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明日の僕は、赤の他人

大学二年生の蒸田(むしだ)は、片手でスマホをいじりながら、ファーストフード店で一人もしゅもしゅとポテトをかじっていた。

「……あれ、先輩、帰省中ですか? 久しぶりっすね。まさか、こんな所で会うなんて」

蒸田は眼鏡を持ち上げ、現実にピントを合わせる。声の主の青年は、蒸田の高校の部活の一つ下の後輩の鎌手(かまて)であった。

 蒸田は、ぐえぇという風に顔をしかめ、再びスマホの画面に視線を落とした。

「無視は酷いっすよ。さすがに傷つきます」

「悪いな、お前の顔を見ると尋常じゃなく気分が悪くなったものだから」

「先輩、そんなんだからフラれるんですよ」

 鎌手は蒸田の向かいの席に腰を下ろしながら、さらりと言った。

「き、貴様……何故それを?」

 蒸田は青ざめた顔で「まさか」と呟く。

「先輩、付きあっていたのが僕の姉だったことお忘れですか……全て筒抜けですよ」

 鎌手はニコッと悪意満々に微笑んでみせる。

この姉弟は造形が似ているため、蒸田はふとした瞬間に弟の仕草が姉のそれと重なり、モヤモヤする。一方、鎌手はのんきな顔をして、スマホを片手にバニラシェイクを吸っている。

「……先輩、シェイク欲しいんですか? そんなじっと見つめてもあげませんよ」

 鎌手はなだめるような口調で言う。

「お前の飲みかけなんかいらん……いや、赤いストローだったから、ほらaikoの歌だよ」

「君にいいことがあるように~ってやつですか……先輩、アニソン以外も聴くんですね」

 鎌手はスマホから目を離して、わざとらしく意外そうな表情を作る。

「お前は俺をなんだと思っているんだ……いやしかし、そういえば、様々な飲食店でストローの廃止が求められているらしいな」

「ああ、スタバとかガストとかですか」

「今後ストローをほとんど使わない世代が現われる可能性もあるってことか……」

 蒸田は腕を組み、神妙そうな顔をする。

「そんなにストロー大事ですか……?」

「いや、それ自体が大事なのでなく……例えば、ストローを知らない人はストローをモチーフにした歌に共感を抱きにくいだろう……つまり、未来の世代が過去の世代の文化や感覚に共感しにくいことが問題なのだ」

 鎌手は話に耳を傾けながら、鞄からノートを取りだし、サラサラとメモを取り始める。

「……でも、現代でも何十年も前の歌とか、愛され続けているものも多くありますよ」

「現代でも違和感のない歌は普通に受け入れられるだろうよ……例えば、恋愛の歌だな。片思いをしている学生が『声に出さずとも、この思いが意中の人に届けばいいのに』と物思うような歌詞は、情報技術が発展した現代のにも共感されるものだろう……いわば『SNSより、テレパシー』ってとこだな」

「なるほど~……で、それは実体験ですか?」

「馬鹿野郎、例と言っているだろうが」

 蒸田はこほんと咳払いをしてから問う。

「お前は、先程から何を書いているんだ?」

「先輩の面白い発言を日記にメモしているんですよ」

「は?」

「『は?』ってなんですか……ここは先輩の教えを忠実に守る後輩を褒める場面ですよ」

 鎌手は大袈裟に肩を落としてみせる。

「先輩が文藝部に入部した僕に『文章力を高めるために毎日日記を付けろ』って言ったんですよ……覚えていませんか?」

「ああ、そんなこと言ってたなぁ……」

 蒸田はしみじみとした表情で呟く。

 鎌手は満面の笑みを浮かべ、日記を掲げる。

「ここには、部活での先輩の恥ずかしい発言や謎の持論の全てが綴られています……完全にネタ帳ですよ……先輩には感謝してます」

「そいつを貸せ。今すぐ燃やしてやるから」

「嫌です」

 鎌手は爽やかな笑みを浮かべて、日記を鞄にしまう。彼は中学はバスケ部に所属しており身のこなしが良い。一方、蒸田はペンよりも重いものを持ったことの無い万年文藝部員。力ずくで日記を奪うことは出来るはずもなかった。

 蒸田は背もたれに背中を預け、長い溜め息をついてから、天井を見上げて口を開く。

「……しかし、日記なんか見ていると不気味に思うことがあるんだよな」

「何を不気味に思うんですか?」

「たまに全く思い出せない出来事が書かれていたりすると、『ここに書かれている事は、実は全部でたらめなんじゃないか』って思わないか?」

「そんなこと思いませんよ……この日記だって書いてある全ての事を覚えている訳じゃないですけど、書いたのは確実に僕ですよ」

 鎌手は呆れたような表情で主張する。

「じゃあ……例えば、毎日がロールプレイングゲームのようにつづきから始まるものではないとしたら、どうだ?」

「どういうことですか?」

「『世界五分前仮説』って知っているか?」

「なんですかそれ?」

「世界は五分前に、人々が『存在しない過去を覚えている』状態で突然出現した……つまり、『世界は五分前に始まったのかもしれない』という仮説だよ」

「いや、そんなのあり得ないでしょう」

 鎌手は馬鹿にしたように鼻で笑ってみせる。

「……でも、完全に否定することは出来ないだろう? 偽の記憶を植え付けられている可能性があるんだから、五分前の記憶があると言っても、何の反証にもならない」

「……いや、でもそれがもし現実だとしても、どこかのタイミングで不自然な点に気が付きそうなものじゃないですか?」

「例え嘘だとしても、矛盾が生じない記憶ならば、違和感が生じることもないだろう?」

 鎌手は納得がいかないという表情を作る。

「他にも、現実が不確かなものだという話は山ほどあるぞ……『現実だと思っている世界は宇宙のどこかから投写されたホログラムだ』とか、最近は『俺達は壮大なVRの一部だ』って言うのが流行っているな……VRってのは、仮想現実のことな」

「はぁ……突飛な話ですね」

「もっと突飛なところでいったら、『宇宙人に記憶操作されている』とか、『全ては電撃鬼っ娘の夢だった』とか……なんでもあるぞ」

 蒸田は頬を上気させ、得意げに微笑む。

「先輩ホントそういう話好きですね……でも、現実が夢だったとしたら、問題になることとかあるんじゃないですか?」

「どうかな……例えば、夢の中で買ったバニラシェイクは、夢のバニラシェイクだとしてもやはり美味しいだろう……そう考えると、この世界が続く限り、夢でもシュミレーションでもたいした問題はないんじゃないかな」

 鎌手は諦めたように微笑んで、肩を落とす。

「先輩の話を聞いていたら、現実なんてホント曖昧なものに思われますね……」

それから鎌手は顎に手をやって、少し考えてから、鞄から再び日記を取り出し、最後のページに何かを書き取り始めた。

「……この日記五年分なんですよ。日記に『来年の夏、先輩と会う』って書いて、それが実現すれば、世界は日々つづきから始まっていることは証明されるんじゃないですか?」

 鎌手は日記を指しながら言う。

「……いや、その前にお前がその約束を忘れたら実験にもならないじゃないか」

「それは安心してください。日記は何度も見返しているから、忘れるなんてありませんよ」

 蒸田は引きつった笑みを浮かべる。

「そんなことをしても結局無駄かもしれないけどな……まぁ、来年暇だったら、お前の約束に付きあってやるよ」

「来年も、また会いましょう」

 

 ※

 

 社会人二年目の蒸田は、片手でスマホをいじりながら、深夜のラーメン屋で一人ずるずるとラーメンをすすっていた。

「……あれ、先輩じゃないですか? こんな所で会うなんて……先輩の高校の卒業式以来なんで五年ぶりくらいですかね」

蒸田は白く曇った眼鏡を拭いてから、再びレンズ越しに声の主を確認する。

「おぉ、鎌手じゃないか。久しぶりだな……しかし、こんな時間まで仕事か? 大変だな」

「新入社員なんで、ビシバシしごかれてますよ……今日も書類の文章が読みづらいって散々怒られて……はあぁ」

 鎌手は蒸田の向かいの席に腰を下ろしながら、萎れた様子で言った。

「なんだっけ……そうだ、俺、お前が文藝部に入部した時『文章力を高めるために毎日日記を付けろ』って言ってたじゃないか……ちゃんと続けているのか?」

「えっ? そんなこと言われましたっけ?」

 鎌手が目を丸くして言う。

「おいおい、そんなんだから怒られっ放しなんだろ……」

 蒸田が箸を休めて、苦笑する。

「止めて下さいよ……ていうか、先輩も残業ですか? いやぁ、お疲れっす」

 そう言って、鎌手は店員が出したお冷をゴクリと一気飲みする。それから、向かいの蒸田の頬が緩んでいることに気が付いた。

「その顔は残業じゃないっすね……あ、まさか、さっきまで姉ちゃんと会っていたんですか? 最近、仲が良いらしいじゃないですか……どうしたんですか?」

 鎌手はニヤニヤと口元を歪めて問いかける。

「たまたま職場が被っただけだよ」

「え~、でも先輩、姉ちゃんみたいな人好みでしょう……僕にそっくりだし」

「……確かに似てはいるな。お前のことは好きじゃないが」

 蒸田は箸を休めて、お冷に手を伸ばす。

「……まぁ、お前もあんまり無理しすぎないで、慣れるまで頑張れよ」

「はい、明日も気持ち切り替えて頑張ります」

 鎌手は歯を見せて笑ってみせる。

 店員が温かい味噌ラーメンを鎌手の前に置く。真っ白な湯気が、天井へ向かって立ち上っていった。

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第三十五回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2018.08.21(Tue) 08:00
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