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集え、遥かなる山の上

 誰が言ったか、その山は俗に「遥かなる山」とか呼ばれているのである。
 しかし、外から見た限りでは、特に何がすごいこともない、ただ木が繁茂している、普通の山である。
 そんな遥かなる山の中に、今日は二人の男がいたのである。
「ふうー……暑い……」
 この男は、ただ連れてこられただけである。ちなみにこの男は裸眼だ。そして、誰に連れてこられたかといえばそれは、この男の遥か前方を歩いている男に、である。そっちは眼鏡だ。
『おーい! 遅いぞ!』
 暑くて今にもへばってしまいそうな裸眼の男は、遥か前方から降りかかってくるその暢気な声に、ブチギレそうに――なったものの、今しがた横目に見えた看板の文字列があまりにも強烈すぎて、怒気はすぐにどこかへ吹っ飛んでいった。布団のように鮮やかに、吹っ飛んでいった。
 というかこの男、自分がブチギレそうになっていたことなど、刹那の後に忘れてしまっていたのだ。何故かっていえばそれは、やはり横目に見えた、看板の上を踊る単語が強烈だったせいだろう。
 どのくらい強烈だったかといえば、男が歩くことを忘れるくらいには、強烈だったのだろう。男の前方から、眼鏡の男が駆け寄ってきた。
『おい、何そんなところで立ち止まってるんだ?』
「いやさ、あの看板が――」
『お前な、イジボウ工房はもう目の前なんだぜ?』
 超絶きらきらした目で「イジボウ」と眼鏡の男を見て、向き合っている男は盛大に溜息を吐く。異次元の包丁、通称イジボウが欲しいと言って、今しがた目をきらきらさせた男は、今盛大に溜息を吐いた男を引き連れて、遥かなる山を登っているのであった。というのは、世界でただ一人イジボウを作っている職人の工房が、遥かなる山の上にあるからであった。
「いやでも、あの看板、気になるだろ」
『うん?』
 そういって二人が見つめる先には、「異次元の遊園地、この先五メートル」ともこもこした字体で書かれた看板が宙ぶらりんになっていた。
『なっ……あれは、まさか、異次元の遊園地への案内板じゃないか!』
「うん、見れば分かるな」
 瞬間、男は眼鏡の男の平手打ちを頭にモロに食らった。
「痛っ! 何するんだ!」
『ちょっとお前、異次元の遊園地――通称イジユウの凄さを知らないだろ』
「知らないよ」
『聞き捨てならないな! ちょっとこっちに来い!』
「……えっ!?」
 そうして、眼鏡の男は茫然としている裸眼の男の手を引っ掴んで歩き出した。この時点で、眼鏡の男の行動目標は「イジボウの工房へ行く」から「こいつに異次元の遊園地の凄さを理解させる」に変貌したのであった。
 そして、イジユウはすぐに二人の目の前に現れた。
 まず、裸眼の男はその遊園地の入口に付けられた看板に驚愕した。
「おい、看板にイジユウとしか書いてないんだが」
『まあそりゃあ、皆異次元の遊園地の略がイジユウだって知ってるからな。あんな長ったらしい正式名称を書いてやる必要はないのさ』
「皆さんご存知イジユウみたいに言うな! 今日初めて知ったわ、異次元の遊園地なんて!」
『実際、皆さん知ってるんだからしょうがないだろ。君ねえ、無知は罪だぜ』
「シンプルにうざいな」
 言葉でこそうざいとは言ったものの、裸眼の男は眼鏡の男に対して何も感情を抱いてはいない。彼にとっては、この程度のやりとりはもう慣れたものと化していた。まあ、この程度には慣れておかないと色々もたない、ということだ。
「それよりもさあ、看板の、イジユウの字の上の部分にさ」
『おう?』
「小さく、異次元のユデタマゴ同好会プレゼンツって書いてあるよな」
『そりゃあ、そうだろうな』
「え?」
『異次元の遊園地ってのは、異次元のユデタマゴ同好会――通称イジユデ同好会が、異次元のニワトリと異次元のタマゴの凄さを世に伝えるために造った遊園地だからな』
「な、何だって……って、肝心の異次元のユデタマゴの宣伝はしないのか」
『それは、別に異次元のユデタマゴ博物館ってのがあって、そっちでやってるな』
 ここまで聞いて、裸眼の男は軽く頭痛がする思いだった。というか実際、頭の中がこんがらがっていて、頭は痛かった。
 裸眼の男の頭が痛んでいる間に、イジユウの受付ゲートから一人のお姉さんが二人の男の元へ駆け寄ってきていた。裸眼の男はふと目を上げた。駆けてきているお姉さんは、一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、一気に顔面蒼白になっていった様子が、裸眼の男には見て取れた。
 お姉さんは二人の男の元へたどり着くと、眼鏡の男に視線を投げながら、こう叫んだ。
「ぶ、ブチョウ!?」
 男の頭にまた一つ、疑問符が生まれる。隣に立つこの眼鏡の男を、部長と呼んだか。
『やあ、久しぶりだね』
 澄ました顔で応対する眼鏡の男を見て、ますます訳が分からなくなっていく裸眼の男。
「え、部長って何さ」
『知らない』
「……えっ!?」
『多分、イジユデ同好会の部長さんと勘違いしてるんだと思う』
「はあ、なるほど」
『ただあの人、年齢が七十超えてるから、間違える要素が無い、気がする』
 またも裸眼の男は頭痛に襲われる。さっきから何なんだという思いからである。
『だがまあ、この状況は利用できるぞ。お前も、今日は俺のことを部長と呼べ』
「は、はあ……」
 部長と呼べ、と言った時の眼鏡の男の目があまりにも真剣なものであるように見えたためか、裸眼の男はとりあえずといった様子で頷いた。
『あと、ジャックパンダにも頼んでくらあ。今日は俺のことを部長と呼べ、ってな』
「……えっと、その人って作者さんだよな? お前のそんな頼み、聞いてくれるのか?」
『大丈夫だ。あいつはいい女だからな』
「は? ジャックパンダさんは男だろ?」
『男だけど、いい女なんだよ……!』
「訳が分からん」
 という会話をしている間に、お姉さんは部長の方に視線を合わせていた。
「本当に直したな、ジャックパンダさん」
『だろ、やっぱりあいつはいい女ってことだな……!』
「ごめんそれはちょっと意味が分からない」
 お姉さんは、部長に向けて言葉を投げる。
「ええと、本日はどのような御用で?」
『えっと、今日はこの人にイジユウの中を案内してあげたいんだ』
 その言葉を聞いた瞬間、お姉さんの表情がぱあっと明るくなる。
「あら、そうでしたか。でしたら、すぐにでもお入りください」
『そうか、ありがとう。ええと、入園料はいくらだったかな?』
「いえいえ、部長からお代をいただくなんて、滅相もない」
『いや、それは悪――』
「お二人合わせて十万円になります」
『お、おう』
 食い気味だったな、と男は思った。まだ部長が台詞を言い終わらない内に額を言って来たな、今。しかも、その金額にびっくりだ。どこかの夢の国もびっくりするだろう。
 特に疑問をもつ様子もなく部長が十万円を支払い、二人は何だかんだでイジユウの中へ入った。そこで男は部長に疑問をぶつける。
「なあ、ここ高くない?」
『そりゃまあ、異次元の遊園地だからな。異次元だったら高くなるのは当たり前だろ』
「それ、騙されてるんじゃ……?」
『阿呆、イジユデ同好会はそんな悪徳商売しねえよっ!』
 突然部長が叫び出す。
『しねえんっ……だよおっ……!』
「あ、ああ、俺が悪かったって。済まない、変なこと言った――」
『ぶえっくしょい! え、今何か言った?』
 急に叫び出した部長に訳が分からないながらも謝ろうとして、顔を見事に露骨にひきつらせた男。
 そして男は、何気なく園内を見回し、本日何度目か分からない驚きを覚えた。何故なら、遊園地というにはあまりにもがらあんとした園内の様子だったからだ。
 アトラクションとして確認できるのは、ジェットコースターらしきもの、メリーゴーランドらしきもの、観覧車らしきもの、その三つのみであった。そこには食べ物が売っている様子さえなく、それ故か人もまばらだった。
「え、えっと、アトラクションが三つしかないですが……」
『ああ、そりゃあ、この遊園地は異次元のニワトリと異次元のタマゴの宣伝のための遊園地だからな。そのための最低限の設備しか置いてないのさ』
 そのせいで人が来てないんじゃあ宣伝も何もあったもんじゃないだろう、と思ったが、その言葉はそっと胸に仕舞った男であった。きっと異次元の遊園地の「異次元」とは、遊園地なのに異次元なレベルでアトラクションが少ないってことだな、とか自己解釈さえ始めていた男であった。
『とりあえず、まずはジェットコースターからだな』
「お、おう?」
 もちろん行列なんて出来ているわけがないので、すぐ乗れた。二人は一番前の席に乗りこんだ。後ろには、一人お爺ちゃんがいるのみだった。
 コースターが、音を立てて坂を上っていく。普通のジェットコースターじゃないか、と男は思った。だが、コースターが坂のてっぺんまで上って、降り始めようという、正にその瞬間。
「こっこおおおおおおおおお!」
 二人の後ろに乗っていたお爺ちゃんがそんな叫び声を上げたのだった。
 男は唖然として、降り始めた時に「わあ」とか「きゃあ」とか叫ぶことを忘れた。それほどまでにお爺ちゃんの叫び声が頭を勢いよくと殴りつけてきたのだ。ちなみに、部長も「こっこおお」と叫んでいたのには男は気付かなかった。もちろん部長の声は、お爺ちゃんほど大声ではなかった。
 ジェットコースターから二人が降りた、そのすぐあと。
「え、何、あの、こっこおとかいう叫び声」
 未だ混乱中という様子で、男は部長に尋ねた。
『ああ、あれは、異次元のニワトリの鳴き声だ。イジユウのコースターでは、叫ぶときには必ずこっこおと叫ぶのが慣習なんだぜ?』
「何だその慣習。ちょっと怖いわ」
『まあ確かに、あのお爺ちゃんの叫び方は尊敬に値するレベルだったな……。あれこそ、真のイジユデ同好会の同志だぜ!』
「へ、へえ……?」
『とか言ってる間に、着いたぞ。メリーゴーランドだ』
「あ、ああ……ああ?」
 男は、そのアトラクションを見て、開いた口が一分くらい塞がらなかった。だって、普通、メリーゴーランドといって想像するのは、プラスチックの煌びやかな馬がいくつもあって、それに乗ってぐるぐる回るものだろうからだ。それに対して、ここは――。
「何でニワトリのメリーゴーランドなんだよっ!」
『阿呆か、あれが異次元のニワトリの尊き御姿じゃねえか!』
「そんなもんどこで分かるって――」
『見な』
 そういって部長は、ニワトリの頭の上の部分を指す。
『とさかが、虹色と金色が混ざったような色をしているだろう?』
「え?」
 男は改めてまじまじと並んでいるニワトリのとさかの部分を見てみる。確かに、それは独特な色をしていたが、どんな色か、までは理解できなかった。いやそもそも、虹色と金色が混ざったような色ってどんな色だ、とさえ思った。
『あのとさかが、異次元のニワトリの目印さ。乗っていくか?』
「いや、何か、いいや」
 この年にもなってメリーゴーランドは、と思ってのことだったが。
『そうか。俺は乗ってくぜ』
「……え?」
 部長は迷いなくずかずかとニワトリに跨り、こっこお、こっこお、こおおこおおとリズミカルに叫びながらぐるぐるその場を三周して戻ってきた。
『ふう、楽しかったぜ。やっぱ、異次元のニワトリの背中から眺める景色は最高だな』
「……そうか、そりゃあよかったな」
 もう何も気にしないことにした男は、さっさか歩いていく。最後のアトラクションである観覧車は、でかでかとイジユウの敷地にそびえていたので、男でも場所がすぐに分かった。いやそもそも、三つしかアトラクションのない遊園地なんて、簡単にそれぞれのアトラクションの位置が分かりそうなものではあるが、それはともかく。
「さて、観覧車なんだが……何だあれ?」
 到着するなり、男は部長に質問を投げつけた。その観覧車が、いわゆる卵型の物体をそこかしこにぶら下げていたからだ。
『この観覧車のゴンドラは、異次元のタマゴをモチーフにしているんだ。形があんな卵型なのは、それが理由さ』
「そうか」
 だんだんこの遊園地について分かってきた気がしなくもない男はさっさとこの遊園地から出ようと、もともとこの遊園地のファンだった部長は、うきうきした気分で、それぞれ違う思いを胸に、スタッフの誘導に従ってゴンドラの中に乗り込む。
 その瞬間、男は絶句した。
 ゴンドラの中の、椅子やら壁やら窓のサッシやらが、おかしな色で塗り固められていたからである。その男の様子を、部長はにこにこしながら眺めていた。普段見慣れない色が視界一杯に入ってきたせいか、男は少し気持ち悪くなってきた。
『どうだ、虹色と銀色が混ざったような色で塗り固められた内装は。美しいだろう?』
 微塵も美しいなどとは思わなかった男だったが、視線で部長に話の先を促す。
『この色は、異次元のタマゴの中身の色なんだ。異次元のタマゴには、普通の卵でいうところの黄身と白身の区別みたいなものはなくてね。異次元のタマゴの中身は、この色一色なのさ』
「えっ、中身が虹色と銀色……?」
 とさかが虹色と金色が混ざったような色で、中身が虹色と銀色が混ざったような色で。異次元のニワトリというのは、随分ゴージャスな雰囲気の色遣いをしているのだなあと、男は思った。ただし、実際にそんな卵を目にしたら、食欲が湧くかは正直微妙であった。
『お前、何ひきつった顔してるんだ』
「えっ、いやあ……すごい色使いなんだなって思って」
『おっ、そうか、分かってくれるか!』
「えっ、いや別にそう言うわけでは」
 男の言葉には耳を貸さず、部長は両手で男の左手を握ると、ぶんぶんと上下に激しく揺らした。
『おめでとう、この色の良さが分かる君は、我々イジユデ同好会の同志だ!』
「えっと……」
『同志になった祝いに一つ、いきますか』
「え?」
 部長が、大きく息を吸う。そして限界まで息を吸ったところで息を止め、ゴンドラの窓に向かって、叫んだ。
『こっこおおおおおおおおお!』
 あまりの光景に男が絶句していると、部長が視線を男に一瞬走らせた。
『何やってんの、お前もやらないと!』
「えっ!?」
『当たり前でしょ、君が同志になった祝いなんだから』
 同志になった覚えなんて、これっぽっちもないんだけどなあと思いながら。それでも、こんな日々も何かいいなと思いながら。
『さあ、いくぞ!』
「はいはい」
 二人分の声が、そのゴンドラの中で木霊した。

   ×   ×   ×

「見込みある若造、ですか?」
 イジユウの受付ゲートで、受付のお姉さんと一人のお爺ちゃんが会話をしている。彼は、さっき部長たちがジェットコースターに乗っていた時、その後ろで思いっきり叫んでいた、正にその人である。
「ああ、あの若造は見込みがある。イジユウのことも、よく知っていたようじゃ」
「そう、ですか……」
「だから、というわけではないんじゃが……あの若造らは、きっとこの後イジボウ工房へ向かうじゃろう」
「まあ、遥かなる山に来たってことは、そうでしょうね」
「工房に取り次いでくれ。手厚く迎えよ、とな」
「……!」
 受付のお姉さんは、絶句した。彼女の目の前にいる人物が、これほどまでに他人を評価し、あまつさえ工房の人たちに「来客を手厚く迎えよ」などと頼むのは、なかなかあることではない。つまりは。
「それほどまでに、見込みがある、ということですか」
 眼鏡に右手を添えながら、受付のお姉さんはお爺ちゃんに問う。その問いに、お爺ちゃんは頷きのみを返した。
「分かり……ました」
「ああ、頼んだぞ」
 ふぉっふぉっふぉ、といかにもな笑い声を上げながら、お爺ちゃんはその場を去ってゆく。受付のお姉さんは、小さくなってゆくその背中に小さく語りかけた。
「一体何を考えているのですか……会長」



テーマ「イジタマの中身の色」

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第三十三回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.08.08(Tue) 00:00
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