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新堂乃彩の騒がしき日々

 待ちに待った放課後、あたしはさようならの最後の「ら」を発音すると同時に弾丸のごとく教室を飛び出す。平井くんを、何としても今日は平井くんをとっ捕まえなければならない。貸したものを返してもらわねばならないし、それ以上に、平井くんに訊かなきゃならないことがある。今日を逃してはいけない、今日のうちに平井くんを捕まえて、一ヶ月かけて鍛錬した必殺のキラキラきゅるるんスマイルをその脳の皺として刻み込んでやらなければ!
 勢いよく三組の扉をオープン!

「お、新堂さん」

 早見なんとか、とかいう男子がえらく高い位置から笑顔を向けてくるがそんなものはどうでもいい。

「平井くんは!?」

「その辺にいると思うぞー」

 くるり、と早見なんとかが振り返る前にあたしは見つけていた。
 嘘みたいに似合わないメガネ、もっさりした黒髪、お辞儀してるのかと見間違うほどの猫背。病み上がりばりに青白い肌。
 あーんもう、今日もなんて冴えてないんだろう平井くん。そういうところも大好きっ。

「平井くーん」

 ぬうーん、と効果音がつきそうな速度で平井くんはあたしに焦点を合わせた。

「お……新堂さんだあ」

  おっそい。返事おっっっそい。でも堪らない、この天然焦らしプレイ。

「一緒に帰ろ!」
「……あー。いいね。そうしよう」
「うんっ」

 ッシャオラァっと全力の雄々しいガッツポーズは胸の中にしまって、まずは控えめなキラキラきゅるるんスマイルレベル1をお見舞いする。平井くんは……ぬぼーんと曖昧に微笑んだまま特に変化なし。まあ、ジャブ程度のつもりでしかなかったから予想の範囲内。戦いはここから、学校の最寄り駅までゆっくり歩く30分が戦場になるのだ……。
 頑張れ新堂乃彩、華の高校一年生。今日こそは平井くんのハートを掴んでみせる!

   *  *  *

 先手必勝。

「平井くん、終業式に貸したもの持ってきた?」
「あー。うん。……ちょっと待って」

 リュックをゆーっくり体の前に回して、ごそごそと中を探っていく平井くん。どこかナマケモノを彷彿とさせるスタイルだ。探りながらも歩くのをやめないものだから危険極まりない。

「平井くん電柱」
「ん?……ああ。ありがとう」

 すいー、と顔を上げ、にやー、と笑い、電柱を避けるとまたリュックの中に意識を持っていく。この笑顔がまたどうしようもなく気持ち悪いというか、何というかこう、恐ろしく、キモい。尋常じゃない。べったべたの脂の妖精ですって感じのキモさ。それはそれで才能なのかもしれないというレベル。でも正直人のことは言えないのだ。だってあたし、この笑顔を見るとどうしようもなく胸の奥がぴりぴりってする。もっとずっと見ていたい……は言い過ぎか。キモいし。でも知らず知らずに顔がほころんで、デレデレというか、なんかもうほとんどスケベ親父みたいな顔に――。
 危ない、気を引き締めて乃彩。せめてこの30分だけはキラキラきゅるるんスマイルを死守しなくては……。

「あー。あったあった」
「あった?」
「うん、あったー。忘れてきたかと思った」

 あたしもそう思った、どんだけ探すのよ、というセリフをすんでのところで嚥下。

「はい、これー。お世話になりました」

 差し出されたのは手の平サイズの四角いダンボールの箱。渡した時のままだ。開けて一応中身を確認すると、キューピッドの入った小さなスノードームが、これもまた渡した時と同じようにプチプチに包まれて入っている。

「うん、確かに受け取ったよ」

 にやあ、とスケベ親父顔になるのを必死に押しとどめつつ、キラキラきゅるるんスマイルレベル2を放つ。平井くんは……相変わらずぬぼーっとしたまま変化なし。ですよね。知ってた。そんなに敏感な子じゃないもんね平井くん。もう。ますます好きになっちゃう。
 ダンボールの蓋を閉めながら、これを平井くんに渡した日のことを思い出した。

 ――新堂さんさあ。恋に効くおまじないって知らない?
 ――こっ、恋に効くおまじない!?
 ――うん。好きな人がいてさ。
 ――へっ、へええ?そうなんだ?ふううん?い、いいい、いいじゃん??
 ――うん。だから、何かよく効くのないかなあ、って。
 ――そっそっかあ、でもあたしそういうの詳しくなくて残念だけどおまじないとか……あっ。

 そう。あったのだ。おまじないっぽい奴がひとつだけ。
 二年前、常人の目には映らないモノを『視る』ことができた……ということにしていた厨二病真っ盛りの痛々しいあたしは、街の片隅にひっそりとあったアンティークショップでなけなしのお小遣いを注ぎ込んだのだ。このスノードームに。「売れても売れても戻ってきてまうんよコレ。せやから安うしとくわ」といううさんくさーい店主のおじさんに釣られて。売れても売れても戻ってきてしまう、キューピッドを閉じ込めた曰くつきのスノードーム、なんて。厨二病真っ盛りのあたしが力を見出さないわけがない。興味深いじゃない、と意味ありげに微笑んで買い取ったはいいものの、やっぱりなんとなく怖い気がして、開けずに箱のまま放っておいたのを、その時になって思い出したのだった。

「ちゃんと言った通りにした?」
「したよ。新月の夜から、東向きの窓に置いて。満月の夜に、南向きの窓辺で、好きな人の名前を三回。それから、スノードームをゆっくりひっくり返す、でしょ?」
「そうそう」

 おまじないが完全にあたしの創作なのはこの際どうでもいい。効くかどうかはどうでもいいし、むしろ相手があたしならおまじないなんていらないのだ。他の相手なら、むしろ効かないでほしい。というか、誰の名前を唱えたのよ、と胸の奥の小さな乃彩が所狭しと暴れているが黙殺。それが今日のポイント、唯一にして最大のポイントだ。でもさりげなく、周辺から攻めていこう。ここで焦っては聞けるものも聞けな……。

 ……うーん、どうだろう?
 案外ぬぼーっと喋ってくれちゃうのかも……?

「それで、平井くんは――」

 ……いや、ダメだ。はしたないぞそんなの。万が一、万々々々が一でも、嫌われたらもう生きていけない。特大パフェの二つや三つもないと立ち直れない!

「――何か変化あったの?」
「うん。あったよ」
「えっ」

 なんですと……!?
 夏休みの間、平井くんには一度も会ってない。だったら効果が出たのは、別の相手ってことになるじゃない……!?

 いいえ、落ち着いて乃彩、リラックス。動揺した時こそキラキラきゅるるんスマイルだ。

「ど、どんなこと?」
「うーん。新堂さんになら言ってもいいかなあ」

 いや、うん、それはそれで嬉しいけどっ、そうじゃないんだよねっ!

「うん。聞かせて?」
「あのー。うーん……つまり、はさまれるんだよ」
「へっ?」

 はさまれる。
 …………挟まれる?

「挟まれるんだよ。自動ドアに」

 自動?ドアに?

「待って。恋のおまじないをして……それで、自動ドアに挟まれるように、なったの?」
「うん」
「ええ……???」

 いやいやいや、待ってちょっとそれは待って。そもそも私の目に何かが『視えた』……ってことになってるだけのスノードームであって、実際の魔法だのおまじないだのとは何も関係ないはずじゃ……。

 ――売れても売れても戻ってきてまうんよコレ。

 まさか。
 このスノードームをひっくり返した人は自動ドアに挟まれるようになるという呪いが……!?

「いやねーよ」
「ん?」
「あっ!?う、ううん、なんでもない、気にしないで!」
「うん」

 よし、オッケー。平井くん気付いてない。ナイス鈍感。

「えっ、それで、どのくらい挟まれてるの?」
「いつも」
「……いつも?」
「うん。おまじないの後、挟まれなかった試しがない」
「……嘘でしょ?」
「いや、僕もそう思いたいんだけど」

 ほら、と平井くんはワイシャツの袖を捲った。肘を中心に、腕の外側にいくつか痣がある。まるでキスマークのようだ、と一瞬思ってすぐに打ち消した。そんなわけない。とんだ肘フェチでもない限りこんなところにキスマークなんかつけないだろうし、それにどう見たってこれは痣だ。痛そうに見える。

「……えい」

 ぎゅっ。

「いたっ」

 平井くんは顔をしかめた。確かに痛そうだ。

「ごめん」
「うん。いいよ」
「……平井くん、あの、もしかしてそういう趣味とか……」
「ないよ」

 即答。

「ですよね……」

 そんなのあったら完全に平井くんへの愛が冷めるところだった。平凡を極めてる平井くんだから好きなのに。そんな分かりやすいアブノーマルさがあったらつまらないぞ。

「挟まれたくて挟まれてるんじゃあないんだよね。痛いし、その辺の人がみんなこっち向くし、正直とても困る」
「そりゃそうだよね。うーん……なんで自動ドアなのかなあ」
「なんでかなあ」

 ぽつんと平井くんが言う。流石にちょっと同情してきた。あたしがおまじないなんて教えたばっかりに、平井くんはこのキスマークのような痣を負い、自動ドアを通過するたびに衆目を集めることになったのだ……。

「もっと他のものでも良さそうだけどね」
「うん。マシュマロとか」

 何故マシュマロなのか。

「マシュマロ好きなの?」
「うん。挟まれても痛くないし」
「あー確かに。好きなもので柔らかいものなら挟まれてもいいかなあ」
「そうだねえ…………ん?」

 ふっと、唐突に平井くんは歩みを止めた。

「どうしたの?」
「……あの日、風邪ひいてたんだよ」
「風邪?」
「うん。だから物凄い鼻声で、ちゃんと名前が伝わらなかったのかも」

 突拍子もない、とは思ったけど。

「……なるほど?」

 あるかもしれない。

 願いを叶えてくれる何か、というか自動ドアに挟ませる何かかもしれないけど、とにかくそれがスノードームの中で聞き耳を立てているなら、そういう事態も起こらなくはない、かもしれない。そしてスノードームの中には、キューピッドが入っている。考えてみればキューピッドは愛の神様だ。それが平井くんの好きな人を聞き届けて、しかも「自動ドア」と聞き間違えてくっつけているなら、そう考えるなら筋は通るかもしれない。
 キスマークみたいな痣。

 ……本当に、ありえるかもしれない?

「ええー。僕、自動ドアと結ばれちゃったのかなあ」

 しょぼーん、という効果音が聞こえそうなほどの顔で平井くんは言う。結局この事態を引き起こしたのは自分だったと思い出す。もしこの先平井くんが自動ドアに挟まれ続ける一生を送ることになったらどうしよう。周りの人は平井くんを変な目で見るだろうし、それでもキューピッド(仮)は平井くんを自動ドアに挟み続けるだろうし。いや、縁結びじゃなくてただの災いだし、なんかもうキューピッドというより邪神だよねこれ。邪神(仮)だよ。
 なんてものを呼び覚ましちゃったんだあたし……。

「はぁ……」

 平井くんの憂鬱な溜め息。おまじないなんて、適当なこと言わなきゃよかった。平井くんは何も知らなかった方が、もしかすると。

 いや、でも。

「大丈夫だよ!」

 とびきりのキラキラきゅるるんスマイル、一気にレベル5だ。

「あたし、このおまじないの解き方がないかどうか調べてみる!」
「え、あるの?」
「それはまだ分かんないけど、それかもっと強いおまじないを見つけて上書きしちゃえばいいんだよ。そしたら、自動ドアも諦めてくれるかもしれないじゃん!」

 今、この困っている平井くんに親切にしておけば、間違いなく……好かれる!!

「そうかなあ」
「そうだよ、諦めるにはまだ早い。平井くんは今のところ、自動ドアをなるべく使わないルートと、挟まれても出来る限り痛くない方法を考えたらいいんじゃない?」
「それは、確かに」
「ね?」
「……うん」

 にやあ、と平井くんは笑った。心持ち深めの笑み。相変わらず気持ち悪い。でも、なんだか、いつもよりも柔らかくて温かい感じがするのは、気のせい?

「ありがとう、新堂さん」
「……うんっ」

 キラキラでもスケベでもない自然な笑顔が、あたしの顔に浮かんだ。

   *  *  *

「さて……それでだ」

 目の前には鞄から取り出したスノードーム。しゃかしゃか振ると、中のキラキラが部屋の照明を反射して眩しいくらいだった。確かに綺麗で、欲しくなる。あの時のあたしの目は間違ってない、けど。平井くんが鈍感とぼんやりを極めしものだったからよかったものの、下手をすればこれのせいで、あたしは平井くんに嫌われるところだった。好かれるどころの騒ぎじゃなくなるかもしれなかったし、そうでなくたって今、平井くんに自動ドアがチューしまくる(?)事態を招いている。
 許されないぞ邪神(仮)め……!

「割っちゃうか」

 呪いがこのスノードームを起点に発生しているなら、いっそ割っちゃった方が話が早い気がする。そうとなればやることはひとつだ。
 トンカチどこにあったっけな……。

「ちょお! 嬢ちゃんタンマ! タンマや!!」

 ……え?

「割るのはよしてくれへんかな? 嬢ちゃん??」

 振り返ると、声はスノードームの方から聞こえた。紛れもなくそこから声は聞こえていた。ありえない。ありえないけど、自動ドアに愛されている平井くんを見た後だとなんとも言いにくい。多分、そういうことだ。
 認める。スノードームがあたしに話しかけてる。恐らくは件の、邪神(仮)だ。

 でも、これって物凄いチャンスなのでは?

「なるほど、平井くんに呪いをかけた上にあたしまで騙す気なのかこのスノードーム……」
「おいおいおい! 騙すなんてそんなん考えてへんわ! なあ! 話だけひとまず聞いてくれ! 後生や!!」
「あ、トンカチあった」
「うわああああ! やめろ助けてくれ! なんでもする! 出来ることなら何でもする!!」

 にやあ、と口の端が上がる。勝った。

「なんでもするって言った?」
「言った! 言いましたから! なあ嬢ちゃん頼む! 頼むからそれこっちに向けんといて!!」
「よし。いいよ。向けない」

 あたしは学習机の椅子に座って膝の上にトンカチを置いた。まじまじとスノードームを見つめてみたけど、外見には何も変化がない。どうも動くわけではないらしい。

「で、あたしに喋りかけてるのはあんたでいいの?」
「せやで。スノードームの妖精、キューピッドちゃんや……あああすんまへん! ふざけんのやめる! せやからトンカチ下げてくれ!!」
「……それで、あんたは平井くんに何したの?」
「あん? 平井ってあれか? この前変な願掛けみたいなんしてきよったキモメガネか?」

 邪神(仮)の声があからさまに嫌な感じを帯びる。でも願掛けってまさか、平井くんのあの笑顔を至近距離で拝んだのかこの邪神(仮)。ちょっと。かわいそ羨ましいぞ。

「そういう言い方しないでよ。合ってるけど」
「合ってんかいな」
「うるさい」
「へいへい。せやけど、なーんもしとらへんで」
「……本当に?」

 なんでだろう、こいつの関西弁はめちゃくちゃ胡散臭い。

「いやいやいや、一歩間違えればトンカチがドッカーンってな状況でそんなつまらん嘘つかへんよ……いや、ホンマに何もしてへんて! それは保証する!!」
「じゃあ、あんたにはどんな呪いがかかってるの?」
「呪いぃ?」

 んなアホな、と邪神(仮)は呆れ満点に言う。

「こちとら何の変哲もない一介のスノードームやで。呪いもなんもあらへんわ」
「何の変哲もない一介のスノードームは喋らないでしょ」
「付喪神って知らんの?」

 ああ。愛着を持って長く使ったものには神が宿る、というのは聞いたことあるけど。

「あんた、付喪神なの?」
「ま、超のつくレベルで若いけどな。せやから波長の合う奴としか喋られへんけど、見る分聞く分には問題ないねん」
「ふうん。……なんだ、別に縁結びとかできるわけじゃないんだ」

 じゃあひとまず、平井くんの願掛けで他の誰かと結ばれたという線はなくなったわけね。

「お? まさか、あの平井ってやつがぶつぶつ言うてたのそれか?」
「……あ」

 それ。今日平井くんに聞きそびれたやつ。平井くんはスノードームが喋ったという話はしていなかったから、会話はしていないのだろうけど。

「なんて言ったか聞いてた?」
「おお? なんや気になるんか?」

 ふふん、と邪神(仮)もとい付喪神(仮)は言う。

「ひとつだけ応じてくれたら、あんたに教えたるわ」
「……何?」
「元の店に売り払ってほしいんや」

 真剣な声で付喪神(仮)は言った。

「……え、それだけ?」
「せや。それだけでええ。ひとまずは約束してくれれば十分や。何しろ、正直言うてはっきりとは聞こえんかったからな……」
「鼻声で?」
「そういうこっちゃ」
「分かった、明日にでもそうする」
「おおきに」

 その言葉はひどく優しくて、なんだか少し不安になるくらいだった。

「じゃあ言うで。あくまでも、そう聞こえたってだけやからな」

 ゴクリ、と唾を飲み込む。

「あいつ言うたんはな、えーと……『ぇじどおぁんどぅおま、ぇじどおぁんどぅおま、ぇじどおぁんどぅおま』みたいな感じや」

 ……は?

「……いやちょっと! 嘘やないで! トンカチに手えかけんのやめてくれ! おい!!」
「いやいやいや、縁結びのおまじないで相手の名前を三回唱えるんだよ!? 誰なの『ぇじどおぁんどぅおま』って!」
「知らんがな! もうありえんぐらいの滑舌の悪さと鼻づまりでホンマに何言うてんのか分からんかったんや! リスニング力の限界や!!」
「ぐぬぬ……」

 そう言われてしまうと仕方ない気がしてくる。にしても「ぇじどおぁんどぅおま」って誰?響きの似ている人名ってあるかな。ぇじどおぁんどぅおま、ぇじどおぁんどぅおま……。

「……あーんダメだ、どうあがいても自動ドアに聞こえる」
「ハハハ、なるほどな! 近い、めっちゃ近いわ」
「平井くん、あの日以降自動ドアに確実に挟まれる体質になったんだって」
「……へ?」

 分かる、分かるぞその反応。あたしも身に覚えがある。

「本人は縁結びの神様が自動ドアと聞き間違えたんじゃないかって言うんだけど」
「ぶふっ」

 うわ、噴き出すスノードームはじめて見た。

「ま、いろんな神様おるし、空耳する神様もおるんちゃう? ウフッ……自動ドアと縁結びってのも珍しいやろけどな、ンフフッ」
「笑いごとじゃないんだけど」
「すまんすまん。…えーっとあんた、名前は?」

 笑いを含んだまま付喪神(仮)が問う。

「今更?」
「こんなおもろい話聞かしてくれたん、初めてやもん。名前知らんのは失礼や」
「何その理由……新堂乃亜だよ」
「え?自動ドア??」
「違うわ!新堂乃彩!!」
「ジークンドーのプロ?」

 ふざけてんのか!

「あんた本当にリスニング力ないな!!」
「ああせやで! すんまへんなあ! でもホンマに自動ドアって聞こえててん!」

 ぷんすか、という感じで付喪神(仮)は言った。怒りたいのはこっちの方だけど、というかもう怒ってるけど、もしかするとスノードームだから五感がそんなに敏感なわけじゃないのかな、とか思うと微妙に詰りにくい。なんてめんどくさいんだ付喪神、全然設定が分からないぞ。

「……まあしかし、なんやな。あんたの名前が自動ドアだったら、今頃そのキモメガネとくっつけてたんやろうけどなあ」

 ……あっ。

「その手があったかー!!」
「ええ!?」

 なんで気付かなかったんだろうあたし!

「いや、後からの改名で成立するかは知らんで!?」
「いーや上手くいく! 今日からあたしは自動ドア! 新堂自動ドアになるわ!」

 何を迷うことがあるというのか。今日からあたしは自動ドアだ、そうすれば神様が変換の予測候補にこのあたしを入れることになる。無機物である自動ドアと縁を結んじゃうアホな神様なら、自動ドアって名前の女の子と縁を結んでくれたっておかしくない。いける、いけるぞこの作戦……そしてあたしは新堂自動ドアから平井自動ドアになるんだ……!

「いや、うーん、止めんけどな、止めんけど……うーん……どうかなあ……」
「いーいのよ! 大丈夫大丈夫! あたし絶対平井自動ドアになってまたあんたを買いに行くから!!」
「はあ……そか……」
「ようし、明日は役所に行くぞー!!」
「こらあ! もうちょっと考えてからにせえー!!」

 頑張れ新堂自動ドア、華の高校一年生。平井くんの苗字を貰うにはそれしかないのだから!

   *  *  *

「はあ……」

 深夜、新堂乃彩の規則正しい寝息を聞きながら嘆息する。曰くつきのものほどよく売れると考えた骨董屋の店主の悪ふざけから生まれた自分だが、ここまでふざけた話は聞いたことがない。人生初だ。いや、神生初だ。

「自動ドアに好かれたキモメガネと、そいつに好かれたい自動ドアみたいな名前の奴、縁結びをしたと勘違いされたキューピッド入りのスノードームの付喪神、なあ。こんなん嘘やと思われてもしゃあないわ。ま、言うけど」

 あいつはこの話を聞いたらどんな顔をするだろうか。例の創作ノートだかなんだかに小説として書いて、読ませてくれるだろうか。もう二年ほど会っていない顔がどこかとても懐かしい。少しばかり薄暗い店内、汚いショーケースのガラス、胡散臭いあいつの喋りやレジのチーンという音。毎日のように喋り相手をしてやっていたあいつは、この二年間何を相手に寂しさを紛らわせていたのだろう。自分は付喪神だから眠っていることができる。でもあいつは、人間の眠りは日の昇る度に覚める。

「あいつ、何してんかな」

 空に掛かる丸い月、あいつも見てるんやろか。

   *  *  *

「いて、て、て」

 爪楊枝を束ねて、青あざの上を満遍なく突っつく。こうすると、治りが早いらしい。というのをネットで見たけれど、確かに今までより消えるのが早いような気がして、毎晩几帳面にトントンしている。正直言ってダメージが少ないとは言い難い。でも、本当に自動ドアと結ばれているというより、恋愛成就のために下された試練か何かなのだと思いたい。これも全て、彼女と結ばれるためだ。
 壁に貼ったポスターを見つめる。本人のサイン入りだ。

「待っててね、ポーレット」
 真っ白な肌、透き通るような銀色の髪に、翡翠色の瞳。ポーレット・アルデマーニはイタリアとフランスのハーフで、女優で、僕が思うに、世界で一番美しい人だ。ポーレットと結ばれるなら、僕は何度自動ドアに挟まれたって構わない。まあ、少ないに越したことはないけど。こんな恋、応援してくれるのは新堂さんくらいだ。今ちょうど、ポーレットが主演の映画が上映中だから、明日にでも誘ってみよう。
 月を見上げる。

「神様、どうか彼女と僕をくっつけてください」

 本場っぽく発音しないと。

 ぽーぇっとぅ、ぁうどぅぉまー。

   *  *  *

「Porta automatica? Perché?(自動ドア?何故に?)」

 思わずそんなことを声にしてしまった我はクピド、愛の神である。羽の生えた全裸の幼児ではなく、翼を持つ全裸の美青年である故、しかと心得るよう。しかし、そんなことはどうでもよい。我に願いをかける者は多く、ここ数十年でその中身も随分と変化してきたわけだが、ここまで珍妙な願いは未だかつてない。ポルタ・オートマティカとな。このような願い、人生初、否、神生初である。
 彼奴にはどうも彼奴を好いているものらしい女がいるが、どうもあまり美しくない。時折好色な爺のような顔で笑う。あれの想いに免じて結んでやっても良いのだが、果たして生まれ来る子の顔面を思うと気の進まない次第である。その上彼奴が結ばれたいと願っているのは自動ドア。どう見てもあれが不憫でならぬ。余程自動ドアに挟まれ続ける方がよかろう。所詮、我は愛の神にして、幸福の神にあらず。我は我にかけられた願いを満たしてやるのみである。宿命は既に決し、人も神もそれを逃れることは出来ぬ。

「Vabbe……”Non è bello ciò che è bello, ma è bello ciò che piace”,
no?(まあよかろう……「美しきもの必ずしも美ならず、好むものこそ美なり」か)」

 我は満ちたる月より、その行く末を眺む。

   *  *  *

 新堂乃彩、起床! 今日も素晴らしい朝がやってきた!
 というのも昨日、寝付く前に思いついたことがあったから。
 昨日、付喪神(仮)が平井くんの言ったことを教えてくれたとき、あたしが自動ドアにしか聞こえないと言ったら、めっちゃ近い、と返事があった。これがひとつめのポイント。二つ目のポイントは、あたしが自分の名前を言った時に、自動ドアと聞き間違えられたということ。つまり、平井くんがお願いした名前は、正直訳分からなすぎてなんて聞いたのか忘れちゃったけど、とにかく、付喪神(仮)には自動ドアと認識できるような名前で、あたしの名前もあいつには自動ドアと認識できるような名前だってこと。
 つまり、平井くんが口にした名前は、「新堂乃彩」である可能性が高い!!

「ひゃっほー!」
「なんや、浮かれとるやないか」

 勉強机の上から例の胡散臭い関西弁が聞こえる。でも全然嫌な感じしない。むしろこんな重大な事実を私に教えてくれてありがとうって感じだ。

「あたし今日、平井くんに告白する!」
「ええ!?」

 一瞬、スノードームがほんの僅かに跳ねたように見えた、気がした。

「まったえらい急やな、何かあったか?」
「なんにもないよ、ただそうしようって思っただけっ」
「はあ……まあ頑張りや……」
「うん!」

 やれやれ、と言わんばかりの付喪神(仮)を尻目に、あたしは制服をテキパキ着ていく。
 待ってて平井くん。あたし、君に告白するよ。

   *  *  *

 映画に誘われるまで、八時間。
 好きな人を知るまで、三日。

 ああ。

 誰も、何も、知らない方が。きっと。

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第三十三回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.08.08(Tue) 00:00
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