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襲来

 「て、敵襲だー!」

 それは、いつものように私が一小隊を率いて洞窟を探検している途中で、休憩を取っていた時のこと。

 私の遥か前方で、見張り番がそんな大声を出すと同時に、洞窟の中にゴウンゴウンという音が重々しく鳴り響いた。

 私の周りで休憩を取っていた隊員たちが、一斉にざわざわとし始める。私は、その落ち着きのない雰囲気を一蹴するように、大きめの咳払いをした。落ち着きのない雰囲気には変わりはなかったものの、皆の注意は私に一気に引き寄せられる。緊急事態の対処には、何年も洞窟探検をしてきた私には慣れっこなのだ。このくらいは朝飯前である。

「皆、落ち着くんだ」

 私の言葉に、隊員の皆は息をのむ。

「で、ですが隊長……!」

 隊員の一人が不安そうな声を上げる。私は、その隊員に向かって聖母のようにやさしい笑みを向ける。隊員の表情から徐々に不安の色が消えていく。さすが私だ。

「落ち着くんだ。まずは状況を見極めよう。見張りが戻って来れば、状況が細やかに把握できるからな。その状況に応じて、この緊急事態を切り抜ける策を考えるぞ」

「は、はい……!」

 私の力強い言葉に、隊員たちは力強い頷きを返す。その場に、もう不安などというものはなく、隊員たちの心の中には、隊長に任せていれば大丈夫という思いが満ちていた。

 だが、肝心の私はというと、心に少々の懸念があった。いつもの探検と同じような、侵入者を排除するために爆破やら刃物やら、はたまた番人のような屈強な獣が私たちを襲うような罠であれば、いくらでも対処できる。しかし、この洞窟には、どんなベテランの探検家でも予想が不可能な罠が仕掛けられているという噂があったのだ。その罠は、探検家たちの間では敬意をこめて「動点P」とか「AJP」とか呼ばれている。果たして、私は「動点P」に遭遇した時、対処ができるのだろうか……?

「……ちょう? 隊長?」

「……はっ。ああ、見張りか」

 いけないいけない、すっかり考え事の世界に旅立ってしまっていたようだ。まず私がやるべきは、この状況の把握だ。

「隊長、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。それよりも見張りよ、報告を頼む」

「はい。敵は、およそ二十秒前、この洞窟の最東端である、Aクアズスポット――通称点Aを、Bンガクブトウポイント――通称点Bへ向けて出発。現在は、我々の百メートル東方を毎秒一メートルの速さで西に向かって移動中です」

「ふむ、そうか。ご苦労だったな」

「それと隊長、これは大変申し上げにくいのですが……」

「何だ、どうした?」

「敵の移動速度と、鳴り響いている台詞から考えると……恐らく敵の正体は、『動点P』であると推測されます……!」

 見張りがそう口にした瞬間、場の空気が一瞬にして凍り付いたのが分かった。まあ、動点Pに遭遇してしまったのだ、無理もないだろう。

 私は、場の空気を仕切り直す意味と、確認の意味とを込めて、見張りに尋ねる。

「見張りよ。君の言う『動点P』とは……つまり、『AJP』のことでいいんだな?」

「……はい」

 改めて、その場の空気が凍り付く。だが、私だけは妙に冷静だった。

「皆、そう不安がることはないさ」

 隊員たちの視線が、全て私の方に向けられる。私は、隊員一人一人と目を合わせて、聖母のように微笑みかけてから改めて言葉を紡いだ。

「私は、今日のためにこの洞窟で過去に起きた緊急事態事例を綿密に研究してきた。そして……」

「そして……?」

 隊員たち全員の体が前のめりになっている。皆からの注目が最高にまで至っていることをゆったり確認して、少し勿体付けて私は口を開いた。

「ある法則を見つけたんだ」

 私がそう口にした瞬間、隊員たちが一気にざわつき始める。

「な、法則……!?」

「そんな馬鹿な……」

「どんなベテランでも予測不可能といわれた『動点P』にそんなものが……」

「さすが我らが隊長だ……!」

 皆が口々に私への賛辞を述べる。ああ、これだよこれ。この感じ、堪らんなあ。

「皆、落ち着くんだ」

 私のその一言で、隊員たちのざわつきは収まった。さあ、あとは私が見つけた「動点P」の法則を披露してやるだけだ。

 私は、事前に練習していた通りの順番で言葉を紡いでいく。決して、家で一人で「動点P」に遭遇したときにどのように対処するかをシミュレーションしていたわけではない。

「見張りよ、一つ確認だが、この洞窟はAクアズスポットとBンガクブトウポイントの間に、中点Mというのがあるな?」

「え、ええ確かに。正式名称は謎に包まれていますが、探検家の間で中点Mと呼ばれている場所があります。ちょうど、AクアズスポットとBンガクブトウポイントの中間地点にあることから、そう呼ばれていたりしますね」

 流石は見張り、よくこの洞窟について調べている。一方、私の周りにいる平の隊員たちは皆ポカーンとしていた。これは、探検家としては今後絶対に伸びないだろうな、と思った私であった。

「で、実はだな……『動点P』は、中点Mよりも西には進んでこないということが、私の研究により明らかになった」

「な、何ですって……!?」

 声を上げたのはもちろん見張りだった。他の隊員は、そもそも中点Mの存在を知らなかったので、そんなこと言われても何が何やら、そんなところだろう。

「では、私たちも、中点Mまで行ければ……?」

「そう、『動点P』の襲来を受けなくて済む、そういう寸法さ……!」

「さ、流石隊長です!」

 勿論ここまでの会話の相手は見張りただ一人であった。しかし、最後の私への褒め言葉の部分は他の隊員たちも言葉を被せてきた。調子のいい奴らだな、だがそんなところが憎めない、と私は思った。

 そういうわけで、私たちは洞窟を西に向けて走った、走った、既に満身創痍ではあったが。そうしてどれだけ走っても、洞窟に響くゴウンゴウンという音は鳴りやまない。それは、「動点P」はずっとついてきているということを如実に表していた。

 そうしてしばらく走っていると。

「ここだ……! ここが、中点Mだ……!」

 見張りが息も絶え絶えに言葉を発する。確かに、いつの間にか私たちの隊は中点Mの目印であると言われている、絵画が飾られている場所まで来ていた。

「……あれ?」

 私は、その絵画に視線をやると、思わず声を出してしまっていた。

「どうかしましたか、隊長」

「……いや、何でもない」

 その絵画に描かれているのは、一人のスラリとしたスタイルが印象的な、綺麗という言葉が相応しい女性だった。ただ、噂で聞いていたものと少し違っている部分があったのだ。それは、髪だった。噂で聞いていたのは、毛先にほんの少しの――。

「そういえば、隊長」

 私の思考は、一人の隊員の声で遮られる。

「何故、『動点P』は別名『AJP』と呼ばれているのでしょう」

「何だ、そんなことも知らないのか、探検家なのに」

 隊員の素朴とも思える疑問に答えたのは、私ではなく、見張りだった。やはり、私と同程度の知識を持っているあたり、流石見張りというべきだろうか。私の後継者にいいかもな、と場違いなことを考え始めていた私であった。

「『動点P』はな、この洞窟内を移動するときに独特の声を発するのさ」

「独特の声、ですか?」

「そうだ。その声の――お、まもなく聞こえるな」

 見張りがそう口にした瞬間、明らかに女性と思われる高いトーンの声が、こちらまで響いてくる。距離としては遥か彼方だろうに、それはとてもよく聞こえた。

「あじゃぱあああ…………」

 その声が聞こえてきた瞬間、隊員たちは沈黙する。すると、もう一度。

「あじゃぱあああ…………」

 その声が聞こえなくなるまで待って、私は思わず呟いていた。

「ほお、今日は大分綺麗に、途切れずに聞こえるな。これはラッキーな日に来たものだ」

「……えっ!?」

「いや、過去の記録では、『あじゃっ』で途切れたり、『あじゃぱあ』の最後の伸びがうまく通らなかったりという感じのものばかりなんだ。今聞こえてるのは、途切れてもないし、伸びも綺麗に透き通って聞こえるしで、何か、とにかく、ラッキーなんだよ、すげえんだよ」

「た、隊長の語彙力が削ぎ落とされている……!?」

 私は目を閉じ、その場で暫し聞き入る。

「Mちゃあああん……」

「何っ!? 今までの記録に無いパターンの声だ! やばい、本当に今日来てラッキーだった! やべえ、興奮してきたぞ!」

「た、隊長……」

 何やら隊員たちの目に心なしか軽蔑の色が浮かんでいる気がするが、そんなことは露ほども気にしない。私は目を閉じたまま、腕を組んで、その場で聞き入る。

「いや、そうじゃなくて、この状況で聞き入っちゃっていいんですか!? 早く逃げた方がいいんじゃ……?」

 一人の隊員がそう声を上げる。だが私は、余裕たっぷりに口を開いた。

「何を言ってるんだ、私たちは中点Mまで来たんだから、そんなに慌てる必要は――」

 そう言いながら、私がさっき絵画が掛けられていた壁に目をやると。

「……ない!?」

 そう、ないのである。あの絵画が。辺りを見回すと、その絵画はずりずりと壁を横に移動していた。「動点P」とは反対の方向へ向かって。

「な、何だあの絵は……! 勝手に壁面をスライド移動しているぞ……!?」

「隊長! Aクアズスポットが、西側に移動しているものと思われます!」

「何だと!?」

「Aクアズスポットは、七年に一度、西側へ十五キロ移動するんです! それが、たまたま今日なのだと予測されます!」

「なるほど……つまり、この洞窟の長さが短くなっているために中間地点の位置も変化し、それに伴い中点Mの位置も移動している、というわけか……!」

「どうしますか、隊長!」

「つべこべ言うな! ともかく、中点Mよりも西側にいれば『動点P』の襲来は受けないんだから、さっさと走れッ!」

 ちなみに、ここまでの会話は全て私と見張りの間で交わされている。他の隊員たちは、私と見張りの間を飛び交う言葉にひたすらぽかあんとしているばかりで、最後の私の叫びに反応していそいそと荷物を纏め始めたくらいである。

 えっさほいさ、すたこらたったと走って、私たちは何とか絵画に追いついた。この絵画――もとい、中点Mの移動速度は尋常ではなかった。まるで、何かから逃げているかのように。いやまあよく考えてみれば、私たちこそ中点Mを追いかけて走っていた張本人なのだが。

 ともあれ無事に中点Mの絵画に追いつき、今度は中点Mに並走し始めた、まさにそのとき。

 ごううううううん……。

「な、何だ!?」

 隊員たちは慌てる。私は、やれやれまたかというように構え、皆を落ち着かせる。この物音、まさかとは思うが、また……?

 私の予想は、見張りの再びの叫びによって現実へと変わる。

「隊長、今度はBンガクブトウポイントより、敵襲です! 移動速度からみて……正体は『動点Q』と予測!」

「……な、何いっ!? 動点Qだと、それは確かなのか!?」

「はい、これまでの記録から導き出される結論は、それ一つかと……」

「な、なんてこった……」

 私の頭は、この超緊急事態を切り抜ける策を見つけるためにフル稼働を開始する。だが、そもそも洞窟に入ってからろくに糖分を取っていない私の頭は、すぐに活動を停止してしまった。

「あ、あの、隊長……」

「なんだ」

 隊員に対してぞんざいな返しをしてしまう。私は、全くそのことに気が付かなかった。

「動点Qは、そんなにヤバいんですか……?」

「動点Qは、その正体が全く分からないし、口から出てくる言葉の意味も全く意味が分からないという意味で、確かにヤバい」

「え、動点なのに言葉を発するんですか」

「動点がどうとかいうのは、全て通称だからな、そんな細かいことはどうでもいい。そんなことよりももっとヤバいのは」

「ヤバいのは……?」

「今の私たちの状況を考えてみろ、ただでさえ後ろからは『動点P』が追ってきている。そんな状況で、まるで意味が分からない言葉の羅列を鼓膜に延々と流し込まれ続けてみろ……?」

「……はっ」

 そんなことにも気付いていなかったのかこの隊員は。やはり、私の後継者は見張りで決まりだな、うん。

「どうするどうする……? こんな状況で私たちが打てる策なんて、そうそう多くは――うん?」

 私の心は限界まで追いつめられていた。だが、心が折れそうになったまさにその時、私は前方から聞こえてくる、ある声に気付いた。そして、頭がろくに回っていないこの状況でそのことに気付くことができたのは、まさに奇跡と呼んでもよいかもしれなかった。

「……なんだけれども、……は……になっているから、……なんだよね? でも私は……は……だと思うんだけれども、……」

 聞こえてきたのは、とりとめもない言葉。誰かと会話をしているような言葉遣いだが、その話し相手の声は全く聞こえてこない。

 気付いたのは、会話の内容。老爺が発しているような細々とした声だったために、細かいところまではよく聞こえなかった。しかし、その内容は、明らかに誰かと議論をしているような――。

 そこまで思い至って、私は大声で叫ぶ。

「STRだ!」

 私の前方を走っていた見張りや隊員たちが一斉に私の方を振り返る。さらにその先で、例の中点Mの絵画が進みをぴたりと止めたのを私は見逃さなかった。しめた、そう思った。

「STR、ですか?」

 恐る恐るというように、見張りが私に尋ねる。

「ああ、皆には、動点Qが言葉を発しているのが聞こえるか?」

「え、ええ、まあ……」

 見張りも含め、隊員たちはだからどうした、というような表情をしている。やれやれ、見張りでさえこのことに気付けないとは。あいつも、私の後継者としてはまだ未熟かもしれないな。

「動点Qの言葉遣いを聞くに、あれはSTRだ」

「な、なるほど……?」

 隊員たちは、相変わらずぽかあんとしている。

 だが、中点Mの絵画は違った。その場でふるふると震えだし、最終的にはその場にからあんと落ちたのだ。

「よし、今だ、その絵画のところに穴を掘るんだ!」

「えっ!?」

「絵画の進みは止まった! そこよりも西に動点Pはやってこない! あとはそこに穴を掘って、動点Qをやり過ごすんだ!」

「な、なるほど!」

 隊員たちはまるで意味を理解していない表情をしているが、まあ問題ないだろう。これで、私たちはこの襲来を切り抜けられる。そう思った。

 その時、私の背中に直接響いたのは、周りの雰囲気に流されない透き通った声で。

「Mちゃあああん!」

テーマ:「今日のあじゃぱあ」
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第三十四回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2018.01.09(Tue) 07:00
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