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週5で止めた総武線



「ふうむ、テツに言われて調査にきたが、モンスターもいないし、もうそろそろ帰るとするか」

かれこれダンジョンに入ってから1日が経過しようとしてるが、まだ何にも見つからず、何にも遭遇していない。平和。うむ平和すぎて退屈すぎるぞ。この探索は。モンスターの1匹でもでてこんか。

「このダンジョンは外れっぽいな」

「未開のダンジョンだからモンスターもいっぱいるだろうし絶対修行になるから!」 とか言っていたが、これじゃ全然修行にならないじゃないか。これなら家で修行のフルコースをやってい方が良かったな。筋肉は1日さぼるだけでだいぶ能力がさがってしまうからな。歩きながらでもできるような簡単なトレーニングならこなしているが、本腰をいれて行うトレーニングに比べたらはるかに効率の悪いものだしな。無意味な探索というのはできる限り避けたかったのだが……。腹の減り具合から見て日が沈むまであと2時間ぐらいってとこだろうし、日暮れまで探索して何も見つからなかったら終わりにして帰るとするか。俺はテツみたくダンジョンから出てくる財宝やら、ろ……ろす……ろすとてくのろじー? ってのにも興味ないし。ただ強いやつと戦いたいだけだからな。
そんなわけでモンスターの1匹もいないダンジョンに用はない。あー、モンスターの1匹でも出てこないのか。暇だ。暇の大安売りだ。早くモンスターでてこい。できることならボスモンスターよでてこい。俺の暇つぶしがてら筋肉の一部になれ。

しーーーん。

まー、そんなうまくいかないわな。取りあえずもう少し本格的なトレーニングを
しながら、残りを探索しようか。

しばらく探索しながら指先の可動域を広げる訓練をする。筋力を鍛える以外のトレーニングをしているとよく驚かれるが、実際の筋力を鍛えるよりこのような細かな柔軟などが良い筋肉を作るのには重要だ。見せる筋肉なら単に筋トレをするだけで十分だが、それを実戦で使えるレベルにするには、しなやかさを身に着け、引き締めなければならない。つけただけの筋肉なぞ重しと変わらん。実戦で使えるレベルまで洗練することで筋肉は筋肉たりえるんだ。

「む、音の反響が変わってる?」

筋肉とはかくあるべしと自身の考えをまとめていたところ、ふと自分の足音が変化していたことに気づく。気のせいかと思い、その場で何歩か足踏みをしてみるが、やはり若干だが先ほどよりも音が高くなっている。考え事をしているからと言ってこんなことに気づかんとは俺もまだまだだな。

「あっちの方に何かあるな」

周辺の音の反響の変化に気を配り、音の変化の原因のある方向にあたりをつける。これも日々の修行の成果だ。隣のビルの中をかけるネズミの足音を聞くのに比べたらはるかに楽だ。
以前テツとダンジョンに潜ってた時におんなじことをやったら、「おじさんの五感はどうなってんだよ!」 とか言われたが、こんくらいのことだれでも修行すればできるようになるだろう。あいつもまだまだ修行が足らんな。帰ったら稽古のひとつでも付けてやるか。せめて自分の家の中にいるネズミの足音ぐらいきけるようになってもらわんとな。

「原因はここか?」

自分の聞いた音に従って歩くと、広い行き止まりにたどり着いた。
壁をコンコンと叩いてみるが、予想通りやはり裏は空洞である。

「まったく、こんなので隠してるつもりか、まるわかりじゃないか。さて中には何が入っているのやら……まさか、モンスタートラップか! 出てこい、俺をわくわくさせるような強敵よ!」




拳に力をこめ、壁を殴る直前に脳裏にダンジョン前でわかれたテツの姿が浮かぶ。

「じゃ、おじさん。気を付けてね。まだ発見されたばかりのダンジョンでなにがいるかわからないし。まー、何が出てきてもおじさんなら大丈夫か。じゃ、いってらっしゃい。なにか見つけたら報告にくるんだよ」

そう言い来た道を引き返すように立ち去ろうとするが、思い出したかのようにこちらを振り向き言葉を付け足す。

「あっ、そうそうおじさん。むやみやたらとダンジョンのものをこわさないでね? ……こわしたらわかってるよね?」

あわてて拳をひっこめた。あっ、あぶねー、またテツを怒らせるとこだった。あいつ怒らせるとやばいんだよ。肉体的苦痛なら問題ないけども、あいつの場合精神的にグサッと刺さるんだよ。あれはつらい。延々と無言の圧力をかけられるんだぜ? 言い訳ももちろん聞かないし、何も言わず能面のような顔でこちらを見通す。ただそれだけだが、あの空気感はやばいただただやばい。熟練の武芸者でもあのオーラは出せん。というわけで賢い俺はきちんとした入口を探すぞ。さーてとどこから入ろうかな。

「ん、なんだこれ?石版? さっきまでこんなのあったか? てかなんだこの模様?」

入口がないかと辺りを見渡すと、左側に石版のようなものがあった。さっきこんなのあったか? 見逃したのかもな。まー、テツの恐怖のせいにでもしとこうか。にしても、なるほど、これはああいうやつだな。仕掛けを解くと扉が開くっていうそういうやつな。賢い俺にかかれば、こんな仕掛け朝飯前だぜ。
ポチ、ポチ、ポチ。カターン。
ほーれ、これで開くはず。

「ブー、くすくす。外れですー、おとといきやがれバーカーヤ「バン」プシュー」

はっ、あまりに腹立たしい声だったからつい反射的に殴ってしまった。……あー、これは完全に壊れたな。間違えた故障してしまったようだな。仕方ない調査のためだからな。もし危険な仕掛けだったら、調査に来たテツ達が怪我してしまうからな。俺はそれを防いだんだ。うん。そういうことにしとこう。そういうことにするしかない……。

で、この扉の開け方か。装置が故障してしまったから他の方法で開けないとな。
どうすっかな。………………セイッ!

「よし、開いた。さーて中には何が居るんだ」

考えるのに疲れたから取り敢えず殴ってみたら、扉が開いた。えっ、開けたじゃなくて壊したの間違いだろって、何言ってんだよ。裂け目に皹なんてはいってないだろ? これはこういうデザインの扉なんだよ。
さてと気を取り直して、中に入ってるものを拝見してみよう。筋力が条件で開く扉なんだ、中に入っているものにも期待できるな。
わくわく気分で部屋の中に入ってみると、大きな空間の中に円形の装置とそれに繋がっている大きな機械があるだけであった。

「なんだよ、ボスモンスターはいないのか、つまらんな。帰るか」

まー、知ってたさ。仕掛けとかなきゃ入れないところにモンスターなんか配置しないって、わかってたさ。でもさでもさ、なんだこのつまらん部屋は!
そう思い、踵を返そうとしたとき、脳内でピカーンと電流が走った。どうせならこの機械を弄ってから帰ろう。どうせ今から帰っても寝るのはダンジョンの中だしな。
テツだって機械を殴ったりしなきゃ文句は言わんだろう。さて、そうと決まれば早速。この赤いボタンが電源ボタンだろう。
ポチっ。トゥルルルトゥルン。ほーら起動した。ここのボタンを押して、こっちのボタンを押して、ほらこれで起動する。……何も起こんねえじゃねえか。まっ、そりゃそうか。おれ、テツみたいに動かし方わかった上で操作しているわけじゃないしな。取り敢えず寝て、起きたら帰るか。あの丸いところとか平らだし寝やすいだろ。さて、じゃあ寝る前に日課の筋トレをすませないとな。

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装置のディスプレイだけが暗い部屋を照らしていた。






ガタンゴトン。

「地震か? 随分と揺れるな」

ガタンゴトンガタンゴトン。

「なんだ、まだ起きるには少し早いぞ」

ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン。

「あー、うるさいな。なんだってんだ一体。って、なんだあの龍は! こっちに向かって猛スピードで突進してく……ぐはっ!」

寝込みを襲うとは、つ、次は負けぬぞ、龍め……。






目を覚ましたとき、俺は昨晩と同じく、丸い装置の上にいた。

「なんだったんだ、今朝のあれは。夢……じゃないな、この痛みも幻痛じゃない」

龍がこの場に現れた?
いや、ぱっとしか見なかったが、こことは似ても似つかぬ風景だ。

寝ている間にどこかを徘徊した?
いや、俺に夢遊病の気はない。

ならば何が起こったのか?
テツならこういうときすんなり、答えを見つけ出すんだが、俺だとさっぱりだな。
うむ、考えても分からん。よし、寝てしまった分のトレーニングをしよう。

ゆっくりと息を吐き出し呼吸を一定に整える。そのままゆっくりと右拳を突き出す。もう一度呼吸を整え、右拳をゆっくりと突き出す。一連の動作の速度を徐々に上げ繰り返す、その際に動きが雑にならないよう常に指の先まで注意を払い続ける。右拳で満足のいく一撃を放てたら、今度は左拳、右足、左足と部位を変えて同様の形稽古を繰り返す。気をぬく時間など一瞬もない。一つ一つの動作を雑にやったらそれは修行ではなく、単なる無駄な運動となってしまうためだ。

一連の形稽古を終え、体に浮かぶ汗を拭う。少し休憩したら、次の修行にはいる。

迫る拳撃蹴撃をかわし、防ぎ、すきを見つけての反撃、かわされるが、焦らず体勢を立て直し次なる一撃を放つ。防がれお互いに距離を取り仕切り直す。今度はこちらから仕掛ける。相手の瞬きの瞬間に駆け出す。右拳の一撃。と思わせたフェイントでガードを吊り出し、それにより生まれた死角に入る。死角に入った俺を払おうと相手は回し蹴りを放つが、俺はその流れに逆らわず自らの体を後ろに倒し、両手だけを地面につけ体を支えこめかみに蹴りを入れる。そのまま着地し、揺らいでいる相手に回し蹴りでトドメを刺す。

息を出し、再び呼吸を整える。
今していたのは、仮想の自分との組み稽古だ。相手の動きを想像しながら、それに対応していく。側から見ると1人でたた動いているだけのようだが、とっさの対応力を鍛える良い訓練となる。上手くいった攻撃は実践で使える一つの攻め手となるし、ぎゃくに上手くいった攻撃は相手の対応が悪かったとも言えるため、同じ攻撃をされたときのしてはならない行動の見本となる。勿論かわす、防ぐを考えるのも自分のため、実際の戦いよりも自分に有利となるところが多いため実戦の中でそこは修正する。
そういえば、先日家でおんなじことをしていたらテツが「おじさん、何1人でパントマイムしてるの?」と聞いてきたが、まだまだ俺も修行が足りないな。その昔、師匠の訓練を見ているともう1人の師匠がはっきりと見えた。そのため師匠にそのことを尋ねたら、師匠は「それが一流の武道家の証」と一言答えて下さった。パントマイムと呼ばれるようじゃまだまだだ。師匠の域にたどり着くにはもっともっと修行する必要がある。
あっ、そのときに、テツがなんか勧めてきたな。なんだっけあれは、たしかあれは……し、しみゅ、しみゅれーしゃん? しすてむ? なんか仮想空間で実戦さながらに戦えるっていう不思議装置があるらしくて、それを修行に取り込んだらどうかとかそんな話だったな。
ちょっと待てよ、あの円形の装置ってもしかしてしみゅれーしょん装置じゃないか。だから実際に見たことない場所で、見たこともない奇妙な龍といきなり戦うことになったのか。しみゅれーしょんシステムなんて話を聞いたときは所詮仮想で現実に痛みのないトレーニングなんぞ緊張感のかけらもないだろうと馬鹿にしていたがこれは考えを改めないといけないな。不意打ちからなにからなんでもありで、あの現実感最高じゃねえか。
そんな装置がなぜ起動したのかだが、おそらく昨晩適当に操作していた時にうまくヒットしたのだろう。どう操作したのかも覚えてないから、もう一度おんなじことをやれと言われても無理そうだしな。あの装置を持って帰るのは辛そうだし、しばらくはここを拠点にして修行をするか。次こそあの龍にリベンジだ。
さてと、画面もまだ光ってるから装置は起動したままなんだろう。たぶん。となると次はいつ起動するかだが、

①一定時間毎に起動
②ある時間に起動

装置が起動するタイミングとしたら、このどっちかだとはおもうんだが、もし他のものだとしたら俺は知らん。違ったら一回テツをよんでこよう。テツのペースに合わせると往復するのに2日もかかってしまうという時間のロスは少しいたいが、あのレベルの修行ができるのだったらその価値はある。

さて、①だとしたら昨日の睡眠時間とかから考えて、今日の修行の最中にもう一度起動しているような気もするし、②の方向性でふんで、明日の朝方に起動すると思うことにしよう。明日の朝に再挑戦だ。さて、そうときまったら飯を食ってもう寝るか。睡眠もよい筋肉を作るためには必要不可欠だからな。徹夜なんてもってのほかだ。もってのほかだぞ。わかっているか。だからしっかりと寝て、リベンジマッチだ。

待っていろ、龍よ。

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|time:7:48 |
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ガタンゴトンガタンゴトン。

ふむ、どうやら予想は当たっていたようだ。前回と同じ景色。そしてもう少しでぶつかるというところまで迫り来る龍。

「昨日のように不意打ちなぞ食らわんぞ! 来い、龍よ!」

俺は構えをとり、龍を待ち受ける。
迫りくる龍、その瞳の中に何かの存在が見えた。何かと思い、意識を集中し、目を凝らす。瞳に映りこむのは恐怖に歪む人の顔だった。

「なっ……」

一瞬の硬直。しかし勝負においてその一瞬の硬直と言うのは致命傷だった。
一瞬の隙を逃さず、迫り来る龍。
迎撃も間に合わないと判断し、頭上のケーブルを使って上空に逃げることを選択する。
地面を離れ、ケーブルをつかんだ瞬間。

電撃が走った。

文字通り、高威力の電撃が。

「なっ、がっ、うっ! かはっ……」

薄れゆく意識の中、駆け抜ける龍が目に映った。
黄色い体色をした龍の姿が。
そうか、そうか……、お前雷竜だったのか。
雷竜の放つ電撃だったら、そりゃ強力だわ。

俺は昨日と同様に意識を手放した。






昨日と同じく丸い装置の上で目を覚ます。

「くっそ、あの龍は雷竜だったのか! 龍と戦うと言うのに属性を確認しなかっ
たなんて俺はバカか!」

龍は属性補正が強く、戦う龍の種類によって戦い方を変えるのが基本なんて駆け出し冒険者すら知っている常識だと言うのに……。俺は何をしているんだ。あれが実戦だったら俺は死んでいたぞ。いつ慢心できるほど俺は強くなったんだ。まだまだ俺は弱いと言うのに。今日は腐ったこの性根を叩き直さにゃいけんな。
しかしその前に考えなきゃならんことがある。

「龍の瞳に映りこんでいたあの人はなんなのだ?」

実際の龍であるのなら食われたり、取り込まれた人というので納得できるのだが、仮想の存在にそこまでの設定を付けるのであろうか。うむ……、考えてもわからんか。きっと戦いの最中に余計なこと考えるなということを伝えたかったんだろう。
よし、そうと決まったら、なめ腐ってたこの性根を叩き直すために今日は体を痛めつける。
そのために今日は走る。ただただ走る。
まずは部屋の中を走り回る。最初から全力疾走だ。後先なんか考えていたら、痛めつけにならん。
走る。走る。走る。走る。走る。走る。走った勢いで土埃や石などが部屋の中を舞い散り、そのうちのいくつかが装置に当たる。
装置にあたる音が聞こえた瞬間急制動をかける。

「やべぇ! 装置に当たるのはまずい。こわれてねぇかな」

…………ふぅ。たぶん大丈夫だな。画面はしっかり光ってるし、小さいが稼働音も聞こえる。たとえ、何か変わってもよくわかんねんだけどな。画面に書いてあること読めねえし。
さっきのことから反省して、部屋の中でやるのは危ないし外でやることにする。
というわけで戻ってきましたダンジョンに。ダンジョンで修行するなんて常識はずれ?
逆に考えろ? 
なぜダンジョンで修行すると常識はずれなんだ? 
あぶないからだろ。
なぜ危ないか?
モンスターや罠があるからだろ。
その点に関してならこの間ダンジョンを回ってた時に問題なしって判明したろ?
なら問題ないよな。もしもそういうのがあったとしても、試練が増えるだけだから楽しくね。ほら卵を割ったら双子でした! みたいなそんな感じで。
というわけで問題ないな。じゃあ、修行のつづきと行くか。ここならいくら埃を立てても平気だしな。
よしいくか。

タッタッタッタ。
タタタタタタタ。

ふーむ、しかし普通に走っても退屈だし、そこまで辛くないな。どうすればもっときつくなるか。
…………………。ピカーン。
走りながら案を模索していたら天啓が舞い降りた。
ヤベェな、俺これ天才じゃねぇか。よし、そうと決まったら実践だ。


というわけで俺は逆立ちをしている。
何をするのかというと走るのだ。はいそこ間抜けな顔をしない! 逆立ちしたまんま走るんだよ! 両手を交互に出してさ! これは疲れるはずだ。
よし、やろう。走り始める。右手左手右手左手。全身の筋肉を使うからこれはいいな。今度から普通に訓練で入れていこう。
走る。ひたすら走る。手が疲れても走る。頭に血が上っても走る。無心で走る。
走る。走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る。

パタッ。

気がつくと俺は倒れていた。頭に血が上って、脳に負荷をかけすぎたみたいだ。
さすがに脳みそは俺も簡単に鍛えられんからな。待てよ、これを続ければいずれ脳震盪とかの直接脳に来るダメージにも強くなるんじゃないか。よし、今後は少しずつ時間を伸ばしていこう。全身鍛えられて、脳まで鍛えられるとか、この訓練は凄すぎるぞ。そううしているとまた夜になったため、訓練を終え眠ることにする。明日は負けんぞ。黄龍よ。


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|limit:30sec. |
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あくる朝。俺は再び龍と相見えるため大地に立った。んっ、今までと少し景色が違うか。場所が変わった? 昨日部屋の内で土埃を巻き上げたせいで少し設定が変わったか。まあ良い。地形が変わろうと俺のやることは変わらない。ただ龍と戦うだけだ。

ガタンゴトン。ガタンゴトン。

ほれ、龍の足音が聞こえてきた。
音が大きくなるにつれ、龍の姿が大きくなる。が、しかし。

「んっ、今日はおかしいな。昨日ほどの迫力がないぞ。速度も遅いな。どうしたのだ龍よ。腹の調子でも悪いのか?」

それに対する応えは何もない。咆哮もなく、ただ迫ってくるだけである。

「まあよい、来ないのならば、こちらからゆくぞ!」

そう意気込み、龍に向かってかけだす。自分が駆け出すことで、彼我の距離は加速度的に近づいていき、先手必勝と拳を構えたところで目の前がぼやけていった。






気が付くと、装置の上であった。今までに比べ、時間もそれほどたっておらず、龍と相見えた時間の直後といっても差し支えないほどである。

「ふむ、どういうことだ? 時間の感覚から言って、殴ろうとした所でこちらに戻ってきたようなかんじだよな。体の調子からいってダメージを食らったわけでもないし......となると、この装置の終了条件って、まさか時間指定か!?」

そう考えると納得だ。最初と2回目はすぐに龍に出会って戦い始めたのに対し、今回は龍と出会うまでにも少し時間がかかっていたから、その分で時間を余計に使ってしまったんだろう。
しかし、となるとあの制限時間だと1回ぶつかりあうのがせいぜいだな。どうするか。まあ、どうしようもねえな。最悪テツをよんでこよう。困った時のテツ頼みだ。とはいっても呼びに行くのはやっぱりめんどくさいし、できればやりたくないしな。明日もダメだったらびに行こう。
よし、そうと決まったら今日の修行だ。

今日は昨日自分への戒めをしていたせいで出来なかった龍対策の訓練をしよう。
あらゆる生命は大気中のマナを自身の力の一部として行使し生活している。マナには火・水などいくつかの属性があるのだが、たいていの生命はそれを気にせずに使用している。
しかし高位種族に分類される龍は、マナの中から自身にあった属性のマナを好んで使う。そのため、雷龍なら雷といった得意な属性というものが生じる。当たり前のことだが得意な属性の攻撃の威力はとてつもなく大きい。しかし逆に得意な属性があると言う事は攻撃の属性も読みやすいため、それに対抗する属性の魔力をまとっていれば攻撃の威力を激減できるほかに、こちらの攻撃の威力の底上げもできるということだ。
そのため、龍などと戦う際は魔力をまとうのが一般的とされる。こないだは忘れてしまったが、本来あれは自殺行為である。
というわけで魔装と呼ばれる、魔力をまとう技術の訓練を今日はしようと思う。
この魔装であるが、この技術は身体能力の底上げも出来るため、龍などと戦うとき以外でも、当たり前のように使われる。俺の場合、生身の筋肉を鍛えぬくことで、総合的な強さをあげたく思っているため、できる限り使わないようにしているが。もともと強い力を持ってるやつがさらに強い装備を付けた方が強いだろ、俺はそういうのをめざしているんだ。
というわけで今日の訓練だが、まずほどほどの大きさ、握りこぶしより2・3周り大きいぐらいをイメージしてくれ、の石を用意するだろ。それを壁に向かって殴り飛ばす。で、殴り飛ばした石を殴り返す。これの連続だ。たったこれだけだ。
えッ、なにいってるかよくわかんないって、仕方ないからもう一度説明してやろう。
壁に向かって石を殴り飛ばす。走って石が壁に着く前に回りこむ。石を殴り飛ばす。回りこむ。殴る。回りこむ。殴る。これだけ。昔一人キャッチボールとかしただろ。それとおんなじ要領だ。このときに注意することだが、まず、石より先に回りこむために足を魔力でまとい、速度をあげること。さすがに俺も生身の肉体だと少し速さが足りない。
次に石を殴るときに、拳の強化もそうだが、同時に石も強化しなくてはならない。そうしないとすぐに石が砕けてしまう。あとは石の中央を殴り続けることぐらいか。
まっ、御託は置いといてやるか。

フッ、フッ、フッ。

殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。
殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。殴る。走る。

バキッ。

ひたすら繰り返していると、ついに石が砕け、その破片が装置へと飛んでいく。

「ヤバっ!」

終わりだと思い、足の魔装を切っていた俺が間に合うはずもなく、石の破片は装置に突き刺さった。

「……装置は無事か? モニター。異常なし。稼働音。異常なし。…………たぶん大丈夫か? 古代の技術思ってた以上につよいな」

どうやら壊れてはいなさそうでひと安心だ。壊したらリベンジがかなわなくなるのももちろんだが、テツがこぇぇ。
まー、無事なようだし今日の修行も終わりにしようか。明日こそはリベンジきめてやる。


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|place:KOIWA(+3) |
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よし、今日こそはリベンジを決めてやる。ふむ、また景色が違うな。また新しい場所にきたようだな。

ガタンゴトン。ガタンゴトン。

「今日は早い、お出ましだな。さてかかってこい。今日の俺は今までと一味違うぞ」

迫ってくる龍に合わせて魔装を展開する。が、

「えっ、魔装が展開できないだと、いったいどういうことだ。ちょっとまっ……ぐはっ……」

魔装の展開も出来ずに勢いよく跳ね飛ばされた。
宙を舞う体。
つい先日もあったような既視感。
薄れゆく意識の中、ひたすら自問する。なぜだ、なぜ魔装が展開できないんだ。
……まてよ、この世界大気中にマナが……。
意識を手放した。






いつものように装置の上で目を覚ます。
しかし体のいたみはいつもの比じゃない。全身が激しい痛みを訴えている。

「いってぇ、まさか魔装が使えないとは思わんかった。しっかし驚いたな。まさかあの世界、大気中にマナがないなんて、原料たるマナがなきゃ、魔装も使えるわけないよな」

そう、あの世界にはマナが一切なかったのだ。少ないわけでもなく全くなかった。あれでは生活するのも苦しいと思うのだが。と思ったが、仮想世界だから生活する必要もないのか。
むっ、しかしあの龍は雷撃も使えるのか……。なるほど魔装を使わずに龍をたおせというハードモードというわけか。面白いじゃねえか。本気の俺の筋肉を見せてやろう。小細工抜きの力をな。
さて、今日なのだが、今朝の一撃もあるが、なにより昨日の魔装の訓練の疲労も大きい。明日究極の一撃を放つために今日は休養をとろう。時には休みも作る。これもよい筋肉を作るために必要なことだ。
では、今日はひたすら寝るか。


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「いやー、ひどい目にあったすね。いきなり『てけてけ』のようのものにひかれて、岩にうもれるなんて、もう少しで生き埋めになるとこだったすよー。ん、なんすかねあの装置。むっちゃ光っててもう触ってくださいって言ってるじゃないっすか。これはいじくるしかないっすね」

暗い部屋のなかに、突如明るい男の声が響き渡る。男は若く、成人しているかどうかも怪しいほどである。
男は装置まで進むと、指をせわしなく動かす。そのたびにカタカタという音が響き渡り、画面がせわしなく変化する。
やがて満足したのか装置から男は離れる。

「こんくらいあった方が面白いっすね。では行きますか異世界に」

男は薄い気配をさらに殺し、丸い装置に歩み寄りその時を待つ。異世界へと旅立つその時を。


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よし、無事きどうしたな。今日こそリベンジ決めてやるからな。
顔を上げると一番最初にきた場所の景色であった。空気を吸い、精神を統一する。
今日こそ止めると決意の火を燃やす。

ガタンゴトン。ガタンゴトン。

きたか。よしかかってこい。今日は小細工抜きだ。何があろうと止めてやる。
そう決意し眼前の龍を見据える。龍はより一層速度を上げてこちらへと突き進んでくる。
俺はじっとそれを見つめながら、構えとともに心を整える。
力をためる。
まだだ、まだひきつけろ。
もっとちからをためこめ。
そして、彼我の距離が0になる瞬間ため込んだ力を解放し、龍をうけとめる。
おしこまれるが、地面にある横木を支えにおしかえす。

力の均衡は10秒と続かなかった。
龍が活動を停止したのだ。
追い打ちをかけようとするが、すでに龍は活動を停止していた。

「渾身の一撃を止められて、自ら活動を止めたか。その心意気あっぱれだ。お前との闘い楽しかったぞ」

そういい、好敵手に静かに背を向ける。振り向く際に龍の瞳に映る人に対し、安心しろと笑みをうかべた。
訓練だし、あの者は俺が何かしなくてもたすかるだろう。どういう風に助けるかは知らんが、そこは流れにまかせるとしよう。
にしてもなかなか戻らんな。普段だったらもうとっくに戻る時間なんだが、はっ、まさかこれはいわゆるボーナスステージというやつか。龍を倒したから、次の試練に入れる的な。
そうと決まったら探索だ。
いやー、探索と言えばこうでなくっちゃ。


探索をすると、灰色の石畳の上を鉄の猪が疾走している。
猪とのかかり稽古だと思い、石畳で出来た闘技場に足を踏み入れる。
その瞬間猪はけたたましい鳴き声をあげる。やる気は十分ってか。
さあかかってこい。そう意気込んだ瞬間。視界が暗転した。


「お帰り、おじさん」

目を覚ますといつもの丸い装置の上であった。
いやー、今日は疲れたなーもう寝ちゃうかー。

「お・か・え・り。おじさん」

はいきづいていましたよ。目を覚ましたらかわいい女の子の顔が目の前にあったんだよ。男ならだれでもうれしいと思うだろ。俺もうれしいさ。その女の子が額に青筋を浮かべてなければ。

「おう、ただいまテツ、久しぶりだな」
「うん、ひさしぶりだね。オジサン。私がダンジョンに入る前に言ったこと覚えてる?」
「お、おう……俺が可愛い姪のいったことを忘れるわけないじゃないか」
「か、か、かわいいって……もう、じゃあ何言ったかいってもらってもいい」
「『気を付けてね、大好きなおじさん(はぁと)』だろ?」
「そ、そ、そんなこと言ってないわよ! ダンジョンの中の物を壊さない、なにか見つけたらすぐ報告でしょ!」

おうおう顔を真っ赤にしちゃって。可愛いなこいつ。

「ああ、そんなこといってたな。テツが可愛くてすっかり忘れていたよ」
「だからまた、はー、おじさんごまかそうとしたってそうはいかないよ、どうして報告こなかったの」
「修行が楽しかったです!」

これ以上ごまかしたらあかんやつだなこれ、長年の付き合いからこれ以上やってはいけないラインは良く知っている。

「まったく、もういいわ。ぶじだったんだし」
「じゃあ、お説教も……」
「それは別。あとでしっかりとやるから覚えていて」
「はい……」

ダメだったか。まあおれが悪かったんだし甘んじて受け入れよう。
あっ、そうだテツに提案しとかないと。

「テツ、後でしみゅれーしょんシステム作ってもらってもいいか」
「別に構わないけど、なんで?」
「いやー、こいつがすごくてな。ちょっとなめていたわ。だから家でもやりたいと思ってな」

そういってお世話になった装置を指さす。

「これ、シミュレーションシステムじゃないよ」
「えっ……」
「そっか、おじさん誤解していたんだ。これ異世界転移装置だよ」
「えっ…………」
「ちなみにもう少しでマナ切れてもどってこれなくなっていたよ」
「えっ………………」

てことは、俺はリアルの命の危機にあってて、下手したらこっちに戻ってこれなくなっていたってことか……。あぶねー!! あぶなすぎるだろ俺!!

「そのー、テツ。本当に申し訳ない。そして本当にありがとう」

謝罪と感謝を心から伝えるため真摯に頭を下げる。

「んっ、いいよ。ちゃんと無事に帰ってきてくれたし。帰ろ。ちゃんとしたご飯食べてないでしょ」
「ああ。久々にまともな飯だ」
「ふふっ、今日は頑張ってごちそうつくるね」
「おう、期待してるぜ」
「でも、その後にお説教だからね。ロストテクノロジーは本当に危険なんだから、おじさんはそれをしらないと」
「ええ、まじかー」
「まじです」

並んで歩く二人の背中からは幸せなオーラがあふれ出ていた。










そのころ

「あー、あれが自動車っすねー、であっちが飛行機っすかー。本当に空を飛んでるっすね―。ところで、もう30時間はとっくに経ったはずなんすけど、いつになったら帰れるんっすかねー。あっ、あれが色々な情報が詰まっているというパソコンっすか。どういう仕組みなんすか。すごい気になるっす。未開の技術がわっしを呼んでるっすー」



おしまい




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第三十二回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.01.05(Thu) 00:00

総武線は週二で停まる

僕は、背にかかる重みにあえぎながら、林の中を進んでいた。かつて田圃だったと思われるその林の地面はぬかるんで、度々足を取られそうになる。
耳元では背に負った友が、苦しそうに呼吸する音がしている。
「蝶野、あと少しだ。頑張れ」
半ば自分を励ますように、僕はそう彼に話しかけた。しかし返事はない僕は恐怖した。もしも彼の呼吸が止まったら、いや、その前に、僕は友をすぐさま放り出し、処理しなければならない。
「くそ、なんでこんなことに」
後悔に苛まれながら、僕は僕の村と、この国の中枢を担う都市とを結ぶ線路に急いでいた。
その名は、総武線と言う。


「肝試し、ですか?」
小さな村の、小さな派出所の中で、僕は相談に訪れた三人の母親たちの話を聞いていた。時刻は七時を回ろうとしており、日暮れの早いこの季節はもう外は真っ暗だ。
「そうなんですよ、駐在さん。うちの息子が昨日、明日は綿野さんの家に泊まるって急に言い出して。今日は休日だから沢山遊ぶんだって朝早くから出かけて行ったんです。心配になって聞きに行ったら、息子はあなたの家に泊まりに行ったって」
三人のうち一人、佐藤さんがいった。彼女の息子は太一君と言って、なかなかの悪ガキだ。多分、発案者は彼だろう。
「おかしいなってふたりで話していたら、阿部さんが通りかかって。阿部さんの家の霞ちゃんも、友達の家に泊まるっていうんです」
そうしてその友達に連絡してみると、そんな話は聞いていない、と。つまり、男子二人は互いの家に、女の子の霞ちゃんは女友達の家にと、口裏を合わせていたのだ。
「それで、肝試しっていうのはどこから分かったんです?」
今の話だけだと、ただ三人の子供が行方をくらました、ということしか分からないが。
「それは、良子が三人の話を聞いていたそうなんです」
綿野さんがそう答えた。肝試しに行ったのが浩一君で、良子ちゃんはその妹だ。
「お兄ちゃん達がどこに行ったのか、聞いてないかい?」
僕はかがんで、先程から母親の身体に隠れるように足にしがみついている、小さな女の子に尋ねた。
「兄ちゃんが、大人には言うなって」
良子ちゃんは小さな声で言った。やはり大人に囲まれて緊張しているようだ。
「大丈夫、君が怒られないように、秘密にしておくから」
「ほんと?」
 良子ちゃんが訝し気に僕の顔を窺っている。
「ほんとだもの」
 微笑んでそう答えると、良子ちゃんは思い切ったように話し始めた。
「あのね、みんなで村のはずれのハイキョに行くんだって。お前は小さいから来ちゃダメだ、て」
 母親たちがざわめく。村のはずれの廃墟、というのは、かなり昔に建てられたもので、大人たちは子供が近づかないよういつも言い含めていた。もう大分老朽化して、倒壊の恐れがあるからだ。
「すぐに迎えに行かないと」
 佐藤さんがそう叫んだ。他の母親も騒ぎ始める。
「落ち着いてください、皆さん。もう日も暮れているし、危険なので廃墟へは私たちが迎えに行きますよ。それに彼らも初等といっても赤ん坊じゃない。家で待っていてください。すぐに連れていきますから」
 そう言うと、渋々と言った様子で母親たちは引き下がった。廃墟は森の中で、大勢で向かうのは大変だというのもあったのだろう。
「では、皆さんは自宅にお戻りください。すぐに、すぐに向かいますから」
 母親たちは何度も頼みますよ、と念を押して帰っていった。
それを見送って、僕は上司と同僚に連絡をとる。
「やれやれ、面倒なことになったなあ」
 自然と、ため息がこぼれた。


「お二人さん、こんな夜更けに、ご苦労様だねえ」
「いえ、仕事ですから。こちらこそ車を出していただいてありがとうございます」
 村で車を所持している家は少ない。上司がお願いしてくれたおかげで、その数少ない所持者である村長さんが廃墟の近くまで送ってくれることになった。
……その上司は今頃、派出所でのんびりしているのだけれど。
「あの子たちにも困ったもんだ。全く、元気なのはいいんだがなあ」
 村長さんはのんきにそう言いつつ、余り状態がいいとはいえない道を危なげなく運転していく。もう六〇に近い老人で、毛髪にはところどころ白いものが混じり、年相応に皺も走っているが、その動きはきびきびと澱みない。
「たく、 ガキどもも手間取らせやがって。大体、あいつら来年はもう中学だろう。ほっといてもいいんじゃねえのか?」
 隣から、いかにも不機嫌そうな低い声が上がった。
「蝶野、村長さんに失礼だろ。それに、彼らだってまだ子供なんだから」
 僕はあきれ顔で、後部座席に一緒に座っている同僚を見た。目つきも人相も、ついでに口も悪い、僕の相棒だ。呼び出しを食らった直後からこんな調子である。
「構わんよ。こいつの態度は言っても直らん。だが、子どもたちを放っておけと言うのはいかんな。万一と言うことがある」
 村長さんは気にした様子もない。もう慣れっこなのだろう。
「万一って言ってもな。あの廃墟、俺がガキの頃から崩れる崩れるって言われて、結局ちゃんと建ったままじゃねえか」
 蝶野はいまだにぶつぶつ文句を言っている。
「じゃあ、捜索は明日にする?」
 だが僕が冗談めかしにそう尋ねると、途端にそっぽを向いて。
「そうは言ってねえよ」
 と返答するのだった。これで、子どもには妙に懐かれるのだ、こいつは。そして、それを本人も悪くは思っていないというのが、どうにもおかしく思えるのだった。
「やれやれ、思ってもいない文句を言うから……。それにな、倒壊だけが危険ではない。野犬でも潜んでいたらことだし、何より、奴らがおるかもしれん」
 村長は、最後の言葉だけはすこし声を潜めていた。『奴ら』、それは、人類を一世紀近く苦しめてきたものだ。
「おいおい、それこそ有り得ねえだろ。最後に奴らが現れたのは、確かじいさんが子供の頃だろ?」
 蝶野が呆れたように言った。
「何を言う、奴らはいつ紛れ込むか分からん。だからこそ恐怖なのだ」
 それから、村長さんは奴らについてとうとうと述べ始めた。これまでの人生で、幾度となく聞かされた話で正直退屈だったが。
 曰く。奴らは不死身で、人を襲い、そして仲間を増やす。これまでにあちこちで発生し、おびただしい人間を死に追いやった災禍であると。
 奴らのせいで人類の発展は遅れ、人口は減り、都市は分断された。人類はその克服に多大な時間と労力を費やし、抗体が発見された今なお、特に国外ではその脅威が続いている、と。
 ついでに、いつまでたっても総武線が週五で運休なのもそのせいなのだ、と。
……ちなみに、村長さんは運休と言っているが、最初から運行の予定はない。いつか毎日運行するようになる、という村民の願望を込めて言っているだけだったりする。
「む、すこし熱くなってしまったか。すまない。そろそろ到着だ」
 目的地を通りすぎるんじゃないかとひやひやした、とは言えなかった。


「さて、着いたな」
 鬱蒼とした森を抜け、整地された跡のある土地の中の、薄汚れた白い壁に覆われた建物にたどり着いた。
「おーい、ガキども、迎えに来たぞ。さっさと出てきておとなしく怒られろ」
 蝶野があまりやる気のない声で入り口に呼びかけるが、反応はない。
「そんなこと言って出てくるわけないだろ……。みんなー、一緒に謝ってあげるから出てきてくれー」
 それなりに声を張ったつもりだが、やはり反応はない。
「まいったなあ。ここにいないとなると厄介だぞ」
 今夜は月が明るく地上を照らしていたが、それでも日のない時間にてあたりしだい捜索するのは勘弁したい。
「どうせ中で隠れてるんだろ」
 蝶野はそう言うと、中に入ろうとぼろぼろの扉に手をかけた。
 その瞬間
うわああああああぁぁぁ!
「っつ、 太一!」
逼迫した叫び声が建物の中から聞こえ、蝶野がすぐさま駆け込んでいった。
「おい、待てよ!」
 僕は一瞬反応が遅れ、蝶野の後ろを慌てて追う。建物の中に入ると、視界のほとんどはべったりとした暗闇に塗りつぶされ、鉄格子のある窓から微かに差し込む光と、僕と蝶野がもつ懐中電灯の明かりだけがそれを切り取っていた。
 その蝶野の持つ懐中電灯の明かりは激しく動きまわり、自分の懐中電灯を向けるとなにか小さなものを必死に押さえつけているようだ。
「おい、太一を連れて外に出ろ!」
 蝶野に駆け寄ろうとしていた足が、その声で急停止する。直後に、子どもが自
分に飛びついてくるのが分かった。
 僕はその子の手を取り、つい先程くぐった扉を引き返す。
 月光の中に出て下を見ると、髪を短く刈られた頭が震えているのが見えた。
「太一君、いったいなにが起こったんだい?」
 すぐにでも蝶野に加勢したい、その気持ちを抑え、少年の泣きはらした真っ赤な目を見つめながら尋ねた。
「ち、地下に行く扉を見つけて、か、霞と浩一が、『あいつ』に……っ」
「あいつ……? まさか!?」
 車の中での、村長の言葉が脳裏によぎった。
(奴らはいつ紛れ込むか分からん。だからこそ恐怖なのだ)
 同時に、気付きたくないことに気付いてしまう。
「じゃあ、さっき蝶野がもみ合ってたのは……」
 途端に、太一君の顔がこれ以上ないくらいにゆがむ。
「ふ、二人とも噛まれちゃった。浩一は、俺と霞が地下の部屋から出るまで『あいつ』を押さえつけて……。そしたら、霞もおかしくなって……。どうしよ、俺のせいだ、俺がこんなとこ行こうって言ったから!」
 相当ショックだったのだろう。当たり前だ。友達が二人、目の前で死んだのだから。
「落ち着いて、太一君。まず確認だけど、注射は打ったかい?」
太一君はふるふる、と首を振った。
 僕の国では、『奴ら』になることを防ぐ効果を一時的に獲得できる薬の入った注射器が、国民全員に各々一つずつ配布されている。非常時には即刻に注射することが義務付けられているのだ。
「よし、じゃあ一緒に打とう。やり方は分かるね?」
 今度はこくり、と頷いた。
注射器の使い方は学校で必ず習うが、僕も実物を使用するのは初めてだ。
 常に持ち歩いている容器から注射器を取り出し、訓練通りに注入する。太一君が正しく注射を行えていることも確認した。
「ほら、これで安心だ。まっすぐ森を抜けたところで、村長さんが車に乗って待ってる。村に下りて、みんなに伝えるんだ」
「でも……」
「いいから行くんだ、ほら、振り返らずに!」
 僕の、今まで見せたことのないような形相に気圧されたのか、太一君は言った通りに真っ直ぐ走り去っていった。
「蝶野、無事でいてくれよ……!」
 訓練と整備以外ではろくに抜いたこともない拳銃を握りしめ、僕は再び建物内に侵入した。


部屋の中を懐中電灯で照らすと、先程二人がもみ合っていた場所にうずくまっている蝶野を発見した。取り敢えずこちらを襲ってくる様子はない。
「おい、大丈夫か」
 声を潜めてよびかける。
 ゆっくりとこちらを振り向いた蝶野の表情を見て、僕は息をのみそうになった。
 彼の顔は懐中電灯の薄暗い明かりでもわかるほど青白く、一切の生気が感じられない。それでいて、そのなかに様々な感情が渦巻いているのが感じられた。
「おまえ、か。太一は、どうした」
 普段の荒々しい雰囲気はなりをひそめ、声に力はない。
「いま、村長さんの車に向かってる。薬も打たせた。それより、お前は大丈夫なのか?」
 そういって、一歩、足を踏み出す。すると
ピチャッ
「な……ひっ」
 粘着質な音が響き、思わず床に懐中電灯を当てると、そこには頭をひどく損壊した小さな死体が横たわっていた。その割れ目から流れた血や体液が、殴打されところどころ黒ずんだ顔の上を流れ落ち、床に血だまりを作っていた。
「霞……ちゃん」
 だれがやったのかは明らかだった。行為者が、それを望んでいなかったことも。
「ち、蝶野……?」
「……よかった。それで、浩一は?」
 僕の呼び掛けには反応せず、最後の一人の安否を気遣う。
「浩一君は、地下で大本の感染者と……」
 その悲痛な問いかけに最悪の答えを返すのが、とても辛い。申し訳ない。
「そうか……なら、行かなきゃな」
 蝶野はべちゃべちゃと音を立てながらゆっくりと立ち上がり、腰の拳銃を引き抜いた。
「応援を待った方が……」
「俺が、やらなきゃだめだ。他の連中には任せない。お前も帰りたいなら帰れ。その方がいい」
 僕が無意識伸ばした手を無感情に眺めながら、蝶野は言った。
「馬鹿言え、置いてけるか」
 僕はがたがたと震えながらも、何とかそう答えることに成功した。
「ふん、馬鹿はお前だ…………」
 恥ずかしそうに、というのは僕の主観だが、顔を伏せた蝶野を見て、相変わらずだな、と僕は思った。


 そのあと、建物を出るまでのことは、もう思い出したくない。ただ一つ言えるのは、蝶野は誰も殺さなかったということだ。そう、僕がそうさせなかった。
 その時の僕にとって、それだけが重要だった。


 異変に気付いたのは、建物を出た時だった。
「蝶野、おまえ息が上がってるぞ。大丈夫か」
「ああ、ひっかかれたからな」
 蝶野は、なんとでもない事のようにそう答えた。暗い中では気が付かなかったが、その手の甲には確かにみみず腫れが出来ていた。
「注射は打ったんだろうな」
 僕は驚いて詰め寄った。
「いや、打ってない。こないだ売り払っちまったからな。ああほんと、止めときゃ良かった」
 先程までが嘘のように、変に軽い態度を装っている。
「なにしてんだ!? 僕もそこまで馬鹿だとは思わなかった! 派出所に予備があるはずだ。行くぞ!」
 薬はかなり貴重なもので、原則として一人が一本持つだけだが、例外として各村の治安維持に関わる部署は予備として数本、所持することを許されている。
「無駄だ。俺に販売ルートを教えたのは上司、派出所の人間だ。流石に個々人のものには手を付けてないが、それ以外は全部売っちまって、あの中身は全部ただの生理食塩水かなにかだとさ」
 衝撃だった。まさか、そんな。命にかかわることだろ……
「ああ、一応弁護しておくと、売ったのは上司本人じゃない。前任の所長が、退職金代わりに持ってったとか言ってたな」
「他人の名誉なんて気にしてる場合じゃないだろ! なにか、なにか方法はないのか!?」
 あまりにひょうひょうとした態度に怒りを覚えた。この男は、自分の命がかかっているときに、そうしてそんな言いぐさが出来るのか。どうして、そんな、諦めたような態度をとるのか。
「今更、村に戻っても派出所の連中が薬の密売を隠そうとするだろうしな。で、まあ心苦しい限りだが、お前に頼みがある」
 俺を、殺してくれよ?
――――――――っ
 頭が沸騰するかと思った。ここまで怒りが湧いてくるのは初めてだ。同時に、僕は頭の中で必死にこのあたりの地図を思い描いていた。
そして、進むべき方向は決まった。
「蝶野、立て。引き摺ってでも連れてくぞ」


 今僕はこうして林の中を歩いている。
 総武本線を走る汽車には、未だ奴らとの接触の多い辺境の地のために、多くの薬が積まれている。そして、今この時間は週に二度しかない、汽車が村の近くの線路を通過するタイミングだ。
「本当に、呆れるほどの悪運だよ、おまえ」
 ようやく、長い夜が明けようかと言うとき。僕と蝶野は線路わきに到達した。
 やがて、汽車がレールの上を走る振動が伝わってきた。疲れ果て、倒れ伏した僕は蝶野の呼吸音を確かめて、安堵の息を吐く。
 機関士が僕たちに気付いたのか、ブレーキが踏まれる音が聞こえる。誰かに体を持ち上げられる感覚がした時には、僕の意識は半ば途絶えていた。





第三十二回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.01.05(Thu) 00:00

傘がない


 ぽつっと冷たい感触がした。見上げれば灰色を塗りたくったような曇天で、雨か、と呟いていた。
「二番線電車が参ります。お下がりください」
 顔に風を感じると、黄色い電車が走り抜ける。髪の毛とスカートが巻き上げられ、少し肌寒く感じる。
 いつもと同じ七時二七分に到着した電車は一分後に発車する。機械のようにあたり前で、何も変わらない。

 電車中ほどに入り、教科書の詰まった鞄を下ろし、吊革を掴んだ。同時に電車が動き出す。窓を見れば、幾筋かの水滴がガラスの上を走っている。やはり雨だったようだ。
 はあっと息をこぼした。手提げ袋に手をつっこむ、傘はなかった。一昨日はひどい雨で昨日は反対にきれいに晴れた。完全に油断していたのだ。まだ弱々しく走る水滴を眺めて私は、英語教師の言葉を思い出した。

「井上陽水の傘がないって曲知ってる?僕が君たちと同じくらいの時、まあだから高校二年生くらいか。そのときに流行った曲なんだけど、当時は学生運動が盛んな時期でね、みんな社会のことばっか考えてたの。でも、この曲はそんな社会のことよりも、俺は今傘がないって歌っててね。衝撃を受けたもんだよ」
 還暦近くの、頭の禿げ上がった教師は感慨ありげという表情で言葉を発した。全く授業と関係ない話で、どうしてそんな文脈になったかと頭をひねるばかりだった。だけど、たしかに傘がないのは困るよなあと、髪に触れた。こんな日は大体一日中雨だ。髪の毛が湿気を吸って、ボリュームが出ている。
 ふと、大事なことを忘れているような気がしてきた。試しに頭をたたいてみる。そうだった。英語教師の顔で思い出した。今日は火曜日だ。英単語の小テストが朝読書の時間に実施される。鞄から付箋だらけの単語帳を引っ張り出した。今から百単語覚えるのかと、半ばあきらめつつも、ここで及第点を取らなければ、金曜日の放課後に再テストの憂き目にあう。(しかも合格するまで帰れない)それは何としても避けたかった。
 ページをめくり、単語と意味を確認していく。電車の揺れが急かしているようでひどくうるさい。
 その瞬間、電車が唐突に停車した。
「急停車です。」
 車内アナウンスが流れた。
 先ほどまであんなに走っていた電車がぴくりとも動かなくなった。
車内がわずかにざわついている。苛立たしそうにスマホを操作し、どこかへ連絡している者。ため息をこぼし、暗い表情のサラリーマン。目の前に座っている若い会社員は、一日遅れのジャンプを読んでいる。彼だけはどこか楽しそうだ。
私といえば、単語を覚える必要はなくなった。電車が止まって五分以上経つがこれでは、学校へ直通のスクールバスには乗れそうもない。単語帳をぱさりと鞄に放り出した。
「えー、電車遅れまして大変申し訳ございません。ただ今確認を取っております。もう少々お待ち下さい」アナウンスが流れ出す。
まだまだ動き出すまでには時間がかかりそうだ。
窓に視線を戻すと、雨は強まっていた。そうだ。あの日もこんな天気だった。

   ***
 最悪だった、と覚えている。バケツをひっくり返したと表現してもウソじゃないくらいには雨が降っていた。駅に辿り着く前に、雨水が靴の中に入りこんでいた。足はかじかみ、末端の感覚は無くなって、歩を進める度に、ぐちゃりぐちゃりと水を踏みしめるのが不愉快だった。
 やっとの思いで駅に着いて、傘を閉じた。水滴が傘の先で池をつくっている。いつもより滑りやすい階段を注意して降りると、不穏な空気が流れていることに気がついた。
 ホームに立つ者は、ある者は目を背け、ある者は惚けたように見つめ、ある者は何事も無かったかのように振舞っていた。
視線を辿ると、ホームを超えて線路上へと続いている。
 見慣れた無機質な色合いの中に、眩しい程の人工的な青があった。
 線路上の一部はブルーシートで覆われており、ヘルメットを被った作業員が四人ほど何かを片付けている。
 その瞬間きゅっと息を吸った。口に出してはいけない、認識していることを知られたくなかった。だからと言って、目を背けるのも同じことだ。結局、自分より先にここに立っていた人と振る舞いは変わらない。

 駅員はアナウンスでジンシンジコとけたたましくがなっていた。電光掲示板は赤字の注意書きでうまっている。電車が復旧するにはかなりの時間を要した。

 問題は、ブルーシートに視線を戻した時だった。何か黒いものがブルーシートにまとわりついているような、そんな気がした。幾度か瞬きした。目もこすった。
 しかし、その黒いものは消えることはなかった。
 尻尾のようなものを揺らし、シートを静かに見つめている。猫だと思った。黒猫だ。
 何でこんな所に――。
 その瞬間、背中に感じた衝撃で、我に帰った。運転見合わせで、ホーム上は人で溢れかえっていた。足の踏み場も怪しい。後ろを振り向けば、疲れきったOLがもっと詰めろと言わんばかりの表情で睨みつけていた。
 すいません、と口の中で呟きつつも、自分の目が本当なのか気になった。
「あの、あれ」とブルーシートを指差して、黒猫が見えているのかを訊ねた。
「え?」と、OLは訳が分からないわ不謹慎ね、とでも言わんばかりの表情で私の問いには応えず、スマホの画面に目を向けた。
 ブルーシートを再度見れば、黒猫はいなくなっていた。やはり、私の思い違いだったのかもしれない。

 黒猫には思い出があった。私が生まれた時にはすでに家に黒猫がいた。私が生まれる一年前にペットショップから無料で引き取った、と父は教えてくれた。母さんが流産してしまった時に貰ってきたんだ、ともこっそり付け加えた。雑種ではあったが、毛並みは美しく暗闇のような黒い体から、ヨルと名付けられた。真っ暗闇の毛並みの中に、ぱちりと光る目が夜空に浮かぶ星のようで、私はヨルのことが大好きだった。
 ヨルは姉として、私と一緒に育てられた。言葉が通じることはないけれども、感情は分かちあっていた。
 だけど、ヨルはいなくなった。
 小学六年生のある日、ヨルは帰ってくることはなかった。いつもなら、家の外に出しても夕刻になれば帰ってくるのだが、そのときは違った。
学校から帰ってきてそのことを知った私は、家を飛び出しヨルの行きそうなところをくま無く探した。だけど、彼女はどこにもいなくて、泣きながらそこら中を、無茶苦茶に歩き回っていた。夕日に照らされたオレンジ色の空の、暗闇へと移り変わる不気味な色合いが、怖くて怖くて仕方なかった。
 その後はよく覚えてはいないのだけど、楽観的な父は「猫ってものは気紛れだから、すぐ帰ってくる」と言い張り、母も「ヨルは賢い子だから大丈夫よ」と励ましてくれた。
 しかし、三日しても一週間してもヨルは帰って来なかった。

   ***
 ある考えがあった。それが私を、突き動かす。そして今、線路の上を歩いている。昔、金曜ロードショーで見た、スタンド・バイ・ミーのごとく私は線路を歩いている。
 時刻は深夜二時。どうしても、あの黒猫にもう一度会いたかった。日中見た時に、ヨルと同じ星空の目で見つめられた気がしたのだ。
 考えてみれば、こんな不確かなことで、家を抜け出して線路を歩いているなんて滑稽かもしれない。ヨルがいなくなった時以来だった。

 駅に潜り込んで、ホームから確かめようとしたが、終電が過ぎると駅の改札前はシャッターで塞がれる。自分の詰め甘さを悔いた。やむなく、近くの踏切から線路を辿り、駅を目指す。はあ、と息を吐けば白くなる。もうすぐ、冬が来るのだと実感した。
 しばらく歩いたからか、体は温まってきていた。そろそろ、着いてもいい頃だ。
 駅舎が見えた。確か、一番線の方だと歩を進める。
「ヨル。いるのー?」
 声を張り上げることは出来ないけれども、恐る恐る声をかける。誰もいない駅舎は、自分の声をただ反射するだけだ。何度か声を発した。
 ふと、静寂に包まれた駅舎の中で、一人だけ音を発する自分がひどく場違いな存在であるような気がしてきた。間延びした自分の声がただ響く。
 不思議と恐怖は無かったが、諦めの感情が胸の中を渦巻いた。
 線路、ホームの上、緊急避難場所の中も覗いてみたが、生き物がいるとは思えなかった。
 やっぱり私の勘違いだったんだ。心の中で反芻して、空を見上げた。目頭にあついものがこみ上げて、鼻がつーんとした。冬が近い。澄み切った空気の中で、星が煌めいていた。
 また会いたかったなと星に願うも、そうはいかないようだ。さっき来た道に向き直る。

「にゃあ」

 猫の鳴き声――?まだ期待してしまっている自分がいるのだろうか。
 恐る恐る後ろを振り返ってみた。
 そこには――黒猫がこちらを見つめて座っていた。
 こちらを見る目は、ヨルと同じ色だった。ヨルだと思った。やっと帰ってきてくれた。私を待っていてくれたんだ。何で置いていったのだろう。どうして、いなくなっちゃったの。頭の中がぐるぐるとかき回される。
 ヨルはこちらに近づいてきて、私の足に顔を擦り付け、一言にゃあと鳴いた。それがただいま、と言っているみたいで。まとまらなかった頭の中が、すうっと一つになって言葉となって溢れ出た。
「帰ろう」
 触ると喜んだ首のあたりを撫でながら呟いていた。ヨルは嬉しそうに、ゴロゴロと喉をならしている。ヨルだ。やっぱりヨルだ。
「ねえ、ヨル。お家に帰ろう」
 改めて言葉に出してみる。背を撫でられて、気持ち良さそうにしていた彼女は、びくっと目を見開き、困ったような表情をした。
「ヨルは…帰らないの?」
 言葉を発すことはできない。しかし、肯定と言わんばかりに目を細めた。
「何で…?」
 ヨルは表情を変えることなく、ぱたり、ぱたりと尻尾を振っている。
 嫌だ、また別れるなんて。せっかくまた会えたのに、どうして――。
 ぽつり。ぽつ、ぽつ、ぽ、ぽ、ぽ
 気持ちに呼応するように、また雨が降りはじめた。頬を流れるものが、雨なのか涙なのかは分からない。
 ヨルは、ヒゲをぶるると振るわせて、体を起こした。そして、私に向かってぺこりとお辞儀をしたかと思うと、私の反対方向に歩き出した。
 やはり、ヨルは帰る気がないようだ。それでも、どうしても、諦めることはできない。
「待って!一日だけ…一日だけ一緒にいて!」
 十歩ほどは歩いたであろう彼女の背に叫んだ。
 ヨルは立ち止まった。瞬間私は、彼女に駆け寄った。ヨルはまたも困ったような顔で、にゃあんと小さく鳴いた。


 抱きかかえられたヨルが抵抗することはなかった。冷たい水の中、彼女のぬくもりだけが現実だった。汽車に追いかけられるように、線路を駆ける。規則的に並べられた枕木に、時折足を取られた。
 ヨル、軽くなったな。――私が重くなったのか。どうしても、一緒にいられなかった年月を考えてしまう。

 息を切らして我が家を前にした。家のドアを前にして、ヨルがはじめて身じろぎした。首を左右に振って、なーなーと鳴く。黄色い瞳がこちらを見上げた。
 今日だけだから、と口の中で呟いて、ヨルを抱え直した。両親に見つからないように、忍び足で自室に戻る。びしょ濡れになった制服を脱ぎ捨てた。脱衣室から拝借したタオルで、ヨルの体を拭う。丹念に水気を拭き取った彼女の毛並みは、つややかな漆黒だった。
 ヨルは窓の外を静かに見つめていた。私も一緒に、窓から見える夜空を眺める。そうして、下着一枚裸同然の姿で、床にへたりこんだ。

 この時、私は、約束を破ろうと考えていた。いざ、家に入ってしまえば、一日で帰ることなんてできないだろう。これからずっと一緒にいるのだ。
 顔を洗っているヨルの背中に指先で触れ、これからを思い描いた。

 だけど、結論から言うとヨルは家に残ることはなかった。

 ヨルを連れ帰った日は、そのまま一緒のベッドで寝た。ヨルのぬくもりが肌を伝い、一緒に過ごした時間が次々に思い出された。そういえば、よくベッドにもぐりこんだっけ。冬の寒い朝は、早く起きろと言わんばかりに顔をなめられもした。
 蓋をしていたはずの些細な記憶が溢れ出して止まらなかった。そうして、ヨルと記憶に包まれて私は眠った。

 次の日から、私は体調を崩した。
 昨日、雨にずぶ濡れで帰ったのだから、風邪をひいて当然だ。しかし、今まで生きてきた中で、一二を争うまでの大風邪をひいた。
 だが、高熱にうなされぼんやりとする頭の中でも私は満たされていた。隣にはヨルがいた。彼女は、時折心配そうな顔をして、熱を確かめるかのように額を擦り付ける。
 約束の期限が過ぎているけど、まだ残ってくれているという事実が何よりも嬉しかった。体は動かないが、それ以上に気持ちでヨルと繋がっている。また一緒に暮らせるんだという期待が頭をもたげた。

 だが、熱は一向にひくことはなかった。
 病院にもかかったが、薬を飲んでも効果はなく、医者は頭をひねるばかりだった。
 うだるような高熱の中で、ヨルはこちらを申し訳無さそうに覗き込んでいた。
「ありがとう…ヨル…心配してくれて」
 からからに乾いた唇で、必死に言葉を紡いだ。と、同時に母親が枕を替えに部屋を訪れた。
「水穂、今、ヨルって言った?」
 母は不思議そうに訊ねた。
 「そうだよ」と母の表情に戸惑いを覚える。
 母は、ざらじゃらと氷がどっさり入った枕を私の頭の下に置き、懐かしむように言葉を発した。
「ヨルね…水穂が小学六年生の頃だったよね。あの子どこに行っちゃったんだろうね」
 母は何を言っているんだろうか。だってヨルは私のすぐ隣に――。
「ヨルならここにいるじゃん」
 私はヨルを見つめながら訴えた。ヨルは帰ってきたんだ。手触りだってほらこんなに真っ黒で毛並みだって。
 母は少し息を吸って、吐いた。そして、私に近づいて額と額をこつんと合わせた。母の額はひんやりとして気持ちいい。
「水穂、熱治まんないね。頭が朦朧としているみたいだし…明日、違う病院いってみようか」
 えっ…。私は母の気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。困惑が顔に出たのか、
「そんなに心配しないで。今日はゆっくり休んでね」
 手の甲で頬を幾度か撫で、母は部屋を後にした。

「ヨル…」
 不安になって視線を向ければ、大きな目はすぅと細められた。
 それは、ごめんねと言っている気がしてならなかった。

 目を覚ましたら熱はまるでなかったかのようにひいて、体は羽が生えたように軽かった。
なぜか部屋の窓は開けられていた。母が換気するために開け放したのだろうか。
 怪訝に思い、窓に近づくとヨルが窓枠に座っていた。尻尾をぶらんと垂れ下げて、振り子みたいにゆらしている。
 電気もついていない真っ暗闇の部屋の中で、ヨルの目だけが星のように見える。
 一言低めの声で、なーと彼女は鳴いた。
 その瞬間、ああ行ってしまうんだと理解できた。
 三度目の涙は出なかった。だけど、同時に言葉も出なくなった。
 再度、目が細められた。ヨルは何回も謝っていたのだ。私が無理を言って連れてきたのに。彼女は何も悪くない。そのことを伝えたかった。そうして、ヨルにありがとう、とも伝えたかった。しかし、肝心の言葉がどうしても出てこない。
 幾度となく視線を交わすも言葉はつっかえたままだった。

 先に動いたのは、ヨルだった。
 なーんと鳴いたかと思うと、窓の外へ顔を突き出した。
 夜空を見上げた後、もう一度こちらを振り向いた。
 言わなくちゃと、言葉を振り絞る。
「…行って」
 ヒゲを振るわせたヨルは振り返ることなく、暗闇へ身を投じた。

   ***
「只今確認が取れましたところ、新小岩小岩間で人身事故が発生したとのことです。そのため、総武線各駅停車千葉行きは運転を見合せております。電車遅れまして大変申し訳ございません。復旧の見込みについては随時お知らせ致します」

 あの日以来、一度だけヨルを見かけたことがある。その時もまた、ヨルはブルーシートの横に佇んでいた。見つめていた私に気づいたのか、すぐに姿を消した。
 それから、彼女の姿を見ることはなくなった。
 彼女は電車に轢かれて、この世にはもう存在しないのだろうか。
 それとも、あの日のようにブルーシートに佇んでいるのだろうか。
 電車が止まった日は、ヨルのことを考える。
 彼女がどうなったか私の知るところではなくなった。
 でも、電車が止まるとヨルがいるようで、少し嬉しくなってしまうのはいけないことだろうか。

 視線を上げれば、ボツボツと雨粒が窓を鳴らす。
 傘がないなぁと二度目のため息をついた。
第三十二回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.01.05(Thu) 00:00

あの頃

 君の声が聞こえた。

 呼吸ができない。
 心臓が握りつぶされている。
 息の通り道を狭め肺を絞る。ブラウスに爪を立てて心臓をつかむ。
 力を込めて握りつぶしたのは、ただの空気。少し長い爪が手のひらに食い込んでいくのを感じる。
 力は緩めず、息も吸わない。
 目を閉じてやり場のない怒りを、自分に向ける――。


 朝の駅には人があふれている。制服を着た中高生と、リュックを背負った大学生、スーツを着た会社員。ほとんどが手にスマホを持ち、無言でうつむいている。私を含めて。
 それなのに聞こえてくるのは、ざわざわとした、人の声が衣擦れや足音の中にまじりあった音。
 厚みのある喧噪に少し安心感を得る。仕事を終える頃にはうんざりしているだろうけど、今は、朝のうちは、人の声に囲まれていたい。明日は、壁を隔てた生活音を除いて、自分の音しか聞こえない部屋にこもるから、余計に。
「ユウキおせーよ!」
「お? 遅刻かぁー?」
「いや、まだセーフだって!」
 身をゆだねていたあたたかい音の層から、声変わり中の高いかすれた声が飛びだしてきた。大した用もないのに開いているSNSの画面から目を離して、ちらりと様子をうかがう。
 そろいの制服を着た少年が三人、楽しそうに話している。あどけない顔立ちから見ると中学生なのだろう。朝っぱらからテンションの高い少年たちの声は、仕事や学校で憂鬱そうな顔が並ぶ朝のホームでひときわ目立つ。
「まぁいいや、セーフってことにしといてやるよ。今のところ遅延してないしな」
 不必要なくらい大きく喋るのは、この時期では当たり前だっただろうか。中学校の異常にうるさかった教室を思い出す。
 懐かしさを感じながら、電光掲示板を見上げた。確かに、今日は珍しく発車時刻が表示されている。遅延のせいでなにも書いていない、というのに慣れてしまったから少しだけ新鮮だ。どこそこで人身事故、車両点検、というアナウンスも聞こえてこない。
 今日はツイている、ととっさに思った。あまり不自由は感じないけど、どうせなら表示通りに電車が来た方がいい。
「嘘だろ!? マジか!」
「残念だったな、ユウキ」
「いや、あと二分ある。頼むよ、総武線! いつもの調子を取り戻してくれ!」
「もう無理だろー、時間通りにつくよ、今日は」
 それなのに、耳に入ってくる中学生たちの話はなぜか流れがおかしい。彼らの特徴的な声だけを探して耳をそばだててしまう。
「今週はやっとユウキの正式な負けが来るか!?」
「ユウキが負けるときは、ほとんど遅刻だよな」
「お前いっつも遅延の方に賭けんだもん。もっと冒険しようぜ」
「ヤダよ、奢りたくねぇし」
「でも、時間通りに来たときの負けの方がでかいじゃねえか」
「どうせめったにないんだからいいんだよ」
 どうやら総武線の遅延で賭けをしているみたいだ。朝の腹立たしい状況でさえ、面白いものに変換してしまえる少年たち。侮れない。
 ほほえましいのと感心したので自然と頬が緩む。
「でも今日はー??」
「時間通りに来てー??」
「ユウキが一人負けてー??」
「それでー??」
 これぞ、中学男子のノリ。ユウキと呼ばれている少年の顔を覗き込みながら、二人が煽っている。
 つい噴き出した私を、隣に立つサラリーマンが片眉を上げながら見てきた。慌ててすました顔を作ってスマホの画面へ視線を落とすが、注意はすべて耳に集まっている状態だ。真っ暗で鏡のようになっている画面の中で、私の顔は普段よりも不細工になっている。口元を引き締め不自然でない程度に口角を上げる。
「あれっ、顔赤くなってますよ、ユウキ先輩」
「うるせぇ!」
「あれれ、ユウキ先輩、俺ら何にも言ってないですよ?」
「そんなに花城のことを意識しちゃってんですか?」
「マジ、黙れよお前ら!」
 ユウキの声がひときわ大きくなる。出来上がった表情を顔にくっつけたまま様子をうかがうと、二人がゲラゲラと笑っていた。あちらこちらの人たちが、さっきのサラリーマンどころじゃない顔で中学生たちを見ている。あからさまに眉をひそめて離れる人もいた。
 彼らによって乱された喧騒の中で、憮然としたユウキは一人、電光掲示板を見上げている。

 まもなく、5番線に各駅停車三鷹行きがまいります。
 危ないですから、黄色い線までお下がり下さい

 チャイムが鳴ってアナウンスが流れた。人間に押しつぶされるため、私はカバンの中にスマホをしまい気を引き締める。
「さて、刻々とタイムリミットは近づいてきております。『遅延』という無難な選択をして月、火、水、木とすり抜けてきたユウキ選手。最後の最後で負けてしまうのか!?」
 呼び捨てから先輩。先輩から選手に。ころころと呼び方を変えて、今度は実況のアナウンサーのようにまくし立てている。ユウキの様子などお構いなしに、二人の声のボリュームはどんどん上がっていく。
 もはや聞き耳を立てなくても一言一句はっきりとわかる。

「そして、とうとうユウキは花城に告白することになるのか!?」

 飛び出てきた言葉に、胸が締め付けられた。
 古びた教室の匂いが思い出されて深く息を吸い込む。
 私たちが中三の時に取り壊されてしまった、戦前に建てられたという校舎。休み時間にふざける男子のせいで、何度も外れた年季の入った木製の扉。木のささくれが剥かれていってどんどんぼろくなった机。先生が書き付けるたびガコガコ言っていた黒板……。
 今でも鮮明に覚えている。
 生徒が入れる最後の日、黒板は「ありがとう」「大好き!」というカラフルなメッセージでいっぱいだった。
 私の字はその中に混ざっていない。けれど、黒板には残しておいた。裏の木の部分に一言だけ。

「別にそれじゃなくていいじゃん! いつもみたいに奢りにしよーぜ!」
 ユウキの必至な声。
「だーめ。おれたちはお前の背中を押してやるの!」
「そうだぞ! お前も1回は了承しただろ!」
「そうだそうだ! 負けそうだからって賭けのネタ変えんなよ!」
「それに言っとかないと後で後悔するぞー。どうすんだよー、花城に彼氏ができたらー」
 二人のたたみかける声。

「あー、もう。わかったよ! 言うよ! 言えばいいんだろ……!」

 ホームに電車が入ってきて彼らの声は掻き消え、その先は聞こえなくなった。
 最初は面白がっていた中学男子の言葉が、思いがけず心に刺さってくる。
 黄色い車体に詰め込まれながら、過去の自分を振り返る。
 中学生の私は、何もできないくせに、煮えたぎる思いを抱えながら生きていた。
 横にいる制服の女の子が目に入る。
 女の子はスーツの間で、口を引き結んで苦しそうに目を閉じている。小柄な友だちは、人の背中ばかりで酸素が薄く感じられる、と言っていた。背の低い彼女も同じ状態なのだろう。彼女の手は肺を押さえるように握られていた。
 このころに戻りたい。
 ユウキ達の話のせいで、いつも以上にそう思う。
 中学生に戻りたい。やり直したい。
 あの日、壁との隙間に手を伸ばしてマッキーで書いたこと。口に出せなくなってしまった言葉。黒板とともに処分した想いは、ヒールを履いて満員電車に揺られる今でも、忘れられないから。
 ユウキは、ちゃんと伝えられるだろうか。
 珍しく定刻通り動いた総武線のせいにしてでも、賭けのせいにしてでも、ちゃんと花城さんに言えるといい、と思う。
 手遅れにならないように。
 あの頃の私と同じ気持ちを、味わわないように。
 私はぎゅっと目をつむった。


 ……いずれこうなることはわかっていた。
 花ちゃんは加藤を下の名前で呼んでいる。きっと花ちゃんは加藤を好きだ。
 早く伝えなきゃならないなんて、何度考えたかわからない。
 それでも言えなかったのは、自分が臆病だから。
 名前呼びさえもできなかった。
 もう時間切れだ。
 自分を苦しめていた力を抜いた。
 わたしは車内アナウンスと走行音の中に隠して、君への気持ちを捨てる。
「悠太……。好きだよ」


 次は、御茶ノ水、御茶ノ水。お出口は左側です。
 中央線、地下鉄丸ノ内線と、地下鉄千代田線はお乗り換えです――。


第三十二回さらし文学賞 | CM(0) | TB(0) 2017.01.05(Thu) 00:00

トメルの電車でGo!

「やっべー、遅刻だー!」
 俺の名前は熱波トメル。元気が取り柄の小学五年生だ。好きな食べ物はカレー、
得意な科目は体育、そして誰にも負けない特技は――
「っと、自己紹介なんかしてる場合じゃねえ! 急がないと新学期早々……ん?」
 エンジンマックス、ターボ全開でいつもの通学路を走っていると、先のT字路
の角で三人の男たちが、おじいちゃんを取り囲んでいるのが見えた。
「おっと、何やら不穏な空気……」
 学校と方向は反対だったが、気がつくと俺の体はT字路に向かっていた。
「おーい、そんなところで何してんだー」
 すると、男の一人がこっちを振り返って、
「んだと……何だ、ガキか。ガキは学校の時間だろう? さっさと失せな!」
 見ると、その男はサングラスにスカジャンを身に着けていた。いや、そいつだ
けじゃない……男三人共がスカジャンを着ていた。それに一人はドレッドヘアー、
一人はリーゼントの……この格好は完全に――
「まさかお前たち……不良か!?」
「あーあ、小僧だから見逃してやろうと思ったんだがなあ……バレちまったらしょ
うがねえ」
 ドレッドヘアーの男は俺に歩み寄り、ぐいっと顔を近づけてきた。
「そうだよ……俺達は泣く子には優しいスカジャン系不良グループ、とっとこ破無
野郎だ!」
「とっとこ破無野郎……最近、ここら辺でブイブイ言わせているという、あの今話
題の不良グループ……!」
「まさか、こんな小僧にも名前を覚えてもらっているとはなあ。俺たちも有名に
なったもんだぜ、なあスカジャンノ助」
 すると、リーゼントの男が
「そうっすねえ、リーダー」
 と、にやにやしながら言った。
 ということは、このドレッドヘアーの男があの、とっとこ破無太郎のリーダー
……いや、相手が誰だろうと関係ねえ!
「とにかくそのおじいちゃんから離れろ! どうせ不良なんだから、良からぬこ
とをしてたんだろ!」
「おいおい、俺達はただこのおじいさんと仲良くなろうとしただけだぜ? なあ
スカジャンノ助」
「そうっすねえ、リーダー」
 な、仲良く? 何だ、こいつら嘘をついているのか――
「ち、違う!こやつらはわしに、らいんんを交換しようとか、ついたーをふぉろ
ーさせてとか、そんな意味不明なことを言って、混乱しているさまを見て楽しん
で……いるん……じゃ……」
そう言い終わるとおじいちゃんはバタッと倒れてしまった。
「お、おじいちゃん!」
 あんな年寄りにLINNEやTwiterが理解できる訳がない。それを知っててこいつ
らは……!
「もう許せねえ……俺の怒りは大気圏を越えてスペースマックスだぜ! そのおじ
いちゃんを返してもらう!」
「ほう……このとっとこ破無野郎のリーダー、スカイデッド・ジャンクを前にして
まだ吠えやがるか。面白い……ならば俺とSTBで勝負だ! もし俺に勝つことが
できたら、このおじいさんは解放してやろう」
 STB――十五年前突如現れた、最初にして最強のSTBプレイヤー失楽園ゴウ
カによって、今もなお爆発的なブームになっている電車を素手で止める新感覚ス
ポーツ、ストップトレインバトルで勝負だと!?
「いいぜ……その勝負受けて立つ!!」
「では今日の十五時に、ウェストバーチー駅に来い!後で泣いて、俺達に優しく
されても知らねえからな……行くぞスカジャンノ助、それに……えーっと……スカンジ
ナビア半島!」
「ちょ、リーダー冗談きついっすわー。俺の名前はスカンジナビア半島じゃなく
て良介です」
「あ、ああそうだったな!すまない、すまない。よし、じゃあスカジャンノ助に
あと…………うん、二人共行くぞ!」
『ヘイ!』
 そう言って、三人組はおじいちゃんを連れて去っていった。 
 必ず俺はおじいちゃんを助け出す――待っていろ、スカイデッド・ジャンク、ス
カジャンノ助、それに…………スカンジナビア半島!!


「……それで、新学期早々遅刻したわけ?」
「そうだよ……ってかなんで付いてきたんだ?」
 こいつの名前は北見ナミ。同級生で俺の幼馴染でもある。口うるさく、いつも
俺に小言を言ってくる、やかましい女だ――
「トメル一人だと心配だからね。というか今、私の悪口考えてなかった?」
「な、そんなわけ無いだろ! お前の悪口なんて……今まで考えたことないぜ! 
ハハハハハハ……」
 おいおい、エスパーかよ。北見は変に勘が鋭いからな。こいつの前では隠し事
はできねえや……
「……まあ、いいわ」
 そして、北見は自分の腕時計をちらっと見て
「ところで、待ち合わせ場所はこのウェストバーチー駅で合っているのよね? 
もうとっくに三時は過ぎてるけど……」
「待ち合わせはここで確かだぜ」
 ただ、あの不良グループのことだから、もしかするとこれは何かの罠だったの
かも……
 そんな風に思っていると、遠くからスカジャンの3人組がおじいちゃんを連れ
て、こちらに向かってきた。
「すまねえなあ。このおじちゃんを連れてスターパックスでカフェをしていたら、
ついつい遅れちまったよ。なあ、スカジャンノ助」
「そうっすねえ、リーダー」
「ま、まさかこのおじいちゃんをスターパックスに連れて行ったの!? ショー
トやトール、グランデ、あんなにたくさんの横文字を見たら、私達でもギリギリ
なのに、ましてこんなおじいちゃんだと精神が崩壊してもおかしくないわ! あ
んた達、なんてひどいことをするの!」
「……北見」
「ハッハッハー。小僧と同じでこのお嬢ちゃんも随分と威勢がいいな。なんだ、
お前の彼女か?」
「な、北見とは別に彼女とかじゃ……」
「そうよ、誰がこんなSTBバカの彼女よ!」
「おい、誰がSTBバカだ!」
「ハッハッハー。まあまあそこら辺にしとけ。夫婦喧嘩は不良でも食わねえって
な」
「な、北見と夫婦って……!」
 くそー、北見と一緒だと色々調子狂うなあ。やっぱり連れてこなきゃよかった
……
「そろそろ本題に入ろう。今回のSTBで止めるのはソーブ線の電車だ」
「ソーブ線だって!」
「え、トメル。ソーブ線ってそんなにすごいの?」
「まあな。電車の機体自体の癖はなくスタンダードなものだが、ただスピードと
パワーからストッピングレベルは上級の星四になっている」
「じゃあ大丈夫なの? いくらSTB好きとは言え……」
「ああ……」
 確かに星四レベルは、普通のアマチュアで止められる人は多くない。だが――
「相手が強ければ強いほど燃えるのも確かだぜ!」
「ハッハ、やっぱり小僧おもしろいな。ソーブ線と言ったらビビって逃げ出すか
と思っていたが、いいだろう。その心意気に免じて、普通は互いの電車を止める
までの時間で勝負するものだが、今回は特別にお前がソーブ線を止められたらそ
れで勝利、このおじいさんを解放してやるということにしよう」
「別にタイムアタックでも負けないけどな。ただ、今はおじいちゃんの救出が先
決だ。その勝負乗ったぜ!」
「そうか、じゃあそろそろ準備するんだな。奴さん来たぜ」
 俺は線路へ飛び降りた。
「ソーブ線……悪いがここから先は行き止まりだ!」
「頑張れー、トメルー!」
 ブオンと雄叫びを上げて、電車が俺に向かってくる。
 恐らく俺の身体では、ソーブ線を止めるパワーはない。だが俺には――
 電車はスピードを緩めることもなく急スピードで目の前に迫ってくる。俺はグ
イッと腕を前に出した。
「さあ……来い!」
 ガツンと重い衝撃が身体の中に走った。
「くっ……」
 さすがソーブ線――あの巨体からは想像の付かないスピードから繰り出される突
進は、なるほど星四レベルのことはある。
「どうした小僧。あれだけ言っていた割には、電車にふっとばされないよう踏ん
張っているのがやっとみたいじゃないか」
「そ、そうだな……これだけの重量級は俺も初めてだ。たしかにこれは小学生の筋
力じゃあ無理だな……」
「それじゃあ降参するか?」
「へへっ冗談よせよ。機体が重すぎるのなら軽くすればいいだけのこと!」
「なんだと!?」
 そう、STBはただパワーだけのスポーツではない。テクニックでいくらでも
力の差を埋めることができるんだ――
「妙技、フリクションストップ!!!」
 そして俺は、機体の前面を上下に手で擦り始めた――
「ば、馬鹿な!? 擦ることで機体を削り、重量を減らしているのか!」
 このフリクションストップは親父の必殺技だった――こいつで止められねえ電車
は無い!
「うおおおおおおおお!!!!」
「す、すごい!電車の勢いがどんどんなくなっていく……もう少しよトメルー!」
 俺は擦るのをやめ、一気に前へ力を入れた。
「これで、終わりだーーー!!!」
 プシューと車両から煙が上がり、電車は止まった――
「……まさかフリクションストップが見られるとはな。お前ら、おじいさん置いて
帰るぞ!」
『ヘイ!』
 そう言い、あのスカジャン三人組はさっさとどこかへ立ち去って行った。
「やったねートメルー!」
 北見はホームから飛び降り俺に抱きついてきた。
「な、お前」
「まさかあんたがあんなでっかい電車止めちゃうなんて! 私ちょっと感動しち
ゃった」
「ちょ、そんなことよりもおじいちゃんは……今回の目的はそれなんだから」
 それに、いきなり抱きつかれるとか普通に恥ずかしいし……
「あ、そうよね! おじいちゃーん」
 北見は俺をパッと離しまたホームに戻った。あいつにとってハグはそんな特別
なことじゃないのか……
 そんな複雑な思いを感じていると
「少年よ、助けてくれてありがとう」
「おじいちゃん! 身体の方は大丈夫か? 怪我とか……」
「おかげさまで大丈夫じゃよ。それよりも、お主のSTB見事じゃった。あんな
胸が熱くなるストッピングは久々に見たわい」
「おう、ありがとう! それにしても、おじいちゃんはストッピングとかSTB
に結構詳しいんだな」
「まあな。こう見えても一時期はプロのSTBプレイヤーとして活躍してたんじ
ゃ。ただ、今は引退してコーチをやったりしているがのう」
「そうだったのか。それは驚きだぜ! ところで、おじいちゃんの名前はなんて
言うんだ? プロのプレイヤーだったのなら、もしかして知っているかも……」
「老崎オキナじゃ」
「え……」
 老崎さんと言ったら俺の――
「そうじゃ、お主の亡き父――熱波ススムの元コーチじゃよ」

                                    
                  続く




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