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碌々たる憂鬱

 6月。
 それはなんとなく、思いつきだった。
 あの人はいつも面倒がって、雨の日も傘を差さずに帰るから。
 私はそれが気になっていた。
 別に彼の身体が心配というわけじゃない。
 なんでそんなことするの? という、理解できないものに対する苛立ちに近い感情。
 だから、今日の夕方は降水確率70%と聞いて、ふと私は傘を二本持って学校へ行った。

 その日は、放課後になってもまだ晴れたままだった。窓からは気取った茜色が差していた。みんなから「今日の空きれいだね」なんて言われて、得意げにしていた。
 私は美術室でノートに落書きしながら、しきりに空を見上げた。このままじゃ私は、晴れ渡る空の下、両手に傘で下校することになる。なんて間抜けな姿だろう。
 それでも、落書きがひとつ描き終わる頃には、ちゃんと雨が降り始めた。明るい空の色の割に、遠目でもはっきり雨粒が見える。これならみんな傘を差して帰ることだろう。
 私はほっとして、思わず彼を見た。
 彼はいつもと同じく、鳥の絵を描いていた。雨なんか気づく素振りも見せない。
 私が何も言わなければ、きっと彼は、いつもと同じく傘を差さずに帰るのだろう。雨が降ってることに何の不平も漏らさず、何の感情も抱かず、小走りで帰ってしまうのだろう。みんながそれをどう思っているかも知らずに。
 でも今日は、そんなあなたのために、私が傘をもう一本持ってきたんですよ。どう思う?
 少しはありがたがってくれる?
 それとも、

 それとも。

 私は急に怖くなった。
 分かっている。彼は別に傘を忘れたわけじゃない。
 身体が濡れてしまうより、傘を差すことの方が面倒だと思う人種なだけ。
 だったら私の行為は、ただのありがた迷惑じゃないのだろうか。
 私は長机に引っ掛けられた二本の傘を見やった。重なり合った傘が、世界から徐々に浮き出て滲んでいく。違う、世界が色褪せていってる。
 暑さに茹だる頭の上でかき氷機をガシャガシャ回されているような気分になった。冷静を通り越してフリーズしそうだ。どうしてこんなことしたんだろうって、そこで思考が止まる。
 私の傘が彼に拒まれるのを想像すると、まるで私ごと否定されてしまったかのように苦しい。
 どうしよう。どうしよう。せめて折り畳み傘ならよかったのに。鞄に入れてたの忘れてたから、って言えるのに。お父さんが予備用に使ってる1500円の大きな傘なんて、どう言って渡すつもりだ。
 あなたのために傘をもう一本持ってきたんです、って正直に言うの? 意味が分からない。分からないかな。部活仲間なら普通かな。相合傘ってわけでもないし。でも私たち、ほとんど話したこともないのに。


 6時。
 悩む間もなく部活の終わりを告げるチャイムが鳴る。
 みんな背伸びして、帰る準備を始める。当然、彼も。
 彼は誰よりも早く部屋を出て行ってしまう。いつもなら私は、それを横目に見ながらだらだらと帰る準備をするのだけど、今日の私は手から離れた平ゴムのように部屋を飛び出した。
 友達がみんな不思議そうに私を見た。構わず彼を追いかける。
 当然、特別急いでいるわけでもない彼にはすぐ追いついた。いや、実は追いついたわけじゃない。彼との距離、あと数歩分がいつまで経っても縮まらない。彼の背中を見ると、足が固まって走れなくなる。
 たぶん彼は私に気づいていない。彼の頭の中は今、帰ることでいっぱいなんだ。それでも、ここから声をかければ、ちゃんと彼は振り向いてくれるだろう。
 声をかければ。
 心の中で声をかけると、彼は容易く振り向いて、私は物怖じして何も言えなくなる。想像の私と現実の私がリンクして、喉がきゅっと引き絞られる。
 彼が内履きを脱いで靴箱を開ける。私も反対側の靴箱から靴を取り出す。古びた金属のガタガタと揺れる音。それすら彼は気づかない。このままだと向こう側にいる人と鉢合わせることになるとか、挨拶するべき人かなとか、全く気にしない。
 私が考えるのを止めてしまったって、彼は歩く。私も歩く。時間が経つ。焦燥だけが膨れ上がって、だけど私を駆り立てない。焦燥が苛立ちを掻きむしって苛立ちが痛みに喘いで、みんなして助け舟を待っているだけ。
 振り返って。私に気づいて。あなたと私の間にある断裂は大きすぎるの、とてもじゃないけど飛び越せない。だからせめて、手を伸ばしてほしいだけ。そしたら私、ちゃんと跳んでみるから。
 ダメだ。頼ってばかりで、私、本当にダメなんだ。そんなわけないじゃん。何もかもうまくいかないんだ。そうやって、そういうの積み重ねて、少しずつ壊れてきたんだろ。ほら、ほらもう、彼が玄関を出てしまう。走っていってしまう。私よりもずっと早く、速く。

 彼が見えなくなっても、私は歩いた。焦燥が破裂して苛立ちが膿んでも、構わず歩いた。そうしないではいられなかった。さらに下を向いて目を見開いて口を固く結んでいることで、ようやく私は辛くも耐えられているのだった。
 身勝手な厚意、自己陶酔の傷心、碌々たる憂鬱。そんなの自覚している。もうどうせなら、低気圧のせいにでもして開き直っていればいい。その内本心かどうかも忘れて、本当の意味で苦しまずに済む。気取ってみせろ。
 だから私は、あなたの傘を後ろに広げ、私の傘を腕に提げて、あなたと同じ雨に濡れながら、少しぬかるんだ道、あなたの足跡を辿って、帰る。



テーマ「茜色」

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第三十三回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.08.08(Tue) 00:00
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