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今日と明日、いまとさっき。

 今日の天気は一日を通して晴れだと男は言っていた。彼はモニターに映し出された日本列島を棒で引っ掻き回しつつ、分かるような解らないような説明をしていた。もし、今この場で彼を問い詰めたならなんと言い訳するだろうか。あくまで予報、と言われてはぐらかされるだろうか、などと想像しつつ少女は畦道を駆けた。

「大人は平気で嘘を言う。」

彼女は独りごちた。

  

 赤地に白文字で「タバコ」と書かれた小さな看板が掲げられた家屋のひさしに駆け込んだ。この看板が光っているのも、シャッターが上がっているのも見たことがない。飲料の自動販売機が二つ、低い唸り声喧しく立ち尽くしているきりだ。この自販機でアタリが出たのも見たことがなかった。

 もっともその駆動音もこの時は激しい雨音にかき消されていた。まだ青々しい水田を挟んで横たわる山々も雨霞に姿を隠す。すんでのところでその驟雨にうたれずに済んだ。空が翳り始めたときに同時に朽ちた葉のような香りが鼻のところまで上がってきた、その雨雲が彼女のシャツに染みを作り始めるのにさして時間はかからなかった。はじめの一滴を感じると同時に軒下へと駆け込んだのが功を奏したのだった。ここ数日良い天気が続いていたのだが、どうやら梅雨はもう少し続くみたいだ。

 稲穂に寄せる波もなし、けれども浅いひさしの陰は非常に狭かった。それでも埃、土埃、ガソリンの煤を被ったシャッターを背中で拭いてしまうことを嫌い、足を崩して立ち尽くした。まさか降られるとは思っていなかったから傘は持っていなかった。傘はおろか、ズボンのポッケに入ったままだった携帯電話を除けば全く身一つだった。

  少女はただぼんやりと景色を眺めた、けれども目の前にある何物も見てはいなかった。薄暗くなった視界、乾いた雨音、湿った土の匂いが、彼女がなかなか浸ることのできなかった感傷的な気分を氾濫させた。家を飛び出す前に何と言って口答えをしたか、ハッキリは覚えてない。彼女としては極めて理性的に反論したつもりだったが、今思えば反抗心にだけ裏付けされた感情論だった気もしてきた。だから今の虚ろいだ心地が、これもその根拠となると思えたからこそ、心地よいとすら感じる。白く、太くもない太腿の間が生暖かい風に撫でられるのを感じた、これには不快感を覚えた。

雨脚は弱まったように見えたが、陰にも吹き込み始めていた。彼女の足元のアスファルトも徐々に黒い斑点に埋まりつつある。この間隙を縫って雨宿り直すことを試みた、少し行ったところに小さな神社があるのだ。スニーカーが溜水に侵されるのも気にかけず道路を走りゆき、苔の生した境内に飛び込んだ。

 

金縁まで施された豪華な鳥居にはこの社の名が掲げられている。「信隈最上古海神社」、始めの二文字は読みがわからない。参道にも草が青々と生い茂っているが、社も鳥居も手入れがされているのかみすぼらしくはなかった。朱塗りの社も規模こそ大きくはないが、それなりに立派な建物らしい。らしいというのは境内の木々がそれに覆いかぶさるように葉を広げているのでよく見えないのだ。ただこの地域の他の建物と同様に、降り積もる雪で潰れてしまわないよう、傾斜の急な屋根を持っているようだった。本殿に上る石階段の脇にはそれぞれ一際立派な巨木が聳え立っていて、二本の間にはしめ縄が渡されている。彼女はその階段を駆け上がっていった。うっかり足を突っ込んでしまった水たまりは泥に濁っていった。

つい最近化粧直しのあったような様子の朱色の戸はぴったりと閉ざされていて。桟などが朽ち始めている賽銭箱と実に対称的だ。特にお祈りするようなこともない。いや、理不尽な運命を与える神様(若干中学二年生の彼女にとってカミもゴッド同じものだ)にはむしろ文句を言いたかった。手で軽く砂などを掃ってから縁側に腰をつき、そして足を投げ出した。明るい水色だったシャツはほとんど濃い青色となり、のばされた後ろ髪からも幾らかしずくがしたたり落ちた。

彼女の雨雲を見上げる目は恨めしそうだった。けれどもそれはお天道様を呪っていたわけではない。寧ろ、この湿った景色は鬱屈とした気分に相応しいものに思えて彼女を落ち着かせた。いつ頃止むかな、と呟きつつ、いつまでも、とも願った。

ポケットの「パカパカ(所謂ガラケー)」がメールの受信を振動で伝えてきた。確認せずとも差出人に見当はついている。ただ、一大事になっていたら、と思い、表面の水滴を手で拭ってから受信メールを開く。案の定、父親からだった。今どこにいるのか、雨が降り始めたが傘は持ってるのか、そういったことが丁寧な文面で綴られている。返信しようと、大丈夫の三文字を打ち込んだところで彼女は一息つき、そのまま携帯を閉じポケットに戻した。もはやただの意地っ張りだった。

今朝、父親が突然ある提案をした。東京の伯母夫婦のところに行かないか、というものである。そこにはまさしく姉のように慕っていた四つ上の従姉もいた。これだけなら彼女がへそを曲げる必要はどこにもなかった。ただ、この場合東京に行くのは彼女一人で、ということだったのが、彼女をして一つの疑念を抱かせた。

「お父さんはアタシを捨てる…?」

 根拠はどこにも、何にもなかったが、こういった考えが一瞬頭をよぎった。彼女は特別捻くれ者だというわけではなかった、けれどもこの年頃の少年少女らしい浅はかなニヒリストのきらいはあった。その斜に構えた姿勢がこの突飛な妄想ともいうべき可能性を脳裏に浮上させたのだった。こういう「良くない想像」というものは不思議なことに一瞬で思考を支配してしまえる力を持っている。この瞬間から彼女の耳には、父親の挙げる諸々の理由に対しても懐疑的になってしまった。

 彼女はこのことについて父親に探りを入れようとした。私は訝しんでいる、と示さんとして失敗した。少女の不器用な物言いは不明瞭な言葉の羅列と化した。ものの伝わらないもどかしさはやがて苛立ちとなり、それは態度として噴出した。そのうち引っ込みもつかなくなってゆき、遂には家を「飛び出した」のだった。

 

頬を撫でる風も冷たくなってきた。雨に濡れてしまった身体も寒さを覚え始め、それが心に寂しさを募らせてゆく。空のけしきが彼女の心をそう染め上げてしまったのか、それともその心が景色を物悲しく染めてしまったのか。もはや全く「鶏と卵」だった。 

雨のあがる気配はない。ふと気が付けば、白い手の甲やら脛のあたりが蚊に喰われている。そういえば虫よけもしてきていなかった。

「もう雨被りながらでも帰ろうかな…。」

茶色く濁っていた水溜まりもいつのまにか泥が沈殿し、波よせる水面も元の透明さを取り戻している。

少女は思わず身体を小刻みに震わした。携帯電話も再び小刻みに震えた。「古海神社で雨宿り」これだけの文字を入力し返信した。鳥居のほうから聞こえてくるエンジンと車の音がひどく遠く感じる。彼女はポケットからもうひとたび携帯を取り出した。

 「迎えに来て」これっきりのメッセージを逡巡ののち、送信した。

 

その時、鳥居をくぐった人影があった。見覚えのある焦げ茶の落ち着いた色彩の傘を差していたので一瞬父親かと思ったが、彼女の居た少し高まったところからは顔は見えなかったが、セーラー服を着ていた。その身体には大きめの傘の下から覗いた袖とスカートは紺色。セーラー服としては典型的な形だったけれども、どこの学校かは検討が付かなかった。というのも、元々この辺りには小学校が一つあっただけで、それも彼女の在学中に廃校になった。だから彼女は少し遠いところの中学校に通っていたのだが、そこのセーラー服は袖のない白襟だった。

 この若い(幼い?)敬虔な人物はゆっくり、真っ直ぐ石階段を登ってきた。あまりジロジロ見るのは失礼だろうと考えた彼女はぼんやりと遠くをながめている体を装った。登ってきた生徒は髪を高いところで纏めて、顔のつくりは彼女と非常に似ているように思われたが、背丈は若干彼女よりあった。

 傘を閉じた生徒はぎこちない動作で参拝をこなした(鈴は鳴らさなかった)のち、彼女のほうに身体を向け、どこか虚ろな眼で見つめた。

 「こんにちわ…。」

目が合い一瞬の沈黙のあった後、恐る恐る彼女は挨拶をした。

 「こんにちは…。」

生徒は抑揚のない小さな声で返事をする。どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していたので、彼女は鳥居のほうをぼんやりと眺めてやり過ごそうとした。

 「いいの?あの人もそういう人だから、たぶん。きっと、捜し始めてると思う。もしかしたら警察にも連絡するかも…?」

女子生徒のこの言葉に彼女は思わず向き直った、なぜこの人はこんなことを言うのだろう。

 「あの人、あなたのお父さんはとても心配性…。連絡してあげれば…?」

彼女の眼は驚愕に見開かれた、そして困惑に細く薄い眉が寄せられた。

 「あなたは…、」

 「わたしはホナミ…。」

彼女はその少女の顔が自分と瓜二つであることを認識した。

 突然自分と同じ名前と顔を持つ人間が目の前に現れた。なんとも荒唐無稽な話だった。しかもその人間は今の自分の事情まで知っているようだった。

「どちら様ですか…?もしかしてドッペルゲンガーとかゆー…。」

 「ドッペルゲンガー?私はホナミ…。となり、いい?」

ホナミは音もたてずに穂浪の横に姿勢よく座った。穂浪は投げ出していた足をひっこめた。

 

 「あなたはアタシの、何なの?」

 「それは少し違う…、私があなた。難しいかもしれないけど、そのうちわかる。」

穂浪はいちいち意味深長な物言いをするホナミに不気味な印象を抱いた。雨霞のなかからやってきた妖のように思えたのだ。

 「そのうちわかるって、いつ、何がわかるっていうの。」

「あなたにとってあと…、一年と半分ぐらい?そのとき目を覚ますのは多分あなただから、私じゃなくて。」

ホナミは一切表情を変えずに、ただ淡々と話すのだ。この様子に加えて、ホナミの傘から滴る水のないことに気が付いた穂浪は、どうやら彼女は本格的に妖らしいと思った。

 「お父さんに連絡してあげなくていいの…?」

 「ついさっき返したところだから。第一アンタは何を、なんで知ってるの?」

 「さっき言った…、私があなた。私だって自分のことぐらいは知ってる…。知ってるつもり…。」

 「だからー」

そう言いかけた自然と艶やかな唇にホナミは中指と人差し指をあてて穂浪を制止した。

 「順番こ、次は私の番。あなたは私のこと、あなた自身だと思ってくれる?」

ホナミは表情こそ変えなかったが、懇願するような様子で顔を傾けた。

 「わかんないよ。あなたがアタシだって言われたって、だってそんなの理解できないし。それに顔は似てるかもしれないけど髪形とか全然違うじゃん。どうしてアンタは縛ってるの?」

 「似合うから…、これが私に似合うと思ってるから。どう?」

ホナミは高いところで結われた小さめのポニーテールを見せつけるように揺らした。

 「わかんない。髪なんて邪魔にならない程度になってればいいと思うからさ、似合う似合わないなんて考えたこともないし…。第一、どうしてそんなこと考えなくちゃいけないの?」

 「自分を好きになれないと、自分を嫌いになっちゃうから…。自分を嫌いになったら、生きていけないから…、自分を殺しちゃうから…。」

ここにきて初めてホナミは顔を険しく歪めた。

 「そんな…、死にたくなるほど追いつめられるようなことじゃぁ…。」

 「私は死なない、ただ私を殺すだけ。私はあなただから、あなただって殺せる。でもあなたはまだ、私を殺せない。もし、あなたがその時まであなたを殺さなければ、あなたは私を殺せるようになって、私はあなたを殺せなくなる…。でも私は私を殺したくないし、殺されたくない…。」

 この最中、鳥居のほうから自動車のブレーキの音が聞こえてきた。するとホナミはやおら立ち上がり、傘を差した。

 「お願い、私を、私だと思って…。目が覚めてから、ゆっくりでいいから。お願いだから、私を殺さないで…。」

そう言ってホナミは一切の音を立てず、石階段を降りて雨霞の中に消えていった。

 

 傘が雨を受け止める音と、石階段のくぼみに溜まった水が跳ねる音とが聞こえてくる。穂浪は思わず天を仰いだ。降り積もる雪の重さにも耐える分厚い屋根の縁から絶え間なく雫がしたたり落ちてくる。

結局、ホナミの言うことのほとんどは理解できなかった。彼女の正体すらよくわからない。

「お母さんのヘアゴム、とってあったっけ…。」

弱弱しくなった雨に濡れている景色が、ひどく他人事のように思えた。


テーマ:「今日の気分、自分」

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第三十四回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2018.01.09(Tue) 07:00
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