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今日のノルマ

 「風邪やインフルエンザに気をつけること、宿題をきちんとやること。この二つは守ってくださいね。それでは休み明けに会いましょう。皆さん、よいお年を!」

「よいお年を!」

 帰りの会が終わると、途端に弾んだ声があたりを満たしました。何人かが待ちかねたように教室を飛び出していきます。

 そんな中、和馬は一人、席について冬休みのしおりの宿題一覧を眺めていました。

 和馬も他の子たち同様冬休みは大歓迎でしたが、休みとなると必ずついて回る宿題だけは憎らしく思っています。宿題ちゃんとやってるの、の一言でこれまで何度楽しい気持ちを台無しにされたか知れません。それに、大型連休最後の数日をため込んだ宿題の始末に追われるのもしゃくでした。

 今度こそ早めに宿題を終わらせ、休みを堪能しよう。

 和馬はそう決意しました。ここまでは毎度おなじみの流れでしたが、今日の彼は少し違ました。秘策があるのです。

 最後にもう一度リストに目を走らせると、それをほかの配布物と一緒にランドセルへと放り込み、和馬は席を立ちました。

 

 小学校に入ってから、和馬はすでに夏休みを三回、冬休みを二回経験していました。そしてその五回とも、休暇の最後を飾ったのは宿題地獄でした。

 そこでこの冬休み前、和馬はこれまでの失敗を反省し、宿題をため込まないようにするにはどうしたらいいか考えました。そして、一つの案を思いつきました。

 一日ごとに細かいノルマを決めて、その通りこなしていくのです。

 この思い付きに和馬は有頂天になりました。アイデアを実行に移したくて、宿題一覧の配布を二週間も前から待ちわびてしまったほどです。

 家に帰って昼食をとると、和馬は早速自室にこもり、課題の分割に取り掛かりました。

 算数ワーク、漢字ドリル、絵日記二日分、それと初詣で。これが今回和馬に課せられた宿題です。初詣でが宿題というのは妙な感じですが、これは伝統を大切にと和馬の担任の先生が勝手に足したものです。初詣ではとりあえず無視し、和馬は慣れない作業を進めました。

 幸い学校が午前上がりだったので、時間はたっぷりあります。

 絵日記をかく日はワーク類を少なめに、算数ワークと漢字ドリルは交互に一日おきに、新年に宿題を持ち越さないように。あれこれ悩んで、やっと予定を組み終えた頃には、とっくに日が傾いていました。

 苦心して作ったそれは、ほれぼれするほど完璧に見えました。ふと思い立って、和馬は大きい正方形の付箋紙を持ってきました。一枚につき一日分のノルマを書き、重ねれば即席“ノルマ”日めくりの完成です。

 付箋日めくりを自分の机の三角カレンダーに貼り付け、和馬はほっと一息つきました。これで過去最高の冬休みを送れるのだと思うと、勝手に笑みがこぼれました。

 夕食の時間になってもニヤニヤは収まりませんでした。家族にひどく不気味がられましたが、彼は気にしません。だって、目の前には素晴らしい休暇が待っているのですから。

 

 次の日、朝食と身支度を済ませるなり、和馬はドリルに取り組みました。初日ゆえの張り切りと、午後の遊びの約束のためです。第一回目のノルマはすぐに片付き、彼はいくらか拍子抜けしました。

 時間を見て行ったはずの待ち合わせ場所には、既に友達の上田と吉川が来ていました。

「もしかして、待った?」

「うん。超待った。一時間くらい」

 腕時計に目をやりつつ答える上田に、嘘つけ、今来たばっかじゃん、と吉川が突っ込みを入れました。

「んじゃ、揃ったし出発」

 上田の音頭で三人は、もう一人の友達の家へと歩き始めました。

 午後の柔らかい日差しが投げかけるぬくもりを、風がすぐにかっさらっていくので、空気はいつまでも冷たいままでした。しかし、上がらない気温に反して和馬の足取りは軽やかでした。

 気づけば、彼は今朝こなしたノルマのことを考えていました。あれのおかげで今こうして心置きなく遊べているのです。

彼の目の前では、上田と吉川が翌日に迫ったクリスマスの話に興じています。和馬はふと、かすかな優越感を覚えました。それとともに、ノルマのことを二人に伝えたいという衝動がむくむくと沸き起こってきました。

 自分から言い出すのはカッコ悪いので、和馬は話題が宿題関係へと切り替わるよう念じました。

 クリスマストークが一段落したところで、上田が和馬と吉川を振り返りました。

「宿題、もう始めた? 予定とか立てた?」

「訊いてる自分はどうなの」

 吉川が切り返すと、上田は全然、と笑いました。

「やんなくても、まあなんとかなるっしょ」

 上田は今年の夏休み、宿題を半分も終えないまま始業式を迎えていました。先生に怒られ親に叱られ、泣く泣く期日の過ぎたそれをやらされたことは、もう彼の頭から消えているようです。

「はい、答えたよ」

 上田は、次を促すように視線を揺らしました。待ちに待った時が来ました。和馬は得意げに口を開きます。

「実は、もう宿題始めたんだ。学習計画も超しっかり立てた」

「すげぇ」

 上田が食いついてきました。吉川も興味ありげな様子でした。和馬はここぞとばかりにプランを語りました。

「じゃあ、今年中にあの悪魔から解放されるんだ。最高じゃん」

 心底感心したように上田がほめるので、和馬は少し照れくさくなりました。

「で、宿題毎回きちんと終わらせる人はどうなの? すげぇきっちりしてそうなイメージあるけど」

「え、別に」

 水を向けられた吉川は、手を振りつつ否定しました。

「この三日のうちにこれはやっておこうとか、何日までにあれは済ませとこうとかはあるけどさ」

「それで登校日までに全部終わるんだよな。格が違うよ」

「細かく予定立てる方が窮屈だよ」

「できる奴はこれだから……。俺はノルマ応援してるよ」

 上田のフォローに和馬は嬉しくなりました。

「ありがとう。頑張る」

「お前が今年それでうまくいったら、俺も来年から頑張れそうな気がするよ」

「なにそれ。今季の宿題は?」

「あきらめた」

 あっけらかんとした上田の物言いに和馬と吉川は揃って吹き出しました。

 夢中で喋るうちに結構歩いていたようで、いつの間にか目的地の近くでした。和馬は遊歩道から道路へ一歩踏み出しました。ここを渡れば友達の家はすぐそこです。

「あ、危ない!」

 張り詰めた声が和馬の耳に届くのと同時に、後ろから上着の襟を強く引かれました。一瞬遅れて和馬の目の前を、青い自転車が猛スピードで走り抜けていきます。

 振り返ると顔をこわばらせた吉川が立っていました。危険は去っても緊張は抜けきらないようで、和馬の襟を離れた後も、その手は宙をさまよっています。

「あの自転車かっこよかったなー。ああいうの欲しい」

 場に似合わぬ能天気な声がして、二人はさっと上田の方へ眼を向けました。

「冗談、冗談。無事でよかった。何でここ信号ないんだろう」

 上田が笑ったので、ほかの二人もつられて笑いました。

「……さっきはありがとう」

 落ち着いたころ、和馬は吉川に声を掛けました。

「別に。何かに夢中になると他が見えなくなるタイプなんだから気を付けなよ。あのノルマもそうだけど」

「最後は余計。絶対大丈夫。完璧にやって見せるから」

 目的地に着いたので、三人の会話は一旦そこで途切れました。

 

 三日後の十二月二十六日、早くも和馬は計画が完璧でも全然大丈夫でもないことを痛感しました。

 この日は午前中ゆっくりアニメを見て、午後に日課となりつつあるノルマを片付ける予定でした。しかしお昼過ぎ、お母さんから大掃除を手伝うよう言われてしまいました。大晦日にやればいいのにという反論は、ゴミ出しの都合により却下され、結局和馬が解放されたのは夕方でした。

 夕食後、気を取り直して算数ワークを開きました。すぐに和馬はページ配分を間違えたことを思い知りました。運の悪いことにちょうどそこは和馬の苦手な単元だったのです。

 一問解くのに恐ろしく時間がかかります。このままでは今日中に今日のノルマを達成できそうにありません。

 焦りが焦りを生み、まとまらない考えがさらにとっ散らかっていくようでした。和馬は力の限りノルマクリアに向けて鉛筆を動かします。

 しかし、溜まりに溜まった焦燥は、端から絶望へと変わっていきます。

 ここで途切れてしまうんだ、と和馬は思いました。

 朝、テレビなんか見なければ。昼、掃除なんかしなければ。計画を立てた時、ページ数だけでなく内容も気にかけていれば。

 今更どうしようもないことが羽虫のように頭の中を飛び回り、和馬は思わず頭を掻きむしりました。

 眠気まで襲ってくるに至り、和馬は観念したように机に突っ伏しました。

 ノルマを達成できるまで、明日が来なければいいのに。ノルマを達成できないなら、明日なんか来なければいいのに。そう念じながら。

 

 和馬は、ベッドの上で目を覚ましました。まったく記憶にありませんが、あの後、無意識に寝床へもぐりこんだようです。

 一眠りしても晴れない気持ちに、情けなさが加わりました。腰や背骨が痛くなろうとも、せめて机で朝を迎えたかったと、和馬はため息をつきました。

 前日の失敗を引きずりつつ階下に行くと、食卓には昨日と同じメニューが並んでいました。特に珍しいことではないので気にせず食べていると、お母さんが声をかけてきました。

「今日九時からお昼まで、あんたの好きなアニメの再放送あるみたいよ。なんか五、六話まとめて一気に」

「それ昨日の話」

 和馬の声にはテンションの低さがにじんでいました。それを気に留めず、お母さんが言います。

「新聞見なよ。そこにあるから」

「これ昨日のじゃん」

「何言ってるの。ちゃんと二十六日って書いてあるじゃない」

「やっぱ昨日じゃん」

「休み続きでボケ始めた?」

 お母さんは徐々に不機嫌トーンに変わっていきました。

「テレビ見てみなさいよ」

 テレビにはちょうどお天気お姉さんが映っています。お姉さんはにこやかに各地の予報を告げます。

「クリスマス明けの今日、十二月二十六日は全国的に晴れ。地域ごとの詳しいお天気と気温は……」

「ね?」

 小馬鹿にしたような調子の母に、和馬は思わず聞きました。

「昨日の夕飯憶えてる?」

お母さんは、自分の認識の正しさアピールするように、すらすらと答えました。頼むと、前日の朝食と昼食の献立も列挙してくれました。

和馬は、驚いて何も言えなくなりました。

挙げられた料理は、どれも食べた憶えのあるものでした。ですが、和馬の昨日の記憶と合致するものは何一つなかったのです。

それらは、そっくりそのまま前々日のメニューでした。

 

 少しして始まったアニメは、昨日観たものと全く同じでした。もう一度見る気になれず、和馬は途中でテレビを消しました。

 ふと思い立ち、彼は自室へ戻ると算数ワークを開いてみました。

 昨夜確かに解いたはずのページが、白紙に戻っていました。書いたものを消したような跡はなく、もともと何も書かれていなかったかのようです。

 ここにきて、和馬はようやく確信しました。

 過ぎ去ったはずの十二月二十六日が、もう一度やってきたのだと。

 

 前日さんざん頭を悩ませた問題に再度向き合っていると、最初にこれを解いた昨夜のことがよみがえってきました。

 ノルマを達成できるまで、明日が来なければいいのに。ノルマを達成できないなら、明日なんか来なければいいのに。そう祈ったことをはっきりと覚えています。この願いのせいで、二十六日は繰り返されたのでしょうか。

 考えても答えは出そうにありません。ひとまず、和馬は考えれば答えの出るワークに集中することにしました。

 半分以上が一度解いた問題だったので、昼前にはすべて片付きました。

 前日と同内容の昼食の後、これまた前回の二十六日と同じように、掃除を言いつかりました。二度目なのでだいぶ手際よくできましたが、その分新しい仕事を頼まれ、結局解放されたのは昨日と同じ夕方でした。

 

 寝て起きると、ちゃんと二十七日になっていました。

 ノルマクリアできたためでしょうか。それともほかの原因があるのでしょうか。はたまた何かの偶然かもしれません。

 和馬は、いろいろと実験してみることにしました。

 その日、彼はドリルに手を触れることさえしませんでした。実感としての翌朝、日付は二十七日のままでした。

 次は、ノルマ達成まであと一問のところで、手を止めてみました。一日が終わり、やってきたのはやはり二十七日でした。

 宿題を最初に決めた量やってから床に就くと、ようやく二十八日が訪れました。

 どうやら、本当にノルマの達成状況が繰り返しを引き起こしているようです。

 この三日続いた二十七日の中で、ほかにもいろいろなことがわかりました。

 問題集は、誤答でも答えを書けばやったとみなされること。同じ日が繰り返される場合、夜零時に和馬含め、ヒトもモノも一回目の午前零時の状態に戻ること。周囲の人はループに気づいていないこと。和馬が変わったことをしない限り、彼らは毎回同じ行動をとること。そして、同じ日を繰り返した場合、ほかの人々の記憶に残るのは最後の一回のみであること。

 

 これほど便利な仕組みが手元にあるのに、それを利用しない手はありません。

 二十八日、二十九日、三十日。それぞれ飽きるまでやり直し、和馬は思う存分遊びつくしました。

彼が望む限り、自由時間はいくらでも手に入ります。それに、友達とどんなにケンカしても、親をどれほど怒らせても、宿題さえしなければ問題ありません。一日できれいさっぱり忘れてくれます。

犯罪のような大それたことはさすがに怖くてできませんでしたが、普段ならちょっと躊躇するようなことは何度かしました。

自分一人だけが知るやりたい放題の日々を心ゆくまで満喫した和馬の手は、自然と宿題に向かいました。一旦満足してしまうと、変化に乏しい生活を窮屈に感じるようになったのです。それに、近くて遠いお正月が恋しくもなってきました。

自由時間に未練がないわけではありませんでしたが、和馬はその先の楽しみのため、十二月三十日の分のノルマを終えました。

 

 そうして迎えた十二月三十一日、大晦日。和馬は、この日だけは繰り返す気になれませんでした。これは別に大晦日が嫌いだからではありません。

 この日は一年の最後の日であるだけでなく、ノルマライフの最終日でもありました。彼は、自分で最後と決めた日を何度もやり直したくなかったのです。

 残すところあと一枚となった日めくりノルマカレンダーには、大きな字で「宿題全部完了」とだけ書かれています。汚い字に自分で苦笑しながら、和馬はそれを作った日を懐かしく思い出しました。暦の上では九日前の出来事ですが、和馬の感覚では一か月以上の隔たりがありました。

 雲の流れ、家族の動き、雑談の内容。何てことのないようなすべてが二十九日や三十日のそれと少しずつ違っており、とても新鮮でした。

 リビングでひとしきりくつろいでから、和馬は最後のつとめに取り掛かりました。軽めに設定してあったので、それはすぐに済みました。

 あんまり早く終わってしまったので、和馬は寂しくなりました。楽しいこと、苦しいこと、不思議なこと、面白いこと。思い返せばノルマとともに歩く日々は、とても充実していました。

 でも、そんな生活ともここでお別れです。

 和馬は日めくりを引っぺがすと真っ二つに破り、ごみ箱に放り込みました。

 

 午後をだらだらと潰していると、解放感と達成感に包まれました。それはガラス越しの日差しのように穏やかで、そんな満ち足りた心地は久しぶりでした。

 日が落ちても気分は冷めず、家族全員が揃ったダイニングで、和馬は笑みこぼれながら年越しそばをすすりました。案の定ニヤつく息子を気味悪がった両親が、何に笑っているのか訊いてきました。和馬は適当にごまかしながら、そういえば、と思いました。上田や吉川にノルマを作ったことは話しましたが、繰り返しのくだりは誰にも喋ったことがありませんでした。

「あ、そうだ。宿題の調子はどう? ちゃんと進んでるの?」

 思い出したようにお母さんが問いかけました。和馬は、グッと親指を立ててこれに答えました。

「全部終わらせた」

 予想外の返答に、お母さんだけでなくお父さんまで面食らった顔をしました。和馬は可笑しくなって、思わず吹き出してしまいました。

 

 除夜の鐘が鳴る中、今年最後の夜は更けていきました。

 大晦日だけはどれほど夜更かししても許されるので、和馬は眠気を抑えてリビングにいました。

彼は年越しの瞬間に立ち会うつもりでした。

今日の終わりは、同時にノルマライフの真の終わりでもあります。何としてでもそれを見届けたかったのです。

あくびを噛み殺していると、やがて待ちに待った時が訪れました。テレビがカウントダウンを始めます。和馬と両親もそれに倣います。

「五……四……三……二……一!」

 

 あけましておめでとうございます、と言おうとしたところで、周りの景色が変わりました。和馬は自分がベッドに横たわっていることに気づきました。

 嫌な予感を抱きつつ身を起こし、見やった机上には、「宿題全部完了」をくっつけた三角カレンダーが鎮座していました。

 なぜ。どうして。クエスチョンマークが和馬の中で弾けました。和馬は、目を閉じて深呼吸しました。想定外の事態に、今にもパニックを起こしそうでした。

 震える手でドリルを開くと、昨日やったものが消えていました。パジャマのまま椅子にも座らず、和馬はそれをやり直しました。

 それが済むと、今度は冬休みの宿題としてやった範囲に抜けや漏れがないか徹底的にチェックしました。漢字ドリルの次は算数ワーク、絵日記の誤字脱字まで点検し、すべて終わると和馬は床にへたり込みました。

 集中が切れた途端、冷えと背骨の痛みが襲ってきました。和馬は慌てて布団に這い戻りました。何が悪かったのかはわかりませんが、ともあれこれで大丈夫のはずです。

 背中を伸ばしていると、階下から苛立ったようなお母さんの声がしました。確認作業にだいぶ時間がかかったのでしょう。時計は前日の起床時刻を大幅に過ぎていました。

 二度目ともなるとニヤニヤ笑いは起きず、夕食の席では一度目とは違う会話がなされました。

そばを食べながら、和馬は昨日の両親の驚き顔を思い出していました。確かにあった出来事なのに、和馬の他にそれを憶えている人はいません。それが惜しいように思えて、和馬は今日の団欒を楽しめませんでした。

勝敗のわかっている紅白歌合戦をぼんやり眺めたり、うとうとしたりしているうちに、気づけば日付の境は目前まで迫っていました。

 前回と同じようにカウントダウンが始まります。

「四……三……二……一!」

 一瞬意識が途切れ、またつながりました。確認するまでもなく、和馬には何が起きたかわかりました。

 また、三十一日のはじめに戻ってしまったのです。

 どうして明日に行けなかったのでしょう。何か間違いを犯してしまったのでしょうか。

 呆然としながら和馬は冬休みのしおりを手に取りました。目当てはもちろん、宿題リストです。

 算数ワークは、やりました。漢字ドリルも終わっています。絵日記だってかきました。と、そこで和馬は目を留めました。

「初詣でに行くこと」

 その八文字が目に飛び込んでくると同時に、彼は自分のミスを理解しました。「宿題全部」なら、当然これも含むはずです。

「でも、どうやって?」

 呟きが和馬の口から漏れました。大晦日の今日神社に行っても、それは単なるお参りになってしまいます。時差の利用もちらっと頭をよぎりましたが、パスポートやフライトの手配を考えるに、無理そうでした。

 それから数時間、和馬は頭を絞り、捻り、フル回転させました。そしてとうとう、実現可能な打開策に辿り着きました。

 初詣でを宿題から外せば、いいえ、外してもらえばいいのです。

 ドリル類と違い、初詣では和馬のクラスの担任が、和馬のクラスの生徒にのみ課したものです。取り下げも担任の先生の独断でできるはずです。

 早速、和馬は学校に電話を掛けました。しかし、いくら鳴らしても誰も出ません。年末を職場で過ごそうという先生はいないようです。

 仕方なく、和馬は直接担任と連絡を取ることにしました。先生の家の電話番号は、幸い連絡網に載っているので、それを見てコールしました。

 数分おきに三度、さらに二時間おいて二度電話しましたが、どれも留守電でした。旅行か帰省かわかりませんが、ともあれ先生は家にいないようでした。

 

 味気なさにうんざりしながらそばを平らげると、和馬は早々に自室へ引き上げました。今回はまだ宿題に手を付けていません。とてもそんな気になれないのです。

 何をするでもなく体育座り天井を見上げていると、とりとめのない考えがその隙間を流れていくようでした。

 どうしてノルマなんか作ってしまったんだろう。こうなるくらいなら宿題地獄でよかったのに。もしこのまま永遠に今日から抜け出せなかったら?

 幾度となく反芻するうちに、後悔と不安は増していきました。和馬は、少しずつ身を焼かれるような感覚に、いてもたってもいられなくなりました。

 立ち上がり、向かったのは勉強机のもとでした。

 もちろん勉強をしようというのではありません。和馬は三角カレンダーから「宿題全部完了」の付箋をはがすと、摘めなくなるまで細かく引き裂きました。

 全部ノルマのせいだ、とつぶやくと、思考の方向が定まりました。もやもやと渦巻くだけだった感情が、怒りへと収束していきます。

 和馬は突き動かされるようにワークを開くと、字で埋まったページに消しゴムを走らせました。

 一ページ、また一ページ。ワークが済んだら次はドリル。努力の跡を自分の手で消していくことに、不思議と未練はありませんでした。

 不意に、手元がバリっと鳴りました。目線を落とすと、紙が大きく破れています。和馬は一瞬動きを止めると、その部分を乱暴に手でちぎり取り、すぐにまた作業に戻りました。

 どうせ夜が明ければ全部元通りになってしまうのです。消したはずの字も何食わぬ顔で復活していることでしょう。

 視界がぼやけ、和馬は自分が泣いていることを知りました。それでも和馬は取りつかれたように手を動かします。

 無駄なことをしているという自覚はありましたが、ここでやめたら本当に自分が壊れてしまいそうで、中断はできませんでした。

 いつのまにか彼は涙と、自分を十二月三十一日に閉じ込めたシステムへの悪態にまみれていました。

 冬休みの成果がすべて消し屑になり果てると、どっと疲れが押し寄せてきました。ドリル類を床に払い落とすと、和馬は机に突っ伏し、そのままふて寝を決め込みました。

 

 和馬が目を覚ましたのはいつも通りベッドの上でしたが、部屋の様子や当たりの雰囲気は前日とどこか違っていました。いぶかりつつ机の方に顔を向けると、あの癪なノルマカレンダーが目に入りました。そのツンと澄ました様子に舌打ちすると、和馬は寝返りを打とうとしました。が、そこで動きを止めました。

 付箋に書かれた文字が、見慣れた「宿題全部完了」ではなかった気がしたのです。

 目を凝らすと、日めくりには十二月二十三日という日付と、その日分のノルマが記されていました。

 和馬は跳ね起き、すぐさまワークを手に取りました。破れた形跡のないそれは、冬休み前で時間の止まったようでした。

 冬の課題として出された部分はまだだれも手を付けていないようにまっさらで、何かを消した後もありません。

 すぐにドリルと絵日記も確認しましたが、これらも同じ状態でした。

 

 体感としての昨日、この冬に取り組んだものを全部消したおかげですべてのノルマが未達成状態となり、冬休み初日の十二月二十三日に戻ったのだ。

 少し考え、和馬はそう結論付けました。不可解さが解消されると、身の内で安堵と喜びが生まれます。とうとうあの忌まわしいエンドレス大晦日から脱出できたのです。

 喜びも束の間、和馬にはまだやるべきことが残っていました。真にループから逃れるためには、あの初詣でをどうにかしなくてはいけません。

 朝食、身支度を終えると、ちょうどいい頃合いでした。この時間になれば誰かしらいるでしょう。和馬は自身の通う小学校へ電話を掛けました。

 電話をとった事務員さんだか先生だかわからない人は、頼むとすぐに担任へ取り次いでくれました。

 ここからが正念場です。和馬は深呼吸を一つしました。

 そうして臨んだ一回目の交渉は、決裂に終わりました。言うことを何も考えずに挑んだのだから当然です。ツーツーとなる受話器を手に、和馬は無計画を反省しました。

 上田たちに連絡して遊ぶ約束をキャンセルすると、和馬は午後、説得作戦づくりに終始しました。

失敗に落ち込んでいる時間はありません。行き止まりのようだった昨日とは違い、今日には出口を開けるカギがちゃんとあるのです。もちろん宿題には指一本触れません。

 二度目も談判は思うようにいかず、三度目でようやく交渉が成りました。

 あとはこれから毎日、きちんとノルマをこなしていけば普通の生活を送れます。終わったんだ、と和馬は思いました。

 今日の分を片付けると、全身の力が抜け、彼はその場にへたり込みました。見かけに反し、心の中は突き上げるような達成感で満たされていました。

 

 宿題と昼食を済ませると、和馬は家を出ました。時間を見て行ったはずの待ち合わせ場所には、既に上田と吉川が来ていました。

「もしかして待った?」

「うん。超待った。一時間くらい」

腕時計に目をやりつつ答える上田に、嘘つけ、今来たばっかじゃん、と吉川が突っ込みを入れました。

「んじゃ、揃ったし出発」

 上田の音頭で三人は、もう一人の友達の家へと歩き始めました。

 見覚え、聞き覚えのあるやり取りに、和馬は「今日」二人と遊ぶのも二度目なのだと実感しました。二十三日はこれで四回目なのに遊ぶのは二回目なのだと思うと、少し可笑しくなりました。

 午後の柔らかい日差しが投げかけるぬくもりを、風がすぐにかっさらっていくので、空気はいつまでも冷たいままでした。上がらない気温に沿うように、和馬の足取りはゆっくりでした。

 気づけば、和馬はノルマとそれにまつわる奇妙な出来事たちに思いを馳せていました。あれのおかげで、短期間に様々な体験をしたのです。

彼の目の前では、上田と吉川が翌日に迫ったクリスマスの話に興じています。ふと和馬の中に、ノルマのことを彼らに話したいという衝動が沸き起こりました。

待っていても、まさかノルマとかループとか言った話題は出そうにないので、和馬は頃合いを見て口火を切りました。

少し前に読んだ漫画の一話として、彼は自分の身に起きたことを語りました。二人は唐突のことで少し面食らったようでしたが、すぐに乗ってくれました。

「で、そいつは結局宿題全部やったんだ?」

 話が終わるなり、上田が口を開きました。

「たぶん。冬休み一日目に戻ったところで漫画も終わったからわかんないけど

「世にも奇妙な物語みたい。タイトルは?」

 吉川も加わります。

「忘れた」

 適当に返事をすると、和馬は思い立って二人に問いかけました。

「もし本当にこんなことがあったらどうする?」

「絶対宿題なんかしない。永遠の冬休みをエンジョイする」

 上田が真っ先に答えました。迷いのない元気な声でした。和馬は、やり直しシステムに気づいたばかりの自分を思い出して苦笑しました。その頃の彼なら諸手を挙げて上田に同意したことでしょう。

 一方、吉川は少し考えこんでいるようでした。利点と落とし穴とを天秤にかけているようでした。それはそれで慎重すぎる気がして、和馬は上田と一緒に笑いました。こんな風に心から笑ったのは久しぶりで、涙が出そうでした。

夢中で喋るうちに結構歩いていたようで、いつの間にか目的地の近くでした。まだノルマループに思いめぐらせている吉川を尻目に、和馬は遊歩道から道路へ一歩踏み出しました。ここを渡れば友達の家はすぐそこです。

「あ、危ない!」

 張り詰めた声が和馬の耳に届いたのと、あの青い自転車が彼に突っ込んできたのは同時でした。一瞬遅れて吉川の手が、和馬の背後の空をむなしく掻きました。

 

 和馬が目を覚ますと、そこには知らない空気が流れていました。彼はあたりを窺おうとしましたが、どうしてか目が開きません。飛び起きようにも、体の節々が疼いて身動きが取れません。

 仕方なく耳をそばだてていると、誰かの話し声が聞こえてきました。

「いつ意識が戻るのかしら。昨日からずっと……」

「そのうち……。命に別状はないって先生も……」

 すぐに声の主は和馬の両親と分かりました。

「友達がすぐに救急車を呼んでくれたのはよかったけど……」

「そういえば、自転車の主は? もう見つかったんだろう」

「そうらしいけど、詳しくは聞いてない……。それどころじゃないもの」

 切れ切れに脳へ届く情報を必死につなぎ合わせていると、気絶する直前のことがゆっくりと思い出されました。彼はなんとなく自分の置かれた状況を悟りました。

「ああ、世間はクリスマスイブとかいってお祭り騒ぎなのに。こんな、酷い」

 お母さんの嘆きと、それに対するお父さんの慰めを聞くと、和馬も心を抉られるようでした。起きて自らの無事を伝えたいと切に望みました。しかし、それは叶わず、もともとおぼろげだった和馬の意識は再び深い眠りへと落ちていきました。

 

 和馬が目を覚ますと、そこには知らない空気が流れていました。彼はあたりを窺おうとしましたが、どうしてか目が開きません。飛び起きようにも、体の節々が疼いて身動きが取れません。

 仕方なく耳をそばだてていると、誰かの話し声が聞こえてきました。

「いつ意識が戻るのかしら。昨日からずっと……」

「そのうち……。命に別状はないって先生も……」

 すぐに声の主は和馬の両親と分かりました。和馬は不思議な気分になりました。このやり取りを知っているような気がしたのです。

「友達がすぐに救急車を呼んでくれたのはよかったけど……」

「そういえば、自転車の主は? もう見つかったんだろう」

「そうらしいけど、詳しくは聞いてない……。それどころじゃないもの」

 強まる一方の和馬のデジャビュは、お母さんの嘆きで最高潮に達しました。

「ああ、世間はクリスマスイブとかいってお祭り騒ぎなのに。こんな、酷い」

 和馬はハッとして、靄の詰まったようにすっきりしない頭でどういうことか考えようとしました。

 しかしそれは叶わず、何か有益なこと、例えばまだ今日十二月二十四日のノルマを終えていないことを思いつく前に、彼の意識は深い闇へと落ちていきました。


テーマ:「今日のノルマ」

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第三十四回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2018.01.09(Tue) 07:00
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