思う? 」

 僕たちは延々と笑い続けた。いつの間にか美香も僕も泣いていて、お互いに指さしてまた笑った。

「ねえ、年上でも金髪美女でもないのに、美香せんせーはいつも可愛いね」

「花枝に佐倉君はやめときなって言われたんだ、ゴメンネ佐倉せんせー」

 お腹を抱えて、2人で延々と笑った。

 僕の手からこぼれたエプロンは簡単に広がって床に落ちた。

スポンサーサイト
第三十五回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2018.08.21(Tue) 08:00
copyright © 千葉大文藝部活動情報 all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。