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眷属人形の憂鬱

 たとえば、君が先ほどすれ違ったあの人。どんな姿をしていたか思い出せるかね? 服装は? 人相は? 性別は? 性格は?
 ……ふむ、性格までは分からない、と。そう、つまりそういうことなのだよ。
 分からないかね。では私から逆に問おう。君は何故あの人を一目見ただけで性別まで判断出来た?
 服装……骨格……弱いな。異性装趣味を視野に入れていない。骨格なども見せ方次第である程度は誤魔化せるし、あるいは生まれつきそう見えてしまう体格の持ち主かも知れない。つまり本来性別特定のためには、性器や遺伝子のよりディープな観察を要するのだよ。
 出鱈目を言っているつもりはないのだがね。深く交わって分析してみて、それからようやく結論が得られる。そういう点では性格と何ら変わりない要素だとは思わんかね?
 話が逸れたな。えっと、何処までいったか……あぁ、そうそう。性格は外見から判断出来ない、そんな感じだったか。
 つまりはだね、君。他人など少しすれ違うだけならばショーケースの人形と同じ。どんな者の手によって作られ、内にどんな思いが秘められているか。そして仮にそれが夜になると動き出す呪いの人形だったとしても、ほんの少し視界に入れただけでは知り得ないことなのだよ。

「あ~……いちいち小難しい言い回しされても俺には分かんねぇっす」
「HAHAHA! これは失敬。君の頭は空っぽだからね。材料に使って余った蛙がいるのだが、そいつの脳味噌でも入れてやれば少しはましになるかね?」
 知らない方が幸せでいられたかも知れないワードがちらりと聞こえた気がしたが、冗談が公用語の国で育ったのかと疑いたくなるこいつの言葉を真に受けるだけ無駄だろう。そうやってこれまで何回もからかわれてきたことは覚えている。生活に支障が出ない程度の学習能力を与えてくれたことくらいは感謝せねばなるまい。
「中で腐っちゃうのでお断りします。それで、言い訳は済みましたか? 人間とは一味も二味も違う魔法使いセンセーがこんなでかい店の中をうろついても大丈夫なのかって」
「うむ。君のような木偶の坊でも理解出来るよう噛み砕いて言うとだね、見ただけで私の正体を暴ける奴はこっちの世界に存在しないので問題ないというわけだ」
「最初からそう言えば良いものを」
「丁重にお断りさせて頂く」
「はいはい……ったく、確かにあんたみたいなナリしてたら、魔法使いなんて言っても子供の妄想くらいにしか皆思ってくれなさそうっすけどね」
「何か言ったかね?」
「別に」
 ぱんぱんに膨らんだ紙袋を幾つもぶら提げた両腕が軋む。『耐久性テストも兼ねて』などとのたまい、購入した衣類やら変な雑貨を全て俺に押し付けた師匠――ジョーさんは、飛び跳ねるように俺の先を進み、次の店を物色しているようだった。『しょっぴんぐもーる』とかいうこの建物は商店街のように多くの店が立ち並び、人々がその間を目まぐるしく行き交う。小柄な師匠はすぐに人混みに埋もれてしまいそうで、荷物を抱えながらそれを見張るのは正に苦行だった。
「師匠ー、頼むからあんまり遠くに行かないでくださいねー」
「分かっているとも。君が迷子になったら誰が私の荷物掛けハンガーをやるんだい?」
「迷子になりそうなのはあんただっつってんすよー……クソッ、聞いちゃいねぇ……!」
 童話の主人公が着ていそうな赤いローブを翻して走り回る女の子と、大量の荷物を持ってそれを追いかける少年。先ほど師匠が言っていたように、一般人の目に俺たちがそう映っているならば、分かることは本当にそれだけだろうか。すれ違う他人だって、見た目以外に推測出来ることがあるはずではないだろうか。
「ふむ、こんなところか……ピノ、早くしたまえ!」
「師匠、そっちは出口っすよ?」
「分かっている。一通り見たから今日のところは帰ると言っているのだよ! 材料の鮮度が落ちたらどうする!」
「へいへい、公共の場なんで大声出さないでくださいねぇ……」
 腕の負担が伝わったのか、ぎしぎし言い始めた膝に鞭打って、小さな赤い背中の後を追う。
「わっ」
 一瞬、すぐ足元を小さな子供がばたばたと通り過ぎる。見た目は師匠よりもずっと幼い、自分の足で動くことを覚えたばかりの赤ん坊のようだった。
「す、すみません……こらー、走んないでー」
 俺に謝りながら小走りで同じルートを通っていったあの女性は、子供の母親だろうか。いつも師匠相手に自分も似たようなことをしているからか、その疲弊した背中に妙な親近感を覚えてしまった。
「ピノ!」
「あー、はいはい! すぐ行きますよー!」
 しかし、どう推測しても、俺と師匠は親子には見えまい。せいぜい兄妹か、あるいは――とにかくその辺りが妥当な線だろう。
 ともあれ、師匠の言う通り、俺たちを見て、関係を想像して。しかしそこから先は何も無い。結局それは推測なのだ。俺と師匠が――
 バンッ!
「ぎゃっ!」
「んー……?」
 少し先に自動ドアを潜り、そのまま歩こうとしていたらしい師匠がゆっくりこちらを振り返る。
「……ピノ、何をしているんだい? 君が考案した新しい遊びかね?」
「ンなわけねぇでしょうが……。挟まれただけっすよ、普通に通ろうとしたら」
「理解不能なのだよ。何故自動ドアなんかに――あっ」
 まるで不審者でも見るような怪訝な顔をしていた師匠だったが、何かを思い出したのか突然目を見開き、次の瞬間にはそれをぎゅっと細め、代わりに口を大きく開いて笑い出した。まぁ随分と忙しい表情筋をお持ちで。
「HAHAHA! HAHAHAHAHA!! あぁ、そうだった! 私としたことが、何故自分の眷属の性質を忘れていたのだろうね!」
「知らねぇっすよ」
「HAHAHA……あー、笑った。そうだったね、君には体温が無い。人感センサー式の自動ドアでは君のことが認識出来ないのは当然だったね」
「笑ってないで助けてくださいよ、師匠。痛くはねぇっすけどこいつ凄い力で閉めようとしてくるし、何となく背後から猛烈な視線を感じるんで」
「分かっている、私も鬼ではない。美少年がいつまでも無様な醜態を晒して良いものでもないからね」
 師匠が再び自動ドアに近付くと、師匠の存在に気付いた自動ドアがゆっくりと開いていく。締め付けが消えたのを確認してから外へ出ると、ガラス張りのドアはまた同じように接近を始め、そして何事も無かったかのようにぴたりと閉じた。幸い故障はしていないようで一安心だ。認識しないものを挟んでイカレさせてしまったとあれば、自動ドアが可哀想でならない。
「ピノ、怪我は無いかね?」
「さぁ、痛くないんで分かんねぇっす。あっ、肘見えてら」
 腕に巻いていた包帯が解れ、露出した球体関節。あまり人様に見せて良いものでもないそれを隠すように包帯を簡単に巻き直す。紙袋の紐に圧力をかけられてもほとんどずれなかったというのに、あの自動ドアは何なのだ。俺を本気で真っ二つにしかねない力だったではないか。非人間、非生物に慈悲は無いとでも言わんばかりに。
「恐るべし、人間界の邪神しょっぴんぐもーる……」
「何を言い出すんだ君は。体どころか頭にまでガタがきているのかね。まったく、帰ったらまず整備からしてやるとしよう」
 さて、今の俺たちはどう見えているのだろう。俺たちを見て、関係を想像して。しかしそこから先は何も無い。結局それは推測なのだ。
俺と師匠が、眷属と主人の関係で、人ならざる魔の存在であること。それをショーケースから眺めているうちは、きっと誰にも分かるまい。

 誰も近付かない、路地裏の掘っ立て小屋。その地下に下りたところが、師匠こと魔法使いジョーのラボだ。魔法実験に使われる怪しげな器具と、こいつの趣味らしきカラフルな雑貨が並ぶカオスな部屋の中央。手術台のような質素なベッドに全裸で転がされた俺は、馬乗りになった師匠に全身を好き勝手に弄られていた。
「し、師匠……」
「何だね」
「も……それ、やめてください……」
「誰が目を逸らして良いと言った。あの程度でこんなになって……じっとしていたまえ。すぐによくなる」
「だから、本当……し、視覚的に良くないんで……関節を逆に曲げるの、やめてくれません……?」
「黙りたまえ。曲がるものなら曲げたくなるのが人のサガよ」
「子供かあんたは。俺は玩具じゃねぇんすよ、整備するなら真面目にやってください」
「ドールは本来玩具だろう。君が道端に転がされる前にも似たような扱いを受けたのではないのかね?」
「……意地悪」
「上級の褒め言葉をありがとう」
自動ドアの猛攻に加えて膝に響くほど荷物を持たされていた腕は、幾重もの索条痕と潰れた関節でボロボロになっていた。更に師匠が本来の人体構造を無視して勝手な方向に曲げまくるせいで、痛覚の無い俺自身でも実際の怪我より重傷に見えてしまう。
「あの、マジでやめてください。見た目相当グロいっすよこれ。ビジュアル出してたら掲載規制レベルっすから」
「何処に向けての言葉か存じ上げないが、茶の間を追われたらホラー映画にでも転向するがいい。君なら良い稼ぎになる」
「嫌っすよ。俺はアンティークな老い方に憧れてるんす」
「人形風情が一丁前に……うむ、駄目だなこれは。再生魔法に頼るほかあるまい」
「えぇ~……」
「『えー』じゃないのだよ、軟弱なプラスチック製の分際で。人体と違って自然治癒能力が無いのだから、傷が付いたら魔法で修復するのが当然ではないのかね」
「だったら何で最初から人間にしてくれなかったんすか。あんたなら不可能じゃなかったでしょうに」
 ちら、と、ラボの隅に追いやられた白いキャビネットを見やる。ガラス張りの棚には無数のトロフィーやら賞状やらが乱雑に置かれており、『マンドラゴラ品評会 金賞』『錬金術論文コンクール 最優秀賞』などといった文字と共に、師匠の名前らしきものが見たことのない言語の文字で簡単に添えられていた。奥の方で妖しい輝きを放つ三つのオーブは、魔法学校の初等部から高等部までをトップの成績で卒業したものに一つずつ与えられる――
「私の魔力は関係ないのだよ。悔しかったら君自身が私の眷属としてもっと精進したまえ」
「成長すればもっと人間らしくなれるってことっすか?」
「無意味に自我をくれてやったわけではないからね。眷属の能は主人の評価にも加味される。役立たずなりにやる気になれば妖精さんあたりがどうにかしてくれるさ。そんな童話があっただろう?」
「あぁ、鼻が伸びる木彫りの人形の。もしかして、俺の名前もあいつからとったんすか?」
「いや、名前考えるときにたまたまアイス食べてたから。確かその商品名がそんな感じだった」
「ちょっと巡りかけた思考を返せ」
 とにかく、このまま傷と関節を放置するわけにもいかない。汚れや塗装の剥げを直してもらったことはあれど、破損の修復は『生まれて』初めてなので、緊張と恐怖が渦になって何処にあるかも分からない心を支配するけれど、今は師匠に身を委ねるしかないのだ。どうせ、もう逃げ道は何処にも無い。
「さて、と。団欒の時間はこれくらいにして、さっさと始めるとしよう」
 随分過激な団欒でしたけどね、と俺が声を発するより早く、師匠は俺の上から退き、フラスコやら試験管やらが並ぶ実験台の前で何やらがちゃがちゃとやり始めた。
「前から思ってたんすけど、師匠の魔法やら薬って見た目が派手な割に過程が古典的っすよね。分化して人間のものになったとかいう『カガク』染みてるというか」
「伝統を重んじる校風だったからね、私の出身は。悪く言えば黎明期のやり方に固執する古臭い教育ばかりするところだったわけだけれど。しかしどうせなら『魔法映え』するようにやった方が見る方もやる方も楽しいだろう? 私にはそれが出来るというだけだ」
 師匠がかざした一本の試験管。その中には、星空を掬って流し込んだような、美しく輝く濃紺の液体が半分ほど入っていた。
「綺麗、っすね……」
「そうかね? 君に褒められて悪い気はしないが」
「それを、俺に?」
「あぁ。薬さじ一杯分ほど患部にかけて、残りは口から流し込む。一晩も寝れば元通りなのだよ」
 薬さじと試験管を手に、師匠が俺のベッドへ戻ってくる。歳の割にガキ臭くて、その癖して変な言動で散々からかってきて、目を離したら流れ星のように何処かへ消えてしまいそうな、正直仕えるのも嫌になる魔法使いだけれど、結構俺のことを大切にしてくれていて、魔法使いとしてはかなり優秀で、魔法の魅せ方を熟知している。
「そうそう、これは余談なのだがね」
 こういうところは、素直に尊敬しているし、感謝もしている。俺はきっと、魔法使いジョーの眷属になるべくしてなったのだろう。
「見ただけでは分からないこともある。私は先ほど君にそのようなことを教えたがね――」
師匠なら俺にもう一度生きる価値を与えてくれる。もう一度壊れるまで傍に置いてくれる。綺麗に飾られてショーケースの中に入るより、主人の手元から離れて野良犬の玩具にされるより、もっとずっと大切なものを、俺のこの空っぽの体に詰めてくれるはずだから。
「この再生魔法薬の材料として、蛙の脳味噌と――」
「げふっ⁉」
「あっ、こら! 勝手に吐くとはどういう了見かね、ピノ!」
 せめて、もっと立派な姿になれるその日まで。なるべく幸せになれることだけを拾いたい――と願うのは、わがままに終わるかも知れないけれど。

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第三十三回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.08.08(Tue) 00:00
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