FC2ブログ
« 2014 . 12 »    1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | CM(-) | TB(-) --.--.--(--) --:--

森のクリスマスツリー

   森のクリスマスツリー


 冬を迎えた森は、一日じゅう雪が降って、降り積もった雪はマシマロのようにふかふかしています。森にすむ動物たちはそれを一歩ずつ踏みしめながら、みんなが集まる広場へ歩いていきます。
 広い森のまんなかには、とても大きい木が一本、森に傘をさすようにして立っています。動物たちは木の下にすわって、たくさんお話をします。今日はリスが、朝から何やらそわそわとしています。何かみんなに話したいことがあるようです。
「ねえみんな。そろそろクリスマスがくるね」
 動物たちは、森にやってくる木こりや花を摘みに来る女の子たちから、人間がふだんどんなことをして暮らしているか教えてもらっていました。そしてこの前、クリスマスという日があることを聞いたのでした。
「人間たちはいいなあ。サンタさんから、プレゼントがもらえるんでしょう? ぼくも、こうらに付ける新しい飾りがほしいよ」
 川から上がって来たカメが、こうらにくっ付いているボロボロのリボンをながめて言いました。ほかの動物たちもプレゼントが欲しいようです。みんなが頭の中で、自分の欲しいものを想像し始めました。
 そんななか、リスだけはもどかしそうな顔をして、そこいらを走り回っています。そしてふいに大きな声を出して、みんなの注目を集めました。動物たちは目をぱちくりさせながら、リスを見つめています。
「プレゼントもいいけれど」リスは楽しそうな顔で話します。「みんな、クリスマスツリーを作ってみないか?」
 それを聞いた動物たちは首をかしげました。クリスマスのことは知っていましたが、クリスマスツリーのことは知らなかったのです。木の実を潰してジャムを作っていたキツネが、「クリスマスツリーって、なあに?」とたずねました。
 リスは、えへんとせき払いをしてから、この前初めて知ったというクリスマスツリーの話を始めました。
「この前ちょっと町へ行ったときに、パン屋さんの前にきらきら光る植木があるのをぼくは見つけたんだ。そう、ちょうどここの木みたいな、てっぺんのとんがった木だったな。こんなに大きくはないけれど。それでその木には、宝石みたいにかがやいているボールや、金色のすず、真っ赤なバラの花、おいしそうな木の実とか、素敵な飾りがいっぱいしてあった。てっぺんには星をかたどった飾りがあって、空から落ちて来て突き刺さったみたいになっていた。ぼくがその木を見上げていると、突然ぴゅうっと風が吹いて、その飾りが揺れて光ったんだ。きれいだったなあ。光の粒が、降っていた雪の中にやんわり染み込んでいったみたいだった。それをきれいだと思ったのは、どうやらぼくだけではなかったみたいだね。いつの間にか、パン屋の前には人だかりができていて、みんなが幸せそうな顔をして、飾られたその木を眺めていた。きっとぼくも幸せな顔をして、木に見とれていたと思う。あとでその木のことをパン屋のご主人にたずねてみたら、その木はクリスマスツリーというもので、クリスマスになると人間たちは木に飾り付けをしてツリーを作るんだってさ」
 話が終わると、リスは自慢げな顔になって、素敵でしょ?とみんなをながめ回しました。
「とっても面白そう! 私も飾りつけをやってみたい!」
 ウサギはその場で跳ねながら、わくわくしたように言いました。ウサギだけではありません。ほかの動物たちも、リスの話を聞いてクリスマスツリーに興味しんしんのようです。カメはこうらに付いているリボンを見せて、これも飾りに使えるかなあと話していてます。そのうちに、ツリーを作ってみたいという声が、あちらこちらから出てくるようになりました。
 見はからったようにリスは切り株の上に登ると、みんなを見渡して言いました。
「それで、きいてみたいのだけれど、今年の冬は森のみんなでクリスマスツリーを作ってみようよ。ここの木を飾りつけて、森にやってくる人や動物たちに見せてあげるんだ。きっとみんな、おどろくぞ」
 すると動物たちの目はもうらんらんとかがやいて、頭の上で枝を伸ばしているおおきな木が立派に飾り付けられた様子を夢見ていました。その場にいた動物たちはみんな、ツリーづくりをやると決めたようでした。
 ただ、カラスだけは、クリスマスツリーを作るのをやらないようです。リスがどうしてだいとたずねるとカラスは、
「鳥は光るものが苦手なんだ」と笑って、ねぐらにさっさと帰ってしまいました。


 クマは川べりで魚を取りながら、クリスマスツリーの飾りつけのことを考えていました。クマの住んでいるところには、きらきらしたボールや光るすずはなかったので、一体何をツリーに飾り付ければよいか、迷っていたのです。考えごとをしているので、魚はうまく取れません。近くにいるカワセミやカモが、クマの横でどんどん魚を食べてしまっています。
「クマさん。あんまりぼうっとしてると、ぼくたちがお魚ぜんぶ食べちゃうよ」
 カワセミが言っても、クマはうーんとつぶやいたきり、また考え込んでしまいます。カモに「一体なにをなやんでいるの」とたずねられて、クマはようやくツリーのことを話しました。
「きらきら光るものなら、クマさんでも持っているじゃないか」カワセミたちは笑いました。「お魚は遠くから見ても、かがやいているよ」
 それを聞いたクマはハッとして、それからは一生けんめい魚を取りました。食べるものがなくなったので、カワセミたちは川下のほうへ去っていきました。
「そうか、お魚かあ。なんで気が付かなかったのだろう、ぼくはこんなに素晴らしい飾りを持っていたのに!」


 ウサギは自分のねぐらに帰ると、身体に生えている真っ白い毛を口や手を使って抜き始めました。ウサギは、自分の体毛をツリーの飾りに使うようです。
「これだけ白くてふわふわなら、きっといい飾りになるわ」
 ウサギはもう張り切って、毛を抜いていきます。ふわふわの毛が、ウサギのねぐらには高く積まれていきました。反対に、ウサギのからだは毛が抜けて細くなっていきます。あれだけ大きい木なのだから、きっとたくさんの毛が必要だといって、ウサギはずいぶんたくさんの毛を抜いてしまいました。
 夜になってねぐらの中が冷えてくると、ウサギは大きなくしゃみをしました。その勢いで、いくつかの白い毛は外へ飛んでいきました。
「待って、私の飾り!」
 ウサギは慌てて外へとかけ出していきました。


 カメは季節の変わり目ごとに、全身の皮をつるん、とむいて脱皮します。その皮のうち、こうらの部分だけをカメは取っておきます。カメのねぐらには、こうらの形をしたとうめいな皮がきれいに何枚もならべられていました。皮は日の光を受けて、ダイアモンドのようなあわ白い光沢を放っています。なめらかな曲線を伝って、そのかがやきが今にもどろりと流れ出てきそうです。
「うん、とってもキレイだ。これならみんな喜んでくれるはずだ。それにしても、取っておいてよかった。これくらいしか、飾りつけに使えそうなものが無いからねえ」
 カメはこうらの皮を背負うと、森の広場に向かってだれよりも早く出かけて行きました。


 カラスは町の方へ飛んでいきました。近所に住んでいるハトもいっしょです。
「今日は何をするの? またゴミでもつっつきに行く?」
 ハトはカラスにたずねました。ハトはカラスとよく町へ遊びに行きます。たいていハトは先に帰ってしまいますが、カラスは夜遅くなるまで町にいることがしばしばでした。
「いや、今日はクリスマスツリーを見に行く。人間たちがどんなものを作っているのか、きょうみがわいた」
 それを聞いてハトはびっくりしました。
「ええ! だってぼくらは鳥だぜ。きらきら光るものを見たら、とてもたえられないよ」
 カラスは笑います。そして、とくいげに答えます。
「鳥は光るものがキライさ。けれども、カラスはきらきら光るものが大好きなんだ」
「だったら、どうしてみんなと一緒にツリーを作らないんだい?」
「それはね……」
 カラスは町に向かう途中で、ハトに理由を話しました。二羽の鳥は並んで飛んで、町のさわぎの中に溶け込んで行きました。


 いよいよクリスマスツリーを飾る日がやってきました。森の広場では、リスが一人でみんなが来るのを待っています。
 やがて、最初の動物がやってきました。背中につやつやしたものをのせて、のんびりと歩いてきます。一番乗りはカメでした。
「カメさん、カメさんは何を持ってきたの?」
「ぼくはこうらの皮を飾りつけにしようと思ってね。ぴかぴかしてて、きっと良い飾りになるよ」
 リスはカメから皮を預かると、ツリーの上に登って、せっせと取り付けてみました。ツリーの下からながめていたカメは、ツリーの上にきらきら光るものがあるのが見えました。それこそカメのこうらの皮だったのです。こうらの皮は太陽の光を反射して輝いていたのでした。
 しかし、ツリーの上でこうらの皮を見ていたリスは、こうらの皮がとうめいであることに気がついてしまいました。こうら越しにはツリーの葉っぱが丸見えです。
「これじゃあ飾る意味がないよ!」
 リスはぷんぷんおこりました。リスはこうらの皮をカメに返しました。カメはしぶしぶねぐらに帰っていきました。


 次に来た動物がなんなのか、リスは全くわかりませんでした。「おーい」とリスが声をかけると、その動物も「おーい」と返しました。ふくろをかついで、ピョンピョン跳ねてかけよってきました。そこでリスはようやく動物が誰であるかわかりました。
「ウサギさん? いったいどうしちゃったんだい、そんな寒そうなかっこうをして」
 ウサギは体中の毛を抜いて、ふかふかだった体はすっかりがりがりに細くなってしまっていました。
「私のふわふわの毛を、ツリーに飾ろうと考えたの。それでこんなすがたになったというわけ……はっくしょん!」
 ふだん体を包んでくれていた暖かい毛が無くなってしまったので、ウサギはカゼを引いてしまっていたのです。毛が抜けきった細い体で震えているすがたは、見ているリスのほうが寒くなってしまうほどでした。ウサギがかわいそうなので、リスはウサギの毛の入ったふくろを受け取ると、ウサギを先にねぐらに帰してやりました。ウサギはぴょんぴょん勢いよく走っていきました。
「うーん……ウサギさんの真っ白い毛じゃあ、雪なのか飾りなのか見分けがつかないや。これじゃあだめだな」
 ツリーのいたるところに毛をちりばめても、真っ白な毛ではふりつもる雪と変わりません。リスは毛をふくろにもどすと、根元のそばに置いておきました。


 その後も色々な動物たちがやってきました。クマはとって来た魚をツリーに飾り付けました。たしかに魚たちは銀色に光ってきれいだったのかもしれません。しかし「なまぐさい!」と言われ、リスに回収されてしまいました。キツネは森でとれた木の実をツリーに取り付け、これはクリスマスツリーの飾りにぴったりだと思われましたが、ほかの森からやって来た鳥たちがみんな食べてしまいました。
 それからもたくさんの飾りが広場のリスのもとへ届けられましたが、どれもリスは「ダメだ」と言って受け取りませんでした。自分なりに考えた飾りがだめだと言われ、みんなはだんだんと飾りつけをあきらめるようになりました。
 リスはしばらくの間はみんなの飾りを待っていましたが、みんながあきらめてしまうと、リスもクリスマスツリーを作ることにあきてきました。時がたって年が明けて、広場にはまた森の動物たちが集まるようになりましたが、クリスマスツリーのことを話す動物は誰もいません。
 森の広場の中心には、相変わらず傘みたいに枝を広げた大木がそびえたっています。そのあともその木が飾り付けられることは決してありませんでした。


「なーるほど。これなら最初からカラスがいない理由もわかるなあ」
「だけどカラスくんはひどいなあ。手伝ってあげてもよかっただろうに」
 広場の大木の上で話をしている動物がいます。カラスとハトと、カワセミです。ハトとカワセミは、くちぐちにカラスに向かって話します。カラスはくちばしに星の形をした飾りをくわえていました。カラスはそれを大木のてっぺんにのせました。冬の太陽の光を浴びて、星の飾りはまばゆく輝きました。「まぶしい!」たまらずハトとカワセミは飛び去っていきました。
 カラスはだまって二羽を見送りました。そして、誰に話すというふうでもなく、ぽつりぽつりと言いました。
「きれいで、美しいものがおれは好きだ。だから身近に美しいものがあるならまっ先に見に行くし、いつか美しくなるものがあるならばよろこんでその手伝いをする。それ以外のものには、おれは絶対に近づかない。おれは絶対、かかわらない」
 ひとつ、冬の冷たい空気を打ち消すような暖かい風が吹き抜けました。それに乗って、カラスは二度と飾られることのないツリーの上から飛び立ちました。
 カラスはふたたび、町の方へと飛んでいきました。
スポンサーサイト
第二十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.31(Wed) 20:33

異世界を繋ぐパス

   異世界を繋ぐパス


 目を開けると、そこは異世界だった。
 ……というのは、あまりにありきたりだろうか。しかし現在、学内で仲が良すぎるともっぱらの噂で、先輩後輩というよりも幼馴染に近い空気を醸し出す二人、堂島宏和(高二)と具木梨夢(高三)の目の前で起こった事実は、そう表現する他なかった。
 その日は何でもない普通の日であった。いつものように授業をうけた放課後、当然のように教室の前で待っていた梨夢と合流した宏和は、梨夢と雑談を交わしながら二人の所属する演劇部の部室へと向かった。
異変が起きたのは、二人が部室へ入ろうとした時だ。宏和が扉に手をかけ開け放つと、扉の向こうからまばゆい光が押し寄せ、二人を包み込んだ。反射的に目を閉じた二人が、自分たちを包む光が弱まったのを感じて目を開いた時、飛び込んできた光景はいつもの部室ではなく、異世界だったのだ。
「……なんだ、ここ……?」
「……まるで、おとぎ話の世界ですね……」
 呆然と呟く宏和に梨夢が返す。梨夢の言うように、そこは何かのおとぎ話にでも出てきそうな感じの世界だった。二人が現れたのは街中のようだったが、おおよそ現代日本のものとはかけ離れている。強いてあげれば中世ヨーロッパあたりに近い雰囲気だった。よく見れば建物群の向こうには巨大な王宮のようなものも見える。ザ・おとぎ話な景観だ。
「これからどうしましょうか、ひろ君」
「……梨夢先輩、なんでそんなに落ち着いてるんだ……?」
 こんな状況でも平然としている先輩の様子を見て、宏和はそう尋ねずにはいられなかった。ちなみに宏和が先輩の梨夢に対してタメ口な理由は、わざわざ説明するまでもないだろう。
「……?」
 私、何か変ですか? という風に首を傾げる梨夢に、宏和はなんだか自分だけが焦っているようで馬鹿らしくなり、逆に冷静さを取り戻した。
「……とりあえず歩き回って、情報収集するか」
「そうですね。早く戻らないと、部活が終わってしまいます」
 ……この先輩、これが大変な状況だと本当に分かってるんだろうか、と少々不安になりつつ、宏和は梨夢と共に行動を開始した。

 ……そのたった一分後、二人は厄介な場面に遭遇していた。
「さっさと来い! 王子が王宮でお待ちだ!」
「いっ、嫌です! あたしは何度もお断りしているじゃないですかっ!」
 二人の目の前の曲がり角の向こうから、そんな会話が聞こえてくる。男が嫌がる女の子をどこかへ無理やり連れて行こうとしている、と二人は判断し、顔を見合わせてから、そっと曲がり角から顔をのぞかせる。
 状況はおおよそ予想通りであった。ガチガチに武装した屈強そうな男と、その部下のような男二人の合計三人が、か弱そうな女の子を取り囲んでいたのだ。
「……どうする? 梨夢先輩」
「見て見ぬふりはできないでしょう?」
「……だよな」
 二人の意見は女の子を助ける方向で一致した。
「問題は、あのガチ武装男をどうするかだな……」
 宏和が腕を組んで唸る。演劇部に所属しており、扱う作品によっては剣を振るう場面もあるため、多少剣の心得はある宏和だが、所詮それは演劇のためのものだ。本職に敵うわけがない。というかそもそも今は得物がない。
「そんなの決まっているじゃないですか」
 しかし悩む宏和とは対称的に、梨夢は悩みとは無縁そうな表情で自信満々に言った。
「ひろ君が演劇部で培った、演技力でどうにかするんです」
「…………えー……」
 梨夢の案に、しばらく間を置いてから宏和がとても嫌そうな声を出した。そりゃ、剣を持ったガチ武装男と演技だけで渡り合えと言われているのだから無理もない。しかもその演技だって、高校の部活で身につけた程度のものだ。わざわざ死地に赴くようなものである。
「大丈夫ですよ。ひろ君ならきっと出来ます」
 だが、先輩から信じ切った笑顔でこう言われてしまっては、宏和に選択の余地はなかった。
「……はぁ。わかったよ。ただ、上手くいく可能性は高くないから、すぐ逃げられるように準備しとけよ」
「はい」
 宏和の忠告に言葉の上では同意を示しつつ、しかし実際はそんな心配など一ミリもしていない梨夢の様子に、宏和はもう一度溜息を吐き、肩から提げていた鞄を梨夢に預けて、演技に集中するために目を閉じる。
 やがて目を開くと、彼はゆっくり歩いて曲がり角の先へ出る。そして視界に女の子と男たちを捉えると、弾かれたようにそちらへ駆け寄っていく。それはまるで、その場面をたまたま通りかかった通行人のよう。
「おいお前ら! 何やってんだ!」
 今にも女の子の腕を掴もうとしていたガチ武装男と女の子の間に割り込み、彼は叫んだ。男は不快そうな顔を隠そうともせずに、割り込んできた彼を睨みつける。
「なんだ貴様は! 部外者には関係ない、さっさと消えろ!」
「それはできない。俺はコイツの兄だ」
 彼が、演劇部で鍛えられたアドリブという名の出任せを言い放つ。部外者のままでは話が通じそうにないと咄嗟に判断してのことだ。……まあ、この出任せも即バレしそうなものだが。
「何をふざけたことを! この娘に兄弟がいないことは調べがついている!」
 案の定彼の出任せはあっさり否定される。しかし彼は一切態度を変えずに、挑発するような口調で更なる出任せを重ねる。
「……まあ、俺の存在は機密事項だからな。お前たちみたいな下っ端は知らなくても無理ないか」
「なんだと!」
 その安い挑発に乗り、男が剣の柄に手をかける。部下二人も同様だ。しかし、やはり彼は動じない。
「いいのか? ここで俺を殺せば、『王子、兄を殺させてその妹を無理やり誘拐』ということになるぞ? そうなれば王家のイメージはガタ落ちだな」
「ぐっ……」
 何も言い返せず、男たちは悔しそうに歯噛みしながら剣から手を離した。が、女の子を連れていくのを諦めたわけではなかった。
「……しかし、私たちは王子の命令で、その娘を王家までお連れしなければならない。これは王子の命令だ。仮に貴様が兄だとしても、拒否権などない」
 こみ上げる彼への怒りを必死に抑えつつ、男はつとめて冷静に言った。それを内心意外に思いながら、彼は尋ねた。
「なぜうちの妹を連れて行こうとする? 兄なら、知る権利くらいあるだろ?」
「……王子がこの娘との婚姻を所望されているからだ」
 返ってきた予想通の回答に、彼は思わず舌打ちした。どうして相手の気持ちも無視して、無理やり我が物としようとするのか、と。
「……うちの妹は嫌がってたと思うが?」
「関係ない。一般市民よりも王子の意思が優先されるのは当たり前だ」
 この一言を聞いた彼は、これ以上話す必要はないと言わんばかりの冷たい声で言い放った。
「……お引き取り願おうか。兄として、妹の望まない結婚は容認でいない。そもそも、これから妻として迎えようという女の子を部下に連れてこさせようという王子の神経が許せない。そんなやつに、妹はやらん」
「…………くそっ」
 これ以上ない正論と、それ以上に彼の放つ冷たいプレッシャーに何も言えなくなった男は、部下と共に踵を返し、王宮の方へと肩を怒らせて歩いて行った。その姿が見えなくなった瞬間、彼は「はぁ~……」と気の抜けたような声をもらした。
「……えと、あのっ」
 そんな宏和に、つい先ほどまでまったく話についていけずにただただ呆然と宏和たちのやり取りを眺めていた女の子が声をかけた。
「ん?」
「あのっ、助けていただいてありがとうございますっ!」
「いやいや、俺はたまたま通りかかっただけだし。それより、勝手に兄を名乗ったり、色々言ったりしちゃったんだが、大丈夫だったか?」
「あ、はい! あたしも本当に困っていたので、すごく助かりました!」
「そっか、よかった」
 自分の出任せが特に問題なかったことを確認し、ホッとする宏和。
「……あのっ、それで、よかったらお名前を――」
「ひろくーん!」
 人差し指を突き合わせてもじもじしながら何かを言おうとした女の子を遮って梨夢が姿を現した。
「凄かったですね! まるでおとぎ話の王子様でしたよ!」
 珍しく興奮した様子で宏和の手を取ってぶんぶんと振る梨夢に、宏和は苦笑いで応じる。一方話を遮られた女の子は、指を突き合わせた姿勢のまま固まっていた。
(……あ、あたしのピンチをさっそうと現れて救ってくれた王子様が、女連れ……?)
 白馬の王子様的なものに憧れる年代の女の子にとっては、なかなかにショッキングな展開だった。
 そんな固まったままの女の子の様子を見て、二人は演技の成功を喜んでいる場合ではないことを思い出す。早々にこんな厄介ごとに首を突っ込んでしまった二人だが、元々は元の世界に戻るための情報収集をしようとしていたのだ。それに、こうして首を突っ込んでしまった以上、この女の子の事情に関してももう少しきちんと聞いておきたい。
「……あー、少し君と話がしたいんだが、どこかいい場所はないか?」
 この二つの目的を同時に達成すべく、宏和は梨夢の手をやんわりとほどいて、女の子に尋ねた。
「……えっ? あっ、ええと、それならウチの喫茶店にどうぞっ!」
 自分が声をかけられていることに気付いた女の子はようやくフリーズを脱し、自分の背中側にある店を指さした。

 喫茶店『コント・ド・フェ』。梨夢によると、フランス語で『おとぎ話』という意味を持つらしいその喫茶店は、あまり流行ってはいない感じのややさびれた店であった。今も宏和たち三人以外には誰もいない。三人は四人掛けのテーブルに、宏和、その右に梨夢、宏和の正面に女の子という風に座っている。
「えっと、自己紹介がまだだったな。俺は堂島宏和だ」
「私は具木梨夢です。『ぐき』とかいう痛そうな名前ではなく、『つぶさき』と読むんですよ」
 宏和が先に口を開き、梨夢が元の世界では定番のあいさつで続く。しかし漢字を使う習慣のないらしいこの世界の女の子には伝わらなかったようで、軽く首を傾げられただけだった。
「あたしはこの喫茶店のオーナーをしている、フェイリー・アルテと言います。気軽にフェイと呼んでください」
「わかった。よろしくな、フェイ」
「よろしくです、フェイちゃん。私たちも宏和と梨夢でいいですよ」
 フェイリーの自己紹介に宏和が軽く返し、自己紹介の失敗にも全く動じていない様子で梨夢も返す。どうやら梨夢のハートはだいぶ強靭なようだ。
「はい。よろしくお願いします、ひろかじゅさん、りむさん」
「「………………」」
 ………………。
「え、あれ? 間違ってました?」
「……あーっと、俺、ひろかずな」
「はい。だから、ひろかじゅさんですよね?」
「「………………」」
 二人は『まあ、異世界だし』と無理やり納得することにした。
「えーと、とりあえずフェイの話をしようか。さっきのアイツら、何なんだ?」
 おおよそ分かっていることではあるが、宏和は改めてそこから尋ねた。
「あの人たちは、この国の王家の王子に仕えている人たちです。一か月くらい前から度々あたしのところにやってきては『今すぐ王子と結婚しろ』としつこく強要してきてたんです。今までは口で言うだけだったんですけど、今日は無理やり連れていこうとされました」
 疲れ切った表情で述べるフェイリー。かなり苦労していることが容易に見て取れた。
「じゃあ、本当にギリギリだったんだな……」
「はい。でもひろかじゅさんのおかげであたしは無事ですから。本当に、ありがとうございますっ!」
「……どういたしまして」
 その呼び方慣れないな……、と宏和は苦笑する。そこで一度会話が途切れた後、フェイリーが意を決したように声をあげた。
「あ、あのっ、今度はあたしから聞いてもいいですかっ?」
「ああ」
「何でも聞いてくださいね」
「じゃ、じゃあ、えっと……お、お二人は、どういうご関係ですかっ?」
「「……あー」」
 元の世界では仲の良さが学内中に知れ渡っており、その手の質問を掃いて捨てるほど受けてきた二人が、同時に微妙な声を出す。またこの質問か、と言外に語っていた。
「……俺たちは、同じ学校の同じ部活の先輩後輩だ」
 今まで何百としてきた受け答えを宏和が述べる。
「……ガッコウ? ブカツ?」
 しかし、フェイリーの反応は今までの誰とも異なるものだった。さすが異世界、学校も部活もないらしい。
「……あー、要するに仲のいい友人ということだ」
 そのカルチャー(ワールド?)ショックにやられた宏和は、ざっくり適当にまとめた。まあ実際、同じ部活の先輩後輩と言われるよりもそっちの方がよっぽど現実に近い。
「友人……じゃあ、恋人とか夫婦とかではないんですねっ⁉」
「あ、ああ……」
 乙女の夢がギリギリ壊れない範囲の真相に、フェイリーが鬼気迫る様子で宏和に詰め寄り、宏和をたじろがせる。
(……よしっ、まだあたしにもチャンスはある!)
 その返答を聞いたフェイリーは、宏和から離れ、内心でガッツポーズを決める。が、そんなことは一切表には出さずに続ける。
「意外ですね。すごく仲良さそうに見えたので、てっきりラブラブなのかと思いました」
「ああ……なぜかよく誤解されるんだよな……」
「どうしてなんでしょうね?」
 フェイリーの質問に宏和が首を捻り、梨夢もそれに同意しつつ、先の演技のときに付着したのであろう宏和の髪のほこりをとる。
「サンキュー」
「いえいえ」
 あまりにさらっと自然に為された一連の出来事に、フェイリーは愕然とする。
(この二人……まさか天然ですかっ⁉)
 当人たちは首を捻っていたが、こんなやりとりを普段からさらっとやっているのだとしたら、そりゃ誤解されるだろう、とフェイリーは思った。
(でも……それくらいじゃ負けません! 白馬の王子様に恋する乙女はくじけないのです!)
 さっそうとピンチを救ってくれた宏和に対して変なスイッチがオンになってしまっているフェイリーだった。
「おほんっ。えーっと、お二人はどこの国の人ですか? この辺では見たことないですし、名前もあたしたちとはだいぶ違っているみたいですけど」
 大きく咳払いをして話題の転換を図るフェイリー。負けないと誓ったとはいえ、この当人無自覚ナチュラルいちゃいちゃな空気の二人をいつまでも見ていたくはなかった。
「……あー、どう説明すればいいんだ……?」
 国どころか世界を越えてやってきてしまっている事実をどう伝えたものか、と宏和は答えに窮した。
「ええと、日本って聞いたことありますか?」
「二ホン……?」
 代わりに梨夢がダメもとのように尋ねてみたが、フェイリーの答えは予想通りのものだった。
「……信じられないかもしれないが、俺たちは異世界から来たんだ」
 仕方ないか、と判断し、宏和は真実を告げる。それはフェイリーの許容範囲を軽く超えていたようで、フェイリーは口を大きく開けてポカンとし、完全に思考停止してしまった。
「原因もさっぱり不明でな……。だけど、それでも元の世界に帰らなきゃいけないから、何か情報がないかとこの街を散策してたんだ。そしたらたまたまフェイが絡まれてる場面に出くわして、首を突っ込んだんだ」
 宏和はそのまま自分たちの事情を明かしていく。一方のフェイリーは、その宏和の台詞の中のある一フレーズを耳にした瞬間に思考を通常復帰させており、宏和の台詞終わりと同時に叫ぶようにしていった。
「ひろかじゅさん、そのうち帰っちゃうんですかっ⁉」
 いずれ別れなくてはならないとあっては、恋する乙女的には無視できなかった。
「……まあ、いずれな。でも、首を突っ込んじゃった以上、フェイのことが解決するまではここにいるつもりだ。梨夢先輩も、それでいいよな?」
「そうですね。フェイちゃんをこのまま放っておくことはできないですし。今日の部活は諦めましょう」
 ……この人本気で今日帰る気だったんだ……、と宏和は軽く戦慄した。
「あ、ありがとうございますっ!」
 まだしばらく宏和たちが帰らないとわかり、とりあえずホッとしてペコリとお辞儀をするフェイリー。下げた頭の中では恐らく『あたしのことが解決するまでに頑張らないと』と意気込んでいるに違いない。
「いやいや。……ただ、フェイを助ける代わりに一つ頼みごとをしてもいいか?」
「はいっ。あたしにできることならっ」
 宏和の役に立てるならと内容も聞かぬまま安請け合いするフェイリー。
「そっか。ありがとう。じゃあ……しばらくフェイの家に泊めてくれないか? 急に異世界にやってきたから、宿も金も食料もないんだ」
「……ああ、そういえばそうですね」
 宏和に言われて初めて気づいたのか、梨夢がポンと手を打ちつつのんきに言う。結構重要なことなんだが……? と、宏和は梨夢のボケっぷりに再び戦慄した。一方でフェイリーは、顔を真っ赤に染めてわかりやすく動揺していた。
「ふぇっ⁉ あっ、あう、えと、あの……よっ、喜んでっ!」
 あわあわしながらもしっかり頷くフェイリー。まあ、断るわけがなかった。
「ありがとう。じゃあ、今日からしばらくよろしくな」
「よろしくです」
「はっ、はい! こちらこそよろしくお願いしますっ!」
 こうして、宏和、梨夢、フェイリーの共同生活が始まった。

 その後、街案内も兼ねて三人で夕食の買い出しに行き、『せめてこれくらいはさせてください』と主張した梨夢の作った夕食を堪能し、現在夕食後のまったりとした時間。場所は喫茶店スペースの上にある二階のリビング。テレビやエアコンなど、名称はわかるものの元の世界のフォルムとは大きく異なる家具の数々が並んでいる。そんな中、一つだけが元の世界と全く同じ姿をしていたので目立った。
「……なあ、梨夢先輩。なんか電話だけすごく見覚えがある感じなんだが」
「……奇遇ですね。私もそう思っていたところです」
 それは電話だった。ダイヤル式とかいうわけでもなく、ごく普通の宏和たちが見慣れた電話機。
「……ん? 電話ですか?」
 二人の会話を聞いたフェイリーが首を傾げる。
「ああ。あの電話だけ俺たちのいた世界のやつとそっくりなんだ」
「ほえー」
「……もしかしたら、私たちのスマホでも繋がるんじゃないでしょうか?」
 明らかに不自然な電話を見つめていた梨夢がポソッという。
「……試してみるか」
 とりあえずやってみようの精神で宏和が鞄からスマホを取り出す。するとフェイリーが目を輝かせた。
「ひろかじゅさんっ! なんですかそれっ!」
「ん? ああ、スマートフォンだな。持ち歩き出来る電話だ」
「異世界って凄い!」
 今度はフェイリーがカルチャー(ワールド?)ショックを受ける。
「それで、フェイの家の番号はいくつだ?」
「あ、はい。ええと……」
 フェイリーが示した元の世界と同じ十桁の数字を、宏和がスマホに打ち込み電話をかける。すると……。
 てれててってってー
「「レベルアップっ⁉」」
「あっ、ウチの電話の音です」
 元の世界でよく聞いた音を耳にし、二人が叫ぶ。一方フェイリーは特に気にした様子もなく、電話にとてとてと駆け寄って受話器をとる。
「『もしもし?』」
 フェイリーが喋るのと同時に、宏和の耳に当てられたスマホからも同じ声が届いた。
「おおっ、通じた!」
 どういう理屈かはさっぱりだが、スマホと異世界の電話は繋がったようだ。
「凄いですね、すまほ!」
 フェイリーが受話器を放り出してとてとてと宏和の元に帰ってくる。
「ああ。……しかし、何で電話だけここまでそっくりなんだろうな」
「何か意味があるのかもしれませんね。番号も日本のものとよく似ていましたし……」
 宏和と梨夢が頭を捻るが、そう簡単に答えが出るようなら苦労はしない。
「ひろかじゅさんっ、少し貸してください!」
 見たことのない利器をせがむフェイリー。
「ん、ああ、いいよ。……むしろ、何かあったときのために常に持たせておいた方がいいか?」
「そうですね。そうすれば私のスマホと連絡がつきますし」
 二人の意見が一致し、フェイリーに宏和のスマホを渡して使い方を説明する。
「分かりました。……多分」
 そんなに複雑な操作ではないので、フェイリーも一度で覚えられたようだ。……多分。
「じゃあ、これはフェイに預けておくから、何かあったら梨夢先輩に電話な。あと、なくすなよ?」
「もっ、もちろんです!」
 フェイリーの顔に緊張が走り、スマホを握る手が微妙に震え始める。……少し不安だが、まあ大丈夫だろう。
「さて。それでは私たちの寝床について考えましょうか」
 その緊張をほぐそうとしてか、梨夢が話題を変える。
「居候の身なのですから、ひろ君と私は同じ部屋で構いませんよ?」
 しかしいきなり爆弾をぶんなげた。
「いやいや、年頃の男女が同じ部屋で寝泊まりとかダメです! りむさんはあたしの部屋で寝てください!」
 当然物申すフェイリー。宏和はその話題に入っていけず、空気と化す。
「でも、さすがにそれは悪いですし……」
「悪くないです! むしろ異世界の話とかたくさん聞きたいです!」
 事実半分口実半分にフェイリーが言うと、梨夢もしぶしぶ折れる。
「……そこまでおっしゃるなら、そうさせてもらいますね」
「はい! どうぞどうぞ! というわけで、ひろかじゅさんはあたしの両親の部屋を使ってください。掃除はしてあるのですぐ使えるはずですから」
 フェイリーがそう言うと、空気になっていた宏和は「ああ」とうなずきかけて、ふと疑問を抱く。
「……そういえば、フェイの両親は? それに、フェイがここの喫茶店のオーナーだとも言ってたよな?」
 よくよく考えれば、異世界とはいえこんな自分たちと同年代くらいの少女が店のオーナーをしているのもおかしかった。
 宏和に問われたフェイリーの表情にかげが差す。聞いたらまずかったか、と宏和はすぐに発言を撤回しようとしたが、それよりも先にフェイリーが口を開いた。
「……一か月くらい前に亡くなりました。それ以降、それまでオーナーをしていた父に代わって、あたしが喫茶店のオーナーをしています」
「……そうか」
 軽い気持ちで尋ねたことを後悔し、宏和はそう答えることしかできなかった。一方梨夢は梨夢でその話をそばで聞きつつ何かを考え込んでいて一言も発さない。
 重い沈黙がリビングを支配する。最初に耐えられなくなったのはフェイリー。
「……あっ、えと、すいません! 先にお風呂いただいてきますね!」
 それだけ言うとフェイリーは逃げるようにリビングを後にした。残される異世界人二人。
「……あの、ひろ君」
 考え込んだ顔のまま梨夢が呼びかける。
「……なんだ?」
「……これが、私の考えすぎだといいんですけど……確か、フェイちゃんが王子から求婚され出したのって、一か月前くらいって言ってましたよね?」
「……ああ。それが?」
「そして、フェイちゃんの両親が亡くなったのも一か月前」
「……何が言いたい?」
「……もしかすると、この二つは無関係ではないのかもしれません」
「……まさか。考えすぎだろ」
 梨夢の話を宏和は一蹴する。しかし梨夢も一歩も引かない。
「でも、今までいくつも物語を読んできた私のカンが、この時期の一致を見逃すべきではないと言っているんです」
「それはいささか漫画脳すぎやしないか?」
「……ひろ君、忘れているんですか? 私たちは今、おとぎ話のような世界にやってきているんですよ? 漫画もおとぎ話も創作物という点では同じです。私たちの現実と同じ考え方では、足元をすくわれるかもしれません」
「それは……」
 梨夢の言葉に返す反論が見つからず、宏和が言葉に詰まる。梨夢はさらに畳みかける。
「それに、もし仮に私たちが意図してこの世界に送り込まれたとするなら、それはきっとタイミング的にフェイちゃんを助けるためでしょう。なら、こういう些細な情報も気にかけておくべきです。さっきの電話もそうですよね。もしかしたらそういったことが、元の世界に帰る手掛かりになるかもしれません」
「……そうだな。後でフェイに警察の番号でも聞いておくか」
「そうですね。いざという時には頼りになるかもしれません」
 最終的に梨夢の話を聞き入れた宏和の提案に、梨夢が頷く。
「あとは、フェイへの求婚と両親の死の関係か……」
「何もなければ、それでいいんですけど……」
 そんな言葉を皮切りに、二人はいくつか仮説を立てていく。それは、フェイリーが長風呂から出てくるまで続いた。
 そのあとに宏和と梨夢もお風呂をいただき、それぞれの部屋に分かれて床に就く。
 こうして宏和たちの異世界一日目の夜は更けていった。

 翌日。昨夜の気まずい雰囲気はどこへやら、まるで幼馴染が二人から三人になっただけのような空気を宏和たちは醸し出していた。
「りむさんの淹れた紅茶、すごく美味しいですね!」
「そうですか? ありがとうございます、フェイちゃん」
 開店前の喫茶店のカウンターで、フェイリーと梨夢が紅茶を飲みつつ談笑する。昨晩同じ部屋で寝た二人の仲は急速に縮まっていた。
「ねっ、ひろかじゅさんもそう思いますよねっ?」
「ああ。いつ飲んでもうまいよ」
 テンション高めで尋ねてくるフェイリーに苦笑しつつ宏和が応じる。この二人の場合は、フェイリーが二人の間にある距離や壁を片っ端から破壊しまくることで急速に仲を縮めていた。
「ひろかじゅさんは前にも飲んだことがあるんですか?」
「梨夢先輩の家に遊びに行ったときは毎回淹れてくれてたな」
「ずるいです!ひろかじゅさんっ、あたしの家にも遊びに来てください!」
「えっ、そっち⁉」
 毎回美味しい紅茶が飲めてずるい、という意味だと思っていた宏和が驚く。
「……というか、フェイちゃんの家はここですよね……?」
「そうでした!」
 梨夢の指摘にフェイリーがハッとする。フェイリーも大概天然であることが判明した。
「あっ、じゃ、じゃあ、ひろかじゅさんの家に遊びに行きましょう!」
「それはいいですね。私も久しぶりに行きたいです」
「……いや、あのな? ここは異世界で、俺の家はこの世界にはないんだが……」
「「そうでした!」」
 宏和の指摘にフェイリーと梨夢がハッとする。三人の中でもこの二人の天然さがやばそうである。
 そんな調子で天然トークを交わすうち、開店時間がやってきたのだが、トークに夢中の三人はそれを忘れるというドジをやらかし、いつもより一時間ほど遅れて営業を開始した。……まあ、待っている客もいなかったので、特に問題はなかったが。

 それから数日後。梨夢の淹れる紅茶と、客が居るにもかかわらず天然トークを繰り広げるオーナーたち三人の天然っぷりが意外にも評判を呼び、そこそこ客の入るようになってきたある日の昼下がり。事態は急展開を迎える。
 カラン、という来客を知らせる音が店内に響き、トークに興じていた三人は接客モードに移行する。梨夢はカウンター内へ、宏和は開いたテーブルの片付けへ、そしてフェイリーが来店した客の対応へ。
「いらっしゃいま――」
 そのフェイリーの声が途切れる。不思議に思った宏和と梨夢が店の入り口に目を向ける。瞬間、その答えを悟った。
 全身を無駄にキラキラした衣服で包み、頭に金色の冠を載せたザ・王子な感じの爽やかイケメン男と、その護衛のような武装をした男が三人。後者は宏和たちにも見覚えがあった。
「営業中に失礼します、フェイリー・アルテさん。本日はあなたとあなたの兄を名乗る人物に話がありまして」
「……あんたが例の王子か」
 宏和がフェイリーの前にかばうように出るのと同時、演技のスイッチを入れる。
「そういうあなたが自称お兄さんですか。初めまして、この国の王家、タロウ家の長男にして次期国王、キン・タロウと申します」
「ぶふっ」
 カウンターの陰で梨夢が吹いたが、そこそこ距離があったためキンの耳には入らなかった。宏和も演技モードに入っていなければ、王子の名前に吹き出していたかもしれない。
「……堂島宏和だ」
「ふむ。ひろかじゅ君ですか」
「やめろ気持ち悪いその名前で呼ぶな堂島と呼べぇ‼」
 フェイリーだから許されていたその呼び方を爽やかイケメン男にやられ、思わず演技を忘れて叫ぶ宏和。……まあ、気持ちはわかる。カウンターの陰では梨夢も「おえー」と口元を押さえている。フェイリーだけはよくわかっていないようだが。
「……わ、わかりました。どうじま君と呼びましょう」
 宏和の剣幕に圧されて王子がたじろぐ。何とか心の平穏を保つことに成功した宏和が再び演技モードに入る。
「……それで? いったい何の用だ?」
「君が出てこいと言ったのでしょう?」
「それにしては来るのが遅かったな。あれだけ分かりやすく挑発したんだ、もっとすぐに来ると思っていたが?」
「君が余計なことを言ってくれましたので。裏を取るのに少々手間取ったのですよ」
 彼とキンの放つ一触即発の雰囲気に、店内がシンと静まり返る。なおも皮肉の応酬は続く。
「それは悪いことをした。……で? 要件は何だ? きちんと言ってくれないとこっちも断れないんだが」
「断る気満々ですね……。でも、本当に断れると思っているのですか? 私は次期国王ですよ?」
「やれるさ。現実でも物語でも、暴君を打ち負かすのは民衆だと相場が決まっている」
 彼があまりに自信ありげに言い放つので、キンは少し眉をひそめた。
「暴君とは……聞き捨てなりませんね。しかし、そこまで言うからには国民を味方につける算がおありで?」
 ないでしょう? と暗に問うキン。対して彼は、自信あふれる表情を一切変えずに、言う。
「……お前、フェイの両親を殺したらしいな?」
「なっ……‼」
 それは、彼がこの世界へ来たその日、梨夢と共に立てた仮説のうち、一番そうであってほしくはなかった最悪の仮説。彼にとっては軽くカマをかけるつもりのその言葉はしかし、キンからそれを肯定するような反応を引き出した。彼の目が細められる。たったそれだけで、部屋の温度が何度も下がったような錯覚さえ引き起こす。
「……クズ野郎だな。娘を手に入れるためにその両親を殺すとか。どんな神経してるんだ?」
 彼は自分の言葉が何の根拠もないカマかけだったなどという様子は微塵も見せず、ただただ冷たい声で吐き捨てるように言い、キンを震え上がらせる。
「ちっ、違います! 実行犯はこの人たちです!」
 慌てたキンは自分の後ろの護衛を指さしてそう言い、護衛たちが一様に驚く。罪を部下になすりつけようというあまりにみっともない姿に、彼の視線はますます温度を下げる。
「実行犯は、ということは、計画者がいるんだろ? そしてそれは、ソイツらが実行犯だということを知っているお前なんじゃないか?」
「ぐっ……!」
 何も言い返せず、キンが歯噛みする。それを肯定と受け取った彼は続けて言う。
「そんな奴にフェイを渡すと思ってんのか? いや、そもそもお前みたいな、両親を殺してまで女を無理やり手に入れようとする最低のクズ、全世界のいかなる女子でも願い下げだろうな。分かったらとっとと帰って自首しろ。もう二度とフェイに手出しするんじゃねえ」
 その言葉が、キンの理性を吹き飛ばした。
「くそっ! お前たち、アイツも殺しなさい!」
 激高したキンが部下たちに命じる。しかし部下たちは何も反応を示さない。ますます苛立ったキンが背後を振り返る。
「お前たち、一体なに……、を……」
 振り返ったキンが見たのは、この国の警察組織の制服を着た人たちと、その人たちによって縛られ、身体の自由を奪われた部下たちの姿だった。
「悪いが、通報させてもらった。こんなに早く来るとは予想外だったがな」
 彼のその言葉にキンが再び彼の方を向く。そこにはしたり顔の彼と、その後ろから顔だけ出してキンを睨みつけるフェイリー、そして、カウンターの奥でスマホを手にやはりしたり顔をする梨夢の姿があった。

 事情聴取を終え、三人が喫茶店に戻ってくる。
 事件は、梨夢の通報によって解決した。もしもの時のためにとフェイリーから聞いていた警察の電話番号が役に立った形だ。
 事件の真相も、事情聴取の際に聞いている。約一か月前に、隣国への用事からの帰りに街ですれ違ったフェイリーをキンがひどく気に入り、求婚したこと。しかしフェイリーに断られたこと。そのことへの腹いせ、また、キンと結婚せざるを得ない状況にフェイリーを追い込むため、フェイリーの両親を殺させたこと。しかしフェイリーは実家の喫茶店のおかげでさほど生活に困窮はせず、キンの目論見が外れたこと。それに苛立ったキンが、フェイリーを無理やり王宮に連れてこさせようとしたこと。そこから先は、宏和たちが目にした通り。ちなみに、通報から警察組織の到着までがはやかったのは、息子の様子がおかしいことに気付いていた国王が、外出するというキンを警察組織の人たちに尾行させていたからだそうだ。
「……悪いのは、全部あのクサレ王子さんですよ。フェイちゃんは何も悪くありません」
 いつもより毒舌な梨夢。しかし、事件の真相を知り、『両親が殺されたのは、求婚を断ったあたしのせい』などと考えていたフェイリーには、そこは大して重要ではなかった。
「……ありがとうございますっ、りむさん……っ」
 そのまま梨夢の胸に顔をうずめて泣き出すフェイリー。宏和も梨夢も、フェイリーが自然と泣き止むまで黙ってその様子を見守っていた。
 どれくらいたっただろうか。空がすっかり茜色に染まった頃、ようやくフェイリーが顔を上げた。
「……もう、平気です。ありがとうございますっ、りむさん、ひろかじゅさんっ」
 そして、今まで通りの元気な笑顔を見せた。
 宏和と梨夢はホッとする。これにれ一件落着、と。
 その瞬間、二人の身体から小さな光の粒子が溢れ出す。
「……ん?」
「……何でしょう、これ?」
 不思議がって、梨夢が右手を虚空に掲げる。その向こう側が、透けて見えた。
「っ! まさか……消えているんですかっ⁉」
 珍しく梨夢が慌てたように叫ぶ。その一言で、同じように驚いていた宏和は少し落ち着きを取り戻し、同時に以前梨夢が言っていたことを思い出す。
「……そうか。フェイリーの一件が片付いたから、元の世界に帰るんだ」
「へっ? ちょっ、ひろかじゅさんっ⁉ それ、どういうことですか⁉」
 二人の異変にポカンとしていたフェイリーがようやく動き出す。
「前に梨夢先輩が言ってた。もしかしたら俺たちは、フェイを助けるために意図的にこの世界に送り込まれたのかも、って。もし本当にそうなら、フェイの一件が片付いた今、俺たちがこの世界にいる理由がない」
「そんな……! じゃあ、これでお別れなんですか⁉ せっかくあたしのことが片付いて、三人で気楽に暮らせると思ったのに!」
「……こればっかりは、どうしようもない」
「嫌です! あたしはひろかじゅさんとりむさんと、もっともっと一緒にいたいです!」
「フェイ……」
「フェイちゃん……」
 フェイリーの切実な訴えに、二人は言葉を失う。二人だって気持ちは一緒だ。もっとフェイリーと一緒にいたい。しかし、運命はそれを許してはくれない。
「……また、遊びに来るよ」
 だから彼は、そう言った。
「へ……?」
「また、この世界に遊びに来るよ。必ず何か方法を見つけて、絶対にまたここに来る。それに、ここの店はコント・ド・フェ、おとぎ話だろ? おとぎ話はハッピーエンドじゃなきゃいけない。だから、ここでお別れしてそのまま終わりなんて、そんなわけないだろう?」
「……ひろかじゅ、さん……」
「なーに、大丈夫さ。一度こうしてこの世界に来れたんだ。何か方法はあるさ。俺は、そう信じてる」
「あら? 私だって信じていますよ」
 梨夢も、彼の言葉に乗っかる。
「……わかりましたっ。あたしも、信じます。だから、ひろかじゅさん、りむさん。絶対に、またここに来てくださいね!」
 最後にはフェイリーも二人を信じ、必死で涙をこらえて、笑顔を見せる。
「じゃあ、またな。フェイ」
「また、ですよ。フェイちゃん」
「はいっ! また、です! ひろかじゅさん、りむさん!」
 その言葉をきっかけに、二人の姿が急速に薄れていく。
「……ひろかじゅさん!」
 その姿が完全に消える間近。不意にフェイリーが口を開く。既に声も出せない状態の宏和は、首を傾げることでしれに応じる。
「あたしっ、ひろかじゅさんのことが――」
 宏和に聞き取れたのは、そこまでだった。

 気が付くと、宏和と梨夢は演劇部の部室の前にいた。数日前、二人が光に包まれたその場所に。
「戻って……来たんだな……」
「はい。……不思議ですね。早く帰ってきたかったはずなんですけど……」
「……ああ」
 あまり嬉しくはなさそうな声が、誰もいない廊下に反響する。
 辺りにはすっかり夜のとばりがおりていた。今も廊下の窓から差す月明かりだけが、二人を照らしている。今は何日の何時くらいなのだろうかと、宏和はいつの間にか足元にあった鞄を探る。しかし、目的の物が見つからない。
「……あれ? 俺、いつもスマホはここに…………っ!」
 言いながら、気付いた。自分のスマホが、どこにあるのか。
「梨夢先輩! スマホ貸して!」
「えっ? えっ? きゅ、急にどうしたんですか、ひろ君? まぁ、貸しますけど……」
 宏和の様子に戸惑いつつも、自分のスマホを鞄から取り出して渡す梨夢。それが宏和の手に渡った瞬間、狙ったかのようなタイミングで梨夢のスマホが鳴動した。
 着信元は、『ひろ君』。
「! やっぱり!」
「ふぇ? ど、どういうことですか?」
 すぐ隣にいる人からの着信にますます混乱する梨夢を放置し、宏和が通話に応じる。
「もしもしっ!」
『…………その声……ひろかじゅ、さんですか……?』
「ああ! そうだよ、フェイ!」
『っ! 本当に……ひろかじゅさんだぁぁ……!』
 電話口の向こうで泣き崩れるような音がする。それを宏和は大げさだとは思わなかった。
 宏和の思った通り、宏和のスマホはフェイリーに預けられたままだった。そのことが、こうして奇跡を起こしたのだ。
「フェイちゃんっ? フェイちゃんなんですかっ?」
 二人の電話をそばで聞いていた梨夢が、我慢ならないといった様子で宏和の手からスマホを奪い取り、電話の向こうに話しかける。
『りむさん……! はいっ、あたしが、フェイリー・アルテですよっ!』
「フェイちゃん……!」
 先ほど電話の向こうで聞いた音が再現される。梨夢が泣き崩れる音だ。
「よかった……! またこうして、フェイちゃんと話すことができて……!」
『あたしもですよ、りむさん……!』
 そんなやり取りを交わす二人を、宏和は優しい目で見守る。
 そのまま三人で言葉を交わすことしばし。さすがに遅くなってきたので、今日はここまでということになった。
「じゃあ、またな、フェイ。午後六時以降なら、いつでも電話してきていいからな」
 ちなみに午後六時はこの高校の部活が終わる時間である。
『はい! もう毎日の勢いでかけますからね!』
「おう、どんと来い」
 と言いつつ、ちょっと電話料金の気になる宏和だった。
『はいっ! ……それじゃあ、切りますね』
「ああ。……っと、ちょっと待った。最後に一ついいか?」
『はい? なんですか?』
「……別れ際、なんて言ったんだ? 途中までしか聞き取れなかったんだが」
 地味に気になっていたことを尋ねた宏和に対し、フェイリーは少し考えてから言った。
『……ないしょ、ですっ』
 小悪魔的な笑顔が透けて見えた。
「えー……」
『……今度会えた時に言います。だから絶対、会いに来てくださいねっ』
「……ああ」
『じゃあ、また』
「またな」
 それを最後に宏和は通話を切り、スマホを梨夢に返す。
「……別れ際の言葉、嘘にしないで済みそうですね」
「……ああ。異世界間で電話が通じたんだ。人の行き来だってすぐに可能になるさ」
 梨夢のスマホを眺めつつ、やや言葉足らずなやり取りがなされる。しかし、二人はそれで分かり合えているようである。恐らくはこういうところが、幼馴染っぽい雰囲気を醸し出し、周囲に誤解を与える原因なのだろうが、二人にはそんなことは知る由もない。
「……さて、俺たちがいなかった間の言い訳でも考えるとするか……」
「……そういえば、私たちはこの世界に一週間くらいいなかったことになるんですよね……」
 梨夢のスマホで現在の日時を確認した二人が、これからのことを思って「「はあ……」」とため息をもらしながら廊下を歩いていく。
 しかし、二人には異世界に飛ばされたことに対する文句などない。
 当然だ、あれほど素敵な出会いがあったのだから。

 目を開けるとそこは異世界だった。
 ……というのは、あまりにありきたりかもしれないが、現実では比喩的にしか用いられない言葉だった。
 しかし、とある二人の活躍によって、異なる二つの世界の間にパスが繋げられ、この言葉がそのままの意味でも用いられるようになった。
 そんな未来が訪れるのは、もう少し先のお話。
「あっ、そうです。二人でずっとホテルに泊まってた、ってことにしましょう」
「何だその恐ろしく誤解を招きそうな言い訳⁉ 怖いからやめろ!」
 ……多分。
第二十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.31(Wed) 20:32

人魚たちの泡沫

   人魚たちの泡沫


一隻の船が、海に映った月へと、波紋を残していった。
ある国の王子が、隣国の姫を花嫁として迎えた後、乗り込んだ船。二人を祝福する人々の賑わいと熱は消え、今はただ、ひっそりとした夜だけが、船上に広がっている。
その、船縁で。
少女は、佇んでいた。時折吹く潮風に、少女の金糸のような長い髪が揺れる。少女は、蒼く凪いだ海面を、ただ、見つめた。

――海。
わたしが……ほんの少し前まで、生きていた場所。

少女は、手に握りしめた、銀の煌めきを放つ短刀を静かに見つめる。

お姉様たちが、わたしへ託してくれた、銀色。最後、わたしに、人魚として生きなおす道を選ばせてくれるための、方法。けれど、それはわたしには必要ないと…気付いていた。

ほんのわずか、過去のこと。この短刀を手に―あなたと姫の眠る場所へ、訪れた時。眠るあなたを、見つめた。この手は……震えて、止まらなくて。
『あなたがもう一度、人魚として生き続けるために……。王子を―消すの』
苦しそうな表情(かお)で、祈るように伝えられたお姉様たちの言葉が、セカイへと響いた。

あなたを、この手で、消して。
わたしは―――生きる……?

自分が手に握る銀の光を、わたしは、小さく揺れる瞳で見つめていた。
その時。
「――――」
あなたが、夢におちたまま、小さな声で、名をささやいた。
その名は。花嫁となった…姫の、名で。
「……あ……――――」
わたしは…銀色を握りしめたまま、その手を、胸の前で震わせた。そっと瞼を閉じ……熱く震える瞳を、隠す。
姫の名を呼んだ……あなたの、その表情(かお)を見て、しまったら。その声の優しさを……――聴いて、しまったなら。

銀色を、あなたの前から、自分の背中へと、消した。滲みゆく世界に一人、滲むことのないあなたを見つめる。

そして……瞳を閉じ、その額にそっと、口づけた。

その光景は、在りし日と二人と、重なって。わたしは、瞳を開くと、真っ直ぐにあなたを見つめ。音として、この世界に現れることのない―声―を、そっと、口にした。

「――――」

一度でも―真っ直ぐな目で、わたしを、いちばんにすきだと言ってくれた。いつも、わたしへ、いとおしむような笑顔を向けてくれた。それだけで……十分だった。
やっと、分かったのだ。
わたしがほしかったのは、あなたにとっての一番に愛おしい存在となることで得られる、“永遠に生きる魂”などではなかった。わたしが本当にほしかったのは、あの日、波間で消えてしまった、あなたの笑顔。
ただ……陸の上、あなたの傍に行きたかったのだと。

わたしがほしかったものは。今―、ここにあるから。

わたしは、最後、二人へと微笑みかけると。そのもとを……去った。
そして今―蒼の前に、立つ。

船縁から、見える蒼。その色は、在りし日の蒼によく似て。
“海の上の世界”を、初めて見たあの日。あの夜、激しく揺れる蒼の中、あなたへと手を伸ばした時から。願いは……変わらない。
―『どうか、この人が、生き続けてくれますように』
 私に短刀を託した時、お姉様たちは、言った。『今なら、戻れる』、と。けれど、それは違う。
わたしは……戻れない。あの日……あなたの手の温かさを知ってしまったわたしに、それを手放すことなんて。消すことなんて……できるはず、なかった。
冷たい海の底で、永久に生きるはずだったわたしに―“大切”を想う熱を教えてくれたのは、紛れもなく、あなただったから。

少女は、手に持った銀色を、海へと放った。銀の光の筋が、放物線を描き、波間へと消える。

―わたしは、海に、“還る”。自分の中にも、確かに流れていた、いのちの熱。それを……今、真っ直ぐに感じて。
永遠に生きる魂を持たなくとも。涙を、持たなくとも。人魚として生を受けた、わたしは……。
今、“幸せ”の意味を、知っている。

ふいに

セカイを流れるような、跳躍。

そして彼女は、海へと還っていった。揺らめく蒼の中で、彼女は、ただ願う。

―――どうか、笑っていて。

海面へと、指先を伸ばす。穏やかな、穏やかな気持ちだった。
彼女の微笑みは、淡い泡沫となり、消えていった。

***

「……―――――」

もう、蒼しか、見えなかった。

嵐の渦の中、何もできないまま―波に、飲まれていく。……苦しい。寒くて、仕方がない。痛くて、怖くて、何よりも。
―――冷たい。
ああ。僕は、消える―――?
何を求めているのかさえも分からないまま、ひたすらに、蒼の上へと伸ばした手。
その、手を。あつい熱が、包んだ。強く、手を引かれ、身体が上へと登ってゆく。その先に……―光―が、見えたような気がして。
ああ。温かい……―――。
光を見上げた、僕の背中に。その瞬間(とき)、海底から、届いた声。

―――どうか、笑っていて。

「――!」

その声に、振り向こうとした。振り向かなければいけないと、心がただ、叫んでいた。なのに。手は、強く、強く、蒼の外へと引かれて。僕の目は、すでに、光を―――。

「……!」
目を、開いた。朝の空から放たれた光が、一斉に視界を覆う。
「っ……」
その光が、現実のものであると気付くのに、数秒かかかった。
「―……ゆめ」
ほうけたまま、つぶやいた王子の隣で、姫の肩が微かに動く。
「……おう…じ……?」
細く瞳を開いた姫を見て、王子は言った。
「ああ……ごめんなさい――。起こして、しまいましたね……」
姫は、ゆっくりと身を起こし、王子を見つめると、その頬へそっと、手を伸ばした。
「……―――大丈夫、ですか?」
姫は、ただ、そう尋ねた。王子の、美しく、黒き瞳が……深い悲しみに、濡れていたから。
「――――あ……」
姫の言葉で、王子は初めて、自分の頬を伝っていたものに気が付く。

――どうして。

「……あの……手、は……?」
俯きながら、途切れ途切れに小さく呟いた王子は、テントの外に広がっていく家臣たちの喧騒に気づき、顔を上げた。
「……ここで、お待ちください、姫」
王子は、そう姫へと告げ、すぐに表情を引き締めると、テントの外へ出た。
王子は家臣たちの元へ、静かに足を進めると、気高き光を宿した瞳を揺るがすことなく、家臣たちへと声を発する。
「―何があった?」
王子のもとへ、王子の第一側近が、静かに歩み寄り、ひざまずいた。
「王子。お伝えしなければならないことが御座います」
王子は、彼へと命じた。
「申してみよ」
彼は、王子の瞳を真っ直ぐに見つめ…告げた。

「あの方が……消えて、しまわれました」

「……―――――っ……」

王子の、家臣の前で揺らいだことのなかった瞳が、一瞬―揺らいだ。
朝日の登りきった、蒼き、空の下。
―――どうして。
王子は、ただ―海の上に、立ち尽くしていた。

***

家臣たちすべてに船内を捜索させると同時に、王子自身も、姫と共に彼女を探した。海に浮かぶ、たった一艘の船。捜索は、容易だった。しかし……彼女の姿は、ない。
「……っ」
どうして?
何処に―何処に、行ってしまったのか。先日の式の時は、自分達を祝い。優しすぎる微笑みをたたえて、誰よりも美しく舞ってくれた。誰よりも、何よりも、自分の幸福を祈ってくれていた―彼女。そんな君が、何も伝えずに、消えてしまうなんて。
「何処に……?」
この船の周りに広がるのは、ただ、蒼だけ。
彼女の、白く小さな脚で行ける場所なんて――ない。

ふと、王子は、広がる蒼に、視線を吸い寄せられた。
王子の隣で両手を組み、強く握りしめていた姫も、同じく、蒼を見つめている。白き泡沫の揺れる、海。何故か、そこから、目を離せずに―。王子と姫は、静かに、蒼い海を見つめていた。
その時。

「……あ……」

姫が、そっと、自分の額に触れた。姫の碧い瞳から、透明の雫がほろほろとこぼれる。
「……姫……――?どうしたのですか…!?」
突然のことに驚きながら、王子は、姫の肩に手を乗せた。自分の手のひらの熱が、少しでも、姫の涙をすくってくれることを願って。姫は、自分の肩に乗った王子の手に、自分の手をそっと重ねて、涙をぬぐうと、微笑んだ。
「……今……額に―とても、とても温かいものが、ふれたような気が、したのです」
「――温かい……もの……」
王子は、小さく、空を見上げた。姫は、両手を胸の前できゅっと握った。
「それが、あまりにも……温かくて、優しくて。胸がいっぱいに、なってしまって……」
瞳に涙を浮かべ、つぶやく姫の隣。王子の目に映る、蒼い、蒼い空。
その蒼さに。突然、記憶が―揺れた。
「……っ……」

《青い、青い瞳》
《声の代わりに―すべてを訴えていた、目》
《額に感じた、温かい、熱》
《深い海の底と、同じ色をした、悲しい――》

「……っ!……はあ……はあ……」
乱れる、呼吸の中。
揺れる視界が、徐々に静寂を取り戻していく。
「……王子……!?」
額に汗の滲む王子の背に手を添えた姫は、悲痛な表情を浮かべる。姫の手に支えられながら、王子は、片手で自分の目を覆う。
「―……青」
「……青……?」
姫は、王子に問う。しかし、王子はその問いに答えられないまま、顔を上げ、海を見つめた。
「……――――」
ただ、変わらずに、目の前に広がる蒼。揺れた記憶の奥で見た―瞳。額に感じた……あの、温かい熱。
「あなたは……」
誰―――?
瞳の奥、焼き付くように疼く記憶を感じながら。
王子は、蒼に向かい、心の中で問い続けていた。

***

その後の船旅の中でも、王子は彼女を探し続けていた。
家臣たちの内では、徐々に、“もう、彼女は見つからない”という声もささやかれるようになっていることは、彼も分かっていた。
それでも、王子は……そして姫もまた、ふと顔を上げた時、何事もなかったかのように、無邪気な笑顔の彼女がそこに現れるような、そんな期待を捨てきれないでいた。
日々を過ごす中で、ふとした瞬間、無意識に彼女の姿を探している。そんな自分に気づく度、王子は深く息をつき、船の周りに広がる海に目を向けた。
彼女が消えてしまったあの日から、変わらないままの蒼を見る度―王子の記憶が、小さく揺れる。その揺れは、水面に微かなさざ波がたつような、わずかなものであるのに、いつも王子の胸に確かな痛みを残す。
その記憶が何なのか、分からない。あの夢の中で自分の手を引いた熱が、海底から響いた声が、誰のものなのか。そして……大きく揺れた記憶の中で、自分の額に触れたあの熱は?青い青い、あの、目は……?
揺らめき、確かな形として現れてはくれない記憶に、日を重ねるにつれ、陸に立っているはずの自分の脚が崩れそうになっていることを、王子は感じていた。

「……人魚、みたいだ」

王子は、小さくつぶやく。
尾ひれと、水を失くした、人魚のように。世界の、進み方も。呼吸の仕方さえも、分からない。
―それは。
あの笑顔が……消えて、しまったから。
「……何処に……?」
王子は、姿の見えない彼女へと、心の中で尋ねる。

今いる、その場所は。
君が、笑える場所ですか?

―出会ってから今まで、一度もしゃべることのなかった、君。
いつも、君は、その目ですべてを伝えていた。その目の奥に、ずっと、悲しい色が潜んでいたことに気づいたのは、君の消える、ほんの少し前のある日。自分の前ではきらめく笑顔しか見せることのなかった彼女の悲しみが何なのかを、その口から聞くことはできなかった。
それが―本当に、悲しかった。自分の力のなさを、強く感じた。今、彼女がいるところは。彼女の悲しみを……消してくれる、場所なのか。
もし、そうならば、どうか。彼女に―本当の、笑顔を。
船縁で、蒼を見つめるたび―。王子はただ、それだけを、願っていた。

***

船は、明日、陸へ帰る。
雲一つない青空が広がるその日、王子と姫は、船縁へともたれかかりながら、二人、果て無く広がる海を見つめていた。隣で真っ直ぐに前を見つめる姫へ、王子が言った。
「―あなたと出会った、あの日……僕は、自分の命が、もう一度始まったように思うのです」
姫と同じ方向を見つめ、王子はつぶやく。
「乗っていた船が嵐の中、波に呑まれた時、僕は―自分の命が、消えていくのを感じていた。けれど、僕の命は、繋がれた。もう一度、この世に生まれたような感覚でした。そして、あなたに出会った。新たな命も、誰かを想う気持ちも―あの日から、始まった」
「……王子……―――」
王子の言葉を聞きながら、姫も、在りし日へと想いをはせた。
―水にぬれ、小刻みに震えていた王子の身体。蒼白く、冷たい、その顔。途切れかけた―儚い吐息。
『この人を、助けて……!』
そう、ひたすらに、神へ祈った。そして、固く閉じられたままの瞳が、静かに開いた時、こみあげた安堵と…喜び。あのとき、肩の力が抜けた自分は、ふと先ほどまで王子のいた蒼を見つめた。そこで……自分は。―――自分、は……。
「……あ……」
姫は、小さく息を漏らす。
「姫……?」
自分の名を呼ぶ王子の隣、姫は、瞳をゆっくりと閉じ、記憶を辿った。
そして、しばらくの後、その瞳を開くと―碧い眼で、遠く、遠くを見つめた。王子は、何故か―その瞳から目を離せないまま、開きかけた口を閉じる。
「王子。私は」
姫が、告げた。
「あの日……波間に、誰かを見たような気がするのです」
「誰、か……?」
姫の言葉に、王子の記憶が、揺れる。
「嵐にのまれたはずの王子を、陸で見つけ申し上げたとき…私はきっと、いえ、確かに、誰かを――」
自分の中へふと現れた小さな記憶に、戸惑っている様にも見える姫の瞳には……けれどどこか、真実を知ったかのような、強い光が浮かんでいて。
ゆらゆらと揺らめく記憶を感じながら……王子は、その瞳を、ただ見つめていた。

***

自分より少し先に船室へと帰っていった姫の目を思い出しながら、王子は、船縁の手すりを握りしめた。二本の脚で立つ地面が、ひどく不安定に感じられる。自分は、とても大切なことを、大切なものを、失っているような気がして。
その予感は、姫の瞳を見た時から――どこか、確信に変わりつつあった。
「僕、は……」
王子の記憶に、波紋が広がっていく。その時、姫の言葉が、脳裏を……よぎった。

―あの日……波間に、誰かを見たような気がするのです―

「波間、に……」
はじけたように顔を上げ、王子が見つめた先にあったのは――海。
その瞬間。海の蒼色にほどかれるように、今まで揺れる記憶の中で見たものすべてが、王子の瞳の奥、一斉に溢れ、流れ出した。それらが、王子の中で、一つの形に収束していく。
そして。

光の中。すべてが―――重なっていく。

《激しく揺れる、蒼の中》
《自分の手を引いた、小さな手》
《陸の上、額に、祈るように落とされた口づけ》

海の中からも。陸の上でも。ずっと僕を見つめてくれていた……。

“君”の――青い、瞳。

「――――――!」
その瞳は――彼女の。

ああ……そうか。

「――君、だったんだね……?」
あの日、僕を、救ってくれたひと。そして、最期まで。僕の笑顔を……祈って、くれたひと。
すべてが、《分かった》ような、気がした。
そのとき、芽生えた。一つの……確かな、決意。
「―――ああ」
王子は静かに、儚くも強き光を、その瞳に浮かべた。
―“君”と共に、僕が失った、世界の進み方。もう一度……それを、選ぼう。
落ち行く蒼の底、君が引いてくれた――自分自身の、この手で。

***

船が、陸へと向かう―最後の、夜。最も満ちた月が照らす船上に、王子は一人、歩み出した。そっと踏みしめた船底の音を聴きながら、彼は思った。
今まで……僕は、この二本の足で立ち、陸を踏みしめ、生きてきた。彼女は……そんな、僕にとっての陸である、“海”を残し。ここに―――来てくれたのだ、と。
小さく……微笑んだ。
自分の奥からあふれだす―優しい、熱。ただ、君へと向かう、この熱さを。僕は――届けよう。
それが、僕の選ぶ、世界の……進み方。

一歩、一歩。王子は、足を、進める。陸を歩くこの感触を―忘れないよう、足へと、刻みつけるように。
その道の途中に。姫は……佇んでいた。
王子は、足を止め。姫を、静かに見つめた。
「…………―――――」
姫は、何も言わず、ただ真っ直ぐに、王子を見ていた。その瞳は―清らかで、真っ直ぐな光を宿しながらも、小さく揺れていて。何よりも美しく―悲しかった。
「……姫」
王子は、口を開く。言葉では、伝えられないと、どこかで分かっていた。けれど、このひとは、知っていてくれるということも……どうしようもないほど、分かっていて。

「――ありがとう」

言葉で、伝えたかったのは。
その、一つ。

「……はい」

微笑んで、碧き瞳へと浮かぶ透明を月明かりに光らせながら、そっと礼をした姫へ。王子は、祈るように微笑むと―彼女の前を過ぎ、歩んでいった。

船縁へ辿り着き、王子はそっと、自分の足を止めた。目の前に広がるのは―あの日から変わらないままの……蒼。
深く深く、呼吸をする。そして、静かに、蒼を見つめた。

淡く消えてしまっていた記憶は――もう、失われることはない。ずっと、君はそこにいてくれた。僕を真っ直ぐに見つめてくれていた―青い、君の、目。その目を見る日々の中で、いつの間にか芽生えていた、願い。
連れ出して、あげたいと思ったのだ。君の目を、悲しい色に染めるものの元から。瞳ですべてを語っていた……彼女を。
あの日の、蒼い記憶。温かい、手。僕を、冷たい蒼の中から救った、光。僕の笑顔を願ってくれた……君の、声。

行かなければ。
彼女の手を、取るために。たとえ、陸へ戻れなくても。せめて、海の底、彼女の傍に。

陸を、強く蹴った。宙(ちゅう)へと舞う自分の身体を―刹那の後に包んだのは、君と出会った……蒼で。
今度は、僕が。君のいる……その、場所へ。


―――届いて。


君へ、手を伸ばした。

あの日、海面へと伸ばされた、白い指先。

今、在りし日の声へと、伸ばされた、手。


蒼の中で……二人の指先が――ふれた。
第二十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.31(Wed) 20:30

人魚姫論争



続きを読む
第二十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.31(Wed) 20:29

旅人マトン

   旅人マトン


こつん、こん、こん
扉に何かが当たる音がした。
「どんぐりだな。北風が連れて来たんだ」
マトンはそうつぶやくと、マフラーを黄色いしなやかな首にくるっと巻いた。
 マトンは、ぐんじょう森に住む子狐だ。黄金色の冬毛を自慢げに毛づくろいしている。これから旅に出るための準備だ。身支度オッケー、食糧よし、持ち物も準備万端。今年も北風の吹く季節になった。これは旅に出る合図だ。マトンは毎年、この時期には旅に出る。どこへ行くとも知れず、数ヶ月、気ままに出かけるのだ。
マトンが留守の間、彼の住んでいた木のうろは、リスたちの住処となる。親もとを離れ、始めて長期休暇を過ごす子リスたちが、方々の巣穴から集まってくる。ここで集団生活と宿泊を経験し、新しい季節を迎えるのだ。フクジュソウの黄色い花が姿を見せ始めると、彼らは一回り大きくなって、家族の待つ巣穴へ帰っていく。このリスたちにとっても、一大イベントなのである。

北からの強い風に吹かれて、どんぐりの木のうろから一匹の狐が飛び出した。寒空の下、マフラーが風になびく。腰には食糧や最小限の旅道具が入っている麻の小袋。その袋からは、ころころころと、リスたちの集めてくれた森の木の実の楽しげな音。マトンは鼻先を空にツンと向けた。
(うん、まだまだ雪は降らないな)
落ち葉の溜まった大地をひたすら駆けて行く。ぐんじょう森の木々が目の端を流れる。森に漂う甘い匂いは、土にかえっていく落ち葉の匂いだ。その匂いの隙間から、さらさらと話し声がする。
(落ち葉の音?)
マトンは立ち止まった。
足元、木の下、大地全体から音がする。さらさら、かしゃかしゃ、みずならの落ち葉が不自然に揺れ動いている。ははあ、とマトンは思って、その茶色い葉のひとひらをめくってみた。
「やあ、何すんだい!」
落ち葉の下、そこには、何十ものてんとう虫がびっしりと固まって座っていた。そのうちの一匹が声を上げたのだ。黒い小さな目が一斉に振り向いた。
「やっぱり、きみたちだったんだね。今年も仲間が多いなあ!」
マトンが感心して言うと、最初に声を上げたてんとう虫が、いらいらしながら言った。
「まったく、のんきな旅人だ! こっちは、誰を追い出すかの話し合いをしているっていうのに!」
「え? 追い出すって?」
「今年も、冬を越すための場所取りにあぶれたやつがいるんだ。そいつらが俺たちのホテルへ溢れんばかりに押しかけたのさ」
その横にいるてんとう虫が言った。
よく見ると、この辺りの落ち葉は何層にも重なっていて、きれいに整えられている。初めは気づかなかったが、「つるばみホテル」という、小さい小さい看板がてっぺんに立っていた。成虫のてんとう虫たちは落ち葉の下や、木の幹で越冬する。大勢で肩を寄せ合って過ごすのだが、当然、場所取りに出遅れる者もいるようで……。このように大きなホテルでも、収まり切らないほど多くのてんとう虫が訪れ、あふれてしまうことがある。ひとりでホテルの一室――、一枚の葉の下を占領している者もいるというのに。そのことは、落ち葉からする音の数で分かった。マトンもだてに耳がいいわけではない。
「まだ、入れる余地はあるだろう?入れておやりよ」
すると、途端にてんとう虫たちは顔をしかめた。
「な、何を言い出すんだ!」
「どうしてきみなんかに、そんなこと言われなくちゃいけないんだ」
「部外者は黙っていろよ!」
マトンは、胸の辺りに灰色の絵の具が溶けたような気持ちになった。とても、嫌な気持ちだ。
「でも、入れるのに入れてやらないのは、ひどいよ……」
てんとう虫たちはマトンの呟きを無視して、場所取りができなかった者たちをホテルから押しやっている。入れなかった者は三十匹ほど。横になったり、ひっくり返ってしまったりした者も出てきた。それを見て、マトンは居ても立っても居られなくなった。押しやられて転倒したてんとう虫に、鼻先をそっと差し出す。
「じゃあ、きみたち、僕についておいでよ。僕が、旅の途中でとっておきの場所を見つけてあげよう」
「ほ、本当?」
「うん、もちろん!僕は旅人、旅人マトンだからね」
「わーい!」
ひし、と、一匹が鼻先にしがみついた。二匹、三匹、ぶーんと飛び立って四匹、……こうして、全員がマトンの頭の上に登り終えた。彼らが上から、ホテルを見下ろして叫ぶ。
「やーい、いいもんね、僕らはいい住家を探しに行くもんね」
「冷たい奴らとは、おさらばだ!」
マトンは、それじゃ、とホテルのてんとう虫たちにお辞儀をすると、北風に乗ってひとっ飛び、森を抜けて行った。後ろからは何やら声が聞こえたが、もうそれも風の音と混じって、わからなくなった。駆け抜けながら、マトンは小さい頃、父さんに教えてもらった歌を口ずさむ。

雪ふりゃこんこん、足跡てんてん、お宿の仲間にゃよーいよい、暖をとるもの集まれや

すると、頭の上のてんとう虫たちも調子を合わせて歌い出した。

雪ふりゃこんこん、足跡てんてん、お宿の仲間にゃよーいよい、暖をとるもの集まれや



それから幾週間が経ち、マトンたちは開けた野原に出た。遠くまで広がる薄茶色の大地と、その上に被さる薄曇りの空。地面は冷えて固い。辺りはしんとしており、そろそろ雪が降り出しそうな気配が漂っていた。
今までの道中、てんとう虫たちの住処探しをしてきたが、どこもパッとしなかった。彼らもなかなか注文が多く、ここでもない、あそこでもないと、わいわい議論をしているうちに、もう、雪が降りそうな時期になってしまった。
「まずいぞ、そろそろ僕らの住処を見つけないと、雪が降ってきてしまう」
「やっぱり、昨日見つけた木の幹が良かったんじゃないかなあ」
「だめよ、あそこの木にはおっきなミミズクが住んでいたもの。邪魔だ! って、追い出されちゃうわ」
「そもそも、一昨日のならの落ち葉にするべきだったんだよ」
頭上で繰り広げられる言い争いに耐えられず、ついにマトンは困った顔で言った。
「も~、みんな、僕の頭で喧嘩しないで~」
すると、てんとう虫たちのうちの一匹が声を上げた。
「あ! あの岩かげが良さそうだとは思わないかい!?」
みんながその方を見る。野原の外れに楕円の形をした岩があり、ちょうどその岩かげに落ち葉が溜まっている。風に吹かれることも、雪に埋もれることもなさそうだ。今度はてんとう虫たち全員がうなずいた。
よし、と、一歩踏み出したとたん、マトンは何かにつまずいて転んでしまった。てんとう虫たちは振り落とされまいと、必死に彼の頭にしがみつく。マトンは、頭の毛がきゅーっと引っ張られたので、痛くて目尻に涙が浮かんだ。
「いててて……」
目をこすりこすりして、マトンが身を起こすと、そこにいたのは一羽のユキウサギ。黒くて丸い澄んだ目が、茶色の毛の中からのぞいている。茶色い体が土色の地面に溶けて、そこにいたのがわからなかったのだ。
「ちょっと、どこ見てんのよ」
ユキウサギは冷たい目でマトンたちを一瞥すると、くるりと後ろを向いて、とっとっとっ……と、去って行ってしまった。少し離れただけで、地面なのかウサギなのか、すぐに見分けがつかなくなった。
 マトンはすまない気持ちでいっぱいになったが、その一方で、てんとう虫たちはあまり気にしていない様子だ。ぞろぞろとマトンの頭から降りていく。ぶーんと、飛んで降り立つ者の小さな羽音が耳に響く。今回は全員の意見が一致したようだ。みんな、新しい住処を褒め称えながら、岩かげへぞろぞろ入っていく。
「ここは今までで一番いいぞ!」
「最初にここを見つけたのは誰だっけな?」
「ここなら、あたたまりながら冬を越せそうだわ」
このような具合で、彼らはみんな、めいめいの位置におさまった。
外で、にこにこしながらその様子を見ていたマトンを、みんなが一斉に見上げる。
「ありがとう、マトン」
「君がいなかったら、寒さに凍えていたところだったよ」
「僕らのワガママに付き合ってくれるなんて、本当にいい旅人さんだ」
「ありがとう」
「ありがとう」
マトンは、てんとう虫たちを見回して言った。
「僕は、気ままに旅をしているだけさ。短い間だったけれど、君たちと一緒に過ごせて楽しかった。こちらこそありがとう。では、さようなら」
てんとう虫たちが小さな手を振って見送る。マトンは振り返り振り返り、そこから去っていった。たった今別れたてんとう虫たちを思い浮かべながら、マトンは歌を口ずさむ。

 雪ふりゃこんこん、足跡てんてん、お宿の仲間にゃよーいよい、暖をとるもの集まれや

 *

 それから何日か経った夜。また別の野原のはずれ、マトンは木の下で休んでいた。音もなく光る星の下、広い野原も静まり返ったように見える。しかし耳を澄ますと、昼間聞こえていたよりも多くの、小さな物音が耳をくすぐってくる。マトンにはそれが、夜に起き出す動物たちの音や、土の中を動き回る虫たちの音だとわかった。その音の中に、とっとっとっ……と、聞き覚えのある音がかすかに混じった。マトンは首をかしげる。
(この夜に、誰の足音だろう? どこかで聞いたことがあるような、)
マトンは身を起こして辺りを見回した。とっとっとっ、とっとっとっ……と、足音はだんだんこちらに近づいてくる。そのとき、さっと北風が吹き、マトンはその冷たさに身震いした。そして、その風に乗って流れてきたにおいで、足音の主が誰なのか気付いた。
(この前会った、ユキウサギだ)
ユキウサギは、もう、マトンの目の前までやって来ていた。辺りはすっかり暗くなっており、その中で黒い瞳だけがきらりと光った。ちょこんとお辞儀をして、話を切り出す。
「こんばんは、私はユキウサギ。この前の旅人さんでしょ? あのときはきつく言ってごめんなさいね」
「いや、こちらこそごめんね。僕の不注意できみを蹴飛ばしてしまって」
マトンは深々と頭を下げた。ユキウサギは、そんなことはどうでもいいのよ、とでも言いたげに、顔の前で手を振って話を続けた。
「いいの、いいの、お互い様よ。それより、あなたは旅人さんなのでしょう? 旅の面白いお話を聞かせてくださいな」
「えっ、旅の話をかい?」
「そうよ、ぜひ聞きたいわ。どんな冒険をしてきたの? 夜が明けるまで、ずっと聞いていたいのだけれど、いいかしら」
 ユキウサギはマトンの横に腰を下ろし、すでにくつろいでいる様子だ。何を言っても一晩中動きそうにない。マトンは戸惑いながらも、断れない性格なので仕方なくうなずいた。それを見たユキウサギの、期待するようなまなざしを受けながら、ぽつぽつと話し始める。
「冬に旅に出るのは、これで三回目なんだ。父さんの旅についていったのが最初でさ。そのときの出来事と言えばね、――」

旅のお話、話す者と聞く者。冬の夜は二人を静かに包み込む。どこか遠くから、ミミズクの鳴き声が聞こえてきた。それは、一ヶ月ほど前てんとう虫たちといたときに見た、木の主の声だろうか……。マトンは、ユキウサギに話をしながら、そんな事に思いをはせていた。そして、旅の話をしていくうちに、だんだんと不思議に思ってくることがあった。
(父さんとの旅が終わった後、すぐに親元を離れて、もう二年経つ。僕は、どうして一人になった今でも、冬の旅を毎年続けてなんかいるんだろうなあ)
風が吹き、マトンの鼻の先で感じる気温が、ぐんと下がった。夜も更けてきたようだ。マトンは話をいったん止めて、ひとつ大きなあくびをした。ついでに、固まった体をほぐすために大きな伸びをしようと体をゆすった。すると、さっきまで相づちを打っていたユキウサギの体がもたれかかってくる。マトンは片手でそれを止めた。
「おい、そんなに寄らないでくれよ、伸びができないじゃないか」
ユキウサギに顔を近づけて文句を言う。マトンは、そこでようやく、ユキウサギがいつの間にか寝入っていたことに気が付いた。
「おや、もう寝てしまったのか。どこまで僕の話を聞いていたのだろう? まあ、夜も遅いし、僕も寝るとするか」
マトンは尻尾を顔の前に寄せて上半身を縮め、くるりと丸くなった。そして、すぐに寝息を立て始めた。その小さな音は、冬の星座を映した空に消えていく。夜空は、いつにも増して、ひっそりとしていた。

 朝になり、マトンはあまりの寒さに目を覚ました。木の下で寝ていたが、読みが甘すぎたようだ。彼が思っていたよりも、今朝の冷え込みはきつかった。
木のうろや洞穴で寝たほうが良かっただろうと後悔したところで、隣で寝ているユキウサギのことを思い出した。自分よりもひとまわり小さい彼女は、いっそう寒かったのではないだろうかと、あわててそちらを見た。そこにいたのは、想像していたような茶色い小さなウサギでなく、こんもりと、白い毛に覆われたいきものだった。
「うわ、だ、誰!?」
マトンが驚いて声を上げると、その白い毛玉から、二つの細長い耳が、ぴんと突き出した。そして、その下に黒い瞳がぱちりと現れる。そこでようやく、この白いいきものが、冬毛に生え変わったばかりの、昨晩のユキウサギであったのだとわかった。
「きみ、昨日のユキウサギか! 朝起きたら、きみの毛が見違えるほど綺麗な白に染まっていたんで、一目見ただけではわからなかったよ」
ユキウサギはそれを聞いて、自慢げに大きく伸びをして言った。
「おはよう、旅人さん。ええ、そうよ。昨日、すべて白い毛に生え変わったの。旅人さんに会ったのは昨日の夜だったから、私の体の色はわからなかったでしょう? 私が白くなったってことは、もうすぐ雪が降るってことよ」
その言葉が、寒い野原のはずれに響いた。
「雪が。もう、そんな時期になっていたのか」
そのとき、マトンの鼻先に、ふわりと白くて冷たいものが触れた。それは、彼の吐いた息で一瞬にして小さなしずくになった。
「ほら」
ユキウサギが空を見上げ、マトンもそれに続いて顔を上げた。白い空から、空の破片が小さくちぎれ、ちらり、ちらりと、細かい雪が舞い始めた。周りを見回すと、渋い茶色の野原のはずれを背景に、白い小さな雪が降っているのがわかる。二人はじっとその景色を眺める。すぐそばで体をくっつけていると、黄色と白の毛の温かさが合わさって、あまり寒さを感じなくなる。ユキウサギが、雪を目で追いながら話し始めた。
「私は最近、ちっとも眠れなくて、困っていたのよ。そうしたら、昔聞いた話を思い出して、旅のお話を聞きに行こうと思い立ったの」
「旅の話を聞くと眠れるのかい?」
「そういう話を聞いたことがあっただけよ。でも、旅についてのお話では、ちっとも眠くなんてならなかったわ」
「でも、きみは、昨日の夜、僕よりも先に寝ていたよ」
ユキウサギは嬉しそうに、こくんとうなずいた。
「そうなの。それはね、お話の途中で歌ってくれた歌で、不思議と、うとうとしちゃったのよ」
「あの歌のことかい? 父さんが教えてくれた歌だよ」
「あら、そうなの。不思議な歌よね。あの歌を聴くと、自然と心が温まる気がするわ……」
そして、はっとしたように空を見上げた。雪の降る中、太陽が、白い空の東の方にうっすらと浮かんでいるのが見える。地面には、二人の座っている所を除いて、雪が積もってきていた。
「いけない。旅人さんを、これ以上引き止めてはいけないわ」
ユキウサギはぴょこんとお辞儀をした。
「私にお話をしてくれて、どうもありがとう」
「いやいや、そんな、僕はたいしたことはしていないよ」
マトンはそう言って立ち上がった。頭に薄く積もった雪を振り払う。
「ねえ、最後にもう一回あの歌を歌ってくれる、旅人さん?」
「いいよ、この歌、僕も好きなんだ。気に入ってくれて嬉しいよ」
かすかに風が吹いて、マトンの周りで雪がふわりと舞った。鼻先を天に向けて、踊るように歌いだす。

 雪ふりゃこんこん、足跡てんてん、お宿の仲間にゃよーいよい、暖をとるもの集まれや

ユキウサギも目を細めて歌い出した。

 雪ふりゃこんこん、足跡てんてん、お宿の仲間にゃよーいよい、暖をとるもの集まれや

マトンは、くるくると舞う雪に合わせ、あたりを駆け回る。踊るようにして、だんだんとユキウサギから離れていく。彼女が雪の色に混じって見分けがつかなくなるほど離れたとき、マトンには、「もう、覚えてしまったわ。これで今夜も、この歌を口ずさんでぐっすり眠れるわ」そう、つぶやく声が聞こえた。

 *

 マトンは、雪の降る中、どこへとも知れず駆けていった。ユキウサギと別れて幾日か経ち、雪もだいぶ積もってきていた。自分の足跡が、自分のうしろを転々とついてくるのがわかる。
大きな湖のほとりで、マトンは立ち止まった。夜明けまであと少し。マトンがここに来たのは、去年旅の途中で会ったシカに、特に寒い冬の日の早朝、ここですばらしい景色が見られると教えられたからだ。
湖近くの木の下に突き出した岩に腰掛け、朝日が昇るのを待つ。静かな冷えた朝だった。
(僕は、どうして旅をしているんだっけなあ)
マトンは、ユキウサギに話をしていたときに思ったことを、思い返していた。
三年前、父さんと冬の旅をしたとき、マトンはただその後をついていくだけだった。父さんの大きな黄金色のしっぽを追いかけて走り、その道中、いろいろな動物たちに会った。彼らと別れるときに、父さんは決まって、あの歌を歌っていた。不思議な歌、心あたたまる歌。みんなはその歌を聴いて笑顔になり、その歌を歌い明るくなった。それを思い出して、マトンはふふ、と笑った。白い息がふわりと上に上がっていく。
(僕は、あの歌が歌いたくて旅をしているのかなあ)
そのとき、マトンの頭に冷たい雫が降ってきた。そして思わず上を見上げて、驚いた。
「わあ、なんて綺麗なんだろう!」
頭上に広がる木の枝に、細かい雪の結晶がたくさん連なっていた。まるで、木全体がチクチクとした乳白色の雪でできているようだった。薄暗い空に、はっとするように白い木の枝が広がる。あちらの木も、こちらの木も、すべての木が冬の色に染まっていた。
(僕の吐いたあったかい息が、枝の雪を溶かして、雫が落ちてきたんだな)
マトンは木の枝を見上げ続けている。じっと見ていると、枝の雪が、やわらかな水色の陰を帯び始めた。――朝日が昇ったのだ。

 どうして旅をするのかな どうして続けているのかな

しゃらん、と音がして、こんな歌が聞えてきた。それに続いて、硬い小さな氷がこすれあう音がする。マトンは湖に目を向けた。そこには彼が今まで見たこともない、幻想的な景色が広がっていた。
(きらきらした宝石が、降っている)
雪ではない、氷の粒が空から流れ出していた。朝日に照らされて、無数の小さな粒たちが、尖った光を反射している。北からの風に吹き上げられて、いっそう輝きを増して湖に舞っている。マトンは、これが、シカの言っていた「すばらしい景色」なのだとわかった。
きらきらの中から、しゃらんと音がして、また、小さな声が歌った。

 どこから旅して来たのかな どこまで旅をするのかな

まるで、目の前で揺れる宝石が歌っているようでもあり、マトン彼自身の心が歌っているようでもあった。旅、とマトンはつぶやいてみた。今彼は、旅の真っ只中にいた。先ほどと同じことを、繰り返し、思ってみる。
(僕は、どうして旅をしているのかな。あの歌が歌いたくて旅をしているのかな。どうなんだろう)
宝石たちは、ささやくように問いかけている。それを聞きながら、マトンはふうと息をついた。今のところ、その答えはどうもまだよくわからない。けれど、とつぶやく。
(――こんな景色が見られたり、いろんな動物たちに出会えたりするのが、楽しいってことは、わかる)
うん、とひとつ大きくうなずいてマトンは立ち上がった。氷の張った湖は、まだ溶けそうにない。もう少しの間、冬は続きそうだ。しっぽに積もった小さな氷をふりはらうと、彼は湖を背にして歩き出した。しゃりしゃりと、心地よい音が朝の高い空に響く。遠ざかるにつれて、湖からのささやき声はだんだんと薄れていった。

狐の父さん歌ってた 狐の息子も歌ってた

凍える冬に 心あたためる

不思議な歌が 伝わっていく

動物たちに 伝わっていく
第二十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.31(Wed) 20:27

星鳴き

星鳴き


まだ、夜空に白い帳がなかった頃。この世界は果てしなく広く、聳え立つ大きな灰色の壁も、目を射るような灯火もなかった頃。ただ空に浮かぶいくつもの輝きだけが、その柔らかな光で世界を照らしていたころ。じつは、そんな日々があったのです。わたしたちがここにうまれる、そのずっとずっとまえに。
この世界の片隅。それは、橙に染まった落葉が一枚一枚まで眠り込み、せせらぎのくしゃみが草原の隅々まで届くような、そんなある夜のことでした。

  *  *  *

草原の端なのか、はたまた森の淵なのか。そのふたつが、まるで溶け合うようになっている場所があります。いつしか「あわい」と呼ばれるようになったそこに、ある一匹のうさぎが暮らしておりました。名前を、ココといいます。ぴんと伸びた小さな耳に、光り輝くように真っ白な毛並みのうさぎです。草むらにいるとすぐにそれと分かりますので、みんなは「一番星のココ」と呼び倣わしておりました。
その日の夜、一番星のココは、真夜中にふと目を覚ましました。けれど、どうして起きたのでしょうか。ココにはさっぱり分かりません。ぴんと伸びた耳を欹ててみても、それらしい物音はひとつも聞こえないのです。ただ、優しい夜の風が草原を抜けてくる、その声が微かにするだけ。ココを狙う獣たちの唸りや、真っ黒な雨雲の近づいて来る足音も聞こえません。ココの耳の捉えた限りでは、普段とあまり変わらない、平和な夜です。
けれど、そこには普段と全然違う何か、例えば夏の訪れを告げる湿った風や、或いは雪の合間に漂う花の香り、そんな何かが、あるような気もしたのです。
ココの鼻がぴくりと持ち上がって、夜の匂いをいっぱいに吸い込みます。胸の中に、ほんのり涼しい夜が膨らんで。すると、柔らかく湿ったような空気の中に、ほんの少し、何か煌めくような香りがしました。それは、大好きな人参の匂いや、森の木々の匂いや、雨上がりの土の匂いの全てにも似ていて、だけどその全てと違う、何とも美しい香りなのでした。

「この匂い、ということは……」

部屋の隅に溜まった闇をぼんやりと眺めながら、ココは少しばかり考えを巡らせました。この匂いは、何だったかしら。きらきらして、しっとりして、ぴりぴりして。不思議な感じがするのに、怖い感じはしない。
こんな香りが漂う夜は、確か――――。

「……星鳴きの夜、かしら」

小さく、ココは呟いてみました。
こういうことは声に出してみると、なおのことそうであるような気がするものです。ココはもう、今夜が星鳴きの夜だということを信じて疑いませんでした。一瞬、ほんの一瞬だけ、不安で背筋がびりっとします。けれど、ココは頭をひとつ振って、滑るように窓から庭へと降りました。その場でじっと待っていられるような、そんな気分には、どうしてもなれなかったのです。
外は、夜に覆われておりました。足元の草は少しばかり露に濡れて、ココの足をそっと撫でてゆきます。ふと見上げてみると、ココの思った通り、空には大粒の星が今にも零れそうに輝いて、ともすれば頭をぶつけそうな具合でした。空を見上げたココの口から、小さな溜め息が溢れます。今晩はどうやら、本当に星鳴きの夜のようです。もうひとつ頭を振って、ココは静かに走り出しました。目指すのは、この辺りで一際高い「涙の丘」の天辺です。

星鳴きの夜は、何年かに一度、星の一段と美しい夜に起こる大空のお祭りだ――――ココは、そのように聞いておりました。前に起こった時には、ココのお父さんも、お母さんも、それを見たといいます。ココもその場におりましたが、まだ右も左も分からぬ子うさぎでしたから、それがどんなに美しく素晴らしいものか、全く覚えてはいません。ただ覚えているのは、不思議な匂いのする夜だったこと。とても胸がドキドキしたこと。そしてその夜に、ココのお父さんとお母さんがいなくなってしまったこと。それだけは、ココの心にもよく残っておりました。
だから、実を言えば、ココは少しばかり星鳴きの夜が怖かったのです。お父さんとお母さんがいなくなってしまったのは、星鳴きの夜のせいだと、ココは思っておりましたから。それに、満天の星空に魅せられて外へ出てくるのは、何も草を食べる動物たちだけではありませんから。もちろん、ココはその事をよおく心得ておりました。
ですから、最初のうちこそココは、静かに、慎重に進んでいたのです。駆け出しそうになる気持ちを、ひとつ、ひとつ、息をする度に落ち着かせて。けれども、ただでさえ空の星には、あらゆる生き物の心を惹き付ける力があるもの。じっとしていられないのは、ココのせいではありません。空に幾つもの星が輝くなら、私たちだって、それを見上げずにはいられないのですから。
気付けばココは、柔らかな毛並みを星明かりに波打たせて、出せる限りの速さで丘へと駆けておりました。

「……ココ。ココ」

丘まであと少しというところ。昼間なら聞き逃してしまいそうな程小さな声が聞こえて、ココはぎくりと体を縮こまらせました。けれど、ココがその長い耳をぴんと立ててみても、同じ声は聞こえてきません。しかし暫くすると、代わりに草の影が揺れて、そこから一匹のねずみが顔を出しました。緩やかに撓った鬚が、鼻の動きに合わせてぴくぴくと動いています。毛並みは滑らかで、星の光を弾いて澄んだ銀色に輝くようです。その中から、優しく濡れた真っ黒な目が、ココを真っ直ぐに見つめておりました。
彼の名はルル。ココの、たった一人の親友です。

「まあ、ルルも星鳴きを聴きに行くの?」

途端に全身の力を抜いて、ココは明るい声でそう返しました。

「そうさ。決まっているじゃないか」

ルルはそんな風に、小さな胸を精一杯張って言います。それは、どこか澄ましたような言い方でした。ルルはいつも、少しばかり澄ました顔をしています。けれどその髭が揺れているのは、ルルがとても緊張しているという何よりのしるしなのです。ココはそのことをよく心得ておりました。ですから、これも星鳴きの夜の力なのかしらと、少しばかり多めに瞬きをしました。

「何て言ったって、今日はこんなに星が綺麗なんだ。きっと、とても良い音がするに違いない」
「ルルもそう思う?」
「そうさ。この草原に住むものが空を見たなら、みいんなそう考えたと思うよ」

ルルはそう言って、ふと丘の方を振り返りました。ココもつられて目を上げると、丘の左手に広がる森と、その上に広がる夜空との間に、一段と明るい星が輝いています。他の星々は僅かに金色を帯びているのに、その星だけは澄んだ銀色に、そして殊の外明るく輝いておりました。ココは、その美しさに小さく息を飲みました。

「綺麗、あれが「響き星」なの……?」
「そうとも。響き星が東の空で大きく煌めく時、全ての星たちが一斉に響き始めるんだ――――」

ルルは暫くきょろきょろと空を見回しておりましたが、丁度同じものを見つけたようでした。満月のように丸い両の耳が、慌てたようにぴくんと動きます。

「しまった、もうあんなところに出ている」
「急ぎましょう。丘まで少しも無いわ」

そう言うや否や、ココは軽く背を低めて、それから全身の力で勢い良く飛び出しました。
湿った土はココの足を柔らかく支え、隣を進むルルは、その小さな体で草を薙ぎ倒すようにして走ってゆきます。あの煌めくような香りが次第に強くなっていくのを、ココは心臓が痛くなるほど感じておりました。何かがココを引っ張っているようでした。ココの心が、身体が、ココという全てが、空へ空へと駆り立てられていくのです。
まるで転がるように、ココとルルは駆け抜けて行きました。もう丘は見えません。その代わりに、足元の地面は少しばかり角度をつけて……それから段々と急になり……やがて、もう一度緩やかになって。

「――――なんとか、間に合ったみたいだね」

ため息のようなルルの言葉に、ココはしゃっきりと背筋を伸ばして、辺りの様子を窺いました。やはり、夜の草原は危ないという直感があったからでした。けれども、頭の上に広がるそれを見た瞬間にココは、あるかもしれない危険のことなど、全てどこか遠くへやってしまったのです。

それは、ココの目がまん丸になるほど、美しい景色でした。

あわいからでは見えるかどうかも怪しい森の天辺が、今はココの目よりも少し低いところにありました。太陽の下ではくっきり別れているはずの森と草原が、星の下ではほとんど見分けのつかないほど、同じ夜の色に染まっています。そしてその上には、ルルの瞳よりも深い黒をした夜の空が、大きく、そして高く、ココたちの上に広がって、あのなんとも言えない煌めくような香りを、ふんわりと降らせているのでした。
闇の中に濃い青を一滴垂らしたような空。そこに星の光は、まるで虹を帯びたように瞬きます。手の届かない、遥か高みに光るそれは、しかし庭から見上げた時よりも明るく、くっきりと浮かび上がって見えました。草木が風に靡く音はどこか遠くから聞こえて、代わりにココの心臓が、星の瞬きと同じリズムを覚えて、それをゆっくりと刻み始めておりました。

「……綺麗」

ココはぽつりと、そんな言葉を呟きます。

「そうだね。世界で一番、綺麗な空だろうね」
「ええ。きっとそうよ」

ルルの小さな呟きに、ココもまた、小さな呟きを返しました。何かとても張りつめて、少しのことで千切れてしまうような、そんな雰囲気が、丘の上には漂っておりましたから。
来てしまった。と、ココはそう思いました。小さかった頃は行きたくても行かせてもらえなかった、みんなに止められて諦めるしかなかったその場所に、ココは今、立っているのです。
ココを止めた大人のうさぎはみんな、星鳴きの夜に丘へ出掛けていって、そして、それきりココは彼らに会いませんでした。お父さんもお母さんも、やはりそれきりでした。きっと人間に捕まったのだとか、一緒に星になったのだとか言う者もいましたが、本当のところはココにも分かりません。結局みんな星鳴きの夜に消えてしまって、今ではココひとりきりなのですから。それでも、彼らがここへ来た理由は、ココにも何となく分かる気がしていました。ここに来るまでに感じた、この不思議な高揚感が、きっとその全てなのだろう。ココはそのように感じました。
きっと大人のうさぎたちは、ただ、この星空に引き寄せられてしまっただけだったのです。

「――――ココは、何をお願いするんだい?」

ルルは、何気なくそんなことを訊きました。
ココは空を見上げたままでしたので、ココを見上げるルルの、その不安げな顔には気付きませんでした。

「……お願い?」
「そう、お願いだ。響き星が空の真ん中に来た時、二度大きく瞬くだろう? その間に、お願いをするのさ」

そんなことも知らないのかい、とでも言いたげに、ルルはそう答えます。それからはっと息を呑むと、しょんぼりと背を丸めて、ごめん、と呟きました。ココが初めて星鳴きを聞きに来たことを、ルルはほんの一瞬忘れてしまっていたのです。
けれど、ココは星空に見とれながら聞いておりましたので、ルルが落ち込んでいることには気付きません。ただあやふやに、ええ、とだけ返事をしました。
ココは空を見上げながら、星の美しさと、お願いという、その二つのことについて考えていたのでした。なんだか、出来過ぎているような、そんな気がしました。お腹がいっぱいになった時に、大きくて甘い、とっておきの人参のことを思い出したような、そんな感じになったのです。それは、ココがそう思うというより、半分くらいは今見上げている空から降ってくるような、そんな感じだったのですが。

「――――ねぇ、ルル」
「何だい?」

ココは、ゆっくりと瞬きをしました。開いたココの目に、満天の星空が映りこんでいます。それを、ルルは何も言わずに、ただ黙って見つめていました。緩やかに撓った鬚が揺れます。心の中では、とても、とても不安な気持ちでおりました。ルルは、星鳴きを前にも見たことがあります。星鳴きを見た時に何が起こるのかも、ルルは全て知っていたのです。ですから、ルルは星を見上げるココの目を見て、心の底から悲しい気持ちになりました。

「これだけ素敵な夜空を見て、素敵な匂いを嗅いで、素敵な音楽を聴いて――――それでお願いまで叶えてもらおうだなんて、なんだか、欲張り過ぎじゃないかしら」

返事はありません。
その代わりに、鋭く息を飲む音が、ひとつだけしました。

「私たちは、お星様のお願いを、聞いてあげるべきだと思うの。だって、きっとこれだけのことをするのは、とっても大変だもの」
「――――ココ」

ルルは、ひどく強張った声でそう言いました。

「……なあに?」

ゆっくりと空から下りてきたココの視線を、ルルはその大きな黒い目で受け止めました。それから、少しばかり背伸びをして、ココの右手をしっかり両手で包み込みました。

「ココ。星に願いを掛けるのは、自由だよ。それは僕らの自由だ。だけどね、星に恋をしちゃダメなんだ。それをしたら星は、ココのお父さんやお母さんと同じように、ココを、ココのことを好きになって、連れて行ってしまうのだから――――」

 ルルがまくし立てるように喋るのを、ココは、ただぼんやりと見つめておりました。

「それ、本当なの?」
「本当だよ――――僕は、ココのお父さんとお母さんが星に恋をするのを見た。ココのことなんてもう覚えていないみたいに、二人は星に惹かれて行ってしまったんだ。草原のことも、森のことも、あわいのことも、全部忘れてしまったみたいに」

まどろむような、ゆっくりとした瞬きの後、ココの目の中に星の光が宿っているのを、ルルは見ました。心臓がぎゅっと締め付けられる、そんな痛みが、ルルの心を満たしました。

「ココ。ダメだよ。行っちゃダメだ」
「……私、それでもいいかもしれない」

ココは、ふわりと笑います。それを、ルルは半分泣きそうな顔で見ておりました。細くしなやかな髭が激しく上下に揺れて、ルルの体の震えがココにまで伝わってきます。それは、酷く苦しいことでした。ココの心はちくりとしました。けれど、空から降ってくる星のリズムが心を揺らす度、その痛みは少しずつほぐれて、やがて薄れて、消えてゆきました。
ルルは、ココを揺らす星のリズムを、包むように握ったココの右手から感じていました。

「いいのかい? それじゃ、それじゃココは、一人だ」

 ココはそっと目を閉じて、それから、左手をルルの手に乗せました。ルルの手の震えを宥めるように、優しく、優しく、その手でさすってやりました。

「大丈夫。私、きっと戻ってくるわ」
「……ココも、同じことを言うんだね。みんな、同じことを言う」

ルルはそう言って、それから少し笑いました。わざと、声を出して笑いました。その方がいいような気がしたからです。その方が、辛くないような気がしたからです。

「分かったよ、待ってる。帰ってきてね」
「ええ」
「絶対にだよ」
「絶対に」

 柔らかく微笑むココに、ルルは何か言いたげな顔をしましたが、すぐにそれを飲み込んで、ただ、ひとつだけ頷きました。そして、あの素敵な匂いがぐっと強くなるのを感じて、もうひとつ、頷きました。ぎゅっと力が入ってしまった両手を、ココはただ、静かに静かに、さすっていてくれました。

 それから、りぃん、とひとつ空が鳴り。

「――――始まるわ」

ココが弾かれたように顔を上げましたので、ルルもそのままつられて、夜空へと視線を飛ばしました。真ん丸に見開いた目に、小さな煌めきが、幾つも幾つも映り込みます。
満天に広がる星、そのひとつが大きく揺れたかと思うと、ガラスの破片のような美しい音を立てながら、地平線の向こうへ駆けてゆきました。それを見送ると、今度はまた別の星が、大きく揺れて、そして駆けてゆきます。星の駆けた後に、細くリボンのような跡が残って、やがて、ゆっくりと消えてゆきました。それはまるで、夜空に大きな絵を描いているように見えます。絶え間なく変わっていく星空に、ココとルルは、何も言わずに見入っておりました。 
ひとつが流れるともうひとつが、もうひとつが流れるとまたふたつが、後から後からとめどなく現れて。ただのひとつとして、同じ音を奏でるものはありません。幾重にも重なった星の軌跡が、その音が、香りが、柔らかい波となって夜空を揺らし、手を取り合ったココとルルの心までをも、そっと揺さぶるのです。それは、この世に又とない、素敵な素敵なひと時でした。

いつの間にか正面に昇った響き星が、ふたりの目を射抜こうとするように、ちかり、ちかりと瞬きました。その時が来たのです。ココとルルは顔を見合わせ、小さく微笑みあい。そして、ほとんど同時に、響き星を見上げて。

「「お星様。お星様。もし、叶うのなら――――」」

   *  *  *

 まだ、夜空に白い帳がなかった頃。この世界は果てしなく広く、聳え立つ大きな灰色の壁も、目を射るような灯火もなかった頃。ただ空に浮かぶいくつもの輝きだけが、その柔らかな光で世界を照らしていた頃。私たちがここに生まれる、そのずっとずっと前に、こんな出来事があったのだといいます。
 本当でしょうか?
それ以来、星を追ううさぎは無事を知らせるために、夜にはその影を月に送るようにした、とか。帰りを待つねずみは星が出始めると、今は街になった草原でうさぎを探し歩くようになった、とか。夜空に輝く星々は、時々生き物の心臓のように脈打つ、とか。
本当、でしょうか?

――――それは、空に輝く星だけが知っているのです。

おしまい 
第二十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.31(Wed) 20:24

泉のほとり

   泉のほとり
                 

    1

 小さな頃、私は父に連れられて気球に乗りに行ったことがある。窮屈な四角いかごは頭上の球体がガスで満ちるにつれて、ゆっくりと浮かびだし、空を飛ぶことに対して勝手に幻想のようなものを抱いていた自分は現実とそれとの違いに戸惑ったものだ。やがて、高度が上がってくると、操縦をしていた若い男は周囲の景色についてなにか説明をしはじめたけれど、まだ小さかった私はかごの向こうを見ることができなかった。父はそんな私の姿に笑い、脇にそっと自らの手を差し込むと、うっかり落としてしまわないよう慎重に私を持ち上げた。気付くと、私たちは随分高いところまで昇っていたようで、水平線の彼方までありとあらゆる綺麗なものが見渡せている心持ちになった。中でも、雲ひとつない天気だったこともあるだろう、大蛇のようにどこまでも伸びる川の水面は太陽の光を反射して一際美しかった。私は子どもながらに自分は一生この景色を忘れることはないだろうと思ったし、現にまだ覚えていることだ。
 また、もう一つはっきりと覚えているのは父の童話のことだ。気球に乗ったときに見えた景色が洗練された写実的絵画のようなものだとしたら、そのことは抽象画になるのだろう。昔、さる高名な画家の抽象画が近くの美術館にやってきたことがあったけれど、一見乱雑に淡色を撒き散らしたようなそれは確かに見る人が見れば、持てる限りの想像力を使いたくなるのも無理はないと私は思った。父は生涯を通して、決して名が売れる芸術家にはなれなかったものの、少なくとも彼が書いた童話を誰よりも早く読む権利を持っていたのは息子である私だったし、私は新しい作品が生み出される度に持てる限りの想像力を振り絞って夢中で読んだ。ある日突然、自分の眉毛が喋り出した男の話や、音楽というものを失った国の話など、父が描く物語は大抵奇天烈な設定であって、子どもに受け入れられるものとは言えなかったけれど、おかしさの中に隠し味のような悲しみが隠れていて、恐らく、そういうところが歳の割に大人びた私を虜にしたのだろう。
 私が十八の冬の日、父は我が家から忽然と姿を消した。親族の中ではもっぱら、家の外に女でも出来たのだろうという噂で持ちきりだったけれど、長らく彼を見てきた私と母にとって、それはとても信じられることではなかった。とは言え、売れない童話作家であった父の代わりに我が家の家計を支えていたのは母であり、法律上認められる歳になってからは私もパートタイムで清掃業の手伝いをしていたのですぐに一家が立ち行かなくなるということもなかった。一年も過ぎれば、夜、食卓で父が陣取っていた木製の椅子の上には新聞紙や紙袋やそのほか不要ないくつものものが置かれるようになったし、二年が経った頃には彼の部屋が私にとって念願であった自室に成り変わった。私は本棚に並んでいた父の本を好みのものはそのままにし、そうでないものは近くの古本屋に売りに行った。多くは私にも母にも意義の分からないものだったけれど、一応残していくという選択の余地は我が家にはなかった。
 それから、私が大学を卒業するまでの間、一度だけ、古くから付き合いのある近所の一家がクリスマスの日に街の外れで父を見かけたという証言を手に入れた以外に彼が私たちの前に出てきたことはなかった。ただ、私がまだ子どもの頃に亡くなった父の両親、つまり私にとって祖父母にあたる人々が建てた私たちの家は年を追うごとに脆くなっていて、一昨年の中頃のある日、まるでその日の天気のことを言うように母はそろそろ引っ越そうか、と切り出した。私にはその頃、職場で会った同い年の恋人がいて、半ば同棲しているような生活を送っていたし、結婚をしたら母が一人きりで暮らすことになるだろうという予感もあったので、一も二もなくその意見に賛成だった。と言うのも、我が家は段差が多く、夜中にトイレに行くにしても二階の寝室から降りてくる間に何度となく危険があるように思われたからだ。
 その童話を見つけたのは二十九歳も十ヶ月目を迎えた日のことだった。私と母は家の中の家具のほとんどを叔父が所有するトラックの荷台に乗せ終え、家の中に残ったものはすべて捨ててしまうつもりでいた。秋になると、陽が傾くのは日に日に早くなってきていて、まだ午後四時過ぎだと言うのに遥か遠くの空は薄暗くなってしまった。埃の溜まった自室の窓際を弱々しく西日が照らすのを私はぼんやりと見つめていた。階下からは母と叔父が他愛もない近況のことを話す声が聞こえていて、それが終わったら、私たちは新しく借りたアパートの一室に向けて出発しなければならなかった。恋人との将来のことも考えて、私は新しい家に自分の部屋を要求しなかったから、自室にあった父の僅かな遺産、鉄製の頑強な本棚や木の安楽椅子や机などは廃棄することに決めていた。私は安楽椅子に腰掛け、ゆっくりと体を揺すりながら、ふとがらんとした部屋の中を見渡した。本棚に並んだ多くの本はこの十数年の間にすっかり色褪せてしまって、買い手は付きそうにないものばかりだった。両親に似て、私も整理整頓の好きな性格だったから、それらは頭文字を揃えて順に並べてあった。最上段一番右の「アンネの日記」はすっかり背表紙がくたびれて、その名前を読み取ることはできなくなっていた。私は母と叔父の声が止むまでの暇つぶしに本の名前を眺めていき、二列目の一番端から二番目のところで視線を留めた。
『泉のほとり』
 背表紙の金色の文字は経年劣化によって幾分剥げかけていたものの、殊更名前を見つけた者の好奇を誘っていた。私はそんなタイトルを覚えてなどいなかったし、十数年前の蔵書整理の際、何故売らずに取っておいたのか理由は自分でも分からなかった。とにかく、作者の名前からそれを今はもういない父が書いたことは確かだった。私は椅子を近くまで運んで上に乗り、なるべく埃を被らないようにそっと本を手に取った。それから、余計な折り目が付かないように慎重にページを開いた。
 ある貴族の娘が旅の商人と恋に落ち、子どもを身ごもった。娘には両親同士が取り決めた許婚がいた。そこで彼女は住んでいる町の外れ、鬱蒼と木々の生い茂る森の中の泉のほとりへ一人で行き、ひっそりと男の子を産み落とした。……「泉のほとり」はまとめればそれだけの話であり、それ以上でも以下でもなかった。私は椅子の上に立ったまま、戸惑いを覚えずにはいられなかった。世間にありふれたこの手の話のセオリーとして、男の子が成長してその国の王になるだとか、娘と許嫁との間の子どもと対立することになるだとかという展開がすぐに思い浮かんだけれど、少なくとも私が手にしていた童話はそこで終わっていたからだ。父の書く話を誰よりも知っていたであろう私にとっても、「泉のほとり」はよく分からない話としか言いようがなかった。
 不可解なのは、まるで大きな物語の書き出しにしか過ぎないその話が部数はどうであれ、出版されたということだ。ささやかな奥付を見る限りで、父が懇意にしていた小さな出版社が本という形で市場に売り出した過去は明らかだった。私は記憶の中のどこを探っても、このような話を書いていた父の姿を見つけることはできなかったし、これを読んだ覚えもなかった。妙に不安な気持ちが湧き上がるのを私は感じた。
 そのとき、階下から母の呼ぶ声が聞こえた。おしゃべりのネタが尽きたのだろう。私はふと我に返り、少し迷った末に正体の分からない童話を持っていくことにした。全国の図書館中を探せば、どこかに同じものが置いてある可能性はあったけれど、小さな謎が解決してから捨てるのでも遅すぎることはないように感じたのだ。本を閉じ、裏返して表紙を見た。無機質な茶色の厚紙の中央に描かれた挿絵を見つめ、椅子からそろそろと降りると私は自分の鞄の中に滑り込ませた。
 母に本のことを言わなかったのは今更余計なことを思い出させない配慮もあったけれど、何より時間がなかった所為だ。私は荷物を新しいアパートに運び終えると、後のことは叔父に任せて外に出た。それから、電車を乗り継いで約束していた時間になんとか間に合わせた。
 駅の改札の向こうで先に着いていた恋人は私の姿を認めると大きな目を細めて、手を振った。私は軽く頷いてから、淡い桃色のコートを羽織った彼女に手を振り返した。一つ歳下の彼女の住む家は最寄の駅から歩いて数分の距離にあったけれど、その日は前から外食をする取り決めになっていた。私たちは新しく出来たばかりだという洋食の店の席に腰を下ろし、料理が来るまでの間、会っていなかった数日間の出来事を話した。そして、会話の流れでふと、鞄の中の父の童話のことを私は話した。
「素敵なタイトルじゃない」
 本を手にとって、彼女は呟いた。「どんな話なのか、こう、惹きつけるところがある」
「ある意味で期待を裏切らず、ミステリアスな話なんだ」
 私はそう言って、短い話だからと中身を読むよう促した。店内は休日の夜だからだろうか、どの席も埋まっていて、料理はなかなか来そうになかったのだ。彼女はまるで本当に小さな子どもが読むときのようにテーブルの上に本を立てて、ページをめくった。私はその間、黙ってバランスの取れた端正な顔立ちをぼんやりと眺めていた。
「ふーん」
 本を閉じ、顔を上げた彼女が声をあげたとき、ちょうど頼んでいた料理が運ばれてきた。私たちはいそいそとナイフとフォークを手に取って、口をつけた。柔らかい牛肉を飲み込んでから、私は童話の感想をたずねた。「どうだった?」
 彼女は少し言葉を選ぶように視線を彷徨わせ、綺麗な感じだったねと言った。「でも、何を伝えたいのか全然分からなかった」
「そうなんだよね。文章は子ども向けだから易しいし、泉のほとりがどんなに美しい場所なのかよく書かれてると思うんだけど……話はよく分からないんだ」
 私は頷いて、彼女から返された本の方をちらりと見遣った。それから、また話題を変えて家の引っ越しにどれだけ手間取ったかということを面白おかしく話した。あっという間に時間は過ぎていき、私たちは食事を終えると、すっかり冷たくなった風を避けるように縮こまって夜の街を歩いた。彼女の家に着いたのはちょうど午前零時だった。
 玄関の脇のポストに挟まっていたチラシの束を一枚も目を通さずにゴミ箱に捨てると、彼女は奥の寝室に入っていった。私は着替えるのだろうと思い、リビングの椅子に腰かけた。時間のある夜はテレビでニュース番組を見ることにしていたけれど、あいにくその時間には終わっていることに気づいて、リモコンを手にとることはやめた。代わりに何気なく、またあの童話を鞄から取り出して目を通した。短い話だから、大人が読めば数分で最後まで読めてしまう。仮にこの童話を読んだ子どもがいたとして、その子はどんなことを思ったのだろうと私は考えた。私もそうであったように、どんなに美しい文章で描かれていたとしても、ほとんどの子どもにとって重要なことは物語の内容そのものなのだ。少なくとも、私が思い出せる父の他の著作はどれも、内容ありきであってどんな文体、言葉遣いで書かれていたかは思い出すことができなかった。
 私は娘が森を抜けて、泉のほとりで子どもを産み落とした最後の行を読み流した。そしてページをめくってから、あれ、と思った。てっきり奥付があると思っていたところに挿絵が描いてあったからだ。その上にはたった一行分だけ文字が並んでいた。
『男の子の名前はヨハンと言いました。』
 自分としたことが、うっかり読み飛ばしてしまったのだろうか、と私は思った。それにしても、おかしな一文だった。ちょうど、パジャマに着替えた彼女が向こうから来たのをつかまえて、私は男の子の名前なんて書いてあったっけと聞いた。
「男の子? ……そんなこと書いてなかったと思うけど」
 彼女は何を言い出したのかというふうに、一瞬怪訝な顔を見せたものの机の上の本を見つけるとそう言った。「少なくとも、さっき読んだときはなかった」
 私は本の最後のページを開いた。そこには間違いなく、子どものシルエットを描いた挿絵と短い文字の羅列があった。「二人とも、読み飛ばしたのかな?」
 目を丸くして、彼女はゆっくりと首を横に振った。そんなことはないだろう、と言いたいようだった。
「じゃあ、どういうこと?」
 私が疑問を口にすると、彼女は少し考えるような素振りを見せてから、ふえたのかも、と呟いた。

    2

 いつだったか、私は隣の県の博物館でぽつんと冷蔵庫が一台置いてあるのを見たことがある。そばにはそれが外国の前衛芸術家の作品であることと、扉を閉じているときにだけ光が灯る仕組みになっていることが書いてあった。つまり、我々はその冷蔵庫の中がオレンジ色の電球に照らされている光景を見ることができないのだ。説明文は「私は小さな頃、自分の知らないところでこそ、なにかが起こっているような気がしてならなかったのです。」という文で締めくくられていた。
 「泉のほとり」を見つけてから一週間ほど、私はそのときのことを考えていた。知らないところでなにかが起こっている。たとえば、知らない間になくなっていた洗剤は自分が使い切って忘れていただけだと思っていたけれど、ほんとうは自分以外の誰か、恋人でもないその他の誰かが使ったのかもしれない。同じように童話の中身も自分の預かり知らぬところで誰かが書き加えているのかもしれない。
 開け放した窓から弱い風に混じって雨の匂いがしていた。天気予報では一日中晴れになると言っていたけれど、どんなに精度が上がったところで人間の予測は完璧ではない。私は恋人の部屋で一人、留守番をしながら時折思い出したようにテーブルの上に置いた「泉のほとり」のページを開いた。一番最後のページ、描かれた挿絵の上の文字は七行分並んでいた。産み落とされた男の子の名前がヨハンだと分かったあの日、私たちは疲れているだけに違いないという結論に達して、本当に疲労しきったような心持ちでぐっすりと眠った。次の日は二人とも職場に向かい、先に仕事を切り上げた彼女は私が帰ってきたとき、中華風のスープを温めて待っていた。テレビの向こうの遠くの景色をぼんやりと眺めつつ、話したであろう内容を私はあっという間に忘れた。ただ、真夜中になって、私が駅で買ってきた新聞を読んでいると、不意に恋人が短い悲鳴を上げたことは確かだ。
「ほんとうにふえているみたい」
 そう言って、彼女は手に取った本を私に渡してきた。私は恐る恐る閉じられたページをまた開き、一番最後までめくった。
『泉のほとりの小さな丸太小屋に住む、背の低い老人がそう名付けたのです。』
 間違いなく、そこには新たな一行が加わっていた。それはまるではじめからあったのだというようにはっきりと印字されていた。
「……ほんとうにどういうことなんだろう?」
 私は自分の声が驚きと不安で少し震えているのを恥ずかしく思った。「こんなことってあるのかな」
 恋人はさあ、というふうに肩をすくめ、一瞬間を置いてから、今日も昨日もお酒は飲んでないよねと呟いた。私はその言葉に改めて、自分たちの方では何も間違いがないことを突きつけられた思いだった。とは言え、こんなにもはっきりとした文字が並んでいる以上、そして不思議なことはたったそれだけである以上、どんなに自分たちは正常だと言い張ったところで他の人に伝えることはできないだろうと考えた。酒の席で話題にするにしても、いまひとつ盛り上がりに欠けるに違いない。
「秘密にしておこうよ」
 時間が経つにつれて動悸も治り、何度本を閉じては開いても、これ以上新しい行が加わることのないことを確認した私に彼女はぽつりとそう口にした。
「こんなこと、どうせ他の人には言えないしな」と私も言って頷いた。
 けれども、彼女は首を振った。「それもあるけど、なんとなくこのことはわたしたちだけで様子を見たほうがいい気がする。もし、こんなことが続くようなら、面白いしね」
 私はそのとき、くだらない冗談だと思って笑ったものの結果的に彼女の言葉は当たったのだった。次の夜、家に帰ってきた私たちは期待するように本を開き、そこに何も加わっていないことを知るとがっかりしたけれど、少し時間を置いて眠る前、何気なくまた開いてみた。そして、また新しい一行が書き足されていることを確認した。彼女は前の日とは少し違った意味で悲鳴を上げた。さらに次の夜も、帰ってくるのが夜遅くだったからか、またもう一行分だけ文字がふえていた。
 一週間ほどの間にヨハンという男の子は泉のほとりの老人に育てられ、逞しい青年になった。たった一行だけ、それは新聞紙に連載されている小説の何十分の一にも満たない量だったけれど、私たちは心のどこかで次はどんな内容が加わるのだろうということを考えながら一日を過ごした。彼女の言った通り、それは私たちだけの秘密であるということも大きかっただろう。
 新しい取引先を得たことで多くなった仕事を解消するつもりらしく、日曜日にもかかわらず恋人は会社に出かけて行った。部署が異なる私は予定もなく、暇であることに任せて長い間ぼんやりと過ごしていた。ここ数日の経験からして、童話に新たな言葉が書き足されるとしても、それは夜であるのだろうということは分かっていた。三十分に一回ほど、ページを開いてしまうのは惰性と言ってよかった。
 気になるのは、どんなに構えてその瞬間を逃さないようにしてみても、私たちが見ているその場で文字がふえていくということはないことだった。それは日常の中の多くの気になること、たとえば仕事を通じて知り合った人々のことや、母が住む新しい家での水漏れのことと同じく、ごく小さなことだったけれど、だからと言って気にしなくてもいいということではないのだろうと私は思っていた。三日ほど前、私と恋人は本の最後のページを開いたまま、午後十一時から一時間半か二時間ほど、一時も目を離さないようにしていた。その間、新しく行が加わることはなかった。けれども、気を張っていたこともあって疲れた私がしばらく後に再び本を開いたとき、そこには紛れもなく新しい一行がふえていたのだった。私は閉じられた本の中で、どこかに蓄えられていたインクがじわりと表出していく様子を想像した。前に博物館で見た冷蔵庫と同様、私たちに意図した瞬間を捉えることはできないのだろうと考えた。私たちに出来るのは素早く冷蔵庫を開けたときに見える僅かな光の残像を確認することや、滲み出たインクが表す文字を読むことだけだ。
 窓の向こうでは雲が太陽の光を徐々に遮りはじめていた。ほんとうに雨が降り出すのだろう。その前にベランダに干した洗濯物を取り込まなければならない。そんなことを思いつつ、私はなかなか立ち上がる気力を出せずにリビングの椅子に座ったままでいた。もう何時間もついたままのテレビでは熱帯雨林に住む動物が映ったけれど、私にはどういう文脈であったのか分からなかった。分からないまま、画面を見続けた。不意に映像は切り替わり、大きな窪地に水が溜まった、池とも湖とも言えない場所が出てきた。私の頭の中に弾かれたように一つの言葉が浮かんできた。泉のほとり、それは父の書いた童話のタイトルであり、知らない場所のことであり、きっと美しいところなのだろうという予感めいたものがあった。画面から目を離さずに手を動かすと、すぐそばの本に触れた。持ち上げて、視線をゆっくりと写すと表紙の挿絵が目に入った。
 思っていたよりもそれはずっと綺麗な絵だった。きっと元は油絵で描かれたものなのだろう。著者である父が描いたのだろうか、それともなにか有名な絵画を用いただけなのだろうか。ふと疑問に思って、今度はすんなり立ち上がると、寝室に置いてあるコンピューターの電源を入れた。インターネットで思いつく限りの言葉、本のタイトル、著者名、「泉」と呼ばれる場所のことを検索した。長い時間調べた中で分かったことはほとんどなかった。どう探しても、そんな名前の本のことは出てこなかったし、発行元の出版社も随分前に倒産していた。表紙の絵を誰が描いたのかも勿論分からなかった。少しの間、データを読み込んだ末に浮かび上がる無数のイメージの中に私の思っている「泉のほとり」に合致するものは一つもなかったのだ。
 突然つけられた蛍光灯の光に私は飛び上がった。いつの間に、部屋の入り口に恋人が立っていた。帰ってきたばかりなのだろう、コートを着たままの彼女にどうしたの、と声をかけた。
「それはこっちが言いたい。まったく、こんな暗い部屋でどうしたのよ?」
 そう言われ、もうすっかり夜になっていたことに私は気づいた。それどころか、外は土砂降りになっていた。干していた洗濯物は駄目になってしまっただろう。体がこわばっていて、立ち上がると背中がみしりと鳴るのが聞こえた。
「本のこと、調べてたの?」
 彼女は画面を覗き込むとたずねた。私は頷いて、なんにも分からなかったと言い捨てた。それから、リビングに行き、電気ケトルに水道水を流し込むと、電源を入れた。コーヒーを飲みたかったのだ。
「あなたがお父さんのことにこだわってるのは知ってるけどさ」
 背後で恋人が言った。私は台所の戸棚からインスタントコーヒーを取り出しながら、その言葉について考えた。「……そんなにこだわってる?」
「そうなんだと思ってたけど」
 彼女は私の横に並ぶと、水切り台の上に置かれたままになっていたマグカップを二つ手に取って渡してきた。自分の分も入れてほしいということなのだろう。ちらりとケトルの方に目を遣って、私は沸かしているお湯が十分にあるか確認した。
「いなくなった人はいないんだし、わたしが言うのもなんだけど……探してもしょうがないことはあると思う」
 二年以上の交際期間の中で私はとうに話せるだけの自分のことを彼女に話していた。母にも何度か会ったことがあった。知らないことがあるならべつだけれど、ほとんどのことを知った上でそういうことを言うのならば、彼女の言葉に言い返すべきではないだろうと思った。何より、それはきっと正しいと私は頷かずにいられなかった。
「あの人のことはいいんだ。単純に本のことが気になっただけ」
「それは確かにわたしも気になるけど、さ」
 コーヒーに砂糖を入れてかき回しながら、彼女は続けた。「とりあえず、今はただ話を楽しむのもありじゃないかな」
 午前中に買ってきた食材を使って夕食を作り、それを食べ終えてゆっくりしていると、真夜中と呼べる時間になるのはすぐだった。リビングの壁掛け時計の長針と短針が天辺で重なった頃、私たちはまるで打ち合わせていたかのようにテーブルの上の童話に意識を向けた。一瞬互いに見つめ合い、彼女が視線で促すのに従って私はページを開いた。
『ある日のこと、町から兵隊たちがやってきました。』
 昨日追加された七行目のそばに新しい行が足されていた。私はもう一度、彼女の方に目を向けた。彼女もまた、私の方を見ていた。どちらからともなく、笑みが浮かんだ。

    3

 自分ではそんなつもりはなかったけれど、実際のところ私は思っている以上に、父の存在に執着しているのかもしれない。恋人にそのことを指摘されたことが私の中でしばらくの間、引っかかっていた。父は生産性こそあまりない職にこだわっていたものの、無口で穏やかな人だったし、母が彼について文句を言っているところも、ましてやその作品を貶めるようなことを行ったところも、私が知る限りでは一度もなかった。幼い頃は週末になると、決まってどこかに連れて行ってくれたことを私は大人になった今では感謝していた。
 母が知っているのかどうかは分からなかったものの、実のところ、私は彼の所在を知っていた。父は私たちが住む場所からは遠く離れた、都会の片隅にいる。いや、いたと言う方が正しいだろうか。五年ほど前、そのことを知り得たのは偶然のことだった。
 珍しく、出張で新幹線に乗り込んだ私は隣の席に座った恰幅の良い中年女性が抱えた革の鞄に目を留めた。そして、それが父が外に行くときには必ず持っていたものと同じものだと気付いたのだった。金具に刻まれたブランドの名前にも心当たりがあった。けれども、よく知らないとは言え、会社が生産しているものならば同じものを見つけることもあるだろう。私はそう考えて、はじめ女性に話しかけなかった。
 世間では夏休みの時期だったから、車内は自由席に座ることのできなかった乗客がどこもかしこも立ち尽くしていた。彼らが指定席の私たちに向ける視線を避けるように私は職場から持ってきた書類を読み返した。そうしているうちに不意にどこかで男の怒鳴り声が聞こえたような気がした。隣の女性が、喧嘩かしら、と呟いた。我に返った私は先頭車両の方に顔を向けて、乗組員が泥酔しているらしい男性客を押さえる光景を見た。
「……こんな真昼から酔っ払ってるみたいですね」
 意図せず、そう口に出してしまったことに気づいたのは自分でも驚くことだった。隣の女性はやだやだ、と私の言葉に反応するように言い、少しこちらに目を遣った。
「おにいさん、お仕事?」
 たずねられ、軽く頷いた。「出張です」
 女性は私に顔を向けたまま、たいへんね、と独りごちるように呟き、それから何を思ったのか、こっちは帰省なのよと言った。私は帰省とは都市部から地方へ戻ることだと思っていたので、車両が向かう先と言葉とのギャップを不思議に感じた。私たちの住む場所は決して田舎というほどでもなかったけれど、都市部というほど大きな街でもなかったからだ。これからですか、と口に出すと、女性は手をひらひらと振った。帰省はもう終えて、帰るところであるようだった。
「あ、よければどうぞ」
 気になっていた鞄から、女性は缶コーヒーを取り出して私に見せた。そういえば、と新幹線に乗り込む前、駅で試供品を配っていたことを私は思い出した。そのことを言うと、彼女はそうそうと首をおおげさに縦に振った。「もらったんだけど、お砂糖が入ってないと、飲めないのよね」
「はあ。すいません」
 応えてみて、自分は何に対してすいませんと言ったのだろうと思いながら、冷たいコーヒーを受け取った。車内は空調の所為で乾燥していて、喉が乾いていた。ありがたく、蓋を開け、一口飲んだ。そして、折角ならという気持ちになったのだった。「……その鞄、どこで買ったんですか?」
 大学を出て、地元の企業に就職してから四年ほどの間に出張という名目の付く仕事は二度しか経験していなかった。広告代理店とはほとんど名ばかりの、普段は地元のポスターやチラシの類を作るだけの会社だったけれど、時折遠く離れた本社に社員が呼び出されることもあった。私は大きな駅の改札を抜けると、十五分ほどバスに乗り、大きなビルの三階のオフィスに辿り着いた。仕事の内容はよく覚えていないものの、確か、地元に関する広告の打ち合わせだったような気がする。夕方にビルのエントランスを出てから、全身が疲労しているのを感じつつ、私はまたバスに乗った。向かった先は駅とは反対の方向だった。陽はすっかり落ちていたと言うのに、どこまで進んでも外からは喧しく車のクラクションや人々の歓声が聞こえていた。高速道路の高架下を抜けて、しばらく進んだところで昼間新幹線の中で女性に聞いた地名を告げるアナウンスが響いた。
 どこにでもありそうな住宅街の中を、まだ耳の奥に残響を感じながら私は歩いた。勿論、自分が覚えている限りでははじめて来る場所だったけれど、妙に懐かしい景色だったのはもしかしたら、私が母と住んでいた界隈のそれと似ていたからかもしれない。女性に言われていた通り、まっすぐ通りを五分ほど進んだところに共同墓地は広がっていた。そして、敷地のすぐそばにはすっかり塗装の剥げた二階建てのアパートがあった。
 なんとなく、ずっとそんな予感を抱いていたとは言え、父がもう何年か前に亡くなっていることを知ったとき、不思議なくらい私の心境は穏やかだった。彼がどういう経緯でこの街に流れ着き、木造の古いアパートの北向きの部屋で死に、隣の共同墓地に埋葬されたのか詳しいことを私はあまり知らない。新幹線で会った女性を含め、建物の住民は彼のことを名前しか知らなかったし、大家だと言う、一階に住む壮年の男性もそれはそうで、彼の遺品の処分に困った末に欲しい人にあげてしまったと申し訳なさそうに言っていた。
「ここらへんはそんなに所得の多いとこでもないからねえ、ほら、色々事情のある人もいるし、詳しいことは聞かなかったんだよ」
 言い訳をするように大家はそう口にして、それから墓地のどこに父が眠っているのか私に教えてくれた。帰りの新幹線に乗らなければならない時間が迫っていた私は礼を言って、足早にその場所へ向かった。敷地の一番奥の方、大きな松の木が影になったところにある粗末な墓石に刻まれた名前は紛れもなく、父のものだった。
 はじめて訪れた日から一年ほど後、私はもう一度だけそこに行った。今度は出張のついでではなかった。墓に手を合わせた後、その場所を最初に教えてくれた一人暮らしの女性の家に寄って少し話をした。先に尋ねた大家はいなかったけれど、代わりに女性が知っている限りのことを教えてくれた。父がなにか病気を患っていたこと、時折、近くの工事現場で働いている姿を見かけたこと、亡くなってしばらくは誰にも気づかれなかったこと。私は話を聞けば聞くほど、彼のことが余計に分からなくなる思いだった。帰り際、父の遺品である鞄を女性は差し出し、勝手に使っててごめんねと言った。少し考えた後、私はそれを受け取った。
 父の所在について恋人はおろか、母にも話さなかった。見聞きしたことをすべて周りに話さなくても何がしかの判断を持てるくらいに私は十分大人であるという自覚があったし、故人になっている以上胸に秘めておいた方がいいと思ったのだ。勿論、小さな私の発見を伝えることで母の心はいくぶん救われるかもしれない。けれども、そんなことをしなくても、十分母は前を見て日々を生きていけるだろう、と私は感じていた。私がしたことは、父の鞄をささやかなヒントとして持ち歩くようになったことくらいで、母はそのことに何も言及することはなかった。
 父は死んだのだ、と私は改めて考えることがある。彼はいなくなったけれど、彼の書いた作品のすべてを私は読んだはずであったし、そこに謎は何もないと思っていた。私自身が製作者になろうという気持ちにはなったことがないものの、恐らくそれがどんな種類のものであれ、芸術家にとって作品はその人のすべてだ。だから、私にとって過去になって久しい彼の作品が今更目の前に出てくることは問題だった。
 深夜、私は「泉のほとり」を手に取った。やってきた兵隊たちはヨハンと育ての親である老人を殺そうとしたけれど、逞しく育ったヨハンは大きな穴を掘って彼らをそこに落とした。彼らはヨハンを産んだ母の許嫁の命令で来たのだった。……挿絵のあったページには端から端まで文字が並び尽くしてしまい、そこまでしか書かれていなかった。私は恋人のいない薄暗い家のリビングで一人、立ち尽くしたまま、窓の外から差し込む僅かな街灯を頼りに童話を読んだ。奥付があったはずの隣のページは真っ白になっていて、一番右端にたった一行分だけ言葉が足されていた。それがその日の分なのだ。
『ヨハンは老人に見送られ、旅に出ることにしました。』

    4

 あっという間に季節は秋と呼べる頃を過ぎて、冬になったことに気づいたのは仕事の帰り道、不意に雪が降り始めたからだった。駅の近くの大通りでは街路樹にくくりつけられた色とりどりのイルミネーションが鮮やかに光り、夜道を眩しく照らしていた。私は自分の影の色が変わるのを面白く思いながら、歩いているうちにふと首筋に冷たいものが当たるのが気になって空を見上げた。あまり背の高くないビルとビルの間にぽかりと空いた暗闇から柔らかな雪が降ってきていた。
 一冊だけ手元に残した父の不思議な童話は、ページの端から端、ちょうど二十行分文字が埋め尽くすと次の日にはどこから湧いたものか、新しいページが追加されるようだった。私と恋人は揃って夜を過ごせる日には真夜中まで起きていて、物語がどのような展開を見せるのか期待に胸を膨らませた。それは決まり切った毎日を過ごす二人のささやかな楽しみになっていた。特に、ヨハンが彼の母の夫から逃げる旅の中で難所に差し掛かるたび、次の行はどんなものになるだろうと私たちは何度も話した。私はかつて、自分が父の新作を夢中で読んでいときの興奮をまた思い出し、隣に並んで座る彼女も読書ばかりしていた小さな頃に戻ったみたいと言っていた。
 泉のほとりで生まれたヨハンは森を抜けて、山を越え、隣の街の困っている人々を助けた。その間に兵隊は三度、彼を貶めようと試みて、三度とも失敗した。十一月が終わる頃、彼は街で大きな富を手に入れていた。私は話の続きについて、恋人と予想を立て、真夜中を迎えるために出来るだけ早く仕事を片付けるようになった。
 スーツの上に着たコートの肩に雪を降り積もらせながら、私が恋人のマンションまで続く路地に入ったとき、いつもは静かな道がやけにうるさいように感じられた。足早に進むうち、それは気のせいではなく、住民という住民が外で立ち尽くす異様な光景が私を待っていた。彼らの多くは着の身着のままという格好でその中に恋人の姿を見つけた。
「……小火があったみたい」
 彼女は私の姿に気づくと、尋ねる前にそう言った。見上げたところ、三階の廊下に確かに消防服を着た男たちが立っていた。うちは、と私は聞いた。
「たぶん、だいじょうぶ。ちょうど買い物に行ってたんだけど、そろそろ入れると思う」
 ただでさえ、寒い日だったから、薄着で外にいるのに堪えかねたのだろう、近くに立っていた私たちと同年輩の男が舌打ちをしていた。私は自分のコートを脱ぐと、彼女のコートの上に被せた。体を冷やしてはいけないと思ったからだ。彼女が子どもを身ごもっているのが分かったのはその前の週のことだった。
 二十分ほど後に一階のロビーから数人の消防隊員が降りてきて、もう部屋に入っていいことを伝えた。私たちはほっと胸を撫で下ろし、エレベーター前の僅かな空間は混雑を極めた。恋人の部屋に入ることが出来た頃には午後十時を過ぎていた。私は自分の着ていたスーツを脱ぐと、その冷たさに改めて驚き、なにか暖かいものが食べたいと頼んだ。台所に立った彼女も夕食はまだだったようで、一時間ほど後にはリビング中にシチューの匂いが立ち込めていた。
「検診、どうだった?」
 食卓の前に腰を下ろすと、私は恋人に尋ねた。その日、彼女は仕事を早めに切り上げて、家の近くにある産婦人科医院に行っていたはずだった。
「順調に行けば、来年の夏のはじめには産まれるみたい」
 彼女はそう呟いて、少し微笑んだ。私は何気なく、シチューを口に運ぶその喉元からまだ外からは兆候の見えない腹のあたりまでゆっくりと視線を降ろした。話し合いというほど長く将来について話をしたわけではなかったけれど、年のはじめには挙式することに決めていたし、子育てに関してたとえ彼女が今の仕事を辞めることになったとしても、私は十分に家族を養えると考えていた。時折、電話をかけてくる母にも勿論、そういったことは伝えていた。色々なことがごく短い間に決定されたものの、自分たちの歳を考えたなら、それらはそうなるものなのだろうという認識を二人とも持っていたのだ。だから、私と恋人の関係性はなんら変わることなく、生活もあまり変わらなかった。
「それより、せっかく最近、人生が変わってくるような気がしたのに火事があったのは焦ったよ」
 私は人生が変わるという彼女の表現をおかしく思いながら、頷いた。思っていたよりも彼女に結婚願望があったことを知ったのはその一ヶ月ほどでの何よりの発見だった。「この頃、乾燥してるからね、ここも気をつけないと」
 うん、と彼女は言った。それから、遠くの方に目を遣って言葉を続けた。「本とかも、燃えたら困るしね」
 視線を追わなくても、彼女が鏡台のそばに置いた父の童話を見ていることは分かった。私はもう一度頷いてから、確かに今、あの本が二人の前からなくなってしまったら、どれほどの楽しみが奪われるだろうと思った。時計の針は午後零時に近づいていて、日頃の経験によれば、それから二十分も待てば新しい行が追加されるはずだった。私たちは食事を済ませると、前日も前々日もそうであったように時計の針を気にしながら食器を洗い、秒針がちょうど文字盤の十二を指したとき、元通り食卓に座っていた。
『ヨハンは住み心地の良い家も毎日遊んで暮らせるだけのお金も手に入れました。』
 その日の文字列を読むと、隣に座った恋人はこれだけかあ、と少し残念そうにぼやいた。前日までの内容から、彼が富と住処を得ていることはすでに分かっていた。
 毎日ふえていくとは言え、物語の中のたった一行なのだ、時には私たちにとってそれほど意味の感じられない文もあった。一方で大抵、がっかりした次の日には面白い一行が加わるということも知っていた。案の定、翌日の夜、自信を持ったヨハンは兵隊たちの追跡を止めるために案を練るという展開が私たちを待っていたのだ。
 師走の仕事が忙しい中でも運良く、職場の定休日と重なったクリスマスに私たちは少し遠くの街へ出かけた。大晦日はテレビ画面に合わせて年越しのカウントダウンを行い、一月が来るのはあっという間だった。正月が明けてすぐに行った結婚式はあまり派手ではなかったものの、さすがに同じ職場の知り合いを呼ばないわけにはいかず、新卒の頃から親しい同期が私のことを茶化すのをウェディングドレスに身を包んだ恋人はくすくすと笑った。私はその美しい姿に見惚れ、彼女が自分の妻になることに素直に喜びを覚えた。
  数年の交際期間で何度も旅行に行くことはあったから、改めて泊まりがけで出かけることに私自身は特に意味を見出していなかった。積極的だったのは新妻の方で、新婚旅行は人生でそう何度もないんだから、と言いながら駅の中の本屋で買ってきたという観光案内雑誌に目を通していた。私は何度もあったら困るなと内心呆れつつ、隣からその様子を眺めた。飛行機の予約表を片手に彼女の家を出発したのは仕事の都合で挙式の次の週だった。
 電車にならば、数え切れないほど乗ってきたけれど、飛行機に乗ったのは人生でも数えるほどしかなかった。私は離陸してすぐに機体が傾き、耳の奥で変な音が鳴り始めることに顔をしかめた。すぐそばのシートの彼女は目をつむったまま、膝に抱えた手荷物のショルダーバッグを両手で握りしめていた。家を出るとき、忘れそうになった「泉のほとり」がその中に入っていることを思い出した私は、本が折れてしまわないか気になった。物語はちょうど、街で一番偉くなったヨハンが実の母の夫の元に行き、考えを改めさせたところまで進んでいた。自らの生活が大きく動きはじめていることを感じつつも、やはり毎日書き足される内容を楽しみにしていたから、旅行に持っていきたいと妻が言い出したとき、私は特に反対しなかった。
 とは言え、ホテルに着いて豊かな北国の自然を満喫するうちに私たちはすっかり父の童話のことなど忘れはじめていて、前日の分を確認することを忘れたのに気づいたのは二日目の昼過ぎになってからだった。そのことも、本を宿のロッカーに預けたことを思い出すとあっという間に意識から遠ざかっていき、私たちは珍しく三日続けて物語の先行きを見送らなかった。
 そこにどんなに珍しいものが並んでいたとしても、四日も同じ場所にいれば、少しずつ感動は薄れていくものだ。一週間の旅程も半ばにして、私は朝、目を覚ますと自分がホテルの寝室のベッドの上にいることに慣れてきていた。雪解けで流れの激しい小川からは離れた、静かな場所だったけれど、小鳥が鳴く声だけは日の出ている間中ずっと聞こえていて、私はそれに耳を傾けながら隣で寝ていた妻を起こさないようにそっと布団を出た。そして、トランクから着る服を選んでいるうちにふと、一階のロビーにあるロッカーの鍵が前日着ていたズボンのポケットに入れっぱなしになっていたことを思い出した。何を預けていたっけ、と一瞬考えて、細々した貴重品の中に父の童話があることに気づいた。私はとりあえず目に付いた服に着替えると、エレベーターで一階まで降り、鍵を使ってロッカーの扉を開けた。
 使わないクレジットカードをまとめたケースや妻が結婚祝いに義父母から貰った宝石のネックレスなどの奥に本は置いてあった。私は周囲にいかにも暇を持て余した若い従業員の男しかいないのを確認して、それを取り出すと、その場でページを開いた。ヨハンという名前が分かったはじめの夜の分から一言一言、漢字の上のふりがなまで確認するようにゆっくりと読み進め、数日のうちに加わった新たな何行かを見つけた。愛情も富も、すべて手に入れたヨハンは今まで自分を追いかけてきた兵隊を従えるようになっていた。そしてふと、自分を育ててくれた老人に会いたくなり、森に入ったということが書いてあった。
 私は右手の指を折って、読み忘れていた日数、つまりふえたはずの行を数えた。ページの端まで文字は埋め尽くしていたけれど、もう一行分あるはずだと考え、紙をめくった。そこにはやはり、一列に文字が並んでいた。
『けれども、あの綺麗な泉はすでになくなっていました。』
 はっきりと、そう書いてあった。私はなにかを失った気分になった。 

    5

 ホテルのフロントで手続きを代行してもらったレンタカーは思ったよりも旧式のもので、アクセルを踏み込むとエンジンが大きな唸り声を鳴らした。カーステレオをつけると、ラジオのローカル局に電波が設定されていて、特に深い考えもなく、私はそのままにしておいた。助手席では妻がやや疲れたような面持ちであるのを誤魔化すように行きたい場所や食べたいものなど、欲求を並べ立てた。私は思いのほか、自分が無口になっていることに思い当たり、彼女の気遣いをありがたく思った。
 その日はほんとうであれば、地元にいたときからテレビで目にすることのあった大きな動物園に行くはずだった。長い間、フロントのロッカーの前で立ち尽くしていた私が我に返り、部屋に戻ったとき、妻はトイレの床に膝をつけて苦しそうに嘔吐いていた。私はしばらくして、寝室に戻ってきた彼女が無理にでも動物を見たいと主張するのをなだめ、代わりにドライブに出かけることを提案した。少し遠くまで車で行って、惹かれるものがあればそれでよし、何もなかったら、温泉でも入ろうということだった。
「ねえ、なにかあった?」
 出発する前に軽く目を通した地図の記憶を頼りに、国道沿いを進み続け、少し大きな交差点で信号が切り替わるのを待っていたとき、ふと気になったというふうに隣の妻が尋ねた。私には彼女がずっとタイミングを窺っていたように思われて、申し訳ない一方で反発する気持ちもあった。べつに、と応えてから、これではまるっきり嫌な人間ではないかと自分で呆れた。「朝、ロビーで本を読んだから、そのことを考えてただけ。ごめんね」
 信号が青になり、目の前の車がのろのろと動き出した。私もゆっくりとアクセルを踏みながら、バックミラーに映る妻を見た。ほんとうに体調が優れないのだろう、心なしか青白い顔をして、視線はまっすぐ前を向いていた。
「本って、『泉のほとり』?」
 軽く頷いたけれど、彼女が見ていたかどうかは分からなかった。それでも、沈黙していたことが肯定に捉えられたようで、道路がまっすぐであるのを確認してからもう一度ミラーを見ると、なにか言いたいような顔をしていた。
「ここ何日か、忘れてたから、気になって読んだんだけど。……鞄に入れてきたし、よかったら読んでみて」
 私の言葉に彼女は首を横に振った。そのとき、歩道から不意に中学生くらいの少年が自転車で飛び出してきた。私は慌ててハンドルを切り、隣からの返事を聞き取ることができなかった。鳴らしたクラクションの音が声を掻き消してしまったのだ。「……なにか、言った?」
「読まなくてもいいって言ったの。その代わり、どんなことが書いてあったのか教えて」
 大きくはっきりと聞こえるように彼女はそう言った。私はすぐにもう一度信号につかまるまでの短い間、迷い、車が止まると、ヨハンの産まれた泉のほとりと呼べる場所はなくなってしまったらしいということを伝えた。そして、そのことがどういう意味なのか、考えてしまったのだと言った。妻は黙って耳を傾けていた。
 この国は山が多い場所だということは知識の上で知っているつもりでいたけれど、実際にどこまでも続く山道に入ってみると考えの浅さを痛感せずにはいられなかった。道なりに進んでいるうちに気づけば、市街地は過ぎてしまい、トンネルを抜けた先はすでに山林の中だった。記憶の上ではそのまま更に進み続ければ、有名な観光地に辿り着けるはずであったものの、すれ違う車が少なく、不安に思うところもあった。私は免許を取り立ての頃、同じような山道に入り、まっすぐ進んだつもりが見当はずれの場所に着いてしまったことを思い出した。もう十年近く前の話で、そんなところに来なければ思い出すこともなかっただろう。やがて、しばらく急勾配を登っていくと、視界の開けた場所が見えた。トイレと待合室を備えた小さな休憩小屋が道路の脇に立っていた。少し休もうかと尋ねると、鏡の向こうの妻が頷いたので、速度を落として路肩に車を停めた。
 お手洗いを先に済ませ、待合室の木製ベンチで妻を待っていると、近隣に住んでいるらしい、いかにも農夫然とした格好の男が入ってきた。部屋の隅の掲示板になにか、手書きの知らせを画鋲で留めて、こちらの方に顔を向けた。
「どこから来たんですか?」
 裏声混じりの彼の言葉には無理に共通語を話そうとしているような妙なイントネーションがあった。地元の多少名の知られているであろう地名を伝えると、ははあと大げさに唸った。「それは遠くから。……あ、展望台は行った?」
 どうやら、小屋の裏側に周囲の景色が見渡せるところがあるようだった。私が今来たばかりであること言うと、彼は熱心に勧めて部屋を出て行った。妻が戻ってきたのはちょうど入れ替わりだった。
 展望台と言っても、崖の切り立った空間に柵を設けただけの場所へ私たちは歩いて行った。思いのほか、高いところまで登っていたらしい。山の稜線がどこまでも続く光景の美しさに胸を打たれた。そばに立った彼女も綺麗なところね、と呟いた。
「意外な収穫があったね」
 少し強く風が吹くのに負けないように私は言った。それから、高いところが苦手な人間に限って抱いてしまう怖いもの見たさで何歩か前に出ると、柵の向こうに少し身を乗り出した。遥か真下の方に見えたのは、絵の具の深緑を塗りたくったような森とその中にぽつりと浮かぶ水面だった。泉が見える、と自分でも知らず知らずのうちに私は口に出した。顔を動かすと、いつの間に妻は私のそばにいた。彼女は遠くへ視線を遣ったまま、口を開いた。
「私ね、ここ何日か童話を読んでないこと、わざと言わなかった」
 それは秘密を打ち明けるような口ぶりだった。どういうこと、と私は尋ねた。「来る前はあんなに続きが気になるって言ってたのに」
「ううん、それはほんと。でも、このまま話が進んで終わっちゃうのも怖かった。……そうしたら、あなたが落ち込むと思って」
 私ははっとした。確かに、二人の中で物語が終盤に差し掛かりつつあるという予感はあった。どんなに長い話だとしても、童話は童話だ。いつかは、着地点が見出されなければならない。そんなことは分かっていたはずなのに、私はその日の朝、自分が取り乱したことを思い出した。物語が終わることを父との最後のつながりが切れることと同じように思っていたのかもしれない、と感じた。
「そうだね、どんなに割り切ったつもりでも、もうこれ以上の話はないんだって分かる日が来たら、少し落ち込むかもしれない」
 出来るだけ素直な気持ちで、自分の心のうちを確かめるようにそう言った。どこまでも澄んだ空に雲だけが風に飛ばされてゆったりと動いていて、立ち尽くす私たちの上に影を作ってはまたすぐに通り過ぎた。しばらく、妻は何も話さずに景色を見ているようだった。やがて、見える限りの視界を目に収めると、私の方を向いて言葉を紡いだ。
「泉のほとりってどんな場所なんだろうね」
 一人で呟くような、それでいて問いかけているような声だった。「……そんな綺麗な場所、この世にはないような気がする」
「だから、あの人も童話に書いたんじゃないかな」
 けれども、そう言葉にしつつも、私にはどこかにそういう場所があってほしいという願いはあった。多少美化して描き出すことがあっても、なんのイメージもなしにゼロからその風景を組み立てられるはずはないと考えていた。私はもう一度、柵の向こうの遠くの水面を見た。私には、それが池ではないと言い切れる保証もありはしなかった。にもかかわらず、そんな水溜りの近くが父にとっては「泉のほとり」だったのかもしれないし、それならば私にとってもどれほど綺麗な場所に見えることだろうと思った。
「もしくは、ヨハンに見えなくなっただけかもね」と妻は言った。
「童話はまだ終わったわけではないし、きっとこれから分かるよ」と私は返した。
 一週間の旅行から、七割の満足感と三割の疲労感を胸に帰ってきた後、しばらくはまた代わり映えのない生活が私たちを待っていた。目に見えない関係性が出来たところで、日々の仕事が減るわけでもなく、妻の作る料理の味が変わるわけでもなく、段々膨らんでいく彼女の腹部と父の童話だけが時間の経過を伝えていた。私は二月中旬の日曜日に、もう一度新幹線の乗車券を買い、父に会いに行った。家で留守番をしていた妻には私がどこに向かうのか話した。彼女は父が亡くなっていることに少し驚いたようだったけれど、私の行動を引き止めることはなかった。
 肌寒い日だったから、いつもより多く重ね着をしたことが裏目に出た。バスを降りて、共同墓地へと続く路地を歩くうちに私は額に浮かぶ自分の汗を不快に感じた。そのまま敷地に入らず、近くの花屋に寄ると、若い店員に百合の花を薦められた。故人だからと言って、必ずしも菊であることもないんですよ、と店員は言った。私には、恐らくこの場所を訪れるのもこれが最後だろうという奇妙な確信があって、それならばなにか供えるものでも持っていこうと思ったのだった。
 以前、父が最後に住んでいたアパートの大家から聞いた話によれば、広い園内に並ぶほとんどの墓は身寄りの分からないまま、亡くなった人のものであるとのことだった。目につく墓石に刻まれた名前という名前を読みながら父の元へ私は歩いた。こんなにも多くの人が孤独な最期を迎えたなんて、と感傷的な気分になるところもあった。奥まで進むと、何年か前に見た大きな松の木は変わることなく父の墓石に影を落としていた。私は抱えた百合の花束を置こうとして、そこに一輪の薔薇が供えてあることに気づいた。辺りを見回しても薔薇が咲いている場所はなく、萎れてはいたけれど、それが誰かの手によるものであるのは間違いなかった。花束を置き、軽く手を合わせてから、コートのポケットに入れた携帯電話を取り出した。
「……どうしたの?」
 電波の向こうの母の声は妙に掠れているように聞こえた。私はたった一言、父さんのお墓にいると伝えた。母はへえ、と応えた。それだけで、父の行方を母も知っていたことが分かるには十分だった。
「知ってたの?」
 尋ねると、母はまあねと言った。それから、あんたは、と私に聞いた。私は偶然、新幹線の席であの太った女性と会った数年前の経緯を手短に話した。訪れるのはその日が三度目であることも伝えた。
「そう。……今、家にいるんだけど、久しぶりに帰ってこない?」
 実のところ、母が引っ越してから私は二度か三度、新しい家には行ったのみでずっと妻の家に住み続けていた。けれども、母にとって私が来ることは「帰ること」であるようだった。何にせよ翌日も仕事に行かなければならず、その日のうちに地元へ戻るつもりだったので、私は了承した。
 帰りがけに墓地の隣の二階建てアパートに寄ったものの、生憎大家も詳しいことを教えてくれた女性も部屋にはいないようだった。駅まで着いたとき、電光掲示板に表示されていた新幹線の出発時刻はその五分ほど後で、私は急いで階段を駆け上がると、車内に乗り込んだ。指定席の乗車券は持っていなかったけれど、乗客は少なく、座ることが出来た。車窓から見える大都市の灯りがゆっくりと動き出すと、二時間ほどの移動が退屈に思えて、鞄から父の童話を取り出した。家を出る前に妻が持っていくように言ったのだ。
 意外にも、物語はまだ続いていた。ヨハンは泉を探して森の中を隅から隅まで歩き回ったけれど、そんな場所はもうどこにもなかった。諦めた彼が自分の家に戻ったとき、そこでは育ての親である老人が彼のことを待っていた。二日前の一行で老人は彼の目を見つめ、語り出した。ねえ、ヨハンと老人は言った。次の日の一行では、ほんとうに大切なものはなくなってから気づくものなのだよ、と言葉は続いた。
 私は物語の一番はじめから前日に書き加えられたところまで、「泉のほとり」を三度読み返し、いつの間に寝てしまった。あやうく、乗り過ごす瀬戸際で目を覚ますと、私鉄の列車に乗り換えて母の家へと向かった。午後十時を過ぎて、着いたとき、部屋には母だけでなく、妻の姿もあった。
 久しぶりに母の手料理を食べている間、先に夕食を済ませたらしい母と妻は実の親子のように親しく話していた。妻は母から、私が電話をかけたことを聞いていたらしい。ずいぶん長い間我が家で触れられていなかった父のことが時折、話に出てきた。私が食事を終える頃、彼女が目配せをしたので軽く頷いた。私たちは、二人の間で秘密にしていた童話のことを母に伝えた。
「……これ、確かあんたが産まれる少し前に書いた本だった気がする」
 鞄から童話を取り出し、渡すと、母は老眼鏡のつるを少し人差し指で上げてから呟いた。私と妻は目を見合わせた。読んだことは、と妻が尋ねた。母は覚えてないとすぐに応えた。「でも、面白い話なんでしょうね」
 柱時計が午前零時を告げる鐘を打った。最終電車はもうすぐだったけれど、私たちは急いで帰ろうとはしなかった。向かい合わせに座った母はテーブルの上の本をめくると、ああ、と声に漏らした。新しい一行が追加されたのだった。
『でも、それはもう十分に君の心の中に息づいているということでもある。』

    6

 父が亡くなったのは母によれば、私の学生生活最後の年の頃だろうとのことだった。彼の死後、何年か経ってから、母の元に手紙が届いた。差出人には父の名前とともに発送の代行を請け負った会社名が書いてあった。生前の彼はどうやら、届ける日時を指定した上で手紙の保管を頼んでいたようだった。冬の朝、母はまだ自室で眠っている息子に隠したまま、夫の言葉を読んだ。そこには連帯保証人になっていた知人の失踪により、借金を背負ってしまったことや金融会社からの取り立てによって、母と私に不安な思いをさせたくなかったということが書いてあった。姿を消した後の彼は元々あまり強くはできていない体を酷使して、少しずつ金を返したらしい。一方で無理が祟って病気になってしまったけれど、病院に行くこともできなかったと手紙に綴られていた。
 母は私に何も言わず、父の元へ通った。手紙の末尾には、お金を返し終えて家に戻ることが出来たなら、笑いながらこれを読みたいと書いてあったけれど、結局彼は自らの希望を達することができなかった。母が一年に一度、共同墓地の墓石の手入れをするようになったのは、代わりに自分が彼の元へ行くことで少しでも未練を晴らせたらということなのだろう。私はそのことを本人に聞いてからようやく、父の小さな墓に汚れが少ないように感じたことを思い出した。
 春が近づいてくるにつれて、妻の腹は大きくなり、大事を取って会社は休職することになった。週末になると、日頃暇を持て余した彼女の気を晴らそうと決まってどこかに出かけ、その後、母の家に寄った。三人で夕食をともにして、帰り際には父の遺した童話を見守った。
 物語は四月の最後の日曜日、老人の長い言葉が終わった夜にヨハンが泉のほとりの夢を見るところで終わった。一番最後の行には『泉のほとりを見つけたヨハンは幸せな気持ちになりました。』と書いてあり、そのすぐそばに『(おわり)』と記されていた。「泉のほとり」は残された私たちの前でようやく一編の童話になったのだった。母は勿論、私も妻も終電の時刻のことをすっかり忘れ、三人ともしばらくの間余韻を味わうように動かずにいた。本は母の勧めによって、私たちが持っていくことになった。
「童話は子どものためのものだよ」
 そう母は言い、両手で私と妻の背中を軽く叩いた。
 七月に入ってすぐの水曜日、私は病院の待合室のソファに座っていた。妻が破水したのは、予定日を数日過ぎたものの特に何事もなかったので仕事に出た矢先のことだった。職場から産婦人科医院までの間のことを私は夢中で走ったため特に覚えていない。あまり急いで接近した所為か自動ドアがうまく開かず、受付の女性に呆れられた。以前から、妻が決して苦しい顔を見られたくないと言っていたこともあり、私が分娩室に入れるのは無事に子どもが産まれてからだったけれど、気持ちはなかなか落ち着かず、何度も腕時計の針を見た。
 あれほど長い数時間を私はそれまで経験したことがなかった。たった十分が何年にも何十年にも感じられた。部屋の扉が開き、看護師に名前を呼ばれたとき、疲れ切ったはずの背筋は反射的に伸びた。分娩室に入ると、妻は玉のような汗を額に浮かべて、皺くちゃな女の子をその腕に抱えていた。私は大きな溜め息を吐いた。
 妻の退院後、しばらくして私たちは家を引っ越すことにした。出産前から度々そういう話は出ていたものの、結局子どもが産まれてから考えようということになっていたのだ。いざ、子育てをはじめると、妻の家にあった物の数は倍以上に膨れ上がり、やはり手狭になってしまったから仕事が休みの日に私は近所の不動産屋を熱心に巡るようになった。そして、夏の終わりにはマンションを引き払って、隣駅近くの一軒家の二階を丸ごと間借りすることに決まった。
 病院の待合室での時間に比べて、それからの半年ほどは私にとって一瞬のことのように感じられる。引越し祝いと私の三十歳の誕生日祝いを行ったとき、そろそろ痩せないと、と呟きながらショートケーキをつついていた妻は言葉とは反対に前よりもふっくらとした体型になっていった。うまく託児所が見つかったので、職場には間もなく復帰したけれど、当分は夕方になれば仕事を切り上げ、私が帰るまでの間娘の世話をする生活が続くはずだった。子どもは驚くほど、日に日に成長していて、平日は夜にしか様子を見れないことが私には残念でならなかった。
 慌ただしく毎日が過ぎて、年が明け、また春が来た。私は溜まっていた職場の仕事にひと段落付けると、ようやくゆっくりとした心持ちで休日を過ごしていた。家の一階に住む老夫婦と妻はすぐに打ち解けたようで、窓からは庭先で夫人と彼女が植物にホースで水を遣っている様子が見えた。私は、手を止めるとすぐに泣き出す揺りかごの中の娘が眠りに落ちたのを確認してからも、しばらくそばに立っていた。先月のうちに娘の首はすわっていたし、体重も計るごとにふえていて、まず順調な子育てだなと考えた。静謐な昼下がりで、暖かな陽の光が部屋の中に差し込んでいた。
 私はふと、童話のことを思い出した。あれほど私たちを夢中にした父の本は物語が終わった日を最後に、一度も開かれていなかった。べつにその存在を忘れていたわけではなかったけれど、日々の出来事だけで私たちには十分だったのだ。そういえば、どこに置いたっけ、と久しぶりに私は思い、娘を起こさないようにそっと歩き出した。家にいる時間の長い妻は時折、部屋の物の配置を変えているようで探し物にはいつも時間がかかった。
 リビングの夫婦共用の本棚の中、「家庭の医学大辞典」とモーパッサンの「女の一生」の間に隠れるように「泉のほとり」はしまわれていた。私はあの秋の日、自室で背表紙を見つけたときのことを懐かしく思った。金色で印字されたタイトルはやはりなにか惹きつけるようなところがあった。手にとると、台所に寄ってコーヒーを一杯淹れ、食卓に座って私は物語をもう一度読みはじめた。そのうちに夫人の手伝いを終えた妻が娘の様子を窺うように足音を立てず、戻ってきた。
「また、読んでるのね」
 彼女の囁く声に私は頷いた。それから、他の椅子を引き寄せると、隣に座るよう促した。妻は腰を下ろして、一緒に話を読んだ。色褪せた紙の上に何度も浮かぶヨハンという名前に私は旧友に会ったような深い親しみを覚えた。彼は誰なのだろう。結局、泉のほとりとは何なのだろう。そんなことを考えた。娘が大きくなって、この本を読む日のことも想像した。
 物語は何度も何度も繰り返し読んだ半年あまりと同じ通りに進み、終わった。私は息をついて、最後のページをめくった。そして、おや、と思った。書き尽くされたはずの文字が奥付の脇にもう一行分並んでいたからだ。それまでの形の定められたものとは違って、いかにもボールペンで書いたような癖のある字だった。
『これから産まれる子どもに捧げる』
 本を持つ手が震えているのを感じた。妻が私のことを見た。私は立ち上がると、近くにあった鞄の中からボールペンを取り出した。ゆっくりと最後の行の隣に文字を書いた。
『そして、その子どもは彼の子どもにこの物語を捧げる』
第二十九回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.31(Wed) 20:21

第二十九回さらし文学賞

第二十九回さらし文学賞

概要

 今回のさらしは、テーマにそって作品を書く。

テーマ

「童話」

〈書式〉
文芸書式が望ましいが、変更もあり
〈制限字数〉
なし
〈応募〉
複数応募あり
(日程について)
 (執筆期間)2014年12月31日(水)まで
 〈投票期間〉2014年01月07日(水)まで
 (発表日) 2014年01月日14日(水)

投票受付は終了しました。ご協力、ありがとうございました。
(全 13作品)

一位 泉のほとり/誤字脱字訂正丸
二位 トム・ティット・トット/黒部雅美
三位 ラノベっぽいの!/さとう

星鳴き/宵闇
旅人マトン/きゅーすけ
人魚たちの泡沫/うみねこ
人魚姫論争/うみねこ
森のクリスマスツリー/廃場楠雄
異世界を繋ぐパス/古河聖
あかさきさん/こばると
しろずきん/弧月煢
オオカミ少年/弧月煢
おとぎ話のような/さとう

さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.09(Tue) 17:30

第二十八回さらし文学賞

第二十八回さらし文学賞

概要

 今回のさらしは、テーマにそって作品を書く。

テーマ

「夢」

〈書式〉
文芸書式が望ましいが、変更もあり
〈制限字数〉
なし
〈応募〉
複数応募あり
(日程について)
 (執筆期間)2014年08月31日(日)まで
 〈投票期間〉2014年09月08日(月)まで
 (発表日)  2014年09月12日(金)

投票受付は終了しました。ご協力、ありがとうございました。
(全 6作品)

一位 夕焼け食べた /北川青
    夢の花 /さとう
二位 ~異類~コイン~tongue~ /DC

Nevicata /宵闇
ラジオ、始めました /古河聖
夢実 /弧月煢
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.02(Tue) 00:00

第二十七回さらし文学賞

第二十七回さらし文学賞

概要

 今回のさらしは、テーマにそって作品を書く。

テーマ

「切れかけの蛍光灯」

〈書式〉
文芸書式が望ましいが、変更もあり
〈制限字数〉
なし
〈応募〉
複数応募あり
(日程について)
 (執筆期間)2013年12月31日(火)まで
 〈投票期間〉2014年01月17日(金)まで
 (発表日) 2014年01月22日(水)

 (全9作品)

一位 極光神界遊戯録    廃場楠雄
二位 四畳半生活       北川 青
    幕末のおせっかい侍 ごりごりごりっP
    キューピッ灯      ごりごりごりっP

「き」「れ」「か」「け」「の」「け」「い」「こ」「う」「と」「う」 工藤圭介(ミエハル)
フラグメンツ・ライト やまあらし
小さな部屋 やまあらし
眠り島 ごりごりごりっP
切れかけの蛍光灯 弧月 煢
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 23:17

第二十六回さらし文学賞

第二十六回さらし文学賞

概要

 今回のさらしは、15のテーマから3つを選択

テーマ

 1.妖怪 2.絶望  3.スポーツ 4.LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)
 5.嘘  6.擬人化 7.裏切り  8.アイドル  9.歴史もの 10.ファンタジー 
 11.学園もの 12.SF(解釈自由) 13.無人島 14.ハートフル(HEART FULL)
 15.神の視点
〈書式〉
文芸書式が望ましいが、変更もあり
〈制限字数〉
なし
〈応募〉
複数応募あり
(日程について)
 (執筆期間)8月11(日)まで
 〈投票期間〉8月12日(月)から8月27日(火)まで
 (発表日) 9月3日、4日(合宿にて)


 (全17作品)
一位 空音  神山律
二位   誤字脱字訂正丸
三位 明滅  黒部雅美
 
そしてあなたのそのまなざしをただ  DC_DKV
※閲覧注意  岩尾葵
羅針盤は春空に羽ばたく  ごりごりごりっP
BadApple!!  河東皐月
くすくす山  黒部雅美
タイムマシン  藤城一
神は祈りに答えます。  工藤圭介(ミエハル)
日常の感情  早松圭
ハッピーエンドの魔法  こばると
私の主人  高嶺詩紀美
線香花火  高嶺詩紀美
街の子供達の続き  黒部雅美
剣氷の双巫女  荒い熊
奴隷センター  孤月煢
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 23:09

第二十五回さらし文学賞

第二十五回さらし文学賞
概要
【筆舌に尽くし難く、滑舌で尽くし難い】

テーマ:「中二病」
〈内容〉
心の内側が揺さぶられたり、鳥肌が立ったりする話
〈書式〉
文藝部書式が望ましいが、変更もあり
〈制限字数〉
なし
〈応募〉
複数応募あり

〈募集期間〉
12/1~1/7

一位流星のメロディー 著者:神

二位ライディング・ガールの夕晴れ 著者:土佐玉癒人


三位代償~グリーンデイズが血に染まる~ 著者:ごりごりごりっP

はらぺこマービンお化け屋敷へ行くの巻~Rvengetothegiant monkey~ 著者:十重獄

Dusk 著者:神山律
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 23:06

第二十四回さらし文学賞

第二十四回さらし文学賞

概要

【キセキは必ず起こるもの……!】

テーマ:「魔法少女」
〈内容〉
魔法少女、が関連するお話
〈書式〉
文藝部書式が望ましいが、変更もあり
〈制限字数〉
なし
〈応募〉
複数応募あり
〈投票〉
部員による投票あり、一位には豪華商品、参加者には参加賞あり
〈募集期間〉
8/1~9/9


一位マギアンシャフト 〝ブレイク〟 極光 真

二位ママが魔法少女にキッスした。 【魔法少女松田☆智治~First blood~】  十重獄

三位acceleration 高遠水城

非日常のような日常の話 河東皐月
二人の戦い 十重獄
うそつきの魔法 ごりごりごりっP
微笑みは忘却の速度で 岩尾葵
宇宙の娘 北川青
イレギュラー 藤城 一
オレンジ色に染まる世界で 零
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 23:01

第二十三回さらし文学賞

第23回さらし文学賞

概要

【夏だ!ほら、ホラーだ!】
テーマ:「ホラー」
〈内容〉
不気味、不穏、後味悪いなど、怖い感じの小説
〈書式〉
文藝部書式が望ましいが、変更もあり
〈制限字数〉
なし
〈応募〉
複数応募あり
〈投票〉
部員による投票あり、一位には豪華商品、参加者には参加賞あり
〈募集期間〉
6/9~7/1

作品

一位
御面講 著者:奈橋弓月

同立二位
メール仕掛けの食卓(グロテスク表現注意) 著者:ごりごりごりっP

眠れぬ夜 著者:藤城一

作品一覧
少女 著者:藤城一
虫崩れは仰ぎ見る 著者:土佐玉癒人
虫よけスプレー 著者:鈴木亮
動く人影 著者:ラッシュベア
壁の奥の例外の例(ためし) 著者:安井麻里子
心肺停止 著者:いろはにわをん
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 22:56

第二十二回さらし文学賞

第22回さらし文学賞

概要

【さらし天空杯】
テーマ:「ラピュ○」
〈内容〉
空から〇〇が落ちてきたor降ってきた、で始まる作品(○○は自由、始まりはセリフでも可)
〈書式〉
文藝部書式が望ましいが、変更もあり
〈制限字数〉
最大8000文字程度(ある程度なら過ぎてもよし、題名は含まれない)
〈応募〉
複数応募あり
〈投票〉
部員による投票あり、一位には豪華商品、参加者には参加賞あり
〈募集期間〉
11月29日~12月22日


作品


一位
(著:はなぶさりあむ)

二位
落下ボッチ(著:土佐玉癒人)

同率三位
無知覚分子と天体観測(著:葵手うちわ)
蜜柑畑の真ん中で(著:清瀬瑞帆)

その他
上へ行く(著:藤城一)
For me,For you(著:穂積朝霞)
白灰(著:氷山光)
平穏な曇り空(著:由良)
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 22:51

第二十一回さらし文学賞

第21回さらし文学賞要綱

テーマ「ラブストーリー」
匿名で作品を募集の後、作者当てを行う。投票なし。
【募集期間】2011/5/18~2011/6/19

作品
【前半戦】
我が胸に鳴る  穂積浅香
マイ・グラス・ガール  梨野可鈴
この、壊れた世界で  諸越空牙
スリーミニッツレフト  加藤瑞樹
ピアニシモ  岩尾葵
微糖シャボン  葵手うちわ

【後半戦】
恋待ち雨  はなぶさりあむ
作戦名「チョコレートを奪取せよ」  零
Art,Blind,Vortex  加藤瑞樹
幸せの譲り合い  明積梨鳩
学習出来ない  岩尾葵
Dies Face's-lovely Point. 水木
A  富田もち


【延長戦】
良い浅瀬、愛よ差せ  津和野ヒトリ
魔女たちの日常クリスマス編  工藤圭介
無題  たばため
付き合って3カ月、って感じです。  土佐玉癒人
見ないで聞かないで触らないでけれどすべてを見て聞いて触ってわたしをわかって  たばため
初恋はかなわないようです。  工藤圭介
リア充爆発しろ  こーか
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 22:41

第二十回さらし文学賞

第二十回 さらし文学賞

概要

【作品募集期間】10/11/21-11/1/10
【投票期間】11/1/11-11/1/18
【テーマ】写真
以下の6種類の写真を1枚以上使用し、自由な解釈で創作すること。
なお「写真」という言葉そのものをテーマとしても使用しても可。その場合、以下の写真は使用しなくてもかまわない。

20110110221106accA.jpgB.jpg
20110110221119a38C.jpg20110110221125e04D.jpg
2011011022113079fE.jpg20110110221134d77F.jpg


【書式・文量】自由(6000字~8000字推奨)

【作品】
一位 G:述懐(奈橋弓月・著)
二位 C:どの写真も捨てられない(梨野可鈴・著)
三位 A:野良犬と花(はなぶさりあむ・著)

B:まこと (水木哲・著)
D:カイソウの家族(津和野ヒトリ・著)   
E:バクマソ (神宮司コウ・著)
F:交差点の奇跡(明積梨鳩・著)
H:使わない傘と青景色(土佐玉癒人・著)
I:私の世界に映るもの(穂積浅香・著)
J:夢追い(千字文梓・著)
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 22:30

第十九回さらし文学賞

第十九回さらし文学賞

テーマ:ことわざ
以下にあげることわざから一つを選び、それを題材とした小説を書く。

猿も木から落ちる
蓼食う虫も好き好き
大山鳴動して鼠一匹
二兎追う者は一兎をも得ず
海老で鯛を釣る

字数目安:6000~8000字
募集期間:2010/10/7-2010/11/15
      寡数により投票不可

作品(提出順)
まあ、つまりそういうことだ(岩尾葵・著)
迷惑なバスジャック(神宮司コウ・著)
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 22:28

第十七回さらし文学賞

第十七回さらし文学賞

概要

主題:以下に示す12項目のうち、任意の3個を選択。
リモコン、豆腐、天気(狐の嫁入り)、屋上、ボイラー室、ゾンビー、青い、うらやましい、うたがわしい、消化器、とじる、歩く

書式:自由(文藝部書式推奨)
分量:自由(8000字以下が望ましい)
作品受付期間:2010/6/15-2010/7/5
投票期間:2010/7/6-2010/7/13

作品
一位 「青い」「歩く」「うらやましい」 工藤圭介(ミエハル)・著
二位 リモコンが見つからない 月詠・著
三位 団地の屋上にて 螺旋黒太子・著

閉じた世界 水木哲・著
このよにふれることはなし 津和野ヒトリ・著
シカククワレル 土佐玉癒人・著
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 22:24

第十六回さらし文学賞

第16回さらし文学賞
テーマ「学校」
物語の舞台が学校である小説

作品募集期間 2010/3/11~2010/4/8

投票受付期間 2010/4/10~2010/4/27

第一位 D過ぎるをうらむ(奈橋弓月)
第二位 B僕らの前にはドアがある(梨野可鈴)
忘れ物をする夢とか未だに見るんだ(津和野ヒトリ)
お化け学校(神宮司コウ)
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 22:22

第十五回さらし文学賞

第15回さらし文学賞(テーマ:「メロスは激怒した。」で始まる作品)にご応募いただき、ありがとうございました。

結果が出ましたので、お知らせいたします!

第十五回 さらし文学賞

概要
結果発表日:10/03/01
テーマ:「メロスは激怒した。」という一文で始まる作品。
字数制限:上限6,000字

一位 G: 心の闇 神宮司コウ
二位 D: Why was he angry? 津和野ヒトリ
三位 B: 平成十二年のメロス 工藤圭介
三位 F: 題材、太宰 津和野ヒトリ

でした!

他の作者様は、

A: 二年目の冬のこと 優月経斉
C: 走ったメロス 中津藍々
E: 三人称とかムリ。 こーか


です。敬称略、失礼しました。
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 22:17

第十四回さらし文学賞

第十四回 さらし文学賞

概要
作品募集期間:09/5/27-09/6/21
結果発表日:09/7/7
テーマ:機械 「架空の装置」が登場する作品。
字数制限:上限6,000字


一位 K :An untitled living entity 中津藍々
二位 G :The cats-eye in the Lie 梨野可鈴
三位 E :未来の車 神宮司 コウ

A :留学生は円錐形 D
B :今や架空ではなくなってしまいましたが。 こーか
C :ザ・イレイサー 水木 
D :証明装置 風薙・流音♪
F :一郎丸 ひかる蒼良
H :砂漠に立つ樹は夢を見る 竜牙 翼
I  :無題、という題名 工藤圭介
J :Jacking! Jumping! Time Leap. 井中 蛙
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 22:12

第十三回さらし文学賞

テーマ三題噺「鏡・光・逆転」
字数 4000字程度
注意 一人一作品
作品募集期間:3月?-4月9日
投票期間:4月10日-4月23日

大賞:鏡売りは語る:梨野 可鈴
二位:ハンバーグ・パン・ハンバーク:D
三位:太陽と月の間:竜牙 翼

シガレット:代理タガー
白高愛歌:吉富まぁさ
鏡の前のアクトレス:月詠
冷めた紅茶の:津和野 ヒトリ
Dancing with light:井中 蛙
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 22:08

第十二回さらし文学賞

概要
作品募集期間:09/1/15-09/1/21
結果発表日:09/1/29
テーマ:「引退」をテーマとする小説。複数応募可。
字数制限 4,000字±4,000字程度まで

大賞:Wh―:月詠
二位:スピリチュアル・チキン:D
三位:引退のおはなし:闇依
三位:the end credit:井中蛙

パノラマカーよ、永久なれ:神宮司コウ
退位前日:奈橋弓月
生きるとか死ぬとか簡単に言わない方がいい:竜牙翼
田中さん、宙に行くの巻:闇依
インタイ:月詠
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 21:30

第十一回さらし文学賞

概要
作品募集期間:08/12/23-09/1/5
結果発表日:09/1/15

テーマ:名作劇場
募集要綱:以下に挙げる作品のいずれかまたは混成の「二次創作」。
「ももたろう」
「うらしまたろう」
「かぐやひめ」
「シンデレラ」
「ハーメルンの笛吹き男」

上限字数 4000字程度

大賞:竜宮の玉匣:鳥獲
二位:【御伽噺】貴きその名、千木良……:月詠
三位:薄紅、散って:梨野可鈴

御伽噺今昔:南野 逢
新聞記事:闇依
第十一回プロジェクト報告会:風薙・流音♪
桃島太郎列伝:神宮寺 コウ
百姫奇譚:南野 逢
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 21:26

第十回さらし文学賞

概要
作品募集期間:08/11/15-08/12/8
結果発表日:08/12/19
テーマ:不自由
募集要綱:次の二人を主要登場人物とする8,000字程度までの小説
  ・忍……特技は剣道。異性から人気がある。ペットを飼っている。
       有美に隠していることがある。
  ・有美…趣味は読書で、学校では図書委員。ある事件に巻き込まれた過去を持つ。
       わかりにくい比喩を用いる癖がある。
  ※設定の追加及び解釈は自由です。

大賞:天岩戸を開く者:月詠
二位:リ・ライト/エンド:津和野ヒトリ
二位:大会前日:梨野可鈴

とある戦隊モノの舞台裏:奈橋弓月
奇妙な関係:闇依
ビタースイートに溶かされて:雪達磨
父曰く、諦めろ。:月詠
ほしむすび:風薙流音♪
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 21:21

第九回さらし文学賞

概要
作品募集期間:08/6/29-08/6/29
結果発表日:08/11/23
テーマ:食べる
募集要綱:4,000字程度

大賞:食後にチーズはいかが:鳥獲
二位:「いただきます」:月詠
二位:今日は魚を食べました:闇依

さわって・変わって
お菓子と刑事のグリム童話:梨野 可鈴
人魚:神宮寺 コウ
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 21:17

第八回さらし文学賞



続きを読む
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 21:12

第七回さらし文学賞

第七回さらし文学賞

概要

作品募集期間 08/5/12-08/6/16
結果発表日 08/6/26
テーマ 音か文字のどちらか、あるいは両方
募集要綱 4,000字程度までの小説、一人一作品限り

大賞:かたらずの歌:鳥獲
「し」君の悩み事:神宮寺 コウ
Chord in C minor:梨野 可鈴

見える男:津和野 ヒトリ
勘違い:月詠
耳嫌いの囈言:闇依
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 21:08

第六回さらし文学賞

第六回さらし文学賞

概要

作品募集期間 08/2/11-08/4/9
結果発表日 08/4/24
テーマ 犯人
募集要綱 4,000字程度までの小説、一人一作品限り

大賞:Disclosed criminal:井中 蛙

She is under arrest:月詠
犯人と私だけ知っている:津和野 ヒトリ
バッドナイと・グッドモーニング:鳥獲
さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2014.12.01(Mon) 21:07
copyright © 千葉大文藝部活動情報 all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。