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見えないモノ

「あうっ!」
 ガコン、という音と共に背後から聞こえてきたその声に振り返る。そこには、俺が今しがた後にした書店の自動ドアに見事に挟まれている奇抜な格好の少女がいた。……なんだ、この光景。
「うぅ~、どうしてこのドアはいつも私のことを挟むんですかぁ」
 どうやらいつも挟まれているらしい。……いや、自動ドアにいつも挟まれるって何だよ。赤外線はそこまで無能じゃねえよ。
 しかし、いつまでたっても少女を挟んだままの自動ドアは開こうとしない。なんだ、故障か? 試しに俺が少し近づいてみると、自動ドアは問題なく開いた。なんだ、動くじゃねえか。
「大丈夫か?」
「あ、はい。いつものことですので……って、はれ⁉ もしかして私のこと見えてます⁉」
「何を言ってるんだあんたは……」
 あれだけ堂々と挟まってたら誰だってわかるだろうが。
「えっ、いやだって、え⁉ ……ほ、本当に私、見えてます……?」
「だからそう言ってるだろ。ほら、俺以外の人だって……」
 みんなあんたの方を見てる、と言おうとして、異変に気付いた。誰も、俺たちの方を見ていない。意図的に目をそらしているとかではなく、本当に誰もこちらに注意を向けていない。
「…見えてない、みたいだな」
「で、ですよねぇ……びっくりしちゃいました。……でも、あなたには見えているみたいですね」
「ああ。しっかり挟まれてるところを目撃したぞ」
「そ、そこはぶり返さなくていいんですよぉ…! こっ、こほん。えっと、私イヴって言います。助けてくださってありがとうございました」
 いや、俺自動ドア開けただけだからほぼ何もしてないんだが……。
「気にすんな。ちなみに俺は麻枝朋哉だ。で、あんた……イヴだっけ? は、どうしてこんなとこで自動ドアに挟まってたんだ?」
「挟まりたくて挟まってたわけじゃないですよぉ! わ、私は他の邪神たちから逃げてきたんです!」
「……What?」
 じゃしん? それは、アレか? 邪な神と書く、あの邪神か?
「あ、えっと、麻枝さんには私のことが見えているみたいなのでお伝えしておきますね。私こんなですけど、一応邪神です」
「……………いやいやいや。邪神なんているわけないだろ。なんだ、そういう設定なのか?」
「中二病扱いしないでくださいぃ! 私ほんとに邪神なんです! ほっ、ほら、証拠に麻枝さん以外の人には見えてないでしょう⁉」
「確かにそれはそうだが……」
 ここまでのやり取りでこいつ結構叫んでるのに、誰も注意を向けないというのは確かにおかしい。だが……。
「……百歩譲って邪神が実在したとして、お前は絶対邪神じゃないだろ。話し方は弱々しいし、自動ドアに挟まるし……そんなポンコツな邪神がいるわけないだろ。大沼さんじゃあるまいし」
「大沼さんって誰です⁉」
「あれ、知らないか? やんごとない理由でやむなく邪神になってしまった、かの有名な大沼さんなんだが……」
「知りませんよぉ! っていうか大沼さんはどうでもいいんですっ! 私ほんとに邪神なので信じてくださいぃ~!」
 なかなか信じない俺の足に縋りつき、ズボンをバサバサと引っ張って必死に訴えるイヴ。お、おいやめろ。ズボン落ちる、落ちるってば!
「わ、わかったわかった! 信じるからズボンから手を離せ!」
 でないと公共の面前で俺のパンツが披露されちゃうから!
「あっ……ご、ごめんなさい! 私、はしたなかったですね……」
 ……そうだけど、微妙にそうじゃないんだよな……。
 と、俺がイヴへの返事に悩んでいると、やたらと周りからの視線が突き刺さることに気付いた。……なんだこれ。まるで俺のことを不審者でも見るかのような目で……。………。
「……なあ、イヴ。今の俺って、一般人からはどう見えてるんだ?」
「え? えっと……何もない空間に向けて一人でずっと話しかけている変な人、ですか?」
「よし、話しの続きは場所を変えてしよう。この店はもうだめだ」
 そうだよな、イヴが他の人には見えてないってことは、当然そうなるよな。あー、もうこの店恥ずかしくてしばらく来れねえ……それなりに気に入ってたんだがなぁ。

 というわけで、自宅の自室に場所を移した。公園とか喫茶店とか、人目につく場所だと結局先程と同じことになるので、仕方なく家に上げたのだ。連れ込んだとかではない断じて。
「で、なんだっけ。大沼さんの話だったか?」
「いつまで引っ張るんですかそのネタ……。違いますよ~、私が邪神で、他の邪神から逃げてきたって話ですよ~」
 ああ、そういえばそうだった。
「まあ、仮に邪神云々は信じるとして、だ。他の邪神から逃げてきたってのはどういうことだ?」
「えっと……さっき麻枝さんも言いましたけど、私って邪神っぽくないじゃないですか」
「うん」
「即答……。まっ、まあいいです。自覚はありますから。それで、そんな私なので邪神の中でもかなり立場が弱いんです。性格も思考も温厚そのものですし、おまけに若輩者。なんでお前みたいなのが邪神やってるんだ、ってよく馬鹿にされるんです」
 ま、そりゃそう思うだろう。邪神の実態がどんなもんかは知らんが、漫画やゲームのイメージから考えれば、おそらくイヴは邪神から最も遠い位置にいるような人物だ。悪いこととか一切できそうにない。
「そもそもなんでお前、邪神になったんだ?」
「………最初からです。生まれたときにはもう、私は邪神でした。こんなの、なりたくてなったわけじゃないです…」
「イヴ……」
 なるほどな。そういう事情でこんなに「ぽくない」邪神が誕生したわけか。
 なりたくてなったわけじゃない……その感情は、俺にも少しだけわかる。俺の父はプロ野球選手だが、一方で俺は壊滅的な運動音痴だった。野球どころかキャッチボールすらまともにできない。お前本当に野球選手の息子かよと、散々馬鹿にされた。だが、俺だって好きで野球選手の息子に生まれたわけでも、運動音痴になったわけでもない。それなのに周りからとやかく言われるのは……正直辛かった。今でこそ笑い話やネタとして処理できるが、当時の俺には一時期不登校になるほど精神的に堪える出来事だった。だから、今のイヴの感情も、多少は理解できるつもりだ。人と邪神とじゃ、いろいろ違うかもしれないが。
「っと、話しがそれてしまいましたね。それで、私がなんで逃げているのかというと……そんな邪神にふさわしくない私を、他の邪神たちが処分しようとしているからです」
「……わ、わーお……」
 だからまあ、似たような境遇にある者として俺にできることがあれば手伝おうと思ったのだが……まさかそんな殺伐とした展開になっているとは。俺に手伝えることあんのか?
「……一応確認だが、その処分っていうのは……」
「……はい。彼らは、完全に私を亡き者にするつもりみたいです」
「そうか……」
「今日も、寝起きを奇襲されたところからギリギリで逃げてきたんです。それで、ここの書店に身を潜めてたんですけど、いつまでも同じ場所にいるのも危険なので移動しようとしたところで、麻枝さんと出会ったんです」
「……つまり、現状見つかってはいないんだな?」
「あ、はい。幸い、と言いますか……私、神様としての存在感が薄いので………自動ドアにも、気付いてもらえないくらいなので…………」
 自分で言いながら段々と落ち込んでいくイヴ。相当気にしてるんだな、それ。
「でも、それならこのまま家でじっとしてればなんとかやり過ごせるんじゃないか?」
「いえ……さすがにそれは厳しいかと……私も存在感が薄いだけで、ゼロではないので………ゼロでは、ないのです………ぐすっ」
 どんだけ気にしてんだよ。そんな半泣きになるなら言うなよ。
「……じゃあ、この後は一体どうす――」
「――危ないっ!」
 突然イヴに突き飛ばされるのと同時、つい先ほどまで俺の顔があった場所を光る何かが通過していく。直後、背後でボンッという爆発音が響いた。振り返れば、俺のベッドが炭化していた。
「……え、ちょっ、えええええぇぇぇぇ⁉」
 なにコレどこからツッコんだらいいの⁉
「おっ、おいイヴ! なんだ今の⁉ あと、俺のベッドが丸コゲなんだが⁉」
「熱光線です! 触れたものを一瞬で炭にするそれはもうやばいやつですね! ベッドについてはごめんなさい後でちゃんとお詫びします! って今説明してる場合じゃないです! 麻枝さん追手です、例の追手! 私がここにいるのを見つけて、僅かに空いた窓から私を殺りにきたっぽいです!」
「なんじゃとっ⁉」
 あ、やべ、気が動転しすぎて変な口調になってもうた。
「この場所はもう危険です! 麻枝さんも危ないので、一緒に逃げますよっ!」
 言いながら俺の手を掴むと、イヴは攻撃が飛んできた方とは別の窓枠に手をかける。
「………え。ちょ、お前まさか――」
「麻枝さん、絶対に私から手を離さないでくださいね!」
 嫌な予感を感じた俺が静止する間もなく、イヴは窓から飛び出した。
「ああああぁぁぁ! まだ心の準備があああぁぁぁぁ!」
 イヴに手を引かれるまま、俺たちの恐怖の空中逃走劇が始まる。追手を撒くためなんだろうが、イヴが住宅街の中を複雑に左右に折れながら低空飛行していくので、恐怖感が尋常じゃない。「お前飛べたんかよ」とか「これ俺明日ヤ○ーのトップニュースに『住宅街を低空飛行する謎の少年』として載っちゃわない?」とか、言いたいことは山ほどあるのだが、口を開く余裕すらない。うかつに喋ったら舌噛んで死にそう。
 なので、ただただ黙って恐怖に耐え続ける。十五回くらい壁や地面と接触しそうになり、八回くらい死を覚悟した頃。ようやくイヴが減速し、ゆっくりと地面に足を着いた。久しぶりの大地の感触に、心の底からホッとする。
「ご、ごめんなさいっ、思った以上に追手がしつこくて……どこかケガとかしてませんか?」
「……奇跡的にな。追手は撒けたのか?」
「はい、多分ですけど。でもまたすぐに追いつかれちゃうと思うので、なにか対策を考えないといけませんね……」
「だな……とりあえずこのスーパーに入って考えるか」
 イヴが着地した場所のすぐ近くにあったスーパーを指さし、そう提案する。その方が屋外にいるよりは見つかりづらいだろう。
「あ、そうですね。じゃあ入りましょう」
 イヴの賛同も得られたので、早速自動ドアをくぐって店内に入る。
「あうっ!」
 背後から、今日既に一度聞いているような声が聞こえた。振り返ると、案の定邪神が自動ドアに挟まれている。
「うぅ~、なんで赤外線は私を無視するんですかぁ~!」
 邪神には赤外線が反応しないんだろうか。今のところその説が濃厚だな。
 しかし、いつまでも自動ドアが微妙に開いていると周りの客に怪しまれかねない。さっさと助け出そう。そう思って一歩イヴに近づこうとしたところで異変に気付いた。既に多くの客の視線がイヴのことを捉えているのだ。不自然にちょっと開いたままの自動ドアではなく、明らかにイヴのことを見ている。……どういうことだ? 邪神の姿は人には見えないんじゃなかったのか?
「……おいイヴ。お前、普通に見えてるみたいだぞ」
「へ……? ふわっ、ほ、本当です⁉ いやあっ、恥ずかしいので見ないでくださいぃ~!」
 沢山の客の眼差しが降り注ぎ、羞恥の限界に達したイヴが荒ぶる。暴れてないでそこから脱出しろよ。……いや、恥ずかしさが先行して冷静な判断ができなくなってるのか。仕方ない。
「おいイヴ、落ち着け。とりあえず移動するぞ」
「ふぇっ? あ……」
 自動ドアに挟まれたままじたばたするイヴに近づき自動ドアを作動させると、イヴの手を引いて周りの視線から逃げるように店内の奥の方へと向かう。魚売り場の前辺りまで来ると、ようやくイヴが冷静さを取り戻してきた。
「あっ、ありがとうございます、麻枝さん。私、突然の出来事に混乱しちゃって……」
「ああ、それは別にいいんだが……一体どういうことだ? イヴの姿は、普通は見えないんじゃなかったのか?」
「はい、そのはずです。私は邪神としての力が弱いので、よっぽど霊感の強い人とかでない限りは見えないはずなんですけど……」
 ……ちょっと待て。それってつまり、俺めっちゃ霊感強いってこと? その事実初耳なんだけど。
「……あっ。もしかして……。あの、麻枝さん。今、不幸ですか?」
「……なんだ藪から棒に。でも、そうだな……」
 イヴと出会ってからの数時間を振り返る。書店で恥ずかしい思いをし、ベッドを炭にされ、空中高速移動で何度も死にかけそうになった。
「うん、不幸だな」
 疑う余地もなかった。
「や、やっぱり……。で、でも、これで原因がわかりました。多分、私が麻枝さんを不幸にしたことで、私の邪神としての力が増したんです。それで、霊感が強くない普通の人にも私の姿が見えるようになったんだと思います」
「誰かを不幸にすると、邪神としての力が増すのか?」
「はい。邪神は人間に不幸や災害を与えるのが仕事ですから。なので、性格的にあまりそういうことをしてこなかった私は邪神として凄く弱いんです」
 なるほど。それが、この数時間で俺に不幸を与えまくった結果、それなりに力を増したというわけか。まあ、イヴの力が増すのはいいことだろう。その力を使えば逃げやすくなるだろうし。
「あ、でも、力が増したってことは、存在感が増したということにもなるので、追手から見つかりやすくなるかもしれません」
 全然そんなことなかった。俺が不幸になってイヴも見つかりやすくなるって、なにもいいことねえじゃねえか。
「じゃあ、あんまりここに留まり続けるわけにもいかないのか」
「ですね。移動を繰り返しながら、その中で策を練るしかなさそうです。……ごめんなさい、麻枝さん。こんなことに巻き込んでしまって」
「……気にすんなよ。イヴだって、巻き込みたくて巻き込んだわけじゃないだろ? むしろ、あの炭化攻撃から命を守ってもらったわけだし、感謝してるくらいだ」
「でもっ、そもそも私と出会わなければ麻枝さんがあんな目に遭うことは――」
「そういうのは言いっこなしだ」
「あたっ」
 軽くイヴの頭を小突き、続ける。
「そんなたらればを言ったって仕方ないだろ。後ろ向きに考えるより、前向きに考えた方がいい。出会わなければなんて考えるより、俺たちがこうして出会ったことに何か意味がある、って考える方が楽しいだろ?」
「麻枝さん……! そう、ですね。後ろ向きに考えても仕方ないです。私たち二人でこの窮地を乗り切る方法を考えましょう!」
「おう!」
「――なに底辺邪神ごときが前向きに語ってんの?」
 俺たちが心を一つにした瞬間。底冷えのするような低い声が、背後から響いた。同時に俺の背中に冷たい何かが触れる感触。
「あ、動くなよ? 動いたらあんた、一瞬で炭だからな」
 その言葉で、姿は見えなくとも声の主を把握した。イヴを殺そうとしていた追手だ。いつの間にこんなに接近されてたんだろう。どうやら、もう逃げ場はないらしい。
「やっ、やめてください! 麻枝さんからその手を離して!」
 俺の背後にいるのだろうそいつに向かって、イヴが訴えかける。どうやら俺の背中に触れているのはそいつの手らしい。
「そもそもお前が逃げ出さなければこんな一般人を巻き込むこともなかっただろうが」
「そ、それは……」
「ったく、ろくに悪事もしねえ上に逃げてばっかりで、さらには一般人巻に感化されて前向き発言? ……どこまで邪神の名を貶めれば気が済むんだお前は!」
「う、うぅ……」
 荒々しい口調で責め立てられ、イヴは怖気づいて言葉を返せない。そんな彼女の姿が、かつての自分と重なる。
 昔の俺も、今のイヴと似たような経験をしたことがあった。クラスで一番野球の上手かったガキ大将に「なんでお前みたいな野球どころか運動もろくにできない奴があの大選手の息子なんだよ! お前みたいなヘッポコ息子じゃお父さんが可哀想だろ!」と詰め寄られた。当時の俺も、今のイヴと同じように何も答えられなかった。ガキ大将が怖かったのもある。でもそれ以上に、その言葉に反論できる場所がどこにもなかったのだ。運動が出来ないのは生まれ持ったものだけではなく俺自身のせいでもあるし、野球選手の息子として嫌でも注目が集まってしまう俺がここまでポンコツでは、父だって俺の知らないところでいくつも恥をかかされたはずだ。「お前の息子、超絶運動音痴なんだって? 野球選手の息子なのに残念だなー」なんて、そこかしこで言われていたはずだ。そう思ったら、返す言葉なんてなかった。全部、ガキ大将の言ってることが正しいのだから。
 その翌日から俺は、家に引きこもってずっと自問自答した。俺はいったい何者だ。俺が今生きている意味はなんだ。俺なんかいない方が、すベて上手くいくんじゃないか。みんな幸せになれるんじゃないか――
 そんな負の思考のスパイラルに終止符を打ったのは、母の一言だった。
「朋哉は朋哉だよ。野球選手の息子である前に、繊細で優しくて、賢いけど溜め込んでばかりで吐き出すのが下手な、ちょっと運動が苦手な男の子。それが本当の朋哉。本当の私の息子。私はずっと、朋哉のことを見てるからね」
 その言葉を聞いた瞬間、涙が止まらなかった。嬉しかったんだ。野球選手の息子ではない、ありのままの「麻枝朋哉」を見てくれている人がいたことが。俺に色眼鏡を向けず、ただの「麻枝朋哉」として接してくれる人がいたことが。母親としては当たり前のことだったのかもしれないが、それがどれほどの救いになったのかは計り知れない。その言葉がなければ、俺はとうの昔にこの世界を去っていたかもしれない。
 ……そして今、俺と近い境遇にある子が、かつての俺が取っていたかもしれない選択肢を取ろうとしている。出会って数時間だがわかる。この子は心優しい。やはり根本的に邪神に向いていない。今だって俺が人質にとられている現状、自分の命を差し出してでも俺を助けようとするだろう。邪神としては生きる価値のない自分だけど、最期くらい誰かのために。そんなことを考えているかもしれない。あるいは責任感のある子だ。これは自分の蒔いた種だから、責任は自分で取る。そんな風に考えているかもしれない。
 まあ、いずれにせよ。そんなクソ展開はノーサンキューだ。そんなことされて助かったってこれっぽっちも嬉しくない。助かるなら当然イヴだって一緒だ。心優しくて責任感があって、悪いことなんて一切できなくて、焦ったりテンパったりするとより可愛くなる、そんなどこにでもいるごく普通の「イヴ」という「少女」が、こんなところで死んでいい理由なんてない。俺を助けるためにイヴが身を差し出す必要もないし、そもそもイヴが至らない邪神として処罰される理由だってない。彼女は望んで邪神になったわけじゃない。たまたま邪神として生まれただけだ。なのに「イヴ」のことを邪神としか見ることができずに処分しようとする彼らのためにイヴが死ぬ必要なんて、誰がどう見たってないに決まっている。
「……おい、お前」
 もし、俺とイヴが今日こうして出会ったことになにか意味があるのだとすれば。
「イヴのことを馬鹿にすんのも大概にしろよ」
 かつて似た境遇にあった者として、イヴをこのクソみたいな現実から救うためだろう。
「……あんた、誰に口をきいている? オレは――」
「邪神だろ? だから何だよ。邪神ってそんなに偉いのか?」
「当たり前だ! 神だぞ!」
 なんだその受け答え。小学生かよ。
「気に入らない奴を処分していくような連中が偉いようには、俺は思えないんだがな」
「……黙れ。炭にされたいのか?」
「痛いところを突かれたら暴力に訴えるのか? 邪神ってのは野蛮なんだな」
「……言っておくが冗談ではないぞ。任務遂行のためなら多少の犠牲は黙認すると言われているからな」
「任務、ね……。なあ、それって本当にイヴを殺すことだけが解決策なのか?」
「……なに?」
「要はイヴが邪神じゃなくなれば、あんたらのメンツは保てるんだろ? なら別に、殺す必要はないだろ。神格を奪うとか、そういうことはできないのか?」
 漫画やアニメではそういう展開も結構見る。彼らが邪神とはいえ神だというのなら、それくらいはできそうなものだが。
「……神格の剥奪自体は可能だ。だが、剥奪後は二度と神には戻れない」
 ……なんだよ。ちゃんと殺す以外の方法があるじゃねえかよ。俺に言われるまでその方法が選択肢に入っていなかったっぽいところを見るに、やっぱり邪神ってのは野蛮なんだな。……でもまあ、他の選択肢が引きだせただけ良しとしよう。死を覚悟で喋りまくった甲斐があった。
「だってさ、イヴ。どうする?」
「……麻枝、さん…………」
「まだ「邪神」でいたいか? それとも、「イヴ」として生きたいか?」
 答えのわかりきった質問を、俺たちのやり取りをポカンと眺めていた当事者に投げかける。イヴはその問いかけに対して目尻に涙を浮かべながら、今まで一番の笑顔で答えた。

「イヴとして生きたいに、決まってます……! 神格なんていりません! 会ったばかりの私のためにここまで真剣になってくれる彼と……邪神としてじゃない、本当の私を見てくれるこの人と、私は一緒に生きたい……‼」

「………なら、好きにしろ。オレたちは、あんたが邪神でなくなるなら何でもいい。神格は既に剥奪したから、後はあんたの好きに生きろ」
 それだけ言い捨てるように告げると、そいつは俺の背中から手を離し、忽然と姿を消した。魚売り場の前には俺とイヴだけが残る。かなり目立ちそうなやり取りをしていたはずだが、不思議なことに俺たちの方に注意を向けている客はいない。神の力だろうか。
「にしても、まるでプロポーズみたいだったな、イヴ」
「へ? ……あっ、あわわわわ! ちっ、違います違いますそういう意図があったわけじゃないです言葉の綾的なやつですでもそういう気持ちが一ミリもなかったかと言えばそうとは言い切れなくてああああ私なに余計なことを忘れてくださいぃぃ~!」
 ……いや、軽くからかったつもりなのに慌てすぎだろ。途中から何言ってるかよく聞き取れなかったぞ。
「お、落ち着けイヴ! ちょっとからかっただけだから! そういうつもりじゃなかったのはわかってるから!」
「え……? もっ、もう~! そういうのやめてくださいよ麻枝さん~!」
「悪い悪い」
 全ては慌てたイヴが可愛いのがいけない。今後もそれが見たくてついからかってしまうかもしれないな。
「……本当に反省してます?」
「してるしてる」
「……なら、許します。それと……今回は、本当にありがとうございました。麻枝さんがいなかったら、私はきっと今頃……」
「だから言っただろ? 俺とイヴが出会ったのには、きっと意味があるって」
「……はいっ、その通りでした! 多分、麻枝さんとの出会いは、今後一生忘れないと思います……!」
 そうだな……今日以上に濃い一日は、そうそうないだろう。俺にとっても、きっと一生忘れられない一日になる。そんな気がした。
「……じゃあ、改めて。これからよろしくな、イヴ」
「はっ、はい! こちらこそよろしくお願いします! まえ……朋哉さんっ」
 ……おまっ、その不意打ちはずるいだろうが……。
「えと、では、よろしくお願いしますの記念に、私の秘密を一つお教えしますね」
 イヴも自分で言って少し恥ずかしかったのか、やや強引に話題を変えようとする。俺も恥ずかしいので、それに乗っかる。
「……なんだ?」
「私、邪神の中では若輩者って言いましたけど……実は、それでも二百四十歳なんですよ」
「…………」
 ……あの、うん。そこに関しては、きっと何も知らない方が幸せだったんだろうなぁ……。

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第三十三回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.08.08(Tue) 00:00
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